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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第2章 住宅価格の上昇と消費拡大の効果―アメリカ、英国を中心に―

第2節 アメリカ、英国における住宅価格上昇の消費拡大の効果

 前節でみたように、90年代後半からみられた住宅価格上昇の動きは、2000年のITバブル崩壊後の景気後退期にむしろ加速した。こうした住宅価格の上昇は、特にアメリカや英国においては、住宅投資や消費の維持を通じて景気を下支えする役割を果たしたといわれている(25)(第2-2-1図)
 本節では、今回の「住宅ブーム」における資産効果について、その効果をより発揮させる背景となったモーゲージ市場の仕組みにも焦点を当てつつ、英国及びアメリカを中心に取り上げる(26)

1.限界消費性向及びモーゲージ市場完備指数等からみた資産効果

 住宅価格の上昇は、住宅投資の増大をもたらすことに加え、資産効果を通じて消費を拡大させる効果を持っている。しかし、金利低下局面という共通点を持ちながら、住宅価格上昇によりもたらされた資産効果の大きさは国により異なっている。以下では、この要因についてみることとする。

●モーゲージ保有高と限界消費性向
 OECDの推計結果(27)によれば、住宅資産の増加が消費に与える限界的な効果(限界消費性向:Marginal Propensity of Consumption:MPC)は国により異なっている。
 第1節でみた5か国、及び日本についてMPCをみると、英国、オーストラリア、アメリカは、スペイン、フランス、日本と比べ、相対的に高いことが分かる。
 また、このMPCとモーゲージローン残高/GDP比率をプロットしてみると、右上がり(正)の関係があることが分かる(第2-2-2図)。これは、家計がモーゲージローンを積み増している国ではMPCが高く、同じだけ資産増加が生じても、消費の拡大がより大きくなる可能性を示している。

●モーゲージ市場完備指数
 家計がモーゲージローンを通じて消費を増やすためには、借り入れた資金が住宅投資以外の使途(消費)にも振り向けられる必要がある。このような資金調達がモーゲージ市場を通じて調達可能となっているかどうかがMPCに影響すると考えられる。
 OECDが欧州を対象に、住宅市場関連データが入手可能な国について「モーゲージ市場完備指数(28)」を試算している。「モーゲージ完備指数」とは、家計のモーゲージ市場における借入れの容易さを示す指標であり、(1)LTV(担保に対するローン比率)の高さ、(2)ニーズに応じた幅広いモーゲージ商品の提供(利払い方法、返済方法、返済期間等)、(3)借入れ目的の制約度(セカンドモーゲージの設定の可否や証券化による第三者への譲渡可能性等)等に基づいて算出されている(第2-2-3表)
 一般に、金融市場の自由化が進み金融機関間の競争が激しいほど、(1)〜(3)の要素が充実・改善する傾向がある。このため、モーゲージ完備指数はモーゲージ市場の競争度を示しているともいえる。競争が激しければ、取引コストも低下し、家計がより効率的に借入れを行えると考えられる。OECDは、住宅完備度が高い国ほど、住宅価格の上昇による資産効果を通じた消費拡大効果が高いとしている。また、借入れの際に担保となる持ち家の保有比率が高いほど、マクロでみた資産効果をより高める役割を果たすと指摘している。モーゲージ市場完備指数の高さと、MPCの高さには強い相関が示唆される。MPCの高い英国、オーストラリア、アメリカについてみると、欧州を対象としたこの指数では、英国は最も高くなっている。また、オーストラリア、アメリカも指数の(1)〜(3)の要素が英国と同じような数値を持つことから、恐らくは高い値を持つと考えられるからである。

2. アメリカ、英国のモーゲージ市場の仕組みと動向

(1)アメリカの動向

●借換えやホームエクイティローンによる消費拡大
 アメリカでは住宅価格上昇率が高まった2001年以降、モーゲージローン残高が大幅に増加し、2000年の約1.1兆ドルから03年には約3.8兆ドルと最大となり、04年はやや鈍化したものの、約2.8兆ドルとなっている。
 モーゲージローンは、新規とリファイナンス(借換え)に分かれる。01年以降のモーゲージ残高の急拡大に寄与しているのは後者であり、モーゲージに占めるリファイナンスの比率は、2000年の19%から03年66%、04年は53%と大幅に上昇している(第2-2-4図)
 リファイナンスにも様々な形態があり、(1)利払いを節約するために返済期間の変更等を行う伝統的な借換えのほか、近年では(2)キャッシュアウト(現金化)型の借換えというものがある。これは、既存の住宅ローンの借換え時に、ローンを設定した時点以降の住宅資産評価増額分を担保価値の増加分としてローン残高を積み増し、その一部を現金化して消費に回す方法であり急速に普及している。リファイナンスに占める現金化の比率は、03年4〜6月期には3分の1程度だったが、05年4〜6月期には4分の3となった。
 また、新規の借入れとして、「ホームエクイティローン」と呼ばれる借入れ方法も近年急速に伸びており、2000年の4,921億ドルから04年には8,866億ドルと急増している。ホームエクイティローンとは、住宅の純資産価値(住宅資産−モーゲージローン未払い残高)を担保として、新規にローンを設定するものである。したがって住宅価格が上昇し続けている限り、モーゲージ金利の動向とは関係なく借入れが可能となる。
 ただし、以上のようなリファイナンス手段の活性化の恩恵を受けるのは住宅保有者に限られている。新規住宅取得者にとっては、住宅価格の上昇を加速させるため、むしろ住宅購入の阻害要因となっている(第2-2-5図)

●スムーズな資金調達を可能にしたMBS市場
 上述のとおり、家計へ資金が円滑に供給される手法が発達した背景には、MBS市場の発達がある。MBSとは資産担保証券の1つであり、家計の持つモーゲージローン債権を集約して元利金払いを担保にして発行される証券を指す。アメリカでは、モーゲージローン残高のおよそ6割がMBSとして証券化されている(29)。アメリカのモーゲージ市場は(1)住宅ローンの審査・貸付を行い、民間金融機関のみからなるプライマリー(一次)市場、(2)政府機関・政府支援機関及び民間金融機関等の証券化機関が貸出機関から住宅ローン債権を買取り、証券化した上で流通させるセカンダリー(二次)市場から成っている。これは、モーゲージローンを証券化することで流動性を高め、MBSを様々な投資家が購入できるようにすることで、家計に対して資金をスムーズに供給しているということになる(第2-2-6図)
 このような多段階のプロセスを経る最大のメリットは、流動性を高めることである。つまり、エージェンシー(30)が元本・利払い保証を付与することで、投資家から借り手や証券発行機関のデフォルトリスクを切り離すことで、リスク分散を可能にしているからである。加えて、ほかの証券化商品よりも低リスクかつ低取引コストというメリットも生んでいる。一方、貸出し主体にとっては、住宅ローンを資産として保有せずに、証券化機関に売却することで新たな貸出原資を調達することができるメリットがある。このため、貸出の過半を占めるモーゲージバンカーのように預金業務を行わない融資専門機関が大量に存在し、相互に競争することで一層コストを押し下げている。

コラム REIT市場の好調も「住宅ブーム」を下支え

 REIT(Real Estate Investment Trust)は60年にアメリカにおいて初めて導入され、90年代にUP-REITと呼ばれる免税スキームの導入を機に急激に成長した不動産投資信託制度である。不動産の金融商品化を通じて流動性の向上を図り、景気の動向に左右されず、不動産市場に安定的に多くの投資資金を供給することを目的としており、04年時点で17か国において導入されている(31)
 日本においても類似の制度がJ-REITとして2000年より導入され、その後順調に拡大を続け、05年10月末時点で時価総額が約230億ドルとなるなど、不動産市場の活性化に一定の成果を上げつつあるが、両国の市場規模を比較すると、アメリカの取引額は圧倒的に大きくなっている(04年末の時価総額3,050億ドル)。
 アメリカのREITには3つの投資形態があり、(1)エクイティREIT(実物不動産の所有権)、(2)モーゲージREIT(不動産モーゲージ(32))、(3)ハイブリッドREIT(両方)に分かれるが、このうち(1)が9割程度を占めている。また物件タイプ別でみると、住宅モーゲージへの投資は時価総額の6%に過ぎない。その位置付けも、REITは不動産資産というよりも株の一種、という認識が一般的である。
 しかし、REITはMBSの運用ツールの1つとしても用いられており、その意味でREITと株は補完的な関係にあるといえる。REITのこれまでの値動きをみると、株式や債券の価格動向との相関が低いことから、MBS運用の際のリスク分散にかなり貢献している。
 また、理論的には説明が困難ではあるものの、REITの収益率(33)と住宅価格との間に正の相関がみられる。これまでのところ、ほかの金融資産よりも安定して高い収益率を誇るREITは、MBSの運用の安定化にも寄与しつつ、今般の「住宅ブーム」を下支えした可能性が高いといえよう。

拡大し続けるREIT市場の推移および株式とREITの総合収益率比較

●家計のモーゲージ債務残高の急増と消費拡大
 このように、アメリカではモーゲージ市場が非常に発達している。同時に、金利低下に対して家計の住宅ローンへの感応度も高い。これは、住宅価格の上昇に伴い、住宅資産価値が増大し、家計の資産総額も伸びているが、家計債務も大幅に増加していることにも表れている。債務の増加は主にモーゲージ債務によるものであり、03年以降、モーゲージ残高の伸びは前年同期比13%前後の高い伸びで推移している(34)。家計債務に占める割合も01年1〜3月期66%から05年4〜6月期72%へ上昇している。貯蓄率はこの間2.5%から0%へと低下しており、増加した借入れによる消費拡大効果が大きくなっている可能性を示唆しているといえよう(第2-2-7図)

(2)英国の動向

●欧州で最も発達したモーゲージ市場
 英国でも、アメリカと同様、01年以降モーゲージローン残高が大幅に拡大しており、2000年800億ポンドから04年1,380億ポンドとなった。また、この間にアメリカのリファイナンスに相当するRemortgage及びFurther Advance(35)の合計の比率は33%から50%へ上昇したが、前者の伸びの寄与が大きい。
 また、英国では変動金利型ローンが依然市場の6割近くを占めているものの、金融機関間の競争が一層激化する中、固定金利型ローンの導入を始め、新しい形の返済方法や金利の設定を可能にする新たな金融商品が登場しており(36)、家計がより容易にモーゲージ市場を通じて借入れすることが可能となっている(第2-2-8図)

●民間主導で発達したMBS市場
 英国においてもアメリカと同様、モーゲージローンの証券化が進んでいる。アメリカとは異なり、政府機関等による元利金払いへの付保はしていないものの、金融市場の規制緩和及び制度整備が進んだ結果、金融機関間の競争により、民間主導でモーゲージ市場を発達させることになった。最近時点では、アメリカに次ぐ世界第2の市場規模(37)となっている。

●MEW(38)の使途
 英国では、モーゲージ市場で借り入れた資金を住宅投資以外の目的に振り向けたものを特にMEW(Mortgage Equity Withdrawal)と呼んでおり、残高は03年末で家計可処分所得の9%近くとなった。これが2000年代の英国の堅調な個人消費の伸びを下支えしてきたものとみられる。MEWは借入れ目的別に4種類に分類されているが(39)、継続的な消費拡大を支えているとみられるのはRemortgaging/further advance及びOvermortgagingである。98年から03年までの間におけるMEW総額の36%を占め、そのうち半分程度が消費に回ったものとみられる。また、残りの2つを合わせた全体でみても、MEW全体の3分の1程度が消費に使われたとみられる(40)
 そこで家計の債務残高/可処分所得比率をみると、98年以降、住宅ローン債務の拡大により上昇しており、01年1〜3月期の73%から05年4〜6月期には94%となっている。一方で同時期の家計貯蓄率をみると、90年代後半から2000年のITバブル崩壊までの株価上昇局面では、英国の貯蓄率も10%から半分の5%にまで低下した(41)。しかしながら、住宅価格上昇率が急速に高まった02年以降はほぼ4〜5%台の水準で推移しており、この間特に消費性向が高まらなかったことがうかがえる(第2-2-9図)
 これはMPCが高いというOECDの結果と矛盾するようにみえるが、OECDの推計が70〜02年のデータに基づいていることに留意する必要がある。実際、英国では住宅価格と消費の相関は01年以降急速に低下していることが指摘されており、その決定的な要因は特定されていないものの、株価の回復が遅れる中、期待所得の伸びも比較的緩やかなものにとどまっていること、公的年金の見直し等により退職後に備えた貯蓄の必要性が高まったことなどが挙げられており(42)、家計の選好が足元で変化し、貯蓄率を維持することになった可能性があると考えられる。

3.先行きリスクをどうみるか

●英国はソフトランディングか
 英国の住宅価格上昇率はアメリカと比較してかなり高いものであったが、2003年11月以降段階的に金利が引き締められたこともあり、04年に入ってからは、住宅価格上昇率は低下してきている。住宅価格上昇率の鈍化は、既に住宅を保有している家計にとっては、住宅資産の担保価値の増勢が鈍化することを意味するに過ぎない。しかし、現実には金利上昇も生じており、英国では変動型金利が多いため、住宅ローン保有世帯には利払いの増大が生ずる。また、家計が保有する金融資産も増加しており、金利の上昇により債券価格や株価が下落した場合には、消費に対してマイナスの効果をもたらすことが考えられる。実際、消費の動向をみると、04年は前年比3.7%増であったが、05年に入ってからは前期比年率1〜3月期0.6%、4〜6月期1.4%増と伸びに鈍化がみられている。
 しかし、既にみたように、英国の家計貯蓄率は住宅価格上昇率が大幅に上昇した02年以降はほぼ横ばいで推移し、消費性向にはほとんど変化がなかった。これは、借入れの内、住宅価格を上まわる分について、その多くが消費でなく金融資産の取得に向けられたためと考えられ、家計の保有する金融資産の内訳をみると、保険・年金、預金が約9割を占めることから、金利が上昇して利子の受取りの増加が利払いの増加をある程度相殺するため、消費の動向に大きな影響は出ないという指摘がある(43)(第2-2-10図)
 また、これまでのところ英国の住宅価格は「安定化」しており、下落には至っていない。このため、消費の急減速等により、英国の景気が「クラッシュ」するリスクは高くないとみられる。少なくとも現在までのところ英国はソフトランディング過程にあるとの指摘も可能であろう。ただし、住宅価格が下落に転ずるような場合には、それが消費に与える影響を注視しなくてはならないだろう。

●2005年に入ってリスクの高まりが指摘されるアメリカ
 アメリカの住宅価格の上昇率は、英国と比べればかなり緩やかであり、先行きについても楽観視する見方もある。しかし、英国と異なり、アメリカの家計貯蓄率は2000年以降低下しており、05年6月以降はゼロを割り込む程になっており、注視が必要である。また、家計債務に占める住宅ローンの比率は上昇を続けており、住宅価格の下落が生じた場合の影響度は大きくなっている。
 特に05年に入ってから、家計にとって返済リスクが高い住宅金融商品が普及したり、転売を目的とした住宅購入の増加等投機的な動きが目立つようになったりしていることから(下記コラム参照)、住宅価格の下落が生じた場合のリスクが高まっている可能性がある。さらに、FRBは昨年半ば以降FFレートを断続的に引き上げており、この動きは当面続くとみられることから、目下のところはモーゲージ金利への影響は余りないものの、今後上昇に転ずる可能性があり、金利面のリスクも否定できない。
 以上を考慮すると、現時点で差し迫ったリスクはないと考えられるものの、FRBによる金利引上げの影響がモーゲージ金利にも及び、住宅価格上昇率に下振れ圧力をもたらす場合には、資産効果の剥落による消費の後退と景気の減速が懸念されるといえよう。

コラム FRB:ハイリスクな住宅金融商品の普及に度々警戒信号

 02年以降、モーゲージバンカー等の金融機関間における貸出し競争の激化により新しい金融商品が登場・普及したことにより、住宅価格上昇期待に依拠した家計の返済能力を超えた借入れが増加している。
 中でも、Home Equity Line of Credit(HELOC)と呼ばれる、住宅評価額とローン残高の差を担保として資金使途を限定しない融資枠の与信を行うという新しい住宅金融商品の残高が急速に伸びている。現在の持ち家に居住したまま、必要に応じ追加的な借入れを限度額まで行うことができ、変動金利型であるため、金利上昇局面では家計の返済リスクが膨張するリスクがあるものの、機動性の高さから、この商品による借入れは03年から04年にかけて40%拡大したといわれている(44)
 そのほか、IOローン(Interest Only Loans)、ローン・担保比率(LTV)の引上げ(45)、ネガティブアモチゼーションローン(Negative Amortization Loans)、ピギーバックローン(Piggyback Loans)、ローン審査書類の簡略化等が増えている。IOローンは、既にモーゲージローンの1/4近くを占めるまでに増加している。ワシントンD.C.地区ではわずか5年前には2%程度であったが、現在では1/3以上の住宅購入者がこの方式を用いているといわれている。
 このような事態を受け、05年5月の連邦準備制度とほかの銀行規制当局者との共同声明(46)では、ホームエクイティローンへの監視を強めるべきであると述べている。
 また、明らかに居住を目的としない投資目的によるセカンドハウス等の住宅購入も増加し、2000年から4年間で2倍に増えたとされている。持家率と回転率(住宅販売戸数/前期末の総住宅戸数)をみると、持家率が安定的に上昇を続ける一方で、回転率は02年以降中古住宅を中心に伸びが加速している。

持ち家率と回転率

 05年半ば以降、こうした状況を受け、グリーンスパンFRB議長(47)を始めとした複数のFRB関係者が、懸念する発言を繰返し行っている。

参考1 REIT市場の構成

参考2 アメリカにおけるモーゲージ商品


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