第1章 バブル後遺症の清算から自律回復へ

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日本経済は,景気の谷から3年半を経過し,長さだけでみれば戦後の景気上昇期のうちでもかなり長い部類になろうとしている。しかし回復テンポは緩やかで,特に1995年半ばまではゼロ近い低成長かつ不安定成長であり,ともすれば在庫や生産のミニ調整を余儀なくされ,公共投資,減税,金融緩和等各種経済政策によって辛うじて下支えされてきた。景気回復過程では本来,在庫調整の終了→生産増→雇用増→家計所得増→消費増→生産増,あるいは生産増→企業収益増→設備投資増→生産増,という好循環が働き,経済は民間需要主導の自律的な回復軌道に乗っていくものである。しかし今次回復局面では,この好循環メカニズムがなかなか動きださなかった。その背景には次のようなものがある。第1に,バブル期の膨大な投資の結果,設備能力,雇用等が過剰となり,調整が行われてきたことである。第2に,バブル崩壊後の資産価格の下落等による財務面の悪化に対応するための企業や金融機関のバランスシート調整が長引いたことである。第3に,円高の急速な進行や国際分業構造の急変化のため,日本の経済・産業構造の将来について不透明感が漂っていたことである。こうして企業は,当面の設備投資や雇用創出にも,また長期的な観点からの物的・人的・技術的な投資にも,慎重になっていた。家計も,経済の先行きへの不透明感や雇用不安等から,支出拡大に慎重であった。要するに,景気回復の好循環のリンクがあちこちでとぎれていたのである。

しかし,96年度半ばごろから,好循環のリンクが次第につながってきたとみられる。特に,①在庫・設備・雇用の調整が進展したこと,②円高から円安に転換したことにより外需がマイナス要因からプラス要因に変わったこと,③雇用情勢の改善を受けて雇用不安が薄らぎつつあること,等が効いて,96年度下期には民間需要主導による自律回復的循環がみられるようになった。

96年度下期には公共投資の減少が景気にマイナスの効果を持った。また,97年度に入って消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減等が出ている。しかし,設備投資の堅調さに加え,雇用面の改善が続いているため,景気は回復テンポが一時的に緩やかになっているものの,腰折れすることなく回復傾向を持続すると考えられる。

実物経済が回復傾向を強めているのに対し,金融・資本市場の動きは鈍かった。民間部門の資金需要は弱く,また株価は96年末から97年初にかけて下落した。しかし,これらは景気の先行きについての市場の見方が慎重化したことのほか,中期的なバブル後遺症による金融機関の財務悪化,企業の収益性の低さ等,構造的な問題を反映していたとみられる。こうしたなか,金融政策は著しい緩和基調を続け,景気を下支えしてきた。ただ,各経済主体の財務体質改善等が低金利に助けられてきたという側面があることも確かである。今後の金利変動のリスクへの対応を強化するとともに,低金利下での資産運用システムの確立等が求められる。また,金融政策は機動的に運営されなければならない。

為替レートの動向にも注意を要する。95年半ばからの円高是正の過程で,96年半ばから純輸出は増加に転じ,短期的には輸出入数量面のプラス効果が輸入コスト上昇のマイナス(交易条件効果)を上回ったとみられる。ただし,日本企業の海外展開等の構造変化が進んでいることにより,従来に比べると円安でも輸出数量は増えにくい構造になっているとみられる。

以上,日本経済は自律回復過程への移行を完了しつつある。経済主体の間になお景気回復感が十分でなく,その背景に中長期の問題の重し,財政政策面の影響の不透明さ,金融関連指標の弱さ,等があることには注意しなければならない。しかしいったん回り始めた今次回復期の好循環は,雇用改善を主導に底堅いものがあり,雇用面の改善が続いていることから,当面の財政政策面のマイナス影響によっても腰折れせず,持続すると期待できる。企業や金融機関のバランスシート調整はなお続いているが,当面の景気回復との関連では,景気の足を引っ張るという意味での「マクロ問題」から,個々の産業や企業の構造問題である「ミクロ問題」へと問題の中心が移ってきているといえよう。

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