目次][][][年次リスト

第I部 海外経済の政策分析

パート1:中国経済5つのトピック

5.WTO加盟が農業に及ぼす影響

●WTO加盟の経緯
 中国は、2001年11月のカタールのドーハで開かれた第4回WTO閣僚会議で加盟が承認され、12月に143番目のメンバーとして正式加盟した。86年にGATT「復帰」の申請(中国はGATTの原加盟国であると認識している)以来15年間にわたり二国間及び多国間での加盟交渉が行われた結果である。加盟交渉が長引いたのは、中国の加盟による影響が広範囲に及ぶこと、農業やサービス分野で欧米諸国との交渉が難航したことなどのためである。

●WTO加盟の意義と農業に関する協定の主な内容
 一般的に言って、WTO加盟による市場開放・規制撤廃により国内競争が強まり、国際競争力が高まる中で経済発展がますます促進されるであろう。一方、これまで閉鎖的市場で保護されてきた国有企業や農業には、倒産増加や失業増加などの影響がもたらされる。中でも最も大きな影響を受けるとみられるのが農業である。そもそも過剰生産、過剰労働力、価格低下などの問題を抱えている分野であり、さらにWTO加盟に伴って低価格・高品質農産物の輸入圧力が一層高まることになるとみられるなど、この問題への対応はかなりの困難が予想される。こうした問題点を克服し、逆に今後の発展の契機へと転換しうるかどうかがWTO加盟の成否を左右する重要なポイントとなるであろう。
 農業に関する協定の主な内容をみると、(i)農業生産に対する国内補助金は総生産額の8.5%(先進国5%、途上国10%)とする、(ii)農産物平均輸入関税は19.3%(加盟時)から15%(2010年)へと引き下げる、(iii)農産物の輸出補助金を撤廃するなどとなっている。

●中国農業の現状とWTO加盟による影響
 中国政府は、90年代央には、それまでの農産物の不作による食糧不足を解消するため、土地集約的農産物(主に穀物)の買入れ価格引上げによる生産量の増加策をとっていた。この結果、生産量は増加したものの逆に供給過剰となり、買入れ価格引上げやその在庫維持のための財政負担も拡大することとなった。これに対し政府は99年にそれまでの量的拡大策を転換し農業構造調整政策をとった。この内容としては、穀物の買付価格の引下げ(99年)、低品質米や特定地域の小麦、トウモロコシを保護価格による買付対象から外す(2000年)などである。この結果、農産物価格は低下し生産量も穀物を中心に減少した(トピック5-1図)。しかしながら依然として生産は過剰状態にあり、一方需要面からも都市住民の所得向上により低品質農産物の売れ行きが落ちたため、これら農産物を中心に在庫の解消が進んでいない。他方、高品質農産物の輸入は拡大している。中国農業の中でも土地集約的農業は、1経営体あたりの耕地面積が狭いこと、その割に従事者は多いことなどのためもともと生産性が低い。こうした中で農産物の価格が低下しているため、農民の所得は都市部住民に比べて近年伸びが著しく劣っている(トピック5-2図)。従来から両者の間にはかなりの所得格差があったが、近年はこれがさらに拡大している。
 こうした状況の中、WTO加盟に伴ってそれまで高関税・輸入制限によって保護されていた土地集約的農産物は、市場開放による保護の撤廃、高品質・低価格農産物の輸入増加が生じつつあることから、これら農産物を作っている農村は過剰生産・在庫、所得減少、雇用機会減少等の問題でますます苦境に陥ることが予想される。また、今後生産の増加が見込まれる労働集約的農産物(野菜、果実、花卉等)にしても、生産物の価格競争力はあるが、流通等のインフラの弱さから輸出競争力はそれほど高くない。現状のままでは、WTO加盟により農業部門では、輸入のみ増加し輸出の拡大はあまり見込めないという厳しい結果になりかねない(トピック5-3表)。
 WTO加盟に伴う農業部門の変化としては、競争の激化や効率の改善による生産性の上昇、低価格・高品質食料の供給増加等の積極面が見込まれる。一方、中国全体としては余剰労働力がますます増加してしまうこと、農産物価格の低迷から農村部の消費が増えず内需拡大による経済発展が計画通り進まないこと等の懸念が挙げられる。

●WTO加盟に際しての対応策
 WTO加盟が農業に及ぼす調整圧力への対応策としては、(i)競争力の向上、(ii)生産性の向上、(iii)開発及び格差是正による農村部の所得向上等が挙げられている。
(i)競争力の向上
 農業の競争力を向上するためには、第一に、土地集約的農産物の品質向上を図る必要がある。具体的には穀物の品質を向上させ、国内都市住民の需要に応じた産品を供給することである。 第二に、土地集約農業から労働集約的農業への転換を図る必要がある。一経営体当りの耕地面積が国際的にみて狭くその割に従業者が多い中国の農業部門は、野菜等の労働集約的農産物により高い競争力を有している。さらに競争力向上のためには、種々の農業関連インフラを整備する必要がある。最も重要なものは流通(在庫、販売、輸出を含めて)の効率を高めることである。生産面では灌漑施設の整備や機械化の推進、育成技術の高度化(種や土壌の改良等)が課題である。
(ii)生産性の向上
 農業の生産性を向上するためには、1億6千万人ともいわれる農村部の過剰な労働力(国務院農業部の推計による)を削減し、1経営体あたりの生産規模の拡大を図る必要がある。農村労働力の削減は、農業従事者を工業、サービス業へと移すこと(農外移出)であるが、これには、農村部から都市部への労働移動の促進、農村部の工業化、都市化による農業以外の職の創出・拡大がある。農村部から都市への移動は、従来戸籍制度により制限されてきたが、緩和される傾向にある。農村部における工業化・都市化については、政府は郷鎮企業の振興やその集積地域の重点的な都市開発を行っている。最近推進されている農業産業化は、農村部における都市化を促進し、農業の生産効率及び生産性の向上と輸出拡大をもたらすものとして期待されている。
(iii)開発及び格差是正による所得向上
 WTO加盟は、脆弱な農業を犠牲にして工業製品の輸出拡大を図るものであり、都市部の発展にひきかえ農村部においては、安価な輸入農産物の増加によりますます所得水準が下がり、都市部と農村部の格差を拡大するものだ、という論調がある。こうした状況に対応するためには、農村部の需要拡大促進も兼ねて、開発の一層の促進や格差是正による所得水準の向上が必要とされている。具体的な対応策としては、西部大開発によって遅れた内陸地域の開発を促進する。予算外資金や乱収費の整理・防止(税費改革)等の農村税制改革によって農村部の過重な負担を緩和する。外資導入により商品作物の競争力強化と輸出振興を図る、などが挙げられている。


目次][][][年次リスト