第2章 第1節 景気回復が続く地域経済と地域金融の動向
まずは、今回の景気回復局面における地域の経済の現状とともに、地方銀行6を中心に地域金融の動向について概観する。
1)地方へと波及する景気回復
(地域差が小さい今回の景気回復)
我が国経済の直近の谷7である2012年11月以降の地域経済の特徴をみると、実質GDPについては、2013年度に各地域でプラス成長となった後、2014年度には消費税率の引上げの影響で個人消費が落ち込んだことから一時的に多くの地域でマイナス成長となったものの、2015年度には再びすべての地域においてプラス成長となり、2016年度も多くの地域においてプラス成長で推移している(第2-1-1図)。
今回の景気回復局面における特徴の一つとして、地域ごとのばらつきが小さいことが挙げられる。第1章でみたとおり、民間企業における景況感は、リーマンショック後の2009年を底に各地域とも改善傾向となっており、2014年以降は多くの地域において、業況が良いと判断する企業が上回る状況が続いている(第1-1-1図参照)。また、雇用状況について、有効求人倍率の動きをみても、2000年代の景気拡張期には、地域ごとで倍率の上昇にばらつきがみられたが、今回の景気回復局面においては、すべての地域で倍率が1倍を超えて推移しているなど改善がみられている(第1-2-1図参照)。日本の景気循環において、2001年以降には、2回の景気拡張期8があり、現在は3回目の景気回復局面を迎えている。それぞれの拡張期における各地域の実質経済成長率(前年度比)の平均値をみると、2002~2007年度の間における経済成長率の平均では、東海(2.8%)や北関東(2.6%)で大きなプラス成長となっている一方、北海道(▲0.2%)ではマイナス成長となっており、地域ごとのばらつきが大きい(第2-1-2図(1))。また、2009~2011年度までの間における経済成長率の平均値をみても、四国や北関東で1.0%以上のプラス成長となる一方、東北(▲0.4%)、北海道(▲0.1%)、北陸(▲0.0%)ではマイナス成長となり、また、ばらつきも大きくなっている(第2-1-2図(2))。これらと比較して、今回の景気回復局面における2013~2016年度までの経済成長率の平均値は、各地域とも0.4~1.4%のプラス成長の範囲内にあり、前回、前々回の景気拡張期と比べて、相対的に地域差は小さくなっている9(第2-1-2図(3))。
(景気回復に安定して寄与した設備投資)
このように、今回の景気回復局面においては、回復の効果が各地域に広く波及しているなか、雇用や所得環境の改善、高水準にある企業収益等を背景に個人消費や設備投資といった内需が経済成長をけん引しており、輸出に依存した外需主導とはなっていない10。そのことが、地域ごとの輸出依存度の違いによる影響を緩和し、地域ごとの差を縮小させた要因の一つとして考えられる11。2000年以降の景気拡張期における実質GDP成長率の項目別内訳の寄与度をみると、今回の景気回復局面が始まった2012年度を起点とした2016年度までの期間において、いずれの地域においても、民間企業設備投資がプラスとなっているとともに、地域ごとに程度の差はあるものの、過去の景気拡張期と比べて相対的にプラス寄与の割合が大きく、全国的に安定して経済成長に寄与している12(第2-1-3図)。
そこで民間企業における設備投資額の推移をみると、大企業、中小企業共に、リーマンショックが起きた2008年度に前年より大きく低下したものの、以降はおおむね増加傾向にある。特に、中小企業については、2011~2016年度に掛けて大企業よりも高い伸び率で増加しており、2018年度時点において、80~90年代に掛けてのバブル景気時に並ぶ水準にある(第2-1-4図)。一方、設備投資の原資にもなり得る企業収益の状況をみると、売上高経常利益率は、大企業、中小企業共に、リーマンショックが起きた2008年度に大きく低下したものの、以降においてはおおむね上昇傾向にあり、2018年度時点において、2000年代の景気拡張期やバブル景気時の水準を超えている(第2-1-5図)。
ただし、大企業と中小企業では、企業収益の水準に大きな差がみられるなか、リーマンショック後の10年間でみると、中小企業は大企業に匹敵する増加率で設備投資額が増加している13。中小企業は大都市以外の地方における経済の中心的な担い手であり14、中小企業における活発な設備投資が、各地域の経済を広く押し上げていると考えられる。
(設備投資の背景にある設備の老朽化と人手不足)
それでは、今回の景気回復局面において、地域経済の主要な担い手である中小企業の設備投資が増加しているのはなぜだろうか。中小企業が設備投資を行う目的についてみてみると、設備の代替が最も多く、次いで国内向けの増産・販売力増強、さらに、維持・補修や合理化・省力化が多くなっている(第2-1-6図)。
背景として考えられる理由の一つは、中小企業における設備の老朽化である。中小企業については、80~90年代に掛けてのバブル景気時に設備投資額が大きく伸びたが、その後は、景気拡張期においても大きく伸びることはなかった(前掲第2-1-4図)。一方、大企業については、2000年代の景気拡張期に設備投資を大きく伸ばしており、中小企業については、大企業に比べて設備の老朽化が進んでいることが推察される。そのことが今回の景気回復局面において、中小企業における設備の代替や維持・補修といったメンテナンスが進んだ要因の一つとして考えられる。
また、合理化・省力化といった目的が増加しており、人手不足問題の深刻化が考えられる。第1章でもみたとおり、日銀短観において企業の雇用判断DIの動きをみると、2008年のリーマンショック後の2009年前半をピークに、人員過剰から人員不足へとDIは低下傾向が続いている(第1-2-6図参照)。人口減少・少子高齢化を背景として、特に中小企業においては人手不足感が強まっており、こうしたことが、企業活動における合理化や省力化に資する設備投資を増やしていることが考えられる。
2)景気回復を後押しした地域金融
このように、今回の景気回復局面においては、各地域が総じて回復傾向にあり、GDPの需要項目のうち、特に、民間企業設備投資が安定して寄与しているが、こうした企業の設備投資を支える資金についてはどのように調達しているのだろうか。既にみたように、近年、企業収益が改善しているなか、大企業では、大幅な収益改善に伴う内部留保を利用できるが、中小企業については、大企業ほどの収益改善とはなっていないことから、相対的に内部留保の利用は限られる(第2-1-7図)。このため、中小企業が設備投資を行うための資金を確保する手段として、金融機関による間接金融が大きな役割を果たしている可能性が考えられる。以下では、地方銀行を中心に金融機関による企業への資金供給の動きをみていきたい。
(地方銀行の融資は堅調に推移)
企業の資金調達環境について、日銀短観における金融機関の貸出態度判断(数値が大きい方が貸出態度が緩い。)をみると、大企業、中小企業共に、リーマンショック後の2009年第1四半期を底に上昇傾向となり、大企業では2010年第1四半期、中小企業では2011年第1四半期にはDI値が0を超え、以後、プラス超過が続いている(第2-1-8図)。特に、中小企業については、近年において、2000年代の景気拡張期やバブル景気時における水準を超えて推移している。合わせて、企業の資金繰り判断をみると、同じく2009年第1四半期を底に、以降、大企業、中小企業共に上昇傾向となっている(第2-1-9図)。特に、中小企業については、2013年第4四半期以降はDI値が0を超え、2000年代の景気拡張期やバブル景気時を大きく上回る高い水準で推移しており、企業において、金融機関の貸出態度が緩和していると判断した状況を反映した動きとなっている。
このように、今回の景気回復局面においては、企業の資金調達環境が大きく改善している。実際に、銀行の貸出金残高の動きをみると、2008年に発生したリーマンショック後の落ち込みから回復して以降、おおむね堅調に推移している。この間における貸出先の内訳をみると、主に大都市を基盤とする都市銀行では、貸出金残高の増減の動きが比較的大きいなか、大企業や中堅企業向けの貸出額の増加比率が高い(第2-1-10図(1))。一方、地域を基盤とする地方銀行については、2000年代の景気拡張期では大企業や中堅企業向けの貸出額の増加比率が高かったが、今回の景気回復局面においては、個人向けとともに中小企業向けの貸出額の増加比率が高くなっている(第2-1-10図(2))。
次に、銀行への資金需要の強さをみるため、銀行(供給側)の預金残高と貸出金残高の差額である預貸ギャップの推移をみると、近年、都市銀行では預貸ギャップが拡大傾向にあり、預貸率は低下傾向にある(第2-1-11図(1))。一方、地方銀行については、おおむね横ばいで推移しており、預貸率は安定した動きとなっている(第2-1-11図(2))。また、企業(需要側)の負債及び純資産に占める金融機関からの借入金の割合をみると、大企業は長期にわたって低下傾向にあり、中堅企業、中小企業は1990年代半ばまで上昇傾向であったが、2000年代以降は低下傾向にある。2018年度では、借入金の割合は、大企業16.5%、中堅企業12.4%、中小企業24.4%と、中小企業の割合が大企業、中堅企業に比べて高くなっている(第2-1-12図)。
こうしたことから、都市銀行の主な貸出先である大企業や中堅企業については、間接金融への資金需要が減退している一方、地方銀行の主な貸出先である中小企業については、資金需要が安定していると言える。中小企業においては、大企業と比較して、銀行貸出に代表される間接金融への依存度が高い。一方、大都市圏に多くが存在する大企業や中堅企業については、近年の収益改善状況から内部留保が比較的潤沢であること、社債の発行といった直接金融による資金調達も比較的容易であることから、中小企業に比べて間接金融への依存度が低く、このことが、金融機関への資金需要の強さの違いとして表れていることが考えられる。
(金融政策が中小企業への融資を促進)
このように、金融機関の貸出態度が緩和しているなかで、近年、地方銀行における中小企業への貸出は堅調に増加しており(前掲(第2-1-10図(2))、そうした資金供給の増加が、中小企業における設備投資を下支えしたことが考えられる。地方銀行の貸出が増加している背景の一つとしては、日本銀行が2013年より行っている「量的・質的金融緩和」が挙げられる。本政策は、物価安定目標の明確化、金融調整の操作目標の変更、国債等の資産購入の拡大等を内容としているが、これにより、2006年以降、低下傾向にある長期金利に更なる低下圧力が掛かり、近年では、長期金利の金利水準は0%前後で推移している(第2-1-13図)。もともと中小企業においては、保有設備の老朽化や人手不足問題への対応として投資需要を抱えていたところ、こうした金利の低下によって企業の借入コストが低下したことが、企業の資金繰り判断の改善にもつながり(前掲第2-1-9図)、中小企業における金融機関からの借入を促し、設備投資を後押ししたことが考えられる。
(コラム1:金融機関の貸出を促進する資金供給制度)
日本銀行では、成長基盤の強化や貸出の増加に向けた金融機関の取組を金融面から支援するため、資金供給の枠組みを時限的に運用している。
前者は「成長基盤強化を支援するための資金供給」として2010年6月に導入された。金融機関が成長基盤の強化に向けた取組を進める上での「呼び水」としての効果を発揮する狙いから、経済成長に資する融資や投資を行う金融機関に対して、日本銀行が低利かつ長期の資金を供給する枠組みである。資金供給に際して、成長基盤強化の対象となる分野が定められており、環境・エネルギー事業(全体構成比29.6%)、医療・介護・健康関連事業(同13.8%)、社会インフラ整備・高度化(同9.9%)といった分野への資金供給が多くなっている(日本銀行公表資料。本則に基づく2010年4月~2019年6月までの間の個別投融資実績による。)。
後者は「貸出増加を支援するための資金供給」として2012年12月に導入された。金融機関の一段と積極的な行動と企業や家計の前向きな資金需要の増加を促す観点から、貸出残高を増やした金融機関に対して、希望に応じてその増加額の2倍相当額まで、低利かつ長期で資金供給する枠組みである(日本銀行による資金供給総額の上限なし。)。
特に、「成長基盤強化を支援するための資金供給」については、制度の導入以後においても、貸付残高の上限の増額や利用対象者の拡充、特則の追加など、現在に至るまで利便性の向上や利用促進を図る取組を進めており、緩和的な金融環境に加えて、こうした資金供給にかかる制度も、地域金融機関における中小企業への資金供給を後押ししていると考えられる(コラム表2-1-1、コラム表2-1-2)。