第1章 中東情勢を受けた世界経済動向と各国の政策対応(第4節)
第4節 まとめ
第1章では、2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃に端を発する中東情勢の緊迫化が世界経済に与えている影響を確認した上で、各国政府・中央銀行による対応状況や展望を整理してきた。ここでは、次章の内容も一部先取りしつつ、中東情勢の緊迫化を受けた2026年前半の世界経済の動向をより包括的に論じることで本章の議論をまとめることとしたい。
中東情勢の緊迫化とそれに伴う世界のエネルギー貿易の要衝であるホルムズ海峡の通航の大幅な制限を受けて、事態発生当初は原油輸入のホルムズ海峡への依存度の高いアジア諸国を中心に、各国・地域経済に大きな影響を与えることが想定された。
実際に、事態の直接的影響を受ける湾岸諸国ではエネルギー部門を中心に生産・貿易活動が大きく制約され、アジア諸国でも原油輸入量の顕著な減少、石油製品製造業に代表される関連産業の生産抑制といった影響がみられた。
一方で、石油備蓄の放出や原油等の代替調達先の開拓といった各国の政策対応もあり、これらの産業を除けばこれまでのところ主要国・地域の経済活動が供給面から大きく制約されるような事態には至っておらず、影響は主としてエネルギー価格上昇に伴う世界的な物価上昇として表れてきている。急激な物価の上昇は、米国のような石油純輸出国も含めて実質的な購買力の低下や消費者マインドの悪化といった消費を取り巻く環境の悪化につながった。ユーロ圏では価格高騰に見舞われたガソリン等を中心に、本年4月時点では消費動向全体に鈍化傾向がみられた。こうした家計部門を中心としたエネルギー価格高騰の影響を緩和するため、各国政府は減税や価格抑制措置等の様々な対応に取り組んでいるが、各国とも感染症拡大期における大規模な財政出動等を受けて財政余力が限られる中でいかに効果的で効率的な支援とするか苦心している。
中東情勢、エネルギー価格高騰による経済の下押し圧力が生じている一方で、世界経済を押し上げる力となっているのが2025年頃から継続・拡大している旺盛なAI関連投資である。米国では、AI関連投資が経済成長のけん引役となるとともに、AI関連銘柄主導の株高が資産効果を通じて消費を支えることで、エネルギー価格が高騰する中でも個人消費は全体として堅調さを維持している。中東情勢緊迫化による影響を受けやすいと考えられたアジア諸国でも、同地域に優位性のある半導体製造や半導体製造装置、情報通信機器の供給を通じて米国を始めとする世界的に旺盛なAI関連投資の恩恵を享受しており、これまでのところ景気の下押し圧力はおおむね相殺されているといえる。一方で、こうしたAI関連投資のサプライチェーンへの関与が薄い欧州では、代わりとなる明確な成長のけん引役がみられず、エネルギー価格高騰による経済の下押し圧力が相対的に働きやすい状況にあると考えられる。
エネルギー価格高騰を受けて世界的に物価上昇圧力が高まる中、各国・地域の中央銀行の対応も焦点となっている。主要中央銀行では、6月にECBが先行きのインフレ継続見通しを根拠として利上げに転じ、FRBは6月会合で政策金利を据え置いたものの2026年内の政策金利の見通しが利上げ方向に転換されるなど、徐々にインフレ対応に金融政策の重心を移そうとする傾向がみられている。また、市場でのFRBの利上げ観測が高まっていく中で通貨の減価が進行する新興国では、為替安定の観点から大幅な利上げを行う動きもみられている。
今後の展望については次章でより詳しくみていくが、6月中旬に米国とイランの間で戦闘終結に関する覚書が交わされた後においても世界経済を左右する最大のリスク要因は中東情勢であると考えられ、その動向を注視していく必要があろう。