平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第1章 景気停滞が長びく日本経済

第3節 低水準の続く住宅建設

住宅建設は,消費税率引上げ前の駆け込み需要により96年には極めて高い水準となった後,その反動減で急減,97年半ば以降おおむね横ばいで推移してきたが,98年に入って分譲住宅の着工が弱含みになるなど,依然低水準が続いている。しかし住宅建設の不振は,単に駆け込みの反動によるものだけではなく,金利低下や取得価格低下といった取得能力改善要因が長期間持続していることから一巡してきていること,個人が先行きの経済や将来の自分の所得について不安を持っていること,などの経済条件を反映しており,住宅建設はしばらく低調な動きが続くとみられる。しかしながら,世帯の増加数が堅調に推移し,建て替え需要も増加してきており,住宅建設需要は潜在的には存在していると考えられる。

このように,新規の住宅需要が一巡しつつある現在,ライフサイクルに見合った住み替えへの潜在需要に住宅供給がこたえられるようにならなくてはならない。既にセカンドハウス取得の促進や,特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除(所得税)の創設などの措置がとられているが,さらに根本的な措置として,定期借家権の導入等を含む借地借家法の改正などによって,良質な住宅の供給に対する阻害要因を取り去ることが必要である。

1. 低水準続く住宅需要

(最近の住宅建設の動向)

新設住宅着工戸数は96年10月の年率179万戸をピークに急減し,その後おおむね年率130万戸前後で推移していたものの,98年に入って分譲住宅の着工が弱含みになるなど,依然低水準が続いている。

このうち,持家の着工戸数は大幅に減少した。分譲住宅の着工戸数は大きな減少がみられず,堅調に推移してきたが,分譲マンションの需給をみると,在庫の積み上がりがみられ,今後在庫調整が長期化することが懸念される( 第1-3-1図 )。

住宅需要の低迷が生じた第一の要因は,消費税率引上げ前の駆け込み需要とその反動減である。消費税については,引渡し時点での消費税率が原則として適用されるが,特例により,96年9月までに契約すれば97年4月以降の引渡しになっても3%の消費税率が適用されることになっていたことに伴い,駆け込み需要とその反動が大幅にかつ長期間に現れたものと考えられる。この影響がどのくらいあったのかをみるために,推計値と実績値とを比較すると,96年中に実績値が推計値を9万戸程度上回り,97年中にはほぼ同程度下回っている。ここで用いている推計式は,住宅着工に影響のあるすべての要因が織り込まれたものではないため,観察されるかい離のすべてが消費税率引上げによる駆け込み需要とその反動減であるとはいえないが,相当程度の影響があったものと考えられる( 第1-3-2図 )。

第二に,経済の先行きに対する不透明感と将来所得に対する不確実性が住宅建設に対してマイナスの影響を及ぼした部分もあった。前掲 第1-3-2図 の推計によれば,97年後半の家計のマインドの悪化が最近の住宅建設に相当程度影響を及ぼしていることが確認できる。すなわち,持家着工戸数(季節調整済)は,97年後半において前半と比較して約5万7千戸減少したが,持家着工関数の雇用環境の寄与度をみると,そのほとんどが雇用環境の悪化によるものである。

最近の住宅取得能力の動向をみても,96年までは低金利が追い風となって上昇していたが,97年になって家計の貯蓄の減少により低下した( 第1-3-3図 )。また,将来所得に対する見通し(人的資産)( 注1 )をみてもこのところ低下しており,将来所得の不確実性が住宅建設の動きを低調なものとしている。

(住宅建設の潜在需要)

上記の要因はあくまでも短期的な要因であり,消費者マインドが回復してくれば落ち着くと考えられる。ここでは今後の住宅建設の動向を左右するより長期的な要因について考える。

住宅建設の長期的な水準を決定する要因としては,①世帯数の増加による新規の住宅需要,②老朽化した住宅の建て替え需要,③別荘など日常生活では使用されないセカンドハウス(通常居住世帯のない住宅)や空き家の増加,といったものが考えられる。

第一に,新規の住宅需要については,いわゆる第二次ベビーブームの世代が世帯を形成していく時期を迎えつつあることから,堅調に推移している。第二に,住宅の建て替え需要については,特に築後25年を超える住宅のストックが増加傾向にあるとみられることから,若干高まりつつあるものと考えられる。第三に,空室数(空き家数)は安定的に増加してきている。

こうした要因を総合してみると,世帯数増や建て替え需要を中心として住宅建設需要は潜在的には存在していると考えられる( 第1-3-4図 )。

2. 住宅の潜在需要の発掘

(住み方の多様化と住み替え促進のための政策)

以上のような潜在需要を顕在化させるため,政府は,昨年の11月の経済対策においてセカンドハウス(二次的住宅)の供給促進策を講じるとともに,平成10年度税制改正においてバブル期に住宅を購入し,住宅の含み損を抱え買換えに踏みきれないでいる者の住み替えを支援するための税制上の優遇措置(特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除)を創設し,また,今年4月の総合経済対策においても,住宅取得促進税制の拡充(平成10年居住分について6年間の控除限度額の総額を170万円から180万円に引き上げ等)や住宅金融公庫の融資条件の緩和(優良田園住宅の建設を促進するための宅地造成融資の拡充等)を行ったところである。

セカンドハウスは総務庁「住宅統計調査」の「二次的住宅」のストック数でみると全国でほぼ一貫して増加してきているが,東京圏,大阪圏ではその伸びが低い。( 注2 )また,住宅ストック総数に対する二次的住宅の比率をみると,三大都市圏における二次的住宅の比率はそれほど高くなく,その比率も年を追って微増するにとどまっているが,その周辺部(とくに長野県,山梨県,静岡県)においては,比率が高く,年を追ってその比率が着実に高まってきていることが確認できる。一方,建設省「住宅需要実態調査」においては,93年時点において,サンプル世帯の2%程度(97年時点の世帯数は約 4,550万世帯)がセカンドハウスの購入計画をもっており,とくに東京圏,大阪圏で潜在需要が強い( 注3 )。政府は住宅金融公庫融資の拡充(地域限定要件の撤廃,面積要件の緩和)など,セカンドハウスの供給を促進するための措置を講じたところであり,こうした措置を通じてセカンドハウス需要が顕在化することが期待される( 注4 )。

また,政府は,特定の居住用財産の買換え等の場合の譲渡損失の繰越控除制度(所得税)を創設(ただし,住宅取得促進税制との選択制)した。これにより,住み替えによって生じた譲渡損失分を1年目における損益通算とあわせ合計4年間にわたって所得から控除することができるようになった。一定の前提をおいてこの制度の効果を試算してみると,とくに譲渡損の大きい世帯に対する効果が期待でき( 注5 ),バブル期の極めて地価水準(住宅価格)の高い時期に購入し,その後大きく価値が下落した住宅を所有している人々にとっては,住み替えのための一助となるものと期待される( 第1-3-5図 )。

(さらに本格的な住み替え需要の喚起策)

しかし,今後本格的に住み替え需要を喚起するためには,こうした措置だけでは不十分であり,中古住宅市場の整備や借地借家法の改正などが必要であろう。

日本における既存住宅(中古住宅)の取引量はアメリカ,イギリスと比べて低い( 注6 )。日本でも住み替え需要は強いが,実際の転居率はアメリカの年17%,イギリスの年11%に対し日本は年6%にとどまっている。特に持家世帯の転居率が低い。

日本では転売を前提としていないため,建売住宅に比べて注文住宅の比率が高く,アメリカで建売住宅が9割を占めるのに対し,日本では注文住宅が8割を占める。またメンテナンス水準が過小となっている可能性が高い( 注7 )。これらのことは,中古住宅市場の整備の遅れが住宅のモビリティーを制約していることを示唆している。

中古住宅市場においては,売り手と買い手の間の情報の非対称性が取引の妨げとなっている。物件情報の流通の促進という意味では宅地建物取引業法の改正やインターネットその他情報媒体の普及により,ある程度改善されてきているものの,個々の住宅の性能については,依然として買い手にとって情報が不足しており,住宅の品質についての評価システムの整備などを検討すべきである。

また,現行の借地借家法により,優良な貸家の供給が阻害されている可能性がある。特に貸家は持家と比較して規模が小さい( 第1-3-6図① )。現行の借地借家法においては,いわゆる「正当事由条項」の存在により,借家人の権利が極めて強く保障されているため,相対的に住み替える可能性の低いファミリー向け賃貸住宅の供給が阻害されていると考えられる。継続的に住み続ける世帯の「継続家賃(消費者物価指数の民営家賃)( 注8 )」は新規に貸家を借りる世帯に適用される「市場家賃(住宅統計調査の単位面積当たり借家家賃)( 注9 )」の上昇率より低く抑えられているという結果も得られている( 第1-3-6図② )。このことは,家主にとっては,継続的に住み続ける可能性が相対的に高いとみられるファミリー世帯向けの貸家を供給するよりは,むしろ相対的に住む期間が短いとみられる単身者等向けの貸家を供給する方が良いというインセンティブが働くことになることを示している。逆に,借り上げ社宅については,家賃改定でトラブルが少なく,入居者の回転が良いといった要因により,比較的規模の大きい優良な貸家が供給されている( 注10 )。

前述のような潜在住宅需要が実際の需要となるためには,居住者がそのニーズに合った住宅を見つけることができる環境を整備する必要がある。その意味では現在,本格的な居住の場として借家を志向する世帯が増加しており,定期借家権等により借家権の存続する期間を限定できるようにすることは,各需要層に見合った多様なタイプの貸家の供給促進につながると考えられる。現在,既存の借家契約については現行通りとしつつ,新築の建物や空き家にかかる新規契約について従来の借家契約と選択可能な制度としての定期借家権を導入すること等を内容とする借地借家法の一部を改正する法律案が国会に提出されている。

(住宅投資回復へのシナリオ)

前述のように低金利や住宅価格の低下から,借り入れ能力でみた住宅取得能力は高水準にあるが,将来所得への不安から,家計は将来所得の減少を見込んでおり,主観的な取得能力は低下している。そのため,住宅建設はしばらく低調な動きが続くとみられるが,既に策定されている経済対策や定期借家権の導入など,各種の施策が効果を発揮すれば,良質な住宅の供給に対する阻害要因が除去され,潜在需要が引き出されることが期待される。