平成4年

年次経済報告

調整をこえて新たな展開をめざす日本経済

平成4年7月28日

経済企画庁


[次節] [目次] [年度リスト]

第2章 日本の景気循環の要因と今次循環の特徴

第1節 実質国内総生産の変動

1. 産出の循環変動

戦前の我が国では景気変動が激しく,産出の絶対水準が上昇,下降を繰り返していたが,戦後に入ってからは暦年あるいは年度ベ-スで実質国内総生産の絶対水準が低下したことは第一次石油危機直後の1974年を除いてはなく,景気循環は成長率の循環変動(growth cycle)として観察されてきた。これを高度成長期と安定成長期に分けてみると,高度成長期には成長率が高く,かつかなりの変動を示していたが,安定成長期には成長率が低下するとともにその変動も際立って小さくなっている( 第2-1-1図① )。これが「景気循環の小幅化」と呼ばれる現象であるが,重要なことは,低下した成長率のもとでは小さな変動も大きな意味を持つことであり,趨勢的な成長(トレンド)に対する循環変動(サイクル)の相対的な重要性という意味では安定成長期においても景気循環の重要性は必ずしも薄れていない。

景気循環は完全な不規則変動ではなく,ある程度の規則性あるいは周期性を持つが,こうした規則性,周期性は厳密さに欠け,かつ必然性を持つものではない。景気循環が不規則に生じる外的ショックの影響を受けることも多く,景気判断においては規則性を過度に重視することなく,時々の情勢を的確に判断することが必要である(以下,本章では景気循環という用語を景気変動,経済変動と同義に用いる)。

経済に何らかのショックが加わると,それによる攪乱は経済全体に伝播,波及する。海外景気を反映した輸出の変動,石油価格,為替レートの変動等の外的なもの,需要の予期しない変化,技術革新等の内的なもの,そして裁量的な政府支出,金利,マネーサプライの変更等の政策的なもの等,経済に攪乱を与えるショックにはさまざまなものがあり,こうしたショックは例えそれが一回限りのものであってもその影響は経済全体に伝播して一定の期間持続する。いま高度成長期と安定成長期を区別するために期間を73年以前と74年以後に分け,実質国内総生産の対数トレンドからのかい離率をそれ自身の過去の値で説明する自己回帰モデルを計測してみると,かい離率はその1期前の値と攪乱項によって説明され,経済活動が前期における経済活動をある程度引き継ぐとともにつねに新たなショックの影響を受けて変動していることが示される。また,この自己回帰モデルを用いてある期にショックが加わった場合の影響をシミュレ-トしてみると,ショックの影響は時とともに減衰するが,かなりの期間にわたってその影響が持続することがわかる( 第2-1-2図 )。ここでは安定成長期の方がショックの影響が長く持続するという結果が得られているが,これは安定成長期のこれまでの景気後退が2度に及ぶ石油危機やプラザ合意後の円高等の大きなショックに影響されて高度成長期の景気後退期より期間が長いことを反映しており,必ずしも安定成長期に景気循環の周期が長期化していることを意味するものではない。また主要国について第一次石油危機の前後における平均成長率と成長率の標準偏差を比較してみると,我が国を含む多くの主要国で第一次石油危機を境に平均成長率の低下と成長率変動の小幅化が生じていることがわかる( 第2-1-3図 )。

2. 景気循環の主役

実質国内総生産の成長率に対する各需要項目の寄与度をみると,民間設備投資及び民間在庫投資がダイナミックな変動を示し,いずれの景気循環でも大きな役割を果たしている等次のような特徴を指摘することができる(前掲 第2-1-1図② )。

    ①民間設備投資は高度成長期には増加,減少が交互に繰り返されてきたが,安定成長期には増加寄与度が縮小する一方,減少することもなくなり,寄与度の変動が小幅化している。

    ②民間在庫投資も景気循環に応じて増加,減少を繰り返しているが,その寄与度は高度成長期に比べるとかなり縮小している。

    ③個人消費の寄与度は高度成長期には景気循環に応じて上昇,低下を繰り返していたが,安定成長期には景気変動と関わりなく,安定した寄与を続けている。

    ④民間住宅投資は70年代を除いて景気循環との関係が余り明確でない。

    ⑤政府固定資本形成の寄与度は概して景気循環を相殺する方向に上下している。

    ⑥財貨・サ-ビスの輸出の寄与度は拡大期に比較的高い。

    ⑦財貨・サ-ビスの輸入は拡大期に増加して負の寄与を示し,後退期に減少して正の寄与を示している。

このように,景気循環においては実質国内総生産を構成する需要項目がそれぞれ特有の変動を示し,また高度成長期から安定成長期にかけては,設備投資,在庫投資,個人消費それぞれの寄与度の変動が小幅化している。各需要項目のこうした動きは成長率の低下と景気循環の小幅化という経済全体の動きを反映したものであるが,同時に,各需要項目の変動のメカニズムのなかにこうした変化を引き起こす要因があるとすれば,それらが合成された結果として景気循環の小幅化がもたらされることになる。そこで,以下においては,各需要項目ごとに,循環変動がなぜ生じるのか,また高度成長期から安定成長期にかけての寄与度の変動の小幅化がどういった原因で生じているのかに焦点を当て,景気変動のメカニズムを考えていくこととする。


[次節] [目次] [年度リスト]