2.震災による経済活動への影響(フロー)
(1)震災前の東北経済
(震災前の景気動向)
経済のフロー面(景気や生産、消費、雇用等)への影響について検証する前に、まず震災前の全国及び東北地域の景気動向について振り返っておこう。2011年2月21日公表の月例経済報告によれば、一部に弱い動きがみられていた個人消費がおおむね横ばいとなり、輸出や生産にも持ち直しの動きがみられたことから、全国の景気は、持ち直しに向けた動きがみられ、足踏み状態を脱しつつあった。先行きについても、海外経済の改善や各種の政策効果などを背景に、景気が持ち直していくことが期待される状況にあった。
東北経済についても、2011年2月28日公表の地域経済動向では、個人消費が持ち直していたことに加え、おおむね横ばいであった生産が緩やかに持ち直してきたことから、景気は持ち直しの動きがみられることが報告されていた。このように、景気に曙光が射してきた矢先に、東北地域を大震災が襲うこととなったのである。
(震災前の東北経済の日本全体における位置付け)
次に、東北地域の経済活動水準が震災直前にどのような状況であったかについても、俯瞰しておこう。
第2-2-2表は、東北地域及び被災3県さらには津波被災地域について、震災前の基礎データを整理している。これによると、人口でみて東北地域は全国の9%、被災3県は5%、津波被災地域は2%をそれぞれ占めていた34。
- 各統計調査等により作成。表示単位未満の端数は四捨五入したため、内訳と計は一致しない場合がある。
- 東北は、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、新潟県。
- 総面積は、10月1日時点での数値。
- 漁業就業者数は、自営漁業と漁業雇われの合計。
- 県別の就業者数、完全失業者数、完全失業率は労働力調査参考資料のモデル推計値。
- 産業別構成比の第3次産業には、輸入品に課される税・関税、総資本形成に係る消費税の控除、帰属利子の控除を含む。
- 製造品出荷額等は、従業者4人以上の事業所による集計。全国、東北、県は速報値。うち津波被災地域は2009年の確報値。
- 漁業・養殖業生産額は、内水面の漁業・養殖業、捕鯨業を除く。「×」は秘密保護上、数値を公開しないもの。
- うち津波被災地域の就業者数・完全失業者数・完全失業率は、総務省「社会・人口統計体系」2005年数値。
- うち津波被災地域の漁業・養殖業生産額の全国比は、農林水産省「海面漁業生産統計」(2009年)の全国に占める魚種別漁獲量シェアを代用。
産業面について詳しく見るために、被災3県及び津波被災地域が我が国の製造業・農畜産業・水産業のそれぞれにおいて占めていたシェアをみたのが、第2-2-3図、第2-2-4図である。第2-2-3図は、製造業の各業種について、横軸に、全国の工業製品出荷額全体に占める当該業種の出荷額の割合をとり、縦軸方向には、当該業種における全国出荷額に占める東北地域のシェアをとり、スカイライングラフを描いている。このグラフで囲まれた面積は、全国の工業出荷額に占める東北地域のシェアを表すこととなる。さらに、赤い実線で囲んでいるのは、被災3県のうちの津波被災地域のシェアを示したものである35。
- 経済産業省「工業統計調査」(2009年)より作成。
- 個々の報告者の情報が判明するおそれがあるため数値非公表の場合がある。
- グラフ内赤線は被災3県における津波被災地域の割合。
ただし、統計の制約上、津波被災地域の市部のみで、町村部は含まない。
- グラフ下のパーセンテージは全国の製造業出荷額等の構成比。
- 農林水産省「生産農業所得統計」(2009年)より作成。
- 事実のないもの、個人又は法人その他の団体に関する秘密を保護するため数値非公表のものは0とする。
- 農林水産省「漁業・養殖業生産統計」(2009年)より作成。
- 内水面漁業・養殖業、捕鯨業は含まない。
- 事実のないもの、個人又は法人その他の団体に関する秘密を保護するため数値非公表のものは0とする。
- 生産額ベース。
前掲第2-2-2表にあるように、製造業全体に占める被災3県のシェアは3.7%となっているが、第2-2-3図でみると、個別業種では、情報通信機器(8.7%)、電子部品・デバイス・電子回路(7.3%)、飲料・たばこ(5.9%)、食料品(5.1%)で比較的高い全国シェアを占めている。また、津波被災地域に限っても、情報通信機器(全国シェア2.1%)、食料品(2.0%)、その他製造業(2.0%)でシェアが大きく、特に情報通信機器では福島県の津波被災地域の、食料品及びその他製造業では宮城県の津波被災地域の割合が高い。
農畜産業及び水産業についても第2-2-4図で示したが、農畜産業においては、被災3県は米でのシェアが13%に達するほか、ブロイラー(19.5%)や肉用牛(10.0%)でもシェアが高い。また、水産業においては、さんま(29.1%)、まぐろ(16.6%)、うに(16.6%)や、養殖わかめ類(81.6%)、養殖こんぶ類(19.4%)で被災3県が高いシェアを占めていた。
(震災前の東北経済の他地域との連関)
東北経済の域外との関係を移輸出入額でみたのが第2-2-5図である。移輸出入のデータを地域別に見ると、関東地域との移出入がそれぞれ東北の移輸出入額の半分を占めており、関東地域との連関が強いことが分かる。また、中部、近畿地域との間においても、移出入額がそれぞれ9%のウェイトを持っており、経済的関係が深いことが分かる。それと比較して、近接する北海道地域とは4%と連関が弱い。他方、輸出入はそれぞれ約2割を占めており、海外との関係が強いこともうかがわれる。
- 東北経済産業局「東北地域産業連関表」(2005年)より作成。
- 上段は、移輸出(入)額(単位:億円)。下段は、全移輸出(入)額に占める割合。
- 地域区分はB。
(2)マクロ経済全体への影響
(GDPの大幅な減少)
今回の震災を受けて、我が国経済全体は大きな衝撃を受けた。生産活動の急落と混乱、輸出の減退等に加え、消費の自粛や消費マインドの低迷もあり、マクロ経済は大きな落込みを示した。実質GDP成長率は2011年1~3月期に前期比△0.9%(年率△3.7%)の減少となったのに続き、4~6月期にも△0.5%(年率△2.1%)の減少となった。1~3月期には、家計最終消費支出や民間在庫品の減少が大幅であったのに加え、民間企業設備投資の減少や輸入増加もマイナス成長に寄与した。4~6月期には輸出の大幅な減少が経済成長率を押し下げた。
この実質GDPの動きを、阪神・淡路大震災時と比較してみよう(第2-2-6図)。震災前の94年10~12月期の実質GDPを100とすると、阪神・淡路大震災があった95年1月を含む1~3月期は100.9と上昇し、その後は円高の影響もあって秋に一時低下したものの、97年1~3月期まで上昇傾向にある。直接被害の大きかった兵庫県でも、1~3月期に98.3に落ち込んだ後、4~6月期には早くも急回復を示し、104.0にまで戻っている。これに対して、今回は、震災が発生した2011年1~3月期及びそれに続く4~6月期と、2期連続して低下したのである。
- 内閣府「国民経済計算」及び兵庫県統計課「四半期別兵庫県内GDP速報」より作成。
- 季節調整値。
(3)生産への影響
(震災後の生産の推移)
東日本大震災は、我が国の生産活動に大きな影響をもたらした。ここでは阪神・淡路大震災時と比較しながらみてみよう。まず今回の震災について、震災直前の2011年2月を100として鉱工業生産の推移をみると、全国では3月に震災の影響を受けて84.5まで低下し、4月も85.8に止まり、その後戻りつつあるが、8月でもまだ95.6と震災前の水準を回復するには至っていない(第2-2-7図)。
- 経済産業省「鉱工業生産指数」により作成。
- 季節調整済。
- 地域区分はB。
地域別にみると、やはり東北地域では震災直後の3月には64.9と、△35%も急激に落ち込んでおり、その後急速に持ち直してはきているものの、震災前と比してまだ1割程度のマイナスとなっている。また、他の地域でも、3月には東海、関東地域で大幅に低下したのを始め、九州、中国、北海道、近畿各地域でも5ポイント以上低下した。さらに東海地域では、4月にも73.8にまで大幅に低下しており、生産活動が混乱している模様がうかがわれる。夏からは円高の影響が加わっていることもあるが、8月時点で2月の生産水準を取り戻しているのは九州及び四国地域のみとなっている。
一方、阪神・淡路大震災の時は、震災直前の94年12月を100とした場合、翌年1月の生産は、震災被害を直接受けた近畿地域で95.4となったほか、東海地域でも94.3まで低下しており、全国的にも生産の低下が記録されたが、最大でも5ポイント程度の低下に止まっていた36。こうしたことからも、震災後の生産の落込みの深さや期間の長さの両面において、今回の震災がもたらした影響の大きさをうかがうことができる。
(生産の落込みの影響の試算)
今回の震災による生産への影響は全ての地域で見られたが、その落込みの期間や深さは、地域により相違している。そこで、その地域毎の影響の大きさを試算してみる。第2-2-8図では、3月以降8月までの鉱工業生産指数が2月の水準を下回る部分(図中赤色部分)を震災の影響により生産が逸失した部分と想定し、それが2月以降にもその生産水準が維持された場合の生産合計額(図中灰色部分及び赤色部分の合計)の何割程度を占めるかを計算している。
- 経済産業省、各経済産業局、中部経済産業局電力・ガス事業北陸支局「鉱工業指数の動向」により作成。
- 基準年は2005年。(P)は速報値。
- 地域区分はB(沖縄を除く)。東海は岐阜、愛知、三重の3県、北陸は富山、石川、福井の3県。
- 震災の影響分は、3月以降、震災直前の2月の値が持続したと仮定した場合の実績値との差の合計。
これをみると、3月以降の震災による鉱工業生産の逸失額は8.5%に上り、最大の東北地域の18.8%を筆頭に、東海地域の14.9%、関東地域で9.3%と、東日本を中心に影響が及んだことがうかがわれる。
(サプライチェーン寸断の影響)
今回の震災では生産へのマイナスの影響が長期間にわたって継続したが、その理由はサプライチェーンの寸断にあった。製造業で、原材料、部品・部材の調達に困難を来すことにより、企業の生産活動が滞ることになったのである37。特に乗用車生産における影響は深刻であり、例えばマイコン(半導体)を生産するメーカーの生産拠点が被災し部品供給が停止したため、完成車組立工場を一時的に操業停止せざるを得ない事態に陥った38。輸送機械のウェイトの大きい東海を始め九州、関東、中国地域で生産の低迷を招いたことは、前章で見た通りである。
経済産業省の調査によれば、4月上中旬の時点で、原材料、部品・部材の調達が困難な理由として「調達先の被災」を挙げた企業が素材業種の9割、加工業種の8割に上っており、調達不足解消の見通しを「7月までに」とした企業は素材業種で54%、「10月までに」としていた企業も85%もあり、事態の深刻さがうかがわれた39。部品・部材の代替調達先がないと回答していた企業は、4月には素材業種で12%、加工業種で48%に上っていたが、その後の企業の努力により、6月時点ではそれぞれ0%、18%に減少したとも報告されている(第2-2-9図)。
- 経済産業省「東日本大震災後の産業実態緊急調査2」より引用。
- 企業により複数の原料、部品・部材を使用しており、複数回答となっている。
こうしたサプライチェーンの寸断は地域経済にどのような影響を与えたのだろうか。東北地域と各地域との連関から考察してみよう。2011年度の経済財政白書では、製造業の業種別に、東北地域に部品等中間投入財の供給を依存する割合がどれくらい高かったかを分析しているが、これをみると、飲食品や電子電気機器関連、印刷、パルプ・紙、木製品、輸送機械といった産業で高かったことが報告されている40。ここではさらに、これらの業種別に、東北地域に依存する度合いが高かったのはどの地域だったのかをみてみる。
第2-2-10図では、横軸に、内閣府(2011a)で分析された、業種別の中間投入に占める東北依存度を、高い順に並べてある。縦軸には、この業種別の東北依存度に対する、各地域の業種別東北依存度の比率を特化係数にして示している。前掲第2-2-5図では関東地域が東北地域の移輸出入額の半分のウェイトを占めており、東北地域にとって関東地域が重要な取引相手であることがうかがわれたが、この図中のグラフをみると、関東地域の特化係数が全業種において高く、すべて1を超えており、関東地域からみても東北地域が重要な中間投入財の調達先であることが分かる。また、地理的に近接する北海道地域は、中間投入における東北地域への依存度が高い業種が多い。他方、これら以外の地域では、特化係数が1を下回るものの、中部、近畿地域で東北地域への依存度が比較的高い。業種別では、サプライチェーンの影響が大きかった乗用車及び自動車部品等では、関東のほかに九州地域で東北への中間投入の依存度が高かった。また、パルプ・紙では関東及び近畿地域で依存度が高かったことが分かる。今回のサプライチェーンの寸断の影響は、乗用車生産におけるマイコンの例のように特定の地域への特定の部品供給に支障を来したことに目を奪われがちだが、全体としてはこのグラフでみるように、広範な業種で広範な地域との間の供給体制が麻痺したと考えられる。
- 経済産業省「地域間産業連関表」(2005年)により作成。
- 地域区分はB。
(電力供給制約と生産の動き)
震災後の電力需要量は、サプライチェーン寸断等の影響による生産活動の停滞や、計画停電・節電努力により、大幅に減少した。第2-2-11図の①は、2011年2月以降の各電力会社管内の大口電力需要量を、2010年の各月の値を100とした指数で示している。これをみると、7月までは西日本を中心に前年を上回る水準で概ね推移したが、東京電力及び東北電力管内では大幅に減少した。これは、震災を受けて経済活動が本格的に回復していなかったことに加え、3月の計画停電の実施や、7月から9月初旬までの電力使用制限を受けた企業の節減努力が奏功したことによる。②のグラフにみるように、大口電力需要量と鉱工業生産指数の動きは相関度がかなり高いが、特に被災後の東北及び関東地域での鉱工業生産指数が電力の動きに相似して推移していたことが確認できる。
- 資源エネルギー庁「電力調査統計(業種別大口電力需要実績)」及び関東経済産業局、東北経済産業局「鉱工業指数の動向」により作成。
- 大口需要とは、主として動力を使用する需要で、契約電力(出力)が500kW以上の需要。
- 鉱工業生産指数は、2005年を基準年。季節調整値。2011年8月は速報値。
- 大口電力需要実績の地域区分は各一般電気事業者の供給区域に従う。鉱工業生産指数の地域区分はB。
(被災地の農林水産業への影響)
太平洋沿岸部に押し寄せた津波で、農林水産業にも甚大な被害が発生した。2011年8月23日現在で農林水産業関係被害の規模は、宮城県1.2兆円、岩手県5千億円、福島県4千億円で合計2.1兆円となっている41(第2-2-12図)。このうち特に水産関係被害が大きく、宮城県で7千億円、岩手県で4千億円、福島県で1千億円となっており、総額は1.1兆円(農林水産業全体の55%)に上った。特に岩手県では、農林水産業関係被害の8割以上が水産関係被害となった。
- 農林水産省「東日本大震災について~東北地方太平洋沖地震の被害と対応~」より作成。
- 2011年8月23日現在。
- 括弧内の数値は、農業関係(農地・農業用施設、農産物等)の被害金額。
- 農林水産省「東日本大震災による漁業経営体の被災・経営再開状況-漁業センサス結果の状況確認の概要-」より作成。
- 2011年7月11日現在。
- 福島県については東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う影響を考慮し状況確認の対象から除外されている。
農林水産省が2011年7月11日現在の漁業経営体の被災状況や経営再開状況を調査した結果によると、被害のなかった経営体数は、岩手県では全体の4%、宮城県では0.3%に過ぎない。また、被害を受けた経営体のうち再開したものの比率は、岩手県で全体の16%、宮城県で17%に止まっており、漁業関係者が厳しい状況下に置かれていることがうかがわれる42。
(震災の影響が波及した倒産動向)
震災関連倒産の状況は、第1章第3節で見たとおり、10月7日現在で382件43に達しており、阪神・淡路大震災時の発生後7か月の倒産件数が103件であったことと比較しても、今回の震災の影響が大きいことが分かる。地域別の倒産発生の経過をみると、阪神・淡路大震災の場合は直接被害の大きかった近畿地域に集中し、他地域では件数が少なかったのに対し、今回は直接被害の大きかった東北地域以上に南関東地域で倒産が多発しており、北海道、北関東、東海、近畿、九州地域でも比較的件数が多い。震災の影響が広く波及していることがうかがわれる(第2-2-13図)。また、月毎の推移を追うと、今回は震災後当初は東北地域の倒産件数の増加が多かったが、6月からそれを上回って南関東地域の件数が増加していった様子がうかがわれる。
- (株)東京商工リサーチ「倒産月報」により作成。
- 東日本大震災時のデータは、各月の集計結果の増分及び翌月の第5営業日時点での集計数値。
最新(10月21日現在)の件数は401件。
- 阪神・淡路大震災時のデータは、発生から7か月後の数値。関東12件、中部・北陸3件。
- 東日本大震災時のデータは、地域区分A。沖縄は該当なし。
阪神・淡路大震災時のデータは、「倒産月報」の地域区分に従う。
(4)消費への影響
(消費動向への影響)
家計消費も、震災の影響を受けて大幅な落込みを記録した。大型小売店販売額は、前掲第1-3-32図にあるように、震災直前の2月を100とすると、東北地域では3月に75.7にまで急落した。しかし、その後4月に90.0、5月には98.4と急速に回復し、6月には102.2と2月の水準を上回っている。それに対して東北以外の地域では、関東地域で3月に88.8まで低下したが、その他の地域では95前後の水準に止まっており、生産への影響と比較すれば相対的に下落幅は小さかったと言える。ただし、その後各地域とも緩やかに回復してはいるものの、8月時点でもまだ震災前の水準に満たない地域が少なくない。
さらに被災3県の動向を前年同月比でみると、3月に△31.4%の急激な低下となったが、4月には△10.8%、そして5月には+2.4%と早くも前年の水準を上回っている(第2-2-14図)。阪神・淡路大震災のケースでは、兵庫県の大型小売店販売額は95年1月に対前年同月比△15.1%となり、今回の震災時の被災3県よりは小さい落ち幅であった。しかし、神戸市内の主な百貨店が損壊して営業再開が翌年にまで延びたことから、売上高は2月以降95年中を通じて前年を下回り続けており、今回の被災3県の場合とは異なる様相を示している。
- 通商産業省「商業動態統計年報」及び経済産業省「商業販売統計」より作成。
- 全店ベース。上図の折れ線は前年同月比。
- 地域区分はB。
- 宮城県の数値が非公表のため、被災3県の百貨店及びスーパー販売額は不明。
- 阪神・淡路大震災時の兵庫県及び近畿については調査対象の見直しにより1994年7月以降に不連続が生じているため、便宜的に全国のリンク係数を乗じ、前年同月比及び寄与度を求めている。
(震災による消費者行動への影響)
震災の発生直後には、消費者による水、食料品、防災用品等(水、ミルク、カップ麺、レトルト食品、缶詰、乾電池、トイレットペーパー、おむつ等)の買いだめ行動がみられ、流通網の途絶と相俟って商品不足が発生する事態となった。内閣府経済社会総合研究所のアンケート調査によれば、調査時点の3月下旬で、地震や原子力発電所事故を受けて22%の者が新たに生活必需品を、16%の者が防災用品を購入したと回答している44(第2-2-15図)。そうした傾向は特に東日本で多く見受けられ、東北地域では生活必需品で41%、防災用品で33%の者が購入しており、関東でもそれぞれ3割、2割の者が購入していた。
- 内閣府「若年層(20~39歳)に対するインターネットアンケート調査」より作成。
- 地域区分はA。
- 調査時期は新潟を除く東北6県と茨城県は5月中旬。その他の都道府県は3月下旬。
- 凡例内の(A)+(B)を、震災を機に購買行動を行った者として定義。
- グラフ内の黒枠上の値は(A)+(B)の割合。
他方で、震災の発生は急速に消費マインドの低下や自粛ムードを惹き起こし、消費を押し下げた。第2-2-16図で内閣府「消費動向調査」の消費者態度指数の推移をみると、今回の震災後、同指数は3月、4月と大きく落ち込み、2月に40.6であった指数は33.4まで低下した。その後徐々に回復を続け、9月には38.5まで戻している。北海道・東北地域の同指数をみても、2月の39.3から4月の30.0にまで大幅に低下したが、9月時点では38.2とほぼ全国並みにまで回復している。なお、阪神・淡路大震災時は、当時データが四半期で公表されていたため月次の動きは定かではないが、震災発生後、95年9月までは傾向的に低下しており、近畿地域についてみても、震災後に水準が低下した後もそのまま低位で推移していたことが分かる。
- 内閣府「消費動向調査」より作成。一般世帯ベースの原数値。
- 東日本大震災の2011年は月次調査、阪神・淡路大震災の1995年は四半期調査。
- 東日本大震災のグラフは2011年3月、阪神・淡路大震災のグラフは1995年1月を1か月目とする。
- 北海道・東北は、北海道・青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県。
近畿は、滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県。
さらに、東京電力福島第一原子力発電所事故の関連で、一部の農畜産品から放射性物質を検出したことで風評被害も発生し、消費者の購買行動に大きな影響を及ぼした。例えば、7月には福島県産牛肉から放射性セシウムが検出されたことを受けて、牛肉の購買量が減少した。第2-2-17図で家計の牛肉購買量の推移をみると、2011年4月から6月にかけては、前年は口蹄疫発生の影響で購買量が減少していたこともあって、対前年同月比プラスで推移していたが、7月に福島県産牛肉から暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出されると、前年の同じ頃にはまだ口蹄疫の影響が収束していなかったにもかかわらず、マイナスの伸び率で推移している。
- 総務省「家計調査」より作成。
- 2人以上世帯の全国値。数量ベース。
- 2010年4月、宮崎県で口蹄疫が発生、同年8月27日に口蹄疫終息宣言。
2011年7月、福島県産肉牛から暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出。
(5)観光への影響
(自粛ムードや風評被害による観光業への影響)
震災の発生後、自粛ムードは消費者を観光から遠ざけることとなった。第2-2-18図は、民間大手旅行代理店の月毎の売上及び予約金額を示しているが、3月に前年の62%の水準にまで大きく落ち込んだ。しかし、その後は徐々に回復を続け、夏休み期間の7、8月にはそれぞれ93%、95%にまで戻り、さらに9月には前年実績を上回る売上高となっている。
- 9月までは売上実績、10月以降は予約状況での予測。10月2日時点。
- 某旅行会社提供データより作成。
- 地域区分はB。中部は長野・静岡・福井県を含む。
また、旅行先別でみると、東北地域は、震災直後の4月には前年の7%しか売上がないなど、大きく前年を割り込んで推移した。また、東日本で低位であるのに対し、西日本では高い水準となっている。特に九州地域においては、昨年は口蹄疫の発生等のマイナス材料があったこともあり、本年は震災後の4月には前年売上高を上回り、夏から初秋にかけても3~4割増と大幅に前年を上回って推移した。
一方で、前掲第1-3-44図にもあるように、震災は特に海外からの外国人観光客を激減させた45。原子力発電所事故に係る風評が大きく影響しているものと考えられ、東北地域に限らず全国各地で入込数が減少している。この旨は、景気ウォッチャーからも報告されている(第2-2-19表)。
(各地の観光業への影響の波及)
観光業の被害は、特に東北地域で甚大であった。震災による宿泊施設や観光資源への直接的被害に加え、いわゆる風評被害が重なり、復旧関係者・ボランティアの滞在や2次避難者の宿泊需要等を除いては、ホテル・宿泊業、飲食サービス業は厳しい状況に置かれた。観光業等の景気ウォッチャーの声を聴いても、「震災によりかなりの被害を受けており、今後のことは白紙状態」、「個人客、団体客ともキャンセルが続出」(3月)、「原発事故の風評被害により依然として県外からの客が落込み」(6月)といった窮状が報告されている。
例えば仙台市内の観光名所(仙台城跡、瑞鳳殿、市博物館)でも、来館者数は3月に前年の23%、4月には8%の水準にまで低下しており、夏休みの7、8月でも4割程度に止まっている46(第2-2-20図)。
- 仙台市観光交流課より入手したデータにより作成。
- 仙台城跡は青葉城本丸会館駐車場及びるーぷる仙台・路線バス利用者の合計。
- 仙台市博物館は2010年1月~4月19日まで改装のため、2011年3~4月は東日本大震災の影響のため閉館していることから、3~4月は同館を除く2か所の推移。
しかし、今回の震災のダメージは東北地域に止まらず、全国各地にも及んだ。例えば、沖縄の入域観光客数及び北海道の来道者数の推移については、第1章の第1-3-43図で既に見たが、震災発生後の3、4月には前年同月比で北海道では25%程度、沖縄でも2割程度の減少を記録しており、9月時点でもいずれもまだ前年割れの水準で推移している。
国内外からの観光客が多い京都市のホテル稼働率も、例年は春の3~5月は観光客が多い季節だが、2011年は震災直後であったことから3月は79%、4月は71%と低迷しており、6、7月になっても65%程度と例年より10ポイント以上低くなり、リーマンショックの影響が色濃く残る2009年時の動きに近くなっていた(第2-2-21図)。その後8月には88%と例年並みに回復したが、9月に再び低下している。
- 日本ホテル協会京都支部「ホテル宿泊状況」より作成。
- 2009年9月~2010年12月までの調査ホテル数は15、それ以外の期間は14。
- グラフ中数値は2011年。
(6)雇用への影響
(データで見る東北地域の雇用情勢)
震災を受けて東北地域では雇用情勢も悪化した。しかし、その後はデータで見る限りは、東北地域・被災3県・津波被災地域ともに回復方向に向かっている47。
東北地域の震災以降の有効求人倍率は、2月の0.54から3月に0.52、4月に0.49まで低下したが、その後上昇し、8月には0.62にまで回復している(第2-2-22図)。その内訳をみると、有効求人数は3月に前月比△5.4%となった後に4月には4.0%増加し、その後も増加し続け、8月も1.8%増となっている。有効求職者数は、3月に前月比△2.1%となった後、4月に10.5%増となり、その後も6月までプラスの伸びとなったが、7月からは減少に転じている。このように、有効求人倍率自体は徐々に上昇傾向を示したが、倍率の分子である有効求人数と分母の有効求職者数がともに大きく変動し、不安定な状況であったことに注意が必要である。
- 厚生労働省「一般職業紹介状況」より作成。
- 東北の値は、地域区分Aに合わせて内閣府で再計算した値。
- 以下の式により、求人寄与及び求職寄与に要因分解。
有効求人倍率=Oa/Aa(Oa/Aa)=1/Aa×Oa-Oa/Aa2×Aaただし、Oa:有効求人数 Aa:有効求職者数。
被災3県でみても、東北地域の変化幅を大きくした動きとなっており、2月に0.51だった有効求人倍率は、3月に0.49、4月には0.45まで低下した。その後は回復を続けており、8月は0.65まで戻している。有効求人数及び有効求職者数はそれぞれ3月に△8.9%、△5.6%と大きく落ち込んだ後、4月には逆に10.3%増、20.6%増と反発しており、特に求人数はその後も高い伸びを続けている。しかし、求人の具体的な内容をみると、震災直後は復旧関連の短期の雇用口が多かった。第2-2-23図で被災3県の新規求人倍率の対前年同月差を寄与度分解したグラフをみると、4、5月の求人需要は建設業からの新規求人が多く、製造業やサービス業48等の求人は少ない。6月ないし7月に至って、製造業や卸小売業、サービス業の求人が増加してきている。
- 岩手労働局、宮城労働局、福島労働局「職業紹介状況」より内閣府が作成。
- 岩手、宮城、福島3県の合計。
- 一般及びパートを含む全数。
- 以下の式により、求人寄与及び求職寄与に要因分解。
新規求人倍率=Oa/Aa(Oa/Aa)=1/Aa×Oa-Oa/Aa2×Aaただし、Oa:新規求人数 Aa:新規求職者数。新規求人数の業種別寄与の要因分解も同様に計算。
(雇用調整助成金等による生活の下支え)
震災により休業を余儀なくされた企業の雇用を維持するために、雇用調整助成金の特例措置の拡充が、また震災により失業した者の生活を支援するために、失業給付の特例措置の拡充が実施されており、それぞれ多く活用されている49。
雇用調整助成金は、リーマンショックの影響により2009年春に対象者数が増加した後は減少傾向にあったが、2011年3月から大幅に増加をしており、中国地域で前月から倍増し、東海では9割増、北関東でも6割増になったのに続き、4月にはさらに北関東、東北地域で対前月比倍増、北海道及び東海地域で7割増となるなど、大幅な増加が続いた(第2-2-24図)。その後多くの地域では5月以降は減少傾向に転じたが、東北地域では6月がピークとなっている。この結果、2月の対象者数に比べると、4月の対象者数は北関東地域で3.6倍、東海地域では3.2倍に上っており、6月の東北地域では実に4.2倍の対象者数に達した。さらに、被災3県についてみると、対象者数は大きく跳ね上がっており、4月には宮城県で15.2倍となり、被災3県で9.9倍にまで上昇している。阪神・淡路大震災の時も、兵庫県における対象者数は95年3月には震災前に比べて一時16.4倍に達していたことが分かる。
- 厚生労働省「雇用調整助成金等に関する休業等実施計画届受理状況」、兵庫県労働局提供データより内閣府が作成。
- 地域区分はA。
- 厚生労働省「雇用保険事業月報」、兵庫県労働局提供データより内閣府が作成。
- 地域区分はA。
また、この期間の雇用保険の失業給付も、4月に大幅に受給者数が増加しており、特に東北地域では震災前の2月の3.5倍にまで増えている。阪神・淡路大震災の時にも同様の動きがみられ、震災発生後3か月目には3.6倍に達していた。
(被災3県の雇用の実情)
このように、被災地域では、入手可能な雇用データから観察する限り雇用情勢も改善しつつあるが、実際の雇用の現場はどのようになっているのかを把握するため、9月初旬時点で現地調査を行った結果を第2-2-25表に取りまとめている。この調査の結果として、いくつかの留意点が指摘されている50。
(背景と見通し)
- 内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料」(2011年9月20日)より作成。
- 「激甚災害法の雇用保険の特例措置」の適用を受けると、事業所が災害を受けたことにより休止・廃止したために、休業を余儀なくされ、賃金を受けることができない状態にある場合、実際に離職をしていなくとも雇用保険が受給できる。さらに、被災3県(岩手、宮城、福島)の沿岸地域などで雇用保険の給付日数を再延長(9月27日)。
- 転出超過数とは、他都道府県への転出者数と他都道府県からの転入者数の差分をいう。記載値については、いずれも2011年3~7月の累計値。
例えば、「沿岸部では復旧・復興に伴う建設関連の求人(短期雇用が中心)がみられる程度で、被災者が望む水産加工業、卸小売業等の求人は少ない」など、業種・職種、正規・非正規、雇用期間(短期・長期)、年齢面での求人・求職間のミスマッチが示されている。また、復興計画の策定の遅れや二重ローン問題を背景に事業再開の見通しが立ち難いなどの事業者の声が報告されている。さらに、まだ統計に表れていない潜在的な求職者が存在し、失業給付や雇用調整助成金等の受給期間が終了した場合に求職者数が増大する可能性があることが指摘されている。こうしたことを踏まえると、被災地の雇用情勢は決して予断を許さないと考える必要があろう。
(7)景況感への影響
(景気ウォッチャーにみる震災後の日本経済)
震災発生からこれまでの景気の推移をみたとき、家計や企業の景況感あるいはマインドが経済全体の動きを大きく左右したことには、注意を要する。例えば震災直後の買いだめ行動、消費の冷込みや自粛ムード、風評被害等は消費者マインドの動揺の表れであったし、また、景気や原発事故問題、電力供給等の先行き不透明感が企業や消費者を覆っていたことは否めない。
内閣府「景気ウォッチャー調査」では、景気ウォッチャーの現状及び先行きの景況感がDIで統計として示されるとともに、具体的なコメントが紹介されているため、当時の経済活動の現場で何が起きていたかを、実感を持って回顧できる51。
震災発生に伴って景気ウォッチャーの景況感は一気に落ち込んだ(第2-2-26図)。現状判断DIは、震災前の2月調査の48.4から、3月調査(震災から2週間後の3月下旬)の27.7まで、統計開始以来最大の落ち幅を記録した。家計部門では、地震直後に水、食料品、防災用品等の買いだめ行動が見られた一方、物流が停滞して商品の入荷が不足したり、消費マインドの冷込みや自粛ムードで買い控えや飲食・旅行等のキャンセルが続出したことに加え、計画停電により営業時間が短縮されるなど、消費活動が翻弄された様子が景気ウォッチャーのコメントから読み取れる。また、企業部門でも、生産設備等の損壊や取引先企業の被災といった直接的被害のみならず、原材料・資機材の供給不足や入荷の遅延、さらには計画停電等により、生産活動が混乱を来していたことが、コメントされている。
その後、5月に36.0、6月には49.6と急回復して2月のDIの水準を上回り、景況感の面では震災前の状況に戻った。景気ウォッチャーのコメントをみても、4、5月調査では、景気ウォッチャーからは厳しい状況が伝えられていたが、一部で自粛ムードが弱まり購買意欲が上向きになったことや、復旧需要や代替生産のための受注増が出始めていたことが指摘されている。6月調査になると、消費マインドが徐々に回復し購買意欲も戻りつつあるのに加えて、猛暑や節電に伴って省エネ・エコ・クールビズ関連等の季節商材が好調になるなどの好材料が景気を押し上げたことがうかがわれる。企業部門でも、サプライチェーンへの影響が解消されて製造業の生産が回復し、それに伴って求人が増加していたことが、景気ウォッチャーのコメントに表れている。
しかし、いずれの期間においても、経済や原発事故問題、電力供給等の先行き不透明感が企業、消費者ともに高まっていたことも、併せてコメントされている。
7、8月調査結果では、現状判断DIもそれぞれ52.6、47.3となり、消費マインドが回復しつつあり、製造業の生産回復も順調に続いている。地上デジタル放送完全移行に伴う影響や急速な円高の進行による影響等、震災以外の要因に景気が左右されるようになってきていることが、景気ウォッチャーのコメントに示されている。
震災発生からの景況感の動きを地域別にもみてみる。第2-2-26図の右上のグラフは、2月から6月までの現状判断DIをレーダーチャート形式で示している。これをみると、2月はほぼ全地域で50前後の現状判断DIの水準であったが、3月には特に東北、関東地域の東日本を中心に大きく落ち込んだ。4月には西日本の一部でさらに悪化する一方、東日本で若干の改善が見られたが、全体として東日本の方が西日本より悪く、いわば東低西高の傾向が続いていた(グラフが左側に寄る形状になっている)。しかし、5月以降は偏りなくほぼ全国的に景況感が戻ってきており、特に6月には大幅に改善したこともあり、各地域とも2月とほぼ同程度の水準にまで回復している。
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