第3章 第1節 健康と経済活動

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本節では、地域の健康度を包括的に表す指標を概観した上で、健康が経済活動にどのような影響を及ぼすか、具体的には、健康度と有業率や労働生産性との関係、健康が地域の総生産に与える影響、また、健康長寿を新たな需要として捉えて地域の価値向上を図る取組についてみていくこととする。

(地域の健康度を示す指標)

健康度に関する指標として、ここでは、包括的に健康度を把握することができ、かつ、都道府県別データが入手できるという観点から、平均寿命、健康寿命、主観的健康度を用いることとする(第3-1-1表)。

平均寿命は、国際比較を始めとして、ある地域における包括的な健康度を示す客観的な指標として、長年使われてきた16。一方で、世界保健機関(WHO)が2000年に健康寿命という新たな定義を提唱してから、単に長生きするだけでなく、いかに健康的に長生きするか、が重視されるようになってきた。我が国においても、国民健康づくり運動を推進する基本的方向性を示した「健康日本21(第二次)」(2012年)や「日本再興戦略」(2013 年6月閣議決定)などで、健康寿命の延伸が掲げられる等、健康増進政策の方向性や目標として健康寿命が位置付けられるようになってきた。健康寿命の定義には様々なものがあるが、現在、我が国では、健康寿命の政策指標として、「日常生活に制限のない期間の平均」17が用いられており、身体的要素、精神的要素、社会的要素を総合的に包含して「健康」という状況を表していることから、ここでも、本指標を中心に地域の健康度をみていくこととする18

主観的健康度は、自らの健康状態に関する質問への回答を指数化したものである。各個人は自身の総合的な健康状態についておおむね把握していると考えられること、また、健康についての自覚は他の因子をコントロールした上でも、客観的な健康度よりも強く死亡率と相関するという研究19もあり、主観的健康度も地域の健康度を測る上で参考になる指標として用いることとしたい。

(ともに延伸している平均寿命及び健康寿命)

まず、平均寿命及び健康寿命の推移をみると、平均寿命については、2001~2016年にかけて、男性は78.07年から80.98年に、女性は84.93年から87.14年に延伸した。健康寿命についても、同期間に男性は69.40年から72.14年に、女性は72.65年から74.79年に延伸している。平均寿命及び健康寿命の双方について、男女ともに着実に延伸しており、医療の進歩や健康志向の高まり等により日本人の健康度は上昇している(第3-1-2図)。男女別にみると、男性よりも女性の方が平均寿命及び健康寿命共に長い。ただし、女性については、健康寿命自体は男性より長いものの、平均寿命がそれ以上に長いため、日常生活に支障が出る期間(平均寿命-健康寿命)も長くなっている。

(都道府県間の平均寿命及び健康寿命の差は縮小)

平均寿命を都道府県別にみると、男性では、最長の滋賀県では81.78年であるのに対し、最短の青森県では78.67年と最大3.11年の差がある(第3-1-3図)。女性は都道府県間の差が男性に比べて小さく、最長は長野県及び岡山県の87.67年となっているのに対し、最短は青森県の85.93年でその差は1.74年である。

次に健康寿命を都道府県別にみると、男性については都道府県間の差が縮まり、最長が山梨県の73.21年となっているのに対し、最短が秋田県の71.21年となっており、差は2.00年である(第3-1-4図)。他方、女性については健康寿命になると都道府県間の差が広がり、最長が愛知県の76.32年となっているのに対し、最短は広島県の73.62年であり、差は2.70年である。

平均寿命という点からみても、健康寿命という点からみても、都道府県間ではばらつきがみられる。ただし、都道府県間の地域差(最長の都道府県-最短の都道府県)は、平均寿命については、2000年では男性3.23年、女性2.32年であったが、2015年では男性3.11年、女性1.74年、健康寿命については、2001年では、男性3.98年、女性3.44年であったが2016年には男性2.00年、女性2.70年と、地域差は縮小傾向にある20

(主観的健康度はおおむね普通からやや良い)

次に主観的健康度について都道府県別にみていく。主観的健康度の全国平均は3.45で、最大が3.51の山梨県、最小が3.36の秋田県となっている。主観的健康度は3が普通、4がやや良いという判断になることから、各都道府県で主観的健康度はおおむね普通からやや良いと言える(第3-1-5図)。

(健康度と社会参加には一定の関係が存在)

健康度が地域の経済活動に与える影響として、人々の健康度、特に中高年の健康度が高まれば、働くこと等を通じて社会に参加する人が増えるという効果が考えられる。そこで、都道府県別データを用いて健康寿命と社会参加の一つの指標として有業率の関係についてみると、健康寿命と有業率には正の相関関係がみられた(第3-1-6図)。

また、年齢層による違いをみるために、健康寿命と15~49歳及び50歳以上の年齢階級別の有業率の関係をみると、いずれも正の相関関係がみられ、後者の方が前者に比べて相関は強くなっている(第3-1-7図第3-1-8図)。さらに、主観的健康度についても同様の相関関係がみられた(第3-1-9図)。

また、人々の健康度が高まれば、働く人のパフォーマンスが高まり、病気による欠勤がなくなる等、労働生産性が向上するという効果が考えられる。そこで、主観的健康度と労働生産性の関係をみると、こちらも正の相関関係がみられる21第3-1-10図)。

なお、都道府県別というデータの特性から、労働生産性には、産業構造の違い等様々な社会的要因が影響しているとみられる22 。また、有業率等の社会参加においても、女性における結婚・出産といったライフイベントの就労への影響、労働生産性では学歴や経験年数といった要因の影響も大きいと考えられる。

一方で、健康度が労働に与える影響を、健康以外の要因を考慮しながら分析した研究では、男性については健康状態の悪化は無職となる確率を上昇させるとともに、労働時間を減少させる効果があるという指摘23や、賃金率が低下することも確かめられている24

(健康度の高まりによって県内総生産が増加)

それでは、健康度が生産に影響を与える可能性についてみていく。以下では、健康が県内総生産に与える影響についてモデル分析を行う。Bloom et al.(2004)は、コブ・ダグラス型の生産関数に人的資本の一部として健康(平均寿命)を取り込んでパネルデータ推計を行ったところ、平均寿命の1年の延伸が国内総生産を4%増加させるという結果を得ている。このモデルを参考に、都道府県データを用いて、健康が県内総生産に影響を与えるかについて、分析することとする。データの制約上、パネルデータ分析は難しいことから、1時点のデータを用いて推計を行う。労働ストック、資本ストック、教育年数及び経験年数でコントロールしながら、県内総生産と健康度(健康寿命)の関係を推計すると、両者には統計的に正に有意な関係がみられた。他の条件が一定であれば、より健康度が高い地域ほどより県内総生産が高い傾向にあると言える。

(健康度の高まりによって県内総生産が増加)

これまでみてきたことからは、地域で暮らす人々の健康度が高まれば、職を持つ人が増加し、労働者個人の生産性が向上する等により、労働力の量及び質が向上し、各地域の総生産を押し上げる可能性があることがうかがえる(第3-1-11図)。

(健康長寿による地方創生の取組)

高齢化が進むなかで、「健康」を将来的に増大する需要として積極的に捉え、地域活性化を図ろうという取組も進んでいる。「第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2019年12月閣議決定)では、地域の「稼ぐ力」や「地域価値」の向上を図る「稼げるまちづくり」を推進していくこととしている。健康長寿のまちづくりは、まち全体の「地域価値」の向上により、稼げるまちづくりの実現につながることから、地方都市においては、地域資源を活用し、ハードとソフトが連携した官民協働の取組を進めている。

また、稼げるまちづくりの取組事例集「地域のチャレンジ100」では、地方都市における健康長寿をテーマとした稼げるまちづくりとして、事例が紹介されている(第3-1-12表)。


脚注16 国際的に健康度を比較する際に平均寿命を用いる研究は複数存在している(Barro(1996)、Bloom et al.(2004)等)。
脚注17 「健康日本21(第二次)」では、主指標が「日常生活に制限のない期間の平均」、副指標が「自分が健康であることを自覚している期間の平均」とされている。
脚注18 「日常生活に制限のない期間」は、3年毎に実施される国民生活基礎調査の自己申告の回答を基に算出されているため、より客観的な指標が必要、毎年算出すべき、との指摘がある。厚生労働省の「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」報告書(2019年3月)では、現行の指標を「健康」という状態を表す指標としては妥当と考えられるとしつつ、今後、補完的指標として、介護保険データも用いた要介護2以上を「不健康」と定義した「日常生活動作が自立している期間の平均」を活用する、としている。
脚注19 例えば、「自覚的健康」と死亡危険度に関する代表的なサーベイ研究として(Idler and Benyamini(1997))がある。
脚注20 ばらつきを標準偏差でみると、平均寿命については、2000年の男性が0.32、女性が0.19、2015年の男性が0.33、女性が0.16となっている。健康寿命については、2001年の男性が0.76、女性が0.52、2016年の男性が0.26、女性が0.42となっており、健康寿命については都道府県間のばらつきが縮小している。
脚注21 なお、健康寿命と労働生産性についてはこうした関係はみられなかった。
脚注22 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)『地域の経済2018』による。
脚注23 濱秋・野口(2010)。
脚注24 湯田(2010)、上村・駒村(2017)及びJackle and Himmler(2010)。
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