第2章 第2節 5 森林の整備保全に向けた多様な主体の連携
温室効果ガス削減のためには、産業や家庭等から排出されるCO2自体の量の削減に併せて、森林のCO2吸収力を高めることも重要となってくる。しかし、我が国の豊かな森林に恵まれている地域の多くは、人口減少や高齢化が急速に進んでいる地域と重なり、森林が荒廃している地域や荒廃が懸念される地域が少なくない。こうした課題を抱える地域において、地方自治体が、地域の林業従事者や森林組合等と、環境貢献に関心の高い企業や都市部の住民とを結びつけることで、森林の整備保全に向けての取組を進めている。さらに、森林の整備保全に対して、行政のみならず、民間企業の中にも、地域の林業関係者や行政等と連携を取りながら、民間資本を活用しつつ、課題を解決しようとする動きも始まっている。
(森林整備保全に向けた都市と山村の連携 ~企業の森~)
我が国の林業就業者数の推移をみると、1980年以降も減少が続き、2005年の従事者は、1980年当時の約7割となっている。加えて、林業分野での労働の多くは、急斜面での重労働であり、高齢の労働者には非常に厳しいものであるにもかかわらず、林業従事者全体のうち、65歳以上の占める割合は、1990年代に急速に上昇し、2005年には26.2%となった。全産業の就業者のうち65歳以上の占める割合は、2005年で8.8%であることからも、林業従事者における高齢化の進展が分かる(第2-2-15図)。
第2-2-15図 林業就業者数と高齢化率 |
(備考) | 1. | 総務省「国勢調査」により作成。 |
2. | 高齢化率は、65歳以上の就業者の就業者総数に占める比率。 |
多くの中山間地域において、森林の整備保全が行き届かなくなり、森林の荒廃が進んでいるなか、企業等の力を借りて森林を整備保全しようとする地方自治体が増加している。こうした仕組みは、「企業の森」と呼ばれることが多い。
「企業の森」は、和歌山県において、全国に先駆け2002年度から開始された。「企業の森」の仕組みは、森林(土地)所有者が、企業に無償で森林を貸し付け、企業は、借り受けた森林を社員の環境教育やリクリエーションの場として活用できる代わりに、日常の森林管理を地元の森林組合に委託し、その費用を企業が負担するというものである。県は、候補地の中から、「企業の森」を希望する企業の利用計画に合った森林を選定し、その土地に適した植栽樹種を決めた後、県、地元市町村、企業の3者の間で森林保全・管理協定を締結し、森林保全活動の方向性を固める。こうした仕組みを活用することで、中山間地域では、資金面で企業の支援を得ながら森林整備を行うことが可能になるとともに、都市部の住民である企業の社員やその家族との広域的な人的交流が生まれる等の効果も生まれている。
和歌山県で「企業の森」を開始した当初は参加団体数が少なかったものの、参加企業は着実に増加し、2009年10月時点において、協定を締結した企業・団体数(活動予定見込みも含む)は51ある(第2-2-16図)。また、和歌山県では、枝打ちや間伐などの森林整備作業で雇用を創出する「緑の雇用」事業を2001年度から開始し、県外から林業の担い手を募っているが、「企業の森」は、こうした新たな林業従事者に就労機会を設けることにもつながっている。
第2-2-16図 和歌山県「企業の森」協定締結件数と活動(予定)面積 ―森林環境保全に取組む企業等が着実に増加― |
(備考) | 1. | 和歌山県資料より作成。 |
2. | 2009年10月現在。 |
「企業の森」の取組は、県土の84%が森林である森林率日本一の高知県においても、「協働の森づくり」と名付けられ、2005年度から進められ、大手商社や地元金融機関等が参加し、2009年10月時点で協約締結数はのべ42件となっている。高知県の仕組みも和歌山県とほぼ同じものであるが、高知の「協働の森づくり」では、企業、県、市町村が原則3年以上のパートナー契約を結び、企業が森林整備のための協賛金を拠出し、この協賛金は協定を締結した市町村に直接提供され、森林整備等に活用されている。
このように、「企業の森」は、森林が多い地域、企業の双方にとってメリットのある仕組みではあるものの、企業の社員等が気軽に訪問しやすい場所であることも候補地選定の重要な要素となっており、選定には交通アクセス等の利便性も重視されているようである。
(環境貢献活動の数値化 ~「CO2吸収証書」の発行~)
企業の社会貢献や環境経営意識が高まるなか、「企業の森」への社会貢献活動を数量化するものとして、「CO2吸収証書」を発行する地方自治体もある。こうした取組により、企業の環境貢献度が分かりやすくなり、企業の環境貢献に対するインセンティブを高めることにもなる。
高知県において、2007年4月に全国で初めて導入された「協働の森CO2吸収認証制度」では、「協働の森」のCO2吸収量を明記した「CO2吸収証書」を協賛企業に交付している。証書の交付は、「協働の森」のうち間伐等を実施した森林の現地調査をした上で、その森林のCO2吸収量をIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の国際的なガイドラインに基づく算出式により算出し、温暖化対策や森林分野の専門家等から構成される専門委員会による審査等を経て行われる。和歌山県や長野県等でも、「企業の森」のCO2吸収量を「CO2吸収証書」として交付している。
山梨県でも、「企業の森」の整備によるCO2吸収量を認証し、「CO2吸収証書」を交付する制度を設けているが、同県の制度は、CO2排出量と相殺(オフセット)できる特徴を持つ。同県では、2009年度に施行された「地球温暖化対策条例」により、一定規模以上の事業者17は、温室効果ガス排出抑制計画の提出を義務づけられることになったが、こうした事業者が山梨県の「企業の森」に参加している場合、その森林の整備によって交付された「CO2吸収証書」に明記されたCO2吸収量を事業所からの排出量と相殺できることになっている。
(排出権取引に向けた地域の取組)
国内における温室効果ガスの排出権取引制度の創設を視野に入れ、地域の森林の持つCO2吸収力自体の価値を向上させようとする取組が、地元企業等の協力も得ながら、森林の多い地域で始まっている。
高知県では、県内の森林組合が集めた間伐材を化石燃料の代わりに使用する事業を、環境省が2008年11月に開始した「オフセット・クレジット(J-VER)制度」18の温室効果ガス排出削減・吸収プロジェクトとして申請し、2009年3月に国内初の認証を受けた。この事業で達成されたCO2削減量(J-VER制度の下で認証を受けたCO2削減量)は、首都圏で駅ビル等の商業施設を運営する企業がCO2排出枠として購入することで相殺されたが、これは、同社従業員が通勤で3か月間に排出する899トンのCO2に相当する。
長野県では、県と地域の環境NPOが中心となり、ペレットストーブを使うことで、個人でもカーボン・オフセットに参加できる事業を試行している。この事業では、県内の間伐材を原料としたペレット燃料を使用する利用者が実現したCO2排出削減量をクレジット化して、企業等に購入してもらい、その販売益をエネルギー利用者に還元するとともに、販売益の一部は、県内の森林保全費用にも活用されている。
(民間主体による森林保全の取組)
企業が自らの持つ林業や金融知識を活かし、地域の林業関係者や行政等とも協力しながら、地域の共有財産である森林の保全を実施しているケースもある。
岡山県の北東部に位置する西粟倉村は、村の面積の95%が森林であり、古くから林業の盛んな地域であったが、他の中山間地域と同じく、過疎化により森林整備の課題を抱えていた。森林の整備保全を継続して行うためには、間伐・搬出等の作業コストを削減することが必要となる。西粟倉村においては、多くの山村がそうであるように、小口の地権者の権利が入り組んだ森林が多く、効率的な間伐作業のためには、小口の土地を集約することが不可欠となる。そこで、森林再生を手がけている東京都内のコンサルティング会社が、小口に分散する土地を集約化し19、その土地を一括管理・運用することで、間伐等の森林整備費用を大幅に削減しようとしている。同社は、山主から集めた所有権を信託に出し、受益権を証券化することで出資を一般から小口出資の形態で募ることでファンドを立ち上げた。ファンドとして集めた資金は、地元森林組合への間伐作業の委託費等の森林整備費用にあて、同地域で生産される木材の販売による収益により配当が支払われる。このように、小口出資形式のファンドという仕組みを活用することで、企業だけでなく、環境保全や地域振興に関心のある個人も出資という形で、地域の森林に関わる問題の解決に参加できることが特徴的であり、新たな森林保全の手段とも言えよう。
17. | 原油換算のエネルギー年間使用量が1,500キロリットル以上の事業者。2009年度の対象事業者数は101。 |
18. | 「オフセット・クレジット(J-VER)制度」とは、国内のプロジェクトにより実現された温室効果ガス排出削減・吸収量をカーボン・オフセット(企業活動等に伴い発生する温室効果ガスを別の場所で実施された温室効果ガス削減事業に資金を提供することで相殺できる仕組み)に用いられるクレジットとして認証する制度のこと。VERはVerified Emission Reductionの略。 |
19. | 同社は、西粟倉村内の森林約3割にあたる1,500haの私有林を確保し、このうち、1,100ha分の私有林については、複雑に入り組んだ地権者を取りまとめて長期契約を結んだ。 |