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第2章 先進国同時景気後退と今後の世界経済

第4節 世界経済の見通しとリスク

 第1節から第3節でみたように、既にアメリカとヨーロッパは景気後退、アジアを始めとする新興国も減速しており、先行き、このような傾向が長期化、深刻化するリスクも相当程度存在する。この場合、世界同時不況ともいうべき状況に陥る可能性もある。本節では、第二次大戦後の世界同時不況の事例を検討し、同時不況からの回復のけん引力を探るとともに、今後の世界経済の見通しとリスクについて考察する。

1.過去の世界同時不況と回復のパターン

 過去の幾つかの世界的な景気後退の中で、世界同時不況ともいえる大規模なものを振り返ると、(1)第一次石油ショック後の景気後退(1973年11月〜75年前半)、及び、(2)第二次石油ショック後の景気後退(80年春頃〜83年初め)の二つが挙げられる。
  以下では、これら二つの世界同時不況の特徴を整理した上で、当時、景気回復へ向けて何がけん引力となったのか、また、当時と比べて現在の世界的な景気後退は何が異なり、今後何が回復を主導していくのか、といった点につき考察していくこととする。

(1)第一次石油ショック後の世界同時不況(73年11月〜75年前半)

 73年10月、第四次中東戦争(中東アラブ諸国対イスラエル)が勃発し、石油輸出国機構(OPEC)の加盟国である中東湾岸6か国は、イスラエル支援国への原油輸出停止と原油の生産量削減、価格引上げ等の石油戦略を発動した。これにより、その後2か月で原油(アラビアン・ライト)の価格は4倍(約3ドルから約12ドル)へと急騰し、日本を始め消費国の交易条件の急激な悪化をもたらした。
  第一次石油ショック後の世界同時不況の特徴には、次のようなものが挙げられる。
(i)交易条件の悪化と物価上昇
  石油価格の高騰により、アメリカ、西ドイツ等主要国の交易条件が悪化して国際収支が大幅な赤字になるとともに、輸入インフレを通じて物価上昇が加速したことにより個人消費を中心に内需が減退し、インフレーションとスタグネーション(不況)が並存するスタグフレーションの状態となった。石油価格高騰以前から主要国経済は過熱気味だったこともあって、74年の消費者物価上昇率はアメリカで11.0%、西ドイツで7.0%に達した。
(ii)厳しい総需要管理政策
  これに対して、インフレ抑制と国際収支改善の観点からの引締め政策が実施されたが、こうした引締め政策は景気後退を更に深刻化させた。
(iii)貿易を通じた景気後退の波及
  主要国の景気後退に伴い、世界各国の主要国向け輸出が停滞し、世界的な景気後退を増幅させた。

 これらの結果、実質経済成長率は、74年にアメリカでは▲0.5%、西ドイツでは0.2%、日本では▲1.2%へと落ち込んだ。こうした世界的な景気後退は75年前半まで続いたが、同年半ばから世界経済は回復に向かった。回復の要因としては、次のようなものが挙げられる。
(ア)物価鎮静化等に伴う個人消費の回復
  アメリカでは、75年頃からの物価の鎮静化が、減税措置とあいまって、実質可処分所得の回復をもたらし、それが個人消費の回復に寄与した。すなわち、アメリカの個人消費が世界の景気回復の主たるけん引力となった(第2-4-1図)
(イ)在庫調整の進展
  石油ショック直後の膨大な在庫の積み上がりに対し、生産も急激に落ち込んだ結果、在庫調整が進展し、75年後半からは在庫再蓄積の動き(在庫投資の回復)がみられた。
(ウ)景気浮揚策の実施
  物価が一応の鎮静化に向かったことに伴い、主要国は75年の初め頃から、金融政策を緩和に転じるとともに、財政面でも減税等の景気浮揚策(1) を実施した。

(2)第二次石油ショック後の世界同時不況(80年春頃〜83年初め)

 78年からのイランにおける政変でイラン産原油の輸出がストップし、79年に反欧米を標榜するイスラム主義政権が成立すると、イランも参加するOPECは原油の減産、価格引上げ(第一次石油ショック後に10ドル台でおおむね安定していた原油価格は80年8月には30ドル台へと高騰)を行い、世界経済は再び同時不況に陥った。
  第二次石油ショック後の世界同時不況の特徴としては、次のような点が挙げられる。全体として、第一次石油ショック後に比べて期間は長かったものの、そのマグニチュードは大きくなかったと考えられる。
(i)交易条件の悪化と物価上昇
  第一次石油ショックの際と同様に、石油価格の高騰により、主要先進国の交易条件が悪化して国際収支が大幅な赤字になった。輸入インフレを通じた物価上昇が加速し、第一次石油ショックと同様に内需が減退し、スタグフレーションの様相を呈した(2)
(ii)長期間にわたる金融引締めと世界的な高金利
  主要国は、第一次石油ショック時の物価高騰の教訓から予防的な金融引締めを行い、インフレ抑制のため第一次石油ショック後より長期間にわたり引締めスタンスを維持した。さらに、アメリカにおける財政赤字拡大等もあり、世界的な高金利が発生し、景気後退を長期化させた。これは、アメリカで81年にレーガン政権(〜89年)が発足し「レーガノミックス」と称される経済政策が実施され、サプライサイドの強化を目指した減税策により財政赤字が拡大するとともに、インフレ抑制に金融政策を割り当てて高金利政策(FFレートはピーク時の80年、81年には20.0%の高水準)を採ったことによる。
(iii)産油国も含めた途上国の輸入減少
  第二次石油ショックの際には、先進国に加え、産油国も含めた途上国の輸入が減少し、景気後退を増幅させた。

 こうした第二次石油ショック後の世界的な景気後退も83年頃には回復に転じた。回復の要因としては、次のようなものが挙げられる。
(ア)物価鎮静化等に伴う個人消費の回復
  第二次石油ショック時と同様に、アメリカでは、物価の鎮静化が、減税措置とあいまって、実質可処分所得の回復をもたらし、それが個人消費の回復に寄与した。すなわち、第二次石油ショック時も、アメリカの個人消費が世界の景気回復の主たるけん引力となった(前掲第2-4-1図)
(イ)住宅投資の回復
  第一次石油ショック時にはみられなかった特徴として、住宅投資の回復が挙げられる。住宅在庫の調整が進展したことにより、住宅投資が回復し、個人消費とともに景気回復をけん引した。こうした住宅在庫調整の進展に加え、アメリカでベビーブーム世代の住宅取得が促進されたことや、西ドイツで住宅建築促進策が実施されたことなども、住宅投資回復に寄与した。

 以上、二つの世界同時不況を回復へ向けてけん引した共通の要素として、個人消費の回復が挙げられ、特にアメリカにおける個人消費がけん引力となったことが世界の景気回復に大きく寄与したものと考えられる。しかしながら、今回は、アメリカの消費の早期回復は期待できず、世界の景気をけん引するエンジンに乏しい状況が続く可能性が高い。

(3)現在の世界的な景気後退局面と回復の見通し

 以上の過去二回の世界同時不況と比べて、現在の状況には当時と異なる面も幾つかある。それらは景気回復にとって有利な点と不利な点がある。
  当時との違いの第一は、現在の世界経済における新興国の存在であり、景気回復にとっては当時より有利な点であろう。アメリカ、ヨーロッパ、その他先進国で景気が後退する局面においても、高い成長率で発展を続けてきた新興国が世界同時不況を最小限にとどめ、回復へと向かう機動力となる可能性に期待が寄せられている。ただし、当時に比べて世界経済の連関は緊密化しており、先進国への輸出主導で成長率を高めてきた新興国が、現在のアメリカ、ヨーロッパ等の同時景気後退の中でどの程度これまでの成長率を保っていけるのか、また、今後の世界経済の回復を担っていくほどのけん引力があるのか、という点については不透明な部分がある。世界のGDPの64%を占めるアメリカ、EU、日本の経済成長率低下分を、同18%を占めるBRICsとNIEs・ASEANで補って世界全体の経済成長率を維持・拡大することは、容易でないとみられる(第2-4-2図)
  当時との違いの第二は、巨大化した国際金融資本市場の混乱と世界的規模にわたる銀行システムの機能不全による金融危機が、現在の景気後退に強く影響している点である。この点は、二つの石油ショック後の世界同時不況の際にはみられなかった現象であって、景気回復にとっては不利な点となろう。IMFの報告書では、過去30年間の17か国の金融混乱について検証した結果、景気後退が銀行システムの混乱を伴う場合は、より深刻化、長期化すると分析されている。そうした場合の景気後退の平均期間は、7.6四半期と報告されている(3) 。景気が回復への軌道に乗るには、レバレッジ解消が一巡するなど金融危機による影響が収束する必要があると考えられる。


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