平成10年

年次経済報告

創造的発展への基礎固め

平成10年7月

経済企画庁


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第1章 景気停滞が長びく日本経済

第4節 減少する生産と企業収益

97年度に入って,国内最終需要の停滞に加え,秋口より外需も次第に伸びが鈍化し,在庫が積み上がって鉱工業生産は弱含みになっていった。秋頃には耐久消費財では一時的に在庫調整が進んだが,生産財では耐久消費財の減産などの影響から在庫が積み上がった。さらに秋以降の消費の一段の低下によって,耐久消費財なども再び在庫調整を余儀なくされ,生産は減少傾向となっている。

企業は97年度下期には全般的に減収減益となり,98年度上期もこの基調が続いている。しかしこうした状況下でも製造業大企業を中心にコスト削減に成功し,97年度に過去最高益をあげた企業も少なくない。新たな構造変化に対応するためにも,一層の効率化や財務改善によって新たな事業機会に挑戦できるリスク対応力を養うことが企業に求められる。

1. 長期化する在庫調整と減少する鉱工業生産

(長期化の様相を呈する在庫調整)

97年度に入った当初は家計を中心に国内の最終需要が落ち込んだが,製造業は輸出の好調の継続,内需の回復期待から,むしろ高水準の生産を続けた。在庫は3月までの駆け込み需要で低水準となったため,意図的な積み増しの動きもあって大幅に増加した( 第1-4-1図 )。7~9月期には,出荷は若干回復の動きをみせたもののその動きは鈍く,最終需要財産業を中心に逆に在庫過剰感が高まった。このため耐久消費財産業においては生産調整によって一時在庫の調整が進んだが,生産財産業は耐久消費財産業の減産などの影響から,在庫が積み上がった( 注1 )。そこに秋以降の民間最終需要の落ち込みと,これまで出荷を下支えしてきた輸出の鈍化( 注2 )が加わり,減産を上回る勢いで出荷が減少した。この結果,鉱工業全体としては,出荷が急速に減少するなかで依然在庫の増加が続き,在庫率が第一次オイルショック時に次ぐ水準にまで高まるなど在庫が極めて高水準となり,一段の生産調整を余儀なくされるとともに在庫調整は長期化の様相を呈している。この結果,企業の在庫過剰感も高まっており,生産活動は低下している。

(川上部門にまで波及した在庫調整)

財別に出荷・在庫の動きをみると( 第1-4-2図 ),足元ではいずれの財においても出荷が減少し,在庫が増加する局面にあるが,そこに至るまでの動きはやや異なる。

このうち,耐久消費財については,97年4~6月期に在庫が大幅に増加し,出荷を下支えした外需の伸びが徐々に低下するなかで内需の回復が鈍かったことから夏頃には生産調整局面入りを余儀なくされた。この結果,夏以降在庫は一旦は減少傾向に転じたが,97年秋に最終需要がマインド面からさらに一段の落ち込みを見せたことなどにより,出荷の減少傾向がより鮮明になり98年1~3月期には在庫が再び増加する局面となっている。

一方生産財については,7~9月期前後までは出荷が緩やかに伸び続けていたが,夏以降の川下部門での生産調整により出荷が急激に減少し,生産を減らしたにも関わらず在庫の伸びが拡大した。97年末から足元までの出荷の減少には,後述するアジアにおける景気の大幅な減速に伴う輸出の落ち込みもある程度影響しているものとみられる。また,耐久消費財と生産財の出荷の動きをみると,今回の局面では1四半期程度の生産財の動きが遅れていることから,耐久消費財を始めとした最終需要財の需要の落ち込みが生産財の出荷のさらなる落ち込みに発展する可能性も否定できない。

(アジアの通貨・経済危機の日本の鉱工業生産への影響)

アジアの通貨・経済危機と生産の関係についてみよう。アジア向け輸出の低下が生産全般に与える影響をみると,3月の鉱工業生産のマイナス5.1%のうち0.7%程度マイナスに寄与している( 第1-4-3図 )。これに加えて輸出の減少に伴う中間需要の減少の影響があると考えられるため,アジア向け輸出の減少の影響はそれよりも大きなものとなろう。しかしながら,これまでのところアジア向け輸出の減少が国内生産の減少に与えている影響は部分的であり,国内需要の停滞の影響が現下の局面ではきわめて大きいと推察される。

これを業種別にみると( 注3 ),全業種ともアジア向け輸出は11月を境に大きく落ち込んでいるが,輸出に与えている寄与が相対的に大きいのは電気機械と一般機械である。電気機械についてはアジア向け輸出がこれまで生産の伸びに大きく寄与していたが,プラスに寄与しなくなっている。ただし,電気機械の場合は現地生産のための部品や中間財が主流で,現地生産は主として域外輸出向けに生産されるため,アジア経済混乱の影響を受けにくく,マイナスへの寄与も小さい。これに対して,一般機械は輸出が減少し11月以降生産に対し大きくマイナスに寄与するようになっている。これはアジア地域での設備投資が大きく減少してしまっていることを反映していよう。また,財別の動きをみると,アジア向けの輸出は最終需要財,生産財をとわず減少している。

2. 減益傾向の中で広がる企業間体力格差

(97~98年度の企業収益の動向)

企業収益の動向を日本銀行「企業短期経済観測調査」でみると,企業収益は94年度以来増益局面が続いてきたが,97年度下期と98年度上期は,需要の低迷に伴う売上不振によって減収減益に転じる模様である( 注4 )。

97年度全体としても4年ぶりの減益に転じることが確実となった。業種別にみると,上期は個人消費や住宅建設の低迷から非製造業では減益,一方で輸出の好調を反映し製造業は増益となったが,下期に入ると,輸出の増益寄与は続いたものの家計と企業の景況感の厳しさが実体経済に影響を及ぼし,輸出の増益寄与を上回る内需の減少が起こり製造業も減益に転じている。98年度については,同調査でみると上期は97年度下期に引き続き製造業,非製造業ともに減収減益となるものの,下期には売上げも回復し再び増益に転じるという見込みになっている( 注5 )。

(コスト圧縮の成功不成功)

企業の収益構造について,製造業・非製造業別にその動向をみると,製造業では大企業を中心に人件費の削減などを通じたコスト圧縮努力によって収益改善の効果が大きかったのに対して,非製造業ではその取組が遅れている( 第1-4-4図 )。製造業では労働コストの比率を下げ,営業利益率も改善しており,とくに大企業ではバブル末期の水準にまで業績を改善させている。これに対し非製造業では,労働コストの圧縮も営業利益率の改善もほとんど見られず,96年度までの収益改善は低金利等によってもたらされたものであることが分かる。とくに97年度に入って売上高が減少傾向に転じている局面では収益性確保のためのコスト圧縮が求められている。

企業がどの程度金利負担に耐えられるかといった金融危機に陥るリスクを表すインタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益÷支払利息)を製造業・非製造業別にみると,製造業・非製造業ともに近年おおむね回復傾向にあることがわかる( 第1-4-5図 )。しかしながら回復の要因をみると,製造業においては金利の低下に加えて本業である営業利益の増加が収益構造を回復させるとともに,負債の圧縮も回復に寄与しているのに対して,非製造業においては収益構造の改善に寄与しているのは主に金利の低下であり,利益要因や負債要因はむしろ悪化方向に寄与している。こうしたことからも,非製造業においては依然として収益構造の改善は遅れており,今後規制緩和等による海外勢力をも含めた競争の激化に対応するためにも収益性の向上が急がれているといえよう。

収益構造の確立が進展している企業と遅れている企業が併存している状況は,個別の企業における収益の動向からもみられる。97年度の上場企業の経常利益で過去最高額,過去最低額を記録している企業数をみると,両者ともに増加している( 注6 )。特に97年度は企業収益全体としては減益傾向にあり,そのなかで過去最高を記録している企業数が増加していることは極めて特徴的な動きといえる。最高益を記録している企業には製造業の割合が高いが,このような背景には,後述するバブル後遺症の清算といった企業の抱える財務面での負担が比較的軽い製造業と比較的重い非製造業との業績格差が拡大していることとともに,同じ業種のなかでも業種全体が減収減益となる厳しい事業環境のなかでも,収益性の向上等によって堅調に利益を伸ばせる企業とそうでない企業との格差が顕著に現れてきていることが指摘できよう。

(バブル後遺症の清算としての特別損失)

97年度の企業収益をめぐる特徴として,主として建設業や不動産業をはじめとする非製造業を中心に,多額の特別損失を計上した結果最終損益が赤字に転じる上場企業が目立つ点が挙げられる。これは,①バブル崩壊により抱えることとなった不良資産・債権の整理,②バブル期に推進された多角化経営の行き詰まりによる子会社の清算,さらには③株価低迷によって低価法を採用する企業では株式評価損の計上を余儀なくされるといった動きがみられるためである( 第1-4-6図 )。

この背景としては,上場企業の倒産が相次いだことに加え,97年秋以降の金融機関破たんによる金融システムへの信頼低下やアジア経済・通貨危機の影響もあって企業や家計の景況感が厳しさを増すといった状況のなかで,経営環境の急激な悪化にも耐えうる財務体質作りが急務であるとの考え方が各社に広がった結果,非製造業のうち少なくとも上場企業についてはより本格的なバランスシート調整を図る必要がでてきたものとみられる。こうした動きによって非製造業においても新たな発展を目指す素地ができるものと考えられる。ただし,特別損失を計上した企業は,総じて業界のなかでも売上高が大きく,また財務的な体力に比較的余裕があるとみられる企業が中心である。企業規模が小さく体力に余裕の少ない中堅以下の企業についてはいまだこうした対応は顕著にはみられず,依然として大量の不良資産を抱えたまま存続させている企業も数多く残っているものとみられる。

(増加する企業倒産)

97年春以降,企業倒産( 注7 )は前年を上回る水準で推移し,98年にかけては増加幅の拡大がみられている。97年中は建設業や卸小売業といった非製造業が件数増に高い寄与を示していたが,98年に入るとそれに加えて収益や生産の低迷を反映して製造業の倒産件数も前年比大幅増加の傾向をみせている。

このように足元では増加傾向が続く企業倒産であるが,バブル期に企業数が大きく増加してきたこともあって企業数に対する倒産比率はなお80年代前半などより低い( 注8 )。この原因としては,①低金利政策のもとで企業の借入れ負担が軽減されたこと,②バブル崩壊後に景気下支えのための数次にわたる財政出動が行われた結果,建設業を中心に業況悪化に歯止めがかけられたこと,さらには③中小企業に対する政府の倒産防止諸施策が,例えば総合建設業の倒産の際に懸念された,取引先企業の倒産による中小企業の連鎖倒産を抑止するといったような点で効果をあげていること,等が挙げられよう。

97年の倒産動向での大きな特徴は,上場企業の倒産がここ30年来みられなかった高水準にあることであり,またこれらが全て非製造業の倒産であったことである。こうした大企業が倒産すると,関連子会社や取引先企業などが併せて倒産するいわゆる連鎖倒産がみられる。また,97年秋に発生した複数の金融機関の経営破たんによる金融システムへの信頼低下も,家計や企業の景況感が厳しさを増し景気が停滞した背景の一つとして挙げられよう。こうしたことから,大企業の倒産の影響は社会に与える心理的な影響まで考えると,極めて大きいといえる。

バブル崩壊後の倒産負債総額について企業規模別の動きをみると,バブル崩壊直後は,中小企業の大型倒産が急増している( 注9 )。これは,不動産業を中心に資本金をはるかに超える負債を抱えて経営が行き詰まり倒産した企業が多かったからであり,バブル以前の中小企業の1社当たりの負債額平均がバブル崩壊直後に一段と上がっていることが,このことを物語っている。一方,97年は負債総額が過去最高となったが,これは主に大企業によるものであり,倒産した大企業の1社当たりの負債額平均が大きく増加している。大企業の負債総額の増加は,主として①金融機関が不良債権の償却を活発化させたことによる系列ノンバンク等の大型倒産,②不良資産を抱えていた総合建設会社等が民需や公共事業の減少を受けて立ち行かなくなったこと,等による。他方倒産件数のほとんどを占める中小企業の倒産負債総額は,増加傾向にはあるものの依然としてバブル崩壊直後の2年間を下回っている。こうしたことから,非製造業の上場企業の倒産件数が二桁になったこととあわせ,本格的なバブルの清算がここへきて大企業に及んできたといえる。

(企業財務の改善はどこまで進んだか)

マクロレベルでみた企業のバランスシート調整の進展度について,非金融法人企業部門の負債比率(負債/時価評価した総資産)でみると,バブル期にかけて大きく低下している( 第1-4-7図① )。これは,バブル期に企業の保有する土地や株式の価格の上昇によって大きなキャピタルゲインが発生したことが原因である。そしてバブル崩壊後,地価・株価の下落がキャピタルロスをもたらした結果負債比率は上昇し,80年代前半の水準にまで戻っている。このように,負債比率の動きはバブル期の資産価格の変動に大きく左右されている。

そこで,生産設備の概念に近い純固定資産との関係で負債の比率をみた(前出 第1-4-7図① )。これによると,負債比率は負債の調達が進んだバブル期に上昇したものの,バブル崩壊後の92年にはバブル前の水準にまで戻っている。こうしたことから,企業の負債と純固定資産との関係では,負債比率はおおむね適正な水準にまで戻ってきており,これで見る限り企業のバランスシート調整は一見完了したかのようにみえる。

ところが,企業活動による資産の収益率について,企業部門の営業余剰を純固定資産で除したもので見ると( 第1-4-7図② ),バブル崩壊後著しく低下してきており,その低下幅は88年と94年とを比較するとその差が7%強にも及び,金利の低下幅を上回っている。95年に入ってようやく改善する兆しがみられているものの,改善幅は小さいものとなっている。これは,高い伸びで行われたバブル期の投資に,結果として収益率の極めて低く資源の無駄な投下となっていたものがあったことが,全体の収益率を低下させていると考えられる。

こうした企業のもつ資産の収益率の低下は,実質的な価値が毀損していることを表している。よって,今後も収益を生まないような不良資産の償却と負債の圧縮を進める必要があり,その意味で企業のバランスシート調整は依然として完了していないといえよう。

一方,ミクロレベルでみると,97年には非製造業の上場企業の倒産が多数発生しており,特に非製造業においては大企業でも財務状況が悪化していることをうかがわせる。こうした問題の顕在化が遅れている要因としては,例えば連結決算の対象になっていない関連会社に対して出資や貸付けを行っておりそれらが不良債権となっている場合などは,特別損失が計上されたり,倒産によってバランスシートが修正されたりするまで公開される企業の財務諸表には現れないといった問題が指摘できる。97年に倒産したある中堅の総合建設会社のバランスシートをみると,清算時の資産の時価評価に伴う資産価値の毀損や有価証券報告書に記載される保証債務だけでなく,清算時に回収不能と位置付けられた多額の貸付金が帳簿上資産に計上され続ける場合もみられる。この結果,倒産後に回収不能分が大きく減額されるなどしてバランスシートが大幅に修正され,修正前は資産が負債を上回って自己資本が存在していたにもかかわらず,修正後には大幅な債務超過に至っているのである。このように企業が開示義務のない不良債権を抱える場合,部外者が企業会計上これらを事前に把握することは現状ではかなり困難である。こうしたバランスシートに現れない不良資産を含めると,とくに非製造業のバランスシート調整は依然として進んでおらず,体力のある企業から特別損失の計上が始まっていることを考えると,ようやく本格的な調整が始まったとみるべきであろう。

以上のように97年の企業をめぐる特徴として,非製造業で大企業の倒産が多数みられる一方,体力のある企業を中心に特別損失を計上して不良資産の償却を行っている企業も多数みられた点が挙げられる。98年度以降も,体力のある企業を中心に特別損失を計上する動きが既にみられ始めているが,問題は特別損失を立てて償却する必要があるような不良資産を大量に抱えているものの償却するだけの体力はないため,不良資産を抱えたまま存続している企業が依然として多数存在している可能性があることである。バブル後遺症の清算が完了するかどうかはこうした企業が今後どのような方向に向かうかにかかっているといえよう。