第4章 (2)各地域で賃金・物価の好循環が進むために求められる方策

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(価格転嫁対策と賃上げ・生産性向上に向けた取組の継続)

約30年ぶりの高い水準の妥結率となった今年春闘の流れの継続・拡大に向けては、労務費増加分の適切な価格転嫁を推進していくことが非常に重要となる。このため、「労務費の転嫁のための価格交渉に関する指針」の周知徹底と交渉用フォーマットの展開・活用を促すとともに、大企業と中小企業の共存共栄を目指す「パートナーシップ構築宣言」の拡大を全国的に進め、サプライチェーン全体での協力拡大という新たな商慣行の定着に向けた意識改革を進めていく必要がある。

各自治体は、「パートナーシップ構築宣言」の拡大に向け、宣言企業への補助金加点といった政策的インセンティブの導入を進めている。例えば、「パートナーシップ構築宣言」への登録率が高い福井県(図表4―2)では、登録企業であることを要件化した補助金メニュー(「企業活動分析による収益力強化事業補助金」等)を充実させることで登録企業数を増加させている。このようなインセンティブ政策も活用しつつ、各地域まで価格転嫁への意識改革を浸透させていくことも重要な取組となる。

こうした価格転嫁対策とあわせて、中小企業を中心に生産性向上を進め、企業の稼ぐ力を強化していくことが求められる。このため、政府としても

  1. 賃上げ促進税制の拡充(中小企業向けに、赤字法人においても、賃上げ実施企業が将来収益が出た際に税額控除が受けられる繰越控除制度(最大5年)を創設等)
  2. 中小企業省力化投資補助金(簡易で即効性のあるカタログ型省力化投資支援)
  3. 中堅・中小企業の成長投資補助金(工場等の拠点新設・大規模設備投資を支援する新たな補助制度)

といった政策を進めているところであり、こうした制度の利用が進むことも期待される。

(人手不足の中で賃金をシグナルとした労働移動が活発化する兆し、これを見据えた賃上げが重要、中長期的には地方の産業・就業構造の変革が必要)

人手不足問題が深刻化する中、人材を確保するために高賃金を提示することが重要となる。今後は賃金が労働移動を促すシグナルとして機能し、生産性が低く、職務に応じて適切な賃金を提示できない企業は人材確保ができず、結果的に企業や事業の新陳代謝が進むことが想定される。そのため、企業経営においては一層の効率化と高付加価値化による生産性向上、それに応じて賃金水準を高めていけるよう、経営マインドを変革していくことが求められる。

また、第1章で製造業が立地する地域やインバウンドが好調な地域で賃金上昇率が高いことを見たが、こうした例のように、地域の稼ぐ力を高めていくことが重要である。例えば九州や北海道で進められている半導体産業の産業集積のようなダイナミックな投資の呼び込みにより、地方の産業・就業構造の再編を進めていくことが中長期的に必要となる。

JASM熊本工場を始めとする半導体関連産業の集積は熊本県の県内総生産を10年間で3.4兆円押し上げ、ラピダスについても道内総生産を14年間で11.2兆円押し上げるとの民間機関の試算も示されている(図表4-3)。このような新たな産業集積の動きは、建設需要等の活性化により短期的に経済を押し上げることに加え、地域の産業・就業構造の変革によって中長期的に地域経済の活性化に寄与することが期待される。

(地方経済を支えるための公的分野の賃上げ)

最後に公的分野の賃上げが地方経済に与える影響についてみてみたい。第2章で確認したとおり、地方圏では、公務、医療・福祉、教育といった公的な分野に就業している者が多いため、春闘の直接的な影響が及ばないこれらの分野でも賃上げを実現していくことが地域全体の所得と消費の増加、こうした消費の増加に伴う派生需要を含めた生産活動の増加(GDPの増加)に欠かせない。

そこで、公的分野の賃上げが地方経済の活性化に及ぼす効果を、地方公務員の賃金上昇を想定して定量的に確認する。2022年度の地方普通会計決算から、地方公務員人件費を概観すると23.08兆円(都道府県:12.44兆円、市町村10.65兆円)となっており、うち国家公務員の人事院勧告におおむね準じて給与改定が行われる職員給は、全体の70%程度の15.96兆円(都道府県:9.09兆円、市町村6.87兆円)となっている24図表4-4(1))。職員給の部門別構成比をみると、都道府県・市町村計では教育関係が44.8%と最もシェアが高く、警察関係13.0%、議会・総務関係11.9%と続いている25図表4-4(2))。

こうした地方公務員の職員給が1%増加した場合の各都道府県における生産波及効果額を求めるため、「都道府県別の名目雇用者報酬の増加分」に、「マクロ的な消費性向(=名目家計最終消費支出(除く持ち家の帰属家賃)/名目県民雇用者報酬)」を乗じて都道府県別に名目消費の増加分を求めた後、更に各都道府県が公表している2015年産業連関表の民間消費1単位変化に対する生産誘発係数を乗じて算出した26。結果をみると、経済規模に比して公務員給与のシェアの高い地方(特に西日本)では経済波及効果が高いことが分かる(図表4-5)。

この生産波及効果は、地方公務員給与の増加を対象に計算を行ったものであるが、地方独立行政法人、国立大学法人、一部の私立学校法人等の職員も公務員給与を参考とした給与体系をとっており、それらも含めると、地方公務員の賃上げが地方経済に与える影響はより大きくなることが見込まれる。こうした分析結果からも、春闘における力強い賃上げの流れを地方の公的な分野にも波及させ、物価上昇を上回る賃金上昇を達成し、定着させていくことの重要性が示唆される。


脚注24 人事院(2023)によると、人事委員会が設置されている地方公共団体においては、人事委員会勧告を経た上で職員給の改定が行われる。その際、地方公務員法第24条第2項において、職員の給与を定める際の考慮要素の1つとして国家公務員の給与が挙げられており、人事院勧告を参考に勧告が行われている。人事委員会が置かれていない地方公共団体においては、一般的には、人事院勧告や他の地方公共団体の人事院勧告等を参考にした給与改定が行われている。
脚注25 なお、都道府県は政令指定都市を除く市町村の義務教育教職員の人件費を負担していることから、教育関係のシェアが59.9%と大きなシェアを占めている。
脚注26 使用データの詳細は付注1-2参照。
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