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第1章 世界経済の回復の持続性

第2節 アジア経済

2.中国の消費の持続性

(1)堅調な推移が続く個人消費

   消費の動向をみると、社会商品小売総額は、08年と比較すると伸びは鈍化したものの、09年初以来、前年比15%程度の堅調な推移を続けている。内訳をみてみると、これまで農村部の伸びは都市部を下回ってきたが、09年初から秋にかけて農村部の伸びが上回って推移する傾向がみられた(第1-2-10図)。09年1〜10月でみると、都市部の伸びが前年同期比15.0%であるのに対し、農村部の伸びは同15.9%となっている。ただし、09年初以来の推移をみると、農村部の伸びは、09年1〜3月期の前年同期比17.0%から4〜6月期同15.8%、7〜9月期同15.2%と鈍化する傾向にあり、他方、都市部については、09年1〜3月期の同14.1%から4〜6月期同14.7%、7〜9月期同15.4%と、伸びが高まっている。
   また、地域別にみると、長江デルタ地域(上海市等)、珠江デルタ周辺地域(広東省等)、環渤海地域(北京市等)といった沿海部地域は、輸出産業を中心に発展を遂げ、世界的な景気後退の影響を受けて比較的大きく景気が減速し、消費の落ち込みも大きかったが、09年半ば頃から総じて回復傾向が強まりつつある(第1-2-11図)。
   品目ごとの動向をみるために、小売販売額(8)の品目別の伸び率をみると、自動車が著しく高い伸びとなっており、シェア自体も高い(08年のシェア21%)ため、全体の伸びを高めている(第1-2-12図)。そのほかシェアの高いものの中では、家電・映像機器にも回復傾向がみられる。なお、シェアは低いが、家具、建築・内装材料の伸びも非常に高く、このところの不動産市況の回復を反映しているものとみられる。
   また、家計向けの貸出残高も09年春頃から前年比で大きく伸びが高まっている(第1-2-13図)。ただし、中国においては、家計によるローンの利用は先進国ほど普及しておらず、例えば、デビットカードの発行枚数は09年6月末現在18.2億枚となっている一方、クレジットカードの発行枚数は約1.6億枚にとどまっている。なお、このところ、消費拡大策の一環として、政府においても消費者ローン利用の推進に向けた動きがみられる。例えば、09年1月に打ち出された「10大産業調整振興計画」の自動車産業分野においては、自動車購入ローンの促進が盛り込まれているほか、8月には、消費者金融会社の設立が試験的に開始されている。

(2)消費刺激策の効果

   以上のような消費の堅調な推移には、中国政府が景気刺激策の一環として実施している消費刺激策の効果も大きく寄与しているとみられる。消費刺激策は、品目としては自動車と家電について実施されており、対象としては、当初は農民が主体であったが(「家電下郷」、「汽車下郷」)、09年6月から導入された自動車、家電の買換え支援策(「以旧換新」)では、都市部も対象とされている(第1-2-14表)。
   消費刺激策の効果が最も顕著に現れているのは自動車である。09年1月から、排気量1,600cc以下の小型車の車両取得税減税が開始され、また3月から開始された「汽車下郷」においては、排気量1,300cc以下の小型車や小型トラック購入を補助金の対象としている。このため、1,600cc以下の乗用車の販売台数は、2月以降急増している(第1-2-15図)。09年1〜10月に、乗用車の販売台数は約818万台となり、そのうち1,600cc以下については約571万台(乗用車全体の約7割)となっている。ただし、年半ば以降、1,600cc以上の乗用車の販売も伸びが高まっており、消費の回復に広がりが出てきたとも考えられる。なお、この数年の間に、乗用車の購買が可能な層が拡大してきており、こうした背景と政策効果があいまって、乗用車の販売が増加しているものと推察される。
   他方、家電については、「家電下郷」の販売実績は、09年1〜10月に件数で約2,788万件、金額で約508億元となっており、一定の効果が現れている(第1-2-16図)。ただし、09年の中央政府予算には「家電下郷」予算として200億元計上されていたことからすると(中央負担分は補助金の80%)、1,900億元程度の販売を想定していたとみられ、政府が当初想定していたほどの効果は得られていないものと考えられる。販売台数の品目別の内訳をみると、冷蔵庫が販売量の49.0%を占め、次いでカラーテレビが20.8%、洗濯機が12.2%となっている。対象9品目のうち、この3品目が約8割を占めていることから、農村部における家電需要の3大品目ともいえよう。農村部におけるこれらの品目の普及状況をみると、カラーテレビについては既に普及が進んでおり、08年に100世帯当たりの保有台数は99.2台となっているが、洗濯機については49.1台、冷蔵庫については30.2台であり、今回の「家電下郷」を機に、普及率が比較的低い冷蔵庫を中心に販売が増加しているものと思われる。なお、高度経済成長期の日本における家電の普及率をみると、最も古い時点のデータである1964年では、白黒テレビの普及率が87.8%、洗濯機が61.4%、冷蔵庫が38.2%となっており、中国でも似たような段階を踏んで家電の普及が進んでいるようである。ただし、小売販売額全体への効果をみると、家電・映像機器の伸びは回復してはいるものの、それほど大きく寄与するには至っておらず、現在のところ消費全体への効果は限定的である。対象品目の販売価格に上限が定められており、金額ベースでの押上げ効果が小さいこと、また、農村部の消費は、08年時点で社会商品小売総額の3割ともともとシェアが低く、農村部全体の所得水準からして補助金があったとしても家電の購買層は限られていることなどが理由として考えられる。しかしながら、このところ農村部の消費の伸びが都市部の伸びを上回って推移してきた背景には、こうした農村部を対象とした消費刺激策の効果も寄与していると考えられる。
   また、09年6月から都市部も対象に導入された「以旧換新」については、今後、効果が本格化してくること、また、家電の「以旧換新」については、現時点では9省市における試験的な実施であるが今後全国展開されることが期待される。さらに、現在のところ詳細は一部のみしか明らかにされていないが、省エネ家電購入に対する補助政策の実施も09年5月に発表されており、今後本格的に実施されていくことが見込まれる。都市部の消費は、08年時点で社会商品小売総額の約7割を占めており、所得水準も農村部より高いことから、こうした都市部も対象にした政策によって、消費全体の押上げ効果が更に高まることが期待される。

(3)消費の先行き

   以上のように、これまでのところ消費は堅調な推移を続けているが、今後もこうした伸びは持続していくのか。以下では、消費をめぐる環境として、雇用情勢、所得動向、消費者マインドについて検討する。

(i)雇用情勢
   雇用情勢は、09年春までは悪化していた。都市部登録失業率が08年10〜12月期に4.2%、09年1〜3月期に4.3%と2四半期連続で上昇したほか、都市部登録失業率に反映されていないが、農民工(主に沿海部地域で輸出産業に従事してきた農村部からの出稼ぎ農民)の失業問題も、懸念されていた。こうした中で、3月の全人代においては、09年の失業率の目標は4.6%、新規雇用者数の目標は900万人と設定された。
   その後の推移をみると、景気の回復により、都市部登録失業率については、4〜6月期、7〜9月期ともに4.3%と横ばいで推移し、新規雇用者数は、9月時点で851万人と目標の94%に達している(第1-2-17図)。求人倍率をみても、08年10〜12月期の0.85倍を底に回復しており、09年7〜9月期には0.94倍となっている。
   また、農民工についても、国家統計局によれば、2月の春節(旧正月)前に帰郷した農民工のうち、春節後も約1,500万人が故郷に留まり、都市部に戻ったものの求職中の者が約1,100万人いるとされていたが、6月末時点では、1億5,097万人の農民工のうち求職中の者は420万人程度、3%未満とされている。また、このところ、沿海部の一部地域では農民工の不足もみられ、沿海部を含む中国東部地域の求人倍率をみると、09年7〜9月期に0.99倍と全体より高くなっている。さらに、製造業PMIの雇用指数も、09年6月に50を超えた後、このところ回復傾向が鮮明となっている(第1-2-18図)。
   以上のことから、雇用情勢は全般的に改善の傾向にあると考えられる。

(ii)所得動向
   都市部の一人当たり可処分所得(名目)は、08年7〜9月期以降、5四半期連続で伸びが低下しており、09年7〜9月期には前年同期比8.4%となっている(第1-2-19図)。02年以降は前年比10%を超えて推移し、特に07年には同17.2%、08年には同14.5%と特に高い伸びとなっていたことと比較すると、大きく伸びが鈍化したと言える。また、平均賃金については、08年10〜12月期以降、3四半期連続で前年比伸び率の低下が続いていたが、09年7〜9月期には0.4ポイント上昇し、下げ止まりがみられる(第1-2-20図)。なお、都市部における一人当たり消費支出の伸びの推移をみると、08年7〜9月期以降の可処分所得の伸びの低下とともに、消費支出の伸びも低下したが、09年1〜3月期以降は横ばい程度で推移しており、下げ止まっている。
   農村部については、一人当たり現金収入は、08年10〜12月期に大きく伸びが鈍化した後は横ばい程度で推移しており、一人当たり現金消費支出についても同様の傾向を示している。
   なお、国家統計局によれば、09年1〜9月に、都市部では賃金収入が前年同期比10.2%増だったのに対し、移転収入が同15.7%増となっており、農村部でも、賃金収入が同9.9%増であったのに対し、移転収入が同26.4%増となっている。社会保障制度やセーフティネットの対象範囲の拡大及び農民に対する補助金等による移転収入の伸びが所得を下支えしていることがうかがわれる。

(iii)消費者マインド
   消費者マインドについてみると、消費者信頼感指数は、09年3月を底に回復基調にある(第1-2-21図)。また、中国人民銀行による預金者アンケート調査をみると、現在の所得状況に対する見方は、09年5月の調査では、前回調査から急激に低下し、99年の調査開始以来の最低水準となり、所得見通しについても、同様に低下がみられたが、8月の調査では、いずれについても依然低水準ではあるものの、やや改善がみられる(第1-2-22図)。また、5月の調査では、「もっと貯蓄する」と回答した者の割合が47%と過去最高となったが、8月には43.1%に低下し、「もっと消費する」と回答した者の割合は、過去最低だった15.1%から15.3%とわずかながら上昇した。こうしたことから、消費者マインドは、改善傾向にあるといえよう。
   他方、同調査で「もっと投資する」と回答した者の割合は、37.9%から41.6%へと「消費」より大きく上昇しており、年初からの中国国内の株価の上昇等を反映して投資意欲が高まっていることもうかがえる。実際、家計の預金残高の動向をみると、上海A株指数が下落傾向に転じた07年末以降、急速に伸びを高め、09年1月には前年同月比33.8%まで高まっており、株価の下落や景気の減速を背景に、家計が預金への選好を強めたことの影響が考えられる(第1-2-23図)。しかし、その後伸びは低下傾向にあり、9月には同24.9%となっている。また、上海A株の新規個人取引口座数をみると、07年末以降、減少が続いていたが、09年初からの株価の上昇傾向とあわせるように、再び増加基調となっている(第1-2-24図)。

(iv)今後の見通し
   中国では、景気減速後も、政策効果もあって消費は堅調に推移してきたが、先行きについてはどうであろうか。
   懸念材料としては、消費全体に大きく寄与してきた自動車関連の消費刺激策(小型車減税及び「汽車下郷」)が本年末で終了することが挙げられる。欧米の一部の国では、自動車関連施策の終了に伴う反動も既にみられるが、中国では、自動車販売は全般的に回復傾向にあり、また新規需要も大きいことから、対策終了後も一定のペースでの伸びは期待出来ると考えられる。また、「家電下郷」、「以旧換新」等、10年以降も実施される政策もあり、特に「以旧換新」や省エネ家電購入に対する補助政策については今後対象範囲の拡大も予想され、引き続きその効果が期待できよう。農村部では、カラーテレビ等一部既に普及が進んでいる家電もあるが、全般的に家電の普及率は低く、新規需要拡大の余地も大きい。
   また、所得環境については、都市部では可処分所得の伸びの低下が続いているが、平均賃金の伸びの低下に下げ止まりがみられ、また雇用情勢も改善傾向にあるとみられることから、全体としても、下げ止まりあるいは改善に向かうとみられる。
   以上を踏まえると、対策の一部終了により、消費はやや減速することが見込まれるものの、所得環境、消費マインドの改善に支えられ、当面堅調な推移が続くものとみられる。ただし、仮に資産価格が大幅に下落した場合、改善し始めた消費者のマインドに影響を与える可能性もあることには留意が必要である。


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