第3章 第1節 6.観光カリスマがけん引する観光活性化

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(1)観光カリスマと観光地

観光カリスマとは、各地域で観光振興を成功に導いたキーパーソンを指す言葉であり、02年12月~05年3月にかけて、全国で100人が選定された11。埼玉県、福岡県、佐賀県を除いて、各都道府県で1人は選出されている(第3-1-7表)。観光カリスマは、すでに観光事業で成功を収め、先例として、地域の観光活性化を考える際の参考になり得る人々と言える。

第3-1-7表 都道府県別の観光カリスマ数

都道府県名 人数
北海道 7
青森県 1
岩手県 1
宮城県 1
秋田県 2
山形県 2
福島県 4
茨城県 1
栃木県 1
群馬県 3
埼玉県 0
千葉県 1
東京都 2
神奈川県 1
新潟県 4
富山県 3
石川県 2
福井県 1
山梨県 2
長野県 6
岐阜県 4
静岡県 2
愛知県 2
三重県 1
都道府県名 人数
滋賀県 1
京都府 2
大阪府 1
兵庫県 6
奈良県 1
和歌山県 2
鳥取県 2
島根県 2
岡山県 1
広島県 2
山口県 1
徳島県 1
香川県 1
愛媛県 4
高知県 1
福岡県 0
佐賀県 0
長崎県 1
熊本県 3
大分県 4
宮崎県 1
鹿児島県 1
沖縄県 6
海外(スイス) 1
(備考) 国土交通省「観光カリスマ百選」により作成。

全国には3,000を超す温泉地がある中、観光カリスマを輩出するような温泉地はごくわずかである。しかし、例えば、民間機関による温泉地の総合ランキングには、上位10温泉のうち、7温泉が観光カリスマのいる温泉であり、別の調査では最も満足した温泉地のうち、同様に上位10温泉のうち7温泉が観光カリスマのいる温泉であるなど、上位に来る温泉地は常に似通っている(第3-1-8表)。観光カリスマはどのような観光資源に着目し、それを磨き上げていったのだろうか。

第3-1-8表 観光カリスマと温泉ランキング

温泉地名 観光カリスマ 温泉総合 ランキング 最も満足した温泉地 ランキング
草津 中澤 敬 1 5
湯布院 溝口 薫平 2 1
登別 3 3
黒川 後藤 哲也 4 4
指宿 有村 佳子 5 10
道後 6 6
別府 鶴田浩一郎 7 2
和倉 小田 禎彦 8 11
下呂 9 7
有馬 金井 啓修 10 9
(備考) 国土交通省「観光カリスマ百選」、観光経済新聞、週刊ダイヤモンドにより作成。

温泉地の観光カリスマの成功要因に共通しているのは、個人客にターゲットを絞っていることと、1つの温泉旅館の中にとどまることなく、旅館の外に出る仕掛けを作っていることである。「温泉手形」のようなものを発行して、外湯めぐりを楽しめたり、宿泊と食事を分離させることで、旅館外で食事をすることが出来たりと、観光客が温泉地内を「そぞろ歩き」できるようになっている。

また、観光カリスマの中には、街並みや町屋などの建物を保存することで、訪れる人が安らぎを感じるような街づくりを進めているケースも多い。古さに価値を見出すことで、土塀や蔵が立派な観光資源になるのである。ただし、資源化に至るまでには関係者の相当の根気と努力が必要となるため、いかに情熱をそそげるかが決め手となる。

全く新しい観光資源を打ち出して成功した例もある。北海道帯広市の「北の屋台」は屋台村を全国的に発信する先駆けとなった。1人1万円、40人の出資者から集められた40万円の出資金で出来ること、という知恵から生まれたものである。その後、小樽、八戸、宇都宮と屋台村の手法は地域を越えた広がりを見せている(第3-1-9図)。

第3-1-9図 観光カリスマ 成功の類型化

第3-1-9図

(備考) 1. 国土交通省「観光カリスマ百選」により作成。
2. 観光カリスマが着目した地域資源により類型化した。

(2)観光カリスマの作られ方

観光カリスマは初めからカリスマだったわけではない。そこに至るまでに様々な経験を積んでいることが必須条件であると思われる。

現在の活動地域と出身地をみると、100人中78人が地元出身であり、やや意外な印象を受ける。しかし、18人が他地域での就学経験を、15人が他地域での就職経験を持ち、5人は出身地域と現在の活動地域が異なるIターンのケースである。さらに職歴を調べると、100人中転職経験者は47人である。うち26人は地元内で転職し、21人は他地域から地元への転職である(第3-1-10図)。

第3-1-10図 観光カリスマの経歴

第3-1-10図

(備考) 国土交通省「観光カリスマ百選」により作成。

また、地元に就職していても、何らかの形で外部の世界を知る経験をしていることが多い。「跡継ぎとして稲作農業に従事していたが、出稼ぎを経験し、外から農業を見直す機会を得た」(北海道上富良野町)や「私費でヨーロッパの観光地、温泉保養地の視察を行った。ドイツ南部の温泉保養地バーデンヴァイラーを訪れ、転機となった」(大分県由布市)といった声が聞かれる。外部の世界を知った上で、第三者的視点をもって地元を見直すことができるのは、大きな成果と言えるだろう。

さらに、彼らは決して順風満帆の道のりを歩んだわけではない。外的経済環境の変化によって、それまでのビジネスパターンが通じなくなり、経営が危機的状況に陥ったケースが何件もみられる(第3-1-11表)。逆境をどう跳ね返すのかに知恵を絞り、この時に閃いた画期的なアイディアがその後の成功をもたらしたとも言える。

第3-1-11表 危機的状況の体験

場所 施設名 危機的状況 取組内容
福島県いわき市 スパリゾートハワイアンズ バブル経済崩壊に入場者激減し、オープン以来初の経常赤字。 統廃合・部門独立性を採用し、収益基盤を強化。温泉テーマパークという新ジャンルのカテゴリーを創出。
東京都台東区 澤の屋旅館 周辺環境の変化により、旅館の利用者が減少し、赤字経営。 外国人客を相手にビジネスを開始。「夕食の取り止め」、「宿泊代の値引き」、「近所の食堂の英語のメニュー作成」、「周辺地図の作成」など複数の工夫を行った。
大分県由布市 由布院温泉 名も知られず、痩せた土地と湿地地帯を抱えた貧しい町。 ドイツ視察で、「緑と空間の静けさ」の重要性を学び、自然と文化が一体となったまちづくりを行った。

このような経験に加えて、観光カリスマが成功するまでには、いずれもある程度の年数を要している。観光カリスマが成功に至るまでの年数をみると、5~10年未満といった回答が最も多く、中には30年以上かかったケースもある(第3-1-12図)。カリスマたちの経歴をみると、しがらみの多い地域社会において、周囲の協力が中々得られなくとも、諦めずに何度も説得したり、自分の信念を曲げずに先頭に立って行動を起こしたり、こうした熱意が地域を結び、成功に至ったケースが多い。

第3-1-12図 成功に至るまでの年数

第3-1-12図

(備考) 国土交通省「観光カリスマ百選」により作成。

(3)観光カリスマの広がり

観光の持続性を考える上で、リピーターをいかに呼び込むかは重要である。観光地としての名声を勝ち得たとしても、時流に後れを取れば、あっという間に陳腐化してしまう可能性は否定できないからである。

観光産業における「誘致」の効果は長続きしない。観光カリスマを輩出しているような観光地では、リピーター獲得に成功しているとみられる。観光では、その土地に来てもらって、満足してもらい、再度来たいと思わせることが重要であり、そのためには仕掛けと工夫が必要となってくる。

観光カリスマは、地域の観光の活性化のために不可欠なものと言えるが、一方で過度の期待は出来ない面もある。観光カリスマのいる地域では、そのほとんどが、周囲へのプラス効果の広がりがみられる。しかし、広がりは当該市町村を越えるものは極めて少数である。こうした場合、観光カリスマが1県につき、複数名いる場合には、活性化される市町村数も多くなるため、全体的な底上げを図ることができるが、そうでなければ、観光の活性化が「点」で終わる懸念もある。

観光は、「点」から「面」へ広がりを持つことが成功の重要な要素だと言われる。広域的な観光の活性化に成功すれば、滞在時間や宿泊数も増えることになり、必然的に地域での消費も多くなるからである。観光カリスマ的な人が各市町村で出現し、相互に協力し合うことで、地域の観光に広がりを持たせることが重要である。


11. 内閣府、国土交通省、農林水産省を事務局とする『観光カリスマ百選』選定委員会によって、選定された。なお、観光カリスマは、07年10月31日現在、99人。

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