第1章 第2節 集積メリットの活用を模索する各地の実例 5.
(この地域の特徴)
- * 長年にわたる技術の蓄積と新製品の開発によって環境変化に対応
- * 産学官が連携してマグネシウム合金を利用した新製品の開発に取り組む
(伝統的な金属産業が発展をした集積)
三条市と燕市は、新潟県の中央北部、新潟市と長岡市のほぼ中間に位置し、北陸自動車道・三条燕インターチェンジと上越新幹線・燕三条駅という二つの交通インフラに恵まれている。産業構造をみると、ともに製造業、特に金属製品製造業が大きな構成比を占めている。具体的には、三条市においては利器工匠具(包丁等)、作業工具(ペンチ等)、燕市においては金属洋食器(ナイフ、フォーク等)、金属ハウスウェア(卓上用・厨房用器物等)の製造が中心となっている。
この金属製品製造業の集積の起源は、江戸時代の初期に農村の副業として始まった和くぎの製造にさかのぼる。これが、明治時代初期まで活発な活動を続け、その技術を利用して農機具や銅器の製造へと発展した。その後、三条市は利器工匠具等、燕市は金属洋食器等へと、製造する製品が時代とともに変遷したものの、そこには長年蓄積された金属加工技術が活かされている。さらに、三条市においては冷暖房器や研磨機等、燕市においては自動車部品やゴルフクラブ等が生産されるなど、伝統の加工技術に新しい技術を導入して多様な金属製品を生産している。このような過程を通じて、金属加工技術に加え、環境の変化に対応する能力も蓄えられてきたと言える。
(産業集積地のメリットを活かした新たな取組)
世界有数の金属加工集積となった三条・燕地域だが、中国など海外製品との競争や後継者不足の問題などによって、金属製品製造業の従業者数は長期的に減少している(左表)。この状況を踏まえ、地域に蓄積された技術を活かしつつ、製品の高付加価値化を図るために、新たな金属加工用素材として「マグネシウム合金」を利用した製品開発に取り組んでいる。
この取組は、産官の産業支援機関が中心となって作成した「産地地場産業振興アクションプラン」(2001年9月)がもとになっている。具体的には(財)新潟県県央地域地場産業振興センター(以下「地場産センター」)が中核となり、県の工業技術総合研究所、長岡技術科学大学、そして三条市、燕市や近隣市町村にある関連企業がチームを組む、産学官連携のプロジェクトになっている。中核となる地場産センターは、県、両市、両市の商工会議所等が出資して86年に設立された財団で、これまでも共同開発事業や新技術開発支援事業等を行って、地域の金属製品製造業の発展に貢献してきた。
このプロジェクトは、マグネシウム合金の特質に着目して高付加価値商品を開発することを目指している。マグネシウム合金は発火性が高いなどの加工の難しさがあり、原料費も高い点などから、これまでは一部の溶融型の加工しか行われなかった。
他方、マグネシウム合金は、軽い(アルミニウムの2/3)、強い(同じ重さの曲げ剛性はアルミ合金の1.3倍)、リサイクルしやすい、という特質を持つ。また、実用金属のうち、アルミニウム・鉄に次いで3番目に豊富な資源でもある。
さらに、県内の企業がマグネシウム合金の圧延加工技術の合理化研究を進め、コスト低減の可能性がみえてきたこと、県や大学で加工技術の研究が先行していたこと、そして、この産業集積に蓄積された技術によって合金板のプレス加工が可能なことなどを踏まえて、プロジェクトが開始された。
これまでのところ、携帯電話、パソコンやデジタルカメラの外枠、軽量ペンチなどが製品化されつつある。参加している企業は、プレス技術、塗装技術など多様な分野にわたり、蓄積されている技術の裾野の広さが伺える。このように多種多様な関連企業が集積していることが、集積のメリットになっている。高い技術力に支えられた製品は他企業が簡単に真似できないものであり、このプロジェクトによって製品化が軌道に乗れば、集積企業の競争力が大いに高まることが期待されている。
(新事業への挑戦を可能にする技術力の独自性と技術力に対する自信)
このプロジェクトに参加するプレス加工・金型製作企業の技術開発課長によれば、「加工できないものはない」と言えるほど技術力に信頼を置いているとのことであった。このような地域独自の高い技術力とそれに対する自信が、新製品開発に取り組む意欲を支えているものとみられる。そして、この集積の特色は、高い技術力を持ちながらも、新しい技術の導入に積極的ということであり、これが環境の変化に対応する能力の高さに結び付いていると考えることができる。