第2章 (1)2024年春闘の地域別妥結結果
(春闘の妥結結果は総じて各地域で高いものの、地域的なバラつきが存在)
まず、全国平均でみた2024年春闘の集計結果(連合第6回集計、2024年6月5日公表)をみると、賃上げ率は定昇込みで5.08%、ベアで3.54%と、約30年ぶりの高水準となっている(図表2-1)。企業規模300人未満の企業についても、定昇込みで4.45%、ベアで3.16%と高い水準にあり、中小企業でも賃上げの動きが進んでいる。
こうした全国的な結果の内訳となる、各連合支部が公表している妥結結果を地域別にみていくと、群馬県・広島県など大手製造業が立地する地域を中心に全国平均の妥結結果を上回る一方、青森県・山形県・島根県などでは全国平均の妥結結果を下回っており、地域的なバラつきが存在していることが分かる(図表2-2)。
なお、前年(2023年)春闘の地域別妥結結果と比較すると、ほぼ全ての地域で前年を大きく上回る妥結結果となっている(図表2-3)。
(大手製造業を中心に高い妥結となるも産業の裾野までの波及に課題も残る)
次に、大手製造業が数多く立地する栃木県7を例にとり、2024年春闘の状況を詳しくみてみたい。まず、連合栃木が公表する資料8をみると、組合員1人当たり(加重平均)の賃上げ率(定昇込み)は5.25%(+16,240円)と約30年ぶりの高い水準となった。300人未満の中小企業でも賃上げ率は4.09%(+10,443円)となり高い水準となったものの、全規模計と300人未満の中小企業では賃上げ額に6,000円程度の差が存在しており、大企業と中小企業で賃上げ額に差が存在していることも分かる9(図表2-4(1))。
産業別には、製造業の賃上げ率5.58%(+18,050円)が最も高くなっており、製造業が地域の平均賃金引上げをけん引していることが分かる(図表2―4(2))。
栃木県内の産業立地をみると、大手自動車メーカー(ホンダ、日産等)の工場が数多く立地し、これらメーカーと取引を行う部品メーカーも数多く存在している。そのため、自動車産業の裾野は非常に広く、連合栃木の組合員数の3割強は自動車関連となっている。今回の春闘では、大手自動車メーカーでは組合の要求に対して満額回答が行われ、ヒアリングによると4月分の給与から賃上げが反映されているとのことで、地域経済にも徐々に賃上げによる好影響が現れてくることが期待される。
このように大手自動車メーカーを中心に賃上げの動きが進む一方、ヒアリング時には、産業の裾野まで賃上げの動きは波及していないとの声も聞かれた。自動車産業を例にとると、大手自動車メーカーと直接に取引を行う中堅メーカー(いわゆるTier1)は、大企業で価格転嫁に関する啓発活動も進んでいることから、価格転嫁と賃上げが進んできているが、産業の裾野に近づくほど価格転嫁の動きも無くなってきて、賃上げも行われていないとの声が聞かれた。
この他、主に国内消費者向けの食料品製造業では数円単位の販売価格差で競争しているため価格転嫁が難しいという声や、価格交渉を行うという土壌は徐々にできつつあるものの、特に競合他社が数多く存在する汎用品では受注量の減少や打ち切りを恐れ、労務費を含めた価格転嫁を行わないという経営判断をしているとの声も聞かれた。
コラム2:熊本県の賃金上昇に関する状況
ここまで製造業立地地域での賃上げが進んでいることをみてきたが、海外大手半導体メーカーによる大型投資が行われている地域の状況について確認したい。具体的には、台湾の半導体大手TSMCが工場建設を進める熊本県の状況について、ヒアリングの結果を交えてみていく。
JASM(TSMCの日本子会社)は、24年内の第1工場(熊本県菊陽町)の生産開始に向けて1,700人の従業員を確保するとしており、出向者・中途採用のほか現地を中心に380名程度を新規採用し、大卒初任給は28万円の好待遇と報じられている10。
熊本県の正社員の賃金に関するデータをみると、求人サイトに掲載されている募集賃金を抽出・集計した週次のビッグデータで前年比の伸び率をみると、2022年の半ばより、全国比でやや強い動きとなっている(コラム2図表1)。
このようにビッグデータでみれば前向きな動きも確認されるが、熊本県の今年の春闘の妥結率は全規模計で4.53%と全国平均を下回り、地場の企業の賃上げに大きな影響があったとは言えない。ヒアリングでは、「JASMの初任給は高すぎて、ほとんどの企業は対抗することができない」との声が聞かれた。一方で、JASMの立地を契機とする関連産業の集積や地域の需要の創出はこれから更に進むことが見込まれることから、「賃金面の波及効果についても今後に期待したい」との声もあり、引き続き、賃金の動きを中心に各種経済指標を注意深くみていく必要がある。