3.“街の高齢化”の地域経済・社会への影響
(1)地域経済への影響
(地域の消費への影響)
都市の郊外で進んでいる高齢化は、その地域の経済活動に様々な形で影響を及ぼす。
まず、人口構成が変化し高齢化が進むと、以下のような要因を通じて地域の消費動向に少なからず影響が生じる126。
第1に、高齢化により家計の消費金額が減少する。第3章第3節の第3-3-6図で示したように、高齢者世帯では、ライフサイクル仮説が主張するごとく消費性向が上昇するものの、収入の低下により消費額が減少する127。
第2に、年齢が進むにつれて、ライフステージに合わせて消費支出する費目は大きく変化していく。第3章第3節の第3-3-7表でみたように、若年層では、家賃や外食代、洋服・履物、交通・通信への出費が多いが、40、50歳代の中年層では、教育関係費などに多く支出しており、60歳代以上の高齢層では、住居の修繕・維持費、保健医療費や家事サービス等に支出が向けられる傾向がある。
第3に、高齢化すれば消費する財・サービスの内容が変化する。そのため当然ながら利用する小売店やサービス店も変化する。また、身体的負担もあって買物に出掛ける頻度が減少し、店舗への客足が減少する。あるいは、高齢者になると車を運転しなくなり、郊外幹線道路沿いの大型小売店やレストランを利用せず、住居から距離が近い商店でしか購買しなくなる。
こうした変化は、その地域の小売販売に大きく影響を与えかねず、商店街の衰退につながったり、従来の業態では商売が成り立たず、撤退することになるおそれもある。
さらに、このような地域小売業の停滞が、逆に高齢化した住民の日常生活に影響を及ぼす面もある。経済産業省の研究会においても、流通機能や交通の弱体化とともに、食料品等の日常の買物が困難な状況に置かれている「買い物弱者」が増加し始めていることを報告している。内閣府調査によると、自分の住む地域で不便に思ったり気になったりすることを60歳以上の者に尋ねたところ、「日常の買物に不便」と回答した者が2001年調査では11.6%だったのに対し、2010年調査では17.1%に増加している。こうしたデータを基に、前述の経産省の研究会では、「買い物弱者」は高齢者を中心に全国で600万人程度に及ぶと試算している128。
このように、郊外地域の小売流通機能の弱化は、住民・小売業者双方にとって深刻な問題であり、適切な対応が求められる。
(地方自治体の税収への影響)
高齢化した郊外地域の自治体の財政面への影響としては、2通りが考えられる129。
第1に、地域住民が高齢化すると、稼得収入が減少したり、引退により収入源が失われたりするため、所得税収が減少する。また、郊外地域で人口減少等により住宅需要が減少し、不動産価格が下落すると、固定資産税収も減収となる。
第2に、高齢化の進行に伴って、地域の公的サービスへのニーズが変化し、その対応のために新たな財政需要が発生する。例えば、公的医療サービスを始めとする現物・金銭給付が増加するのみならず、街のバリアフリー化や人口減少に伴う市街地活性化策等の多様な対策を急ピッチで進める必要が生じる。また、少子化により、例えば初中等教育需要が縮減するといった事態に即して、公的サービスの供給体制を見直していく必要も出てくる。
(2)地域社会への影響
(地域コミュニティへの影響)
郊外地域での高齢化の進行は、経済活動への影響のみならず、地域社会の維持に支障が生じるおそれもある130。地域の住民コミュニティの活動は、街の美化・保全や防犯・防災上の安全の確保、共同施設・設備の維持・管理の分担、生活のゆとりや活力の向上等、様々な面で住民の生活を支え、持続可能な街づくりに役立っている。住民が一斉に高齢化すると、そうした活動への参加や経済的分担が困難となり、住民のネットワークも疎遠なものとなるおそれがある。
特に、高齢者は社会的孤立の状態に置かれやすく、内閣府調査によると、「地域とのつながりが必要」と考えている高齢者の割合は大都市でも92%と高いが、実際に「地域とのつながりを感じる」とした者は69%しかいない131。
このため、住民生活の維持と高齢者の生活支援の両面からも、地域コミュニティの維持・活性化は重要である。
(空き家・犯罪等社会面への影響)
これまで述べてきた住環境の劣化が進むことに加え、同一時期に形成された住宅ストックや地域インフラの老朽化が一斉に進むなど、住宅地としての条件が不利になり、地域の住宅地としての魅力が低下すると、地域からの転出が増加する一方で転入も減少することとなるため、住宅需要が低下し空き地・空き家が発生する。そして、その動きがまた地域の魅力を押し下げる方向に働く悪循環が進行する。
前述の東京都の住宅マスタープラン132でも、「将来の人口減少社会においては、住宅市街地が全体として魅力が乏しく、管理が不十分であったりするならば、個々の住宅も住み継がれることなく、居住者が減少し、空き家、空き地が増加していき、地域社会の持続可能性すら損なわれることが懸念」されるとしている。
(3)街の姿・あり方への影響
(都市のあり方への影響)
人口の減少が予測される中で、都市計画のあり方そのものを問い直す動きも見られる。首都圏全体として人口の伸びが鈍化する中で、これまでのような住宅需要やオフィスビル需要の増加を見込むことが困難になると想定される。そうした人口減少社会を前提とした都市づくりをどのようにしていくのか、都市政策の再検討が求められている133。
また、郊外においては、人口減少や“街の高齢化”が進むと、それに合わせた街づくりが必要となる134。例えば、都心から遠く離れ、最寄駅からの交通の便も悪く通勤・通学に長時間を要するなど条件が良くない住宅地では、今後人口が減少する中で住宅需要が減少するおそれがある。また、自動車移動を前提とした住宅の建設や、幹線道路沿いの大型小売店舗等の立地には、今後は限界があるだろう。さらに、都市設計としても、立体的に伸びた都市空間は高齢者の移動の負担となりかねない。街全体の配置から、個々の施設の設計に至るまで、高齢者に配慮した街づくりが求められる。
欧州等では、90年代から環境への配慮を主眼にスタートしたものではあるが、コンパクトシティの構想が注目され、街づくりの見直しが進められている。我が国においても、政府において取組が進められており、現行の都市再生基本方針135において、少子高齢化の進展で今後大都市においても人口が減少し、高齢者人口も急激に増加することに鑑み、こうした少子高齢化の進展等の変化に対応した都市再生のあり方を提示している。その中で、人口動態等の見込みを踏まえて都市計画の的確な見直し等を進めるとし、需給バランスの取れたコンパクトな都市の実現を図るとしている。また、急激に高齢化が進展している大規模ニュータウン等では、「医療・福祉サービスの的確な供給、コミュニティの再構築等を特に重点的に実施する必要がある」としている。
(交通インフラへの影響)
そうした街の基本設計の見直しに合わせて、交通手段の再検討も進められる必要がある。例えば、住民人口の減少に伴い、利用客が減少し、採算が悪化したバス路線がサービスを縮小したり廃止したりすることが懸念されるが、他方で高齢化が進行している地域でこそ、こうした公共交通手段の重要性は増している。高齢化した地域社会にとって、最重要課題の一つが移動手段の問題であり、これに対する対策が十分に講じられる必要があろう。
ただし、例えば東京の多摩地域では、その「東京都市づくりビジョン」において、都心から約30-40km内外に位置する八王子市、立川市、多摩ニュータウン、町田市等を含む地帯、即ち主に高度成長期に住宅地として開発されてきた地域で、業務、商業、文化、交流、教育、福祉等多様な機能を集約し、周辺住宅地とともに職住近接の自立した圏域の形成に取り組んでいるところである。東京都(2009)。