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第2節 集積のメリット

1.人口の集積と労働生産性

近年、グローバル化の進展の下で新興国の台頭等がみられる状況の中で、人口減少が進む我が国が今後も成長を続けるためには、集積のメリットによるイノベーションの創出や生産性向上は不可欠である。一方、前節でみたように人口や高度人材は政令市に集中している状況にあって、政令市への集積による生産性の向上は地域ブロックを支えているのだろうか。ここでは、こうした観点から、各地域における政令市と県庁所在市等への人口の集中と労働生産性との関係や、人口集積と事業所の多様性、行政費用との関係等について分析を行う。

(地域別には南関東、近畿、政令市別には大阪市、名古屋市で高い労働生産性)

第3-2-1図は、4時点(1995年、2000年、2005年、2009年)で、地域別に労働生産性の推移をみたものである。各時点とも、東京圏、関西圏を含む南関東、近畿で高く、沖縄、九州、東北で低い。また、資本の蓄積や技術進歩、人材の質的向上により、各地域とも、経年的に労働生産性が上昇していることがわかる。

政令市別に推移をみると、1995年の水準では、神戸市で最も高く、これとほぼ同水準で大阪市、川崎市で高くなっている一方、札幌市、仙台市、京都市、北九州市で低くなっている。1995年から2009年にかけて、大阪市、横浜市では大きく上昇しているほか、仙台市、北九州市等でも一定程度上昇している一方、札幌市、さいたま市、京都市、福岡市ではほとんど上昇はみられない。こうしたことから、2009年の水準では、大阪市、横浜市、神戸市の順で高く、札幌市と京都市で低い。

(人口密度の上昇による労働生産性の上昇)

第3-2-2図は、4時点で、地域ブロックと政令市について、人口密度と労働生産性の対数値の関係をみたものである。地域ブロック、政令市ともに、各年とも正の傾きの回帰直線となり、人口密度の上昇により労働生産性が上昇することが示唆されている。また、回帰直線は、1995年から2005年にかけては、経年的に上方にシフトしているものの、2005年と2009年ではほぼ重なっている。

この推計では、回帰直線の傾きは労働生産性の人口密度弾性値の推計値となるが、この人口密度弾性値は、1995年では0.0734、2009年では0.0601となり、人口密度上昇による労働生産性上昇の効果は1995年と2009年であまり変わらないことがわかる。

(人口規模に応じて高まる小売業の労働生産性)

第3-2-3図は、さらに、従業員1人当たりの販売額として算出された小売業の労働生産性を、政令市、政令市を除く県庁所在市、人口5万未満市という3つの区分で、地域別にみたものである。この図からは以下の3つのことが読み取れる。

1つ目は、東京圏を含む南関東の県庁所在市等の水準が最も高くなっていることである。2つ目は、南関東における県庁所在市等と政令市の逆転を除けば、すべての地域で水準の高さが政令市、県庁所在市、人口5万未満市の順になっており、人口規模に応じて労働生産性が高まる傾向が示されていることである。また、3つ目は、人口5万未満市については東高西低の傾向がみられることである。

(人口密度の上昇により高まる小売業の労働生産性)

第3-2-4図は小売業について、2007年における労働生産性と人口密度の対数値の関係をみたものである。第3-2-3図で労働生産性の水準が都市規模順になっていたことにより示唆されたとおり、正の傾きの回帰直線がみられ、人口密度の上昇により小売業の労働生産性が高まることが示されている。このことは、人口が高密度な地域では、小売業について効率的な営業ができることを意味する。具体的には、政令市等の大都市では規模の経済効果が働くことによるものと捉えられる一方、中小都市では、近接性により居住者の商業施設の利用頻度が高まり、売上の増加につながることなどが考えられる。

(どの切り口で捉えた高度人材でも、労働生産性を向上させる高度人材密度の上昇)

第3-2-5図6図7図8図9図は、労働生産性と、大学等卒人材及び大学院卒人材密度、高所得人材密度、専門職人材密度、IT人材密度、外国高度人材密度の対数値との関係をそれぞれみたものである。これらについては、以下のようにまとめられる。

どの切り口で捉えた高度人材であっても、労働生産性の高度人材密度への回帰では、正の傾きがみられ、高度人材密度の上昇は労働生産性を向上させる傾向にある。また、それぞれで比較する時点が異なるにもかかわらず、1990年代から2000年代にかけて、労働生産性の高度人材密度弾力性は、0.07から0.05に低下し、わずかながら、労働生産性水準の上昇に伴う、高度人材密度上昇による生産性上昇効果の低下が示唆されている。

(都道府県、政令市ともに、事業所密度の上昇により高まる労働生産性)

第3-2-10図は、都道府県と政令市の事業所密度と労働生産性の関係をそれぞれみたものである。都道府県、政令市ともに、2時点の回帰直線で、正の傾きがみられ、都道府県でも、政令市でも、事業所密度の上昇、すなわち事業所の集積度の上昇は労働生産性を高める傾向にあることがわかる。

なお、この推計では、回帰直線の傾きは労働生産性の事業所密度弾性値の推計値となり、例えば、都道府県について、2001年の回帰係数が0.1219であることにより、仮にある県の事業所密度が2倍になれば、労働生産性は約12%上昇することが示唆されている。2001年から2009年にかけては、都道府県、政令市ともに、この事業所密度弾性値に大きな変化はなく、2001年と2009年における事業所の集積度の上昇による生産性上昇の効果はほぼ等しいことが示唆されている。

(集積の経済による札幌市のIT産業の労働生産性上昇)

集積の経済効果や集積の成長の要因等については様々な実証分析が行われており、特に地域特化と都市化がもたらす集積の経済は、世界各国で確認されている。例えば、Henderson(1986)は、米国とブラジルの産業レベルのデータを利用して、製造業の労働生産性に対する地域特化と都市化の経済の推定を行っている。我が国の産業についての分析では、都市データを利用して、Nakamura(1985)は、製造業の労働生産性に対する地域特化と都市化の経済の推定、Tabuchi(1986)は、製造業の労働生産性に対する都市化の経済の推定を行っている。大塚(2010)は、都道府県データを利用して、製造業と非製造業の労働生産性に対する地域特化と都市化の経済の推定を行っている。

また、都市や集積の成長を規定する要因については、Glaeser et al.(1992)は雇用者増加率でみた米国の都市圏の成長を集積の成長と捉え、産業の多様性と企業間の競争が集積の成長にプラスに寄与する一方、産業の特化はマイナスに寄与するとしている。我が国の都市圏についての分析では、亀山(2001)は、都市圏の成長・衰退においては、中心都市の産業における地域特化の経済の影響が大きく、都市化の経済の影響は小さいとしている。一方、内閣府(2003)は、Glaeser et al.(1992)とほぼ同じ設定の分析を行い、特化型・独占型よりも多様性が高く競争の激しい都市圏で成長率が高くなる傾向があるとして、Glaeser et al.(1992)と同様の結果を得ている。

ここでは、1つの事例として、札幌バレーとよばれる、札幌市におけるIT関連の産業クラスターの例を取り上げ、集積の経済による生産性向上についてみる。果実などの房の意味の英語であるクラスターは、企業が特定の地域に集中して立地する産業集積の意味でも用いられる。米国のシリコンバレーの成功に触発され、世界各国でクラスター形成の政策が導入されており、我が国においても、2001年に経済産業省により、産業クラスター計画が開始されている。札幌バレーは、この産業クラスター計画の1つのプロジェクトである北海道スーパー・クラスター振興戦略の中で、情報産業の集積として位置づけられているものである。

第3-2-11図は、2001年から2009年までの、札幌市と札幌市以外でのIT関連事業者の雇用者密度と労働生産性との関係をみたものである。両者の間の回帰では、正の傾きがみられ、雇用者密度が高いほど労働生産性が高くなる傾向にあることがわかる。一方、札幌市以外の低密度な地域における労働生産性と雇用者密度との間にはそのような関係はみられない。ここでは、雇用者密度は雇用者の集積の程度を表す指標として捉えられ、札幌市のIT関連産業については、規模の経済と集積の経済による労働生産性の上昇が起きている可能性が示唆されている。

政令市のような多種多様な企業や人口が集積する大都市においては、都市の規模に応じて規模の経済が働くとともに、集積の経済として、同業種の集積による地域特化の経済に加え、多様性と異質性から生み出される都市化の経済が、全産業規模の収穫逓増現象として発現する。様々な分野にわたる業種が立地する集積地では、多様なアイデアや情報、技術をもつ人々の交流が、密度の濃い大量な情報の伝達・収集に最善の手段であるフェイス・ツウ・フェイス・コミュニケーションにより、活発に行われている。企業間の地理的な近接性は、こうしたフェイス・ツウ・フェイス・コミュニケーションによるアイデアや情報、技術知識の交換を通じて、研究開発やイノベーションを容易にすることにより、都市全体の生産性を高めると考えられる。札幌市のIT産業についても、規模の経済とともに、同業種はもとより、多種多様な業種とのこうした相互交流を通じて獲得された多くのアイデアやビジネス機会等のメリットをもたらす集積の経済が、労働生産性を押し上げている可能性が示唆されている。

(政令市、県庁所在市等への人口集中度が高い地域ブロックほど高い労働生産性)

第3-2-12図は、各地域ブロックにおける労働生産性と、政令市及び県庁所在市等への人口の集中度との関係をみたものである。2010年では推計値の有意性がやや低くなっているものの、3時点とも正の傾きがみられる。このことは、総じてみれば、各地域ブロックにおける政令市及び県庁所在市等への人口集中度が高い地域ブロックほど労働生産性は高い傾向にあることを示唆している。この要因として、第3-2-11図の札幌バレーの例でみたように、政令市や県庁所在市等では、人口の集中による人口密度の上昇により、規模の経済とともに、同一業種による地域特化の経済に加え、都市化の経済とよばれる、多様性と異質性から生み出される集積の経済が発現し、労働生産性の上昇に寄与することが考えられる。

なお、3時点での回帰直線の傾きは、1990年の0.05から2010年では0.03に低下し、経年的な労働生産性の上昇に伴い、労働生産性と人口集中度の間の正の関係性が弱まっていることが示唆されている。

2.人口の集積と非製造業での雇用創出

これまでにみたように、各地域ブロックの製造業の生産額に占める政令市の比率は低下する一方、北海道、東北、南関東、中国では卸・小売業とサービス業の事業所数に占める政令市の比率は上昇しており、これらの地域の政令市では、人口の集中と密接に係る雇用創出に関して、卸・小売業とサービス業の重要性が増しているものと考えられる。ここでは、こうした観点から、人口の集中と卸・小売業、サービス業の従業員数との関係について分析を行う。

(地域間でほぼ等しい単位人口当たりのサービス、卸・小売の従業員数)

第3-2-13図は、地域別にみた、人口1,000人当たりのサービス業及び卸・小売業の従業員数の推移である。サービス業については、各地域とも、従業員数は経年的に上昇しており、2009年の水準でみると、南関東、近畿、沖縄で比較的高くなっている。一方、卸・小売業については、各地域とも、従業員数は経年的に低下しており、2009年の水準でみると、南関東、北陸、近畿で比較的高くなっている。

いずれにしても、雇用の確保という観点での効果については、単位人口当たりでみると、サービス業、卸・小売業とも地域間で大きな差はないものとみられる。

(地域間でも、都市規模間でも、ほぼ等しい従業員数の人口密度弾性値)

第3-2-14図は、卸・小売業及び各種サービス業の従業員数について、地域別に、政令市の合計値、政令市を除く県庁所在市等の合計値及び人口5万未満市の合計値を算出し、その対数値とそれぞれの区分の人口密度の対数値との関係をみたものである。

どの業種についても、正の傾きがみられ、回帰直線の下方に乖離している沖縄の2点(県庁所在市、人口5万未満市)を除くと、サンプルが比較的良好に回帰直線の回りに分布している。また、推計された回帰直線の傾きは、従業員数の人口密度弾力性であり、例えば、卸・小売業の人口密度弾力性が0.502となっていることは、仮に人口密度が2倍になった場合、卸・小売業の従業員数は約1.5倍になることを意味する。第3-2-14図からは、以下の2つのことがわかる。

1つ目は、第3-2-13図により、人口1,000人当たりのサービス業及び卸・小売業の従業員数について地域間の差が大きくないことが確認されたことと同様に、人口密度と従業員数の間の関係では、沖縄を除けば、地域間で大きな差はないことである。

2つ目は、各地域ブロック内において、人口密度と従業員数の間の関係については、政令市、県庁所在市、人口5万未満市という3つの人口規模の異なる都市間でも大きな差はないことである。

なお、2つのサンプルが下方に乖離している沖縄についても、2点を結ぶ直線の傾きは、回帰直線の傾きとほぼ同じであることから、他地域に比べ水準は低いものの、人口密度と従業員数の関係では他地域と大きな差はない。

(国際競争力向上の観点から求められる学術・専門サービスやその他サービスの集積)

第3-2-15図は、第3-2-14図で推計された業種別従業員数の人口密度弾性値を比較したものである。最も人口密度弾性値が大きい業種は、法律事務所や税理士事務所等の専門サービスや土木や建築等の技術サービス等から構成される学術・専門サービスであり、これに建物サービスや派遣業等のその他サービス、宿泊・飲食の順で続く。これらの業種は、人口の集積による雇用創出効果が相対的に大きい業種であるといえる。

一方、医療・福祉では、郵便局等の複合サービスを除く業種の中では、最も人口密度弾性値が小さくなっている。しかしながら、同じ人口密度であっても、高齢者の多い地域であれば、ここで推計された弾性値よりも大きい弾性値が示され、人口密度の増加により、医療・福祉でより多くの雇用が生み出されるものと考えられる。

労働集約的な卸・小売業とサービス業の従業員数は、地域・都市におけるそれぞれの業種の潜在的な事業規模を示すと考えられる。こうした観点からは、都市における多種多様な経済活動を支えるソフトインフラともいうべき、オフィス向けサービスを供給する、学術・専門サービスとその他サービスの人口密度弾性値が特に大きいことは、都市が企業や人材を集めて成長するためには、これらの2つの業種について、それに見合ったより多くの集積を用意しておく必要があることを示唆している。地域や都市の国際競争力向上の観点からは、こうしたサービス業種について、例えば特区制度を活用した集積形成を図るなど、政策的な対応も考えられる。

3.人口集積と事業所の多様性

(人口規模に応じて、おおむね事業所の多様性と網羅性が上昇)

第3-2-16図は、2001年と2012年の、人口規模の異なる秩父市、三鷹市、日立市、八王子市という首都圏内の4市について、NTT業種分類における総業種数(2001年2,276業種、2012年2,011業種)に占める当該市に立地する業種数比率(立地業種比率)を示したものである。この図からは、以下の2点が読み取れる。

1つ目は、2001年、2012年ともに、人口規模が大きい市ほど、立地業種数が多いことである。2つ目は、2001年から2012年にかけて、4市とも、立地業種比率は上昇しており、特に、三鷹市を除く3市では、総業種数の減少にもかかわらず、立地業種数そのものが増加していることである。

第3-2-17図により、2001年から2012年にかけての、4市の立地業種数の変化についての業種別内訳をみると、立地業種数が増加している秩父市、日立市、八王子市の3市では、飲食業が大半を占める農林漁業・食料食品・飲食業や社会関連サービス等分野で業種数が増加していることがわかる。

立地業種数は、それぞれの市において展開されている事業所の種類であることから、これらのことは、人口規模が大きい市ほど、営業的に成立可能な事業所の多様性が大きいこと、また、2001年から2012年にかけて、人口規模に応じて、おおむね事業所の多様性と網羅性が上昇していることを示している。

(医療分野においても、人口規模に応じて、科目の多様性と網羅性が上昇)

第3-2-18図は、さらに医療機関の診療科目等について、第3-2-16図と同様に、NTT業種分類における総業種数(2001年72業種、2012年61業種)に占める当該市に立地する業種数比率を示したものである。

この図からも、第3-2-16図と同様に、人口規模が大きい市ほど、立地業種数が多いこと、総業種数の減少にも係らず、立地業種数そのものが増加する傾向にあり、4市とも、立地業種比率は上昇している。このことは、医療分野においても、人口規模が大きい市ほど開設可能な科目の多様性が大きいこと、また、2001年から2012年にかけて、人口規模に応じて、おおむね科目の多様性と網羅性が上昇していることを示している。

(人口規模に応じて決まる事業所数)

第3-2-19図は、2001年と2012年で、NTT電話帳に掲載されている4市の青果物店等、スーパー等、主要医療機関及び介護サービス(在宅)の事業所数を示したものである。この図からは、以下の2点がわかる。

1つ目は、いずれの業種についても、事業所数は人口規模に応じて決まる傾向にあることである。2つ目は、2001年と2012年を比較すると、青果物店等については大幅に減少、スーパー等については減少となっている一方、主要医療機関については三鷹市を除く3市では増加、介護サービス(在宅)については大幅な増加となり、食料品販売関係の事業所は減少、医療福祉関係では増加傾向となっていることである。

なお、事業所数は人口規模に応じて決まる傾向にあることは、これらの事業所数を人口1,000人当たりでみた第3-2-20図により明瞭に確認される。

(医療のような基礎的サービスであっても、人口密度の低い地域では過少になる傾向)

第3-2-21図は、さらに、これらの事業所数を可住地面積で除した事業所密度を示したものである。この図からは、いずれの種類の事業所についても、その密度の大きさは、三鷹市、八王子市、日立市、秩父市の順になっており、青果物店等を除く3業種の事業所については、東京都内の2市と地方圏の2市との差は大きい。特に、事業所密度の最も高い三鷹市と最も低い秩父市との差は、基礎的サービスを提供する事業所である主要医療機関で最も大きくなっている。

これらのことは、事業所が人口規模に応じて立地される場合、医療のような基礎的サービスであっても、可住地面積当たりでみた事業所数は、人口密度の低い地域では過少になる傾向にあることを示しており、車で移動のできない高齢者等の交通弱者が日常生活を送るうえでの困難が懸念される。

4.人口密度と行政費用

(2006年度から2010年度にかけて、全体的に1人当たり歳出総額は増加)

第3-2-22図は、2006年度と2010年度における、全市の人口密度と1人当たり歳出総額の関係を示したものである。

これをみると、ある程度の人口密度水準までは、1人当たりの歳出総額は減少するが、一定水準以上では逆に増加する傾向にあることがわかる。また、2006年度から2010年度にかけて、回帰曲線による、1人当たり歳出総額の最小値は約4万円上昇しており、全体的に1人当たり歳出総額は増加していることがわかる。

2006年度と2010年度で、回帰曲線の最小点の近傍に位置する市をみると、これらの市については、2006年度から2010年度にかけて入替えが少なく、おおむね右上方にシフトし、人口密度を上昇させながら、1人当たり歳出総額でみた行政の効率性を維持していることがわかる。なお、これらの市の人口規模は10万人から40万人の間にある。

また、2010年の国勢調査結果によれば、全域に占める人口集中地区(DID:Densely Inhabited District)41別ウィンドウで開きますの人口と面積の割合、人口密度は、市部ではそれぞれ71.9%、5.7%、6,836であるのに対し、これらの市に占める人口集中地区(以下、DIDと略記)の人口と面積の割合、人口密度の平均は、それぞれ96.4%、72.6%、8,236となっており、これらの市では、市の面積の大半を占める、高密度のDIDに人口が集中していることがわかる。

(低密度の市では、人口のDIDへの集中により、1人当たり歳出総額は低下)

第3-2-22図において、全市数に占める割合の高い人口密度が2,000以下の領域では、回帰曲線と1人当たりの歳出総額が小さい市のプロット点の乖離が大きいことから、第3-2-23図は、1人当たりの歳出総額の小さい市に絞って、2次曲線により回帰したものである。

全市の人口密度の平均は、2006年度では1,461、2010年度では1,460であるのに対し、このグラフにプロットした市の人口密度の平均は、2006年度では3,341、2010年度では3,404となっている。このことから、2時点とも、全市の平均密度は、1人当たり歳出総額でみた行政効率の高い市の平均的人口密度よりも小さいこと、また、2006年度から2010年度にかけて、全市の人口密度の平均はほぼ変わらないのに対し、そうした行政効率の高い市の平均的人口密度は上昇し、全市の平均密度との差は拡大していることがわかる。

2006年度から2010年度にかけては、回帰曲線による1人当たり歳出総額の最小値は約3万円上昇している。また、回帰曲線はプロットされた市の人口密度と1人当たりの歳出総額の平均的な関係を示している。このため、これらの1人当たり歳出総額の少ない市であっても、2010年度でみて、人口密度5,000以下の市については、人口密度を上げることができれば、1人当たり歳出総額を低下させることができるものと考えられる。また、こうしたことから、これらの市より1人当たり歳出総額の大きい市でも、低密度の市であれば、人口密度を上げることができれば、1人当たり歳出総額を低下させることが可能であると考えられる。

実際には、既に人口減少が始まっている地方圏の市では、人口密度を上げることは困難であると考えられる。しかしながら、各市における人口をDIDとその周辺に集め、前図の囲みの中の17市のように、人口の配置を高密度のDIDに集中させることにより、実質的な人口密度を上げることは1つの方策として考え得る。そうすることにより、低密度の市であれば、1人当たり歳出総額を低下させることができるものと考えられる。

(民生費が増加している一方、低下している土木費)

第3-2-24図は、歳出の費目ごとに、第3-2-23図と同様に1人当たりの費用の小さい市について、2次曲線で回帰したものである。2時点とも上に凸の2次曲線により回帰されている土木費を除けば、いずれの費目についても、下に凸の2次曲線により回帰されており、1人当たり歳出総額と同様に、一定水準までは人口密度を上げることにより、1人当たりの支出を低下させることができるということが示唆されている。

また、回帰曲線による、1人当たりの費用の最小値は、総務費、商工費でわずかに増加しているほか、民生費では2.2万円と大きく増加しており、1人当たり民生費の増加が1人当たりの歳出総額増加の大きな要因であることがわかる。一方、同最小値は、衛生費でわずかに低下しているほか、上に凸の2次曲線により回帰され、規模の経済性が示唆されている土木費では5千円低下している。

なお、土木費については、2010年1月1日から2010年10月1日までの間に合併・編入があった栃木市、長岡市、山口市など23市について、2009年度と2010年度の1人当たりの歳出額を比較すると、2009年度から2010年度にかけて、約3千円の低下となっており、平成の大合併等により、行政の効率化が図られている可能性が示唆されている。

5.まとめ

本節では、各地域における政令市と県庁所在市等への人口の集中と労働生産性との関係や、人口集積と事業所の多様性、行政費用との関係等について分析を行った。要点をまとめると以下のようになる。

(労働生産性の人口密度への回帰では正の傾き、人口密度の上昇により高まる労働生産性)

労働生産性を地域別に比較すると、2009年の水準では、東京圏、関西圏を含む南関東、近畿で高く、沖縄、九州、東北で低い。また、政令市については、大阪市、横浜市、神戸市の順で高く、札幌市と京都市で低い。地域ブロック、政令市ともに、労働生産性の人口密度への回帰では正の傾きがみられ、人口密度の上昇が労働生産性を上昇させる傾向にある。さらに、どの切り口で捉えた高度人材であっても、労働生産性と高度人材密度との間には正の相関がみられ、高度人材密度の上昇は労働生産性を上昇させる傾向にある。都道府県と政令市における労働生産性の事業所密度への回帰でも、都道府県、政令市ともに、正の傾きがみられ、都道府県でも、政令市でも、事業所密度の上昇、すなわち事業所の集積度の上昇は労働生産性を高める傾向にある。

(政令市と県庁所在市等への人口集中度が高い地域ブロックほど高い労働生産性)

各地域ブロックにおける労働生産性の、政令市と県庁所在市等への人口の集中度への回帰では、正の傾きがみられる。このことは、総じてみれば、各地域ブロックにおける政令市と県庁所在市への人口集中度が高い地域ブロックほど労働生産性は高い傾向にあることを示し、生産性を高めるという意味において、人口の集中している政令市と県庁所在市等は地域の成長を支えていると考えられる。なお、労働生産性の人口集中度への正の回帰の要因としては、人口の集中による人口密度の上昇により、規模の経済とともに、地域特化の経済に加え、都市化の経済とよばれる、多様性と異質性から生み出される集積の経済が発現することが考えられる。

(国際競争力向上の観点から求められる学術・専門サービスやその他サービスの集積)

業種別従業員数の人口密度弾性値を比較すると、学術・専門サービスで最も大きく、これに建物サービスや派遣業等のその他サービス、宿泊・飲食の順で続く。これらの業種は、人口の集積による雇用創出効果が相対的に大きい業種であるといえる。

また、都市におけるソフトインフラともいうべき、オフィス向けサービスを供給する、学術・専門サービスとその他サービスの人口密度弾性値が特に大きいことは、都市が企業や人材を集めて成長するためには、これらの2つの業種について、それに見合ったより多くの集積を用意しておく必要があることを示唆している。地域や都市の国際競争力向上の観点からは、こうしたサービス業種について、例えば特区制度を活用した集積形成を図るなど、政策的な対応も考えられる。

(低密度人口の都市では、過少になる医療のような基礎的サービス)

NTT電話帳を基に、人口規模の異なる首都圏内の4市において展開されている事業所の状況について行った分析により、人口規模が大きい市ほど営業的に成立可能な事業所の多様性が大きいこと、また経年的には、人口規模に係らず、事業所の多様性と網羅性が上昇していることが明らかになった。さらに、事業所数は人口規模に応じて決まる傾向にあり、医療のような基礎的サービスであっても、可住地面積当たりでみた事業所数は、人口密度の低い地域では過少になる傾向にあることも示唆された。こうしたことから、低密度人口の都市では、車で移動のできない高齢者等の交通弱者が日常生活を送るうえでの困難が懸念され、低密度人口の都市において、人口の集積度を上げることの必要性が示唆された。

(低密度の都市において、行政効率向上の観点からも必要な人口の集積度の上昇)

全市の人口密度と1人当たり歳出総額について行った分析により、全体的に1人当たり歳出総額は増加しているものの、土木費については低下していることが示された。また、1人当たり歳出総額でみた行政効率の高い市の平均的人口密度は全市の平均密度よりも大きく、さらにその差は経年的に拡大していることか明らかになり、行政効率向上の観点からも、低密度の都市において、人口の集積度を上げることの必要性が示唆された。

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