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第2章 世界経済の長期展望

第2節 アジア地域の展望

 東アジア地域の貿易は80年代以降急速な量的拡大を遂げた。域内の貿易構造をみても、伝統的な産業間貿易に替わり、製造業を中心とする垂直的な産業内貿易構造への転換が進んでいる。資本移動のグローバル化、通信技術の発達を背景にしたIT化の進展等により、東アジア地域内では直接投資による生産拠点の国境を越えたネットワーク化が進み、地域の経済活性化につながっている。
 今後もこの趨勢が続くものと見込まれるなかで、地域内分業・貿易体制の成果を十分に発揮するための制度作りが求められている。今後の世界経済全体の中期的な発展という観点に立てば、東アジア地域のさらなる発展を支えるためには自由貿易体制の維持という視点が重要であり、こうした流れの中で近年急速に活発化している東アジア地域内のFTA(自由貿易協定)、さらには、投資、人、知的財産権等、様々な分野における連携を図るEPA(経済連携協定)締結の活発化等の動きを整理する必要がある。

1.中期的に拡大を続けてきた東アジア地域の貿易

●世界における東アジアの貿易の拡大
 東アジアでは、80年代後半以降から急速に貿易額が拡大し、80年には2,890億ドルであった貿易額(輸出入合計)は、2003年にはそのほぼ10倍に相当する2兆7,940億ドルにまで拡大した。世界貿易全体における地域別のシェアでみても、東アジアについては80年のおよそ8%程度から2003年には20%近くにまで上昇した。当該期間にアメリカのシェアは横ばいで推移する一方、日本、EUは低下した(第2-2-1図)。

●東アジア域内での貿易の拡大
 世界貿易に占める東アジアの比重が高まる一方で、東アジア域内の貿易も急速に拡大した。東アジアの貿易全体における東アジア域内貿易のシェアをみると、80年では約18%程度だったものが2003年には約40%にまで上昇した。これとは対照的に、日本やアメリカの東アジアの貿易全体におけるシェアは低下傾向にある。一方、EUについても80年から12〜14%内とほぼ横ばいで推移している(第2-2-2図)。
 東アジアの域内貿易のシェアを他の地域と比べてみても、その拡大が急速に進んでいることが分かる。EUの域内シェアは80年代からほぼ60%で推移しており、世界の中でもかなり高い域内依存度で高止まりしている。アメリカを中心とするNAFTAの域内貿易シェアについては、80年の約33%から2003年で約45%という拡大幅となっている(第2-2-3図)。このように、東アジア地域の貿易の域内依存度は他の地域に比べ大幅に上昇してきていることが分かる。特に2000年以降、域内の各国・地域では、高成長を続ける中国との貿易の拡大が著しい(第2-2-4図)。


2.東アジアにおける生産分業ネットワークの形成

●東アジアにおける貿易形態の変遷
 東アジア地域では90年代において、機械産業を中心に垂直的産業内貿易が増加した。80年代前半までの貿易が互いに比較優位を持つ産業間で行う産業間貿易であったことと比較すると、貿易の量的拡大と並行して大きな構造変化があったといえる。
 80年代後半から90年代前半にかけて、東アジア諸国は輸入代替型から輸出指向型の工業化を目指すようになり、外資企業を積極的に受け入れた。その結果、特に機械や機械部品企業を中心に各国企業の工場が進出し、この地域の工業化が急速に進んだ。このような工業化の進展と現地生産の拡大が、機械関連産業を中心に垂直的産業内貿易の増加に結び付いたと考えられる。
 まず産業別にみた貿易パターンの変化について、日本と東アジア地域の90年代における産業別の貿易シェアの動向でみると、日本とインドネシアを除くすべての国で、機械及び機械関連部品の輸出の割合が年々増加傾向にある一方、輸入における同財のシェアの動向は輸出のように比例的に伸びず(微増、もしくはほぼ横ばいから微減)、その結果、2000年にはこれらの地域では、その要素賦存量によらず、機械等の資本集約的な財について輸出・輸入両方の取引をするという貿易パターンとなっていることが分かった(15)
 また、産業内及び産業間といった貿易パターンから貿易の変化をみると、機械産業といった技術集約的産業において産業内貿易が高まったこと、さらに産業内貿易の中でも垂直的産業内貿易が増加しており、水平的産業内貿易はあまり伸びていないことが分かった(16)(第2-2-5図)。
 

●東アジアでは直接投資の増加が垂直的貿易を拡大
 前述したように、東アジア地域においていわゆる雁行形態的発展ではなく、輸出指向型の工業化が急速に進展した背景として、直接投資の大量受け入れが考えられる。直接投資の動向をみると、貿易構造が変化した80年代後半から直接投資が増加し始め、90年代以降特に急増していることが分かる(第2-2-6図)。
 日本の電気製品に関する実証分析においても、直接投資の増加が垂直的産業内貿易の拡大を促していること、また、地理的な距離が離れ、輸送費等貿易コストがかかるほど垂直的産業内貿易が抑制されるという結果が得られている(17)
 以上から、80年代後半以降、外国企業が直接投資のコストが低い東アジア地域に対して積極的に直接投資を行ったことが垂直的貿易の拡大につながった可能性がある。

●東アジアにおける企業の新たな立地展開
 よりミクロのレベルで、大量の直接投資が東アジアの貿易構造に与えた影響を考えてみよう。直接投資は、単なる資本の移動にとどまらず、投資を行う企業の技術や経営ノウハウといった経営資源の移動でもある。したがって直接投資を行おうとする企業は、自らが持つ経営資源を勘案しながら投資を決定しなくてはならないが、その際に判断を決定する要因となるのが立地及び活動内容である。
 立地については、通常、同一地域に対し長期的に投資を行われることから、投資先の生産レベルが将来向上することが見込まれ、かつ、その効果が地元企業にも波及しやすいところを選ぶ傾向がある。そのため企業は経済活動が集積している地域を選んで工場を立地する。集積地には地元企業だけでなく、他国企業の現地法人も進出しており、本国と現地のグループ企業間取引だけでなく、現地の地元企業等との取引も行える。このようにして、産業の集積によって生まれた生産ネットワークが東アジアの各地に形成されている。この要因としては、部品等に関する情報収集コストや時間コストの節減、インフラ整備における規模の経済性の享受、人的資源等の調達の円滑化等のメリットが考えられる。
 他方、生産活動についても、企業は、企業全体としての効率性を最大化するためにどの工程を海外で行い、どの工程を内部化するかを細かく決める必要がある。特に機械産業においては、多数の部品を組み合わせて一つの最終製品を作り上げるという特徴を持っているため、部品ごとに独立した生産システムを確保できれば分業体制を構築しやすい。そのため機械メーカーを中心に生産活動を細かくブロック化し、それぞれ立地条件の適したところに分散させる動きがみられるようになったと考えられる。こうした活動を容易にさせているのは、物理的な距離の近さに加え、物流や通信関連の技術革新により、輸送費や通信費等のサービスリンク・コストと呼ばれる費用が低くなっていることによる。
 このようにして形成された東アジア地域固有の、製造業を中心とした生産・分業ネットワークは、東アジア経済全体の活性化を支える原動力の一つとして機能している(18)


3.東アジアにおける経済連携

●東アジアにおける経済連携のこれまでの動向
 東アジア地域内には前述のような製造業を中心とする生産ネットワークが存在するため、関税障壁等の解消等、経済連携を行うことを通じて域内全体に便益をもたらしやすい環境下にあると考えられる。ここ数年FTAが顕著に増加している背景として、理論的には、WTOの枠組みと比べ、FTAでは、交渉参加国数が少ないために合意がより短期間に達成されやすいという優位性が考えられる(19)
 東アジアにおける経済連携の草分けとしては、92年の第4回ASEAN首脳会議において合意され、CEPT(共通有効特恵関税)スキームを開始したAFTA(ASEAN自由貿易地域)がある。CEPTにおける最終関税率(0〜5%)の実現目標年は相次いで前倒しされ、現時点においては、2007年までに全加盟国において、本スキームが対象品目について適用されることとなっている。
 しかしながら、実情としては、この関税引き下げ制度が十分活用されていない。その理由として、ASEAN域内において、シンガポールと他のASEAN諸国との足並みが必ずしもそろっていないことが挙げられる。具体的には、
 (1)当初よりAFTA実現に向けて音頭をとってきたシンガポールでは、アジア通貨危機後、他のASEAN諸国との競争力格差が広がりかつ域内貿易比率は伸び悩んだ一方で、域外である日本や韓国、中国に対する貿易依存度が高まった。
 (2) 域内貿易に占めるシンガポールの比重は高いものの、シンガポールでは、もともとほぼすべての品目において関税がゼロに設定されていることから、シンガポールへ輸出するのであれば、他のASEAN諸国にとって、AFTAを活用する必要がない。
 (3) CEPTの適用を受けるために必要とされている原産地証明に係る手続きや通関手続きが煩雑であるため、当該制度そのものの周知が十分でない。
 (4) 92年のAFTA合意以降のASEAN域内貿易比率が、アジア経済危機等の要因により伸び悩んでいたが、一方で、域外の日本や韓国、経済成長著しい中国を含めた東アジア経済圏への依存度が高まった。
 (5) マレーシアが完成車及びノックダウン車(20)に対する関税引下げのスケジュールを先送りしたことに象徴されるように、各国の間で合意事項の遵守を徹底できなかったことや、CEPTの例外品目を決定しようとしたものの、加盟国間で合意が得られなかった。
 といった問題点が指摘(21)されている。
 最近では、シンガポールはむしろ域外諸国とFTAを締結することに積極的である(例:日・シンガポール経済連携協定、2002年)。そのようなシンガポールの動きに対抗し、タイをはじめ他のASEAN諸国は個別に二国間FTAを締結する方向に動いている。また、域外の国との間でも、二国間FTA締結の動きが活発となっている(第2-2-7図)。

●近年の東アジア域内における地域間FTAの動向
 他方、二国間にとどまらず、さらに進んだ形での経済連携として、中国、韓国、日本の各国でASEAN全体とFTAを締結しようとする動きが活発化しており、今後の動向を注視していく必要がある。
 そのうち特に、中国とASEANとの間でのFTA提携が注目される。2002年11月に両者は「包括的経済協力の枠組み協定」に調印したが、その中で中国はシンガポール等ASEAN6(22)とは2010年、ベトナムなどのASEAN新規加盟4か国とは2015年までに双方の関税を撤廃することに合意している。
 協定により、ASEAN諸国にとっては(1)農業分野における貿易自由化の早期実施(23)は、農産品に相対的に優位性を持つASEAN諸国に有利に機能することや、(2)今後活発に中国からASEAN諸国へ投資が行われるようになれば、ASEANにおける企業の事業拡大やグローバル化に貢献することが期待される。これらは、巨大な市場である中国へのアクセスを容易にし、その輸出拡大を通じてより高成長を達成することができる。
 他方、中国にとっても(1)ASEAN諸国からの直接投資が一層拡大することや、(2)上位4地域・国(アメリカ、香港、EU、日本の順)で全体の約7割に達するなど集中化傾向がみられていた輸出市場の分散化、(3)ASEAN等に根強く存在する中国脅威論の緩和といった効果が期待できる。
 また、メコン川流域開発や昆明−バンコク道路建設も経済協力の一環として含まれるなど、中国、ASEAN双方に利益をもたらすことが見込まれている(24)。 
 二国間FTAについても、アジア地域は90年代前半の世界的な経済連携ブームには乗り遅れていた。しかしながら、90年後半にアジア経済危機に陥ったことを契機として、それまで「奇跡」と呼ばれた高成長が実は脆弱なものであり、地域内での連携が重要であることが認識されたこともあり、2000年に入って連携へ向けた交渉が急速に進展している。例えば、日本においても韓国とは既に2003年より交渉を開始し、ASEAN諸国とも近く交渉の開始を予定している(前掲 第2-2-7図)。

●東アジアにおけるFTAの経済効果
 東アジアにおける経済連携の動向について概観したが、こうした経済連携の経済効果は、広く地域全体に及ぶことが幾つかの実証分析において示されている。
 東アジアにおける経済連携の経済効果(25)を分析したものとして、ADBI(アジア開発銀行研究所)(26)では97年から2020年までの貿易動向をシミュレーションしている。その中では、(1)すべての国において関税ゼロのケースを想定した場合、(2)AFTA+中国が貿易協定を提携した場合、(3)いずれの措置も実施されない場合の三つのケースについて比較分析がなされている(第2-2-8表)。
 世界全体で貿易自由化を実施した場合は、世界全体の貿易量だけでなく、各国・地域の貿易量においても拡大に寄与していることが分かる。他方AFTA+中国が貿易協定を提携した場合でも、貿易連携のための措置が全くとられない場合に比較して日本、NIEs(韓国、台湾)の輸出量の増加が3、4割程度であるのに対し、ASEANの輸出量は約17倍と大幅に増加し、貿易量のシフトが生じている。
 他にも、東アジア諸国間で経済連携がなされた場合の経済効果としては、2国間よりも、地域間といった幅広い連携において、より経済効果があり、日本、中国及びASEAN6(27)との間で貿易自由化が実施された場合、世界全体で実質GDPを0.34%押し上げる効果があることを示す分析がある(28)
 また、人や資本といった生産要素の移動も考慮に入れつつ、日本が東アジア諸国とFTAを締結した場合の経済効果の試算においては、アジアのより幅広い国々がFTAに参加した場合において、協定参加国すべてにおいて最も高い経済成長率を達成できることを示す分析もある(29)第2-2-9表)。
 以上より、東アジア諸国において、より広範な経済連携を実現させれば一層の経済効果が生ずる可能性があるといえ、昨今のFTAやEPA締結への動きが活発化している背景となっているといえよう。

●今後の取組
 90年以降、EU(欧州連合)発足、NAFTA(北米自由貿易協定)締結等、世界的にFTA締結の動きが広がるなか、東アジア諸国の出足は必ずしも早くはなかった。しかし、97年のアジア通貨危機、及びその後の成長鈍化の経験から、持続的に高い成長を実現するためには、域内において相互補完的な関係を強化する必要があるという機運が醸成された。2000年に入ってからのアジアにおけるFTA、さらには人やサービスをも含めたより広範な連携であるEPA締結への取組は目覚しいものがある。
 当然ながら最終的に目指すべき姿は、WTOを中核に据えた完全自由貿易の実現である。しかしながら、経済発展の段階が大きく異なる150近い加盟国の間で合意を取り付けるに至るのは困難であるのもまた事実である。
 したがって、WTOルールとあくまで整合性を保ちながら、アジア域内におけるFTA締結を推進することを通じて、多角的貿易体制を補完していくことが重要であるといえよう。
 一般にFTAを域内において締結するメリットとしては以下のような可能性が指摘されている(30)。域内で連携することは経済発展や経済構造、文化や歴史等より類似した国同士が提携するため、
 (1) 実質上の市場拡大につながり、直接的に経済上のメリットが生じる。
 (2) 交渉参加主体の数が少ないため、意見の集約、とりわけ小国の意見が反映されやすくなり、交渉にかかる時間を大幅に短縮することができる。
 (3) FTAが拡大するにつれ、規模の経済性が生じ、域内の非参加国にとってのデメリットが増大するため、FTAに参加するために必要とされる国内の構造改革をこれらの国において促進する効果が期待できる。さらに、構造改革が進展すれば生産性も向上することから、直接投資を呼び込みやすくなる効果もある。
 したがって、中期的な時間軸を考慮した場合、当面は2国間におけるFTA、とりわけ力強い拡大を続けると予想されている中国との連携を視野に入れつつ、次に日中韓対ASEANというような地域同士の連携へと広げていき、東アジア全域における経済連携の実現を目指していくということが考えられる。ただし、AFTAの現状にみられるように、部分的結合を連結して全体に広げるのはさほど容易ではない。上述したとおり、域外国にとっては常に連携に参加するインセンティブが存在するものの、既加盟国側にとっては必ずしも拡大のインセンティブを持つとは限らない。(1)一定規模の市場を確保してしまうと、それ以上加盟国を増やしたいと考えなくなる、(2)メンバー国内をまたいで展開している企業にとって、類似の財を生産する新規参入企業が域内に増えることに関して消極的に動く可能性が高い、という可能性が考えられることからである。経済連携の拡大をスムーズに進めていくためには、10年、20年といった中間目標期間(31)も見据えた制度作りが必要とされるとともに、常にWTO理念の実現という最終的な目的を念頭に置き、各FTAごとに規則が大幅に異なることがないよう留意する必要がある。


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