第1章 第4節 平成28年熊本地震が地域経済に与える影響
2016年4月14日以降に熊本県、大分県において断続的に発生している「平成28年熊本地震」は、地震の被害に加え、サプライチェーンの寸断などの供給制約から輸送機械を中心に他地域の生産にも影響を及ぼした。また、国内外の観光客から宿泊のキャンセルが相次ぐなど、観光業にも多大な影響を与えた。ここでは、地震の推移と被害の発生状況、経済的な被害の状況及び政府の対応策について整理する。
1)地震の推移と被害の発生状況
(熊本地震は最大震度7を2度記録し、避難者数は熊本県、大分県で最大時20万人)
「平成28年熊本地震」は、2016年4月16日に熊本県熊本地方で発生した地震19であり、最大震度7、マグニチュード7.3を観測した。4月14日の前震以降、断続的に地震が発生しており、8月18日時点までに、震度1以上の地震が1,993回発生している。人的被害、建物被害ともに、熊本県が最も多く、次いで大分県である。被災後の最大避難者数は、熊本県で18万3,882人、大分県で1万6,238人と合計20万人にのぼる(第1-4-1表)。
2)経済的な震災被害の状況
まずは経済的な震災被害の状況20について、保有ストックの損壊、フローの所得の遺失、消費者マインドの落ち込み、という三点から整理する。
ストックへの影響
(熊本地震によるストック毀損額は約2.4-4.6兆円)
熊本地震では、地域住民の生活基盤や地域経済を支える生産施設・設備、社会インフラ等のストックが広範にわたって毀損した。こうしたストックの毀損は、住民生活のみならず、生産や雇用など地域経済、さらにはサプライチェーンや内外観光等を通じて日本経済にも影響した。
発災から約1か月後の2016年5月23日に開催された月例経済報告等に関する関係閣僚会議において、内閣府は、熊本地震による個人住宅や民間企業が保有する機械設備及び建屋等も含めたストック全般の毀損額の暫定的な試算結果を報告した21(第1-4-2(1)表)。
これによると、ストック毀損額は約2.4-4.6兆円、内訳をみると、建築物等が全体の約2/3を占めている。熊本市をはじめ都市部で震度6以上の強い揺れを観測しており、都市部に集積する住宅や企業ストックへの被害が大きかったものと考えられる。
フローへの影響
(GDPの損失額は900-1,270億円程度)
地震は、ストックの毀損だけでなく、生産面、いわゆるフローの利益喪失にも及ぶ。ストックの毀損がもたらす影響を含め、地震被害の発生にともなう生産活動の停止・低迷を稼働可能率の低下幅という形で定量化し、いわゆる供給側からみた生産減少額を求めると、発災後34日間に生じたフローの損失額は900-1,270億円、うち熊本県が全体の9割程度となっている(第1-4-2(2)表)。
ただし、この推計は、熊本・大分両県以外を対象とせず、また、供給面の制約による影響のみを計算していることから、遺失利益の一部を求めたに過ぎない。例えば、[1]被災地以外に及ぼす影響(サプライチェーンを通じた派生的な生産減(▲)、他地域での代替生産増(+)等)、[2]時間軸を通じた影響(将来の挽回生産(+)等)[3]需要の変化による影響(宿泊・外食等のサービスに生じる県外需要者の来県キャンセルに伴う稼働率の低下(▲)等)といった要素は反映されていない。
特に、[3]については、震災から復旧してもなお顧客が戻ってこないといった状態のことであり、いわゆる風評被害と言われる部分である。九州運輸局によると、今回の地震による九州全体での宿泊のキャンセル数は75万人にのぼり、被災直後のゴールデンウィーク期間中の人出も、九州は大幅減となるなど、九州経済への影響は少なくない(第1-4-2(3)表、(4)図)。22
マインドへの影響
(九州地域のマインド(現状判断DI)は13.4ポイントの急落)
今回の熊本地震がマインド面に与えた影響について、「景気ウォッチャー調査」の地域別現状判断DI23から評価すると、過去の震災(東日本大震災、新潟県中越地震)24時における被災県を含む地域(過去の場合はいずれも東北地域)の動きと同様、震災発生当月はDIが大きく落ち込んだ。3月調査時のDIは47.6であったが、震災後にあたる4月調査のDIは34.2となった。東日本大震災ほどではないが、新潟県中越地震よりも大きく下落した。震災発生から1か月後以降は、回復に向けた動きもみられ、3か月後の段階では、ほぼ発生前月の水準に戻ってきている(第1-4-2(5)図)。
(地震に触れるコメント数は急増)
「景気ウォッチャー調査」では、景況感に加えて具体的なコメントを収集している。地震が発生した4月の調査では「地震」または「熊本地震」に言及するコメントが200件以上あった25。「地震」または「熊本地震」という言葉を記載した景気ウォッチャーの景況判断だけを集計すると、現状判断DI(原数値)は、4月、5月、6月、7月の値がそれぞれ29.7、36.4、37.3、53.0となる。先行き判断DIは、37.1、46.5、49.4、56.5となり、4月と5月は現状判断、先行き判断ともに、全体の集計値である現状判断DIよりも低く、総じて、景況感を下押しする文脈で言葉が用いられている。7月には、復興需要への期待等を示す文脈での用例が増えたことにより、地震に関するコメントを含む景気ウォッチャーのDIは現状判断、先行き判断ともに大幅にプラスに寄与している(第1-4-2(6)図)。
(観光業や生産への影響が発生)
具体的なコメント例を業種別に紹介すると、九州方面への宿泊キャンセルが相次いだことから、全国的に旅行代理店から景況感の悪化を示すコメントが寄せられた。また、被災地域の自動車部品メーカーの生産停止に伴い、サプライチェーンの寸断による各地域の生産への影響が浮き彫りとなった。震災より1か月を経た5月以降は、復興需要への期待に係るコメントがみられるようになり、7月には震災前の水準に回復、増加しているという前向きなコメントが寄せられている(第1-4-2(7)表)。
3)政府の取組
(観光支援策を含む7,780億円の補正予算が成立)
熊本地震の復旧・復興に係る取組として、既に、平成28年度補正予算(総額7,780億円)が成立している(2016年5月17日)。同予算では、災害救助等として573億円、被災者の生活再建支援のために201億円、遺族への災害弔慰金として6億円を計上している。これらに加え、熊本地震復旧等予備費7,000億円を創設し、被災者の事業再建や、道路・施設などのインフラ復旧、がれき処理などを迅速に進めることとしている。
熊本地震復旧等予備費による具体的な事業の執行については、順次閣議決定されている(第1-4-3(1)表)。2016年6月14日には、九州の観光の支援策として、「九州観光支援のための割引付旅行プラン助成事業」(180億円)などが決定された。
この事業は、九州7県を対象に7月以降の宿泊を伴う旅行代金から最大7割割り引く旅行券、旅行商品26を売り出すほか、国内外のプロモーション、九州観光キャンペーンを実施するものである。このうち、旅行券を発売した福岡県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県の全ての県で第1期発売分(2016年7月1日-9月30日の宿泊に利用可能)が完売するなど、順調に執行27されている(第1-4-3(2)図)。