平成8年

年次経済報告

改革が展望を切り開く

平成8年7月

経済企画庁


[次節] [目次] [年度リスト]

第3章 転換期にある日本的経済システム

第1節 金融仲介システム

「日本的経済システム」についてはそのメリット,デメリットが指摘されている。我が国のこれまでの金融仲介システムは,こうした「日本的経済システム」の一端を担いつつも,今日,不良債権問題が存在するなかで,その在り方が広範に議論されている。

そこで,本節では,我が国の金融仲介システムの特徴を概観した後,特に「日本的」とされるメインバンク,固定的な主幹事証券の存在に焦点を当てながら,その機能と問題点を整理し,今後の我が国経済のダイナミズムにとって必要な金融仲介の在り方を検討する。なお,金融システムという場合,一般には,金融仲介システムと決済システムの双方を包括するが,後者については,その公的規制の在り方を中心に,第4節で検討する。

1. 我が国の金融仲介システムの特徴

我が国の戦後の経済発展においては,企業部門が恒常的な資金不足の状態にあり,安定した信用秩序と高い経済成長を可能とした資金配分を行った金融仲介システムが重要な役割を果たしたと考えられる。近年,金融・資本市場の自由化の急速な進展がみられるが,ここでは,これまでの我が国の金融仲介システムの特徴を簡単に振り返ってみたい。

(間接金融の特徴)

まず,我が国の企業部門(金融を除く)の負債構造をみると,銀行借入の比率が高く,80年代半ばまでは社債等の証券は極めて低い( 第3-1-1表 )。この構造は,アメリカと対照的であり,我が国が「間接金融優位」と呼ばれるゆえんである。金融については,信用秩序の維持という観点から公的規制は正当化されるが,こうした「間接金融優位」は,特に金利規制という制度の下,政策的に預金金利が低位に設定されたことと密接にかかわる。すなわち,銀行は低利で資金を調達できることから,一定の利ざやを獲得した上で,なおかつ貸出金利を低めに抑えることができたのである。このことは,投資収益率の代理変数としての名目成長率に対して長期金利が,60年代から70年代初頭にかけて,常に低く安定して推移していたことからも示唆されるであろう( 第3-1-2図 )。また,我が国の「間接金融優位」は,メインバンクシステムとしても特徴付けられる。企業によっては複数の銀行をメインバンクとしているケース(こうした銀行を「コアバンクス」と呼ぶこともある)もあるが,アンケート調査によると,ほとんどの企業が何らかの形でメインバンクを持っていると答えている( 付注3-1-1 )。また,融資シェアがトップの銀行をメインバンクと定義し,上場企業におけるメインバンクの固定性をみると,5年間で2割程度しかメインバンクの変更はみられず,特に一部上場企業で変更するケースが少ないという状況が続いていることも確かめられる( 第3-1-3表 )。

(直接金融の特徴)

我が国の「間接金融優位」という構造は,直接金融市場が,従来企業の資金調達の場として必ずしも十分に成熟していなかったことのコインの裏面でもある。直接金融についても様々な公的規制が存在するが,我が国では,特に投資家保護という観点から厳格な規制の運用が行われてきた。社債についていえば,優良企業に社債発行を限定することで,結果的に,我が国の社債市場の規模は比較的小さいものであった。また,株式市場においても,事業法人と金融機関,あるいは事業法人同士の株式持合いによって安定的に株式が保有される傾向があった。我が国においても戦後間もなくは個人投資家の所有比率が高かったが,60年代半ば以降,個人や投資信託の所有は減少し,金融機関,事業法人のシェアが増加しており( 第3-1-4図 ),この時期に,株式持合い構造ができ上がったものと考えられる。

さらに,これら証券の発行を引き受け,販売を行う機関である証券会社については,大手総合証券が取引のかなりの部分を占める状況にあり( 第3-1-5表 ),しかも企業と長期的・固定的な取引関係が存在した。証券の主幹事証券についてその変更状況をみると,90年以降,時価発行増資で9割,転換社債で8割の企業が主幹事証券を変更してこなかったが( 第3-1-6表 ),普通社債については主幹事証券変更のケースが多く,特に近年では更にそのようなケースが増えている。これは普通社債発行の場合,社債管理会社として銀行の果たす役割が大きく,銀行系証券子会社が近年主幹事証券の地位を獲得し始めたことも一因と考えられる(詳細は後述)。

2. メインバンク・システムの経済合理性

我が国の「間接金融優位」を支えたメインバンク・システムの特徴は,銀行と企業の間に,長期的・固定的でかつ通常の資金の貸借を越えた関係があるということである。アンケート調査によると,企業が考えるメインバンクの要件として,融資量のほかに様々な側面が指摘されている( 付注3-1-1 )。こうした関係が形成されるまでには,当然歴史的な背景があり,また,各種制度要因等も前提となるが,このような一見,市場経済原理では割り切れないようなシステムも,一定の条件の下では経済的な合理性を有している。我が国の場合,戦後の経済発展にこうしたメインバンク・システムが一定の役割を果たしたことは,広く認められているといえる。

一般に,我が国におけるメインバンクの機能として,①情報の非対称性に伴うエージェンシー・コストの引下げ,②リスクに対する保険,③各種情報交換等が挙げられる。このうち,情報の非対称性の問題については,更に,①金融仲介機関としてのモニタリング機能,②その他の金融機関に対するシグナリング機能,③株主としてのモニタリング機能に分かれる。そこで,以下ではこれらの機能について,具体的に我が国経済と関連付けながら整理する。

(エージェンシー・コストの引下げ)

まず,メインバンクによるエージェンシー・コストの引下げ効果について,金融仲介機関の情報生産という観点から考えてみよう。一般に,投資家と借手がいる場合,借手自身が自らの投資内容や活動方針,財務内容の情報量を最も豊富に有しているという意味において,借手と投資家の間に情報の非対称性が存在する。このとき,企業情報が内部化され,企業経営者が投資家に投資判断材料を十分に提供しない場合には,投資家が損失を被る,あるいは投資家が損失分を見越してリスクプレミアムを要求するなど,情報の非対称性から生じるコスト,つまりエージェンシー・コストが発生する。したがって,金融仲介機関は,単に投資家と借手を結び付けるだけではなく,借手企業をモニタリングすることによって,投資家と借手あるいは金融機関自身との間の情報の非対称性を補完し,エージェンシー・コストを低下させるような情報生産機能が求められる。このとき,ここでの金融仲介機関がメインバンクであれば,情報の非対称性に有効に対応できると考えられるのである。

例えば,銀行が企業の投資プロジェクトに資金を貸し付ける場合,①銀行は,企業の実情を踏まえてまず事前にプロジェクトの評価,選別を行い,②貸付け後も企業の投資プロジェクトにかかわる活動状況を監視し,③さらに,事後的な財務内容を監視して,貸付資金が回収不可能なものとならないかを常にチェックする。こうしたモニタリングは,一定のコストを要する専門的な情報収集・分析活動であることはいうまでもない。ただ,これらの活動は,取引を新規に開始する場合には,かなりのコストを必要とする一方で,その後の活動においてはそれまでに蓄積された情報の活用が可能となる。逆に,取引が継続されない場合は,過去の蓄積された情報は無に帰するものであり,情報収集に要した費用は「サンク・コスト」(埋没費用)となる。したがって,企業と銀行の取引関係が長期的かつ固定的であるメインバンク・システムにおいては,銀行はモニタリング・コストを抑えることが可能となり,借手側もコスト低下分をシェアできることから,双方にとって経済合理性がある。

しかも,こうしたメインバンクの存在は,他の金融機関に対する「シグナリング効果」を発生させることから,銀行部門全体としての情報生産コストを節約することにもなる。すなわち,企業の投資プロジェクトが多額の資金を要する場合,通常,メインバンク以外の金融機関も協調融資を行うことで資金を賄うが,他の銀行は,個別に多大な情報収集を行わなくとも,メインバンクの融資を一つのシグナルとして融資を実行するため,メインバンクが存在しない場合に要したコストが節約できるのである。なお,他の金融機関による「ただ乗り」が発生するということは,メインバンク自身の情報生産インセンティブを阻害することになるが,メインバンクが投下したコストに見合うだけの利得を享受できればシステムは均衡する。この点については,後述するように,企業との情報交換を通じたメインバンクのメリットが存在するほか,戦後の我が国経済に関しては,預金金利規制と資金需要のひっ迫が,メインバンクに一定のレントをもたらすような環境を作り上げていたと考えられる。

また,我が国では,さきにみたようにメインバンクが融資先企業の債権者であると同時に株主でもある。したがって,メインバンクは一安定株主として,アメリカでひんぱんにみられるような企業の敵対的買収を抑制する役割を果たしてきたと考えられる。また,理念上は,メインバンクが他の株主とともに企業を監視するというコーポレート・ガバナンス構造となっており,株主と経営者との間の情報の非対称性に伴うエージェンシー・コストも節約される。ただ,我が国のメインバンクが株主としての機能を果たしてきたか否か,また,こうした機能を銀行であるメインバンクに求めることが適当か否かは,議論の余地が残るところである。

(保険機能)

メインバンクの保険機能について最も端的な例は,メインバンクが安定資金の供給源となり,借手の経営危機に際して資金手当て等の救済を行うケースである。我が国の戦後の恒常的な資金不足期においては,企業にとって安定的な資金の供給源を確保できることのメリットは小さくなかった。一方,メインバンクとしても,我が国経済の高い成長が期待できたことから,長期的な資金供給を約束することで,いわば保険料込みのメインバンク・レントを享受することが可能だった。救済コストに十分見合うレントを実際に獲得できていたかどうかを検証することは容易ではないが,金利規制と資金需給のひっ迫は,銀行がレントを得やすい環境を提供していたことは間違いない。しかも,我が国においては,メインバンクは長期的な取引関係を築くことによって,社債発行時の受託,外債発行時の保証に関与し,金利収入以外のこれら手数料収入も確保したのである。

このほか,金利変動に対するリスクシェアリング機能もメインバンクの提供する保険の一つと考えることができる。すなわち,市場金利が低下しているとき,メインバンクが高めの貸出金利を設定する一方,市場金利が上昇したときに貸出金利の上昇を抑制することで,企業は金利変動リスクを回避し,収益の安定確保を図ることができたのである。

(情報交換機能)

メインバンクと企業の関係は,上記のほか,様々な情報交換を通じて両者の経営コストの軽減に寄与していることも指摘できる。すなわち,企業側にとっては銀行は単なる資金提供者ではなく,資金の効率的な調達・運用のアドバイサーでもあり,長期的な観点から資産・負債を統合的に管理できるメインバンクの高度な専門性が,企業の財務管理コストを引き下げているものと思われる。また,メインバンクは個々の企業に必要な情報を理解し,かつ企業が独自に情報収集するよりも低コストで提供できることから,この面でもメインバンクは経営コストの軽減に寄与しているであろう。一方,銀行側もメインバンクとして企業と長期的な情報交換を行うことにより,当該企業から取引先の紹介を受けて営業基盤を拡大できるほか,企業の後押しの下で従業員との取引を行うことができるケースも考えられる。

3. メインバンク・システムをめぐる環境の変化

メインバンク・システムが一定の経済合理性を有し,我が国の経済発展に寄与してきたことは確かであろうが,今日,様々な外的環境の変化の中で,我が国のメインバンク・システムが従来のような形では有効に機能し得なくなっている可能性も否定できない。そこでまず,メインバンク・システムをめぐる外的環境の変化を整理しておこう。

(金融自由化)

まず,第一に指摘できる点は,金融自由化である。金融自由化は,貸手,借手の双方に影響を与えた。すなわち,貸手である銀行側からみれば,金融自由化以前は,金利規制による低金利政策の下,恒常的な資金の需要超過が発生し,貸出しの際にメインバンクとしての情報生産コストを賄うレントを確保しやすい環境にあった。しかも,銀行は,現在では制度的に禁止されている預金の歩止まりを要求することにより,実質ベースでは,一定のプレミアムを獲得することができたといわれる。しかし,70年代後半から譲渡性預金(CD)等自由金利商品による資金調達が増加するとともに利ざやは低下し始めており( 第3-1-7図 ),つれてメインバンク・レントも縮小したものと考えられる。なお,業態別にみると,自由金利調達比率が高く競争条件も厳しい都市銀行においては,80年代初めに市場金利が上昇したこともあって,この時期に利ざやが急速に縮小する一方,地方銀行は80年台を通じて緩やかに利ざやが低下している。

また,金融自由化には内外の債権発行に係る規制緩和も含まれ,借手側の企業の資金調達手段が多様化するという効果をもたらした。80年代半ばまでは,直接金融が借入れの代替手段として十分機能できなかった点は後述するが,大企業については,次に述べる内部資金の蓄積と併せ,銀行に対して一定のバーゲニング・パワー(交渉力)を獲得するきっかけとなったことは確かであろう。

(企業の財務強化)

企業側の変化としては,内部資金が潤沢になり,財務内容が強化されたという事実を指摘できる。内部資金対売上高比率をみると,我が国経済の発展とともに,企業は着実に内部資金を増加させてきており,特に80年代半ば頃から,大企業が急速に資金を蓄積してきている姿がうかがえる( 第3-1-8図 )。このことは,大企業の銀行借入への依存度を低下させることとなり,それまで銀行にとって相対的に取引のウエイトの小さかった中小企業向け貸出し等を促進させる一因となった( 第3-1-9図 )。また,近年では銀行側が不良債権等の影響もあり信用力を低下させているため( 第3-1-10図 ),大企業の方が銀行よりも格付けが高くなるといった現象も発生しているなど,我が国の間接金融を取り巻く環境は変化してきていると考えられる。

(不確実性の増大)

90年代以降の変化としては,バブル崩壊後の地価の下落と低い成長率が,我が国経済の成長に対する確信を揺るがしたことも重要である。すなわち,企業,銀行ともに先行きの期待成長率を低下させたり,不確実性を考慮せざるを得なくなっており,短期的にせよ収益面でデメリットがある取引は積極的にリストラの対象としている。この結果,企業にとっては,将来のための「お付き合い」という形で従来通りの銀行取引を維持するよりも,銀行の絞り込みを行う方が合理的な選択となっている。また,銀行側も将来の価格上昇が見込める土地担保に依拠して,モニタリング・コストを節約することはできず,銀行の情報生産コストは従来よりもかなり高価なものとなっていることから,貸出先の選別を強化してきているとの指摘もみられる。

(銀行間のサービス提供力の格差)

金融の国際化と金融技術の発展に伴い,銀行間で,企業に対するサービス提供力に格差が生じていることも最近の変化である。近年,金融派生商品の取引拡大が著しいが,これらは派生商品の性格上高度な取引技術や,相当量の取引を確保することが必要である。この結果,顧客の要望にこたえる商品が提供できる銀行とできない銀行の間の商品提供力格差は拡大せざるを得ない。ちなみに,先物取引契約の対事業資産比率をみると,総じて同比率が増加しているが,それにつれて銀行間の相違が生じていることが分かる( 第3-1-11図 )。また,「金融派生商品売買高等調査」によると,金利関連の取引を中心に,特定の銀行に取引が集中していることが確かめられる( 付表3-1-2 )。こうした状況の下では,銀行は他の銀行との差別化を図ることによって企業との取引を拡大するであろうし,企業側も,それまでの取引慣行にこだわらず,自らのニーズに見合った銀行を選択するインセンティブが生ずると思われる。

4. メインバンク・システムの実態

メインバンク機能の評価については,これまでにも様々な実証がなされているが,総体としてみれば,高度成長期においてはメインバンクが相当程度我が国の経済の発展に貢献たことは事実であろう。しかし,80年代後半にバブルが発生し,その後銀行,企業がともにバランスシート調整に取り組まざるを得ないという事実は,メインバンクを中心とする我が国の金融仲介システムが,貸手としてバブル期に対応できるだけの十分なモニタリング機能を有していなかったという疑念を抱かせている。そこで,ここではバブル期以降の環境変化の中でメインバンクがどのような機能を果たしてきたかについて,サンプルデータによって検証する。なお,データは東証二部上場企業から抽出したが,これは,一部上場企業のような完全に名声が確立した企業よりも,メインバンクが相対的に重要な役割を果たしており,メインバンクの影響がより明確に検証できると考えられるからである。

(バブル期におけるメインバンクのモニタリング)

80年代後半のバブル期においては,周知のとおり,企業は銀行借入れやエクイティ・ファイナンスを大幅に増加させることによって資金を広範に調達し,財テクや設備投資を行ったが,結果的にこれらがバランスシートの棄損につながり,我が国経済全体に大きな問題を投げかけた。そこで,ここでは,バブル期の企業の借入行動とメインバンクの関係をサンプルデータからみておこう。

まず,バブル期における企業の借入れ増加に対し,メインバンクがどのようにかかわっていたかについて,85~90年にかけて20億円以上借入れを増加させた企業をみてみると,半数以上でメインバンクの変更があり,更に50億円以上に絞ると,サンプル数が少なくなるが,対象企業7社中6社でメインバンクが交代しているという結果になった( 第3-1-12図 )。そこで,同様の分析を不良債権問題で注目される不動産業に限ったサンプル(サンプル数を増加させるため全上場企業をベースに抽出)でみると,メインバンク変更企業の割合は低下するものの,ここでもメインバンクが融資シェアを低下させたケースが半数を占めるという結果が得られた。

ここでの結果は,サンプル数に限りがあるため,かなり幅をもってみる必要があるが,この時期に借入れを大幅に増加させた企業が,それまでのメインバンクからではなく他行からの借入れに多くを依存したケースが多いことは次の二点で注目に値する。

まず,第一は,メインバンク自身は,自らのモニタリング情報によって融資の増加に歯止めをかけていた可能性が高いことである。このことは,バブル期においても,メインバンクの貸手としてのモニタリング機能が有効であったことを示唆している。

第二は,メインバンク・システムのシグナル機能が影響した可能性があるということである。理論的には,従来からのメインバンクが特に貸出残高を減少させていなければ,メインバンク以外の銀行は,メインバンクの融資姿勢を一つのシグナルとして利用することで融資を行うことができるため,量的拡大が優先されるような場合は,モニタリングが不十分なまま融資を増大させる可能性がある。こうした観点からバブル期を考えると,金融自由化という環境変化の中で,リスク管理体制が不十分なまま安易に営業基盤を拡大しようとした金融機関が,メインバンクのシグナルを過信したことが,この時期の過剰融資の一要因となった可能性が考えられる。

なお,メインバンクに企業統治(コーポレート・ガバナンス)の中核としての機能を求める見方が一部にあるが,こうした考え方を前提とすれば,メインバンクが他行からの借入れのチェックを行わなかった(容認していた)ということは,メインバンク・システムが限定的な役割しか果たし得なかったということになるであろう。

(90年代におけるメインバンクのモニタリングと救済)

次に,バブル崩壊後の企業収益の悪化に対し,メインバンクが積極的な救済融資を行ったかどうかをみるために,90~95年の間に2期以上赤字決算を計上した企業(以下,赤字企業)に対するメインバンク融資シェアの動きをサンプル全体でみた動きと比較した( 第3-1-13図 )。これをみると,メインバンクが変更になったケースの割合は,赤字企業と全企業で特に変化はみられないが,赤字企業の場合,メインバンクが融資シェアを上昇させたケースは相対的に少なく,融資シェアを低下させたケースの方がかなり多いことが判明した。さらに,これをインタレスト・カバレッジ・レシオ((営業損益+金融収益)/支払利息・割引料)が同期間に2期以上1以下,つまり,利払い分の収益をも計上することができない業績不振企業でみると,2割の企業でメインバンクが変更され,6割の企業でメインバンク融資シェアが縮小している形になった。

もちろん,貸出先の救済が直接融資シェアの上昇につながるわけではないが,総じていえば,経営状態が悪化した企業に対して,メインバンクが積極的な救済融資を行ったというよりも,むしろ自らの融資シェアを低下させるような消極的な姿勢を採ったといえるであろう。このことは,バブル崩壊後,メインバンクはモニタリングの過程で取引先を選別していることを意味し,第1章第9節で指摘した銀行のリスク選別の動きとも整合的といえるであろう。今日,銀行が返済猶予や金利減免措置を行い,場合によっては役員派遣を実施しているということは,当然,メインバンクが一定の救済措置を講じていることを意味するが,メインバンクが必ずしも安易な救済を助長しているわけではないことは注目すべきである。

ただ,メインバンク・システム特有の問題として,メインバンクが名声を維持するために,たとえ融資先企業の経営状況が悪化しても,当該企業を倒産させないように救済するインセンティブが働く場合がある。なぜならば,企業倒産の発生は,外部の者からメインバンクの審査能力の不備として受け止められる可能性があるともいわれるからである。上場企業を使用したここでのサンプルからはこうした実態は検証できないが,仮にこのような立場に立つならば,マクロ的な資金の効率配分という点からみて,本来早期にとうたされるべき企業がメインバンクのこうしたインセンティブから温存された可能性も留意する必要があろう。

(メインバンク融資シェアの決定要因)

以上の結果は,メインバンクが長期的な取引関係によって蓄積された情報をいかす形で貸出シェアを決定していることを示唆している。そこで,メインバンク融資行動を貸出先のリスクと将来性によってどの程度説明できるかを統計的に検討した。具体的には,メインバンクの融資シェアのクロスセクションデータを貸出先の借入残高(リスク要因)と売上高経常利益率(将来性要因)によって回帰し,そのパラメータの有意性をチェックした( 第3-1-14表 )。これをみると,いずれの時期の横断面をとってみても,リスク要因がマイナスの符号で有意となり,メインバンクはその融資シェアを決定するに当たっては企業のリスクを考慮していたことを裏付けている。また,将来性要因については,いずれも符号がプラスで94年のデータにおいてはその値が有意に効いており,メインバンクは,貸出先の将来性が高い(低い)場合に融資シェアを上昇(低下)させるような行動をとるという結果になった。

なお,将来性とメインバンク融資シェアについては,そもそも期待される符号条件について議論がある。というのは,将来性が明確に認められる場合には,メインバンクが積極的な融資姿勢を示すと同時に,他行も同様の態度をとるため,メインバンクシェアが上昇するとは限らないからである。ただ,二部上場企業の場合,銀行と企業の間の力関係で,企業側があえてメインバンクを変更して他行からの融資を拡大することは難しいこと,企業の名声が完全には確立されていないため,銀行側もメインバンクとそれ以外の銀行では情報量に格差が存在し,融資の増減についてはメインバンクが主導を採るケースが多いと思われること等を考慮すると,ここでのプラス符号は納得のいくものである。しかも,94年時点で将来性要因が高まっていることにより,メインバンクが,優良企業に対しては従来以上にその取引関係を強固にしようとしている姿がうかがわれる。

(メインバンクと新規企業)

メインバンクのモニタリング機能が発揮されるということは,既に名声を確立した企業をモニターするだけではなく,成長企業を発掘する能力があるということである。この点について二部上場企業をサンプルとするのは限界があるが,ここではサンプルの中で,85年4月以降に新規上場された企業に対するメインバンクの融資シェアを,設立から上場までの年数と併せてチェックした。これによると,新規に上場された企業のうち,設立が戦前にまでさかのぼるような伝統企業ではメインバンクの融資シェアは低いものの,戦後の高度成長期以降に設立された新しい企業では上場時のメインバンクの融資シェアは高く,総じてサンプル平均を上回っていることが分かる( 第3-1-15図 )。上場に至るような企業であるため,事後的にメインバンクのサポートを得られたとも考えられるが,いずれにしても,こうした新規企業が資金面で特定の銀行に依存しているということは,メインバンクを持つことによって一定のメリットがあったためと推測できる。なお,これまでは,こうした新規企業が株式公開以前には直接金融による資金調達を行うことが難しかったといわれており,今後は規制緩和による制度の変化とともに銀行借入の姿も形を変えていく可能性はある。

(メインバンクによる役員派遣)

メインバンクによる役員派遣については,経営危機に直面した企業に対する人的支援として,これまでもしばしば取り上げられてきた。しかし,役員派遣の持つ意味は,こうした救済ケースのほかに,より広い意味での企業と銀行の情報交換機能があり,銀行側による再雇用先確保という側面も考えられる。そこで,都長銀上位行の役員派遣データからその実態をみると,91年度,94年度ともに,派遣された役員のうち6割以上が再派遣であることが確認された( 第3-1-16図 )。特に,景気がピークの91年時点において銀行が継続的な役員派遣を行っていたことを考慮すると,こうした役員派遣は救済のための緊急避難的なものではなく,銀行と企業の間の固定的な慣行であるケースが少なからず存在するということになるであろう。

ただ,外的環境の変化によってメインバンク関係を維持するメリットが小さくなっているケースにおいて,こうした役員派遣が単なる前例踏襲で継続されている場合があるならば,それは経済合理性を欠き,不透明な「日本的慣行」といわざるを得ない。

5. 固定的な主幹事証券の機能

我が国の金融仲介システムの「日本的な」姿は,メインバンクのみならず,直接金融における固定的な主幹事証券によっても特徴付けられる。さきにみたように,80年代半ば以降メインバンクをめぐる環境が変化し,大企業を中心に企業金融が直接金融にシフトし始めたが,直接金融においても,企業と主幹事証券との間に固定的な関係が存在してきた。

(固定的な主幹事証券の経済合理性)

主幹事証券が企業との間に固定的な取引関係を有するということは,メインバンク・システムと同様に一定の経済合理性を有し,それ自体は普遍性を持っているといえるであろう。なぜならば,証券の発行により資金調達がなされる場合も,借入れの際と同じように,発行体と投資家あるいは仲介する証券会社との間に情報の非対称性が存在し,エージェンシー・コストが発生するからである。

具体的には,企業が証券発行により資金を調達する場合,証券会社は,金融仲介者として,①発行条件や方法を企画立案し,②発行された証券の売れ残りリスクや条件決定から実際の売却までの価格変動リスクを請け負い,③これを一般投資家に販売する,という役割を担っている。そして,これらの業務は,証券会社による発行体の審査という高度な情報生産によって支えられ,その情報生産ができるだけ適正にかつ低コストで行われることがマクロ的にエージェンシー・コストの節約につながる。このとき,情報生産費用は,メインバンクの情報生産と同様に「サンク・コスト」となることから,両者の長期的・固定的な取引関係は情報生産コストを低下させ,より適正な評価が期待されるといえるのである。また,固定的な主幹事証券が存在することで,副幹事証券ほか他の幹事証券に対するシグナル効果が働き,証券発行の際の証券会社全体の情報生産費用を節約することにもなる。特に知名度の低い企業にとっては,一定の「名声」を有する証券会社と継続的に取引を行うことにより,市場に適切な情報を提供して証券発行コストを節約するインセンティブが働くであろう。

(我が国における主幹事証券固定化のメリット)

さらに,我が国のこれまでの証券市場が,証券会社及び企業の双方にとって,長期的な取引関係を維持するインセンティブをもたらした可能性もある。すなわち,我が国のこれまでの証券制度をみると,投資家保護の観点から,参入規制,価格規制,店舗規制等各種の公的規制が適用されていた。このように価格が固定的な市場では,シェアや業務を拡大することは,それが固定費の大幅な上昇をもたらさない限り,理論的には収益の増加につながる。したがって,我が国では,多角的な業務を行っている「総合証券」は,企業の主幹事証券としての立場を固定することによって,当該企業の資金運用面でのビジネスを獲得し,「範囲の経済(店舗や情報処理システム等に共通の固定設備を使用することで,業務複合によりコストの節約が生じる経済効果)」を享受できるというメリットを有したと指摘されている。また,企業にとっても,株式の時価発行増資では,我が国の場合,株式持合い関係を大きく変化させないことに重きが置かれることから,企業は従来どおりの販売ルートを維持するために,同じ証券会社を主幹事証券として選択するインセンティブが生じることも考えられる。

ただし,主幹事証券としていったん固定的な関係が形成されることにより,証券会社間の競争メカニズムが働かないとすれば,競争的な市場に比べて引受手数料が割高になる可能性が強い。もし,発行体が増資において発行体よりの値付け,販売努力を行うことの見合いとして高い引受手数料を支払っているとすれば,投資家が結果的に余分なコストを負担する形となり,資金仲介は効率的でなくなる可能性があることには留意する必要がある。

6. 固定的な主幹事証券と株式市場

80年代,大企業を中心に多くの企業が資金調達手段を銀行借入からエクイティ・ファイナンスにシフトさせた( 第3-1-17図 )。この背景としては,発行体にとっては,銀行借入に対するエクイティ・ファイナンスの相対的なコストが低下したこと( 第3-1-18図 ),また投資家にとっては,株式相場の先高期待があったことが挙げられよう。その意味では,当時のエクイティ・ファイナンスが発行体と投資家の意向を反映したものであることはいうまでもないが,両者の間に介在する証券会社も,発行体を審査し,引受,販売等を行うという意味で一定の役割を果たした。

しかしながら,当時は合理的とみられたこのようなエクイティ・ファイナンスも,事後的には,その問題がしばしば指摘される。すなわち,大量のエクイティ・ファイナンスが結果的に,株主資本利益率(ROE)を大幅に低下させたといわれる( 第3-1-19図 )。バブル期以降のこうしたROEの低下は,景気の低迷という面もあるものの,エクイティ・ファイナンスを通じて調達された資金が収益率の低い投資に配分されたという面も否定できず,実体経済にもマイナスの影響を及ぼしたといわざるを得ない。このことは,第一義的には発行体と投資家の問題であるが,証券会社による企業審査等情報生産が十分発揮されなかったため,本来有効に使用されるべき資金が投資効率の低い実物投資に向かったり,株式等の証券投資に向かったという点で,マクロ的に機会費用の分のロスをもたらしたという可能性もある。

また,エクイティ・ファイナンスとの関連では,新規公開株式の値付けが,主幹事証券による需要動向の把握に一部依存するという意味で,主幹事証券の機能が株価形成に影響を及ぼすと考えられる。そこで,新規公開銘柄の株価の動きをみると,バブル期においては,発行時に株価が高値を付けたのち,その後株価が低下する傾向がみられる( 第3-1-20表 )。このことは,基本的に発行時における投資家側の過熱気味の投資姿勢を示しているものであるが,一方で,固定的な主幹事証券の需要動向把握機能が必ずしも十分に発揮されなかった可能性を示唆しているのかもしれない。

7. 「日本的金融システム」としての社債市場の構造

直接金融のもう一つのルートである社債市場については,初めに整理したように,その市場規模が比較的小さいことから,金融仲介の場として銀行借入と代替的に利用できるものではなかった。しかし,こうした社債市場の実態もまた,「日本的な」様々な要因に規定されていたといえる。

(社債市場が発達しなかった背景)

社債市場が発達しなかった背景をみると,まず第一に,発行できる企業が限定されていたことが挙げられる。簡単に規制内容を振り返ると,70年代までは社債は有担保原則が採られており,その後,無担保社債が解禁された後も,適債基準(一定以上の信用力を有する企業のみ社債発行が可能)や財務制限条項(企業の信用力に応じて一定の財務内容を維持する旨の特約)の設定義務付けにより,発行企業は優良企業に限定された。また,改正前の商法では,社債発行限度額が設けられていたほか,債権保全を始めとする各種事務を投資家に代わって行う社債受託会社を設定する受託制度も定められていた。もっとも80年代半ば以降になると,適債基準を中心に規制緩和が図られ,93年には社債発行限度額の撤廃,受託制度の改善等改正商法が施行され,また本年1月には,適債基準,財務制限条項の設定義務付けが完全に撤廃された。

次に,社債市場のこれまでの問題点としては,こうした規制の結果,社債発行の際に受託会社の設置等,事務手続きが必要となり,またそのためコストが高くなったことも挙げられる。この場合,社債の受託会社は通常メインバンクであり( 付注3-1-1 ),企業と固定的な関係にあることから,手数料にも競争原理が十分働いていなかった可能性も考えられる。ちなみに,過去における普通社債の引受手数料および受託手数料プラス登録手数料をみると,80年代前半で,引受手数料が1.7%(6年債),受託及び当初登録手数料が0.4%,80年代後半でもそれぞれ1.5%,0.35%となっていたが(公社債年鑑95年版),これが銀行借入れに対し普通社債発行を割高にしていた可能性は高い。

当時の金利体系の下では金利が実勢より低く設定されており,普通社債は投資家にとって魅力的な商品になり得なかった。このため,かつては普通社債については社債受託会社と証券会社で構成される起債会で,起債ニーズと投資家ニーズの調整がなされたが,普通社債のうち電力債を除いた一般事業債の消化状況をみると,今日ではほとんどシェアのない普通銀行および長信銀が,80年代前半までは3割以上を引き受けており,社債消化の多くがメインバンクに依存していたことを示している( 第3-1-21図 )。

また,社債の流通市場については,社債受渡し・決済制度が基礎的なインフラとして重要なものであるが,同制度の中核をなす社債等登録制度は,現在の社債取引の実情に必ずしも対応し得るものとはなっておらず,これが流通市場が活発でない原因の一つであるとの指摘がなされていた。この問題については,昨年7月に大蔵省内に設けられた「社債受渡し・決済制度研究会」において検討が行われ,本年5月に同研究会において受渡し・決済制度の具体的な改善案が取りまとめられたところであり,現在,この改善案に沿った新たなシステムを来年中に稼働させるべく,市場関係者によって鋭意作業が進められている(コラム参照)。


コラム

社債の流通市場

現在,社債の流通市場のインフラストラクチャーともいえる社債の受渡し・決済制度の中心をなすものは,社債等登録制度である。社債等登録制度は,債券の所有者があらかじめ指定された登録機関(メインバンクであることが多い)に備付けの登録簿に債券の内容等を登録することにより,発行者その他の第三者に権利を対抗できることとし,併せて登録された社債等については券面の発行を不要とする制度である。登録制度は,このように本券の保管を必要としないことから,現在発行されている社債の7割以上について利用されており,社債取引のほとんどが登録債についての移転登録という形で行われている。

しかし,今日の登録制度は,42年に制定された「社債等登録法」に規定され,名義の書換え(移転登録請求)に際して登録済証の添付が必要となるなど,社債権者保護を図るために慎重な手続きを要求している。したがって,ひんぱんに行われる社債取引に対応し得る仕組みとは必ずしもいえない。具体的には,登録簿上の名義移転が実際の売買から1か月以上も遅れる場合があるなど決済リスクが大きい,ペーパーベースの処理であるなど市場関係者の事務負担・コストが大きいといった問題が挙げられている。また,資本市場のグローバリゼーションが進むなかで,我が国社債市場が国際的にみて魅力のないものとなっているとの指摘もさなれている。

社債の受渡し・決済制度の問題を昨年7月より検討してきた「社債受渡し・決済制度研究会」は,本年5月に報告書を取りまとめ,社債等債券の受渡し・決済制度の具体的な改善案を提言した。この改善案が実現に移されることによって,決済リスクの解消,決済に係る事務負担やコストの大幅な軽減が図られ,国際的水準の決済制度が構築されることとなる。この改善案に沿った新たなシステムを来年中に稼働させるべく,現在,市場関係者によって鋭意作業が進められているところである。

具体的改善案(社債受渡し・決済ネットワーク)


(起債の動向)

社債市場の改善策はこれまでも実施されており,企業の社債発行ニーズは確実に増加してきた。これは,エクイティ・ファイナンスが株価の低下とともに抑えられる一方,我が国の資金循環構造の変化等環境変化の中で企業自身が相対的に信用力を高め,多様な資金調達手段を模索し始めたからである。

企業の資本市場からの資金調達の動きをみると,80年代のエクイティ・ファイナンスに替わって,普通社債へのシフトがみられるが,90~92年度にかけては海外における起債が主である(前掲 第3-1-17図 )。これは,国内における社債市場の問題を反映した動きと考えられ,いわゆる「金融空洞化」としてとらえられた。しかしながら,我が国社債市場における諸規制・諸慣行の見直し・撤廃は着実に進められ,現在では,企業が外債から国内債に回帰し,我が国企業の国内市場における起債割合は9割を超える水準で推移している。

(主幹事証券,メインバンクの動向)

普通社債の発行における主幹事証券は,その変更割合が高いことは既に触れたが(前掲 第3-1-6表 ),特に銀行系証券子会社の普通社債発行業務への参入が開始されて以降,主幹事証券が証券会社から銀行系証券子会社に,また逆に銀行系証券子会社から証券会社に変更されるケースが大幅に増加している(第3-1-22表 )。ただし,主幹事証券の変更割合については,計算の方法によって異なることもあり,幅をもって解釈する必要がある。

また,受託会社あるいは社債発行管理会社としてこれまで社債発行と密接にかかわってきた銀行側については,利用可能なデータからは1行をメインとして特定することができず,詳細な変化は把握できないが,外債発行において銀行保証を行うケースが減少していること( 第3-1-23表 ),また,93年の商法改正によって認められた管理会社不設置債が昨年後半から登場し,ここにきて急激に増加していること(第3-1-24図 )が指摘できる。管理会社不設置債では,メインバンクの証券子会社が主幹事となるケースもあり,単純にメインバンクの関与がなくなったとはいえないが,社債発行においてメインバンクが事実上のイニシアチブを採るというような「日本的」な姿が徐々に変化していることは間違いないであろう。

(社債発行市場における価格形成の変化)

社債発行市場における自由化の進展,「日本的」システムの変化が市場にどのような影響を及ぼしているかをみるために,ここでは価格形成と手数料の動きをみてみよう。

まず,近年発行量が増加している5年物の普通社債について,発行企業の格付けとそれぞれの利率の関係をみると,94年発行分ではAA格とA格に平均利率の差がみられなかったが,その後格付けの差が平均利率の差となって現れ,96年入り後では,特にBBB格の社債にかなりのリスクプレミアムを乗せられていることが分かる (第3-1-25図)。 このことは,社債発行市場における価格設定がリスクを反映するようになっていることを示唆している。

次に,社債発行諸手数料の最近の推移をみると,引受手数料,受託手数料等をすべて含んだベースでは,91年3月時点で平均1.8%であったのに対し,その後急速に低下し,94年9月以降0.6%を割っている( 第3-1-26図 )。このことは,自由化の進展とともに,銀行,証券会社ともに競争原理が働いてきたことを示すとともに,平成5年の商法改正によって受託銀行の役割が変化したことによるものである。

なお,ここでみた発行コストは平均値であり,個々のケースによってバラツキがみられることも事実である。そこで,比較的発行量の多い93年3月と直近の96年3月のクロスセクションデータを用いて,発行コストを発行量,格付けおよび年限で回帰した( 第3-1-27表 )。これは,発行量が多いと引受時の売れ残りリスクが高まること,格付けが低かったり償還年限が長い場合にデフォルト時の受託責任リスクが高まるという意味で,手数料にリスクプレミアムが上乗せされると考えられるからである。この結果をみると,発行量については符号条件を満たしていないが,格付け,年限は符号条件を満たし,特に格付けについては,パラメータの値も比較的高い。つまり,近年の発行コストは,これらのリスクプレミアムを反映しているという意味で,一定程度合理的に説明することが可能である。

以上,最近の発行市場をみると,総じて見れば,規制緩和とともに社債の価格形成に市場原理が浸透し始めていることがみてとれる。本年初めの適債基準の撤廃を契機として,ここにきて社債発行量は一段と増加しており,市場は更に成長していくものと思われる。ただし,社債市場が真に使い勝手の良いものとなるためには,発行体における適正なクーポン等の条件設定やディスクロージャー,投資家の自己責任原則の徹底及び今般市場関係者により取りまとめられた流通市場における決済システムの改善案の実現等の課題が存在する。

8. 新規事業に対する金融仲介システムの在り方

我が国経済がキャッチアップ段階からフロントランナーとなった今日,既存の組織とは別の新たな企業,いわゆるベンチャー企業が新技術をもって次なる時代のけん引役として期待される。最近のベンチャーブームをどのようにみればよいかは第3節で述べるが,ここでは,新規事業に対する金融という観点から,金融システムの役割と現状を整理し,今後の課題を検討する。

(新規事業に対する間接金融の役割)

新規事業に対する金融の問題点は,事業リスクが大きいということであるが,我が国がフロントランナーとして経済のダイナミズムを維持するためには,ある程度のリスクは避けられない。それだけに,リスクをどのように吸収し,効率的に企業に資金配分を行うかがこれからの金融システムの重要な課題である。

こうしたなか,長期的・固定的な取引関係に基礎があるメインバンクを中心とした間接金融は,新規事業の発掘に有効でないという考え方がある。これは,①銀行は主な貸出原資が預金であるため,リスクの高い事業に投資することができないこと,②銀行は不良債権問題により貸出態度を変化させていること,③メインバンクのモニター機能は,既存の組織のモニターには有効であるが,新規事業の発掘に対しては意味をもたないこと等が根拠になっている。

しかし,これらの論点をもって,我が国の金融システムの方向性を,間接金融から直接金融へという二者択一で選択することは適切ではない。まず一点目についていえば,安全資産であるはずの銀行預金をハイリスク・ハイリターン投資に向けることに限界があることは確かであろうが,銀行貸出には,同時に貸出先と預金取引を行うことによって,直接金融では得られない情報を把握することができるというメリットがあることを忘れてはならない。すなわち,銀行は借手の資金フローを逐次チェックすることによって総合的なモニターが可能であり,リスクの高いプロジェクトをある程度リスクの低いものに転換することができるのである。

また,二点目の不良債権問題については,バブル期以降の銀行のバランスシートの悪化が貸出態度,融資対応力に影響を与えている可能性はあるが,本来的には間接金融と直接金融の間の優劣にかかわる問題ではない。中小企業に対しては現実として銀行借入による資金調達手段に限定されているため,銀行審査によって否定されたリスクの高いプロジェクトは,代替的な資金選択の余地が乏しいが,これは直接金融の問題である。

三点目のメインバンク・システムが新規企業の発掘に有効であるかという点については,直接金融に独自の優位性も認められるという指摘がある。すなわち,評価の難しいベンチャー企業等の独自技術は,多面的に判断されるべきであり,そのためには,ハイリスクハイリターン指向を含む多様な投資家が参加する直接金融が求められるというものである。しかし,ここでも日常的に財務面をモニターできる間接金融は,新規企業を拡大,成長させるという段階で意味を持つ。さきの分析結果で,新規上場企業が特定の銀行融資に依存する傾向がみられたことも,メインバンクが企業を育て上げていく段階で相応の役割を果たしていることを示唆している。新規企業が我が国の経済を活性化させるためには,単に技術を発掘するだけではなく,これを育てる必要があるわけで,メインバンクを含め間接金融は決して不要となるわけではない。

以上のような点を考えると,預金取引を通じたモニタリングが可能である間接金融の重要性は,新規事業の拡大,成長段階に対する金融においても変わらず,我が国の場合,メインバンクがこうした役割を担うものと思われる。間接金融にはこうした観点からも,高度なモニター機能が期待されているといえよう。

(店頭市場の現状と問題点)

間接金融よりも直接金融が発達し,これがベンチャー企業の資金源となっているのがアメリカである。アメリカにおいては,取引所のほかにNASDAQ,OTCブリティンボード,ピンクシート等複数の店頭市場が存在する。なかでもNASDAQの場合,企業が会社設立当初から株式公開に向けた準備をすることもあって店頭登録までに要する期間が短く,価格の透明性等の問題点も指摘されているものの,ハイテク関連のベンチャー企業等の資金調達の場として効果的に機能している。そこで,我が国における店頭市場の動向と問題点を整理し,我が国における新規事業に対する直接金融の問題を検討しよう。

我が国の店頭市場については,83年に公開基準の大幅な緩和がなされ,それ以降,取引所の補完的機能を果たすものとして登録企業が増加,92年には株式新規公開が一時停止となったが,その後は再び市場は拡大した( 第3-1-28図 )。また,公開基準と店頭登録企業の実績とにかい離がみられ,「実質基準」が存在しているのではないかとの指摘もあったことから,昨年6月には,店頭登録に係るいわゆる「実質基準」不存在が確認されるとともに,7月には従来の公開基準を大幅に緩和した「特則市場」が創設され,さらに本年4月には,登録基準上「研究開発事業」とされていた「特則市場」の対象企業について,新規事業を実施する企業にあっては業種を問わず登録が可能となるよう登録基準が改正されるなど,市場の改革が行われた。

しかし,我が国の店頭市場がベンチャー企業等の資金調達の場として発展するためには,今なお課題も多い。まず,アメリカのNASDAQ市場と比較すると,①市場規模(株式公開企業数)が相対的に小さいこと(NASDAQのおよそ1割強),②株式回転率(売買金額/時価総額)も,NASDAQの半分にも至らないといわれており,株式の流通性が低いことが分かる。特に,株式の流通性が低い場合,登録企業が公開後の成長に必要な資金を調達することが困難となり,本来の金融機能を果たすことができない。こうした背景には,日本の店頭市場がNASDAQに比して若い市場であることのほか,①「本則市場」では株価が当初割高で公開後低下するケースが少なくないこと,②「本則市場」において(日本店頭証券(株)を通じた売買を除き)適用されている登録銘柄ディーラー制度の下では,気配値発表次第では売買が成立しないケースが多く,マーケットメイクが十分になされていないこと,③マーケットメイクが円滑に行われる上で必要なマーケットメーカーによる自己のポジション調整の手段に検討の余地があること等の制度的な問題に加え,④当初公開時に創業者から放出される株数が少ないこと等の問題が指摘されている。ちなみに,昨年開設された「特則市場」においては,公開価格決定に際し国際的に認知されたブックビルディング方式(需要予測に基づいた株価決定方式)が採用され,登録銘柄ディーラーも二社以上によるマーケットメイクが義務付けられるなど,新たな制度が採用されている。

しかし,実際に店頭市場においてマーケットメイクが適切になされるためには,証券会社が的確に投資家の需要動向を判断していかなければならず,また,企業側も正しい情報を提供するために積極的なディスクローズを行う必要があるし,投資家側も一定のリスクをとった自己責任原則の徹底が求められる。なお,今後は,店頭登録前のベンチャー企業への資金供給源の多様化のための環境整備を行うことも必要であると考えられる。

(リスクキャピタルと規制)

こうしたなか,新規事業に対する金融について,我が国ではそもそもリスクテイクをできる投資家が存在しないという問題が指摘されることがある。この背景には,アメリカのようなエンジェルと呼ばれる個人投資家が十分に顕在化していないといった要因もあると思われるが,これまではリスクをなるべく回避するという観点を重視して,市場や投資家の行動に様々な規制がなされており,市場参加者もそれに甘んじていたことが大きく影響していると考えられる。例えば,社債については,かつては各種規制によって投資対象が限定されていた結果,デフォルトリスクは極めて低いものとなっている。

このような各種規制は,投資家保護を目的としたものであるが,結果的に,我が国において自己責任でリスクをとるという環境をもたらさなかったという面も否定できない。さらに,こうした状況を背景として,市場のアナリストや投資アドバイザーが不足しているといわれる。最近,店頭特則市場の開設や適債基準の撤廃が行われるなど,資本市場の規制緩和は本格化し( 第3-1-29表 ),問題点は大きく改善してきているが,今後とも広範な議論が必要であろう。また,投資家自身が自己責任原則を自覚し,株主であれば事業会社の経営を株主の立場で監視していくスタンスを明確にすることが必要なことはいうまでもない。

9. 金融仲介システムの展望と課題

以上みてきたように,新規事業に対する金融という観点で,一概に間接金融と直接金融の間の優劣を論じることはさほど意味のあることではない。金融自由化の進展や企業側の資金調達能力の強化等我が国の間接金融を取り巻く環境は変化してきており,経済の不確実性が増大し,銀行間の商品提供力の格差が拡大している今日,銀行及び企業の双方がお互いの取引関係を選別してくることも考えられる。また,複数のメインバンクが,各々の得意分野に応じたサービスを提供するケースも増加するであろう。しかし,さきのアンケート結果でも,ほとんどの企業がメインバンクの必要性を肯定しており( 付注3-1-1 ),メインバンク制の下で資金と情報の提供を受け,保険も得ながら新たな事業に取り組むということが,依然として一定の経済合理性を持っていることも否定できない。

ただし,今後,我が国企業を取り巻く環境はより不確実性の高いものになると考えられ,多様な金融仲介のチャンネルを用意しておくことが重要であることは間違いない。我が国の金融システムは,「間接金融優位」と特徴付けられてきたが,金融の自由化・国際化の一層の進展,通信・情報処理技術の急速な向上,成熟化社会への移行等がみられるなかで,中長期的な観点から直接金融市場の一層の整備を行うことが必要となっている。すなわち,直接金融市場の更なる効率化や機能の向上をいかに図るのか,企業への望ましい資金配分をいかに実現していくのか,多様化する投資者ニーズにいかに対応していくのか,という視点から,直接金融市場,市場仲介者及び行政の将来の在り方について,検討をしていくことが望まれる。

重要なことは,間接金融か直接金融かといった二者択一的に金融仲介の在り方を展望するのではなく,資金の供給者及び需要者の双方が金融仲介機能を柔軟に活用できるようにすることである。そしてそのために,金融・資本市場における自己責任原則の徹底,企業のディスクロージャーの推進,金融当局の各種規制や関係業界の諸慣行の一層の見直しと透明性が求められている。