第1部 第3章 第3節 地域別雇用創出の可能性とその特徴
1.地域が期待する雇用創出分野
地方圏における新しい産業として、どのような分野が期待されているのだろうか。ここでは、地方自治体などへのアンケートをもとに、雇用創出の期待される分野とその実現に向けた方策について検討する。
地方自治体などに対し、新規に雇用創出が期待できる分野について期待度を尋ねたアンケートに基づき、サービス産業9分野を中心にその期待度を指標化してみたものが第1-3-15図である。全国的には、「高齢者ケア」の中の「民間の施設・介護サービス」への期待度が最も高い。次いで製造業であることからサービス9分野以外に分類されている環境関連機器産業が2番目に高くなっている。そして、「環境」の中の「廃棄物処理サービス」、その他の「バイオ関連産業」、「企業・団体向け」の中の「情報サービス関連」、「医療」という順になっている。
また、「個人向け・家庭向け」の中のコミュニティバスサービスと、「住宅関連」の中の不動産評価サービスについては、あまり期待度が高くないことが分かる。
これを地域別にみたものが、第1-3-16表になる。高齢化に伴って各地域において、民間の施設・介護サービス、公設民営ケアハウス、医療サービスなどの医療・福祉関連分野に対する期待が高い。また、情報サービスなどのIT関連分野、バイオなどの新規の分野への期待も高い。環境問題への対応から廃棄物処理サービス、環境関連機器産業も上位にある。特に、南関東と北海道などで人材派遣サービスが、北海道と東海ではロジスティクス支援サービス、沖縄では旅行・スポーツ・娯楽関連が上位にあるのが特徴となっている。
本章第2節の試算A、Bと比べて、「個人向け・家庭向け」への期待が小さいことも指摘できるが、地方自治体の立場からはニーズの見えにくい「個人向け・家庭向け」よりも、先端技術を用いるバイオ関連、IT関連とニーズの明確な医療、福祉分野に対する関心が高いことによると推察される。
このように、地域によって違いはみられるものの、環境、バイオ、福祉、情報などの分野への期待が高く、これは全国ベースで期待されている分野と重なっている。人材派遣、廃棄物処理、旅行・スポーツ・娯楽施設については、都市の規模や観光資源の特性を反映して、期待度に格差がみられる。
地方自治体が、新たな雇用に結び付く公的サービスとして企画しているものは、福祉と子育てに関するものが多い。具体的には、介護施設の充実、ヘルパー等人的資源の確保、保育所など施設の充実と保育士の確保などを通じた登録待機児童の解消が目標としてあげられている。
地方自治体による雇用創出の取り組みも多様になっている。公的業務の民間委託、ワークシェアリング、産学官共同研究の実施による新事業の推進、公立学校による社会人講師、森林作業員の採用などがその実例である。
2.目立って増加した新しい分野のビジネス
それでは実際にはどのようなサービス分野が具体的に事業化されているのだろうか。NTTの電話帳データの登録件数を利用して最近の状況を検証する。基本分類64業種のうちサービス分野を中心とする20の業種について1999年から2001年までの登録件数の増減率をみたものが、第1-3-17図である。これによると、人材紹介・代行サービスが大幅に増加した以外は、再生資源・中古品扱業、医療機関、清掃業・警備業、医療及び医療機械器具、放送・通信・報道などで増加している。
更に細かい分類に従って、地方自治体アンケートで雇用創出期待の大きい分野についてみたものが第1-3-18表である。「個人向け・家庭向け」では、家事代行・資産情報等サービスに含まれる「ハウスクリーニング」が22.7%増加している。また「運転代行サービス」「ベビーシッター」などが増加した。「医療保健情報提供」も増加している。旅行・スポーツ・娯楽関連に分類される業種では「ワープロ教室」「魚ペットショップ」「ペット美容室」「陶芸教室」「英会話スクール」「アニメショップ」「スポーツクラブ」などが増加した。
「企業・団体向け」では、「情報処理サービス」に約14,000件、「ソフトウェア業」に18,000件の登録があり、それぞれ増加している。「労働者派遣業」は約6,000件の登録があり、35.6%増加した。
「高齢者ケア」では、「介護サービス(在宅)」が3.4倍になり、公的介護保険の導入によって「介護サービス(施設)」も新しく約2,600件が登録された。「医療」と「環境」では、どの小分類においても増加が目立つ。この他、「住宅関連」の「リフォーム」、「子育て」の「児童福祉施設」などが2ケタの増加率をみせている。
このように、サービス9分野の間にも伸び率の違いがみられるが、それぞれの分野の中においても増加の大きなところとそうでないところが分かれている。そうした中で、新しい分野のビジネスが目立って増加していることが確認できる。
3.女性や高齢者の就業支援と雇用の創出
内閣府「平成14年版男女共同参画白書」によると、家庭にいる既婚女性のなかで、就業意欲の高い潜在的な就業希望者を加えると、女性の労働力率が育児期に低下する現象(いわゆるM字カーブ)が解消する。このような女性の就労に対する「ウォンツ」を実現するには、子育てと介護について、いろいろな支援策が必要とみられる。具体的には、登録待機児童の解消に向けた保育所の設置、延長保育や休日保育への対応、就学児童のための放課後児童クラブの充実などである。老親の介護負担を軽減する視点からもヘルパーの確保など介護サービスの充実も指摘されている。こうした子育てや介護における施策には、その遂行によって雇用が増えるだけでなく、就業可能な女性や高齢者が増えるという二重の効果が期待できる。
このようなサービス分野においては、女性や高齢者に適した職種も多い。NPOの参加、PFI(民間資金等活用事業)の活用、民間参入の条件整備などの施策によって雇用と女性と高齢者の参画がともに拡大することが期待される。また、高齢者の就業については、勤務時間と場所の選択肢を増やし、ワークシェアリングを進めるなど高齢者にとって働きやすい職場作りも有効とみられる。
4.新しい産業と雇用の創出を目指して
これまで確認したように、サービス分野を中心とする新しい分野において産業と雇用が発現している。人材派遣、情報サービス、医療・介護といった分野ではその傾向は明らかとなっている。
それ以外の分野についても、大きな分類でみると増加していなくとも、小さな分類をみると増加している業種は少なくない。再びNTTの電話帳の電話登録件数をみると、旅行・スポーツ・娯楽関連について、基本分類では「スポーツ及び関連産業」の件数はやや減少している(第1-3-17図)が、より細かな小分類をみると、「スポーツクラブ」は増加している(第1-3-18表)。また、基本分類の「教育」は減少しているが、小分類の生涯教育関連では増加した業種がいくつもみられる。このように、新しい需要をとらえて供給構造を対応させた分野において雇用が伸びていることが分かる。
このような新しい需要に対応して供給側が動くことによって新しい産業分野が発現することが重要で、需要創出型の構造改革はその動きが円滑になるように支援するものである。新しい需要(ウォンツ)があっても、供給側が対応していないために、実際の需要(ニーズ)に結び付かないのであれば、需要は実現されない。これが「供給制約による需要不足」であり、この状況下では、供給側の構造改革によって需要と雇用が創出されることになる。潜在的なウォンツを現実のニーズに転化させて需要不足を緩和するということができれば、人々の満足も高まり新しい産業と雇用も拡大され、各地域で経済活力が生み出される。そのためには、まずウォンツを知ることが大切である。
市場には、多くの人が集まり、ウォンツに関する情報が集積される。新しい商品・サービスもそこで評価され、改良されることで進歩が生まれている。ウォンツをニーズに転化するには、この市場の機能を活用することが重要となる。現在は、消費者の利用可能な情報量はインターネットの普及によって飛躍的に増大している。消費者間の情報交換も容易になり、自動車あるいは飛行機などでどこにでも買物に行けるようになっている。それだけ市場は拡大し、高度化している。
地域の経済が活性化するためには、このような市場の情報集積機能を活用し、供給者と消費者の情報交流を高めてウォンツを吸収することが考えられる。地域間の情報交流を活発にすると、他地域のウォンツを吸収すると同時に、自地域の特色を発信することができる。地域内のウォンツに対しては、きめ細かな素早い対応が可能という優位性を活かして地域密着型産業が発展する可能性がある。
既に多くの地域で、このような情報の集積と交流の高度化が進められている。それには各地域において企業組合やNPO(民間非営利団体)、TLO(技術移転機関)、TMO(タウンマネージメント機関)が機能している。地域内での情報交流不足、マネジメントやマーケティングそして資金調達のノウハウ不足などの課題についても取り組みが行われているが、ブロードバンドと新しい情報技術による放送、教育、情報交流なども、情報集積と拡散の効果を通じて、新しい地域ビジネスの基盤となることが期待される。
付注1 地域別産業連関表などを用いた地域別雇用創出の試算について
1.家計消費支出の増加等による最終需要変化に伴う生産額算出(全国ベース)
産業が活性化し雇用者が増大するためには、個人の所得増と消費性向上昇による消費活性化が必要と考え、消費増加の規定要因を[1]家計の所得増加、[2]余暇時間の増加、[3]将来不安の解消による貯蓄から消費へのシフトと捉えた。
(1) 所得要因の仮定
[1]妻の就業増加と就業条件の向上
夫婦と子どもからなる世帯(末子が未就学)の妻の有業率が将来的には米国の同種世帯の妻の有業率57.4%まで、有業者の内のフルタイム比率も米国の7割まで高まると仮定し、約5年後には妻の有業率44.5%、フルタイム比率は6割程度と仮定。
[2]パートタイマーの時間賃金率のフルタイマーとの格差縮小
対フルタイマーの賃金格差は0.3から将来的には0.6に縮小するが、約5年後には0.46まで格差が縮小すると仮定。
[3]高齢者の就業率上昇
男性60~64歳の労働力率は現在の72.6%から55~59歳と同程度の83.4%まで高まり、就業率も65.1%から77.4%まで高まると想定。65歳以上では労働力率は34.1%から37.0%まで、就業率は33.1%から35.9%まで高まると仮定。
(2) 貯蓄から消費へのシフト
将来不安の解消により消費性向が2000年の0.8152から約5年後には0.82145に高まると仮定。
(3) 家計消費の設定
上記(1)、(2)の要因による所得の変化と消費性向の上昇をマクロ消費関数に挿入し、推計した消費の伸びと、さらに5大費目別の消費支出シェア関数によって、女性や高齢者の就業増加によるサービス需要拡大などの消費構成の変化を世帯類型別の消費マトリックス(注)に反映させた。この消費マトリックスに世帯類型別世帯数を乗じることによりマクロの家計消費支出を算出。
(注)「全国消費実態調査」平成11年品目編をもとに、世帯類型ごとの消費支出の財・サービス164項目を、産業連関表の93分類に対応させた93×164の消費マトリックス。世帯類型は、夫婦のみ世帯(夫65歳未満)、夫婦のみ世帯(夫65歳以上)、夫婦と子供からなる世帯、単身世帯、その他世帯の5類型
(4) その他の支出項目の設定
家計消費支出と他の支出項目に関しては、家計消費との関係を考慮して変化させた。
(5) 産業連関表の投入産出表を用いた生産額算出と雇用者算出
(3)、(4)で設定した国内総支出額を、家計消費以外は投入産出表の最終需要項目ごとの財・サービス割合で財・サービス別に分割した。家計消費は前述のように世帯類型別の消費マトリックスに世帯数を乗じて、その費目計を求めて財・サービスの需要額とした。
以上を合計して最終需要を作成し、レオンチェフ逆行列に乗じて産業別生産額を求め、これに雇用者係数を乗じて雇用者数を求めた。
2.地域ベースへの加工手法
(1) 家計消費の設定
地域ごとの高齢者世帯や子供のいる世帯などの世帯類型別構成比の違いが地域ごとの消費の費目構成に影響を与えると考え、全国ベースの世帯類型別消費マトリックス(世帯当たり)に地域別の世帯類型別世帯数を乗じて地域別の消費を設定した。
(2) その他の支出項目の設定
家計消費支出以外の支出項目については、(4)で求めた全国ベースを地域産業連関表の地域構成比により地域に分割した。これを各地域の支出項目別の財・サービス構成比で財・サービス別に分割した。各需要項目別地域構成比は1990年から1995年にかけての構成比変化をトレンド延長している。
(3) 地域別産業別生産額の算出
(1)、(2)で設定した最終需要は、需要発生ベースであり、これを地域間交易係数により供給地ベースに変換し、部門間の取引を交易係数を考慮した地域間投入係数として扱い、そのレオンチェフ逆行列を求め地域別産業生産額を求めた。これに雇用係数を乗じ地域別産業別の雇用者数を算出した。
(4) その他別途試算
今後施策の充実によって必要となる介護サービスの労働力については、以下の手法で別途試算した。厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成10年)により地域別に世帯類型別の要介護者のいる世帯数(推計値)を用い、世帯類型別の要介護発生率を求め、これに地域別の世帯数推計値を乗じ要介護者を試算。次に「介護サービス施設・事業所調査」により利用者数に対する介護スタッフの人数を用い、推計発生要介護者に要する介護スタッフ数を試算した。
付注2 サービス9分野と産業連関表における産業分類の関係について
サービス9分野との対応に際しては産業連関表上の93分類を以下のように再編した。
なお、「その他の対個人サービス」、「その他の対事業所サービス」などのように、分割しなければ対応関係がつけられないものについては、産業連関表の雇用表393分類の就業者数の実績値(1985-90-95 接続産業連関表雇用表)を用いて、およその分割割合を推計して分割した。