目次][][][年次リスト

第 II 部 世界経済の展望

第2章 国際石油市場の動向と世界経済への影響

第1節 原油価格の高騰とその背景

1.原油消費側の要因

●アメリカ、及び中国を中心とした原油消費量の増加
 世界の原油消費は2003年以降、大幅に増加している。国際エネルギー機関(IEA)によれば04年の原油消費は1日当たり8,210万バーレル(前年比3.6%増)、05年には同8,340万バーレル(IEA見通し、前年比1.6%増)となった。消費国の内訳をみるとアメリカ及び中国の増加寄与が大きくなっている(第2-1-2図)
 アメリカでは03年以降、原油消費が加速しており、04、05年とそれぞれ3.5%、1.0%(IEA推計)の増加となっている。これは、世界全体の原油消費量の増加分の20%程度を占める。06年もこの傾向は継続し1.5%の増加が見込まれている。
 アメリカの原油消費量増加の背景としては、景気拡大に加え大型乗用車(SUV: Sport Utility Vehicle)の普及が進んでいることがある。アメリカのガソリン消費は原油消費の約半分を占めている(第2-1-3図)。また、州ごとにガソリンの品質規制が異なることから市場における適切な価格裁定が働かず、地域的な需給ひっ迫が生じやすいといった要因がある(ブティック燃料問題)ことも、より一層のガソリン価格上昇及びガソリン需給のひっ迫を通じたWTI先物価格の上昇圧力となっている。
 中国では03年以降、約9.5%前後という高い成長が続き、価格統制により国内燃料価格が国際価格に連動していないことが、原油消費量を加速させたと考えられる。原油消費量は02年、03年とそれぞれ7.5%、11.2%増加した結果、03年には日本を上回り、世界第2位の原油消費国となった。04年には世界全体での原油消費量の増加分のおよそ30%を占めている(第2-1-4図)

2.原油供給側の要因

(1)産油国の地政学的不確実性の増大

 原油価格高騰の背景には需要側の要因に加え供給側の要因も大きい。その1つが中東諸国に世界の原油埋蔵量の約57.1%が存在しているなど、石油資源の偏在性が供給途絶に対する不安を引き起こしやすいこと、及び01年に起きた米同時多発テロ後の中東情勢等に代表される産油国の地政学的リスクの高まりである。過去のトレンドを見ても03年のイラク戦争 (1)、04年のサウジ・アラビアでのテロ事件(2)、ロシア・ユーコス問題深刻化(3)、ナイジェリアの政情不安発生等(4)のイベントの発生に伴いWTI先物価格は急激に上昇している(第2-1-5図)

(2)余剰生産能力の推移

 これらのリスク要因とは別に、産油国の生産・精製能力そのものにも懸念が生じている。99年の大幅な価格低下の反動から、主要産油国や国際石油資本等では新規投資を手控えてきた。投資から能力追加まで数年を要する原油分野では、今回のことはある程度予測できたことといえる。OPEC産油国の原油生産量は03年以降急激に増加しており、それに伴い余剰生産能力も少なくなってきている。OPEC加盟国の原油生産能力をみると、サウジアラビアを除くほとんどの国で余剰能力は生産能力の1%程度しか残っておらず、消費の大幅な変動に対しての対応は難しい(第2-1-6図)。非OPEC諸国では、中南米や旧ソ連が生産量を増加してきたものの、近年ではアメリカや英国等のOECD加盟国の生産量が減少している。
 IEAの見通しにおいても今後、2010年頃までは原油の生産量は増加するものの、2020年にかけては減少すると予想している(第2-1-7表)

(3)石油精製能力の不足

 価格高騰の要因としては、上流部門(生産部門)での問題に加え、石油精製等の下流部門においても余剰能力が少ないことが指摘されている。英国の石油会社British Petroleum(BP)の統計によると、04年の世界の石油精製能力は1日当たり8,460万バーレルで、うち約26%がアジア、約24%が北米、約18%が欧州のOECD加盟国に存在する。現在の世界の原油消費は約8,080万バーレルであることから精製能力は常時95%台の高い稼働率を必要とすることとなる。産出される原油のうち硫黄の含有量が少なく、製品化するにあたって硫黄分を取り除くための精製作業がほとんど必要ないものもあることから、実際の稼働率は87%台にとどまっているが、今後、石油消費量が継続的に増加していった場合には対応が難しくなることが予想される。今後、長期的に適切な開発投資が行われない場合に石油製品価格は著しく高騰し、世界経済の成長を阻害する要因ともなり得るとされている(5)
 この問題は国内での需給ひっ迫が、直接WTI先物価格の上昇を通じて国際石油市場の動向に影響を与えることの多いアメリカにおいて顕著である。もともとアメリカ国内の石油精製能力は常時90%以上の稼働率を維持しており、精製余力は小さかった(第2-1-8図)。このため、今年8月下旬にアメリカメキシコ湾岸にハリケーン「カトリーナ」が上陸し、同地域に集中する石油関連施設(メキシコ湾岸でアメリカの精製能力の47.4%)が甚大な被害を受けた際には、供給不足懸念が急激に高まった。WTI先物価格は8月30日に69.8ドル/バーレルと終値ベースでみて過去最高額を記録した。その後9月中旬に再びメキシコ湾岸にハリケーン「リタ」が上陸した際には、石油関連施設の大規模な損害は免れたものの、カトリーナによって生じた損害の復旧を遅らせることとなり、9月、10月の間、WTI先物価格は60ドル台と高い水準で推移した。
 アメリカの石油精製余力が小さい背景には80年代に原油消費が減少したこと、同時期に石油精製業界において大幅な設置規制緩和がなされたこと、逆に環境基準が強化されたことが挙げられる。81年当時に324か所あった精油所はその後減少し、13年間にわたりアメリカの石油精製能力は減少傾向にあったという要因がある。90年代半ば以降は増加に転じたものの、緩やかな増加にとどまっている。
 その後、復旧作業が進み、10月31日時点では精製能力はハリケーン以前の90%程度にまで回復した。また4月から9月までのドライブシーズンが終了しガソリン消費が低下したことから、11月上旬にはWTI先物価格は50ドル/バーレル台後半にまで低下している。しかし、今後もこうした突発的な障害が発生した場合や継続的に消費量が増加していった場合、再度、需給ひっ迫懸念が高まり、原油価格の上昇につながるおそれがある。
 なお、現在の原油価格の高騰を受け、アメリカ政府が10月7日に製油所新設を支援する法案(6)が可決したが、投資から供給まで相当の時間を要することから、当面市場に具体的にどの程度の効果があるかについては不明である。

3.投機資金の流入

 上記の実需及び供給面の要因に加え、世界的な低金利を背景とした投機資金の原油市場への流入が原油価格の高騰を生んでいるといわれている。WTI取引における投機筋(7)の総建玉(8)に占める比率は年を追って着実に増加している。また、その比率の高まりによって、投機筋が結んだ先物契約の「買い」が「売り」を上回った時にはWTI先物価格が上昇する傾向が生ずる程になっていることがわかる(第2-1-9図)


目次][][][年次リスト