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第2章 景気回復力の違いと消費底堅さの要因

第2節 アメリカ、イギリス、カナダの消費が底堅い伸びを続けた要因

 先進国の消費を比較すると、アメリカ、イギリス、カナダでは高い増加率を示した一方で、日本、ドイツ等では増加率は低かった。本節では、このように消費動向が異なった要因について考察する。まず、費目別消費の動向から、消費の伸びが高かった国と低かった国で何らかの違いがみられるかどうかを分析する。続いて、所得要因、資産要因(バランスシート)に分けながらそれらの違いを検討する。最後に、消費行動と表裏の関係にある家計貯蓄率の動向について整理する。

1.費目別にみた消費動向

 90年代後半以降、消費の増加率が高かった国(消費堅調国:アメリカ、イギリス、カナダ)と低かった国(消費非堅調国:日本、ドイツ、フランス、イタリア)における消費行動の特徴について、OECDのGDP統計の費目別分類に基づいて検討する。
 
●消費堅調国でより高い伸びをみせた娯楽・レジャー・文化支出
 消費堅調国において、費目別消費の増加率が高かったのは、(1)娯楽・レジャー・文化、(2)家具・家庭用機器・家事サービス、(3)交通、(4)被服・履物、(5)食料・非アルコール飲料である。これらの項目が高い増加率を示し、消費全体が堅調な伸びとなった。
 7か国の消費全体の平均増加率とこれら5つの費目別消費の平均増加率の間には順相関がみられ、消費堅調国でこれらの費目の増加率がより高かった(第2-2-1表)。これらの順相関がみられた費目について7か国平均の増加率をみると、(1)娯楽・レジャー・文化の増加率が最も高く、(5)食料・非アルコール飲料の増加率が最も低い。(1)娯楽・レジャー・文化、(2)家具・家庭用機器・家事サービス、(4)被服・履物や(3)交通の一部は所得弾力性の高い費目であり、これらは選択的消費支出とみなすことができる。
 
●消費非堅調国でも高い増加率となった通信費
 消費非堅調国の特徴として、(6)通信費の増加率が高くなっていることがある。そのため、通信費の増加率と消費全体の増加率との相関係数をみると逆の相関がみられた。通信費は、平均値が高く、変動係数が小さいことから、各国とも高い伸びを示したが、特に、日本、ドイツ等消費非堅調国では、他の費目の増加率が低いなかで、通信の増加率が目立っており、他の費目への支出が抑えられるなかで、通信費への支出を増加させていたと考えられる。
 消費堅調国と非堅調国の間で明確な違いがみられなかった費目は、(7)教育、(8)保健・医療、(9)外食・宿泊、(10)住居・電気・ガス・水道、(11)アルコール飲料・たばこである。これらの費目の増加率と消費全体の増加率の相関をみると、いずれも相関係数が低く、正の相関関係があるとはいえず、無相関であるとみなすことができる。これらの費目の7か国の平均増加率は教育を除いて、消費全体の増加率よりも低い。変動係数をみると、教育とアルコール飲料・たばこ以外では、ほとんどの費目でそれほど大きくない(1)。これらの費目は、(7)外食・宿泊を除いて、比較的基礎的な支出費目と考えることができ、各国で増加率にそれほど違いがみられなかったといえる。
 以上のような費目別の消費動向から、消費堅調国であるアメリカ、イギリス、カナダでは、娯楽・レジャー・文化、被服・履物等の所得弾力性の高いと思われる費目の増加率が高く、これらが消費全体の増加率を高めたといえる。

2.消費に影響を与える所得の動向

 消費堅調国においては、所得弾力性が高いと思われる選択的支出項目での増加率が高かった。このことから、これらの国では所得の増加率も高かったと考えられる。以下では、所得面の特徴を検討する。

●消費堅調国で実質可処分所得は高い伸び
 実質家計可処分所得(家計可処分所得を民間消費デフレータで実質化したもの)の動向をみると、90年代後半以降(96〜2001年)の平均増加率は、消費堅調国であるアメリカ(年3.4%)、イギリス(3.3%)、カナダ(2.6%)で高い伸びとなった。実質家計可処分所得は、一時的な所得増加の鈍化等はあったものの、ほぼ毎年、安定して2〜3%以上増加していた。一方、消費非堅調国である日本(0.1%)、イタリア(0.7%)、ドイツ(1.5%)では、低い増加率にとどまった。このように、消費堅調国では実質可処分所得が安定的に増加したが、その所得の増加は、雇用の増加と賃金の上昇によってもたらされた。
 90年代後半以降の雇用と賃金の動向をみると、消費堅調国であるアメリカ、イギリス、カナダでは雇用の伸びが高く、雇用者一人当たり実質賃金の平均上昇率は1%以上であった。一方、フランス、イタリア、ドイツでは雇用は増加したものの、その増加率は、アメリカ等と比較すると低い。また、日本では雇用は減少した。雇用者一人当たり実質賃金についても、フランス、ドイツの増加率は低く、イタリア、日本では減少した。

●アメリカ、イギリスでは2001年から減税実施
 家計可処分所得は、雇用等の動向だけでなく、所得税減税等の影響も受ける。そこで、租税負担と社会保障負担の合計の家計総所得に占める割合(以下、租税等負担率という)を調べてみよう(第2-2-2図)。
 90年代の各国の租税等負担率の動向をみると、消費堅調国とそれ以外の国で明確な違いはみられない。租税等負担率は、消費の増加率が高かったアメリカでは上昇傾向にあり、イギリスでは申告税(self-assessment tax)の導入等に伴い98年に大きく上昇している。一方、日本、イタリアでは租税等負担率はほぼ横ばいで推移しており、ドイツの租税等負担率は90年代半ばにやや低下した後はほぼ横ばいで推移している。
 しかし、2001年以降についてみると、アメリカの租税等負担率は低下している。これは2001年以降、減税が行われたことによるものであり、このような租税・社会保障負担の軽減が消費を刺激したと考えられる。同様に、イギリス、カナダでも2001年には租税等負担率は低下している。2000年以降2002年までの各国の財政金融政策について、IMF(2003)はアメリカ、イギリスの財政政策は景気刺激的なものであったと述べている。アメリカ、イギリスでは政策的な下支えによって消費の増加率が2001年以降も高かったものと考えられる。
 一方、ドイツでは2004年に所得税減税が前倒しで実施される。フランスにおいても2002年、2003年に引き続き、2004年に所得税減税が実施される。両国政府は所得税減税が消費を刺激することを期待している。
 
●消費堅調国では潜在成長率も高い
 消費と所得との関係を考える場合、消費は、その時点での所得だけではなく、一時的な所得の変動を取り除いた、将来にわたって安定的に得られると考えられる所得に依存する(恒常所得仮説)。そのような所得は過去の実際の所得の動向とも関連があると考えられる。
 
(1)消費堅調国で高かった潜在成長率
 既にみたように、90年代後半以降の実質家計可処分所得は、消費堅調国であるアメリカ、イギリスは年3%台、カナダは2.6%と高い増加率を示した。
 恒常所得の動向をみるためには、将来所得に対する期待を知る必要がある。これを直接把握することは困難であるので、ここでは代理するものとしてOECD(2003)の試算による潜在成長率を取り上げてみたい。高い潜在成長率が続いていると、人々は恒常所得の堅調な増加を期待していると考えられる。
 アメリカとカナダでは、90年代後半に潜在成長率が高まった後、2000年代前半は平均で3%強の潜在成長率となっている(第2-2-3図)。この期間においては両国では雇用の増加が見込まれているが、この背景には両国では人口増加が他の国と比較して高いことが考えられる。イギリスは90年代から2000年代前半を通じて2.5%程度の潜在成長率となっており、大陸欧州諸国と比較して高い潜在成長率となっている。このように消費堅調国では潜在成長率が高く、一時的な所得の減少があっても、将来にわたる所得増加の期待につながっていたと考えられる。
 
(2)消費非堅調国では低下した潜在成長率
 消費非堅調国の90年代後半以降の実質家計可処分所得は、日本とイタリアは1%を下回り、ドイツでは1.5%といずれも低い増加率にとどまった。
 イタリアは90年代以降の潜在成長率はほぼ横ばいであり、2000年代前半では平均で1.7%程度となっている。日本とドイツは90年代後半に潜在成長率が大きく低下しており、2000年代前半の潜在成長率はそれぞれ1.3%、1.4%となっている。日本とドイツの潜在成長率が低い要因としては雇用の減少が続いていることが挙げられる。
 このように消費非堅調国は、堅調国に比べて潜在成長率は低くなっており、将来にわたる所得増加の見通しも低いものとなっていると考えられる。とりわけ、日本やドイツでは90年代後半における潜在成長率の低下が顕著である。これにより、人々が恒常所得の見通しを下方修正し、消費マインドを慎重化させた可能性を指摘することができよう。

●高齢化の進展が比較的遅かった消費堅調国
 消費堅調国と非堅調国との間では90年代における高齢化のスピードに差がみられており、消費堅調国では高齢化の進展が遅かった。消費堅調国であるアメリカ、イギリスでは、高齢者比率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は90年から2001年にかけてそれぞれ0.2%、0.3%ポイントしか上昇しなかった。一方、消費非堅調国である日本、イタリアでは、高齢化のスピードが早く、同時期にそれぞれ5.6%、3.0%ポイント上昇した(2)。アメリカ、イギリスは、消費非堅調国と比較して高齢化の進展が遅かったため、将来に対する不安が少なく、消費が堅調に増加したと考えられる。
 
 このように、所得面では、消費堅調国では雇用、賃金ともに増加したことから、実質可処分所得の増加率が高かった。さらに、90年代後半に潜在成長率が高まり、将来見通しが明るかった。これらの動きは消費非堅調国と対照的であり、両グループ間における消費の増加率の違いを説明する大きな要因になったと考えられる。

3.家計部門のバランスシートの動向

 家計の消費行動に影響を与える要因としては所得要因と資産要因があり、所得要因については先ほど検討し、消費堅調国では家計可処分所得の増加率が高かったことが分かった。次に、資産要因のうち人的資産を除く金融資産と実物資産について消費堅調国の特徴を明らかにする。
 資産に関する消費堅調国の特徴は、(1)99年までは金融資産が増加しており、(2)金融資産が減少に転じた2000年以降は、非金融資産が純金融資産の減少をある程度は相殺する形で増加したことである。このような資産の動向が消費の伸びを高めたと考えられる。
 
●純金融資産はITバブル崩壊による株価下落で減少
 90年代後半以降の各国の家計純金融資産は、おおむね99年まで増加した後、株価の下落により大きく減少した(第2-2-4図)。消費堅調国と非堅調国の間で、純金融資産の動きに大きな違いはないが、次のような特徴を指摘することができる。(1)アメリカとイギリスの純金融資産の大きな減少は、ITバブル崩壊による株価下落に伴い金融資産が減少したことと、2001年以降負債が増加したことによる。(2)フランスやイタリアでは90年代後半に純金融資産の着実な増加がみられたが、ITバブル崩壊に伴いやはり純金融資産が減少している。(3)ドイツは貯蓄率が低く、純金融資産は極めて低い増加にとどまっている。(4)日本は家計金融資産に占める株式割合が低いこともあり、株価下落の影響はほとんどみられない。預金の増加等から2001年にはほぼ10年ぶりに先進国中最高比率に達している(以上、個人企業を含むSNAベース)。他方、貯蓄動向調査等で家計ベースの動きをみると、純金融資産の年収比は、90年代は横ばいで推移した後、2000年以降は上昇した。

●アメリカ、イギリスでは非金融資産が増加
 非金融資産は、日本を除いて増加傾向にあり、2000年以降は純金融資産の減少をある程度相殺した(第2-2-5図)。一方、日本はバブル崩壊後地価下落が続いていることから、非金融資産は減少している。
 特にイギリスでは非金融資産は大幅に増加したが、この上昇は住宅価格の上昇によるものである。住宅価格は、アメリカ、イギリスでは90年代後半以降は大幅に上昇した(第2-2-6図)。住宅価格の上昇の背景には、世界的な低金利をうけて、住宅への需要が高まったことが挙げられる。また、アメリカでは移民の増加等により世帯数が増加しており、住宅需要が高まっている側面もあると考えられる。
 このような住宅価格の上昇を通じた非金融資産の増加がアメリカやイギリスで消費の増加につながっていたことが指摘されている。以下、この点について詳しくみていく。

●住宅価格上昇による家計の流動性の増加

(1)アメリカ
 アメリカでは、低コストで、既存のモーゲージ(居住用不動産抵当貸付、以下、住宅ローンと簡略化する)の借換えを行うことができる。金利低下局面においては、家計はより低い金利の住宅ローンへと借り換えることによって、利払いを節約する。さらに、借換えを行う場合に住宅資産価値の上昇を活かして借入れを増加させることも可能である。例えば、住宅の純資産価値(住宅の時価から住宅ローンの未払い残高を除いた部分)を担保にローンを設定することができ、一括して借り入れる場合は「ホーム・エクイティ・ローン」と呼ばれており、分割して借り入れる場合は「ホーム・エクイティ・ライン」と呼ばれている。また、住宅ローンの借換え時に、ローン設定時以降の住宅価格上昇分を利用して、住宅ローン残高を積み増し、その分を現金化する(「キャッシュ・アウト」と呼ばれている)こともできる。
 このような借入れは、住宅資産が担保となっていることから、信用リスク・プレミアムが低く抑えられている。例えば、室屋(2003)によれば、家計にとっての借入金利(2002年央時点)は、ホーム・エクイティ・ローンで8%程度(年率)、ホーム・クレジット・ラインで5%台(変動金利型)、キャッシュ・アウトで6%前後である。カード金利が10数%であることと比べると、ホーム・エクイティ・ローン等は住宅資産を担保にしている分だけ金利が低くなっている。
 さらに、住宅ローン関連の利子支払が所得税制上、控除可能であることも家計にとって大きなメリットになっている。
 家計は、以上のような方法により、低金利あるいは住宅資産の価値上昇を利用して既存の高金利債務の整理を行ったり、キャッシュ・アウトから現金を得ており、その一部が消費に向けられたと考えられる。

(2)イギリス
 イギリスでは、住宅資産価値が上昇した利点を活かして消費への原資とする方法(3)は様々なものがあるが、例えば、住宅資産を買い換えた場合に、新しい住宅資産と古い住宅資産の差額以上に住宅ローンを増やすことによって、資金を得ることができる(Davey[2001])。あるいは、既存の住宅資産をもとに、新しい住宅ローンを組むことにより、新たに資金を得ることもできる。
 アメリカの場合と同様に、イギリスにおいてもこのような方法によって住宅価格の上昇が消費の増加を支えていたと考えられる。
 
●アメリカ、イギリスの消費を支えた住宅資産価値上昇の現金化
 以下、住宅ローンから住宅関連支出を引いたものを個人担保借入と呼ぶことにする。90年代以降のアメリカとイギリスの個人担保借入の動きをみると、98年以降、アメリカ、イギリスとも増加しており、GDP比4%程度に達している(第2-2-7図)。このような動きは、住宅価格が上昇するなかで家計が住宅ローンの借換えや借増しを行った結果である。そして、家計は、このようにして得た現金のうちの一部を消費に回したものと考えられる。
 2001年以降、アメリカでは、住宅ローンの借換えが急増しており、2002年には新規住宅ローンの金額ベースで6割近くまで上昇している。イギリスでも同じく2001年以降、借換えの割合が高まっており、2002年には新規住宅ローンの金額ベースで4割を超えている。このような借換えが頻繁に行われることにより、個人担保借入が増加した。
 ただし、2003年に入ってからは、アメリカでは、2003年6月半ば以降の長期金利の上昇等から、借換え申請件数は減少している。また、アメリカでは住宅価格の伸びは鈍化しており、キャッシュ・アウトによる家計部門の流動性の増加は限られたものとなると思われる。イギリスでは、2003年以降、住宅価格上昇率は、鈍化の動きがみられたが依然として高く、住宅建設は堅調に推移している。
 
●住宅資産価値の上昇が消費に与える実証分析
 90年代後半以降にアメリカやイギリスで、住宅価格の上昇に伴い非金融資産価値が増加し、それをもとに家計は個人担保借入を増加させた。そして個人担保借入を通じて得た資金が消費を増加させた。これについては実証分析がなされており、アメリカやイギリスの特徴が明らかにされている。ここでは、いくつか紹介してみたい。
 
(1)個人担保借入が消費に与える影響
 個人担保借入が消費に与える影響については、OECDにおいて実証分析が行われている(Girouard and Blondal[2001])。データが利用できないドイツを除くG7の各国をとりあげており、アメリカ、イギリス、カナダ、フランスにおいては個人担保借入が消費を増加させるとの結果が得られている。それによると、長期的には、個人担保借入が1%増加したときに、アメリカ、イギリスでは消費は0.5%程度増加するという結果になっている。
 
(2)金融システムと消費
 個人担保借入は基本的に住宅資産価格の上昇によって積極的に行われると考えられるが、資産価格が上昇した場合でも金融システムに違いがあれば、資産価格が消費に与える影響は異なる可能性があると考えられる。OECD加盟国のうち16か国を、各国の金融システムの特徴に基づいて、(a)アメリカ、イギリス、カナダからなる市場ベースの金融システムグループと、(b)フランス、ドイツ、日本、イタリア等からなる銀行ベースの金融システムグループに分ける。そうして、住宅価格及び株価が消費に与える影響についての実証分析が行われている(Ludwig and Slok[2002])(4)
 それによれば、次のような結論が示されている。
 第一に、85年以降については、住宅価格に対する消費の長期的な弾力性は、両グループとも正である。
 第二に、市場ベースの金融システムグループの弾力性は統計的に有意であるものの、銀行ベースの金融システムグループの弾力性は統計的に有意ではない。
 第三に、市場ベースの金融システムグループの弾力性のほうが銀行ベースの金融システムグループの弾力性よりも大きい(5)
 これらは、住宅価格の上昇は消費を増加させ、その効果は日本、ドイツ、イタリアよりもアメリカ、イギリス等において大きくなっている。このような結果が得られる背景としては、市場ベースの金融システムグループでは、住宅価格の上昇に基づく個人担保貸出のように、資産価値の上昇を通じて家計が借入を増やすことができるメカニズムが存在することが考えられる。
 
 このように、住宅価格の上昇が個人担保借入を通じて家計の流動性を高める仕組みが普及しているアメリカやイギリスでは、住宅資産の上昇が消費に与える影響が大きく、90年代後半以降両国の消費が堅調であったことは実証分析によっても確認されている。
 
●消費非堅調国では住宅ローンが消費の重荷に
 90年代後半以降の家計の負債動向をみると、すべての国で債務が増加するなかで、住宅ローンが増加した(第2-2-8図)。住宅ローンの増加は、世界的な低金利の下で積極的な住宅取得が行われたためである。しかしながら、消費堅調国では住宅ローンが消費の重荷にならなかった一方で、非堅調国では重荷になった可能性がある。
 90年後半以降の住宅ローン残高の非金融資産に対する比率は、両グループの間で大きな違いがある。すなわち、消費堅調国ではその比率は90年とほとんど同程度であり、住宅ローンと資産のバランスがとれている。他方、非堅調国である日本、イタリア、ドイツでは90年以降上昇が続き、住宅ローンの増加が資産の増加を大幅に上回り続けている(第2-2-9図)。
 つまり、アメリカ、イギリス等では、住宅資産価値に見合うかたちで住宅ローンが増加しており、負債と資産の両建てで増加していた。それに対して、日本、イタリア、ドイツでは住宅ローンの増加が住宅資産価値の増加を上回った結果、家計の負担は増加し、家計のバランスシートは悪化している。この背景には、住宅価格や地価が低迷、あるいは下落していることが挙げられる。こうしたなかで、日本、ドイツ等では所得の増加が低かったことも住宅ローンに対する家計の負担を重くしたものと考えられる。これらの結果、消費非堅調国の消費の伸びが低くなったと考えられる。
 
●低金利への借換えが進んだ固定金利型住宅ローン
 住宅ローンは先進7か国で増加しており、家計の債務負担(元利払いの可処分所得比)が上昇している。その結果、家計の債務返済負担が重く、金利動向によっては債務返済を懸念する見方がある。特に、住宅価格上昇に伴ってローンの増加が著しかったアメリカやイギリスに対してその懸念が強く指摘されている。ここでは、その点に関して考えてみたい。
 アメリカやイギリスの家計は、2001年以降の低金利の恩恵を受けるべく、住宅ローンとして固定金利型を選択しており、かつ、アメリカでは家計債務負担の約半分が住宅ローンである。アメリカでは、2002年前半時点で住宅ローンを抱えている家計の87%が固定金利型を選択している。変動金利を選択する個人が多いイギリスでも低金利を背景に固定金利による住宅ローンが増加している。イギリスの住宅購入資金貸付組合によれば、新規の住宅ローン金利のうち固定金利の割合は2002年で30%程度であるが、2003年に入り、その比率は上昇しており、2003年4〜6月期では48%まで上昇している。この要因としては、平均固定金利と平均変動金利の差が縮小していることがあると考えられる。最近の金利差の動向をみると、2002年では約0.6%ポイント固定金利のほうが高かったが、2003年4〜6月期ではその差は約0.2%ポイントに縮小している。
 長期金利の上昇が景気回復に見合ったものであり、景気回復と同時に所得が増加していけば、家計の債務負担増はそれほど大きくならないと考えられる。したがって、長期金利は2003年6月から上昇し始めたが、仮に今後、長期金利が急上昇しても既存ローン分は低金利への借換えが進んでおり、家計の利払い負担が急増する可能性は大きくないものと思われる。しかし、雇用の回復が遅れた場合には、所得の増加の鈍化を通じて、家計の債務負担が増大し、ひいては個人消費に影響を及ぼす可能性も懸念される。

4.貯蓄率の動向
 
 既にみてきたように、90年代後半以降、アメリカ、イギリス、カナダでは消費の増加率が高く、日本、ドイツ、イタリアでは消費の増加率は低かった。このような消費行動と表裏をなす家計貯蓄率の動向について特徴を整理してみたい。
 
●90年代にほとんどの国で貯蓄率は低下
 貯蓄率の水準について国際比較を行う場合には、各国で定義が異なる場合があるので留意が必要であるが、OECD(2003)によると90年代の貯蓄率はアメリカ、カナダ、イタリア、日本、ドイツ、イタリアで低下傾向にあった。一方、フランスは上昇傾向にある(第2-2-10図)。
 フランスの貯蓄率が上昇した要因としては、ドイツ、イタリアと比較すると雇用の増加率が高かったこと、また、潜在成長率の高まりによる所得の増加等が考えられる。
 90年代後半以降2000年までの時期に注目してみると、消費堅調国であるアメリカ、イギリス、カナダでは貯蓄率が低下していた。これは、これらの国で所得の増加以上に消費が増加していたことを示している。一方、非堅調国であるフランス、ドイツ、日本では貯蓄率はおおむね横ばいで推移した。イタリアの貯蓄率は大きく低下したが、依然として高い水準であった。イタリアの高貯蓄率の理由としては、イタリアの家計、特に世帯主が若い家計にとっては借入制約が厳しいことや、さらに、住宅購入にあたってはかなりの頭金が必要であることが指摘されている(Kirsanova and Sefton[2001])。

●日本では2001年から貯蓄率が大きく低下
 2000年以降の貯蓄率の動向をみると、日本の貯蓄率が大幅に低下したという特徴がある。これは、所得環境が厳しいなかで、消費の増加が所得増加に比べて底堅かったことを意味している。
 一方、他の国では、貯蓄率は横ばいないしは緩やかに上昇しているという違いがある。アメリカの貯蓄率の上昇は、減税による効果が大きいと考えられる。また、大陸欧州の国では、失業率の高止まりや年金制度改革に対する将来不安等から貯蓄率が横ばいないしは上昇した可能性が考えられる。
 日本の貯蓄率の長期的な低下の要因としては、高齢化が進展しており、消費性向の高い高齢者の割合が高まっていることが挙げられる。高齢者は、一般的にローン負担が小さく、多額の資産を保有していると考えられ、また、将来不安等も比較的小さく、消費性向が高まっている。このような高齢者の割合が増加していることにより、家計全体として貯蓄率が低下したものと考えられる。
 次に、2000年以降日本の貯蓄率が大幅に低下している要因を考えてみたい。貯蓄率低下の要因としては、勤労者世帯の所得が伸び悩むなかで、高齢者の消費が堅調な動きを示したことが考えられる。また、デフレに伴う実質残高効果が消費を支えたことも指摘されている(内閣府[2003])。名目金融資産残高は減少しているが、物価の変動を調整した実質金融資産残高はほぼ横ばいで推移しており、実質金融資産残高が減少しない範囲で、現預金の積み増しを抑え、消費に回していると考えられる。さらに、本節「1.費目別にみた消費動向」で述べたように、比較的基礎的な支出は所得の動向に左右されにくいという要因も考えられる。つまり、消費行動は短期的には大きく変えられないという慣性が存在していることも、貯蓄率を低下させる背景になったと考えられる(峯嶋[2003])。また、2000年、2001年に、多額の郵便貯金(定額貯金)が満期を迎えており、家計はそれから得た利子所得により懐を増やし、消費を増加させた可能性があると考えられる。他方、郵便貯金の満期に関するGDP統計の扱いとして、(1)家計は利子を預入れ時以降経常的に受け取ることになっている、(2)利子にかかる税は満期を迎えた2000年、2001年に一括して支払ったこととなっている。このため、2000年、2001年には消費が増加した一方、GDP統計上の可処分所得は少なく推計され、その結果、統計上に表れる家計貯蓄率は低下した側面もある。
 
●研究が進むミクロ的視点による貯蓄率の分析
 以上はマクロ的な視点から貯蓄率の動向をみてきたが、最近は、ミクロ的な観点からの研究が進んでおり、年齢でグループ分けされた集団が時間の経過とともに、どのように貯蓄率を変化させているかを明らかにするコーホート分析による研究が盛んに行われている。
 そのような研究によれば、高齢者の中には貯蓄を取り崩す人だけでなく、かなりの貯蓄をしている人もおり、高齢者は必ずしもライフサイクル仮説(コラム参照)が示唆するような貯蓄行動をとっていないことが示されている。例えば、コーホート分析に基づけば、オランダではライフサイクル仮説が示唆するように、貯蓄率は45歳をピークに低下しており、65歳以降の貯蓄率はゼロとなっている(Borsch-Supan and Lusardi [2002])。ドイツやアメリカもライフサイクル仮説が示唆するように60歳以降になると貯蓄率は低下している。一方、イギリスでは年齢とともに貯蓄率は上昇しており、ライフサイクル仮説では説明できないような動きとなっている。また、日本においても高齢者の貯蓄率は高く、ライフサイクル仮説が提示するようには高齢者の貯蓄取り崩しは生じていないとの指摘もなされている(Kitamura他[2002])。今後、さらなる研究が進むことが期待される。

コラム:ミクロ分析による貯蓄率に影響を与える要因

 家計貯蓄率に影響を与える要因としては、所得、インフレーション等の経済動向のほか、構造的なものとして、年金制度や医療制度等の社会保障制度、資本市場、人口構成等が挙げられます。
 所得の上昇やインフレ率の高まりは貯蓄率を上昇させると考えられます。
 社会保障制度については、例えば、引退後に十分な所得が得られるような年金制度は、家計貯蓄率を低下させると考えられます。また、資本市場が発達していて、家計が厳しい借入制約に直面することがあまりないような場合は貯蓄率は低下すると考えられます。他方、住宅購入にあたって、多くの頭金を必要とするような場合には家計貯蓄率は高くなると考えられます。人口構成に関連して、ライフサイクル仮説によれば、若年者は勤労によって得た所得の中から貯蓄を行う一方、老齢者は若年時に蓄えた貯蓄を取り崩して消費を行うことになります。したがって、高齢化が進展するにつれて家計貯蓄率は低下していくものと考えられます。
 表は年金制度等が就労期の貯蓄行動に与える要因について、国際比較を行い、まとめたものです。例えば、アメリカについては、公的年金の所得代替率(年金給付額の手取り賃金に対する比率)が比較的低いことや、家計が受け取る所得の変動が大きい(所得リスクが大きい)ことは、家計貯蓄率を高くする要因と考えられます。一方で、高齢になっても働いている(引退時期が遅い)ことや、住宅購入時の頭金負担が低くてすむことは、貯蓄率を下げる要因といえます。
 これらの事情が国によって異なることから貯蓄行動への影響が異なっています。この表からマクロの貯蓄率そのものを説明することは困難ですが、貯蓄行動の国際的な違いを明らかにするため、多くのミクロ分析が行われています。

表 就労期の貯蓄行動に与える要因

参考文献
Borsch-Supan, A. and Lusardi A. (2002)“Saving: A Cross-National Perspective” in Borsh-Supan ed., Life-Cycle Savings and Public Policy, Academic Press. 


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