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第1章 世界経済の回復の持続性

第2節 アジア経済

4.中国の資産バブルの可能性

(1)緩和的な金融環境

●銀行貸出の増加
   銀行貸出は、08年11月の総量規制撤廃後急増し、09年上半期には、前年同期比約3倍増となったが、足元では伸びに落ち着きがみられる(第1-2-33図)。しかし、09年1〜10月の新規貸出額は8兆9,027億元となっており、全人代で設定された「年間5兆元以上」という目標の1.7倍を超えている。新規貸出額の内訳をみると、中長期貸出が貸出の約半分を占めており、4兆元の景気刺激策や地方政府の投資プロジェクト等に振り向けられているものと考えられる。しかし、最近では、個人向け貸出の割合が高まっており、住宅ローンや自動車ローン等が増加しているとみられ、個人の資金需要も旺盛であると考えられる (第1-2-34図)。

●マネーサプライ(M2(14))の増加
   銀行貸出の増加に伴い、M2も急増し、高い伸びで推移している。(前掲第1-2-33図)。M2の総量を名目GDPで除したマーシャルのkをみると、09年は、1〜9月累計で急上昇し、トレンド線を上回っている(第1-2-35図)。これは、GDPとの対比でみたM2の総量がトレンドを超えて市中に出回っていることを意味している。
   このように、銀行貸出が増え、M2の伸びが名目GDPの成長率を上回っている。これは、緩和的な金融情勢を背景に、一部のマネーが資産へ向かい、バブルが起こっているのではないかとの懸念を持たせる。以下では、株式市場、不動産市場における動向を分析する。

(2)株式市場の動向

●中国株式市場の特徴
   中国株式の特徴としては、第一に、同じ上場企業の株式に流通株と非流通株が存在することである。流通株は市場で取引可能な株であるのに対し、非流通株とは、国家、地方政府等が保有する株式で、取引所での売買ができない株のことである。08年12月時点で、非流通株は株式時価総額全体の約5割を占めている(第1-2-36図)。このため、流通株の株価は非流通株の動向(例えば、市場外の相対取引)の影響を受けるという特殊な構造を有している(15)
   第二の特徴として、市場がA株市場とB株市場に分かれていることが挙げられる。A株市場では中国本土の投資家と適格国外機関投資家(QFII:Qualified Foreign Institutional Investors)のみが購入できるのに対して、B株市場では、国内外の投資家が共に購入できる。このように海外投資家の市場を区別することで、中国政府は、外国からの資本流入をコントロールしている。なお、国内市場で発行するA株、B株以外にも、海外市場で発行するH株やレッドチップ株等(16)もある(第1-2-37表)。
   また、流通A株の保有者の構成をみると、個人投資家が約半分を占め、日本と比較して、個人投資家の比率が大きいことが分かる(第1-2-38図)。逆に、QFII(海外投資家)は、全体の2%程度であり、日本において海外投資家の保有が個人投資家のそれを上回るのと対照的である。

●上海総合株価指数の07年からの動向
   上海証券取引所のA株とB株の双方で構成される代表的な株価指数である上海総合株価指数をみると、07年10月に6,000ポイントを超えて最高値をつけたが、その後、下落が続き、08年10月には2,000ポイントを下回った(第1-2-39図)。しかし、09年に入ってからは上昇を続け、8月には3,500ポイントを超え、年初来約84%の上昇となった。このため、株式バブルを懸念する声が聞かれるようになった。しかし、その後は再び下落傾向を示した。この下落の背景には、人民銀行が四半期ごとに発表する「貨幣政策執行報告」(8月5日)において、金融政策の「微調整」(原文では「動態調整」)に言及し、これが、市場への金融引締め観測につながったことが挙げられる。なお、その後、中国政府は、金融緩和は継続すると繰り返し市場にメッセージを発しており、9月には下落が止まった。

●上海総合指数の直近の動向
   11月中旬時点の株価は、07年最高値と比較してなお低く、急激な上昇基調にもない。株価収益率(PER:Price Earnings Ratio)も、過去の平均を下回っており、株価が過度に高水準にあるわけではない(第1-2-40図)。ただし、9月に入ってからは再び上昇基調に転じ、9月から10月末の2か月間に約12%上昇している。大幅な金融緩和により、流動性が過剰となっている状況は、株価上昇の背景になっている可能性があり、今後の動向を注視する必要がある。

(3)不動産市場の動向

(i)最近の動向

●09年は不動産価格が急速に上昇
   中国の不動産市場をみると、09年には公的投資の拡大や各種住宅購入促進策(17)を背景に、住宅やオフィス等の需要が急速に高まり、08年半ば以降下落基調にあった不動産価格は上昇に転じている(第1-2-41図)。中国の不動産価格の動向を示す代表的な指標である主要都市建物販売価格をみると、全体では09年3月以降前月比プラスの伸びで推移しており、価格は上昇基調にある(第1-2-42図)。また、価格水準としても09年6月には世界金融危機以前の水準を取り戻している。
   これに対し、住宅やオフィス等商業用不動産の実際の取引動向を示し、より市場動向を敏感にとらえていると考えられる分譲建物取引の統計をみると、1m2当たりの販売価格は、08年に3,800元であったのに対し、09年1〜10月には4,751元と20%超も上昇しており、不動産需要が急速に高まっていることがうかがえる(第1-2-43図)。また、販売金額、販売面積とも、09年初から前年比で高い伸びで推移し、8月には販売金額が前年比142.7%増、販売面積は同85.1%増となっている。

●一方、不動産開発は09年半ばまで低調
   こうした09年初からの不動産需要の高まりに対し、不動産開発は09年半ばまで低迷した。08年後半の不動産需要減退を受けて、在庫(建物空き面積(累積))は加速度的に積み上がっていたため、新規着工は09年5月まで前年割れが続き、不動産開発投資も金融危機前の伸びを下回って推移した(第1-2-44図)。その後は在庫調整が進展するとともに6月以降の新規着工は前年比プラスの伸びとなったばかりか、不動産開発投資も金融危機前の伸びを回復するなど、不動産開発は再び活発化している。

●景況感は09年半ば以降改善
   また、不動産市場の景況感を表すとされる不動産開発景気指数をみると、09年5月以降改善基調にあり、8月には中立水準である100ポイントを上回って拡大局面入りしている(第1-2-45図)。ただし、分譲建物空き面積(在庫)については、8月以降緩やかな低下(指数ではプラスへ改善)がみられるものの、過去のトレンドからみてもなお相当高い水準で推移していることから、不動産市場全体としては供給過剰が続いている可能性が高い。このため、09年初からの分譲建物販売価格の上昇は、一部地域の物件について需給がひっ迫していることによるものと考えられる。

(ii)不動産バブルの可能性

   09年は中国の景気が回復基調にある中、マネーサプライの急増が大量の余剰資金を生み出している可能性があることから、これらの余剰資金が住宅等の不動産に向かい、不動産バブルをもたらすことが懸念されている。以下では、中国の不動産バブル発生の可能性について過去の例と比較して検証することとしたい。

●03年以降、不動産価格の伸びは加速
   不動産価格の過去の上昇局面をみると、実質経済成長率が2けたを記録していた03〜07年の間、不動産価格の伸びは大幅に高まった。特に03〜04年と07年に大幅な上昇がみられ、両時期においては不動産バブルが発生しているのではないかとの懸念が広がった(第1-2-46図)。ただし、懸念されたのは全国的なバブルではなく、むしろ上海や北京等の大都市を始めとした局地的なバブルであった。
   まず、03〜04年について振り返ると、当時中国では経済の過熱論争が浮上し、上海を中心に不動産開発ブームが起こっていた。胡錦濤国家主席ら指導者も不動産市場の過熱を指摘しており、03年の「人民銀行第2四半期貨幣政策執行報告」では「不動産に局部的な過熱現象が存在する」と指摘された。こうした背景には、国有企業による住宅供給廃止に伴う持ち家奨励、北京五輪や上海万博の開催決定、株式市場低迷で行き場を失った余剰資金が不動産市場に流れ込んだことなどの要因があった。
   また、07年は、過去10年間で中国が最も高い経済成長を遂げた年であり、貿易黒字の急増を背景とした国内の過剰流動性が懸念された時期でもあった。08年の北京五輪開催等を好材料として上海総合指数も過去最高値をつけるなど、投資ブームが到来し、これに伴って不動産価格の上昇も加速した。こうした状況を受けて、中国人民銀行は07年の「人民銀行第3四半期貨幣政策執行報告」で「一部の地域で不動産価格が急騰しており、明らかに非理性的な要因が存在している」とバブル発生の可能性を指摘した。

●09年の不動産価格上昇の検証
   景気回復基調への転換、公的投資拡大、マネーサプライの急増等を背景に、09年の不動産価格は上昇に転じた。特に分譲建物販売価格については、09年は過去10年間で最も高い伸びとなっており、中でも上海では、10年の上海万博の開催に伴う投資需要増を見込んだ動きもあるとみられ、価格の伸びは前年比49.7%増と突出している(第1-2-47図)。なお、09年の主要都市建物販売価格の伸びは、分譲建物販売価格の伸びに比べると低水準であるが、これは前述のとおり、後者の統計がより市場動向を敏感にとらえていることによるものと考えられる。
   ここで、09年における不動産バブル発生の可能性について検証するため、実体経済の成長と不動産価格の上昇について比較してみる。統計が入手可能で、かつ不動産価格が比較的安定し、ファンダメンタルズを反映していたとみられる1999年を起点に、名目国内(域内)総生産と分譲建物販売価格の推移をみると、中国全体では、分譲建物販売価格は名目国内総生産を大きく下回って推移しており、09年時点では両者には大きな開きがある(第1-2-48図)。これは実体経済の成長を不動産価格上昇が下回って推移していることを意味する。他方、上海についてみると、分譲建物販売価格は、不動産バブルが懸念された04年には名目域内総生産を上回る上昇をみせた。また、同年の販売面積の伸びは前年比53.3%増と急増しており、5か年平均伸び率も大幅に上回っていたことから、04年当時、上海では実需に加え、投機的な不動産売買が活発化していたものと考えられる(第1-2-49図)。05年以降については、分譲建物販売価格は名目域内総生産を下回って推移したが、09年には名目域内総生産を再び上回る上昇をみせており、販売面積の伸びも08年の減少の反動はあるものの5か年平均伸び率を大幅に上回っている。こうしたことから、09年においては上海を始め一部の都市で局地的な不動産バブルが発生している可能性があると考えられる。
   近年、中国では都市化が進行しており、都市人口も増加していることなどから、都市における住宅への需要は非常に高いものとなっている。ただし、09年においては、こういった実需に加えて、インフレに強い資産として不動産に投資する層や投機筋が現れていると考えられる。このため、近い将来に不動産市場に対する過熱抑制策が採られる可能性もあり、今後の不動産市場の動向には注意が必要である。


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