平成9年

年次経済報告

改革へ本格起動する日本経済

平成9年7月

経済企画庁


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第2章 日本経済の長期発展への構造改革

第2節 規制改革の課題

第1節で述べたように,非製造業における生産性の上昇,効率性の改善は,日本経済全体にとって重要な課題であるが,今日まで必ずしも満足できる状態ではない。その主要な原因の一つに公的規制の存在がある。

公的規制による競争の制限は,被規制産業の非効率と為替レートの上昇の中での高価格をもたらしてきた。90年代の経済の停滞と国際分業構造変化の中で,主として非貿易財産業を対象とする公的規制は,特に貿易財産業に対し,高コストをもたらし,また内需向け部門への新規事業展開への制約となってきた。消費者にとってはもとより,グローバル競争に直接さらされる企業にとっても,内需産業への規制の緩和は従来に増して緊急かつ重要な課題となっている。公的規制によって被規制産業に温存された非効率性は無視できない大きさであり,規制改革によって競争を促進することで効率化と価格低下を実現しなければならない。国内市場を専ら相手にする産業で生産性の上昇が実現すれば,それはとりもなおさず日本経済全体の生産性向上と国民の生活水準向上に直接貢献するのである。

規制緩和は短期的にはコストがあるといわれる。効率性の向上は,他の条件が同じなら既存の雇用にマイナスになったり設備投資を抑制したりすることがあり得る。しかし現実には規制緩和は価格を低下させて需要を喚起したり,新たな製品・サービスを生み出すことにより,自産業や他産業で雇用を拡大させたり,設備投資を増加させたりすることも多いと考えられる。電気通信の改革で設備投資が大幅に増加しているのは,この典型的な例である。規制緩和による経験の積み重ねによってこの点はおのずと認識されていくと考えられるが,規制緩和の効果分析と一層の情報公開が必要である。

政府は「規制緩和推進計画」の実施を始めとして規制改革に全力を挙げて取り組んでおり,従来に比べ明らかに規制緩和のペースが加速している。これとあい携えて,企業部門が個々の利害を超え,規制改革の実施を後押しするとともに,それによって生ずる事業機会をフルに活用することで,事業の発展と経済の効率性上昇が推進されることが期待される。

1. 差し迫っている規制改革の必要性

(経済の先行き不透明と規制改革の必要性)

公的規制は被規制部門の高コスト構造を温存して,消費者と国際競争にさらされる貿易財産業にとってコスト高により負担となるとともに,外需向け産業から国内需要向け産業への転換をねらう企にとっての事業機会を制限することとなり,さらに中長期的な日本経済・産業の将来像を経済主体が描いてそれに向けての必要な物的,人的,技術的投資を行う上で,大きな不確実性をもたらしている。

規制改革の先進国であるアメリカ,イギリスにおいても,規制改革が大幅に進められたのは,マクロ経済がインフレや不況に悩み,また被規制産業のパフォーマンスが特に悪かった時期である。アメリカの場合,70年代後半から80年代にかけて連邦政府規制の本格的な緩和・撤廃が行われたが,この背景には70年代に入っての経済のスタグフレーションがあり,アメリカ経済の効率化と物価安定が大きな課題となっていたことが挙げられる。イギリスも経済悪化を背景に成立したサッチャー政権が,経済の立て直し,財政バランス改善,そして国営企業のパフォーマンス悪化への対応,という観点から,国営公益企業の民営化と,それまでの独占体制から競争の導入を,多くの試行錯誤を重ねながら実践したのである。

日本も90年代初に長期の景気後退を経験し,依然,産業経済の長期的見通し難の状況にある今,規制改革を推進することによって経済の透明性の改善と経済活動機会の拡大を実現し,今後の経済発展基盤を固めていく必要がある。

(規制改革の推進役)

日本では,80年代には三公社民営化や海外政府との交渉等,政府主導のトップダウン的な規制改革プロセスが多かったが,アメリカの規制改革では長距離通信の例のように当局や既存企業の意に反して参入した新規企業が結果的に規制のシステムを形がい化させたり,州の高コスト体質を嫌った企業の近隣州への流出がその州政府の規制緩和推進を余儀なくさせたり,といった企業部門の積極的関与が目立ち,しばしばボトムアップ型規制改革プロセスがみられた。我が国でも,90年代に入って,景気の足取りが緩やかななかで,円高進行・グローバル競争の激化により顕在化した日本の高コスト体質の是正や,国内市場で新たな事業機会を求める産業界の動きが高まっており,企業部門が規制改革のプロセスのな化で従来以上に重要な役割を果たすようになっている。また消費者も,低価格を選好する形で,流通等の規制緩和プロセスの定着に重要な役割を果たしている。「価格破壊」といわれた現象等は,円高により内外価格差の拡大等を契機とした消費者の選択行動なくしては存在しなかったであろう。

政府が規制改革に全力を挙げて取り組むべきことはいうまでもないが,これとあい携えて,企業部門等が個々の利害を超え,規制改革の実施を後押しするとともに,それによって生ずる事業機会をフルに活用することで,事業の発展と経済の効率性上昇が推進されることが期待される。

(推進されつつある規制改革)

90年代に入ってからの景気の停滞に直面して,経済対策の一環として累次の規制緩和策が打ち出され,実施に移されてきた( 注1 )。特に93年8月の「緊急経済対策」において規制緩和がマクロ政策と並ぶ2本柱として打ち出され,それに基づいて設置された政府の「経済改革研究会」が93年11月に通称「平岩レポート」を発表し,経済的規制は「原則自由」に,社会的規制は「自己責任」を原則に最小限に,との原則を打ち出した。94年7月には「今後における規制緩和の推進等について」が閣議決定され,住宅・土地,情報・通信,輸入促進・流通,金融・証券・保険を重点4分野とし,279項目の規制緩和が打ち出された。そして95年3月には「規制緩和推進計画」が閣議決定され,1,091項目につき,5年計画で規制緩和を推進することとなった。「計画」の重要な特徴の一つは,大部分の項目について具体的な実施時期が明示されたことである。発表後まもない同年4月には,景気対策の一環として,同計画の3年間での繰上げ実施が決定された。同計画は規制緩和に関する内外の意見,要望を踏まえ,経済社会の抜本的構造改革に資する観点から広範な分野における規制緩和方策を提言した行政改革委員会の「意見」(95年12月及び96年12月)を最大限に尊重し,二回にわたって改定され,97年3月の再改定では2,823項目となった。

また,経済審議会では,96年12月,経済的視点から高度情報通信,物流,金融,土地・住宅,雇用・労働,医療・福祉の6分野に重点分野を絞って,規制緩和に限らず,構造改革全体についての体系的な提言を行った。

さらに,政府は6つの改革として経済構造改革,金融システム改革等の総合的な構造改革を推進している。その中で,経済構造改革については,特に成長が見込まれる15の新規産業分野について,規制緩和,技術開発,人材育成,等の施策を総合的に実施するなど新規産業の創出のための環境整備を行うとともに,高コスト構造の是正,企業関連諸制度の改革等により,国際的に魅力ある事業環境を整備するなどを内容とする「経済構造の変革と創造のための行動計画」を97年5月に閣議決定した。

2. 規制改革の経済効果

(規制改革のマクロの効果とコスト)

競争を促進し,効率性を高め,価格を引き下げたり新たな製品・サービスを出現させたりするような規制改革は,ミクロ的には社会的余剰を高めることが知られている。一方,マクロ的なプラス効果はやや長いタイムスパンで現れることになるため,一時的には雇用や企業活動に摩擦的なマイナス影響を生ずることもあり得る。

このような規制改革のマクロ的プラス効果の第一のルートは,当該産業における競争の活発化によって効率性上昇,コスト低下が生じ,相対価格が低下することによって長期的に需要が拡大し,資本需要や労働需要が追加的に生ずることである。長距離通信や移動体通信の価格低下はその典型である。第二のルートは,既存の企業の活動の自由度拡大や新規参入によって新たなサービスが供給されるようになり,同様に需要を喚起して投資や雇用が拡大することである。

これに対して,経済的規制緩和では,短期的には摩擦的コストが発生する。短期的マイナスとは,競争活発化による効率性上昇,価格低下にもかかわらず,短期には需要が拡大せず,結果的に労働が一時的に吐き出される状況,と考えることができよう。また,中長期的にも,当該産業において,効率化効果が需要効果を上回り,雇用需要が減少する場合も考えられる。雇用を始め今後の規制改革による「痛み」は避けることはできないが,中長期的に経済の活力を高める効果があり,セフティネットの確立と,情報開示による現行制度と改革を比較した効果対コストの客観的分析と正しい認識が重要である。

(規制緩和の経済効果:電気通信,航空)

ここでは,電気通信業,航空業,電力業,銀行業,小売業について,規制緩和が経済効率を高める程度を定量的に検討する。電気通信業及び航空業については,生産性の要因分析によりこれまでの規制緩和の経済効果を測定することとし,本項ではまずこの2つの産業を扱う。電力業,銀行業,小売業については,効率的な費用フロンティアを計測することにより,規制緩和の潜在的な効果を把握する方法をとり,次項で扱うこととする。

なお,本推計に置かれた仮定には十分注意し,結果の解釈は幅を持つ必要がある。

電気通信業については,85年に日本電信電話公社が民営化されて日本電信電話株式会社(NTT)となった。また,87年以降新規事業者(NCC)の新規参入が活発化し,それによる競争の激化が技術進歩とあいまって,料金の低下をもたらした( 第2-2-1図 )。更に目覚ましいのは生産性の上昇である。ここで生産性の上昇とは,労働や資本といった生産要素の投入以上に生産が増加した部分を指す(これを全要素生産性と呼ぶ)。NTTの全要素生産性は,70年代後半から80年代初にかけて停滞したが,民営化前後に大幅な上昇を示した後,80年代後半も比較的高い伸びを維持し,90年代に入って一層の上昇をみせている( 注2 )。

そこで,NTTの生産性の上昇を規模の経済や競争の活発化等いくつかの要因によって説明する関数を推計し,競争の活発化がどの程度生産性の上昇に寄与したかを計測した( 第2-2-2図 )。ただし,ここではNCCのシェアをもって競争要因の代理変数としているが,NCCは,NTTの地域網に接続して初めてサービス提供が可能となる市場構造であることも考慮すれば,結果は幅をもって解釈する必要がある。計測結果によると,86年から95年にかけて全要素生産性は累積で89%(年率7.3%)上昇したが,そのうち競争促進による押上げ効果は41%(年率3.9%)と推計され,競争要因による寄与は5割近いことになる。また,87年から90年代初にかけての生産性の向上は,NCCの参入による競争の活発化を背景とした経営の効率化がある程度進展したことによるものであろう。なお,NCCの生産性はNTTを上回るものと考えられ,規制緩和による電気通信市場全体の生産性上昇効果は,推計結果を上回るものと考えられる。また,このたびNTTが再編成されることになり,規制緩和の推進,接続ルールの策定等とあいまって,公正競争条件整備により一層市場メカニズムが貫徹することが期待される。それにより,更なる生産性の上昇を見込むことができよう。

航空業については,86年にJALの民営化が行われ,以降,ANAの参入,一定の基準を充たす路線について一路線に複数の航空会社が運行するダブルトラック・トリプルトラック化の導入等が図られるとともに,96年6月に幅運賃制が実施され,これを契機に事前購入型割引等の割引運賃の拡充が進んだ。こうした競争促進政策の展開とともに,運賃は低下傾向にある( 注3 )。

JALの生産性の動向とその背景をみると(前掲 第2-2-2図 ),必ずしも一本調子の上昇でなく景気変動に伴う旅客数の変動に大きく影響を受けているが,競争要因からも大きな影響を受けていることが分かる。86年から95年にかけての累積でみると,生産性が全体で14%(年率1.6%)上昇したのに対して,競争要因の寄与は累積で9%(年率1%)になる。航空業の生産性の上昇は電気通信業に比べてやや限定されたものにとどまっているが,これは航空業が需要調整条項の存在から参入規制があったこと等が影響していると考えられるが,今後参入規制が撤廃されるにつれて,競争も活発化し,生産性上昇効果も期待できよう。

(規制緩和の経済効果:電力,銀行,小売業)

次に,電力,銀行,小売業についてその潜在的な効果をどのように測定するかを考えてみよう。

電力については,95年12月の改正電気事業法により,卸電力への参入が自由化され,卸供給事業者は入札によって一般電気事業者への電力販売が可能になった。既に96年度分の入札は終了し,落札価格平均は一般電気事業者の回避可能原価( 注4 )を2割程度下回ったとされている。早ければ99年から供給が始まる予定である。銀行業については,従来より金利の自由化,業際規制の緩和等が行われてきたが,今後も大幅な規制緩和が進められることになっている。また,小売業については,90年代になって「大店法」の運用緩和や法改正が行われ,特に売場面積1,000m;2;未満の店舗の出店が94年から原則調整不要とされた。既にこの効果は生じていると考えられるが,今後も大店法の制度については見直しが行われることとなっている。

ここでは,効率的な費用フロンティアを推計し,それと現実とのかい離が規制緩和で縮小すると仮定し,その部分を規制緩和の潜在的な効果とする。

つまり,規制がかけられている場合,競争圧力が働かず効率性が追求されないとか,経営の自由が制約されて最適な行動を採れない等の理由から,非効率性が生じる可能性がある。こうした非効率性を計測するために,企業ごとのコストのばらつきから,最も効率的な経営が行われている場合の費用を推定し(この費用関数を効率的な費用フロンティアという),現実の平均的企業のコストのそこからのかい離で非効率性を測るということが考えられる( 注5 )。

結果をみると( 第2-2-3図 ),電力では6%,銀行業では22%,小売業では28%程度の効率化の余地があることが分かる。ここで計測した非効率性が必ずしもすべて規制によるものとは即断できないが,競争が徹底すれば効率的な企業しか生き残ることができなくなることを考えると,現状の非効率性が競争の促進によって解消されていくと想定することにさほど無理はないであろう。

事業者の多いことで共通する小売業と銀行業について70年代後半から90年代前半にかけての時系列的な変化をみると(前掲 第2-2-3図 ,小売業の非効率性は,70年代後半の37%から90年代前半の28%へ9%ポイントの改善とそれなりの縮小がみられるのに対して,銀行業は70年代後半の26%から90年代前半の22%へ4%ポイントの改善と,縮小幅はやや小さい。

(短期における要素投入の削減)

以上のような生産性の向上やコストの削減を実現するためには,さしあたり生産量を一定とすると,当然,労働や資本の投入が減少することとなり,雇用問題や設備投資へのマイナス効果が生じ得る。この点を規制緩和の短期的コストと考えることができよう。電気通信業や航空業については現実に労働や資本が変動した実積があるので,それを基に,生産量が仮に一定であった場合に生産性の上昇を実現するために必要であったであろう要素投入の減少を試算した。NTTについては,86年から95年までの間に現実の労働投入は累積で42%減少し,資本投入は5%の増加にとどまった。生産性を上昇させるために生産要素の投入をこれだけ絞ったのである。ただしこれは生産量の増加による要素投入の増加を含んでいるので,こうした効果を調整してやると,競争要因による生産性上昇に対応して,労働投入は累積で63%減少,資本投入は43%減少となる( 注6 )。航空についても同様の計算をすると,生産量を一定とした場合,競争要因により,労働投入は53%減少,資本投入は22%の増加となったと考えられる。

電力業,銀行業,小売業については,さきに効率的な費用フロンティアを計測したので,それを使って最適な労働・資本投入を求め,これを現実の労働・資本投入と比較することにより,費用フロンティアに達するための要素投入の削減量を推計した( 第2-2-4図 )。その結果をみると,銀行業においては21%の労働投入の削減が必要であり,資本投入は20%削減する必要があるとの結果となった。小売業においては労働投入量は31%縮小する必要があるが,資本投入はむしろ59%増加させる必要がある。これは,小売業においては,現状ではむしろ資本投入が不足しており,効率化のためには設備投資によって資本集約化を図る必要があることを示している。

なお,電力業においては,労働費用が総費用に占める割合が5%以下ということもあり,労働についての変数を効率的なコスト関数の推計から除外しているので,効率的な労働投入を直接に求めることはできない。このため,さしあたり全体のコスト削減と比例的に要素投入が減少すると想定すると,6%の削減となる,また資本投入については効率的なコスト関数からの推定が可能であり,13%の削減が必要である。


アメリカ及びイギリスにおける規制緩和の経験

1 アメリカの規制緩和

アメリカの規制改革は70年代後半から本格化した。70年代に入ってからのスタグフレーションが規制緩和の引き金になったのである。

アメリカの規制緩和プロセスは,しばしば「ボトムアップ」型と言われる。法の網をかいくぐって,企業家精神に富んだ企業が,本来参入が規制されている産業に進出し,規制を有名無実化していったケースが多い。70年代のAT&T独占時代にMCIが長距離通信に参入し,78年に連邦最高裁は,参入は合法との判断を下した。80年のトラック業の連邦規制緩和も,それ以前に裁判に勝った多くの企業が参入して,参入規制が事実上形がい化しはじめていたことが大きい。

これらは連邦政府による規制であるが,州内で完結するサービスは規制も州が行う。州政府の決定する規制は,連邦反トラスト法等が適用されないので,連邦政府が規制緩和方針を打ち出しても州レベルへの浸透には時間がかかる。しかしここでも新規参入圧力や需要家側の規制緩和圧力は大きく,特に産業需要家が高コスト構造に悩まされて州外に逃げ出す傾向のあるカリフォルニア州では,州政府が電力,ガス,市内・短距離電話等の規制緩和を極めて熱心に推進しつつある。

規制当局は行政府,議会,州政府等から半独立の行政委員会である。他に規制産業分野に直接間接に関係する政府機関として,連邦政府の産業政策所管官庁のほか,立法府,司法府,独禁政策当局,州政府等が関与し,その間にチェック・アンド・バランスが働いていると考えられる。

2 イギリスの民営化と規制緩和

イギリスの場合はもともと公益事業は国営企業で民間企業の参入は一律禁止だった。イギリスも70年代には不況や物価高に悩み,さらに政府は財政赤字,国営企業の経営パフォーマンスも極めて悪かった。1979年に経済改革を標ぼうして成立したサッチャー政権は民営化をスタートさせた。政権第一期は英国石油会社のような民間企業的色彩の濃い企業が民営化された。政権第二期開始年の84年に電気通信民営化が行われ,その後ガス,航空,水道,電力等典型的な公益事業が次々に民営化されていった。

民営化推進の大きなねらいは,株式売却による財政再建であったといわれる。したがって民営化当初の制度設計に当たって規制緩和,競争促進は必ずしも十分に検討されず,後に問題を残した,との批判が多い。ガスは民営化後も独占企業であり続けた。電気通信は83年にブリティッシュ・テレコム(BT)独占から政策転換して,マーキュリー社に免許が付与されたが,BTの市場支配力は弱まらなかった。航空では,国営の英国航空(BA)の他,民間会社のブリティッシュ・カレドニア航空(B cal)があったが ,もともと圧倒的に強かったBAが民営化を前に大幅合理化を行ったため,競争力が更に強まり,B calは86年に経営破たんして民営化直前のBAへの吸収を余儀なくされた。電力の民営化に当たっては,ガスの経験を踏まえ,発電,送電,配電に分割した。火力発電は2社に分け,新規参入も認めたが,2社の市場支配力は強大で,競争は不満足なものであった。80年代末からは,電気通信へのCATV会社の参入や航空会社の新規参入を促進し,競争を創り出すべく努力が続けられている。発電も競争の促進が大きな課題で,97年からは配電部門の完全自由化が行われる。

料金規制では,「プライスキャップ制」を考案し導入した。導入の背景には,総括原価プラス適正報酬に基づく料金規制に比べて,経営効率化努力が促され,行政的なコストも少なくて済む,という考えがあったとされるが,現実には,民営化以前の公益企業が国営で非効率だったため正確な原価が規制当局に分からず,コストに基づく価格規制ができなかったという理由もある。したがってプライスキャップの設定も多くの試行錯誤を繰り返してきた。

こうして,試行錯誤をある程度甘受しながら,民営化後新たにできた市場の競争条件を一歩一歩整備してきたのがイギリスのやり方である。

イギリスの規制委員会は時の政権や関係官庁から任命されるが,一度任命されると原則として一定期間中更迭されず,委員長の人事権限も強い。規制当局は,産業政策やエネルギー・環境政策等を行わず,純粋に経済的規制及び規制改革だけを担当する。これら規制機関はまた,市場での競争を促進する義務を負っている。このため,競争条件整備の不徹底があると,これら規制当局はそれを是正するための措置を講じなければならず,新たな規制改革の枠組みを打ち出すのである。また,産業担当当局や独禁当局とのチェック・アンド・バランスのメカニズムは,ここでも存在する。


(価格低下による需要の拡大)

生産性が上昇したり費用が低下すれば,企業利潤が増加する場合もあるかもしれないが,競争の激化を考慮すれば価格が低下することが期待される。こうして,価格が低下すれば需要が増加すると考えられ,それによる生産の拡大,労働・資本投入の増加が期待できる。需要が十分拡大すれば,上記の規制緩和の短期的コストは現実に解消されることとなる。例えばアメリカの航空業の規制緩和では,いくつかの巨大航空会社の倒産や合併,チャーター便の運行企業の激減等多数のレイオフを出したが,競争活発化による運賃低下や賃金水準の相対的な伸び悩みもあって雇用全体は76~93年の間に80%の増加をみた。

電気通信業についてみると( 注7 ),需要の価格弾力性は0.3程度とみられ,競争による生産性上昇に見合った価格低下が生じれば,需要は10%増加すると期待される。航空業については,需要の価格弾力性は0.6程度であり,需要の増加は6%とみられる。電力業,銀行業,小売業の需要の増加は,それぞれ,1%,4%,10%と試算される。

(経済構造改革のマクロ経済への効果の推計)

以上においては,電気通信,航空,小売,銀行,電力について規制緩和による競争の促進がどの程度の効果を持つかを試算したが,経済企画庁総合計画局「規制緩和などの経済構造改革が経済に与える影響について」(97年6月)では,対象を,金融,情報通信,運輸,流通,エネルギー,土地・住宅,医療・福祉,雇用・労働の8分野に拡大し,また,生産性の向上に加えて新規需要や新規投資の創出の効果を含め,さらに,情報通信ストックの外部経済効果や労働力需給調整機能の強化といった経済全体に対する効果を織り込んで,中期多部門モデルで経済効果を推計している( 注8 )。

これによると,経済構造改革の進展により,1998年度~2003年度のGDP成長率は年平均0.9%程度上昇し,2003年度の実質GDPの水準は,構造改革が行われなかった場合に比べて5.8%程度高くなる。消費者物価上昇率は年平均1.2%程度低下し,2003年度の消費者物価の水準は,構造改革が行われなかった場合に比べて7.3%程度低下する。雇用・労働分野を除いて規制緩和を進めると,生産性の上昇に伴い短期的には雇用需要が減少し,2003年度における失業率は構造改革が行われなかった場合に比べて若干ながら上昇するが,労働者の保護の観点に十分留意しつつ,雇用・労働分野の規制緩和等を行うことにより,労働力需給調整機能が強化され,失業の増大をおおむね相殺することができるという結果となっている。

なお,この試算は,規制緩和などの経済構造改革がマクロ経済に与える影響の大まかな方向を示したものであり,ある程度の幅をもって理解される必要がある。経済構造改革の諸施策の効果については定量的に把握することが難しい部分もあることや,その影響は中長期に及ぶものであり,2003年度までにその効果が全て出尽くすわけではないことに留意する必要がある( 注9 )。

3. 規制改革の今後の課題

規制改革のプロセスは一定の成果を挙げつつあるが,まだ,多くの課題を抱えている。

第一は規制改革の優先度である。当面は市場規模が大きく,また規制撤廃・緩和で市場が潜在的に拡大し得る部門での改革を特に重点的に推進すべきである。広く「ネットワーク産業」といわれる分野では,情報技術革新の結果産業やサービスの在り方が大きく変わり,また,グローバルな市場が形成されようとしている。このような急激な変化の中では,規制の不断の見直しが必要である。規制緩和の遅れは産業の発展の遅れと競争力の低下に直結する。ただし成熟部門にみえるところも,新規参入の結果新たな産業の展開が可能になる場合があることには注意が必要である。

第二は,規制改革に当たっては,実施後問題が生ずる場合には速やかに対応するという,改革プロセスの柔軟性確保が必要である。特にネットワーク産業では,一つの規制緩和が新たな変化を起こすというダイナミックな展開となることが多い( 注10 )。ある程度の試行錯誤はつきものである。米英等でも,規制緩和や民営化の過程で事前に予想しなかった様々な問題に遭遇し,規制面でも試行錯誤が行われてきた。

第三は,規制緩和等による市場での競争の活発化のためには,社会的セフティ・ネットが十分整備されていることが不可欠の条件である。これには失業保険や社会福祉システム等の具体的制度とともに,「敗者」への社会的な受容性が高まることも重要である。さらに,再挑戦の機会が常に開かれていることも必要である。また,既存の規制を維持する理由として弱者保護が挙げられることが多いが,一つは現実に保護されているのが必ずしも弱者とは限らないこと,二つには一時的には既得利益を保護し得たとしても技術革新の速やかな現代では異業種間競争のようなかたち等で早晩競争圧力の強まりは避けられないこと,等に留意すべきである。

第四は情報の公開の重要性である。すなわち,事業者や行政による積極的な情報の公開・提供は規制の透明性を確保し,競争の促進,国民利用者の利益確保を図る観点から重要である。

第五は社会的規制と呼ばれる分野にも不断の見直しが必要なことである。93年の「平岩レポート」では経済的規制は原則自由に,社会的規制は自己責任を原則に最小限に,との原則を打ち出し,この考え方が「規制緩和推進計画」にも引き継がれている。現行規制が規制の社会的目的を達成するために最も効率的かつ柔軟な手段であるかどうか,事実上経済的規制として既得権益を擁護する結果になっていないかどうか,等検討する必要がある。規制の便益と費用の評価が重要な役割を果たし,そのための情報の公開と蓄積が必要である。

第六は,単なる規制の緩和・簡素化だけではなく,競争条件の整備や独占禁止法の適用を含めた包括的な規制改革でなければならないということである。既存事業者が圧倒的な市場支配力を有している場合には,参入規制が緩和されたとしても有効な参入が行われなかったり,公正,有効な競争が確保されないおそれがあるため,そのような競争を確保するためのルールの設定・運用等競争条件の整備のための措置が必要となる。また,規制緩和分野において新規参入を阻害する等の行為に対しては,独占禁止法による厳正な対応が不可欠となる。