昭和37年

年次経済報告

景気循環の変ぼう

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

総説

日本経済の基調変化

景気転換過程の特色─ゆるやかな景気調整過程

 36年度の日本経済の特色は、上期の景気の山のもり上がりが高かった割に、下期の景気転換の速度がゆるやかであったことである。これは 第17図 に示す通り32年度の神武景気崩壊後の景気転換が非常に急速であったのに比べても明らかである。

第17図 鉱工業生産の推移

 今回の景気転換が緩やかであったことは、前回にくらべてつぎのような内容を伴っている。

 第1は、前回の景気変動が典型的な在庫調整による景気後退(インベントリー・リセッション)の姿をとったのに対し、36年度においては、金融の引き締めを契機として一応在庫循環の型をとってはいるものの、総じて前回に比べ在庫投資減退の速度は鈍く、それが景気調整の進展に与える影響か弱くなっていることである。これは、国民総生産に占める設備投資の比重が大きくなっていて、勢いづいた設備投資の強成長の惰性が在庫投資をあまり下げさせない力として働いてきた面が少なからずあったからである。

 第2は、金繰りの悪化が中小企業よりも大企業に特にはげしかった点である。大企業、大証券、大銀行ほど資金繰りや経理内容は急速に悪化した。特に大企業は、景気調整の先行き、在庫投資を含む需要の低下の度合いを楽観視して投資・生産活動を強行しようとする傾向があった。経営の実体に比べて行きすぎた面があっただけに、資金の急迫がみられた。

 第3は、景気の転換過程で、社会的影響が軽微なあらわれ方に止まってきていることである。失業保険の受給者数にしても、人員整理事業所数などの不況の社会的影響を示す諸指標にしても、 第18図 のようにそれほど目立った動きをみせていない。

第18図 人員整理事業所数の推移

 第4は、貿易自由化の直接、間接の影響が加わったことが、景気転換を緩やかにする作用をしたことである。短期外資の流入は金融引き締めの緩和要因として働き、また企業の自由化に備えた近代化投資の推進は、景気調整下でも設備投資を余、り落とさない歯止めとなっている。

 第5は、引き締め後の輸出伸長が32年に比べ急速だったことである。このため、景気転換が緩やかなテンポで行われた割に、最近の国際収支の好転がかなりの速度で進むことになっている。輸出の伸長は、金融引き締めによる輸出圧力の増大による面もあるが、海外事情の好転に負うところが大きく、それがまた需要面で景気転換を緩やかにさせてきた面も見落とすことはできない。

 このように景気転換を緩やかにさせてきた要因のうちには、海外環境の好転による輸出伸長のほかに、これまで長期にわたる高度成長の累積過程も急には収まらず、かつ金融引き締めのブレーキの効き目を弱くするような金融構造の変化が働いていることが認められる。すなわち、資金の流れという面で、従来のように日銀の窓口規制で直接影響を受ける資金供給ルートの比重が次第に変化しつつあったことが否定できないからである。しかし今回の景気調整の浸透の遅れには政府の政策的配慮や銀行の貸し出し態度。企業の強気などが大きく働いていることも見逃しえない。

 政策的配慮の面では、36年度上期の景気の盛り上がりが高かっただけに、経済に一時に激しいショックを与えて過度の混乱を起こすことは得策でないと考えられていたこと、また対外信用の増大から国際収支の悪化を借款でつなぐ機会も与えられていたことが大きかった。景気転換に当たっても社会的摩擦を避けようとする判断が加わり、中小企業金融への早目の対策などが行われたのも、いわば必然的な動きであった。

 また企業が将来の見通しに対して強気で、金融引き締め後も設備投資の削減や在庫圧縮を小幅にとどめようとした。この企業の強気に引ずられて、日銀の強力な窓口規制のもとでも含み貸し出しの形で銀行貸し出しが増え続ける形をとって、生産調整の遅れを下支える形をとったのである。

 このように今回の景気調整の浸透の遅延には必然的な要素が多かったが、それにもかかわらず国際収支の改善が進みつつあることが今回の大きな特色といえよう。


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]