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第1章 世界経済の回復の持続性

第1節 世界経済の回復パターンの特徴

4.欧米を中心に雇用情勢は悪化−「雇用危機」へ

   さらに、欧米では、雇用情勢は総じて悪化が続いており、「雇用危機(Job Crisis)」として、信用収縮と並び大きな懸念材料となっている。失業率をみると、アメリカでは、上昇傾向が続いており、09年10月には10%を超え、10.2%と1983年のスタグフレーション以来の高水準に達している(第1-1-13図)。また、ヨーロッパでは、国によって状況に違いがあるものの、総じて上昇傾向が続いており、ユーロ圏の失業率は、9月に9.7%と高水準に達している。また、長期失業者が増加しており、アメリカでは、失業期間が27週以上の失業者が10月に559万人(失業者に占める割合35.6%)、ユーロ圏では、失業期間12か月以上の失業者数が4〜6月期に501万人(同34.1%)となっている。
   雇用の悪化は、消費への下押し圧力を通じて内需を低迷させ、経済の自律的回復力を削ぐため、今後の動向を注視する必要がある。特にアメリカでは、サービス部門における雇用調整が継続していることなど、過去の景気回復局面で生じた「ジョブレス・リカバリー」と一部類似した状況もみられることには注意が必要である(詳細については、第1章第3節参照)。また、ユーロ圏では、若年層(15〜24歳以下)の失業率が09年9月に20.1%となっており、若年失業の更なる深刻化が懸念される。

コラム1-1:世界の自動車市場の動向

   世界の自動車市場を概観すると、現在、乗用車の生産台数は5,300万台程度となっている。新車登録台数をみると、最もシェアの大きな市場は、地域でみるとヨーロッパ(41.7%)、国でみるとアメリカ(16.8%)である。また、生産台数は、アジア(45.4%)が最も大きい(図1)。
   自動車市場は拡大を続けてきたが、07年末からの欧米の景気後退や、07〜08年夏にかけての原油価格の高騰、さらに、08年秋の金融危機は自動車産業に大きな影響を与えた。新車登録・販売台数は、08年半ばから減少していたが、08年9月の金融危機以降、減少幅が拡大した(図2)。
   地域別にみると、欧米では、景気後退が始まった07年秋頃から、自動車の新車登録・販売台数は緩やかに減少していたが、金融危機以降、急速に減少したため、自動車産業及び関連産業全体が打撃を受けた。自動車は自動車本体の製造だけではなく、金属、ガラス、プラスチック等の素材や幅広い部品加工等、産業のすそ野が非常に広い。このため、自動車販売の落ち込みが関連産業に波及し、景気後退が深刻化するという悪循環が起こった。
   販売の減少には、景気後退により家計可処分所得が減少したこと以外にも、複数の要因が考えられる。まず、07〜08年夏にかけて、エネルギー価格高騰の影響により、自動車の維持費が増大したため、自動車購入意欲が減少したことが挙げられる。また、自動車の販売台数が世界第1位のアメリカでは、金融危機による信用収縮のため、自動車ローンの審査が厳格化したことも影響している。さらに、長期的な要因として、先進国では自動車の普及が進み、2台目、3台目の購入や買換えのための需要が中心となっているため、巨大な需要が新たに生まれにくい構造となっていることが挙げられる。
   一方、新興国では、所得水準の上昇による自動車販売の増加が見込まれる(図3)。自動車の普及期にあるアジアでは販売の拡大が続いており、特に、中国では、所得水準の上昇により自動車の新規購入需要が高まっている上、小型自動車購入の際の減税及び農村における自動車買換え支援等の政策もあり、自動車販売の著しい増加がみられる。また、インドでは、安価な小型自動車を中心に販売が拡大しており、道路の整備が遅れているといったインフラの問題はあるが、人口の増大や所得の増加も見込まれることから、今後とも引き続き拡大が予想される。
   自動車販売の落ち込みに対し、各国で自動車買換えや購入のための支援策が講じられ、その規模は世界全体で少なく見積もっても約1,000万台となる()(表4)。各国で一斉に自動車産業への支援が行われた背景には、前述の通り、自動車産業のすそ野が広く、効果が広範囲に波及しやすいことに加え、自動車市場がグローバル化しているため、他国で支援が行われた際に、自国の産業が不利にならないよう、政府に支援を行う誘因があったことなどが挙げられる。また、日本や多くの欧米諸国では、一定の環境基準を満たすことや、二酸化炭素の排出量が多い一定年数以上の自動車からの買換えを購入支援の条件としており、特定の産業支援ではあるものの、環境対策として国民一般に受け入れられやすかったことも背景にある。
   各種の支援策を行っている国の新車登録・販売台数を足し上げると、主要国の中で買換え支援策を行っていた国が最も多かった8月には、前年より約55.2万台増加しており、この相当数が支援策の効果であると考えられる(図5)。もっとも、欧米諸国では、雇用の悪化等、家計の所得に対する将来不安が続いていることなども反映して、支援策によって売上を伸ばしているのは、小型車や比較的安価な自動車が多い。また、支援策の終了したアメリカ、ドイツなどでは反動も懸念され、先進国での自動車市場の回復は持続しない可能性がある。


コラム1-2:グローバルな消費財市場の拡大−世界の携帯電話市場の事例

   世界の消費財市場は、グローバル化の流れの中でますます一体化が進んでいる。特に、携帯電話は、多額の通信インフラ投資が必要な固定電話に比べると初期費用が少ないことなどから、新興国で急速に普及している。ここでは、世界的な消費動向の一例として、世界共通の新たな通信手段として定着しつつある携帯電話市場(移動通信サービス及び関連需要)に注目したい。

(1)世界の携帯電話市場(移動通信サービス)の動向

   国際電気通信連合(ITU)によると、世界の携帯電話加入件数は2003〜08年の5年間で年平均23.2%増と急速に増加しており、08年末時点で40億件を突破した(図1)。世界の人口で携帯電話加入件数を割った普及率は59.3%に達しており、計算上では既に世界で二人に一人以上が携帯電話を所有していることになる。また、ITUによれば、09年末には加入件数が46億件に達し、普及率は67%に達する見通しである。
   08年末の加入件数をみると、先進国、途上国を問わず人口の多い国が上位を占めている(図2)。これは先進国のみならず、途上国においても携帯電話の普及が進んできたためである。特に、過去5年間の年平均上昇率をみると、普及が先行していた日本や欧米諸国に比べ、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)を始めとする新興国は極めて高い伸びで拡大していることが分かる。
   ここで、今後の成長余地をみるため、08年末時点での携帯電話の未加入者数を試算すると、未加入者数はインドと中国が合わせて15億人超と圧倒的に多く、両国の潜在的な市場の大きさを示している(図3)。特にインドは、過去5年間における加入件数の年平均上昇率が50%を超えており、携帯電話が急速に普及する段階にある。その他未加入者が多い国については、人口の多い途上国が上位にある。

   以下では、特に需要が更に伸びる余地の大きい中国及びインドの動向をみてみる。

(2)中国の動向

   中国の携帯電話加入件数(移動通信サービス)は毎月800万件を超えるペースで増加し、09年7月には7億件を突破しており、市場規模は世界最大となっている(図4)。 これまで第2世代(2G)の通信規格が主流だった中国では、09年1月に第3世代(3G)携帯電話サービスの免許を中国移動通信(チャイナ・モバイル)や中国電信(チャイナ・テレコム)、中国聯合通信(チャイナ・ユニコム)の通信大手3社に対して付与することが決定され、3Gサービスが開始された。09年末には全国主要都市に3Gのサービス範囲が広がる予定となっている。
   このため、中国では、3G通信基地局の建設や携帯端末の買換え、デジタル・コンテンツ配信等3G関連の新たな需要が拡大すると見込まれる。

(3)インドの動向

   インドでは09年に入り携帯電話加入件数(移動通信サービス)は4億件を超えた。加入件数は驚異的に伸びており、09年は毎月1,000万件超の新規加入が続いている。
   インドでは国営のBSNL(全国展開の総合通信サービス提供事業者)、MTNL(都市部のデリーとムンバイでサービスを展開)の2社に対して第3世代(3G)の周波数を割り当てられ、09年2月には3Gサービスが開始された。しかし、同年3月には両社提供の3Gサービスに通話監視機能が具備されていないとして、政府当局が両社に対してサービス停止命令を出すなど、普及はあまり進んでいない。このため、現時点ではまだ第2世代(2G)が主流となっているが、政府は、10年1月に3G携帯電話サービスの民間事業者を選定する競争入札を実施する予定であり、10年以降には3Gサービスが本格化し、買換え等の3G需要も高まっていくものと考えられる。
   なお、通信会社が国有の中国と異なり、インドでは外資に74%までの資本参加を認めており、日本企業ではNTTドコモが09年3月に業界6位のタタ・テレサービシズの株式の26%を取得して経営参加している。

   最後に、携帯電話関連の需要動向として、携帯電話端末市場に注目する。

(4)携帯電話端末市場の動向

   世界の携帯電話端末の出荷台数は、ノキア(フィンランド)、サムスン(韓国)の2社だけで50%を超えるシェアがあり、主要5社では80%を超えるシェアとなっている(図5)。日本企業は、第2世代時における日本独自の通信規格や特殊な販売形態()等を背景に国内市場を重視する傾向にあったため、海外進出に遅れを取っている。
   世界の携帯端末出荷台数は、携帯電話通信サービス拡大や高機能化等により、08年9月のリーマン・ブラザーズ破たん以前は前年比二けたの伸びで推移していた(図6)。しかし、それ以降は世界景気後退の影響を受け、買換え需要等が伸び悩んだことから、出荷台数は前年割れが続く状況となっている。ただし、主要メーカー別でみると、09年はノキアは前年比のマイナス幅が縮小傾向にあり、サムスンやLGエレクトロニクスといった韓国勢は4〜6月期に前年比プラスの伸びに転じるなど、比較的好調に推移している。他方で、ソニー・エリクソンやモトローラは前年比大幅マイナスで低調に推移している。
   このように、携帯電話端末市場は短期的には景気動向に大きく左右される面はあるものの、移動通信サービスは新興国を中心に今後とも拡大すると見込まれる。さらに、新興国の中には通話機能以外の新しい移動通信サービスを求める動きもある。例えば、アフリカのケニアでは、携帯電話を利用した送金サービスのユーザーが総人口3,800万人のうち700万人弱に達し、銀行口座代わりに携帯電話端末を保有する人が増えているといわれている。


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