第2章 (1)景気ウォッチャー調査でみる景況感29
2023年の景況感の動きをみると、まず年前半はコロナ禍から経済社会活動が正常化する局面で大きく改善した。夏場には記録的な猛暑が景況感の押上げ・押下げの両面に影響し、秋以降は物価上昇への警戒感から景況感の改善に一服感がみられている。こうした動きについて、景気ウォッチャー調査の結果からみていく。
(経済社会活動の正常化局面で景況感が大きく改善)
2023年の「現状判断DI」(3か月前と比較しての景気の現状に対する判断DI)及び「先行き判断DI」(2~3か月先の景気の先行きに対する判断DI)は、1月調査では50を下回っていたものの、2月調査以降は上昇傾向が続き、4、5月調査では現状・先行きともに55程度まで達した。その後は改善テンポが落ち着いたものの、8月調査まで現状判断・先行き判断ともに50を上回る水準を維持していた(第2-1-1図)。
夏を過ぎた9月調査以降は、若干低下し、景況感の回復に一服感がみられるものの、現状・先行きともに50程度の水準を維持している。
まず、年前半の景況感の改善について、現状判断のコメントからその要因をみてみると、「マスク」と「5類」という特徴的なキーワードが浮かび上がってくる。まず、「マスク」についてみると、3月からマスク着用が任意となったことを受け、3月調査結果ではコメント数が前月の6倍程度(2月:13件→3月:83件)に増加し、全体のDIを押し上げる要因となっていたことが分かる(第2-1-2図(1))。
「5類」というキーワードについてみてみると、5月に感染症法上の位置付けが「5類」へ移行されたことから、直後の5月調査結果でコメント数が大きく増加するとともにコメントDIも上昇し、景況感の押上げに寄与していた(第2-1-2図(2))。
一方、6月調査結果では、「5類」のコメント数が減少、5類移行も終了し、経済社会活動が正常化する局面で一時的に生じていたモメンタムは弱まり、DIの改善テンポが落ち着く形となった。
(人流の回復が持続的に景況感を押上げ)
こうしたコロナ禍からの経済社会活動の正常化局面で、一時的に「マスク」や「5類」といったキーワードで表現される動きが景況感の押上げに作用するなか、国内旅行・インバウンド増加とイベントの復活が人流を回復させ、景況感を持続的に押し上げてきた(第2-1-3図)。
具体的にみていくと、「旅行」又は「観光」のコメントDIは、春休み(3月)とGW(5月)、夏休み(8月)という時期もあり、8月までは65程度の高いDIを維持してきた。また、「インバウンド」のコメントDIは、4月に水際対策が終了し、航空国際定期便や国際クルーズ船が再開したことなどから、8月までは70前後と高めで推移してきた。加えて、各地域で4年ぶりに祭りやイベントが通常開催されることが増え、「祭」又は「イベント」のコメントDIも8月まで65前後を維持して推移した。
9月調査以降は、8月頃よりは若干コメントDIの水準は低下したものの、引き続き全体DIよりも高い水準で一進一退となっており、引き続き押上げ効果がみられている。
(2023年夏の記録的猛暑が景況感に与えた影響)
今夏の日本の平均気温は1898年の統計開始以降で最も高く、記録的な猛暑となった。人流の回復が景況感を押し上げてきたことは前述のとおりであるが、ここでは、今夏の記録的猛暑が経済活動に与えた影響について分析したい。
まず、今夏の猛暑の状況に関するデータを確認する。全国に914ある観測所で猛暑日を記録した地点数をみると、特に7月と8月は過去5年間で突出した数字となっており、全国各地で連日、猛暑日が記録されていた(第2-1-4図)。
こうした今夏の猛暑が経済活動に与えた影響を分析するため、7~9月の「景気ウォッチャー調査」の現状判断に関する回答において、猛暑に関連する「暑」又は「温」というキーワードを含む回答をしたウォッチャーのコメントDIを業種別に集計した結果を、コメントの内容とあわせてみてみたい(第2-1-5図)。
まず、7月の集計結果をみると、百貨店・家電量販店・スーパー・コンビニといった空調の効いた商業施設における夏関連の財消費(夏物衣料品・エアコン・飲料・アイス等)の好調さがDIを押し上げた。一方で、商店街・サービス業(ゴルフ場・美容室等)・飲食業では、猛暑による外出控えで客数が減少したというコメントが多くみられ、DIの押下げに寄与した。また「暑」又は「温」を含むコメントDIは、全業種トータルでならしてみると52.6と、家計動向全体のDI(54.3)とのかい離も小さく、7月は押上げと押下げがほぼ相殺する形となっていたことが分かる。
次に、8月の集計結果をみると、コンビニは飲料・アイス等の需要増による押上げ効果が継続したが、百貨店・スーパーのDI押上げ効果は7月より縮小し、家電量販店では押上げ効果が剥落した。一方で、猛暑による外出控えが継続したサービス(ゴルフ場・美容室等)・飲食では、DIの押下げ幅が拡大した。この結果「暑」又は「温」を含むコメントDIは、8月は押上げ効果が縮小して押下げ効果が上回り、全業種トータルで7月より低下し49.9と、家計動向全体のDI(53.5)とのかい離が拡大した。
7月と8月のトータルの動きを消費の形態別にみると、7月は、夏関連の耐久財(エアコン等)、半耐久財(夏物衣料品等)、非耐久財(飲料・アイス等)が押上げに寄与し、サービス(ゴルフ場・美容室等)が押下げに寄与していた。8月は、夏関連の耐久財(エアコン等)と半耐久財(夏物衣料品等)の消費の押上げ効果が剥落し、非耐久財(飲料・アイス等)の押上げ効果とサービス(ゴルフ場・美容室等)・飲食の押下げ効果は継続していたとみることができる。
9月は、東・西日本は記録的な高温となったものの、猛暑日を記録した地点数は大きく減少した。飲料やアイス等の需要で押し上げられてきたコンビニのDIも低下する一方、飲食のDIは上昇し、猛暑による押上げ・押下げ効果は小さくなった。他方で、残暑の継続による秋物衣類等の販売を懸念するコメントも一部ではみられた(第2-1-6表)。「暑」又は「温」を含むコメントDIは全業種トータルで46.5と家計動向全体のDIの50.3を下回ったことから、9月は猛暑による押下げ効果が続いていたことが分かる。
このように、今夏の記録的猛暑という天候要因が経済活動に与えた影響も、業種や時期により大きく異なっていたことが分かる。
(物価上昇への警戒感は一進一退)
ここまで、経済社会活動の正常化に伴う景況感押上げの動きを確認してきたが、2023年に入ってからも、輸入物価の上昇を起点とした食料品・電気料金の値上げや原材料・燃料価格の高止まりなどが継続しており、各地域の家計・企業の経済活動へ影響を与えた。そこで、ここでは物価上昇の景況感への影響をみるため、「価」又は「値上」(値上げ又は値上がり)というキーワードを含むコメント数とコメントDIの動きを確認したい(第2-1-7図(1))。
1月調査で「価」又は「値上」というキーワードを含むコメントDIは、現状判断で38.6(全体DIとの差分7.9ポイント)となっていたが、月を追うごとにコメントDIは上昇し、4月調査ではコメントDIが51.4(全体DIとの差分4.3ポイント)となり、コメント数も1月調査から5月調査にかけて減少傾向で推移した。この頃の物価上昇に関連するコメントをみても、「販売単価上昇率>販売点数減少率」により売上の増加・確保ができているといった内容のコメントや、「物価高が少しずつ当たり前の状態になりつつある」といったコメントもみられ、景況感の押下げ効果は年初から4~5月にかけて弱まりをみせていたことが分かる。
このように物価上昇への警戒感が和らぐ動きをみせるなかで、6月の電気料金の引上げ認可や8月のガソリン価格の上昇等により、コメントDIが低下する動きも生じた。こうした動きをより詳細に確認するため、「電気」又は「光熱」、「ガソリン」又は「燃料」といったキーワードのコメントDIとコメント数の動きをみてみる。まず、「電気」又は「光熱」についてみると、現状及び先行きともに年初から徐々にコメント数が減少しコメントDIが上昇していたが、5~6月の電力料金の値上げ申請に関する報道が増加した時期にコメント数が増加し、コメントDIも低下している(第2-1-7図(2))。また、「ガソリン」又は「燃料」については、激変緩和補助金の補助率引下げ後、ガソリン価格が上昇するなかでコメントDIが低下傾向で推移し、8月はコメント数が顕著に増加し、景況感の押下げに寄与した(第2-1-7図(3))。
足下では、2023年10月に食品の値上げ品目数が増加したため、8~10月にかけて「価」又は「値上」というキーワードを含むコメントDIの押下げ効果が再び大きくなり、物価上昇への警戒感が高まったが、11月には若干落ち着きを取り戻している。このように物価上昇への警戒感については、その時々の出来事に応じて一進一退の動きもみられており、今後もその動向に注意が必要と考えられる。
(賃上げと転嫁による好循環が景況感持続のカギ)
ここまで確認した今年の景況感に影響を与えてきた主要キーワードについて、「各コメントDIと全体のDIとの差分」に「コメントシェア」を乗じ、簡易的にその押上げ(押下げ)寄与をみることで景況感の構成を概観すると以下のとおりとなる。
人流回復に関連するキーワードの押上げ寄与は、年前半は高かったものが、夏以降はやや弱まりつつある。一方、物価上昇関連のキーワードの押下げ寄与は4月以降縮小したが、夏ごろに再度拡大、足下では縮小と一進一退の動きをみせている。物価上昇の押下げ寄与は、現状判断よりも先行き判断においてより大きくなっており、景気ウォッチャーの見方として先行きの警戒感が根強いことが分かる(第2-1-8図)。
以上のように、今年に入ってからの景況感は、コロナ禍からの経済社会活動の正常化局面で景況感が大きく改善した後、夏以降改善テンポに落ち着きがみられている。キーワードからみる足下の景況感は「(1)人流回復を背景に景況感を押し上げる力」と「(2)物価上昇への警戒感により景況感を押し下げる力」のバランスによって動きが形成されており、(2)の力は一進一退の動きながらも、大きなトピックがあると景気ウォッチャーは敏感に反応し、景況感押下げの動きが強まる。
今後、景況感の改善が持続するためには、価格転嫁によって利益確保の動きが確立され、安定的な物価上昇を上回る賃金上昇が続いていくことによる所得の向上や消費マインドの改善を通じて、(2)の力が弱まっていくことが重要となる。
ただし、賃上げや価格転嫁について、賃上げにより、消費行動がポジティブに動くことを期待、仕入価格の上昇分の価格転嫁が進み、値上げにより売上高は確保できているとの声が多くなっているなど、プラスに捉える前向きなコメントがある一方、賃上げに関しては地方や中小企業まで広がりをみせていないというコメントがみられることや、価格転嫁の動きについても業種によりバラつきがみられるというコメントがみられ、今後も注意深く動向をみていく必要がある。