第2章 (1)事業環境要因:価格転嫁の動向を中心に
本節では、企業を取り巻く事業環境についてみていく。
1.業況判断
(業況判断はいずれの地域でもおおむね改善傾向)
各地域の企業を取り巻く環境を反映するものとして、日本銀行「全国企業短期経済観測調査」(以下、日銀短観)の業況判断DIをみると、コロナ禍が明けて以降、DIは改善傾向が続き、多くの地域でコロナ禍前の水準に戻っている。東北や北陸ではコロナ禍前の水準には戻っていないものの、改善しており、総じて業況は「良い」が超過する状態が続いている(図表2-1(1))。
日銀短観は資本金2,000万円以上の企業が調査対象となっていることから、より小規模の企業も含めた業況を確認する。中小企業法上の中小企業を対象にアンケート調査を行っている独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下「中小機構」という。)による「中小企業景況調査6」をみると、こちらのDIも、おおむねコロナ禍前の水準に戻っている。また、東北の水準がやや他地域より低い点も含めて、おおむね日銀短観で確認した業況と似た傾向を示している(図表2-1(2))。
(業種別にみると、非製造業の方が高水準)
続いて、日銀短観で地域別に製造業・非製造業の業況判断DIをみていくと、全業種での改善は、主に非製造業によることが分かる(図表2-2(1)、(2))。いずれの地域も、コロナ禍後に旅行・観光需要が振れを伴いつつも回復してきていることなどを背景に、飲食・宿泊業で高い水準となっている。また、非製造業のDIは、バブル期までデータが遡及可能な地域7についてみると、北海道、中国、九州・沖縄ではバブル期以降で最も高い水準となっている。一方、製造業についても、2024年以降は、水準の低かった東北も含めて改善傾向にある。
コロナ禍後の回復に遅れがみられる東北の製造業について、業況判断DIの業種別寄与度をみると、2022年1-3月期から2023年7-9月期までの低下傾向は、電気機械がプラスからマイナスに転じた影響が大きい。2024年はマイナス幅が縮小したが、これは電気機械の下押し緩和に加えて、汎用・生産用・業務用機械の改善による。他方、鉄鋼業や食料品製造業はマイナスが続いており、2024年後半からの主たる下押し要因となっている(図表2-3)。
2.価格転嫁状況
企業が持続的に賃上げを進めていく上では、売上の拡大が必要となるが、そのためには販売数量増に加えて価格転嫁の進展も重要である。本項では、日銀短観や民間調査、公正取引委員会調査の結果から企業の価格転嫁の状況を地域ごとにみていく。
(仕入価格の販売価格への転嫁は2023年以降高水準で進み、業況とも相関)
まず、製造業について、仕入価格がどれだけ販売価格に転嫁できたのかをみるため、日銀短観の「販売価格判断DI(販売価格が3か月前と比べて上昇したと答えた企業の割合と下落したと答えた企業の割合の差)」から「仕入価格判断DI(仕入価格が3か月前と比べて上昇したと答えた企業の割合と下落したと答えた企業の割合の差)」を差し引いた疑似交易条件の推移を地域別にみていきたい。なお、これはあくまでそれぞれ価格が上昇したか否かというアンケート調査であるため、仕入価格のうち実際にどの程度の金額を転嫁できたかを示す転嫁率そのものとは異なる点に留意が必要である。
2021年以降、資源価格の高騰や円安の影響により、全地域で仕入価格DIは大きく上昇した。販売価格DIも上昇したが、両者の差は広がり、疑似交易条件(DI差)は悪化した。DI差は、2021年末から2022年にかけて最大となり、東北や北陸、四国では△50超となった。2023年以降は仕入価格DIの上昇超幅が低下する一方、販売価格DIの上昇超幅の低下は小さかったため、疑似交易条件は改善し、2025年3月時点では、2021年3月とおおむね同じ水準にまで落ち着いている。また、北海道、南関東、東海、近畿、中国、四国では当時より改善している(図表2-4)。
なお、同じく資源価格が高騰していた2007~2008年の動きと比較すると、仕入価格DIは今回と同様に上昇していたが、当時の販売価格DIは僅かしか上昇せず、その結果、疑似交易条件は今回と比較しても大きく悪化していた(図表2-5)。今回は、仕入価格の上昇に対し、企業は販売価格を積極的に引き上げたことが明らかであり、価格転嫁行動に変化がみられる。
また、疑似交易条件と業況判断には正の相関がみられ、今回は、価格転嫁を積極的に行うことで疑似交易条件の悪化を防ぎ、業況を維持、改善させている地域が多い(図表2-6)。
(価格転嫁状況には地域差もみられる中、賃上げは九州・沖縄が積極的)
続いて、非製造業も含めた価格転嫁状況について、賃上げとの関係も含めてみていきたい。
2025年2月に実施された民間調査から地域別の価格転嫁率の分布をみると、価格転嫁が8割以上できたとする割合は、どの地域も10%台だが、中国・四国では低めとなっている。一方で、5割以上価格転嫁できたとする割合は、どの地域も30%台となっているが、中部、近畿で35%を超えるなど、多少の地域差もみられる。全国的にも、全くできていないとする企業も含め、2割未満とする企業は、関東で半分超となるなど、地域間、地域内で転嫁状況に差が生じている(図表2-7)。
次に、こうした価格転嫁の状況と賃上げの実施率の関係をみると、価格転嫁率が高まれば、賃上げの実施率も高まる傾向がみられる(図表2-8)。いずれの地域においても、転嫁率が2割未満でも70%程度が賃上げを実施するとしている。その中で、中国・四国や九州・沖縄の企業は、転嫁率が2割以上5割未満の場合に賃上げ実施率が88%前後となっているが、関東の企業は76.5%にとどまっている。価格転嫁率が低くても賃上げを行う意向を示す企業は多いが、持続的な賃上げという観点からは、適切な価格転嫁を進めることで付加価値を生み出すことが重要である。
(労務費の転嫁率は、一昨年公表の指針の効果もあり、大幅に改善)
次に、コスト別の価格転嫁状況について調べた調査結果をみよう。公正取引委員会による調査結果をみると、原材料価格の価格転嫁率は、2023年度が67.9%、24年度が69.5%と高水準となっている。エネルギーコストについては、2023年度の52.1%から24年度には65.9%へと改善している。労務費については、2023年度は45.1%にとどまっていたが、24年度は62.4%と大幅に改善した(図表2-9)。この背景には、2023年11月の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(以下「労務費転嫁指針」という。)の公表8やそれに基づく情報提供、働きかけの効果もあると考えられる。
また、サプライチェーンの段階別に労務費の転嫁率をみると、労務費転嫁指針の効果もあり、2024年度は全段階で転嫁率が改善しているものの、最終需要者から遠い、いわゆる2次受注以降の企業ほど価格転嫁が行いづらい傾向にあり、2次受注者と3次受注者の間では、転嫁率は5割未満にとどまっている(図表2-10)。
(今後、労務費転嫁指針の認知度の向上とともに、指針内容の実効性が問われる)
労務費転嫁指針の事業者認知度をみると、公表の半年後の2024年5月の調査では、全国的に5割弱であった。都道府県別にみると、5割を超えたのは東京都などの5都県に限られ、青森県や岩手県などの4県では4割弱にとどまっている(図表2-11)。
労務費転嫁指針を認知していた者としていない者を比べると、認知した者の方が労務費の価格転嫁に応じた割合が約13%も高くなる(図表2-12)。したがって、労務費転嫁指針の認知度をさらに高めていくことによって、労務費の価格転嫁が進むことが期待される。
ただし、受注者側からみると、仮に認知していたとしても実際に労務費の価格転嫁が行われた割合は5割程度にとどまっている。したがって、引き続き適切な価格交渉の実施を促す働きかけを図っていくことが必要である。