平成4年

年次経済報告

調整をこえて新たな展開をめざす日本経済

平成4年7月28日

経済企画庁


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第2章 日本の景気循環の要因と今次循環の特徴

第2節 設備投資の循環メカニズム

民間設備投資は国内総生産に占めるウエイトが大きい(91年度19.4%)だけでなくその変動も大きく,戦後の景気循環でつねに主導的な役割を果たしてきた。景気循環のもう一つの主役である在庫投資と比べると,景気の転換点を形成する上での在庫投資の役割は無視できないものの,設備投資のウエイトの大きさを反映して景気変動の力強さは設備投資のダイナミズムに依存し,拡大期,後退期を問わず循環の深さ,あるいは持続性を占う上ではつねに設備投資動向が重要な鍵を握っている。

1. 設備投資循環

まず,設備投資の循環変動を設備投資比率(名目民間設備投資/名目国民総生産)でみてみよう。

(設備投資比率)

民間設備投資には事後的にみて約10年周期の中期循環が存在することが指摘されている。これを設備投資比率でみると,61年,70年,91年にほぼ20%近い水準の山があり,また81年の小さな山も加えると,ほぼ10年周期で山があることになる( 第2-2-1図 )。設備投資循環がこうした周期性を示す理由としては資本ストックに耐用年数があり,過去のブ-ム期に建設された設備が一定期間後に更新時期を迎えることが指摘される。しかし,経済企画庁「民間企業資本ストック統計」によって民間企業の保有する資本設備の平均更新期間を試算してみると,神武景気の頃には20年余であった平均更新期間は岩戸景気の頃に10年余にまで短縮し,以後この水準でほぼ安定していたが,第一次石油危機以降は14~15年へと長期化し,最近やや短縮する等,必ずしも一定していない。

更に,設備投資を更新投資とそれ以外の純投資に分けてみると,更新投資の変動は小さく,設備投資循環は主として純投資の変動によって生じていることがわかる(後出 第2-2-4図 )。これは設備投資循環が過去のブーム期の設備投資の更新によって機械的に生じるのではなく,時々の経済状況のなかでつねに新しい循環が形成されていることを示している。この場合なぜ設備投資比率に周期性が生じるかが問題となるが,設備投資以外にも安定成長期に入っての住宅投資,耐久消費財消費,また株価,地価等についてもほぼ同じ周期の循環が観察されることから,設備投資がこれらと独立にそれ自身の周期性を持つのではなく,需要や金融環境等と相互に影響を及ぼし合い,その結果として,事後的に周期性が形成されたと考えることができる。

(建設循環)

民間設備投資に対応する建設活動の指標として,受注ベ-スでは民間からの建設工事受注額(50社,83年度以前は43社),また施工ベ-スでは建設省推計による建設投資額のうち民間非住宅をとり,両者について国民所得統計の名目民間設備投資に対する比率を計算してみると,建設受注では60,63,72,90の各年度に,また建設投資ではそのそれぞれ1年後にピ-クがあり,受注と施工のラグを考慮すれば両者は同じ循環を描いている( 第2-2-2図 )。これを前掲 第2-2-1図 の設備投資比率と対比してみると,多少のズレはあるものの建設循環と設備循環は時期がほぼ重なっていることがわかる。建設活動の変動の大きさは,民間設備投資に対する比率の上昇に示されているように設備投資を上回っているが,これは設備投資の上昇局面では工場の新増設等建設工事を伴う設備投資が増えるためと考えられる。

2. 設備投資循環のメカニズム

設備投資のダイナミズムは「加速度原理」と呼ばれる動的なストック調整メカニズムに起因しているが,ここではこのメカニズムが高度成長期と安定成長期でどのように変化しているかをみてみよう。

(加速度原理)

一般に,景気回復初期には稼働率が低く,遊休設備が存在するが,稼働率が上昇すると生産余力が乏しくなり,その増加を図るために純投資(粗投資から更新投資を除いたもので,資本ストックの増分に相当する)が必要となる。当初は生産能力の伸びが低いまま純投資の増加が生じるが,次第に生産能力の伸びも高まって純投資の伸びとの差が縮小し,これがやがて逆転して,生産能力が適正とみられる水準に達する頃には純投資はピ-クを過ぎて減少する。逆に,景気後退期には稼働率が低下して設備過剰感が強まり,純投資が鈍化するが,生産能力が適正とみられる水準に近づくと純投資の回復が生じる。設備投資は供給力を増加させると同時に需要を増加させる二面性を持つため,拡大期には投資需要の増加が更に投資を誘発して「投資が投資を呼ぶ」現象が生じ,逆に後退期には投資需要の減少が設備投資の累積的な減少を招く。こうした累積過程は長期的には市況や利潤の変動を通じて安定化されるが,短期的には特に投資財部門を含む製造業の設備投資の変動が加速度原理によって増幅される傾向がある。

(製造業における投資決定メカニズムの変化)

今回の拡大期における投資の強成長の背景に合理化・省力化,研究開発等を目的とする「独立投資」の比重の増加が挙げられるが,こうした投資は能力増強,拡販を目的とする投資と異なり生産能力の増加につながりにくいことから,設備投資比率が高まってもそれが直ちに生産能力の過剰を意味しないことが指摘されてきた。そこで,製造業について更新投資を除いた純投資を説明するストック調整型設備投資関数を計測してみると,製造業全体については高度成長期,安定成長期ともストック調整型設備投資関数が有意に計測されるが,高度成長期に比べ安定成長期には関数の有意性が低下し,同時に資本ストックの調整速度が低下していることがわかる( 第2-2-3表① )。また81年以降について素材型,加工組立型の別に計測を行ってみると,素材型は加工組立型に比べ関数の有意性が低く,かつ資本ストックの調整速度も遅いという結果が得られる。ストック調整型設備投資関数の有意性が低下し,調整速度が低下していることは,安定成長期に設備投資変動が小幅化した一つの背景と言える。

調整速度の低下について更に分析してみると,高度成長期には需要の成長率も高かったがその変動も大きく,先行きの需要に対する期待が不安定であった一方,安定成長期には需要の変動が小幅化し,期待形成が安定化したために需要の短期的な変動よりもその長期的な動向が設備投資の決定要因として重要性を増したことが考えられる。加工組立型に比べて素材型で資本ストックの調整速度が遅いのも,素材型では資本ストックの固定性が強く,設備投資に当たってより長期的な需要動向が重視される結果と考えることができる。そこで安定成長期について,より長期の需要の影響を考慮して製造業全体について計測を行ってみると,関数の有意性が大幅に高まるとともに調整速度もより高い値が得られる( 第2-2-3表② )。したがって安定成長期には高度成長期に比べ,純投資が前期末の資本ストックから受ける影響が弱まるとともに,長期的な需要動向をより強く反映するようになり,その結果純投資の変動が小幅化したことがわかる。

3. 設備投資比率の要因分解

次に,実質設備投資比率(実質民間設備投資/実質国民総生産)を平均資本係数と設備投資/資本ストック比率の積(I/Y=(K/Y)・(I/K))に分解してみよう。

(設備投資比率の要因分解)

実質設備投資比率は投資財デフレ-タの安定を反映した上昇トレンドを持っているが,これを除けば名目設備投資比率と同様に循環変動を示している(前掲 第2-2-1図 )。これを上記の2つの比率に分解してみると,平均資本係数は70年頃以降長期的に上昇し,近年においては高度成長期のほぼ倍の水準に達しているが,その短期的な変動は小さく,設備投資循環はあくまでも設備投資/資本ストック比率の変動を反映したものであることがわかる( 第2-2-4図 )。

設備投資/資本ストック比率の推移を詳しくみると,70年頃を境に大きく低下し,近年やや上昇しているものの,その水準は高度成長期の岩戸景気,いざなぎ景気を大きく下回り,12%程度と神武景気とほぼ同程度となっている( 同図② )。更に,比較的安定的な更新投資が粗投資に占める比重が傾向的に上昇し,純投資の比重が傾向的に低下していることから,粗投資の変動が小幅化していることがわかる。前述のストック調整型設備投資関数の計測結果では更新投資を除く純投資についてその変動が小幅化した要因を分析したが,比較的安定性の高い更新投資の比重が上昇することによって粗投資の変動は更に小幅化することになる。

(資本係数の上昇)

資本係数の上昇は1単位の生産を行うのに必要とされる資本ストックの量が増えることを意味し,実質設備投資比率が上昇トレンドを持つ重要な背景となっている。

製造業,非製造業の別に資本係数の推移をみると,非製造業における資本係数がほぼ一貫して上昇を続けているほか,製造業についても稼働率修正後の資本係数(稼働率の変動による影響を除去するためK/Y比率に稼働率を乗じた生産能力ベ-スの資本係数)は安定成長期に入ってからも緩やかな上昇を続けている( 第2-2-5図 )。

製造業における資本係数上昇の背景としては,合理化・省力化,研究開発等を目的とする投資の比重が長期的に上昇していることが挙げられる。こうした投資は能力増強投資と異なり,生産能力の増加に結び付きにくく,それが長期的に付加価値生産を増加させるとしても,資本以外の生産要素を資本によって代替する効果を持つことにより,資本係数を上昇させる要因となる。

また,非製造業の資本係数は高度成長期,安定成長期を問わず長期的に上昇し,非製造業投資の強い上昇トレンドの背景をなしてきた。産業別資本係数を他の主要国と比較してみると,各国で業種構成が異なる等注意を要する点はあるものの,概して我が国の資本係数は製造業については他の主要国並みと言えるのに対して非製造業については他の主要国を大幅に下回っている( 第2-2-6図 )。このことから,我が国における非製造業の資本係数の上昇は,資本装備率(資本ストック/従業者数)の上昇を通じて,国際的にみて全体としては相対的に低い非製造業の労働生産性(後出 第3-7-5表 )が国際水準に追い付く過程で生じているものと考えることができ,この意味で,長期的には更に上昇の余地があると言えよう。

(独立投資の安定性)

合理化・省力化,研究開発等を目的とする独立投資の比重の上昇は,資本係数を上昇させる要因となると同時に,それが短期的な需要動向に左右されにくい性格を持つことにより,設備投資変動の安定化に寄与することが指摘される。そこで,目的別設備投資額と企業収益の相関係数を計測してみると,企業収益との相関は狭義の能力増強投資が最も高く,次いで研究開発投資,広義の能力増強投資,「その他」(維持・補修,公害・安全対策等),そして合理化・省力化投資の順に低くなる( 第2-2-7表 )。これは独立投資のなかでは,たしかに合理化・省力化投資は短期的な景気動向に左右されにくい性格を持つが,研究開発投資は不要不急の支出として景気後退期に繰延べられる可能性があることを示している。

(非製造業の設備投資変動)

非製造業の設備投資は,リ-ス等の対事業所サ-ビスが製造業の景気変動の影響を受け,また中小企業の設備投資が金融情勢に左右され易いこと等から,製造業の設備投資と同様に循環変動を示すが,その変動は製造業に比べて安定的であることが知られている。その理由としては,不動産,鉄道,電力等投資回収期間が極めて長く,長期的な計画に沿って実施される投資の比重が大きいことが挙げられる。民間設備投資に占める非製造業の割合は高度成長期における製造業投資の活発化を反映して68年度に51.1%まで低下した後長期的に上昇し,90年度には62.8%となっているが,こうした非製造業の設備投資の比重の上昇も設備投資全体の変動を小幅化する要因と言える。

(設備投資の今後の展望)

以上,安定成長期には,①純投資が前期末の資本ストックから受ける影響が弱まるとともに,より長期的な需要動向を強く反映するようになり,その結果純投資の変動が小幅化したこと,また,②資本ストックの蓄積にともない,相対的に安定度の高い更新投資の比重が上昇したため,資本ストックの増加率が低下するとともに粗投資の変動が小幅化したこと,更に,③比較的安定性の高い非製造業の設備投資の比重が高まったこと,の三つの要因から設備投資変動が小幅化したことをみた。更に設備投資以外の要因として,④設備投資以外の需要項目の変動の小幅化が設備投資変動の小幅化に寄与したこと,も指摘できる。もちろん,設備投資変動が小幅化したとは言え,製造業についてはストック調整型設備投資関数が有意に計測され,安定成長期においても設備投資の変動自体は存在し続けている。

今回の景気循環では設備投資は90年度まで3年連続で二桁の増加を続けた後,調整局面を迎えたが,91年度においてはその水準はなお高く,企業の投資計画に示唆されているように92年度になって製造業を中心に調整が本格化することが懸念されている。しかし,過去数年のような需要の急拡大,高収益が永久に持続し得ない以上,大型投資の一巡等から設備投資の伸びが鈍化することはストック調整の考え方からみればある意味で自然なことである。第1章でみたように,過去の景気後退期と比べ製造業の設備過剰感は少なく,また本節でみたように更新投資や合理化・省力化投資が設備投資の下支え要因として設備投資循環を安定化させていることを考えれば,同じストック調整とは言っても,高度成長期のように設備投資が大幅に減少する調整が生じるとは考えにくい。他方,調整が比較的短期に終了する場合も,既に資本ストック水準が比較的高く,かつ減少したとは言え純投資の水準も高く,これが引き続きストックを増加させる効果を持つことを考えると,回復に転じた設備投資が急速に再拡大する要因は乏しく,設備投資の成長への寄与はこれまでに比べ穏やかなものに止まる可能性が強い。