第2章 世界経済の長期展望 |
世界経済の長期的な姿を展望すると、今後も人口増加が続くインド、中国は、高い経済成長を続け、世界のGDPに占める比率を高めると考えられる。先進国の多くでは、人口増加率は低下し、世界のGDPに占める比率は縮小していくと考えられる。一方、一人当たりGDPの動向をみると、インド、中国と現在の先進国との間の格差は、縮小はするものの経済規模ほどには縮小しないと考えられる。
世界経済全体としては、今後約3%程度の成長を遂げると見込まれるが、その際に、直接的な制約となり得る要因としてエネルギー問題と食糧問題が挙げられる。エネルギー需給については、途上国を中心に需要が増加するものの、主として化石燃料により、需要増に応じた供給が行われる見通しである。また、食糧に関しては、人口増加に伴う需要増に対して十分な供給能力があるかどうかが問題となるが、単位収穫量の増加等により供給も増加するため、食糧不足は生じないと見込まれている。
経済活動の基礎となる人口の長期的動向をみると、世界全体の人口は2003年に63億人に達し、2030年には中位推計で81億人となる見通し(国際連合(2003))である(第2-1-1図)。人口増加率は先進国、途上国の両方で鈍化すると見込まれており、その背景として主に出生率の低下とHIV/AIDSの影響が挙げられる。こうした出生率の低下を背景に、高齢化のスピードは高まることになる。また、国際連合(2003)では、人口の増加に悪影響を与える要因の一つとして、HIV/AIDSによる疾病率、死亡率の上昇を挙げている。
●少子高齢化等により世界の人口増加率は鈍化する見通し
国別の人口をみると、2003年の世界の人口の上位5か国は中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジルとなっており、これら5か国で世界人口の48%を占めている。2030年には世界の人口の上位5か国は中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタンとなり、世界人口の47%を占めることになると見込まれている。なお、日本は2003年時点で10位となっているが、2010年頃から始まる人口減少の結果、2030年時点では11位となる見通しである。
地域別の人口の動向をみると、アジアは2000年の36.8億人から2030年には48.9億人、南米は3.5億人から4.7億人、アフリカは8.0億人から14.0億人と増加する一方、ヨーロッパは7.3億人から6.9億人に減少するとみられている。各地域の世界人口に占めるシェアをみると、ヨーロッパは2000年の12.0%から2003年には8.4%に低下するが、アフリカは13.1%から17.2%に高まるとみられ、他の地域のシェアは横ばいで推移すると見込まれている。発展段階別にみると、先進国(1)は2000年の11.9億人から2030年の12.4億人とおおむね横ばいで推移するとみられるものの、途上国(2)は2000年の48.8億人から2030年の68.9億人となる見込みである。
このように、途上国を中心に、多くの地域で今後も人口の増加が見込まれるが、その増加率は鈍化が続くことが予想されている(第2-1-2図)。この要因の一つに出生率の低下が挙げられる。出生率の推移をみると、先進国で若干の上昇がみられるものの、途上国を中心に大きく低下し、世界全体で2000年の2.7から2030年には2.3まで低下すると見込まれている。アジアにおいては、現在2.6の出生率は、2030年には人口置換水準(人口を一定に維持する上で必要な水準)の2.1近辺まで低下するとみられている。
平均余命が伸び、出生率が低下することにより、過去に比べて速いペースで高齢化が進行することが見込まれている。これまで高齢化は主に先進国において顕著にみられた現象であったが、今後はアジアを中心に途上国でも高齢化が進むとみられている。総人口に占める65歳以上人口の割合をみると(第2-1-3図)、2000年に比べ、日本やインド、中国で約2倍の水準になり、世界全体でも2000年の6.9%から2030年には11.8%へ増加することが見込まれている。
●中国とインドの人口の動向
中国とインドは人口大国として今後の人口動態が特に注目されている。中国は、2030年においても依然として世界一の人口大国であるが、人口増加率は2000年の0.73%から2030年には0.08%に低下する見込みであり、世界の人口におけるシェアは、2000年の21.0%から2030年には17.8%に低下すると見込まれている。
この背景としては、これまでの出生率の著しい低下が挙げられる。1970年には4.9であった出生率は、政府の一人っ子政策の影響もあり低下を続け、2000年には1.8となっている。2030年にはわずかに上昇して1.9となる見込みである。このように少子化が進展するなか、65歳以上人口の割合が大幅に上昇し、生産年齢人口(15〜64歳)は、2010年をピークに緩やかに減少していくとみられている。
インドにおいても、出生率は2030年までに、現在の3.0から2.0へと1.0ポイント低下すると予測される一方、65歳以上人口の割合は30年で約2倍の比率になると見込まれている。このため人口増加率も鈍化を続け、2000年の1.5%から2030年には0.7%に低下するものとみられる。ただし、生産年齢人口の減少が始まるのは中国よりは遅く、2030年までは緩やかに増加していくと予測されている。
●世界の人口に影響を与える要因
国際連合(2003)ではHIV/AIDSの影響にも触れており、特にアフリカでは疾病率、死亡率が増加し、人口増加の鈍化につながると示唆している。今後10年でAIDSによる死亡者は、最も影響の強い53か国で4,600万人と予測されており、その後も深刻な影響を与えかねないとしている。
これまでみてきた人口動向を踏まえて各国の長期的成長率の動向について、仮定に基づき試算を行うと、先進国(3)と比べ、アジア各国の成長率は高いものとなり、世界のGDP(4)に占めるシェアも大幅に増加することになる。ただし、人口増加率が先進国に比べ高いため、一人当たりGDPの格差は、経済規模ほどには縮小しないと考えられる。なお、ここで行う試算や比較は、強い仮定を置き、現状から機械的に延ばして行われたものであり、一つの目安としてみられるべきものである。
●試算上の前提
長期的な成長率の試算は、多くの不確定要素を含むが、ここでは、(1)総人口に占める労働力人口の割合は2003年の水準で推移し、失業率は94年から2003年までの平均値で推移する、(2)GDPに占める投資の割合は80年から2002年までの平均値で推移する、(3)労働と資本の投入以外の成長要因である全要素生産性(TFP)の上昇率については80年から最近年までの平均で推移する、という諸仮定を置き、アメリカ、EU、日本、NIEs(5)、ASEAN4(6)について試算を行った(詳細は付注1参照)。
●試算結果
こうした仮定の下、2030年までの成長率を試算すると、アジアでは中国で6.9%、インドで4.1%、NIEsで4.1%、ASEAN4では3.1%となるなど、先進国に比べ総じて高い成長が続くことになる(第2-1-4図)。ただし、アジア諸国についても、人口増加率は緩やかに低下することが見込まれることから、成長率自体は徐々に低下することになる。こうした成長率に基づき、世界のGDPに占める比率の変化をみると、EUや日本が低下する一方、中国が大幅に増加することになる。なお、各国の成長率について国際機関が行った推計をみると、推計期間や地域区分、規制改革等の政策を考慮に入れる点等において相違はあるが、おおむね同様の傾向となっている(第2-1-5図、第2-1-6図、第2-1-7図)。
一人当たり実質GDP成長率についても、アジア諸国は先進国に比べ高い成長を遂げることになるものの、人口増加率が先進国に比べて高いため、GDP成長率ほどにはならず、一人当たり実質GDPの格差は、経済規模ほどには縮小しないと考えられる(第2-1-8図)。
●試算結果を大きく変動させる要因
試算結果については一つの目安としてみられるべきものであることについては既に述べたが、ここではそれを大きく変動させる要因のうち、主要なものについて述べる。
(1)為替レートの増価
世界のGDPに占めるシェアや一人当たりGDPの比較は、為替レートを95年に固定して行っている。しかしながら、過去の日本の例をみても分かるように、高い経済成長や大幅な技術進歩を遂げた国の為替レートは、安定成長期に入った先進国(この場合ではアメリカ)に対し、長期的には大幅に増価するのが一般的である。この場合、米ドル建てのGDPはその分だけ大きくなる。
(2)TFP上昇率の高まり
TFPとは、資本と労働投入以外の経済成長要因、すなわち技術進歩や経済構造等をすべて含むものである。これは比較的短期においては一定であるが、長期においては上方、下方いずれにも変化し得るものである。90年代、特にその後半のアメリカにおいては、ITによる労働生産性の上昇により、TFP上昇率が1%程度高まったとされている。こうしたTFP上昇率の高まりは、特に長期においては各国においても十分に起こり得るものである。
世界の実質GDPは1980年以降の約20年間で年平均2.8%成長し、約1.8倍となった。これに対し、世界の貿易数量は同期間、年平均4.8%上昇し、約2.8倍とGDPを大きく上回る拡大をみせた(第2-1-9図)。これは世界経済の相互依存関係が増し、また、関税を始めとする貿易障壁の撤廃に向け各国が努力してきた成果によるといえる。
アメリカ、EU、日本、及び日本を除くアジアについて、地域間の貿易動向を金額ベースでみると、アジア諸国の、特に輸出が著しく伸びていることが分かる(第2-1-10図)。2000年までの20年間で、世界の貿易額が3.3倍となるなか、アジアからの輸出はアメリカ向けで7.3倍、EU向けで8.0倍となっている。日本に対しても、輸出が4.6倍と比較的高い伸びを示しているが、他の地域と比べ、輸入の増加も大きく、日本からの輸入は5.4倍となっており、貿易収支も、ほぼ均衡していた状況から300億ドル弱の輸入超過となっている。
その他の地域も含めた世界貿易の長期的な展望について、OECD(1997)における推計によれば、世界の貿易額は、2020年には95年時点の約2倍から3.5倍になるとされている(第2-1-11図)。世界貿易に占めるシェアについては、上述アジア各国を多く含む途上国(図中の非OECD諸国合計)が関係する貿易額が、95年の約5割から2020年には約7割へと拡大することが見込まれている。
今後、世界経済は年率約3%程度で成長していくと見込まれているが、経済成長に伴い、エネルギー需要も増加することとなる。もし、十分なエネルギー供給が行われない場合には、経済活動にとって制約要因となり得ることが考えられる。また、地球温暖化防止等、地球環境への配慮という観点からは、省エネルギーのみならず、化石燃料への依存からの脱皮が求められているところである。
以下では、エネルギー需給の長期的展望について述べる。
●中国を中心にアジアのエネルギー需要が増加
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界の一次エネルギー需要は、2002年から2030年までに約6割増加する(年率1.7%の増加)と予想されている(第2-1-12図)(7)。このような増加は、主としてアジア地域の需要の増加によるものであり、増加分の4割以上をアジア(8)が占めている。特に中国の一次エネルギー需要は、高い経済成長を背景に約2倍に増加し、世界需要に占める割合も12%から15%へと高まる。国民所得水準も高まることから自動車の普及が進み、中国の原油需要の世界に占める割合は6.7%から11%へと高まる。
一方、2002年時点で世界の一次エネルギー需要の約52%を占める先進国の需要は、2030年までに約1.3倍になるにとどまり、世界に占める割合も約42%に低下する。これは、アジアと比較して経済成長率が低いことや、エネルギー効率の改善等による。欧州委員会(2003)においても、ほぼ同様の試算がされている。
●主要なエネルギー源は依然として化石燃料
世界の一次エネルギー供給についてみると、増加する需要に対応して供給も増加する見込みであり、将来においてエネルギー供給は十分に行われる見通しである。今後も引き続き石油、天然ガス、石炭が主要なエネルギー源としての役割を担い続けると予想されている(第2-1-13図)。ただし、この見通しでは、2004年央時点で実際に実施されている政策のみを考慮しており、今後実施される予定の政策は考慮されていないことに留意する必要がある。
原子力はわずかに増加するものの、発電に占めるシェアでみれば低下すると見込まれており、再生可能エネルギー(9)による供給量は、水力及びバイオマスを除くと2030年には2002年の約4.7倍に増加はするが、エネルギー供給全体の約1.6%(水力及びバイオマスを含む再生可能エネルギー全体でも13.5%)程度に過ぎず、現状の政策にとどまる場合には、大幅なシェア拡大は見込めない状況となっている。
●石油の供給は中東産出国のシェアが拡大
主要エネルギー供給源を個別にみると、石油は、今後途上国、特にアジアの輸送用需要の増大もあり、引き続き主要なエネルギー源となるものと見込まれているが、その供給源は中東諸国に一層集中するとされている(第2-1-14図)。前出のIEA(2004)の試算によれば、中東OPEC諸国の石油供給に占める割合は、2002年の約25%から2030年には4割を超えるとされている(10)。石油輸入国にとって、今後、安定供給確保が重要課題となってくるといえる。
一方、天然ガスは他の化石燃料に比較すると地球環境間題に対応する上でも、また、供給源が分散しており安定供給確保の観点からも望ましいことなどにより、採掘量が増え2030年には2002年の約1.9倍に供給が拡大すると見込まれている。
石炭は、一部天然ガスへの代替が進むとみられるものの、中国やインドでの発電用需要が増大すると見込まれており、供給量は増加すると予想されている。
●需要増に対応するためにはエネルギー分野への投資が必要
需要増に対応するエネルギー資源は存在するが、これを実際の供給として実現するためには、探鉱開発や電力の発送配電設備等、多くの投資が必要であるとIEA(2003)で指摘されている。それによると、2030年までの需要の伸びを満たすために、エネルギー部門では累計約16兆ドルの投資が必要で、そのうち約6割は途上国におけるものであり(第2-1-15図)、必要な投資資金を調達できるかが大きな課題であるとしている。
●途上国のCO2排出量の世界に占める割合は約6割まで上昇
このように増加するエネルギー需要に対して、地球温暖化防止の観点から重要となるCO2排出量の動向が注目される。IEA(2004)によるとエネルギーに関連するCO2排出量は、2030年には2002年の約1.6倍(年率1.7%の増加)に達する見込みである。欧州委員会(2003)やEIA(2004)でもおおむね同様の見通しとなっている。
CO2排出量の増加分の3分の2以上は途上国で発生すると見込まれている。この結果、途上国の2030年の世界のCO2排出量に占める割合は約6割まで上昇する一方、先進国の割合は、2002年の54%から2030年には42%へと低下する(第2-1-16図)。
CO2排出量を発生部門別にみると、発電部門と輸送部門の増加が大きく、2002年から2030年までのCO2排出量の増分のうち、それぞれ約半分、約4分の1を占める。発電部門では、再生可能エネルギーの利用やエネルギー効率の改善が進むものの、途上国等で化石燃料による発電が行われることがCO2排出量増加の主な要因となっている。
先進国ではCO2排出量を抑制するために再生可能エネルギーの活用や発電におけるエネルギー効率化、自動車の燃費効率の向上への取組を重視している。IEAの見通しでは、これらの取組の進展や技術進歩により、エネルギー効率が改善される場合について試算が行われている。この場合、現状の政策のみを前提とした場合と比較し、2030年時点のエネルギー需要は10%、CO2排出量は16%の削減が可能となる。このように地球温暖化防止という観点からは、今後、エネルギー効率の改善と化石燃料への依存度低下が重要な課題となってくるといえよう。
エネルギー問題と並び、食糧問題も世界経済にとって成長を制約するリスク要因となる。世界の人口は今後も増加が続くことから、それに応じた十分な食糧供給が行われるかという懸念がある。世界の食糧需給の中長期的な見通しについては、人口増加と所得の向上を背景に需要が大幅に拡大するものの、生産もこれに合わせて拡大することから、今後も需給の均衡は保たれるものと予想されているが、それを達成するための課題も指摘されている。
●世界の食糧需要の増加の主因は途上国
既にみたように、今後の世界人口の増加は、主として途上国(11)での増加によるものであり、また、東アジア(12)で一人当たり所得が向上することなどから、食糧需要も途上国を中心に増加するものと考えられる。国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界全体の食糧需要の増加率は2030年まで年率1.5%と見込まれている(13)が、途上国での増加率は年率2.0%と、他の諸国と比較して高い伸びを示している(第2-1-17図)。しかしながら、人口増加率は過去と比較して、今後低下する傾向にあることから、食糧需要の伸びも過去と比較すると緩やかなものとなると見込まれる。
FAOによれば、一般的な傾向として、所得の向上に伴い生活水準が改善するに従って、人々の食生活は植物性食品から動物性食品にシフトするとされており、結果として、肉類等の需要拡大に伴い特に飼料穀物の需要が高まると考えられる。
一方、食糧供給の動向をみると、食糧生産は需要の動きに応じて拡大するため将来においても食糧不足が生じることはない、との見方をFAOは示している(14)。食糧の増産を可能とする理由として、FAOは、耕作地の拡大、作付強度の向上(多毛作の実施、休耕期間の短縮等)、単位収穫量の増加といった点を指摘している。ただし、南アジア、中東・北アフリカでは既に耕作可能地の約9割が耕作されており、また他の地域における耕作可能地もその6割が森林や環境保護地域にあるなど、農地の拡大には様々な制約を伴う。今後の食糧生産は、単位収穫量の増加、作付強度の向上に依存することになろう。
また、世界全体でみた食糧の需給バランスは将来においても均衡が保たれるという見通しであるものの、地域別に目を向けると、先進地域で供給超過が続く一方、途上国では供給不足が一層拡大するなど、各地域の相対的な位置付けは依然として変わらない(第2-1-18図)。今後、途上国では生産能力を上回る需要の増加により農産物の輸入が急速に拡大していくものと予想されるが、主要輸出国は北米・オセアニアといった特定の地域に集中する傾向が強まるため、食糧の安定確保に対する不確実性はより高まるであろう。
●リスク要因と今後の課題
今後のリスク要因としては、地球環境の変動が食糧生産に与える影響が挙げられる。気候の不安定化、水資源の枯渇等の自然的要因と、森林伐採、過耕作・過放牧に起因する土壌劣化や砂漠化の進行といった人為的要因とがあいまって、食糧生産をさらに悪化させることも予想される。また、FAOによれば、地球温暖化が食糧生産に与える影響は、世界全体としてはそれほど大きくないものの、途上国でマイナスの影響が大きいとの指摘もある。
今後の課題としては、こうした不安定要素に対してどの程度の食糧増産・供給体制を維持できるか、という点に集約されよう。環境に十分配慮しつつ、農業インフラの拡充、生産技術の向上と普及、各地域における需給バランスの回復等、農業政策の展開を通してより安定した供給体制を確立することが重要な鍵となる。
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