第1章 第1節 地方への新たな人の流れの進捗状況と課題

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本節では、まず、感染症を契機とした人口移動の変化を確認する。その後、都市部から地方圏への新たな人の流れがもたらす個人と行政への影響について考察し、その上で、新たな人の流れの創出の鍵となる、多様で柔軟な働き方(テレワーク、副業等)の進展についてみていく。

1)感染症を契機とした人口移動の変化

(感染症の影響で東京圏の転入超過数は大幅に減少したが2022年に入り回帰の動き)

2000年代以降の東京圏の転入超過数(転入者数から転出者数を差し引いた数。転入超過数がマイナスの場合は転出超過を表す)の推移を俯瞰すると、おおむね景気変動に応じる形で増減していることが分かる(第1-1-1図)。2000年からリーマンショックの前年に当たる2007年までは増加基調にあったが、その後は2011年まで減少した。景気が谷を付けた2012年より再び増加し、転入超過数は2019年に14.6万人となった。2020年は感染症拡大の影響により9.8万人へと急減し、2021年も8.0万人と減少が継続したが、2022年に入り9.4万人(1~11月の合計値)に増加し、2020年と同程度の水準に回帰する動きとなっている。

東京圏全体の転入超過数を、東京都と近郊3県(埼玉県、千葉県及び神奈川県、以下同じ)に分けてみると、2019年以前には、2009年を除いた全ての年で、東京都の転入超過数が近郊3県の転入超過数を上回っていた。しかし、感染症拡大以降はこうした傾向が逆転し、東京都の転入超過数は、近郊3県の転入超過数を大きく下回る状態が継続している。

(感染症を契機とした新たな人の流れと過去に戻ろうとする動きが混在)

2020年以降に大きく減少した東京圏及び東京都の転入超過数は、幾つかの異なる人流変化によって生じている。これを示すために、東京都、近郊3県及び地方圏(東京都、近郊3県以外の道府県)の3地域間の人口移動について、感染症拡大前(2019年)、感染症拡大後(2021年)、直近(2022年1~11月)の3時点間で比較しよう(第1-1-2図)。

まず、感染症拡大前(2019年)の人口移動の状況は、地方圏から東京都への転入超過数が8.5万人、近郊3県への転入超過数は6.4万人、東京都から近郊3県への転入超過数は0.2万人となっていた。感染症拡大後(2021年)は、地方圏から東京都への転入超過数は4.6万人、近郊3県への転入超過数は3.5万人と、どちらも感染症前より減少した。他方、東京都から近郊3県への転入超過数は4.1万人と大きく増加した。感染症を契機として、地方圏から東京圏への移動が減少する一方で、東京都から近郊3県への移動が増加する新たな人の流れが生じていた。

次に、感染症拡大後(2021年)から直近(2022年1~11月)の変化をみると、地方圏から東京都への転入超過数は6.2万人と増加したが、近郊3県への転入超過数は3.6万人と横ばいの動きとなっている。東京都から近郊3県への転出超過数は2.3万人と減少したものの、感染症拡大前(2019年)の10倍程度となっている。このように、2022年に入ってからの人口移動は、過去に戻ろうとする動き(地方から東京)と新たな動き(東京都から近郊3県)が混在している。

(大阪圏は大阪府で感染症の影響で転出者と転入者の双方が減少)

次に、2000年代以降の大阪圏の転入超過数の推移を俯瞰すると、東日本大震災直後の2011年と2012年を除き転入超過数がマイナス(転出超過)の状態が継続していたが、近年では転入超過のマイナス幅が縮小傾向で推移し、感染症前の2019年には▲0.4万人まで縮小した(第1-1-3図)。

大阪圏全体の転入超過数を大阪府と近郊地域(京都府、兵庫県及び奈良県)に分けてみると、近郊地域は全ての年で転出超過となっているが、大阪府は2015年以降転入超過の状況が継続している。

近年転出超過から転入超過に状況が変化した大阪府について、転出者数と転入者数を個別にみると(第1-1-4図)、感染症拡大前の期間では、転入者数の増加により転入超過数(ネット)のプラス幅が拡大し2019年には1.1万人の転入超過となった。感染症拡大後の2020年は、転出者数と転入者数の双方が前年より減少する中で1.3万人と転入超過となった。2021年は、転出者数が感染症拡大前の水準に戻ろうとする動きをみせる中で転入者数の減少は継続し、0.6万人の転入超過とプラス幅が縮小している。

まとめると、感染症拡大を契機に、東京圏では東京都から近郊3県(埼玉県、千葉県及び神奈川県)への人口移動が活発化した。一方、大阪圏では大阪府で感染症の影響により転出者と転入者の双方が感染症拡大前より減少し、人口移動が停滞するような姿が観察された。

こうした感染症が地域間の人口移動に与えた影響の違いは、働き方の違いが関係しているのかもしれない。この点について第3項で既存のアンケート調査結果を用いて分析を深めたい。

2)地方移住の進展による個人・行政への影響

(多様な働き方と地方移住の進展によって可処分時間の増加に期待)

感染症を契機に生じた都道府県をまたぐ人口移動の変化をきっかけとして、地方移住が進展し、都市部から地方圏へ新たな人の流れが創出された場合、個人や行政にどのような影響があるか考察してみたい。

まず、個人への影響という観点から、都道府県別にフルタイム有業者の平均通勤時間を確認すると、東京通勤圏と大阪通勤圏の平均通勤時間は、全国平均より長い(第1-1-5図)。また、平均可処分時間(1日のうち、食事、睡眠、趣味・娯楽等に充てられる時間)を確認すると、東京通勤圏と大阪通勤圏は全国平均より短く(第1-1-6図)、個人にとっては、地方移住によって可処分時間の増加という効果が期待される2。可処分時間の増加は、ワークライフバランスの充実とともに、リスキリング(学び直し)の機会となる可能性もあり、個人にとってはこうしたメリットが期待される。

(コンパクトなまちづくりを進めることで行政コスト低下が可能)

行政への影響について考えると、人口密度が高いほど一人当たり行政コストが低くなる関係が指摘されており3、人口集積を進めコンパクトなまちづくりをすることで課題を解決できる可能性もある。

まず、人口密度が高い地域であるDID(人口集中地区)4を有する市町村を対象に、総人口のうちDID内に住む人口の比率(DID人口比率)の推移を都市階級別に整理し、全国の自治体で人口の集積が進んでいる様子を確認した(第1-1-7図(1)~(4))。

はじめに各都市区分の2020年のDID人口比率を確認すると、大都市が95.1%と最も高く、小都市B・町村では50.3%と最も低い。総じてDID人口比率は、市町村の規模が小さくなるほど低下している。2010年から2020年までのDID人口比率の変化をみると、同比率は全ての都市区分で上昇し、上昇幅は小都市Aが最も大きく+2.7%ポイントである。次いで小都市B・町村が+2.0%ポイント、中都市では+1.8%ポイント、大都市は上昇幅が最も小さく+0.7%ポイントとなっている。

各都市区分のDID人口比率の変化の背景を、DID内外の人口と総人口の動きによって確認すると、大都市と中都市では、総人口が増加ないしは横ばいとなっているが、DID内の人口が増加し、DID外の人口が減少したため、比率が上昇している。小都市Aと小都市B・町村では、DID内の人口はほぼ横ばいであるが、中山間地域といったDID外の人口が減少したことから比率が上昇している。

次に、前項で用いたDIDを有する市町村のデータによって、DID人口比率と行政コストとの関係を確認する。

まずDID人口比率と行政コスト(住民一人当たり歳出額)の関係をみると(第1-1-8図(1))、DID人口比率が高い市町村ほど、行政コストが低い傾向がみられる。回帰直線から得られる係数によれば、仮にDID人口比率が10%上昇すれば、行政コストは4%ほど減少する関係にある。

続いて同じDID人口比率の市町村であっても、DID内の人口密度がより高い市町村の方が人口の集積は進んでいると考えられることから、DID人口密度と行政コストとの関係についても確認した(第1-1-8図(2))。DID人口密度が高い自治体ほど行政コストは低い傾向にあることに加えて、DID人口密度が低い自治体ほど、集住が進んだ場合の行政コストの低下幅が大きくなる傾向もみられる。DID人口密度については、小都市・町村の方が大都市・中都市に比べ相対的に低くなっており、小都市・町村の方が人口集積による行政コストの削減効果が大きいことが分かる。単純な回帰分析の結果から試算を行うと、DID人口密度が4千人/km2から5千人/km2になった場合、行政コストは7.0%程度減少するが、3千人/km2から4千人/km2になった場合、行政コストの減少率はより大きく8.9%程度となる5

(新たな人の流れが定着することで自治体の財政力向上にも寄与)

最後に、自治体の歳入面への影響について、自治体の人口規模と財政力指数6の関係を確認すると(第1-1-9図)、人口規模が大きくなるに従い地方税収が増加し、財政力指数が向上する関係にある。また、自治体の規模別に歳入総額に占める地方税収の割合をみると(第1-1-10図)、人口が1万人以下の町村の6割程度が歳入に占める地方税収の割合が10%未満となっており、小規模自治体では歳入に対する地方税のウエイトが相当低くなっている。このように、中長期的に地方圏の自治体の財源を確保するという観点からも、都市部から地方圏への新たな人の流れの創出・定着は重要な課題といえる。

3)地方移住の鍵となる多様な働き方の広がり

(地方移住にあたって「仕事と収入」は大きな懸念事項)

感染症を契機として、地方移住への関心が社会的に高まりつつある。既存のアンケート調査の結果をみると(第1-1-11図)、感染症拡大前は地方移住に関心があると回答していた者は25.0%だったが、感染症拡大後は地方移住に関心があると回答した者は30%を超え、直近の調査(2022年6月)では34.2%まで上昇しており、おおむね3人に1人は地方移住に関心があるという結果になっている。

このように感染症を契機に地方移住に対して関心が高まる一方で、地方移住に関心がある人のおよそ半数(50.2%)が、具体的に移住を実行に移そうとした場合の懸念として「仕事や収入」をあげている(第1-1-12図)。

実際に一定期間、地方移住を行い、地域への定住・定着を図る取組を行っている「地域おこし協力隊」7の定住状況からも、こうした地方移住への懸念がうかがえる。これまで(2009~2021年度累計)、任期を終えた隊員8,082人のうち、5,281人(65.3%)が活動地域で起業・就業を行うことで定住している8第1-1-13図(1)(2))。一方で、移住・交流促進機構が行った隊員へのアンケート調査結果をみると、任期後に活動地域で定住しない理由は「地域で仕事を見つけることが難しい」が最も多かった(第1-1-13図(3))。このように「地域おこし協力隊」へのアンケート調査結果をみても、地方移住にあたって「仕事や収入」は大きな懸念事項となっている。

したがって、今後地方への移住が一段と社会に広まるには、移住先での起業・就業の他に、テレワークの活用による「転職なき移住」が可能となる、あるいは、副業を通じた居住地以外の地域の経済活動へ参画するなど、多様で柔軟な働き方が社会に浸透し、稼得機会が多様化することで、「仕事や収入」に対する懸念が軽減されることが、重要な課題と考えられる。

(テレワークは定着しつつあるが、地方の特に中小企業の事務職で実施率が低い)

そこで、仕事を変えずに転居が出来ることにつながるテレワークの実施状況をみると、2020年以降の感染症の拡大を契機として、テレワークは定着しつつある(第1-1-14図)。全国のテレワーク実施率の推移を追うと、2019年12月には10.3%であったが、2020年5月には27.7%まで上昇した。その後、2020年12月はやや低下したものの、2021年4-5月には再び上昇し、2022年6月の実施率は30.6%となっている。

一方、地域別の実施率を比較すると、東京都23区の2022年6月の実施率が50.6%であるのに対し、地方圏は22.7%となっており、実施率には地域差がみられる。

なお、東京都23区でテレワークを実施したと回答した者のテレワーク実施頻度をみると9、大半は定期的に出勤を行っていると回答している。こうした定期的な出勤を伴うテレワークの増加は、東京都23区から近郊3県(埼玉県、千葉県、神奈川県)への移動者増の一因となっている可能性も考えられる。ただし、「ほぼ100%テレワーク」と回答した者は10.9%に留まっており、「転職なき移住」も可能となる働き方の変化があった就業者は一部に限定されているようである。

次に企業規模・職種別でテレワーク実施率を確認する。東京圏と東京圏以外の地域ともに、大企業(従業員数300人以上の企業)と中小企業(従業員数300人未満の企業)でテレワーク実施率に大きな差がみられる(第1-1-15図)。

職種別についてみていくと、回答者数が少ないことから蓋然性は高くない職種もあるものの、東京圏の大企業では、感染症拡大後に比較的テレワークの実施が進んだと考えられる職種10(事務職、IT・法務・デザイン等の技術職)の実施率が60%を超えている。これらの職種について東京圏以外の地域の状況を確認すると、IT専門職の実施率は65%を超えているが、特に中小企業で事務職と法務・デザイン等の技術職の実施率が依然として低く、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方が地方まで広がりをみせていない。

(地方移住への関心が高い人ほど副業を実施、副業規制緩和が後押しする可能性)

副業の実施状況と地方移住への関心の程度との関係をアンケ―ト調査の結果によってみると、地方移住への関心が高い人ほど副業を行っており、副業に対する関心も強い傾向がみられる(第1-1-16図11。地方移住に全く関心がない回答者の場合、副業を行っている比率が9.5%、副業に関心があるが、行っていないとした比率が40.5%であるのに対して、地方移住に関心があると答えた回答者の場合、副業を行っている比率は15.1%、副業に関心があるが、行っていないとした比率は67.1%となっている。

副業への関心と実施状況をみると、副業を実施している人は東京圏で13.5%、東京圏以外の地域で13.1%、副業に関心があるが実施していない人の割合は、東京圏で53.1%、東京圏以外の地域で52.1%となっている。東京圏でも東京圏以外の地域でも、副業を実施している人は13%程度であるが、半数以上の回答者が副業に関心があると答えている(第1-1-17図(1))。

続いて、企業規模別に勤務先で副業が禁止されていると回答した割合をみると、東京圏と東京圏以外の地域のどちらも、企業規模の大きい勤務先の方が、小さい勤務先に比べて、副業を禁止している割合が高い(第1-1-17図(2))。テレワークの場合には、中小企業の実施率が低かったが、副業の場合には、大企業の方が中小企業よりも副業を禁止する傾向がみられる。

内閣府(2021b)によると、地方移住の希望者に対するアンケート調査の結果として、40%程度の移住希望者が、移住先で本業を行い東京圏で副業を行う、あるいは移住先で副業を行い東京圏で本業を行うといったように、東京の仕事と地方の仕事を副業によって掛け持ちするような働き方を希望している。

副業規制の緩和について、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成・改定し、ルールの明確化を図っている12。また、経済団体連合会のアンケートによると、社外での副業・兼業を「認めている」とした回答企業割合は、2020年の50.6%から2022年に66.7%へと上昇し、「認める予定」と回答した企業を含めると83.9%になり、副業を促す動きが加速している13。今後、こうした動きに沿って、多様で柔軟な働き方(テレワーク・副業等)がより浸透することによって、地方移住における「仕事や収入」に対する懸念の軽減し、地方移住が活発化していくことが期待される。

(コラム1:副業とリスキリング)

副業のメリットには、前述のように、多様な働き方の実現によって居住地の選択肢が広がり、地方移住に対する関心が高まる可能性があるだけでなく、リスキリング(学び直し)に対する意識が高まることも挙げられる。アンケート調査の結果によれば、副業を行っている人は、リスキリングに取り組んでいる割合が高い傾向がみられる(コラム1-1-1図)。

調査結果によれば、副業に関心がなく、(副業を)行っていない人のうち、何らかのかたちで学び直しに取り組んでいるのは15.2%であり、残りの84.8%は学び直しを何もしていない。また、副業に関心があるが、行っていない人のうち、何らかの学び直しを行っている人は31.1%、何もしていない人は68.9%となっている。

一方、副業を行っている人の場合、専門知識等を生かす目的で副業をしている人は、半数を超える65.2%が学び直しに取り組んでおり、何もしていない人は34.8%である。収入目的で副業をしている人は、43.0%が学び直しを行っており、何もしていない人は57.0%になっている。既存の調査において、わが国の社会人は自己学習に取り組む割合が低いとの指摘がみられるが14、副業には人を学び直しに向かわせる可能性が示唆される。

副業に付随するその他のメリットとして、生活の満足度を高める可能性がある。アンケート調査によれば、特に専門的知識等を活用する目的で副業をおこなっている人は、そうでない人よりも社会とのつながりに関する生活満足度が高い傾向がみられる(コラム1-1-2図(1))。生活満足度の評価(10点満点)の結果をみると、就業者全体が5.5点であるのに対し、専門的知識等を活用する目的で副業を行っている人は5.9点となっており生活満足度は高い。他方、副業に関心があるが副業をおこなっていないと回答した人の平均点は5.3点であり、就業者全体を下回っている。

上述の比較では、回答者の個人属性によって、副業のメリットが正しく評価できない可能性があるため、個人属性(収入、性別、年齢及び職種)の影響をコントロールして分析したところ、専門的知識等を活用する目的で副業を行っている人は、満足度について高い点数(6点以上)を回答する確率が8%ほど高く、副業に関心があるが副業を行っていない人は、高い点数を回答する確率が5%ほど低い結果となった(コラム1-1-2図(2))。

以上のように、副業を行うことは収入を得るといった経済的メリットだけでなく、本業以外の場で専門的知識等を発揮することを通じて、社会とのつながりに関する生活の満足度を高める効果を持つといえよう。

(コラム2:時間や場所にとらわれない働き方に取り組む企業の事例)

ここでは、時間や場所にとらわれない働き方に取り組む複数の企業に対して、ヒアリング調査を行った結果を紹介する15。感染症の影響が続く中にあって、順調に取組みを進めている企業がある一方、新たな課題に直面している企業もみられるが、いずれの企業も先進的な取組みを継続しており、多様な働き方が企業の現場において次第に浸透しつつある様子がうかがえる。

A社(都市部の人材と地方企業を「副業」でマッチングするサービスを展開)

●都市部の「副業」希望者は増加、地方企業側の労働需要の掘り起こしに課題

プロフェッショナルな人材に特化したビジネスマッチングサービスを展開しているA社は、業務委託、派遣、紹介という形態で即戦力となる外部人材を様々な企業に供給し、企業の経営課題の解決を支援している。こうした活動の一環として、同社はキャリアアップや地域貢献の機会を得たい都市部の人材と人材が不足する地方企業を、「副業」でマッチングするサービスに力を入れている。

地方への展開強化として、地方自治体、地域金融機関等と提携及び事業連携を行い、全国で副業人材マッチングを実施している。副業希望の登録者は、2020年4月に約3千人であったが、2021年8月には、約6千5百人と倍増し、2022年9月の登録者数は1万人まで増加している。一方、副業を募集する地方企業がA社のサイトに掲載する求人数も増加傾向にあり、2022年6月には1千件超となっている。

A社によれば、副業人材を募集する地方企業への平均応募者数は1つの募集に対して18人となっており、地方で副業を希望する者という「求職」に対して、地方企業からの求人需要が少ない状況にある。こうした背景には、地方企業が人材不足を解決する選択肢として副業人材の活用に思い至らない場合や、副業人材の活用方法がわからない等の課題があるとA社はみており、今後も地方の自治体や金融機関と連携を行いつつ、都市部の人材と地方企業と間に立ち、副業人材のマッチング事業を進めていく考えである。

h社(居住地を問わず、全国から在宅勤務可能な専門エンジニアを採用)

●拠点オフィスの無い地域からも採用を進め、全国から優秀なエンジニアを確保

ソフトウェアの品質保証等を手がけるh社は、感染症の拡大を受けて、2020年の春以来、従業員が在宅勤務で社内環境と同等の情報セキュリティレベルを維持しながら、多様なライフスタイルの実現とより高い生産性を目指せる業務環境の整備を行った。また、居住地を問わず、入社後に在宅勤務で働き続けるエンジニアの採用を始め、入社者には、在宅ワークの業務環境整備のため、在宅勤務環境応援金として100万円を会社が負担する採用施策なども実施した。

こうした取組みを継続しながら、h社の在宅勤務割合は、2020年春頃の75%程度をピークに、2022年の夏まで平均的に6割前後の水準を維持している。また、在宅業務を行うことを前提に、拠点オフィスの無い地域からの採用も積極的に進めたことにより、日本全国の優秀なエンジニアの採用が可能となった。在宅勤務が社内で一般化したため、感染症が拡大する以前には、社員の大部分が拠点オフィスに通勤可能な範囲内に居住していたが、2022年には従業員の居住地が国内の37都道府県にまで広がっている。

長期的な視点でみても、在宅勤務が定着することは、従業員がライフステージの変化の中で、例えば子育てや介護などのために居住地を変える場合や、いわゆるⅠターンやJターンのように故郷やその近郊で働くことを望んだ場合に、企業として柔軟な対応が可能となり、より継続的に従業員が活躍することができると考え、新しい働き方への期待を強めている。

i社(転居せずにオンラインで異動先の業務をこなす新しい転勤を導入)

●女性を中心に仕事と家庭の両立に成果があった一方で、顧客・同僚とのリアルなネットワーク構築に課題

オフィスビルや商業施設の運営・管理を行うi社は、転居を必要とした異動(すなわち転勤)をせず、遠隔地から行う新たな転勤制度の導入を進めている。営業担当の女性を中心に、リモートワークを活用し、これまで現地でしか対応できないとされた業務を見直す等の実証実験を重ね、2021年度より一部を制度化した。

これまでに数名の従業員が新たな転勤制度に参加した結果からは、i社にとって制度の課題もみえはじめている。例えば、この制度を使用し、リモートによって新しい転勤先の業務を遂行する場合、顧客や転勤先の同僚との間で人間関係を構築することが、従来のように実際に転勤を行うことに比べて難しく、転勤者本人や周囲の人間にとっての負担となりやすい。i社はこうした課題について、適宜出張などを行うことで、リモートに並行してリアルでの関係性の構築も行うことが必要と考えている。また、上司や同僚など周囲の制度への理解や、顧客理解を得ることなども、制度の利用のしやすさに大きく影響するとみている。i社ではこの制度を全社員が利用可能としていることから、業務の特性上リモートワークが難しい管理職などの従業員にも対象を広げることができるよう、今後も制度の運用法をブラッシュアップしていく予定である。


脚注2 例えば、東京都から北海道への地方移住が実現すれば、週3時間弱(平日1日当たり33分)の可処分時間の増加が見込める。
脚注3 内閣府(2021a)によれば、人口密度と行政コストとの間には、人口密度が高いほど一人当たり行政コストは小さくなる傾向があることが指摘されている。その他の人口集積のメリットとしては、内閣府(2012)が、都道府県及び政令市のデータにより、人口密度の高い地域ほど、労働生産性が高い傾向にあることを指摘している。
脚注4 DID(Densely Inhabited District:人口集中地区)とは、原則として人口密度1平方キロメートル当たり4,000人以上の基本単位区等が市区町村の境域内で互いに隣接して、それらの隣接した市域の人口が調査時点で最新の国勢調査時に5,000人以上を有する地域のこと。「令和2年国勢調査」(総務省)によると、我が国では、DIDの人口は8,829万人(総人口の70.0%)、その面積は国土の3.5%となっている。これは、換言すると、総人口の7割が国土の3.5%の地域に集中していることを意味し、DIDの人口密度は1km2当たり6,663人に及んでいる。
脚注5 図中の全市町村の回帰線の結果(lny)=-0.32lnx)+6.6565)を用いれば、DID人口密度が3千人/km2の場合の住民一人当たり支出額は548千円-①、4千人/km2の場合には499千円-②、5千人/km2の場合には464千円-③と試算されることから、①から②の支出額の変化は499/548×100-100 = ▲8.9(%)、②から③の支出額の変化は464/499×100-100 = ▲7.0(%)。
脚注6 地方公共団体の財政力を示す指数で、基準財政収入額を基準財政需要額で除して得た数値の過去3年間(2018~2020年度)の平均値。自治体の標準的な行政経費を、どの程度地方税等の収入でまかなえているかを示す指標であり、財政力指数が低くなるに従い地方交付税への依存度が高まる関係にある。
脚注7 「地域おこし協力隊」とは、都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を異動し、生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱。隊員はおおむね1~3年の任期中に、地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民への生活支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る取組である。総務省が、地域おこし協力隊に取り組む地方公共団体に対して、特別交付税措置等の支援を行っている。
脚注8 感染症拡大後の2020年度は、1,557人が任期を終え、1,167人(75.0%)が活動地域に定住している。
脚注9 東京23区でテレワークを実施した回答した50.6%の内訳は、「1.テレワーク(ほぼ100%):10.9%」、「2.テレワーク中心(50%以上)で、定期的に出勤を併用:13.9%」、「3.出勤中心(50%以上)で、定期的にテレワークを併用:13.3%」、「4.基本的に出勤だが、不定期にテレワークを利用:12.4%」となっている。
脚注10 内閣府(2021a)によれば、感染症拡大前後の1年間(2019年12月から2020年12月にかけて)で、技術者、企画・販促系の事務職、IT関連の専門職で20%ポイント以上テレワーク実施率が上昇したことが指摘されている。
脚注11 内閣府(2022)では、地方移住して起業した人は、起業準備段階では、副業を実施していた確率が高いことや、社会課題解決や地域貢献への意識も高いことが指摘されている。
脚注12 厚生労働省では、副業・兼業に関して、2018年1月に、企業や労働者が現行の法令のもとでどういう事項に留意すべきかをまとめたガイドラインを作成するとともに、モデル就業規則を改定して労働者の遵守事項である「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。」という規定を削除し、副業・兼業について規定を新設した。その後も、2022年7月に、労働者に対して副業・兼業に関する情報開示を推奨するようガイドラインの改定を行っている。
脚注13 経団連が会員企業に行ったアンケート調査(調査機関2022年7月28日~8月25日、回答企業数275社)。本文の数字はこのうち常用労働者数5000人以上の企業(87社)の調査結果。
脚注14 リクルートワークス研究所(2018)によれば、日本の雇用者のうち自己学習の実施割合は33.1%とされている。また、経済産業省(2022)によれば、社外学習・自己啓発を行っていない人の割合は46%と諸外国に比べて高いことが示されている。
脚注15 具体的には、2021年8月にヒアリング調査を行い、内閣府(2021c)で取り上げた企業のうちの数社を対象に、前回のヒアリング内容を踏まえた上で、その後も取り組みを継続した結果、どのような課題や成果が現れたかについて、聞き取り調査を行った(調査時点2022年7月)。昨年からの進捗状況が把握できるよう、社名のアルファベット表記は内閣府(2021c)と同様としている。
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