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第3節 東日本大震災からの復興の状況

本節では、東日本大震災の特に被害の大きかった岩手県、宮城県、福島県(以下「被災3県3別ウィンドウで開きます」という)の復興の状況を、フロー及びストックの面から整理する。

1.回復しつつある経済活動

(転入超過に至っていない福島県の人口推移)

第1-3-1図をみると、東日本大震災のあった2011年以降、12年、13年と被災3県それぞれで人口の流出は減少してきている。例年就学・就職・異動のともなう3、4月は転出が増える時期だが、福島県では岩手県、宮城県と比べても大きな転出超過となっていた。こうしたなか、2013年には転入超過率が岩手県と同じぐらいにまでなっており、福島県でも人口流出が止まりつつあることがわかる。

ただし、第1-3-2図で各県ごとの転入超過数を細かくみると、福島県では減少幅が小さくなっており、ほぼ例年同様の数値に戻ってきているが、転入超過には至っておらず、いまだ厳しさが残っている。一方、岩手県は震災前と比べてもそれほど大きな変化はなく推移しており、東日本大震災による人口動態への影響は少なかったといえ、2011年の後半からは転入超過となる月が多くなっている。宮城県では震災以降大きく人口が減少していたが、2012年4月以降は人口の転入超過が続いており、2013年には宮城県全体として2003年以来、10年ぶりに人口増に転じている(第1-3-3図)。

さらに細かく市町村単位でみてみると、盛岡市では震災後に人口が増加に転じていることがわかる(第1-3-4図)。旧玉山村と合併した2006年以降緩やかに減少を続けてきた人口は、2011年に増加に転じ、その後も人口を伸ばしている。また、仙台市では震災前でも緩やかな増加が続いていたが、震災後には大きく人口が増加した。これらは津波被害にあった沿岸市町村の住民が、避難先として内陸の比較的大きな都市に移動してきたことや、復興需要により仕事が増え、日本各地から労働者が集まった結果、人口増につながったと考えられる。

一方、福島県では県庁所在地の福島市が、2008年7月に旧飯野町と合併して以降緩やかな減少が続いていたが、震災後の2012年には約6千人の減少となり、中核市の郡山市でも約8千人の減少、同じくいわき市でも約8千人の減少となっている。

福島県の比較的大きな都市の人口動態が、岩手県や宮城県と異なっている背景としては、まず、津波被害のあった沿岸市町村から県内の内陸地域に移動せずに、他県に出ていってしまった可能性が挙げられる。また、福島県では避難者が住民票を移していないことも要因として考えられる。実際、長期避難者の受け皿となっているいわき市では、双葉郡など近隣市町村から人口2万人以上が流入していると言われているが、避難者が住民票を移していないため、統計上の増加はみられていない。

(緩やかに増加を続ける雇用者所得)

第1-3-5図で被災3県の雇用者所得をみると、震災以前から緩やかな増加傾向にあり、いまだ全国平均との差はあるものの、その差は縮まっていることがわかる。

(上昇する求人の平均賃金)

第1-3-6図で宮城県における求人平均賃金の推移をみると、沿岸、内陸地域ともに緩やかに上昇していることがわかる。内陸では大和地区が2012年末まで大きな伸びを示していたが、2013年に入りやや鈍化しており、それでも、大和地区と築館、迫地区とではいまだ3万円近くの差がみられる。沿岸においても、仙台地区が引き続き堅調に伸びているものの、気仙沼との差は3万円程度あり、同じ内陸、沿岸同士でも地域差がみられる。

仙台地区における平均賃金を職業別に細かくみると、土木の職業など復興関係を中心に上昇しており、労働需給がひっ迫していることが窺える。

(上昇する被災3県の地域別支出総合指数)

消費総合指数は震災時に大きく落ち込んだものの、その後、顕著に回復している(第1-3-7図)。

民間住宅総合指数は2007年以降大きく低下を続けていたものの、震災後、復興需要を背景に宮城県を中心に顕著に増加している。

民間企業設備投資総合指数は、2006年以降緩やかな減少が続いていたが、震災を契機に2012年に大きく増加した。特に、福島県では2012年に「ふくしま産業復興企業立地補助金」などの補助金を利用し、設備を新設・増設した企業が多く、岩手県、宮城県よりも高い伸びとなっている。

公共投資総合指数は、長期的に緩やかな減少傾向が続いていたが、震災後に大きく増加した。2012年の後半に宮城県で一度低下したが、上昇傾向は続いている。

(津波浸水面積が大きいほど事業所数、人口ともに減少)

第1-3-8図は、岩手県及び宮城県における津波による浸水があった市町村の浸水面積と人口増減数の関係である。浸水面積が大きいほど人口が減少していることがわかる。これをみると、浸水面積に限らず人口が大きく増減している地域は宮城県の市町村が多く、宮城県内でも特に被害が甚大だった石巻市や気仙沼市の人口減少が著しい。

一方、名取市や岩沼市では浸水面積は大きかったものの、人口が増加、もしくはそれほど減少していない。これらの地域は、津波で浸水した部分は平野部の田畑が多く、また、どちらも仙台市から非常に近いため沿岸地域の住民の避難先となったほか、復旧工事関係者の滞在先となったことなどから人口減少に歯止めがかかっている。

2.まだ道半ばである本格的復興

(完成が待たれる高台移転)

第1-3-9図で被災3県における防災集団移転促進事業の進捗状況をみると、3県とも震災後1年半を過ぎ徐々に工事に着手し始めていることがわかる。

岩手県では他の県よりも工事の始まりが遅く、2013年6月末現在、22.7%(20/88地区)が工事着手済となっている。宮城県では着手するのは早かったものの想定される地区数が多く、2013年6月末現在で38.7%(72/186地区)が工事着手済となっている。福島県では想定される地区数が最も少なく、2013年6月末現在で45.0%(27/60地区)が工事着手済となっている。いずれにしても震災後2年半が経ち未だ半数以上が未着工となっているのが現状である。

(緒についたばかりの沿岸地域の住宅の再建)

続いて、被災3県の沿岸地域における住宅被害状況と住宅着工戸数についてみてみよう(第1-3-10図)。

岩手県の沿岸地域では約1万8千棟が津波等により全壊となったが、2013年8月現在未だ3割に満たない5千戸程度しか着工されていない。宮城県の沿岸地域でも、約2万2千戸が着工されているが、全壊棟数が約7万1千棟と多いこともあって未だ3割程度となっている。

一方、福島県では8月現在で約1万戸が着工となっており、全壊棟数約1万6千棟に対しての着工率は6割を超えるなど進んでいるようにみえる。ただし、長期避難者の受皿となっているいわき市も沿岸地域であり、その住宅着工戸数は震災後に顕著に増加している(第1-3-11図)。つまり、福島県では沿岸地域で着工が進んでいるが、必ずしも震災前に住んでいた土地に家を建てているわけではなく、かなりの人が新しい土地で家を建てていることが示唆され、生活基盤のシフトが窺われる。

(着実に増加する公共工事)

被災3県の公共工事請負金額の推移をみると、震災後は着実に増加していることがわかる(第1-3-12図)。まず2011年10月に一時大きく増加しているが、宮城県で大型の災害廃棄物処理業務の委託等が始まった時期であり、その後も宮城県を中心に大型の公共工事が行われている。福島県では除染作業が動き始めた2012年半ばから金額が増え始め、市町村単位で行われる除染作業委託で大型案件も出るなど、除染作業を中心とした公共工事が増加している。しかし、被災地ではこのような公共工事の増加で建設業や土木等の求人が増えているにもかかわらず、技術者・施工管理者や資格が必要な労働者の不足といった雇用のミスマッチがみられるほか、需給逼迫に伴う建設資材価格や労働単価の上昇などの課題も生じている。

(内陸地域に比べ沿岸地域で大きく減少する事業所数及び従業員数)

第1-3-13図で被災3県の震災前後の事業所数及び従業員数の動きをみてみよう4別ウィンドウで開きます。2009年に比べると、2012年には3県ともに事業所数、従業員ともに減少している。岩手県、宮城県においては津波被害のあった沿岸地域において事業所数、従業員ともに内陸地域よりも大きく減少しており、先に述べた津波の浸水面積と人口増減数の関係と一致する。

また、福島県においては岩手県、宮城県よりも内陸部における事業所数及び従業員数の減少が大きいことから、津波被害だけではなく原子力発電所事故の影響など、その他の要因も大きく関係していることが考えられる。

第1-3-14図は、被災3県における津波の被害が甚大だった地域の事業再開状況を示している。これをみると、被害甚大地域においても平均して約4分の3の企業で事業を再開できていることがわかる。

業種別にみると、運輸・通信業において再開割合が高く8割を超えてきている一方、小売業では再開が遅れて再開割合は6割にとどまっている。

また、事業を再開している企業の多くが2012年に再開しており、2013年に再開している企業は少数にとどまる。事業が再開できていない企業は大部分が休廃業を決めており、地域の再建のためには新規参入を促すことも重要となろう。

そこで、震災以降、実際に被災3県に新しく設立された法人数の推移をみてみる(第1-3-15図)。これによれば、岩手県、宮城県、福島県ともに震災後も法人数は増加しており、岩手県と宮城県は震災のあった2011年にも増加し、特に宮城県では2012年に大きな伸びをみせている。一方、福島県では2011年にはわずかしか増加しなかったが、2012年には「ふくしま産業復興企業立地補助金」等の支援策もあったことから、前年比41.8%増と全国一の伸びとなった。また、全国的にも新設法人数は3年連続で増加している中、復興需要に加えて支援に関わる非営利団体の設立も相次いだことから、東北地域は地域別にみて2012年で最高の伸びとなった。

また、第1-3-16図で新設法人件数の産業別寄与度をみると、福島県では2011年にマイナスに寄与した業種が多くなっているが、岩手県、宮城県では2011年、12年ともほぼ全ての業種で前年比増に寄与している。特に飲食などを含む「サービス業他」と「建設業」の寄与が大きく、復興需要や顕著に回復した消費と関連の高い産業で増えていることが予想される。2012年には「農・林・漁・鉱業」が3県で増加に寄与しており、この背景には、野菜作や米作を行う農事組合法人が増加したことがある。農事組合法人は、農機具の共同利用や共同で農作業を行う法人であり、集約によるメリットのほか税制上の優遇もあるため、震災後に増えているものと考えられる。

(震災前後で変化する就業構造)

これまでみてきたように、被災3県においては事業所数が大きく減少し、また新設法人件数は大きく増加していることから、震災の前後で産業別の就業構造が変化していると考えられる。第1-3-17図で被災3県における就業者数の変化をみてみると、2007年に比べて全体的に減少する産業が多いなか、建設業が宮城県で増加している。また、全国でも伸びているサービス業は岩手県、宮城県では増加しているが福島県では減少しており、卸売業,小売業は福島県の減少率が他よりも高くなっているなど福島県の減少が目立つ。宮城県では建設業やサービス業の新設法人増が地元雇用にもプラスに働いているが、福島県では未だに地元雇用に反映されていない可能性がある。

(一部を除き震災前の水準に戻っていない福島県産の農産物価格)

震災から2年半が経過するなか、福島県では未だ原子力災害に伴う風評被害が多くの分野に影響を及ぼしており、風評被害を払しょくしようと農産物や土壌の検査結果の情報配信、県内外でのイベント開催など様々な取組がなされている。ここでは、そうした影響がどの程度残っているのか調べるために、福島県産の農産物価格の動向をみてみる。夏から秋にかけて、東京築地市場における福島県産の農産物の全国平均に対する相対価格を算出した5別ウィンドウで開きます

まず、福島県産トマトとミニトマトの相対価格をみてみよう(第1-3-18図)。福島県産トマトは、震災後の2011年、2012年では、震災前の2010年をかなり下回る水準で推移していたが、2013年にはそのかい離は小さくなっており、全国と比較してもかなり近い水準での推移となってきている。また、ミニトマトに関しては、震災後の7~8月は震災前の同時期をやや下回る水準で推移しているが、9月以降は震災前と同様に全国を上回る水準に戻ってきている。このように、福島県産トマトとミニトマトの相対価格は、震災前の水準に近づいてきている。

全国シェアが大きい福島県産のももの相対価格は、震災前の2010年には9月にかけて上昇し、全国を1割程度上回って推移していたが、震災後の2011年、2012年には全国を上回ることなく推移した(第1-3-19図)。2013年は、8月上旬までは全国とのかい離が縮まって推移したが、それ以降は2011年、2012年と同様に全国より2割前後低い水準となっている。このように、福島県産のももの相対価格は、震災後は震災前を下回っている。

次に、福島県だけではなく他の県でも同様に変化がみられるかを調べるために、福島県と同様に価格推移のとれるピーマンで岩手県についてもみてみよう(第1-3-20図)。

まず、福島県産ピーマンの相対価格の推移をみると、震災前の2010年には7~9月は全国とほぼ同水準で推移し、10月以降は全国を下回るように推移していたが、震災後の2011年、2012年は全国より5~6割程度も下回る水準で推移している。2013年は8月下旬から9月にかけて若干上昇したものの、未だ全国より2割以上下回る水準で推移している。

一方、岩手県産のピーマンの相対価格の推移をみると、毎年7月下旬までは全国を上回る価格で推移し、8月以降は全国を下回って推移するというパターンが、震災前後でほとんど変わっていない。

以上から、ハウス栽培のトマトやミニトマトのように、価格が震災前の水準に近づく農産物がある一方で、露地栽培のもものように、未だ震災前を下回る農産物も残っていることがわかる。また、被災県の中でも、県によって違いが出ていることがわかる。

3.まとめ

以上でみてきたとおり、被災地における復興の状況は以下3点にまとめられる。

第1に、フローの経済活動については、全体としてみると回復してきている点である。これは、地域経済活動の基本ともいえる人口は言うに及ばず、家計賃金や消費など、人々の生活に近い側面においても示されている。

第2に、その一方で、ストックの回復は道半ばという点である。東日本大震災の被害は大きく、高台移転といった特殊な整備を要する場合もあるため、震災から2年が経過したものの着工が始まったところであり、完成までにはまだ数年を要する。

第3に、震災を機に地域経済が変化しつつある点である。福島県の沿岸市町村では被害を受けた住宅の6割が着工されているが、これは元の場所ではなくいわき市など周辺市に新たに住宅を建てていることが多いと考えられる。また、震災を境に4分の1程の事業者は事業をやめてしまっている。震災から2年が経過し、被災地の生活再建は地域によってばらつきがみられはじめている。

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