第1部 第2章 第2節 構造改革特区を通じた地域経済の活性化

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本節では、構造改革特区と地域経済の活性化との関係について考察する。まず、地域間で異なった規制を行うことの根拠及び経済効果について考察した上で、特区の制度を地域経済の活性化に結び付けるために地方公共団体に求められる方策を例示することとする。

1.構造改革特区を通じた経済活性化

地域特性に応じた規制の特例を導入するというのが構造改革特区の考え方であるが、一般的には、規制の地域間格差は可能な限り整合化していくことが経済の活性化に結び付くと考えられている。例えばEUにおいては、市場統合の過程で、構成国の法令や慣習の違いから生じている技術的障壁(技術規制、工業規格、認証制度の違い、職業資格や卒業資格の違い、企業税制、政府調達における企業の国籍による差別や金融サービス・運輸サービスなどの分野での外国企業規制等)の撤廃を進めた。これにより、企業の競争が促進され、コストと価格の引下げが消費者に利益を生んだ他、企業立地が統合市場に適合されることにより資源の地理的配分が改善される等のメリットが生じたという(16)。世界的に拡大している自由貿易地域締結の動きやAPEC(アジア太平洋経済協力)、OECD(経済協力開発機構)、WTO(世界貿易機関)、ISO(国際標準化機構)等の活動も、規制・制度の調和と深く関係している。

では、長期的には国際的規模で規制の整合化が進む中、一時的にせよ、規制に地域間格差を設けることの根拠及び効果はどのようなものであろうか。

まず、地域間で規制に格差を設ける根拠となり得る地域特性の違いとしては、以下の点が挙げられる。

第一に、地理的条件や自然条件の違いが挙げられる。現在でも一部特例が設けられてはいるが、地域の実状に応じてよりきめ細かな規制を行うといったことが考えられる。

第二に、市場条件や産業構造の違いが挙げられる。これらの条件の違いは政府介入の根拠とされる市場の失敗が発生するかどうかに関係しており(17)、例えば、需要が大きいため市場メカニズムが十分に働く可能性がある地域において先行して規制を緩和するといったことが考えられる。

第三に、住民が必要と考える政府規制の程度についての地理的な差異が挙げられる。歴史的・風土的要因や、各地域の経済状態等の違いにより、規制改革に前向きな地域とそうでない地域が存在する場合、前者において先行して規制改革を行うということが考えられる。また、規制改革に対する取り組みの地域間格差には、住民の意向よりも既存事業者等の利益集団の影響力が強く作用している可能性があることに注意する必要がある(18)。

このような地域特性に対応して規制の特例を導入することにより、以下のような効果が期待される。

まず、地域を限定した規制改革の効果が全国的な規制改革を加速させる「ショーウィンドー効果」が期待される。すなわち、ある地域で先行して規制改革を行った結果、そのメリット及びデメリットが明らかになることにより、他の地域の住民の選好が変化する可能性がある。また、住民は反対をしていないものの、不利益を被る可能性のある利益集団が実質的に規制改革の進展を遅らせている場合については、特区の導入を通じてそのことが明らかになり、規制改革を進める大きな契機となる可能性がある。

また、制度改革に当たり、地域を限定して試行的に新制度を導入し、その成果を踏まえ、全国的な適用を実施するか否かを決めるという、「制度改革の実験」的効果も期待できる(19)。

更に、地域特性を活かした産業の集積が促進されることが期待される。集積は何らかのきっかけにより一度形成されると持続性・発展性を持つものであり(20)、特区の制度を活用して生まれた産業の集積が地域経済の新たな発展の契機になる可能性もある。

これらの効果を通じて、全国的な規制改革が加速されるとともに、地域経済の活性化が図られれば、構造改革特区導入の効果は大きなものになる可能性がある。

2.大店法の規制緩和と小売業への影響

規制改革を内容とした特区は内外にほとんど前例がないが(コラム1-1参照)、ここでは、地方レベルでの法律の運用の違いにより、地域間で規制の程度に格差が生じたことの効果を、旧大店法(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)の例でみることとする(21)。旧大店法においては、大型店の新増設、営業日数、開店時間を通商産業大臣への届出制としていた。同法は、地元の関係者からなる「商業活動調整協議会(商調協)」が実質的に出店調整を行うなど、特に80年代を通じて出店抑制的な運用が行われていたと言われる。その後、92年の商調協の廃止等、規制緩和が進められ、90年代の大規模小売店舗の新増設は80年代と比較して大幅に増加した(第1-2-4図)(22)。ここでは、80年代と90年代の大規模小売店舗の新増設の状況とその小売業への影響について考察を行う。

まず、82年と91年の間の大規模小売店舗の売場面積の増加率を都道府県別にみると(第1-2-5表)、最大の沖縄県(112%増)から最低の和歌山県(4%増)まで大きな差があることがわかる。増加率の上位10県(以下「80年代上位10県」と表記)及び下位10県(以下「80年代下位10県」と表記)をみると、その経済的・地理的属性は様々であり、このような大きな格差の生じた背景には各県における大店法の運用の違いが影響している可能性が示唆される。そこで、82~91年の売場面積増加率の全国平均、「80年代上位10県」平均、「80年代下位10県」平均により、大規模小売店舗及び小売業全体の活動状況を、80年代と90年代について比較してみることにする(第1-2-6図)。

まず、82年から91年の間の変化についてみてみると、「80年代上位10県」では大規模小売店舗の販売額の増加率が全国平均に比べて大きくなっている反面、「80年代下位10県」では販売額の増加率も小さくなっている。興味深いのは、「80年代上位10県」では大規模小売店舗を除く小売業についても販売額及び従業員数の増加率が全国平均に比べ大きくなっており、逆に「80年代下位10県」ではそれが全国平均に比べ小さくなっていることである。大規模小売店舗の新増設を抑制することが大規模小売店舗以外の小売業の保護・育成には必ずしも役立っていないことがうかがわれる。

更に興味深いのは、91年と99年の間の動向である。まず、「80年代下位10県」は、90年代には逆に全国平均や「80年代上位10県」を上回る大幅な大型小売店舗の売場面積の増加を記録している。また、売場面積の増加を反映して、大規模小売店舗の販売額も「80年代下位10県」が全国平均を2倍以上上回っている。大規模小売店舗を除く小売業についても、従業員数は80年代よりも増加率を拡大している他、販売額は90年代の全国と比較して相対的によい数値を記録している。

以上から、[1]80年代に大規模小売店舗の新増設が進んだ地域においては、90年代においても引き続き活発な新増設の動きが続いており、また、そのような地域においては80年代、90年代を通じて小売業の活動が全国平均と比較して好調であった、[2]80年代に大規模小売店舗の新増設が低調であった地域においては、90年代においては一転して全般的に新増設の動きが活発になり、また、これらの地域においては80年代は小売業全体の活動が全国平均と比較して低調であったのが、90年代には全国平均との格差がむしろ縮小した、といったことが分かる。

以上の分析からは、大規模小売店舗の新増設を抑制することが既存の事業者の保護につながるわけではなく、むしろそれを積極的に進めることが小売業全体の活性化に結び付くこと、また、地域間競争がこのようなプロセスにおいて重要な役割を果たしていることが示唆される。この背景には、[1]大規模小売店舗の新増設は消費者の購買意欲を拡大する、[2]大規模小売店舗の新増設はその他の小売店舗の営業努力を促す、[3]大規模小売店舗の新増設が進まない場合、消費者は他県での購入を増やす、といった動きがあると考えられる。

3.特区を活かす地域の取り組み

では、構造改革特区を地域経済の活性化に結び付けるために地方公共団体に求められる方策としてはどのようなことが考えられるであろうか。

[1]対象分野の明確化

まず、特区を活用して伸ばしていこうとする分野を絞り込み、必要な規制改革分野を明確化することが重要であろう。その際、全国各地で同種の産業が発展するという規格大量生産時代の発想ではなく、他地域との差別化を重視する必要がある。また、集積のメリットが発揮されるような分野に着目することが重要である。

戦略を立案する際には、他地域や諸外国において成長している企業・産業の事例や、経済・社会構造の変化により今後成長が見込まれる産業についての予測等を参考にすることが有益である。本レポートもそのような指針の一つになることを意図している。

[2]グローバルな観点の重視

従来から、規制が障壁となって進出を妨げられてきたと考える外国事業者は多い。また、外国事業者は特例措置を生かして国内の事業者が思いつかない画期的な事業を行い、新たな市場を開拓する可能性もある。外国事業者のニーズの把握は、特区の企画の段階から重要な鍵となるであろう。

一方で、中国を始めとしたアジア諸国は急速に工業化を進めており、特区の企画に当たっては、国内だけでなく、世界的規模での地域間競争を念頭に置く必要がある。我が国に比べ遥かに労働コストの安いアジア諸国等との競争の観点から、単なるコストの引き下げではなく、新たな付加価値を生み出すための施策を打ち出すことが重要である。

[3]マーケティングの重視

構造改革特区の内外の企業等への広報は極めて重要である。特例措置の内容や地域の様々な特性について、可能な限り早期に広報を行うことが重要である。このことに関しても諸外国から学ぶ点が多い。例えば米国においては、地域に関心を持った企業に対して州や郡、市の首長によるトップセールスが盛んに行われている他、多くの州が企業誘致を主要な役割とした在外事務所を各国に設置している(23)。構造改革特区の導入を契機に、我が国の地方自治体においても地域のPRに関する積極的な取り組みが開始されることが期待される。

<コラム1-1> 内外の特区等

構造改革特区を巡る議論に際して、しばしば内外の「特区」及び特区的政策が比較の対象とされる。これらには特定地域を対象に例外的な措置を採るものであるという共通点はあるものの、内容的には今般議論されている構造改革特区とは大きく異なるものが多い。

  • 沖縄地域における情報特区、金融特区等
    2002年に成立した沖縄振興特別措置法には、沖縄地域における「情報通信産業特別地区(情報特区)」及び「金融業務特別地区(金融特区)」の創設が盛り込まれた。これらは、沖縄の特殊事情に鑑み、特例措置を講じ、沖縄の振興を図ること等を目的とするもので、前者は情報通信産業の集積の牽引力となる特定情報通信事業を行う企業の立地を促進すること、後者は金融業務の集積を促進することを目指している(前者は名護・宜野座と那覇・浦添の2地区が、後者は名護市が指定されている)。何れの制度についても対象事業者に対する課税の特例措置が取られることとなっている(法人所得控除35%と投資税額控除15%の選択適用等)。なお、沖縄における企業立地の促進と貿易の振興に資することを目的に1998年に創設された「特別自由貿易地域」においても、35%の法人所得控除等の措置に加え、法人事業税、不動産取得税、固定資産税等の免除が行われており、現在までに8社の企業が立地している(沖縄県調べ)。
  • 我が国における都市再生緊急整備地域
    近年における急速な情報化、国際化、少子高齢化等の社会経済情勢の変化に対応した都市機能の高度化及び都市の居住環境の向上を図るため、2002年6月に都市再生特別措置法が施行され、同法に基づき、「都市再生緊急整備地域」の指定が進められている。この制度の内容は、都市開発事業者からの都市計画の提案の制度、既存の都市計画を全て適用除外とする新たな都市計画制度の創設、期限を区切った都市計画決定、公的施設整備支援、事業立ち上がりの金融支援等となっている。
  • 中国の経済特区
    中国では、国内産業の振興を図るとともに、外国資本の誘致を進めるため、改革開放に転じた当初の1980年に、広東省の深セン、珠海、汕頭、福建省のアモイを「経済特区」に指定し、その後88年には海南島も追加された。これらの特区では、政府の資金によってインフラが整備され、企業に対する所得税の減税等の優遇措置がとられている。
    中国の経済特区は、社会主義体制の下で資本主義的経営を認めるという実験を行うというものであった。しかし、特区の成功を受け、改革開放が全国的に拡大され、更に、WTO加盟を経て中国経済が全面開放の段階に入ったことにより、特区はその歴史的使命を終えようとしているとも言われる(関2002)。
  • 米国のエンタープライズゾーン
    米国においては、衰退する都市内部の活性化や雇用の創出を目的として、80年代の初めから各州において「エンタープライズゾーン」の指定が行われている。同制度は地方政府が実施主体となっているため、特例措置の内容も州によって異なっているが、指定地域内において投資を行い、雇用を創出した企業に対する税の減免、補助金の給付等が中心となっている(Bondonio2001、各州ホームページによる)。
  • 韓国における特区の構想
    韓国では、北東アジアのビジネスの中心国となることを目指して、ソウル近郊に新しく開港した仁川国際空港や、南部の釜山港の周辺地域等5地域を2003年初めにも「経済特別区」に指定し、大幅な規制緩和やインフラの重点的な整備を行うことが検討されている。特区内における特例措置は2002年中に決定される予定であるが、現時点で検討されている主な内容は以下の通りである(Korea Investment Service Centerホームページ、韓国貿易センター(KOTRA)ホームページによる)。
    • 2003年より、外国企業を対象に、労働者派遣を全職種について無期限に認める
    • 新たに操業する一定規模以上の外国の製造業に対して、法人税、所得税を減免
    • 外国人を対象とした外国の病院及び薬局の設立の自由化
    • 行政文書の英語での記載を認める
    • 韓国ウォンに加え、米ドル、円、ユーロの流通を認める
  • 16)田中他(2001)参照。
  • 17)政府による規制の根拠、規制改革の意義については、Armstrong, Cowan, and Vickers(1994)、Stiglitz(1988)、OECD(1997)、清野(1993)等を参照。
  • 18)横倉(1995)参照。
  • 19)八代(2002)参照。
  • 20)Krugman(1991)、Fujita, Krugman and Venables(1999)参照。
  • 21)旧大店法に基づく参入規制は、中小小売店の保護という政策的目的に照らして過当競争を回避すべきと判断された例に挙げられるが、過当競争あるいは破壊的競争を政府介入の根拠となる市場の失敗の類型に含めることについては懐疑的な見方が強い(横倉(1995)参照)。
  • 22)大店法の規制緩和の経緯については内閣府政策統括官(2001a)参照。
  • 23)経済企画庁委託調査(1998)参照。

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