第 I 部 海外経済の動向・政策分析 |
第2章 高成長が続く中国経済の現状と展望
2. 中長期の成長へ向けて
●生産性の継続的な向上が成長へのかぎ
78年の改革・開放以降、中国経済は大きな発展を遂げ、世界においても大きなプレゼンスを占めるにいたった。近年も二桁成長が続くなどその勢いは今なお持続している。他方、今後の中長期的な中国経済の成長の姿を、経済成長の源泉となる労働投入の増加、資本投入の増加、生産性の向上の三つの視点から考えると、労働投入の増加に関して、労働力人口が減少に転じると見込まれていることがポイントの一つとして指摘されている。
国連人口推計の「中位推計」によれば、中国の15〜64歳人口は2015年頃をピークに減少に転じる(総人口も2030年頃をピークに減少に転じる)とされている(第2-3-6図)。日本の15〜64歳人口のピークが95年であるから、経済発展の段階としては、早い段階で高齢化社会を迎えることとなる。人口の減少は、労働投入の減少を通じて経済成長にはマイナスに寄与することになろう。また、さきにも触れたように、これまでの労働集約型の成長から資本・技術・知識集約型への成長への転換を迫られるといったことが考えられる。ただし、前者の影響については、現在でも経済成長に対する労働投入の寄与は大きくないことから、直接的な影響はそれほど大きくないと考えられる(33)。むしろ、後者のような転換を図っていくことで生産性が向上すれば、労働投入の減少分をカバーすることができるのではないかと考えられる。
他方、資本投入についてみると、本章で述べてきた投資主導の成長は、投資率の上昇を伴ってのもの(投資の伸びがGDPの伸びを上回るもの)であり、既に40%を超える水準となっている。仮にこの水準を今後一定に保ったとしても、GDP成長率が相当に加速しない限り、投資の伸びは現在より緩やかなものになる。さらに、高齢化社会においては投資の源泉となる貯蓄率が低下し資本蓄積に影響することが懸念されること、また、積極的な意味で消費の拡大が進んでいくとすれば、資本投入の伸びに多くを期待すべきではないと考えられる。
このように、労働投入が減少に転じること、資本投入の伸びが緩やかになることを踏まえれば、程度の差はあれ経済成長は徐々に緩やかになっていくことが予想される。そうした中で、やはり成長のかぎは生産性の継続的な向上にある。そのためには、さきに述べたような産業高度化を図り、世界の中で競争力を維持していくことである。中国政府も量的成長から質的成長への転換を目指しているところであるが、その目標へ向け政策を着実に実行していくことが重要である。
●現状への対処から未来の成長へ
生産性の向上は、技術革新や非効率の解消等まさにあらゆる要素から生み出されるものである。本章では、過剰投資、貿易黒字の拡大という不均衡への対処として、マクロコントロールによる過剰投資の解消、過剰流動性への対処、過剰貯蓄の解消の三つの点から指摘したが、それらは現局面への対処にとどまらず、中長期の成長に必要な構造的な問題にもつながっている。
マクロコントロールによる過剰投資の抑制については、特に非効率な部分、資源濫用につながる部分の調整を進めることで中長期的課題である産業高度化や資源利用の効率化へつなげていくことが重要である。また、投資の需要側である国有企業や資金供給側である国有銀行の改革、地方政府の意識改革等も併せて必要であろう。他方、成長に資するような投資を生み出すには、さらなるインフラの整備、法律運用の透明性、知的財産権の保護のための取組、優秀な人材の確保等、課題を挙げれば枚挙にいとまがない。
また、過剰流動性への対処については、人民元の柔軟性の拡大に備えて、銀行のガバナンスの強化等を含めた金融システムの安定、金融市場の整備等が欠かせない。過剰貯蓄の解消で取り上げた安定的な社会保障制度等の整備は、消費拡大につながることが期待されるだけでなく、それ自体も安定した経済、社会の構築にとって重要な課題である。
本章で触れたように、徐々にではあるがそうした改革は進みつつあり、また、これらの問題に対処していくことが5か年計画でも述べられている。今後は、着実かつより迅速に改革を実行していくことによって、未来への持続的で堅実な成長につなげていくことが期待される。
周辺諸国にとっては、中国は「脅威」であるという懸念が強まった時期もあったが、2000年代前半には、競争の中で東アジアにおける高度な分業体制を深化させ、少なくともマクロ的にみれば中国の成長はプラスに作用したといってよいだろう。今後、中国政府が目指す「消費の経済成長へのけん引作用の強化」がなされれば、「工場」としての中国だけではなく「市場」としての中国の魅力もさらに増していくことが期待できる。中国のさらなる成長を「脅威」ではなく、むしろ「機会」としていくためは、基本的には、周辺諸国が自らの競争力を向上させられるか否かが重要であるが、公平な競争の中で中国経済の堅実な成長が東アジアの成長にも好影響を与えていくことが期待される。