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第2章 景気回復力の違いと消費底堅さの要因

第3節 中国、タイの消費拡大の要因

 2001年にアジアが世界同時減速に見舞われた時、中国とタイでは消費が堅調に増加を続け、2002年以降これまで景気の拡大が続いている。中国では2002年の成長率は8.0%となり、2003年上半期は重症急性呼吸器症候群(SARS)の影響を受けながらも前年同期比8.2%の高成長となっている。なかでも、GDPの25%以上を占める都市部家計の最終消費は、2000年から2002年で年平均実質7.3%増となっている。
 タイでは2002年の成長率は5.2%となり97年の通貨危機以降最も高い成長率となった。2003年についても上半期で前年同期比6.2%の成長率であった。またGDPの50%強を占める個人消費は上半期6.3%の増加と成長を牽引している。
 他方、韓国は、アジア通貨危機の波を受けて98年にマイナス6.7%と成長率が落ち込んだが、99年には10.9%と経済危機からいち早く脱け出した。2002年には民間消費や建設投資が景気を牽引し高成長を実現したが、2003年になると消費者向け信用に対する規制強化等から過熱気味だった民間消費の伸びは減少に転じ、景気は後退した。また、シンガポールは、90年代の経済を牽引したIT産業に従来ほどの成長力がなく、代わって化学・薬品関連が台頭してきたが、雇用が改善されず消費も弱い動きとなっている。そのため、2003年の景気は低迷している。
 このように、2003年のアジア主要国の景気動向は明暗が大きく分かれた状況となっている。この明暗の一つの要因は、国内消費の堅調さの違いに求めることができる。2003年に景気拡大を続けている中国とタイでは、消費が堅調に増加している。したがって、以下では、中国とタイの消費が堅調に増加している実態とその要因を明らかにし、景気拡大の持続可能性を検討してみたい。

1.費目別にみた消費動向
 
 まず、費目別に消費の特徴を明らかにしてみたい。

●中国都市家計では交通・通信が高い伸び
 中国都市部では、消費に占める食料、衣料等の生活必需品の比率が依然として高い。しかし、ここ数年は低下傾向にあり、生活水準が向上していることがうかがえる(第2-3-1図(1))。一方で、(1)交通・通信、(2)保健・医療、(3)レクリエーション・教育の伸びが顕著であるとの特徴もみられる。以下では、これら3つの費目が高い伸びとなっている要因を述べる。
 
(1)交通・通信
 この増加が著しいのは、自動車購入が大きく伸びていることや、旅行を含む国内外の移動が頻繁になっているためである。中国人の旅行は、これまで専ら国内旅行に限定され、一般国民の個人による旅行に関しては長期間不許可となっていた。
 改革開放政策の推進とともに、中国国家旅游局は徐々に渡航先を拡大し、83年の香港を始めとするアジア、オセアニアの7か国に次いで、2000年9月、日本についても中国人の団体観光旅行の渡航先として承認された。2003年6月末には香港との間に経済貿易緊密化協定(CEPA)が締結され、7月末から中国本土の一部の地域から香港への個人旅行が解禁された。また、コンピュータや携帯電話等が普及し、通信費用が増加したことも挙げられる。
(2)保健・医療
 一人っ子政策により少子高齢化が進展し治療費が増大していることが保健・医療への支出を増加させる大きな原因である。また、公的医療制度の未整備により、医療費や医薬品費も上昇している。
(3)レクリエーション・教育
 これへの支出が増加しているのは、ここ数年でコンピュータ、携帯電話等の普及が急速に進展した現れである。また、親たちは一人しかいない子供の教育に熱心である。義務教育である小学校の生徒数が98年から2002年までの5年間で約13%の減少になっている一方で、日本の大学にあたる普通高等学校の生徒数は同じ時期に約1.7倍となっている。また、授業料も年々増加傾向にある。中国都市部の消費者物価指数のうち教育費は95年から2002年までの7年間で約2.5倍に上昇している。
 
●タイでは通貨危機後自動車購入が急増
 タイでは、所得水準の増加により、生活必需品といえる項目への支出は相対的に減少し、レクリエーション・教育、交通・通信の伸びが目立っている(第2-3-1図(2))。97年の通貨危機時には、家計支出に占める食料、住居関係費用の割合が大きく上昇した一方、交通・通信、衣料やレクリエーション等選択度の高い項目への支出が抑制された。特に自動車の購入費が落ち込んだ。通貨危機をきっかけにそれまで好調であった自動車市場は急速に縮小したが、その後回復に向かった。乗用車販売台数をみると98年の前年比65%減のあと99年に同44%増、2000年は同24%増となり、その後もかつてないローン金利の低下等により毎年20%を超える増加をしており、消費回復の象徴となっている。

●中国都市家庭で急速に普及する耐久消費財、日本とは約20年の差
 中国都市部の家庭では、耐久消費財が急速に普及している。しかし、財別にはばらつきもみられる。高度成長期の日本の家庭に広く普及した(1)洗濯機、掃除機、冷蔵庫(日本では当時「三種の神器」と呼ばれた)、(2)カラーテレビ、エアコン、乗用車(同「3C」)について、中国都市部家計での購入はどのようになっているのか、そして、日本でも近年に普及が伸びている(3)パソコン、携帯電話等の情報通信機器の普及はどうなっているかを調べる(第2-3-2図)。(先進国やアジア諸国の耐久財普及割合については付表参照。)
(1)洗濯機、掃除機、冷蔵庫
 日本では平均所得水準が上昇し一定の段階に入った60年代に、家計はこれら「三種の神器」に憧れ、購入し始めた。広告や宣伝の影響でその購入は順調に伸び、70年代初頭には100世帯当たりの保有台数は三財ともほぼ100台に達した(牧[1998])。一方、80年代後半の中国都市家庭では、洗濯機や冷蔵庫は、高度成長期の日本と同じく急速に普及しているが、自宅内では靴を履いた生活のため掃除機の保有率は低いままである。
(2)カラーテレビ、エアコン、乗用車
 日本の70年代には、規模の経済や技術進歩、供給能力の拡大により耐久消費財の製品価格が安くなり、雇用者の所得も急速に伸びた。そこで、先に述べた三種の神器に比べ高額な「3C」購入の意欲がかき立てられた(牧[1998])。特にカラーテレビに関しては、68年から5年程で100世帯当たりの保有台数は100台に達している。一方、中国都市家庭では、カラーテレビに関しては、85年から13年間で100世帯当たりの保有台数は100台に達している。しかし、乗用車の保有は限られており、乗用車は中国国民にとっていまだ高額で、簡単に購入できる消費財ではないようである。
(3)パソコン、携帯電話
 近年、パソコンや携帯電話等通信機器の購入が顕著である。パソコンは日本の家庭ではここ10年で100世帯当たりの保有量は90台に達している。一方、中国都市部の家庭でも徐々に購入しており、2002年では20台に達している。携帯電話の普及は日本でも中国でも目覚ましく、2002年の100世帯当たりの保有台数は、中国では60台、日本では170台となっている。
 
 日本の高度成長期に普及した「三種の神器」、「3C」等の耐久消費財は、中国都市部の家庭でも急速に普及している。しかし、家電製品の普及状況をみると、大まかにみて中国は日本と20年くらいの差があるといえる。ただ、日本の高度成長期には存在しなかったパソコンや携帯電話等も同様に急速に普及している。このように、所得が伸びている中国都市家計は耐久消費財の購入が目覚ましいが、自動車だけは普及が大きく遅れている。
 
●中国の自動車は将来急速に普及する可能性も
 自動車の普及は、所得の増加と価格の低下(所得比)に応じて進展すると考えられる。日本の高度成長期をみると、59年の自動車価格は69.5万円であり、平均年収の1.69倍であった。その4年後の63年には58.3万円となり、ほぼ年収並みに下がった(牧[1998])。年収倍率は76年には勤労者世帯の平均年収の3割程度にまで下がり、自動車普及率(6)は44%(100世帯当たり47台)に上昇した。
 一方、中国都市部の2002年の100世帯当たり自動車保有台数は、0.9台とまだ低い値にとどまっている。しかし近年、販売台数の伸びは著しく、2002年の販売台数は約325万台、前年比36%程度の大幅増加となっている。ところが市場は公用車や商用車が中心でマイカー市場はまだ育っていない。現在の中国における自動車の価格は、1,000cc〜1,500ccの大衆車クラスで10〜13万元(150〜200万円)程度である。これは中国都市部家計の平均年収の12〜15倍に当たる。このように依然として自動車は平均家計にとって高嶺の花である。
 日本では61年に2.8%であった自動車普及率(100世帯当たり3.0台)が70年代には20%から50%へ急増した。その背景には、高度経済成長に伴い所得の増大や生活様式の欧米化から需要が急速に高まったこと、加えて、高速道路等の社会資本整備の進展や各社から手ごろな価格の自動車が次々と発売されたことなどが挙げられる。
 このところ、中国の自動車市場では10万元以下の低価格帯での価格競争が激しさを増しているようである。今後所得が増加する一方、価格も低下すれば、都市部を中心としたマイカー時代が到来するシナリオがあり得る。一例として、日本の高度成長期の普及の勢いを取り上げると、20年後に普及率が50%まで上昇するケースが考えられる。その場合の台数増加率がどれぐらいになるのか考えてみよう。
 前提として、(1)都市部の世帯数は現在約1億2,700万世帯(中国全土の世帯数を基に都市と農村の人口比率から推計)とし、(2)都市の家庭数は増加しないとの控えめな仮定をおく。中国都市部の自動車保有台数は2002年時点に約114万台(100世帯当たり0.9台)と見込まれるが、20年後に普及率が50%に上昇すると保有台数は約6,300万台に増加する(日本で普及率が50%を超えた78年の自動車保有台数は約2,000万台(7))。増加率にすると、毎年約22%の極めて高い伸び率になり、日本での増加率約20%(65〜78年)をやや上回る。

2.消費に影響を与える所得の動向

 次に、両国では雇用に伴う所得が大幅な増加をしていたことが消費の持続的な拡大をもたらしたことを明らかにしたい。

●中国では賃金が2桁増で所得は高い伸び
 2000年から2002年までの中国都市部の実質消費は年7.3%増と堅調であるが、これは豊富な労働力が雇用者数の大幅な増加につながったことと、賃金が2桁増となったことにより、所得が高い伸びを示していることから説明できる(第2-3-3表)。
(1)雇用者数は大幅な増加
 都市部の雇用者数は2000年から2002年の間に年3.5%増加している。しかし、これは都市部に戸籍登録されている人のみを対象とした大きさであり、実際には中国都市部の労働力はそれ以上に増加しているとみられる。というのも、総人口の6割以上を占める農村部の人口の一部が出稼ぎという形で都市部へ移動しているからである。都市部で就労すれば農村部の3倍の所得を得られるため、農村の余剰労働力は都市部へ大量に移動している。「2000年第5次人口センサス」によると、6か月以上本籍地以外で生活している流動人口は1.3億人となっている(総人口の10.3%)。一人っ子政策で人口の伸びは抑えられても、農村からの大量の人口移動のため都市部の労働力は豊富である。
 このような雇用者数の高い伸びが今後も続くかどうかは高齢化の進展で不透明な部分もあるが、農村の豊富な余剰労働力を吸収する制度、環境が整備されれば、持続的な増加を期待することができる。
(2)賃金の上昇
 都市部の一人当たり平均賃金は2000年から2002年で年13.2%と大幅な上昇になっている。労働力全体の6割を占める農林水産業、製造業、建設業等での上昇幅はそれほど大きくない。一方で、金融・保険業、科学技術研究等の高度な能力、技術を必要とする業種が賃金の伸びを牽引している。ただし、これらの業種に従事する労働者は2002年で1%に満たない。
 このように雇用者数と賃金ともに高い伸びとなっていることから、可処分所得の半分以上を占める雇用者報酬も堅調に増加している。中国は、賃金コストが相対的に安いことに加え、家計の購買力上昇で市場として魅力的なことから、90年代に入って外資の流入が活発である。対外開放が一層進展していることや、高等教育の浸透で現地労働力の質が比較的高くなっていることにより、外資流入が今後も一層進展すると見込まれる。外資に加えて、2003年に入り公共投資を含む国内の固定資産投資は前年同期比30%超と活発なため、生産拡大は持続し、家計所得も持続的に増加すると見込まれる。
 
●タイでは雇用者数が堅調な増加
 タイでも中国ほどではないが雇用に基づく所得が大幅に増加し、消費拡大を支えている。タイでは賃金よりも雇用者数が堅調な増加を示している。このように雇用が増加した要因としては、以下のことが考えられる。
(1)タイでは80年代後半から90代年代前半にかけて、外国からの直接投資の大幅な流入を原動力として急速な工業化が進展し、雇用機会が急速に増加した。通貨危機で経済が混乱したが、その後IT関連を中心とする輸出増加が雇用拡大をもたらした。
 輸出に関しては、2001年7〜9月期から減少していたが、2002年4〜6月期より主要輸出先である先進国市場の回復等により増加に転じ、その後、急速に回復した。2002年には、ASEAN向け輸出がアメリカ向けを上回り、また中国向け輸出は拡大している。このような輸出増が雇用の増加をもたらしている。
(2)政策面では、2001年2月に発足したタクシン政権は、従来の輸出に加えて国内需要も経済の牽引力とすることを中心に据え、村落住民の資金需要や村落経済の活性化に役立てることを目的とした村落基金の創設や低所得者に小口融資を提供して、小規模事業の起業や拡大を支援することを目的とする国民銀行の創設等各種の施策を実施している。また、公共住宅を建設するなど公共投資にも力を入れている。

3.貯蓄率の動向

 最後に、両国ではともに消費が拡大を続けたが、貯蓄率は正反対の動きとなり、中国では貯蓄率が上昇し、タイでは低下した要因を明らかにしたい。
 
●中国では上昇した家計貯蓄率
 78年の改革・開放以降の中国都市部の家計貯蓄率は上昇している(第2-3-4(1)図)。これは、高度成長期の日本でも同じようにみられた。ここ20年の中国都市部における貯蓄率の高まりには、高度成長期の日本の貯蓄率上昇と同じような要因が働いているのかを探っていく。橘木(1997)では、高度成長期の日本における貯蓄率が高まった要因をいくつか挙げているが、その中から、(1)青壮年層の人口比率の高さ、(2)社会保障制度の未発達、(3)過少消費、(4)目標貯蓄について、中国の事情を考えてみたい。

(1)青壮年層の人口比率の高さ
 中国では高齢化が問題となりつつあるが、貯蓄に励む傾向にある青壮年層の人口比率は依然として高い。国連の人口統計によると、99年の中国における15歳から40歳の人口比率は40%となっており、日本の55年の比率とほぼ同様である。したがって、これは中国の高い貯蓄率を説明する要因となる。
 
(2)社会保障制度の未発達
 78年以前の計画経済体制の下、中国都市部では国有企業等の「単位」が年金、医療等社会生活を手厚く保障していた。しかし、高齢化の進展と定年退職者の急増が加わって、この社会保障制度では対応できなくなり、政府は制度改革に着手した。年金に関していうと、改革・開放以前では、企業が年金の財源を負担していたが、84年から段階的に始まった年金改革では、国家、企業、個人が基金を作り財源を負担する。ところが、89年から2002年で年金の基金収入は21倍になっている一方で、基金支出は23倍になっており、ここ数年積立不足が顕在化している。高齢化の進展で積立不足は増加の一途をたどっており、国民は将来の年金に対する不安から貯蓄をしているとみられる。
 
(3)過少消費
 改革・開放以降、中国都市部の家計部門の所得は急増している。78年の都市部の一人当たり可処分所得は343元であったが、2002年には7,703元と24年間でおよそ22倍になっている。一方、78年の都市部の一人当たり消費支出は311元で、2002年には6,030元とおよそ19倍にとどまっている。所得の伸びが予想以上に高く、消費の伸びがそれについていかないことがうかがえ、貯蓄率の上昇をもたらしていると考えられる。
 
(4)目標貯蓄
 柯 (2003)によると、中国都市家庭が貯蓄を増やす理由としては、子供の教育費、老後生活が主であり、その他にも、医療・健康、住宅購入も家計が貯蓄を増やす理由に挙げられている。このように中国都市家計でも、住宅購入や子供の教育費のように目的と目標額を決めて貯蓄を行っており、高い貯蓄率の要因となっていることが分かる。
 
●タイの家計貯蓄率は低下
 タイでは、高度成長期の80年代末から家計の貯蓄率は既に低下していた(第2-3-4(2)図)。これは、「90年代に入って、高度成長に伴って大きく伸びてきた高所得者の所得の伸びが一服する一方で、低所得者の所得水準が押し上げられてきた」要因が大きいと考えられる(原田・井野[1998])。貯蓄能力のある高所得者と違い、低所得者は所得の増加分を消費に回したと考えられる。このように貯蓄率の低い低所得層の所得が相対的に増加することによって、結果としてマクロの貯蓄率が低下傾向にあると考えられる。
 しかし、通貨危機を境に、家計部門は先行きに不安が強まるなか所得を貯蓄に回したため、98年には貯蓄率は急上昇した。その後景気は回復に向かい2002年の経済成長率は危機前(96年)の水準に回復した。景気回復も貯蓄率の低下をもたらしたと考えられる。
 中央銀行は、98年後半以降、低金利政策を維持しており、低金利の浸透、クレジットカードの発行基準の緩和やローン期間の長期化等は、消費を刺激している。さらに、公務員への低利の住宅ローンや住宅投資促進を目的とした不動産キャピタルゲイン課税の免除等、減税を主とした内需刺激策も実施されている。これらにより消費者の実質的な購買力は上昇しており、自動車をはじめとする耐久消費財の消費を支えている。旺盛な消費意欲が喚起される結果、貯蓄率は減少している。


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