平成4年
年次経済報告
調整をこえて新たな展開をめざす日本経済
平成4年7月28日
経済企画庁
第3章 日本の市場経済の構造と課題
企業の経営目標とはなんであろうか。日本,アメリカ,ヨーロッパの企業に対して行われたアンケート( 第3-1-1図 )により,経営目標の国際比較を行うと,特徴的なのは,まず,日本は新製品・新事業比率の拡大,マーケットシェアの維持・拡大等を他の目標よりも重視していることである。更に,新規事業への参入基準をみると,アメリカ,ヨーロッパと比較して,収益性より市場の成長性を重視していることがわかる。一方,アメリカにおいては経営目標として資本収益率の維持・向上,キャピタルゲイン等を重視している。特に,株主のキャピタルゲインについては,日本,ヨーロッパの企業がかなり低いランク付けをしているのと対照的であり,このような傾向は他のアンケート調査でも確認されている。また,ヨーロッパをみると,資本収益率,マーケットシェアの維持・向上を特に重視している。マーケットシェアの維持・向上という目標はアメリカの企業も第3番目にランク付けをしていることを考え併せると,必ずしも日本企業独自の経営目標とはいえず,むしろ,日本の企業は市場の成長,企業の成長を重視していることが特徴と思われる。
さて,新古典派的な単純化された企業のモデルによれば,株主の目的は企業の株価,ひいては利潤の最大化であり,経営者はその依頼により代理人として行動すると考える。このように考えれば,上記のアンケート調査からアメリカの経営者の方が新古典派的な経営者観により近いようにみえる。
しかし,現在の株式会社制度の下で,株主が完全に企業をコントロールするのは現実には難しい。なぜなら,通常,株主は経営者の行動を完全に把握できず,経営に関する情報も経営者よりは劣っているという意味で情報の非対称性,情報の偏在が存在するため,経営者が経営努力を怠ったり,自己の目的を追求する可能性があり,必ずしも株主の利益を追求するとは限らないためである。他方,経営者の長期的な企業発展のための行動をとろうとする時,近視眼的な株主がそれを十分評価できないということもあり得る。日本でもアメリカでも,所有と経営の分離が進み,株主(依頼人)と経営者(代理人)との間にはこのような利害の対立が存在し(一般にエージェンシー問題と呼ばれるものの一形態),非効率的な経営が行われるというコスト(エージェンシー・コスト)が発生しうる。
こうした問題を緩和するためにはどういった手段で企業をコントロールをするかが重要である。どのような経済システムにおいても本質的には企業はその価値を最大化することが企業の経営の効率性の観点から必要であり,その意味で日本の企業が利潤最大化を怠っているとは考えにくい。むしろ,日本,アメリカの経営の目標の違いは,企業が利潤最大化を行うようにするためにはいかなる手段で企業をコントロールするのが有効かという考え方の違いを反映していると考えられる。企業の利潤は売上から資本,労働,原材料等の投入費用を差し引いた残余であり,内部留保に相当する。この利潤が最終的に株主に帰属する(株主が残余請求権者である)と考え,これを確保するため株主の企業に対するコントロールをできるだけ高めるようにするのが第一の考え方である。第二の考え方は,経営者自身が株主となり,利潤ができるだけ経営者に帰属するオーナー・マネージャーに近い地位になろうとする(経営者が残余請求権者に近づく)方向である。
第一の考え方からは,①株式保有構造,②株主総会等の株主による監視体制,③企業買収,を国際的に比較することにより,株式市場の監視機能がどの程度働いているかをみる必要があろう。
第二の考え方からは,例えば,日本の株式持合い,アメリカのMBO(マネジメント・バイアウト,買収により企業を非公開株式会社にする)や敵対的買収対策等としての自社株買い戻しがある。また,アメリカにみられる経営者へのストック・オプション(一定期間内に一定数の自社株式を一定価格で買い取る権利であり,株価が高くなれば差額を享受できる)の付与も同じような効果があると考えられる。
本節ではこのような経営をコントロールする手段を国際比較することにより,日本の企業の所有と経営の分離を考えることにする。
(株式保有構造)
日本の発行済株式の保有状況をみると,法人が株式の約7割(90年度,72.1%)を所有しており,その内,事業法人等,金融機関の保有比率はそれぞれ同25.2%,同45.2%となっている。これに対して個人の保有比率は戦後約7割から継続的に低下しており,90年度では23.1%となっている( 第3-1-2図① )。
事業法人やメインバンク(詳しくは第2節参照)等の金融機関は通常,株式に伴う配当やキャピタルゲインのみを保有の目的にするのではなく,比較的安定的な株式保有を通じて,経営の承認・監視を行い,取引先としての企業との密接な関係を保つという安定株主の役割を果たしているといわれている。このように,安定株主としての企業,金融機関が企業経営の監視を行っているのと同時に,相互に安定株主であることにより経営者の立場が強化されている。アンケート調査による安定株主の比率をみても( 第3-1-2図② ),60~70%と答える企業が多く(全体の63.5%),ほぼ法人全体の株式保有比率に合致している。また,株主の最も重要な要求の日米比較をみても(出所, 第3-1-4図② に同じ),日本の株主は株価の上昇に比較して事業の成長を重視しており,先にみた経営者の目標と合致している。
法人が安定株主であるかどうかを部門別の株式売買の回転率でみると( 第3-1-3表 ),いずれの時期も,事業法人,生保,銀行等の回転率は個人,外国人,投資信託に比べてかなり低く,これらの株式保有は比較的安定的といえる。安定株主とみられる法人の中でも,特に生命保険は売買の回転率が低く,これまでサイレント・パートナーの役割を果たしてきたといわれている。80年代後半,株価が大幅に上昇した時期はどの部門も回転率が高まったが90年度は株価が下落したこともあって回転率も低下している。ただし,銀行はかつてほど株式の売買回転率は低下しておらず,その株式保有もやや流動化しているといえる。一方,売買回転率の高い投資信託,外国人の割合も80年代にやや増加してきている。
これに対して,アメリカの場合,個人の保有比率がもともと高いが,やはり近年その割合は低下してきており,90年では56.0%となっている( 第3-1-4図① )。一方,年金基金,ミューチュアル・ファンド,生命保険といった機関投資家の割合が上昇してきており,90年では36.6%となっている。このような傾向は大企業には更に顕著であり,超優良企業の中には,機関投資家の所有割合が60%から80%を越える企業もいくつかある。また,アメリカ企業56社の平均では70%程度の企業で筆頭株主が機関投資家となっている( 第3-1-4図② )。銀行については,商業銀行が自己勘定で株式を保有することが禁止されているため,相互貯蓄銀行が僅かなシェアの株式を保有しているに止まっている。
このように,アメリカではもともと個人保有の比率が高いため,株式は薄く広く所有されてきたこと,また,シェアが大きくなってきている機関投資家は株価への監視の厳しいといわれていることを考えると,日本のように安定株主の比率が高いという意味で安定的な株式保有構造であるとはいえない。しかも,機関投資家は株式保有シェアが高いとはいえ,機関投資家がこれまで個別の企業の経営を直接コントロールできたとはいえない。機関投資家は,もともと個別の企業をコントロールできるだけの大きな割合の株式を持つことは法的に制限されており,比較的規制の弱い年金基金に対しても株式のポートフォリオを分散化することが要求されている。この背景には,アメリカにおいて,大きな金融機関の支配力が高まることへの大衆の不信(アメリカの「メイン・ストリート」は「ウォール・ストリート」に支配されたくない)といったポピュリスト的考えが影響していると思われる。したがって,これまでは機関投資家は経営の監視には消極的であり,経営に対する不信がある場合は単に株式を売却するという方法をとることが多く,このような機関投資家の行動が間接的ではあるが企業経営を近視眼的にし,経営を不安定なものにするといったマイナスの影響を与えていたと考えられる。しかし,近年,機関投資家の株式保有シェアがかなり大きくなっているため,株式を売り抜くのが難しくなっている。この結果,特に,年金基金等は株式保有に伴う議決権を利用して経営に対する提案を行い,彼らの関心を表明するという積極的な行動をとるようになってきているといわれている(一般に取引先に意見を表明し,それが通らなければ取引先を変更するというvoiceとexitによる競争メカニズムと呼ばれるものの一形態)。
最後にドイツ(旧西ドイツ)の株式市場の構造をみてみよう。ドイツはそもそも株式市場があまり発達しておらず,株価の時価総額のGDP比,上場企業数をみても,フランス以外の先進国と比較して格段に小さい( 第3-1-5表 )。企業の数も有限会社(360,480社,88年)が株式会社(2,262社)を大きく上回っているだけでなく,株式非公開の企業も多く,所有と経営が合体している同族企業が多数存在している。これは,株式会社数が有限会社数をやや上回っている日本とは大きく異なる。株式保有を部門別でみると,個人部門の比率は低く(90年,17%),非金融法人(同42%),生命保険(同12%),銀行(同10%)等の法人所有が高いという日本と似た株式保有構造となっている。非金融法人の所有の割合がかなり高いのは,株式の持合いを行っているとともに,企業年金基金が企業内で運用されているケースが多いためといわれている。ドイツの銀行はユニバーサル・バンキング制度をとっており,企業への影響力も強いといわれるが,平均的な株式保有の割合は日本等と比較してもそれほど高くない。しかし,日本やアメリカとは異なるのは,銀行の株式保有に関する制限はないため有力銀行が企業の30%から40%の株式を保有するケースもあることであり,一部の有力銀行に限れば,企業への影響力は強いと考えられる。
(株主総会等による企業へのコントロール)
次に,株主総会等の制度的な仕組みを通じた株主の企業へのコントロールについてみてみよう。
日本では,商法において,株主総会に対して取締役・監査役の選任・解任権を始め,企業の重要な事項について決議の権限が与えられており,株主と経営者との利害の対立を緩和する機能を有しているが,株主からの発言が全くなく,また,短時間に株主総会が終わるケースが多いなど,株主総会では圧倒的な白紙委任を受け形骸化しているのが実情である。また,業務執行の意志決定を行うこととされている取締役会の意思決定に則って代表取締役(取締役会で互選)が業務の執行を行うとされているが,現実には序列的に下にある取締役会が代表取締役を命令・監督することは考えにくい。このように法の理念では各構成機関のチェック・アンド・バランスを想定しているが,実際には代表取締役と取締役会のラインによる裁量が働く面が強いと思われる。
アメリカの場合も,株主総会,取締役会,最高業務執行責任者(CEO)の間の法的関係は日本と同様であるが,社外取締役の割合をみると,日本は24.4%(上場企業,90年度)とここ数年安定しているが,アメリカの場合は日本と異なり56.0%( 第3-1-6図 )とかなり高い。しかし,この時点の調査においては,その内訳をみても日本同様に取引先等,経営者と密接な関係を持つ者が多く,社内取締役と併せると全体の8割程度を占めている。日本の場合,業務を執行する取締役とは別に,監査役が設けられているのに対し,アメリカの場合,取締役会の下にその業務を分担する取締役委員会があり,社外取締役のみからなる監査委員会が設けられている。特に,70年代末以降,このような監査委員会の設置が株式上場継続の条件として義務付けられ,その経営への監視が活発化しているといわれている。
ドイツの場合は,日本やアメリカと異り,株主総会では監査役会の役員が任命され,監査役会が経営執行機関である取締役を任免するという二重体制になっている。このため,経営者は株主からの直接支配から離れた立場にある。監査役会は労働者選出監査役と株主監査役がそれぞれ同数で構成されており,ドイツの大企業100社全体の監査役1,496名(88年)のうち,労働者代表監査役は729名を占めている等,労働者の経営参加が株主の企業支配をある程度制限する形になっている。また,100社の監査役の株主代表の内,銀行が104名(88年)となっており,近年シェアは低下しているものの,有力銀行は多くの大企業に監査役を派遣して影響力を保持している。ドイツの銀行の企業への影響力が最もはっきりした形で現れているのが,株主総会での寄託議決権代理行使である。日本の場合は,企業に議決権代理行使を委任することが一般的であるが,ドイツでは金融機関等に委任され代理行使されることとなっている。多くの個人株主は一般的に無記名株式を銀行に寄託しており,特に,有力銀行(三大銀行)はその議決権が全体の40%から50%に及ぶ場合があり,事実上,株主総会での提案を行う上でかなりの影響力を持っているといえる。
(企業買収・合併(M&A)からの規律)
アメリカのM&Aブームは古くは20世紀の初頭,石油,鉄鋼,化学等のビック・ビジネスを生み,今日の寡占的な市場形態を確立したが(第一次ブーム),それ以降も20年代の証券ブームに伴う第二次ブーム,60年代にはコングロマリット合併ブーム(第三次ブーム)があり,更に,80年代に入り第四次のブームを迎えた。これは,レーガン政権以降の反トラスト法の適用スタンスの緩和とともにLBO(レバレッジド・バイアウト,買収先企業を担保に資金調達を行う買収方法)やジャンク・ボンド(格付BB以下の債券)を利用して買収資金を比較的容易に調達できるようになったことが挙げられる。アメリカの企業買収金額は89年には2,454億ドルと過去最高を示し,LBOによる比率も3割弱まで上昇した( 第3-1-7表 )。このようなM&Aブームは一方では,長期的展望に立って自社の不採算,不用部門を売却するとともに,自社に欠けている事業を買収する等のリストラクチャリングにより企業の活性化を図ったプラスの面がある。
アメリカ等では経営者に利潤最大化への規律を与える意味でこれまでM&Aを重要視してきた。経営者が企業価値の最大化を怠れば,株式市場でその価値が過少評価されることになり,他の企業がその企業を買収し,経営効率化を行うことによる利益は大きくなるからである。しかしながら,他方では,敵対的な企業買収による脅威が短期的な株価重視や長期的投資の先送りを招くというマイナス面への反省から,経営者は自社株の買戻し(バイバック)やMBOを積極的に行い,80年代後半の株式発行は買い戻し額が発行額を700~1200億ドル程度と,大きく上回る状況にあった。また,最近ではM&Aブームも株式市場の低迷や敵対的買収への法的規制の強化等によりやや鎮静化している。
一方,日本では,最近,企業買収が急増しているものの,件数レベルでは欧米諸国と比較しても低水準であり,敵対的な企業買収はあまりない。80年代末には日本企業が海外で行ったIN-OUT型が大半を占めていたが,日本企業が国内で行うIN-IN型も着実に増加してきており,91年にはIN-OUT型が減少したこともあって,IN-IN型の方の数が大きくなった。
株式持合いの歴史的背景をみると,戦後の財閥解体後,経済集中排除のため持株会社(株式所有による他社支配を主たる事業とする会社)が原則禁止された中で,50年代以降,恒常的な資金不足等を背景とした企業集団の再編や60年代の資本自由化に伴う外国資本からの企業買収を回避するための安定株主工作,証券不況後の企業による株式引受等が行われていたことが重要な要因として挙げられる。
企業の株式の持合い比率をアンケート調査でみると,おおむね10~40%に集中していることがわかる( 第3-1-8図① )。また,このような株式持合いは,銀行等の金融機関を中心に広範な業種にわたって大企業が社長会を開いたり,集団内の取引の面で緩やかな関係を持ち,水平的に結びついている企業集団において典型的にみられる。こうした企業集団の中でも,旧財閥系(3)と銀行系(3)の6つが六大企業集団と呼ばれ,その日本経済に占める地位をみると(金融・保険を除く),従業員の割合は継続して低下しているものの,総資産,売上高,経常利益等はほぼ15%弱程度を占め,依然として大きいといえる。六大企業集団での株式持合い状況をみると( 第3-1-8図② ),やや低下しているものの,六大企業集団平均では21.6%(89年)となっている。
株式持合いは,アメリカなどにおけるMBO,敵対的企業買収対策としての自社株買い戻しと同様に,市場での株数を少なくすることで,企業の経営者を実際上の残余請求権者である株主の立場に近いものにする。しかし,株式会社は本来,経営者を経営に専念させるためのシステムであると考えると,このような所有と経営の接近は株式会社にとってのデメリットといえる。
それでは株式持合いが続いている経済的意味合いは何なのだろうか。これについては様々な見方があり,断定的な評価をすることは難しい。ここではいくつかの考え方を示すことにしよう。
第一に,残余請求権を経営者に移転していくメリットは,企業買収の脅威をなくし,資本市場からの過度のプレッシャーから経営者を開放することで企業の経営の安定化,長期化に資することであろう。特に,企業を経営者を中心とした利害関係者(従業員,取引先,株主・債権者等)が暗黙的契約で結びつけられたものと考えると,将来の企業買収の可能性が高い場合には,このような信頼関係に基づいた契約の破棄をも意味するわけであり,それぞれの利害関係者は信頼関係下でのみ可能となる当該企業に対する固有な投資を行ってもそれを回収できないため,そのような投資を行うインセンティブを失わせる結果となる。
第二に,株式持合いの場合は,企業買収を防ぐという役割だけでなく,株式を持ち合っている企業同士の長期的・継続的な取引関係を促進するという考え方である。これは,お互いに持ち合っている株式が「人質」や「担保」という性格をも有し,「人質」の交換を行うことが潜在的に信頼関係を裏切る抑止力になるとの見方である。さらに,企業間の長期的な取引を促進することで互いの情報の共有が進み,それが相乗効果を生むことも考えられる。長期的な取引においては,現在の利益だけでなく将来取引を行う時の利益が重要であるため,企業,株主とも将来のパイが増加するという意味での事業の成長を経営の重要な目標と考えていると思われる。
しかし,仮に株式持合いに上記のような機能があったとしても,それが,「なれあい」の関係を作る場合には,非効率的な取引がなされる可能性がある。また,それ以上に重要なことは,取引先の選択に当たり,個々の財やサービスの内容と関係のない株式の持合いの有無が考慮されたり,競争者間でカルテル的な関係が生じる場合には,競争制限的になる恐れがあることであろう。
以上のように企業へのコントロールの方法を国際比較を行うといくつかの違いが指摘できるが,こうした差異が株主にどのような経済的影響を与えたであろうか。日本の株式市場の特色と日本の配当性向が低いことをとらえ,日本の企業が株主を軽視しているとの見方がある。確かに,配当性向は国際的にみても低い水準にあり,従来より額面を基準とした安定配当が行われているケースも多いということがしばしば指摘されているが,これについては次のような考え方に基づいていると考えられる。つまり,株主にとって重要なのは配当(インカム・ゲイン)とともにキャピタルゲインである。株主の側からみれば,配当されなかった利益は内部留保に回って,最終的には株価の上昇(キャピタルゲイン)に反映されるため,完全な市場を考えると,配当政策は最終的な利益には影響しないはずであり,旺盛な資金需要をもち成長が高い企業の場合には平均的な配当性向が低かったとしても,キャピタルゲインの形で還元されれば株主にとって不利益であるとはいえないというものである。実際に株主への利益を総投資利回り(配当利回り+株価上昇)でみると( 第3-1-9図 ),国際的にみても遜色のないものであった。しかし,このように配当が軽視されることで,株式の保有魅力が乏しくなり,キャピタルゲイン指向が過度に高まり,市場の価格形成面での変動が大きくなる要因となっていることは否めない。実際,90年以降,株価が大幅下落してからは,総投資利回りも,80年代後半に急上昇した分を相殺する以上に低下し,90,91年ではマイナスとなっている。このように,株式市場は,自己実現的な株価上昇期待といった面も持つため,企業としては,株主への利益還元について,キャピタルゲイン偏重の考え方ではなく,利益に応じた配当という考え方をより重視すべきであるといえよう。
(まとめ)
以上,所有と経営の分離した企業をコントロールするという点に関し,日本では安定株主,株式持合いを通じて経営者がある程度,所有者である株主の立場に近づくとともに,安定株主が経営を監視することにより,効率的な企業経営を図るという解決を図ってきたと考えられる。一方,アメリカではM&Aによる規律や株主からのコントロールを高める仕組みがとられてきた。ドイツの場合は,もともと所有と経営の分離の問題も少なく,一般には株主からのコントロールが日本よりも更に極端な形で遮断されている。
しかしながら,最近のアメリカ,日本の企業へのコントロールのあり方にやや変化の動きが出てきている。アメリカでは,特に,機関投資家が日本のように安定株主的な立場から経営への監視,発言を行うようになってきているだけでなく,敵対的なM&Aの脅威のデメリットを認識し,経営者を残余請求権者に近い立場にすることで問題解決を図っている。日本においても,M&AにおいてIN-IN型が増加したり,機関投資家の割合もわずかながら上昇しているといった動きもみられる。また,今回の株式市場の低迷の下で銀行の株式保有もやや流動化している。
企業のコントロールについてはどのような方法が優れているとは一概には言えない。日本,アメリカにおいてその方法にいく分変化が出てきたものの,いずれのタイプのコントロールも現実には不完全なものであることを反映したものであろう。経営者が所有者である株主の立場に近づく場合でも企業をコントロール,監視する体制は必要である。