平成9年

年次経済報告

改革へ本格起動する日本経済

平成9年7月

経済企画庁


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第2章 日本経済の長期発展への構造改革

第3節 金融市場の規制改革

金融市場は,家計のような貯蓄超過主体から企業のような貯蓄不足主体へ資金が最も効率的に融通される場である。企業は適切な資本コストでリスクのある事業に挑戦することができるようになり,家計を始めとする資金供給側もリスクマネーを市場に供給することができるようになる。

しかし現実には家計の資金運用は安全資産が中心であり,またリスクマネーが十分企業に供給されているとは言い難い。この背景には,家計や企業に対して適切な投資機会や資金調達手段が用意されていないことがある。こうしたことは,日本の金融・資本市場において,金融仲介システムが十全に機能せず,金融仲介に非効率性が存在することを示唆する。そうであれば,金融の「空洞化」を招くとともに,資源配分機能を低下させ,日本経済全体の発展への制約要因になり得る可能性もある。

その背景には,金融・資本市場における法制・規制や商慣行,その他制度的要因がある。また金融システム改革のフロントランナーとして外為法改正による内外資本取引等の一層の自由化が行われることになっている。グローバル競争の中で海外との相対的な位置付けは重要であるため,アメリカやイギリスと比較しつつ,日本の制度改革の在り方を明らかにする。

1. 金融市場の機能と問題点

本項では,まず資金融通の場である金融市場の機能について,金融仲介機関や資本市場の観点から一般的に整理した後,日本の金融市場の現状と問題点,そして日本の金融制度について簡単に概観する。

(金融市場の機能)

金融市場は,家計のような貯蓄超過主体から企業のような貯蓄不足主体へ資金が融通される場である。資金の流れる経路としては,銀行等の金融仲介機関を通して行う場合と,株式市場等において貯蓄超過主体から貯蓄不足主体へ直接資金の移動が行われる場合がある。このような資金流通経路が存在することにより,経済として資金が効率的に配分されることになる。すなわち,資金需給の調整過程を通じて,最も資金を必要とする主体へ資金が受け渡されていくのである。また,資金需要主体の間でも,資金を非効率に使用している企業からは資金が引き上げられて,効率的な企業が残るようなとう汰が行われる。

各経済主体について更に詳しくみると,まず,家計については,資金の究極的な供給者であるが,金融市場に参加することによって,金融仲介機関や資本市場等が提供する多様な資金運用手段が利用可能となり,より有利な貯蓄を行うことができる。この際に,期待される収益率やその変動の程度が様々である資産を組み合わせることにより,適切な危険分散を図ることができる。次に,企業にとっては,単に量的に必要な資金を調達するばかりでなく,多様な資金調達手段の中から自己のニーズに適した資金調達を図ることができる。金融仲介機関は家計と企業を結ぶ役割を果たすが,小額の家計貯蓄をプールすることにより個々の家計では困難なリスク分散を可能にし,また,企業の経営や業積を分析して貸付けが適正なものかどうかについての情報を生み出す機能がある。

資本市場は企業の発行する株式や社債といった証券を取引することにより資源配分機能を果たすが,こうした証券の流通市場が引き続き整備されることにより,証券の流動性が高まって投資家がリスクを取りやすい環境を提供したり,流通市場での価格を助けとして発行市場での適切な価格が形成されることが今後とも期待される。

(日本の金融市場の現状)

以上のような金融市場の機能に照らして,日本の金融市場の現状と問題点を整理してみよう。まず,家計の資産運用について,安全資産での運用が中心であり,必ずしも高い運用収益が期待できなかったり,企業へのリスク資金の供給が不足しているという指摘がある。家計の資産運用の内訳をみると( 第2-3-1図 ),所得階層が上昇するにつれて有価証券の比率が高まるものの,3,000万円超の世帯でも2割弱であり,1,500万円未満の世帯ではごく小さい割合にとどまっている。このように,家計資産の大宗は安全資産である預貯金で占められており,資産保有の多様化が図られているとはいえない。これにはバブル崩壊により株価が下落した影響があるとはいうものの,国際的にみても現金や預金の比率が高く,アメリカに比べると株式の比率がかなり低いことが分かる(前掲 第1-4-6図 )。このように家計の資産分散が進んでいない背景には,家計の危険回避的性向とともに,取引コストの高さ,家計のニーズに合った資産運用手段を選択する途を開く必要があるなど金融市場側の問題や企業の配当政策の問題も指摘されている。

次に,企業の資金調達の状況をみると( 第2-3-2表 ),高度成長期から70年代まで借入金の割合が高かった。銀行借入は,銀行が企業に関する情報を蓄積して貸付けを行うため,投資家が直接自分で業積等を評価して投資することが困難である企業にも資金が提供できるという利点があるが,一方で,ベンチャー事業などの高いリスクのある場合には資金が十分調達しづらいという側面も指摘されている。80年代に入って企業の資金調達における銀行借入の比率が低下してきており,代わって,有価証券による資金調達が増加している。特に,社債の発行が目立っている。ただし,企業規模別には格差もあり,大企業では有価証券による資金調達がかなり浸透しているのに対して,中小企業においては依然として借入金が大きな比重を占めている。

金融仲介機関については,バブルの発生から崩壊の状況を勘案すると,金融の自由化・国際化が進展するなかで,その抱えるリスクが多様化・複雑化したにもかかわらず,リスク管理が不十分ではなかったかとの指摘があるほか,さらに,家計や企業の資金運用・調達ニーズに対して多様な金融サービスを提供できておらず,また,近年目覚ましい金融の技術革新への対応も不十分と指摘されている。株式市場や社債市場といった資本市場は,金融仲介機関と並ぶ資金提供経路として重要な役割を果たすべきものであるが,これまで十分に機能してこなかったという指摘もある。

さらに,我が国金融市場全体として,競争が必ずしも十分に行われていなかったり,効率的に機能していない面もある。金融市場が円滑に機能しなければ,個々の経済主体にとって資産運用・資金調達の面で不利となるばかりでなく,経済全体としても,効率的な資源配分が達成できず,資本蓄積や経済成長等の面でひずみが生じることになる。

(日本の金融規制)

戦後日本においては金融活動に対して事前的な規制が行われていた。金融規制には,例えば,価格規制である金利規制と金融機関が行うことのできる業務の範囲を限定する業務分野規制などがある。金利規制としては,1947年の「臨時金利調整法」に基づいて預金金利の規制が行われていた。ただし,現在では,金利規制は,後に述べるように,預金金利の自由化が完了している。

業務分野規制には,長期貸出と短期貸出を別個の銀行に担わせる長短金融の分離,銀行業務と証券業務の兼営を禁じる銀行・証券の分離等がある。これらは,リスクが大きいと考えられた長期貸出や証券業務を短期貸出を行う商業銀行業務から切り離すことにより,銀行経営の安定や預金者保護を図るものであった。また,銀行業と証券業の分離については,利益相反行為を防止する意味もあった( 注1 )。ただし,業務分野規制についても,93年の金融制度改革により子会社方式による相互参入が進められている。

これ以外に,証券市場については,政府の行う規制以外の規制や慣行が存在する。株式については,証券取引所規則により,株式売買の委託手数料が固定されていたり,取引所集中義務といって証券取引所会員証券会社は取引所外で上場有価証券を売買することができない等の制限がある。また,社債については,かつては,法律により社債発行限度額が定められていたほか,社債発行には担保付を原則とする市場慣行(有担保原則)や,無担保社債の起債の適否や発行条件を判定する適債基準及び財務制限条項の設定義務付けの申し合わせがあった。これらも,結果として,投資家をリスクから遮断する効果を持った。

以上のような金融規制は,金融システムの安定や預金者保護あるいは投資家保護等の面でそれなりに有益であったと考えられるが,国債の大量発行や金融の国際化の進展,金融資産の蓄積等の経済情勢の変化とともに見直しが行われることとなった。特に最近においては,規制に伴う非効率の温存や多様な金融サービスの不足等の弊害が強く意識されるようになってきている。規制の在り方も,事前の業務分野や業務内容の規制により預金者や投資家の保護を図るというものから,事後的チェックを中心とするものへ転換を図ってきており,業務の自由化や競争の促進により効率性の向上や多様な金融サービスの提供を図りつつ,ディスクロージャーの拡充や透明性の高いルールの整備により,自己責任原則の徹底と市場規律の十分な発揮を目指すものになってきている。

2. 金融市場の非効率性と規制

本項では,前項で指摘されたような規制により,日本の金融市場がどのような影響を受けているかを,資産の運用側である家計,資金の調達側である企業,そして両者の仲介役である金融機関について,可能な限り定量的に検証する。さらに,規制緩和によってコーポレート・ガバナンスの在り方がどのように変化していくのかを検討する。

(家計の資産運用と規制)

さきにみたように,家計は預貯金等の安全資産を主として保有しており,株式等の危険資産の保有は少ない。長期的には,安全資産は危険資産よりも収益率が低いので,上記のような資産保有パターンは,理論的には家計の資産収益率が低いことを意味している。家計の資産収益率の推移をみると( 第2-3-3図 ),バブル期とその崩壊後のキャピタルゲインによる変動があるものの,おおまかにいえば,名目GDP伸び率に沿って長期的な低下傾向をたどっている。家計資産収益率のパフォーマンスがこのところ急速に悪化しているとはいえないものの,経済の高成長とともに資産の高収益が自然と期待できた時期と比べて,家計の資産を効率的に運用する必要が高まっているといえよう( 注2 )。

家計の利用できる金融商品に対する制約として,預金金利規制が存在する場合には,家計の資産運用に何らかの影響があることが考えられる。この影響の程度を検証する前に,簡単に預金金利規制の緩和について振り返ってみよう。預金金利自由化は段階的に進められ,大口預金金利の自由化から始まり,これがほぼ終了した時点で小口預金金利の自由化が着手された。すなわち,大口(1,000万円以上)預金金利自由化は79年の譲渡性預金(CD)導入をこう矢とし,85年には市場金利連動型預金(最低預入金額5,000万円)及び自由金利定期預金(同10億円)が導入され,以後順次最低預入金額が引き下げられた。小口預金金利については,大口預金金利の自由化が終了した89年の市場金利連動型定期預金(小口MMC:最低預入金額300万円)の導入に始まり,93年6月にすべての定期預金金利は完全に自由化された。

それでは,家計が自由金利商品を利用できるとした場合に資産運用の枠がどれほど拡大するかをチェックしてみよう。家計は資産から得られると期待される収益率とその危険の程度の尺度である収益の変動性を考慮して資産を選択すると考えられる。こうして保有される資産の組合せをポートフォリオと呼ぶが,このポートフォリオから得られる収益率を縦軸にとり,変動性を表すものとして分散を横軸にとると, 第2-3-4図 の線分の上で最も効率的な資産運用が可能となる(この線分を有効フロンティアと呼ぶ( 注3 ))。図中で基本ポートフォリオと表示されているのは,預金と株式しか利用できない場合のフロンティアである。これに加えてCD3か月物(自由金利の金融商品)を利用できれば,有効フロンティアは上方に拡大する。CD3か月物が利用できる場合のフロンティア上では利用できない場合のフロンティア上よりも,同じ変動性に対して高い収益率を実現できるので,家計にとって有利となる。しかし,その改善の程度は必ずしも大きくない。さらに,MMFをポートフォリオに加えた場合の有効フロンティアの変化をみると,CD3か月物よりも大きくフロンティアが外側に移動するが,決定的に顕著な動きとまでいえない( 注4 )。ただし,多様な金融商品が提供されるということは消費者選択の自由が広がることであるから,歓迎すべき方向性と考えられる。資産運用の収益率を高めるためには,上で検討したような比較的安全資産にとどまらず,危険資産を含む運用対象の拡大や投資信託等の利用など家計の運用ノウハウの向上が必要である。

また,資産取引に費用がかかる場合には,家計の資産選択が制約されることも考えられる。取引費用の例として,株式については取引手数料や有価証券取引税がある。実際の資産選択は資産の収益率をはじめとする様々な要因に左右されることから,取引費用が資産選択に与える影響については総合的に判断をする必要がある。

以上では,商品規制や取引費用を検討してきたが,安全資産への偏りには,家計が本来的に危険を回避しようとすることによる面が大きいことには留意すべきであろう。これまで,資産保有の変動の程度を分散という形でやや抽象的に捉えてきたが,より具体的に保有資産からの収益率がどの程度の範囲で変動するかをみよう( 第2-3-5図 )。あるポートフォリオの保有から得られる収益率は,おおむね平均収益率の周辺に分布しているが,5%とか1%といった小さい確率で極端に低い収益率となることもあるし,そこまでいかなくても,ある確率でマイナスの収益率となったりする。 第2-3-5図 をみると,平均的な収益率が2.5%のポートフォリオでも25%以上の確率で収益率がマイナスとなり,平均収益率が5%のポートフォリオでは4割近くの確率で収益率がマイナスとなる。資産からの収益率が低下するのに合わせて消費を切り詰めることは相当な苦痛であろうから,家計は資産の収益率がマイナスとなることは強く回避しようとすると考えられる。危険資産への投資を行うのは,所得が十分大きく,資産の収益率の変動に対して十分なバッファーを持っている場合であると思われる。これは,資産階層別の資産保有状況と整合的な見方である(前掲 第2-3-1図 )。家計の資産運用のパフォーマンスを改善するためには,家計もより積極的にリスクをとっていかざるを得ない。このためには,効率的な金融市場,特に多様な金融サービスを提供する金融仲介機関の役割が重要と思われる。しかし,一方,こうした収益率変動のリスクを認識することも重要で,それぞれの家計のニーズに合致した資産選択を自己責任において図っていく必要がある。

(企業の資金調達と規制)

既にみたように,企業の資金調達は,従来銀行借入に大きく依存していたが,80年代後半以降,社債発行が急増している( 第2-3-6図 )。これには,社債市場の規制・慣行が緩和されてきたことが重要な一因であると考えられる。適債基準は漸次緩和されてきたが,96年には廃止され,財務制限条項の設定義務付けも同年撤廃された。また,93年の商法改正で社債発行限度額が撤廃されるとともに,受託会社制度が社債管理会社制度に切り換えられ,また,最低額面が1億円以上の場合又は社債総額を最低額面で除した数が50未満の場合には社債発行には社債管理会社の設置を要しないこととされた。以上のような規制緩和により,社債発行がしやすくなるとともに,社債発行コストが低下し,銀行借入からのシフトが生じたとみられる。こうした社債発行コストの低下によって,企業はより有利な資金調達手段が利用できるようになった。

さらに,社債発行のような新たな資金調達手段が銀行借入に取って代わることは,更に設備投資をしやすくしたという評価もある。すなわち,銀行貸出は固定的な性格を持ちいったん貸出しを行えば容易に引き上げることができにくい面もあるが,社債は流通市場が整備され,更に魅力ある投資対象であると判断されれば,売却して資金を回収することができるので,長期・固定的な投資に対して資金提供がしやすい。

しかし,社債を発行するのは多くは大企業であったが(前掲 第2-3-6図 ),少なくとも80年代後半以降の大企業製造業については資金制約があったとは考えにくいので,必ずしも設備投資のためでない社債発行が生じたという側面も強かったとみられる( 注5 )。また,80年代後半に盛んに発行された転換社債の発行利率は極めて低い水準であり( 第2-3-7図 ),こうした転換社債の発行はほとんど株価上昇期待のみに基づいており,実物的な収益性とかけ離れた資金調達が行われた可能性を示唆している。

(金融仲介機関と規制)

金融仲介機関にも,業務分野規制と資産運用規制の緩和という新たな動きが生じてきている。まず,一つ目の業務分野規制についてみると,この規制が緩和されたことにより,金融仲介機関の業態間の競争が激化している。業務分野規制はリスクの高い業務を他の業務から分離することにより,金融仲介機関の経営の安定を図って預金者を保護したり,利益相反行為を防いで投資家を保護することが意図された。しかし,最近の経済情勢の変化により,業務分野規制の見直しが行われてきている。この背景としては,業務分野規制により競争が阻害され,非効率が温存されたり新たな技術革新が起こりにくくなっている等のマイナス面が強く意識されるようになったことがある。

93年の金融制度改革による子会社方式での相互参入開始以来,特に銀行系証券子会社が社債発行市場でのシェアを拡大している。銀行系証券子会社のシェアの急拡大の背景には,親銀行の融資先企業の資金調達が融資から社債へシフトしたという側面も指摘されているが,少なくともそれまでの主要証券会社による寡占体制から競争的要素が導入されたことは評価できよう。

次に,資産運用規制についてみると,厚生年金基金の運用規制や新商品の規制等従来投資家保護のために設けられてきた規制が,逆に資産運用を制約することにより投資家の利益を損なっているとの認識が高まっている。家計資産の蓄積や高齢化等による年金資産の増大等から,厚生年金基金やその資産を運用する生命保険会社や投資信託等機関投資家と呼ばれる金融仲介機関の重要性が増してきているが,日本においては,厚生年金基金の運用収益率は低迷し,投資信託の残高も伸び悩んでいる。このようなことを背景に,こうした資産を効率的に運用する機関投資家に対する規制の緩和が議論されてきているのである。また,アメリカにおいてこのところ株式市場が活況である一因として年金資金の流入等機関投資家の役割が指摘されていることもあり,規制緩和により機関投資家の運用効率の向上と合わせて証券市場の活性化も期待されている。

資産運用に対する規制の緩和の一つは,「5・3・3・2規制」の撤廃である。この規制は厚生年金基金の資産運用に対して,安全資産(元本保証資産)の比率を5割以上,国内株式の比率を3割以下,外貨建資産の比率を3割以下,土地等不動産の比率を2割以下にするというものである。こうした規制は,厚生年金基金の資産運用を,その基金の性格にかかわらず一律に規制するものであり,効率的な資産運用を妨げる可能性がある。このため,厚生年金基金に対する「5・3・3・2」規制は,厚生年金基金の厳格なリスク管理能力の形成等を条件に98年度には撤廃されることとなっている。「5・3・3・2規制」の撤廃自体は確かに望ましいものであるが,それによる運用収益率の向上は過大に期待すべきでないだろう。国内株式の比率を3割以下に制限した場合の有効フロンティアを描いてみると( 第2-3-8図 ),収益率8%弱のところまではこの制限がない場合の有効フロンティアと重なっている。それ以上の収益率は実現できないが,前掲 第2-3-5図 でみたように,高い収益率のポートフォリオはかなりリスクの高いものであり,必ずしも年金の資産運用として望ましいものかどうか一概には判断できない。各厚生年金基金の将来の掛金・給付金の動向や責任準備金の積立度合い等に応じて決定れるべきものである。「5・3・3・2」規制の撤廃は,何の犠牲も払わずに運用収益率を向上させる魔法のつえではなく,あくまで,厚生年金基金運用者の運用技能の自由な発揮を可能とし,その一方で厳格なリスク管理を要求するものである。

機関投資家の扱う商品に対する規制の緩和として,デリバティブについての規制緩和がある。例えば,95年の投資信託改革において,ヘッジ目的以外でのデリバティブ利用が解禁された。この規制緩和により,投資家のニーズとリスクテイクの度合いに応じた多様な投資信託の提供が可能となる。投資信託等が収益率変動の危険を回避しつつどれだけ有利な運用を実現しているかを測る尺度として,運用収益率をその変動の程度で割った「シャープ値」という概念がある。この値が大きいほど,リスクに比べて収益性が高いことになる。これをみると( 第2-3-9図① ),従来型の投資信託は株式市場全体の動きを代表する日経総合株価指数よりも有利とは一概にいえず,この点であえて投資信託という専門的な金融サービスを利用するメリットは薄いと指摘されてきた。しかし,上述の規制緩和を受けて売り出された「新しい投信」と呼ばれる商品は日経総合株価指数をおおむね上回っており,投資信託の中にも新たな動きが出てきていることがうかがわれる。ただし,デリバティブを活用する「派生商品型」と呼ばれる商品群は時期により,従来型投信や日経総合株価指数を下回っており,先端的手法が直ちに優れた成果を挙げると期待することはやや早計といえる。一方,各投資信託ごとに収益率のちらばり具合をみると( 第2-3-9図② ),従来型の投資信託の収益率は比較的かたまって分布しているのに対し,「新しい投信」,「派生商品型投信」と収益率のばらつきが大きくなっている。こうした収益率のばらつきは各投資信託の商品特性の多様化を表すものと考えられ,投資信託や新たな金融商品が直ちに収益率の改善につながるものでなくとも,投資家のニーズに対応した多様な金融商品の提供という面で消費者利益に貢献していくことが期待できよう。

(コーポレート・ガバナンスと規制緩和)

金融市場の重要な機能は,単に資金の受け渡しを行うだけでなく,企業活動が効率的に行われているかどうかを監督し,非効率な企業は市場から「退出」させるという働きを持っている。これはコーポレート・ガバナンスの一側面である。

戦後,銀行は,日本のコーポレート・ガバナンスにおいて重要な役割を果たしてきた。銀行は企業と長期的な取引関係を結び,それにより蓄積された情報を基に企業に対する融資の審査を行ってきた。しかし,バブル期において過剰な土地投資を防げなかったことから,銀行のリスク管理能力が十分に働いてきたかどうか疑念も生じてきている。また,企業経営が行き詰まった場合,日本的な調整方法としては,ドラスティックに資産や人員を整理するよりも,関連会社への出向等により雇用を調整したり,新規分野への進出・多角化により本業の不振を補う等の方法が採られてきた。それまで蓄積されてきた人的資本や営業ノウハウを温存するという手段で企業の再建が行われており,こうした過程において銀行は大きな役割を果たしてきた。

しかし,いまや資本市場によるガバナンスが注目されている。ROEやROAの低い企業の株が売られることによって,市場の規律付けが行われるというのが基本的なメカニズムである。相対的にみれば,従来の銀行によるモニタリングは,長期的取引関係に基づき,人的資本とか営業ノウハウといった企業全体としての価値を重視するものであったが,資本市場における規律はこうした長期的関係を必ずしも重視せず,個々の事業の効率を厳しく問うものといえよう。また,銀行のガバナンスは,企業業積が良好であれば経営に介入せずに企業業積が悪化した時に要請を受けて介入を行う「状態依存型」であるが,資本市場では企業の株式や社債が常時取引されて企業業積が継続的にチェックされており,企業を取り巻く環境変化には極めて敏感といえる。アメリカにおいては80年代にテイクオーバーが活発に行われたが,テイクオーバーに伴うリストラは,それまで多角化等により過大な資産を抱えて非効率的であった企業を効率化させる効果があったと考えられる。また,資本市場と並んで銀行の側でも,従来と異なり,証券化やプロジェクト・ファイナンスなどにみられるように個々の事業の事業効率に焦点を当てつつあるようにみられる。

規制緩和がコーポレート・ガバナンスに与える影響は間接的であるが,大きな影響を及ぼす可能性がある。すなわち,金利規制や業務分野規制などの金融規制の存在は,一面では,銀行経営を保護する側面を有していたとも考えられるが,規制緩和の進展により,今後,銀行間の競争が促進されれば,より一層,投資効率を改善させる必要が生じる。また,資本市場がコーポレート・ガバナンスを遂行するためには,以下でみるような一層の規制緩和により資本市場が本来の機能を的確に果たすことができるようになることが前提となる。

資本市場によるガバナンスといっても,従来の日本では株式持合い制度が強くみられ,企業統治権を安定化させる役割を果たしてきた。株式持合いにより企業乗っ取りが生じないようにすることは,メインバンク制度や長期的雇用慣行等とともに整合的な「日本的システム」の構成要素であった。企業が乗っ取られてしまえば人員削減や経営陣の入替え等が生じる可能性があり,被用者も長期な雇用とひきかえに年功賃金制等を受け入れていた面もあるが,テークオーバーに伴い解雇される危険がある。こうした意味で,株式持合いは従来の「日本的システム」の維持に有効であったといえる。しかし,経済環境の変化により,株式持合いは他の「日本的システム」とともに変容を迫られている。

そこで,新しいスタイルのガバナンスが必要とされており,株式市場が的確なシグナルを発することにより,企業の創設や設備投資,そして退出等を誘導することが期待されている。しかし,現状では株式市場において常に正しい価格シグナルが形成されているとは言い難い。ある情報が株式市場にもたらされたときに,市場はときには過少にしか反応せずに徐々にしか株価に情報が織り込まれていかないこともあれば,ときには短期的に過剰に反応して株価がオーバーシュートすることもある。こうした関係をみるために,週次の株価の分散と日次の株価の分散の比率を取ると( 第2-3-10図 ),株価が過少反応であれば(日次の変動が小さければ)分散比は1を上回り,過剰反応であれば(日次の変動が大きければ)1を下回る。長期的傾向としては分散比は低下傾向にあり,次第に短期的な変動の大きさが高まっているが,とりわけ97年に入ってからは短期的変動が著しい。株式市場において適切な株価が形成されることを「価格発見機能」と呼ぶが,株式市場が資源配分を決定し,コーポレート・ガバナンスを遂行するためには,価格発見機能を高める必要がある。そのためには,以下でみるような,株式市場の市場構造や取引の在り方等ミクロ的構造に踏み込んだ規制改革が望まれているのである。

3. 金融市場の活性化に向けた改革

高齢化が急速に進展する21世紀に向けて,豊かで創造的な経済社会を築いていくため,経済活動を支える基礎的なインフラである金融市場が活性化することが必要である。すなわち,1,200兆円の個人金融資産のより有利な運用や,次代を担う新規産業への資金供給,及びグローバルな資金供給という要請に適切に対応していかなければならない。このような状況の下,大胆な金融システム改革(いわゆる「日本版ビッグバン」)が必要という認識が強まっており,橋本首相は,96年11月に,free(市場原理が働く自由な市場),fair(透明で信頼できる市場),global(国際的で時代を先取りする市場)を3原則とする改革案を打ち出した。globalについては次項で扱うこととし,ここでは最初の2原則について検討する。

(市場原理が働く自由な市場)

自由な市場を創出する基本は,業務活動に関する規制を緩和することである。既に,金利の自由化や業務分野規制の緩和,社債発行の自由化等が行われてきたところであるが,今後さらに,株式取引手数料の自由化,持株会社方式を含めた相互参入の一層の推進,取引所集中義務の撤廃等の多岐にわたる検討が行われることとなっている。

このような規制緩和により,投資家に対するサービスが多様化するため,証券業務に関する競争が顕在化し,委託手数料がコストやサービスに見合った合理的な水準に設定されるようになることが期待される。ここで委託手数料についてみると,85年以降漸次引き下げられてきたが,94年4月以降10億円を超える大口取引については自由化され,その後は相当な低下がみられる( 第2-3-11図 )。

なお,取引手数料の自由化によって,大口取引と小口取引の手数料は必ずしも同じ動きをするとは限らないが,小口投資家にとっても,サービスと価格についての選択肢が増大する。また,小口投資家においては,投資信託等の金融商品を通して投資することも考えられ,そのためにも,規制緩和や制度整備が求められる。

子会社方式による相互参入について,銀行系証券子会社に対しては,株式に関する業務や転換社債・ワラント債の流通業務の禁止等の制限が加えられていたが,これに関して,銀行系証券子会社に現物株式に係る業務を除く全ての証券業務を解禁する等の見直しが閣議決定された。さらに,残余の業務制限についても更に見直す方向で検討されている。

証券会社に対しても,短期の公社債投信を中核として,株式等の購入を行うほか,公共料金の引き落とし機能を有するいわゆる証券総合口座を解禁するかどうかも検討されている。

利益相反防止規制等の明確化やルール違反の場合の処分・罰則の充実を行った上で,証券業と投資顧問業の併営を認めることも検討されている。これと委託手数料の自由化により,資産管理を証券会社に一任して行う「ラップアカウント」(手数料を個別取引ごとに徴収せず,運用残高に応じてフィーが支払われる)の開設が可能となり,投資家の利便性が向上することが期待される。さらに,証券会社には免許制度が適用されてきたが,証券会社が多様で魅力あるサービスを開発・提供していくための自由な参入を保証し,証券市場の活力を維持するために,原則として登録制への移行も検討されている。

93年金融制度改革においては,相互参入の方法として,業態別子会社方式が採用された。更に,本年6月に独占禁止法改正により持株会社が解禁されることになったことを受け,金融分野での競争の促進と銀行経営の効率化や,利用者利便の向上を図るとの観点から,同月の金融制度調査会及び証券取引審議会の報告書において持株会社制度の活用が提言された。これらの報告書に指摘されているように,持株会社活用には以下のようなメリットがあるとされる。すなわち,分社化を通じた専門化・高度化した金融サービスの提供が可能となるとともに,銀行による金融関連の新規分野への参入や銀行以外の業態からの銀行分野への参入,特定の部門からの撤退を円滑化すること,持株会社の傘下で金融業務を営む子会社間における相乗効果(シナジー効果)の発揮も期待できること,また,同一持株会社の傘下の子会社(兄弟会社)間は親子会社間に比して直接の出資関係が希薄であり,持株会社の経営管理の在り方にもよるが,基本的にはそれぞれ経営の状況が相互に直接的な影響を与えにくい仕組みであり,したがって,兄弟会社の経営悪化によるリスクも親子会社の場合に比べ及びにくいと考えられ,リスク遮断等の面では相対的に優れていること等である。

現在,上場有価証券については,取引所集中義務が課されているが,これは,上場有価証券の売買を取引所に集中することにより流動性を確保するとともに,取引ごとに価格が異なる等の不公正な価格形成を防止することにより,投資家保護を図ったものである。しかし,情報通信技術の発展や機関投資家の重要性の増大等を背景に,より競争を重視して効率性を向上させていく余地がある。現在,アメリカでは,私設取引所(PTS),第3市場マーケットメーカー及び証券取引所との間で「市場間競争」が活発化して執行コスト(マーケットメーカーが提示する売り価格と買い価格の差であるbid/ask spread等)の低減や取引執行の迅速性の向上等がみられているといわれている(コラム「イギリス及び,アメリカにおける証券市場改革の経験」)。こうした市場間競争に関しては,価格情報を共有し得るルールやインフラの整備を進めつつ,市場間競争の活発化を図っていくことが望ましいと考えられる。


イギリス及びアメリカにおける証券市場改革の経験

1 ビッグバン(イギリス)

本文で述べたように,現在日本では金融制度の抜本的改革が進行しつつあるが,それを総称して「日本版ビッグバン」などと呼ばれている。このネーミングは,イギリスで1986年に行われた証券市場の包括的な改革にちなんだものである。

ロンドン証券取引所は,その制限的な規則や慣行を告発しようという公正取引庁の動きを受けて,以下のような一連の改革を行った。①売買手数料の自由化,②単一資格制度を廃止してジョバー(自己勘定で取引するディーラー)とブローカー(代理人として他人勘定で取引)の兼営を認めた,③証券取引所会員への外部資本出資制限の撤廃,④競争的マーケットメーカー制度の導入及び立会場取引からスクリーン取引への移行。

このような改革の背景については,様々な事情が密接に関連しており単純化は困難であるが,あえて列挙すれば,①証券取引の国際化の進展,②国内における機関投資家の成長,③通信・情報処理における技術革新,等を挙げることができよう。

二上(1996)によれば,期待された効果は次のようなものであったとされる。①市場機能の向上:手数料自由化によりコストやサービスに見合った合理的な手数料の設定を図り,ブローカーとディーラーの兼営による範囲の経済を通じて経営コストを低下させる。また,会員業者への出資制限の撤廃は,業者の資本力の強化を通じて機関投資家等の大口取引に対応できるポジションを取ることを可能にするとともに,国際的資本を含む外部資本の参加によりリストラや高度なイノベーションへの対応等を図る。②透明性・公平性の確保:スクリーン取引への移行により,競合するマーケットメーカーの提示する売り買いの気配値を瞬時に比較可能な形で知ることができる。

ビッグバンの成果として,株式取引がほぼ順調に拡大していること(ただし,これはすべてがビッグバンの成果とはいえず,民営化に伴い株式の売却が行われたことや最近については経済が順調に拡大していることも寄与しているとの指摘がある。88年から92年までは株式取引はむしろ停滞した),大口取引を中心に手数料が低下し平均委託手数料は低下すること,売買手数料がコストやサービスに見合って設定されるようになったこと(このため,小口取引の手数料はむしろ上昇した),出資制限の撤廃はナショナルフラッグの消滅という現象も伴ったが業者間の競争や資本力の強化,高度なノウハウの導入に寄与したこと,スクリーン取引等により市場情報の透明性が高まったこと等のメリットがあったとされる。一方,今後の課題として,マーケットメーカーの売り買いの価格差(スプレッド)は拡大傾向にあること,大口取引の出来高や出来値についての事後情報の開示は不十分であること等が指摘されている。

2 75年証券市場改革(アメリカ)

アメリカにおいては,1975年に証券市場の抜本的改革が行われた。この改革の基本方針は証券市場への競争原理の導入であり,その目玉は,①手数料の自由化,②全米市場システム(national marketsustem)の構築の二つであったとされる。

(1)手数料の自由化

NYSEが手数料自由化に踏み切ったのは,司法省,後にSECの固定手数料制に対する批判に押し切られたためであるが,機関投資家が規制の緩い地方取引所や交渉手数料制を採用していた店頭市場へ取引をシフトさせたことに対応するためでもあった。自由化により手数料は全般的に低下したが,個人投資家の小口取引では低下幅は小さく,大きく低下したのは機関投資家の大口取引であった。また,インベストメントバンクを中心に証券業の収益構造も,株式売買委託手数料収入に依存したものからトレーディングやM&A関連収入を中心とするものに変化した。さらに固定手数料の下では売買注文の執行とともに調査や引受証券の販売等のサービスを提供するという競争が行われていたのが,手数料自由化後は,証券総合口座,ラップアカウントの提供等サービスの多様化が図られる一方,投資助言等のサービスを一切行わないディスカウンターが台頭し,競争構造に大きな変化が生じた。

(2)全米市場システムの構築

全米市場システム構想とは,各証券取引所および店頭市場において同一証券が相互に分断された状況で取引されるという事態(市場の分裂)に対応して,取引の透明性を確保したうえでアメリカ国内にある各証券取引所および店頭市場をリンクさせることで,各市場間の競争を促進させ競争による効果を享受するとともに,投資家に最良価格での取引執行機会を提供することを目指すものであった。こうした改革に伴い,市場間競争の促進を図るとの観点から取引所集中義務の是非が議論されるところとなり,結局80年に,取引所集中義務は市場間競争の阻害要因であるとの指摘もあり,79年4月26日以降に上場した銘柄については撤廃されることとなった。

この改革が構築した枠組みの下で,特に80年代後半以降,上場株式の店頭市場(いわゆる第三市場)や機関投資家同士が直接取引するinstinet等の私設取引所(PTS;proprietaru tradingsustem)が投資家の多様なニーズをくみ上げ,証券取引所も含め相互に競争を行いつつ急速に発達することとなった。こうした市場間競争により執行コストの削減や迅速な執行サービス等の面で競争効果が生じていると評価されている。

(3)市場間競争の現状

75年証券市場改革の構築した枠組みの中で,互いに競争関係にあるNYSE,NASDAQ,第三市場マーケットメイカー,PTSとの関係を細かくみてみる。

まず,NYSEとNASDAQとの関係についてみると,両市場は取扱銘柄の獲得をめぐって競争しており,例えば,NASDAQではマイクロソフトなどのNYSE上場基準を満たしている有力会社がNASDAQ登録銘柄として取引されている。

次に,NYSEと第三市場マーケットメイカー及びPTSとの間では注文獲得競争がなされている。NYSEと第三市場マーケットメイカーの間では,第三市場マーケットメイカーが大口注文等に自己勘定で売買に応じるという意味で,流動性を供給し,投資家の迅速な取引ニーズに応えることで注文獲得に成功している。一方,PTSには,例えば,主要市場の終値や売買高加重平均価格での取引を可能にするものが存在する等,マーケットインパクトの回避を可能にするなどの長所があるといわれている。

(4)まとめ

75年証券市場改革が作り出した市場間競争を促進しつつ情報による市場統合を目指すというアプローチは,おおむね良好な成果を挙げていると評価されており,SECも「過去20年間の市場におけるイノベーションは第三市場マーケットメイカーやPTSのような主要マーケット以外の代替市場から,あるいは代替市場からの競争圧力に促されて生まれた」としている。

もちろん,この改革後の課題と指摘されているものも様々あるが,SECは,透明性向上,投資家の公平な取り扱い,公正な市場間競争,開かれた市場アクセスという観点から引き続き市場の枠組みの改革に努めている。

(参考文献)

二上季代司「ビッグバン以後のロンドン株式市場」『証券レポート』no.1537(1996年8月)。

二上季代司「アメリカにおける75年証券市場改革の意義」『証券経済研究』第5号(1997年1月)。

米沢康博「市場間競争の経済的意義」『証券経済研究』第6号(1997年3月)。


(透明で信頼できる市場)

取引ルールや価格決定過程が透明で,すべての参加者が公平に扱われるということは,今後の金融市場活性化の大きなかぎである。現在,金融市場全体として透明性の高い方向に転換しつつあるが,透明性確保のためには,参入を自由にして競争を活発化させること,取引情報の開示に努めること等が重要である。さらに,競争的な市場の下で投資家が自己責任において取引を行うための環境を提供する制度として,インサイダー規制の強化など公正取引ルールの整備やディスクロージャーの促進,時価会計の導入等の会計制度の整備が必須である。

また,市場が競争的になるに従って,情報上優位にあるものはますます有利な投資機会を活用することができるようになるが,情報上劣位にあるものはむしろ投資のパフォーマンスが劣化するおそれがある。このように,規制緩和は投資家間の格差を拡大する可能性が強いが,競争の促進は同時に金融仲介機関が投資家に対して競争的に情報を提供するインセンティブとして働くことも期待できる。投資家自身が情報力がない場合,金融仲介機関にその資産運用を委託することが考えられるが,そうした金融仲介機関が競争上情報を積極的に提供していけば,情報劣位の投資家の不利を軽減していくことになると考えられる。

91年に証券会社が特定顧客に対して損失補てんを行う等の不祥事が発覚したが,97年3月に再び特定顧客に利益の付け替えを行う等の不正取引が明るみに出た。株式市場の本質はリスクを適切に分担することであるから,リスクをとらずにリターンを不正に手に入れようとする行為は,当然許されるものではなく,市場の健全な発展を妨げるものでもある。市場の透明性を高め株式市場の健全な発展を図るためには,情報開示や監視・処分体制の充実等が必要である。

4. 金融の国際化と規制緩和

金融の国際化が進展する中で,日本の金融システム改革においても,外為法の改正が行われるなど国際的な観点が重要性を増しており,本項では,橋本首相の打ち出した改革案の3原則の一つであるglobalについて扱うこととする。まず,金融の国際化の現状を概観した後,金融資産運用の国際化のメリットと規制緩和の効果をできるだけ定量的に検討するとともに,金融の「空洞化」の問題を取り上げる。

(金融の国際化の現状と外為法の改正)

日本居住者の対外資産保有の動向をみると( 第2-3-12表 ),対外証券投資残高の対GDP比は1970年のほとんどゼロから90年には20%弱まで高まった。国際的にみると( 第2-3-13図 ),これはドイツとほぼ同水準であり,アメリカより高くイギリスよりかなり低い。しかし,全金融資産に占める対外証券の比率をみると(前掲 第2-3-12表 ),2%程度に過ぎず,資産保有パターンが国内資産に偏っていることが分かる。部門別にみると,家計の対外証券比率が極めて低く,バブル崩壊後はほぼゼロとなっている。非金融法人企業でも低下傾向にあり,民間金融機関は80年代後半に上昇したものの,90年代前半に横ばいとなっている。

金融の国際面における規制の動向をみると,戦後初期には外貨が希少であったことから,1949年に制定された「外国為替及び外国貿易管理法」において,外貨は原則として通貨当局に集中するという厳しい為替管理体制(外貨予算制度)が採られた。その後,64年に外貨予算制度を撤廃するなど徐々に自由化が進められたが,80年の外為法改正は,外国為替取引を原則自由にするなど当時としては大幅な自由化を図った。

しかし,現在においても,外国為替業務は原則として為銀を通じて行うこととされていること,指定証券会社を経由しないで国際証券取引を行う場合には届出制となっていること,また,居住者の外国における証券の発行が届出制となっていること等の制限がある。なお,居住者のユーロ円債の還流制限は漸次緩和されてきているが,現在は40日の還流制限がある。

以上のような規制は,為銀や指定証券会社に対する手数料コストの面で顧客の負担が高くなること,企業による証券発行の制約となること等の問題がある。そこで,我が国金融・資本市場の一層の活性化を図るとの観点から,さきに述べた「日本版ビッグバン」の一環として,97年5月に外為法が再改正され,98年4月に施行されることとなった。この改正には,内外資本取引の自由化,為銀主義の撤廃,指定証券会社制度の廃止等が含まれる。また,ユーロ円債の還流制限の撤廃も予定されている。

(国際分散投資のメリット)

国際的に投資を分散させることは,海外資産の収益率が国内資産の収益率より高い場合には,当然大きなメリットとなる。また,そうでなくても,海外資産と国内資産の収益率のパターンが違う場合には,国際的に投資を分散させることにより経済変動のリスクを減少させつつ高い収益率を追求することが可能となる。また,閉鎖経済であればその時々に国内で生産されたものを消費していくしかないが,開放経済においては国際的に資産を保有することによって,国内の生産にとらわれずに最適な消費の異時点間配分が可能となる。

実際に国際的に資産分散をした場合に,どの程度家計の投資可能性が広がるかを有効フロンティアのシフトにより調べてみると( 第2-3-14図 ),かなり上方へのシフトが認められる。ここで用いた収益率の数値は,過去10年間の平均的な姿であり,その間の為替変動も考慮されたものである。これを効用関数を用いて評価すると,国際分散投資をした方が高い効用が得られることが確認できる( 注6 )。すなわち,閉鎖経済においては期待収益率を6%以上にしようとすると急速にリスクが高まり,余り高い効用が得られない。しかし,開放経済においては,高い収益率でもリスクの上昇程度は相対的に緩やかであり,高い効用が達成可能である。

(国際分散投資と規制緩和)

最初にみたように,現実の投資はかなり国内資産に偏っており,より国際的な分散投資を行った方が効用も高まると考えれる。それにもかかわらず現実の国際投資が低いものとなっている理由として,海外投資に対する規制,取引コストの存在,投資家の危険回避等が考えられる。そこで,これらの要因がどの程度国際分散投資を阻害しているかを定量的に検討してみよう。

既に述べたように「5・3・3・2規制」は年金基金の海外資産の保有を制限するものである。この規制があることにより投資家の投資機会がどの程度制約されるかを調べてみると(前掲 第2-3-14図 ),この規制の下でも一定の収益率までは運用可能である。高収益ポートフォリオの危険度を勘案すると,この規制により国際分散投資が実質的に制約されているとはいえない。ただし,国内の危険資産保有比率の制限について述べたように,この規制は多様な年金基金の資産運用を一律に制約するものであり,個別の基金の状況を踏まえた適切な運用という観点からすれば,金融取引の効率化,国際化を妨げているものとみることができる。

次に,取引コストの影響を考えてみると,海外資産の保有に取引コストがかかる場合,有効フロンティアが取引費用分だけ下方へシフトし,投資家の投資機会が制約され,海外資産の保有が減少することになる。これに伴って,投資家の得られる効用も,取引コストがある場合には,低下することが確認できる( 注7 )。

最後に,国際分散投資によって収益機会が拡大できるといっても,それはある程度のリスクを伴うことに留意すべきである。各国の株式に投資した場合の為替変動を含んだ収益率と変動の様子をみると( 第2-3-15図 ),収益率の高いエマージング・マーケット等では変動も相当大きくなっており,こうしたリスクを認識した上で,自己責任において資産選択を行っていくことが望まれる。

(金融の「空洞化」と規制)

80年代に東京は国際金融センターともてはやされたが,90年代に入るとバブルの崩壊とともに急速にその地位を低下させていった( 第2-3-16表 )。とりわけ注目されたのは,社債発行や先物を含む株式取引が海外に流出したことや銀行等国内金融機関の商品開発力等の国際競争力が弱くなりつつあるという懸念であった。

このような東京金融市場の相対的な地位の低下が何に起因しているかということについては,様々な要因を指摘することが可能であろうが,最近の政策論議としては,株式取引の一部を国内市場で行うことが不利となっているのではないか,十分な競争が行われていないことから金融機関が商品開発力やリスク管理能力の向上を遅らせ,金融機関の競争力を低下させているのではないか,という指摘が強くなされている。規制や取引費用の高さが金融取引の海外流出を招いているとすると,それは資源配分や市場の効率性を損なうものであり,早急な改善が望まれる。

さらに,「空洞化」論議に関連して,金融市場は市場の「深さ」や関連サービスの集積を必要とすることから集積のメリットが大きく,いったん取引が海外に流出すると加速度的に東京市場は衰退するとの主張もみられる。その帰結として,東京は高度な金融取引から離れたローカルな金融市場となり,大企業は海外の国際金融センターにアクセスできるため高度なサービスを享受できるが,中小企業や個人は高度なサービスを受けることができなくなるとの可能性も指摘されている。ただし,情報技術革新により海外の金融市場へのアクセスは容易になってきていることに留意すべきである。

こうした懸念も踏まえ,金融システム改革を着実かつ円滑に実施することにより,魅力ある投資対象の提供,市場の効率化,仲介者サービスの質,会計・ディスクロージャー制度の向上を図るなど,我が国金融・資本市場を利用者にとって魅力的で使い勝手の良いものとしていくことが重要である。

社債については,80年代から90年代初にかけて海外での起債が増加し,90年代初には海外発行が国内発行を上回っていたが,このところ国内起債が大幅に増加しており,96年には国内発行の割合が8割を超えるに至っている。このような国内市場への回帰の背景には,国内金利の低下等様々な要因があろうが,社債発行の自由化や競争の促進により国内市場での発行コストが低下したことがある。

また,日経先物取引について,大阪証券取引所とシンガポール国際金融取引所(SIMEX)との間でシフトが生じているとされているが,大証のシェアは91年までの90%以上から,94年初には60%程度に低下した( 第2-3-17図 )。ただし,以後は微増傾向にある。こうしたシフトの要因として,市場の利用コストの高さ,デリバティブ等のリスク調整手段の不十分さや関連サービスの遅れなどが指摘されている( 注8 )。

5. 効率性と自己責任

以上のように,金融の規制緩和は,金融市場の効率化と資産運用機会の拡大をもたらす。これは,ある程度経済の活性化につながると期待されるとともに,なによりも,家計や企業に多様で柔軟な資産運用手段・資金調達手段を提供するものである。

しかし,規制緩和は打ち出の小づちではなく,労せずして高収益が転がり込むと期待することはできない。高収益には当然リスクが伴う。従来は,保護的な規制によってある程度守られていた投資家も,今後効率的な市場メカニズムが重視されるとともに,自己責任の下に自らリスクを負わざるを得ない。その意味でそれなりの努力と覚悟が必要とされている。

また,金融仲介機関についても,今後は新たな可能性とともに厳しい試練が待ち受けている。規制は金融仲介機関の行動を縛るものであったと同時に,ともすれば結果的には金融仲介機関を保護することになる場合もあった。今後は効率性を重視した競争の一層の促進により,第2章第2節でみたように,銀行を始めとする金融仲介機関は厳しいリストラが要求されよう。

もはや,家計も企業も金融仲介機関も,規制に守られた安逸な世界に戻ることはできない。経済が十分高い成長を享受していた時には,金融仲介機関の経営の安定性を通して,企業や家計をリスクから遮断することも可能であった。しかし,今や,各経済主体がリスクを正面から引き受けざるを得なくなっている。こうした状況下では,金融市場の効率性を高め,透明性と公平性を確保して,各主体がリスクに自己責任で対処できる環境を整備するしかない。決して容易な事ではないが,前に進むしか途はない。