おわりに ―情報集積の場としての地域市場の拡大を目指して―

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地域経済は、地域間に強弱と時間の差をみせながらも、2002年前半にはすべての地域で景況が下げ止まりから持ち直しへと動いた。しかし、すべての地域においてデフレは継続し、ほとんどの地域において設備投資が減少している。倒産、失業も基調的に増加を続けている。金融システムと財政システムの安定性も危惧される中で、地方の財政状況も厳しいものになっている。こうした状況の中で、地域経済の安定と活力の向上のために有効な方策は何か。本レポートでは、新しい産業分野における雇用拡大の可能性に焦点を当てている。

新しい産業とは、これまでの産業とは違う分野の業種と職種を意味している。この中には、全く新規の分野もあれば、既に似たような業種があるものもある。全く新規の分野としては、かつてのゲーム産業があげられる。似たような業種のあった例としては、人材派遣、コミュニティバス、高齢者のためのケアハウス、長時間託児所、ペット美容室などがある。既存の分野と同じ産業に分類されても、新しい産業と呼べるものも多い。PDP(プラズマ・ディスプレイ・パネル)テレビ、DVD(デジタル多用途ディスク)、デジタルカメラ、インターネットのブロードバンド・サービス、デジタル衛星放送などである。

このような業種は、はじめのうちは既存の産業分類ではうまく分類できず、「その他」のところに分類されることが多いが、こうした「その他」のところで企業と雇用の伸びが高い傾向がみられる。このように、全国ベースで雇用の伸びが低くなる中で、新しい分野では雇用が創出されているが、この動きを加速することが、地域の雇用拡大のために必要となっている。

こうした新しい分野のなかには、IT関連の製造業、通信業、あるいは医療、環境関連の製造業などが多く含まれているが、特にサービス分野において雇用の増加が目立っている。今後成長の期待される新しい分野を中心に、サービス分野を整理し直すと、大きく9の分野に分けられる。これが、雇用拡大専門調査会の「例示」した「サービス9分野」であるが、本レポートでは、この分類に従い、現状の把握と将来の試算を行っている。

サービス9分野の就業者数をみると、89年から99年までの10年間で322万人の増加があった(ただし、これには医療の大部分と学校の一部が含まれていない。別の調査で医療(民営のみ)をみると、この間に50万人の増加となっている)。これを地域別にみると、高齢者ケア、医療などが各地で大きく増加した。さらに細かな分類をみると、「その他の」「他に分類されない」という言葉ではじまる業種で就業者が伸びており、このような新しい分野で雇用が増えている。

製造業の分野では、生産施設が集積されると、ラインの効率化、物流コストの節約、研究開発と生産の相互作用、ノウハウの蓄積、企業間の競争などにより、生産効率が上がり競争力が高まることが知られている。サービスの分野でも集積のメリットがあることを、本レポートは検証している。それは、サービスに対する需要者としての人口が集積している方が、サービスの種類が豊富になり、サービス供給者も伸びている傾向がみられるからである。人口の集積によって、ニーズがある程度集積されやすいこと、移動する距離が短くなることなど、供給側の効率も高くなる。消費者にとっても、サービスについての情報が早く得られること、多様なサービスを利用できることから、集積のメリットがあると考えられる。その一方で、サービスの種類によっては、人口の集積とはあまり関係のないものもある。医療、福祉、環境などの分野のサービスであり、こうした分野では地方圏や郡部の比率が高くなっている。

このような新しい産業分野の拡大-特に地方圏における拡大-を支援する仕組みとして注目されているのが、「構造改革特区」である。地域によって規制改革を先行させる「構造改革特区」の仕組みを利用すれば、いろいろな障害から遅れている規制改革そのものが推進されることも期待される。規制改革の実験場、先行事例として、規制改革の議論に対して貴重な情報を提供してくれるからである。

「構造改革特区」が地域の発案によることの意義も大きい。地域のニーズと地域の主体性を尊重し、地域の特性が発揮されるためのツールを提供することになるからである。構造改革特区が、新規の産業を誕生させ、そこが産業集積地として発展する可能性もある。日本は、他の先進国と比較して公的規制が広範囲に及んでいる上に、それが国内でかなり画一的であることに特徴がある。連邦制のアメリカでは、規制も税率も州ごとに違っている。また、フランスでは地域によって学校の夏季、冬季休暇にずれがあるように多様性がある程度認められている。構造改革特区によって、地域の特性が活かされ、新しい産業と雇用が発現されることで地域の市場が拡大してゆくことが期待される。

サービス業を中心とする新しい産業分野が発現する可能性は、どこにどれだけあるのだろうか。本レポートでは、雇用拡大専門調査会の「サービス産業雇用創出の例示」を参考に、2つのアプローチによって地域別業種別の就業者数の試算を行っている。一つは、9分野に属する就業者の地域別の分布をもとに、「例示」を前提として、地域別に分割した試算であり、もう一つは高齢者と女性の就業増と個人消費の増加を仮定し、地域別産業連関表などを用いて就業者数を計算したマクロ的試算である。

この2つの試算の結果をみると、就業者創出の分野別、地域別の分布はほぼ類似している。これは、両方とも地域別にみた潜在的需要(ウォンツ)が実際の需要(ニーズ)に転換することを前提としているためと考えられる。試算結果はもともと就業者の集中している関東などに創出数も集中するようにみえるが、人口規模を調整すると地方圏においても個人向け・家庭向け、福祉、医療、環境分野を中心に新しい産業と雇用が増える可能性があることが分かった。

「ウォンツ」が「ニーズ」として発現するためには、どんなことが必要なのか。デフレによる実質高金利、逆資産効果、貸出残高減少が需要に与える影響を軽視するものではないが、重要な要素は「供給側の構造改革」とみられる。いくら「ウォンツ」があっても、供給されていなければ需要として現れてこないからである。

現在は、住宅(とりわけ二次住宅)、観光・旅館、医療、高齢者ケア、育児、教育、金融など、供給構造が潜在需要に的確に対応していないことによる機会損失が広範囲に存在すると考えられる。「需要創出型の構造改革」は、この供給構造の転換を促進することを通じて、新しいニーズの発現を目指している。

特に、地域経済の潜在的な活力を引き出すために、地域の特徴を活かして製造業、サービス業などの分野において全国一律ではない供給構造の転換が期待される。サービス分野については、地域の企業や住民のニーズにきめ細かく素早く対応できる優位性を活かすばかりでなく、地球大でニーズを開拓することも可能である。既に、各地域で個人、企業、自治体、NPO(民間非営利団体)、TMO(タウンマネージメント機関)、TLO(技術移転機関)など多様な組織が活動を展開している。「構造改革特区」はこうした活動の支援にも役立つことが期待される。

このような組織が活動を展開する場が「地域の市場」である。市場にはウォンツについての色々な情報が集積されるが、そうした情報を活用する作業がマーケティングであり、このノウハウの蓄積は新しい産業分野の発現に有効と考えられる。情報集積地としての地域市場が有効に機能しつつ新しい産業分野により拡大してゆくためにも、マーケティングを含む企業と行政のマネジメント能力の向上と、それを推進する「仕組み」であるガバナンスの改善が一層重要となっているとみられる。

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