第2章 (2)労働市場要因:ミスマッチの動向を中心に
続いて本節では、労働市場に焦点を当てて賃金上昇の背景を確認したい。
1.ミスマッチの状況
(全国的に人手不足が進む中、一部地域ではミスマッチ縮小傾向)
賃上げが進む要因の一つとして、労働需給の引き締まりがある。そこで、労働市場の需給動向について、地域別のUV曲線の動きからみていきたい。ここでのUV曲線は、縦軸に雇用失業率、横軸に企業の欠員率をとったものと定義する。
一般的に、景気拡張局面では労働需要が増加して人手不足状態となり、失業率の低下と欠員率の上昇が起こる。景気後退局面では逆の動きとなり、交点を結んだ線は右下がりとなる。また、失業率と欠員率の交点が原点に近いほど、失業率が低く欠員率も低い状態となり、労働市場が効率的に機能してミスマッチが小さいと判断できる。
以上を踏まえ、地域別にUV曲線をみると、いずれの地域も景気の谷にあたる2012年は左上に位置していたが、2022~2024年は右下方向に移動し、程度の差はあるものの、人手過剰から人手不足の方向へ移行している(図表2-13)。その上で、2012年と2024年の位置を比べると、北海道、北関東、南関東、東海は、原点からの距離があまり変わらず、構造的な変化はみられない。ミスマッチ程度で評価すると、北海道は比較的ミスマッチが高く、東海は低い構造と言える。他方、東北や北関東・甲信、北陸では、失業率の低下ほど欠員率の上昇が進んでおらず、2012年と2024年の位置を比べると、原点に近づき、ミスマッチが縮小している傾向がみられる。
(入職経路の多様化によるミスマッチ縮小の可能性)
失業率が低下しても欠員率が上昇しない理由はいくつか考えられる。まず、景気とは無関係に非労働力化が進むことで失業率が低下する場合である。次に、就業要件が緩和・弾力的になったり、労働者の技能が高まったりすることで、雇用機会に結び付く確率が上昇する場合である。この間、非労働力人口はいずれの地域においても大きく減っている9ことを踏まえると、これらの地域では、雇用機会に結び付く確率が高まって、いわゆるミスマッチが縮小していると考えられる。
実際、2012年と2023年で就職者の入職経路を比較すると、民間職業紹介・広告を通じた入職者割合の上昇幅は、東北、北関東・甲信、北陸が全国と比較しても大きく、前掲図でミスマッチが縮小した地域と一致している(図表2-14)。入職経路の多様化により、雇用のマッチングの効率性が上昇している可能性が示唆される。
2.労働需要の動向
前章及び前項までの議論でみたように、雇用の拡大と賃金上昇が同時に進んでいる。前項では労働市場の状況をみてきたが、こうした状況に対する企業の姿勢や対応もみていきたい。
(中小企業は、人材確保やモチベーション向上を意図した賃上げ動機が強い)
人手不足感が強い中小企業の賃上げ動機について、日本商工会議所が調査した結果によると、ここ3年間は、「人材確保・定着やモチベーション向上」を理由とするという回答割合が最も高く、8割以上を占めている(図表2-15)。また、「物価上昇」を理由とするという回答割合も、ここ2年間は4割を超えており、従業員確保を意識した賃上げが進んでいる。
(賃金上昇が進む中、省人化を含めたソフトウェア投資が進展)
相対的に金利が低い中で賃金上昇が続いていることは、企業とすれば、新たな投資によって雇用を代替するインセンティブを持つことになると考えられる。
そこで、大企業に限ったサンプルとなるが、省人化も含めたソフトウェア投資10の累積値11について地域別に動向をみると、半導体製造企業が進出している北海道と九州が2024年10―12月期までに15倍以上と顕著であるが、いずれの地域においても増勢がみられる(図表2-16)。北陸、中国、四国などは全国平均を下回る動きとなっているが、これらの地域では人手不足も進行しており、省人化投資をさらに進めていくことが重要となる。
コラム2:スーパーのセルフレジの導入状況
本コラムでは、人手不足を生産性の向上で補う例として、スーパーにおけるセルフレジの導入状況について最近の動きを紹介する。
セルフレジには、商品のバーコード読み取りは店員が行い、精算のみ購入者が行う「セミセルフレジ」と、商品のバーコード読み取りから精算まで購入者が行う「フルセルフレジ」の2種類が存在する12。
「セミセルフレジ」は、2019年時点でもすでに半数以上の企業で導入されており、2024年は80%弱と高い水準で頭打ちの状況となっている(コラム2図表1(1))。店舗数や店舗規模別にみると、4店舗以上保有する企業では80%以上、大規模店舗中心型では87%の企業が導入している。本社の所在別にみると、都市圏に本社がある企業の導入割合は高いものの、半数以上の店舗に導入している程度で比べると、地方圏に本社を置く企業の取組が進んでいる(コラム2図表1(2))。今後の設置意向のアンケートによると、すでに導入済の企業が多いため、「新たに設置したい」企業は2022年以降減少傾向にあり(18.5%→12.8%→11.6%)、「台数維持」の回答が33.9%で最も高い割合を占めている。
一方で「フルセルフレジ」については、2019年時点では10%程度の企業でしか導入されていなかったものの、ここ5年で40%弱まで増加しており、特に半数以上の店舗に設置している割合が高まっている(コラム2図表2(1))。店舗数や店舗規模別にみると、11~25店舗保有する企業では50%が、さらに51店舗以上では80%弱が導入しており、大規模店舗中心型では63%の企業が導入している。店舗数や店舗規模が大きいほど導入が進んでいる点は「セミセルフレジ」と同様であるが、小・中規模店舗中心型と大規模店舗中心型には35%ポイント程度もの差がみられ、都市圏よりも大規模店舗が比較的多いと思われる地方圏に本社を置く企業において、導入が進んでいる(コラム2図表2(2))。今後の設置意向のアンケートによると、「新たに設置したい」企業は2022年以降30%弱と高い水準を保っており、「台数を増やしたい」企業も20%弱存在することから、今後も設置店舗や設置台数の増加が予想される。