補論1 労働生産性について

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労働生産性という言葉はよく使われるが、実際のところ、その定義は分析内容やテーマによって様々である。ここでは、地域経済を分析する際に使われる統計の特徴を踏まえて労働生産性の意味を整理する。

(利用するデータによって労働生産性の定義は変化)

労働生産性は労働投入量1単位当たりの産出量を示す指標である。労働投入量とは労働時間を勘案した延べ雇用者数や就業者数、産出量には付加価値額を用いることが一般的である。しかし、地域別、産業別に労働生産性を計測する場合には、労働時間に関するデータの制約13等から、単に就業者一人当たりの付加価値額とする場合も多い。

内閣府「県民経済計算」では、都道府県別の付加価値額に関するデータが公表されているが、経済活動別の就業者数のデータは公表されておらず、都道府県別、業種別の労働生産性を求めるためには別の労働統計を用いる必要がある。

他方、総務省「経済センサス活動調査」では、5年毎ではあるが、一部の例外14を除く全国全ての事業所(約576万事業所)を対象として、都道府県や市町村毎に日本標準産業分類の業種区分15により、付加価値額、事業従事者数等が公表される。

本調査の付加価値額の計数は企業単位で把握され(本社等がまとめて報告)、地域ごとの計数は、それを傘下の支社・事業所等の事業従事者数により按分したものとなっていることに留意が必要である16。また、農林漁業については、個人経営の事業所(農家等)が含まれておらず17、農林漁業の労働生産性を計測する際も留意が必要である。

このほか、経済産業研究所「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベース」では、1970年から2009年まで毎年の付加価値額、資本ストック、就業者数、マンアワー(就業者数×年間総実労働時間)等の計数を都道府県別、産業別に推計している。また、企業の財務データを用いて労働生産性を計測する分析もみられるが、企業単位のデータを都道府県等の行政単位に按分することに困難がある。

以下では、主に総務省「経済センサス活動調査」を基に付加価値額を就業者数で割って算出した労働生産性を用いながら、就業者数ベースの労働生産性をみる際の留意事項を整理してみよう。

(労働時間の調整により労働生産性は変化)

先ず、労働時間の影響を確認するため、就業者数と平均労働時間を掛け合わせたマンアワーを労働投入量として用いる労働生産性と就業者数だけを労働投入量として用いる労働生産性を業種別に比較する。結果は、宿泊飲食、教育学習、生活関連、卸小売などでは、相対的にマンアワーを用いる労働生産性が高めである(第6-1-1(1)図)。こうした傾向は、これらの業に従事する者の平均労働時間が短いため生じるが、パートタイム労働者比率が高めな点も要因である(第6-1-1(2)図18

(資本ストックが増えると労働生産性は高まる)

次に、資本ストックと労働生産性の関係をみる。ここでは、経済産業研究所「日本産業生産性(JIP)データベース」の業種別データを用いて就業者一人当たり資本ストック(資本装備率ともいう)を求めた。電気ガスや通信放送等の資本装備率が高い点を除いても、就業者数ベースの労働生産性と資本装備率の間には正の関係がみられる。また、生活関連(洗濯、理美容等)、飲食、小売等のサービス業では、資本装備率も就業者ベースの労働生産性も低い傾向にある。つまり、資本集約型産業で労働生産性は高くなり、労働集約型の産業で低くなる(第6-1-2図)。

以上のように産業間比較では、就業者一人当たりの労働時間や資本装備率の差異が就業者ベースの労働生産性に影響することに留意が必要であるが、同一産業の地域間比較を行う場合には、技術的な産業特性に類似がある限り、こうした差異はそれ程大きく影響しないと考えられるだろう。

(データ上も労働生産性が高いと賃金は高い)

労働生産性は賃金と対比されることが多い19。産業別就業者ベースの労働生産性と賃金の関係をみると、おおむね労働生産性の高い業種では賃金も高く、また、賃金は総じて就業者一人当たり付加価値総額の範囲内で支払われており、一定水準の賃金を確保するためには、労働生産性を高めることが重要であることがうかがえる(第6-1-3図)。

(需要密度が高いと労働生産性も高まる)

サービスの場合、需要と生産が同時になされるため、労働生産性には移動率を決める需要密度が影響してくる。顧客数の代理変数として人口密度を用いて、労働生産性との関係をみると、人口密度が高い場所に立地している事業所ほど、一人当たり付加価値額で測った労働生産性が高いことが分かる。また、人口密集地区の有無によって市町村を二分し、労働生産性を比較すると、人口密集地区を有する市町村の労働生産性が高い。地域活性化を図る際、住み方や街づくりが重要になってくることが示唆される(第6-1-4(1)(2)図)。


脚注13 都道府県別、産業別の労働時間に関するデータには、各都道府県の「毎月勤労統計調査(地方調査)」があるが産業別のサンプル数が少ない等の課題がある(例えば、鳥取県のサンプル数は全産業合計で約440事業所、高知県のサンプル数は同約600事業所)。
脚注14 (1)国・地方公共団体の事業所、(2)農業、林業、漁業に属する個人経営の事業所、(3)外国公務に属する事業所等は調査の対象から除外されている。
脚注15 ただし市町村別の付加価値額は大分類のみ公表(中分類以下は公表されていない)。
脚注16 就業者1人当たり付加価値額の大きい企業の支店等が所在する地域には、当該支店等の業績にかかわらず、高い付加価値額が按分される。
脚注17 「経済センサス活動調査」における農林漁業の事業従事者数は約32万人、「平成22年国勢調査」における農林漁業の就業者数は約238万人となっており、経済センサスのカバレッジは狭い。
脚注18 第6-1-1図では厚生労働省「毎月勤労統計」の常用労働者の業種別の平均労働時間を用いているが、「経済センサス」の就業者は「毎月勤労統計」の常用雇用者よりもカバレッジが広く、より短時間しか就業していない可能性のある労働者(臨時雇用者)も含んでいる。したがって、短時間就業者の割合の高い業種における労働生産性の過小評価は、第6-1-1図よりも大きい可能性がある。
脚注19 「経済センサス活動調査」の付加価値額は、売上高-費用総額(売上原価+販売費及び一般管理費)+給与総額+租税公課で算出され、固定資本減耗を含まない。県内総生産やR-JIPデータベースの付加価値額には、固定資本減耗が含まれているのと相違がある。
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