平成4年
年次経済報告
調整をこえて新たな展開をめざす日本経済
平成4年7月28日
経済企画庁
第3章 日本の市場経済の構造と課題
ここでは,まず簡単に,日本の企業金融,金融システムについて概観した後,その大きな特色であるメインバンクについて考えてみたい。
(国際比較を通じた日本の企業金融の特色)
まず,80年代前半までの日本の企業の資金調達構成を欧米諸国と比較してみよう( 第3-2-1表 )。国際比較に際しては,各国の会計制度等の差異により厳密な比較は難しく,時期によりばらつきはあるものの,①外部資金への依存度が高く,②外部資金調達の中でも銀行借入に依存する割合が高いといった特徴が指摘できる。一方,欧米諸国では,内部資金による調達が大宗を占めているが,ドイツ(旧西ドイツ)では外部資金の中での銀行借入に依存する割合がやや高く,アメリカでは有価証券(社債,株式)の資金調達に占める割合が比較的高いといった違いがみられる。特に,アメリカの企業の長期の資金調達は社債が中心であり,銀行借入は短期の資金調達が主である。
このような資金調達の差異はこれらの諸国の歴史的な金融システムの発展を振り返る必要がある。イギリス,アメリカについてはそれぞれ18,19世紀に戦費調達のための政府債の大量発行が公社債市場を成立させ,その発展がその後の金融システムの基盤にあり,大企業の資金調達に占める商業銀行の役割はそれほど大きくなかった。特に,アメリカでは,グラス・スティーガル法制定以降,長期資金供給主体である証券市場と短期資金供給主体である銀行の役割がはっきり分かれている。
一方,日本は戦前の特殊銀行制度(興業銀行,勧業銀行,農工銀行)や戦後の専門金融機関制度(長信銀,信託銀行等)にみられるように政策的に銀行による長期貸出が育成されるとともに,戦後,厳しい金利規制,為替管理の下,銀行への資金需要が集中し,オーバー・ボロウイング,オーバーローンが定着した。公社債市場は国債の大量発行以前は未発達であり,国内,海外市場とも起債には制約(有担原則,定時減債等)があったことが影響し,特に高度成長期の旺盛な資金需要に対応できるのは銀行借入以外になかったといえる。ドイツの場合は,第1節でもみたように三大銀行を中心として銀行が企業に対して大きな影響力を持っており,株式市場の規模は小さく,公社債市場とも現在まで未発達といえる。
(金融システムの日米比較)
このような企業金融の特色から,日本の金融システムは「間接金融優位」としばしば指摘されるが,直接金融,間接金融のみでは金融システムの全体像を描くのは不十分であり,企業金融のみならず個人,政府も含めた金融システム全体を資金移転機能と資産流動化機能の観点からみる必要がある。
資金移転機能とは,資金の究極的な借り手が本源的証券を発行し,販売する機能を指し,金融仲介機関に販売する場合が間接金融,究極的貸し手に直接販売する場合が直接金融に当たる。資産流動化機能は,どのような方法で資産を流動化するかであり,特定の相手と交渉して流動性を得る方法は相対(あいたい)型であり,通常,継続的長期的顧客関係が形成される。一方,規格化・標準化された金融資産の存在を前提とし,不特定多数の人々からなる公開市場で金融資産を流動化するやり方は公開型である。
以下では,非金融部門発行負債を,①間接金融・公開型(金融部門保有の有価証券),②間接金融・相対型(金融部門の非金融部門向け貸出金),③直接金融・公開型(非金融部門及び海外部門保有の有価証券),④直接金融・相対型(企業間信用,海外部門の直接投資)の4つのタイプに分類し,日本,アメリカの金融システムを比較する( 第3-2-2図 )。日本については,間接金融・相対型の割合が高く,全体として間接金融優位となっているのは確かである。また,かつては大きな割合を占めた企業間信用等の直接金融・相対型の割合は低下傾向にあり,間接金融・公開型が緩やかながら増加しているが,依然として公開型よりも相対的取引が優位である。アメリカの場合も,間接金融・公開型の割合が高いため,やはり,間接金融が優位といえる。しかし,公開型と相対型を比較すると,公開型の割合がかなり大きい。したがって,日米の金融システムの本質的な違いは相対型と公開型にあると考えられる。
(日本の企業金融の最近の変化)
ただし,日本の金融システムも上記で指摘したように変化してきており,企業の資金調達の動向をみても,75年以降の安定成長期への移行に伴い,外部資金への依存度が低下する中で,外部資金の中でも借入の割合が減少する一方,有価証券(社債,株式)による調達の割合が増えている(前掲, 第3-2-1表 )。また,企業の外部資金調達の内訳を規模別,業種別にみると,借入依存度がかなり高いのは規模別では,中堅・中小企業,業種別では,非製造業である。一方,大企業,製造業の借入依存度は低下する中で,社債,増資は増加傾向にある( 第3-2-3表 )。90年には,株価大幅下落に伴い,社債,増資が大幅に減少したため,借入依存度は逆に上昇したが,傾向自体は変化はないとみられる。このような傾向は製造業の大企業(一部上場の中の日経平均株価採用225社の製造業)に限ると更に明確となり,長期資金に占める借入金の割合は81年の13.0%から85年9.2%,90年4.1%へとかなり低下してきた。したがって,日本企業の資金調達の多様化は製造業の大企業を中心に行われてきたといえる。
80年代の金融・資本市場の自由化・国際化やその浸透,株価の上昇及び上昇期待の持続を背景に,国内では転換社債,株式増資,海外ではワラント債を中心にエクイティ・ファイナンスが隆盛をみせ,資本市場を通ずる資金調達の拡大,多様化は加速されていった。90年の株価大幅下落以降,大企業は引き続き資金調達の多様化を進めており,最近では普通社債の発行を増加させている(前掲, 第1-6-8図 )。
(資本コストの日米比較)
次に,企業金融を資本コストの観点から分析し,アメリカとの比較を行うこととする。
資本コストとは,資本(単位当たり)の保有に伴う機会費用であり,また,資本供給者が要求する最低限の収益率でもある。資本コストには様々な計測方法があり,また,国際比較を行う場合,会計慣行上の差等があるため厳密な比較は難しい。ここでは,税制,償却,法人の株式所有等の制度的要因を考慮し,負債(借入,社債)発行コストと株式発行コスト(1株当たりの利益/株価=PERの逆数)を負債比率(デット・エクイティ・レシオ)で加重平均したものを資本コストとして日米比較を行った( 第3-2-4図 , 付注3-1 )。法人株式所有によるPERの見かけ上の上昇の影響を除いているため,日本の株式コストは80年代後半においてもそれほど低下しておらず,結果的には資本コストもあまり低下していない。また,アメリカと比較すると,一貫して日本の資本コストは低かったが,日本の株価が下落し,アメリカの株価が上昇した90年以降,日米の資本コストはほぼ同じレベルとなっている。
資本コストが低い場合は,同じ収益がでる投資でもより回収期間の長い投資を選択できるため,日米のこれまでの資本コストの格差は,日本の経営者がアメリカの経営者に比較してより長い経営視野を可能にしていたことを示しているといえる。
日本の企業が資本市場からの調達を増加させているといった動きは,高度成長時代の資金のアベイラビリティ確保から資金調達コストをも重視した企業金融へ,といったある程度不可逆的な変化であり,公開型の金融取引が拡大している意味でアメリカやイギリスにみられる金融システムに近づいていくといえる。しかし,将来的にも限りなく収れんしていくかどうかは疑問であり,その根拠となるのが日本の企業金融の大きな特色であるメインバンクの存在である。
日本の企業金融において諸外国に比し,依然として銀行借入の割合が高いという事実を考える際の一つの留意点としてはメインバンクの存在がある。メインバンクの厳密な定義は難しいが,ここでは仮に当該企業が最大の資金融資を長期的,継続的に受けている銀行と定義しよう。日本では上場,非上場を問わず,多くの企業が通常,メインバンクを持っているとされており,そこからの借入比率は,20~40%程度(上場企業平均では27.9%,89年)である。企業とメインバンクとの関係は特に,第1節でみた企業集団に典型的に観察することができる。無論,企業とメインバンクの関係は企業集団に属しているか否かにかかわらず,広く一般にみられる関係であることはいうまでもない。また,このような銀行・企業間の関係は欧米でも一般的にみられる現象であり,日本特有のものではない。
ただし,その時々の経済状況等に応じて企業と銀行の組み合わせが変化するという意味で,企業とメインバンクの関係は決して固定的なものではなく,柔軟性を持つといえる。メインバンクを変更するのは様々な理由が考えられるが,例えば,一部上場企業のうち,メインバンクを変更した企業の割合が,高度成長期や80年代後半で高くなっているのは,この時期の旺盛な資金需要や企業の成長に伴う新規事業展開等に対応するためであったと考えられるし( 付注3-2 ),80年代後半については,資本市場の整備等金融の自由化の進展がこうした動きをより容易にしたとも考えられる。アメリカにおいても有力企業とインベストメントバンクとの継続的関係(社債発行の引受主幹事)がみられるが,可変的な関係といわれている。また,後述のように,企業とメインバンク間の取引の内容自体,かなり変化してきている(融資主体→多面的な金融サ-ビスの提供)。
(情報の生産者としてのメインバンク)
このような企業とメインバンクの関係はどのように説明できるであろうか。一般に金融仲介機関は企業に資金を供給する場合,企業の経営・財務状況や投資プロジェクトを事前に審査したり,資金取引が実行された後にも,債権者としての立場から企業が事前の契約に基づいて行動しているかどうかをモニターする必要があるという意味で,融資先の企業に関する情報の生産者としての役割を持つ。金融仲介機関よりも企業の方が自己の資金ポジションや投資の収益性については比較的豊富な情報を持っている(情報の非対称性)ため,借り手側の企業が自己の情報について有利になるよう偽るようなことがあれば,金融仲介機関が結果的には不良債権を抱えてしまうなどといった損失(エージェンシー・コスト)が発生し,効率的な金融仲介機能は行えなくなる。このため,金融仲介機関は,融資先の企業に関して効率的な情報の生産を行い,かつ自らがその情報を利用することにより情報の非対称性を解消していくことが必要となる。情報の生産者である金融仲介機関が情報の利用者でもなければならないのは,情報自体の公共財的性格から,常に「ただ乗り」が発生する可能性があるためである。
金融仲介機関を情報の生産者と考える場合,メインバンクが存在することは便利な面を持つ。つまり,特定の企業に対する融資のための審査・管理において他行よりも力を注ぐメインバンクが存在する方が,多数の金融仲介機関が同じ程度に審査・管理を行うよりも,銀行部門全体としてのコストを節約できると考えられるからである。融資額が多いことは情報の生産に伴うメリットを大きくするとともに,それを怠った時のコストも大きいため,審査・管理へのインセンティブを与えているとも考えられる。また,長期的,継続的取引が行われやすい理由は,金融仲介機関による特定企業の情報の生産は,長期的,継続的取引の下で可能となるものであり,また,その生産に要した費用は一種の埋没費用(サンク・コスト,取引解消した場合,回収不可能なコスト)的な性格を有し,長期的に回収するのが合理的であるためである。情報の蓄積が更に審査・管理コストを低下させ,情報の非対称性の問題を緩和しているという意味で,メインバンクを中心とする相対型取引は経済的合理性を有する面がある。一方,公開型取引の発達しているアメリカ等では,情報の非対称性からくる,このようなエージェンシーコストを引き下げるため,ディスクロージャー制度,格付け機関が発達している。
(企業とメインバンクとの多面的な関係)
一方,メインバンクは企業が借入をする場合の最大の債権者としての立場以外にも企業との間で多面的な関係を持つことが多い。
第一に,メインバンクは融資先企業の主要な当座預金勘定,手形割引,貿易為替等決済サービスの業務を行っている。特に,大企業に対するメインバンクのシェアは長期の融資よりも,流動性預金や貿易為替といった方が高い( 第3-2-5図 )。
第二は,メインバンクは融資先企業に対する債権者であると同時に株主にもなることによって,両者の利害対立に伴うコスト(エージェンシー・コスト)を節約しているとも考えられる。例えば,企業が有限責任ルール下にある株主の利益を考えると,リスクの高い投資を選択する誘因があるため,貸し手はそのような状況を考慮して,その融資に対してより厳しい条件を提示することにより,借り手の資金需要が十分に満たされない場合がある。なお,アメリカでは,商業銀行の自己勘定による株式保有が禁止されており,経営者が債権者に不利になるような配当政策や追加的債務契約を制限する条項(財務制限条項)が発達している。
また,融資先企業には,しばしば銀行出身の役員がいる。企業活動の国際化や財務活動の多様化が進む中で,銀行出身者の知識,経験に対するニ-ズは依然強く,六大企業集団の平均をとると企業集団のメンバー企業で銀行出身の役員がいる企業の割合は,近年低下しているものの依然として約半分を占めている(81年58.6%→89年50.8%)。
第三は,メインバンクは大口債権者として,貸出先企業の財務状況が窮迫した場合,他の債権者と調整を行いながら債務繰延べ・免除,緊急融資,人的支援等の経営支援を行うことが多いといわれている。
さて,以上のうちどのような関係が主要であるかは個々のケ-スによって異なるであろう。例えば,借入れを行う必要のない超優良企業との間では,決済サービス業務やM&Aや資金運用等に関するコンサルタント業務が中心であったり,安定株主としての役割が期待されていたりする。また,これらの企業と取引を行うことにより,その関連企業との間でビジネス・チャンスが拡大するということも考えられる。
(今後の展望)
このように,メインバンクと企業の関係は一元的に捉えることはできないし,またその中身も金融経済環境の変化等に応じて,かなり変わってきている。大企業を中心に企業の資金調達に占める銀行借入れの比重が低下し,資本市場からの資金調達が拡大した80年代においては,銀行の融資先は中小企業にシフトしていったが( 第3-2-6図 ),この間大企業との間では,融資以外の業務が中心になってきている。例えば,メインバンクがしばしば,当該企業の社債発行の関連業務を行っていることが挙げられる。国内社債の場合には社債の募集や担保の受託業務を行っており,アンケート調査ではかなりの割合(87.4%)でメインバンクが受託銀行となっている。また,外債発行においては,メインバンクが外債の保証を行っている場合が多い。90年度のワラント債の発行をみると,保証付きの発行(92件)中,67件がメインバンクの保証とその大半を占めている( 第3-2-7表 )。また,企業側も今後メインバンクの全体的役割が低下していくと考えている企業は比較的少数である( 第3-2-8図 )。一方,メインバンクの融資機能についても,市場での確固たる信頼を持たず,有効な情報公開手段を持ちにくい中小企業やベンチャー企業にとっては,公開市場での証券発行は行いにくいため,引き続き金融機関からの借入が資金調達の重要な手段となろう。
今後,金融制度改革の実施等金融の自由化,国際化の更なる進展に伴って,金融・資本市場における競争が促進されることになる。その中で,銀行と企業の関係も,個別主体の自主的判断に基づき,一層変化し,多様化してくるものと思われる。
その中で,銀行は利用者利便の向上の観点から,各種金融サ-ビスの提供が引き続き期待されているし,また,メインバンクであるかどうかにかかわらず,経営の健全性確保の観点から,その審査・管理体制の充実・強化に努めていく必要がある。また,金融システム全体についても,今後,公開型の比率が高まることが予想される中で,企業のディスクロージャーの推進,格付け機関の発達等により,エージェンシー・コストを低下させるような手段を充実することが必要とされるであろう。