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第2節 物価を巡る問題

第1節では、大震災により持ち直しが一旦中断した後に見られた経済の動きについて振り返った。本節では、復調をみせる実物面の動きと対をなす物価動向を概観し、長引くデフレ状況の背景を探りつつ、デフレ下における賃金動向について触れる。また、これまでの政策対応について振り返り、消費者物価の上昇率がゼロ近傍で推移した2006年当時の金融政策について、その動きとマクロ経済環境の関係について検討する。

1 デフレの現状

2008年後半のリーマンショック後に生じた大幅な需給ギャップの拡大等を背景に、我が国の物価は下落傾向が鮮明となった。2009年11月には、「月例経済報告」において、物価の持続的な下落という意味で、我が国経済が緩やかなデフレ状況にあるとの判断がなされたが、それ以降も、物価の下落基調は続いている。以下の分析では、まず、国内企業物価や消費者物価の動向や物価を動かす要因の寄与について確認する。

(1)海外市況で変動する企業物価

国内企業物価の動きは素原材料と中間財が大きく左右

国内企業物価の動きを流通段階別に見ると、海外市況を反映する傾向が強い素原材料は振幅が大きい。資源価格の高騰と円安が生じた2008年には大幅に上昇したが、リーマンショック後の2009年には資源価格の下落と円高により大幅下落となった。その後は世界経済の回復と緩和的な金融環境を背景として、上昇基調が続いていたが、2011年以降は横ばい圏内での動きとなっている。中間財については、素原材料程の振幅はみせないが、寄与度では、2008~2009年に大きく国内企業物価を動かした。他方、最終財は海外市場より国内需給に大きく影響されるが、全般的に変動幅が狭く寄与は小さい(第1-2-1図)。

価格変化の転嫁率は素材型より加工型の業種で低い

川上に位置する素原材料価格から川下に位置する最終財価格に向けて価格の変動が小さくなることは、仕入段階の価格変化が販売価格に転嫁される程度が低下することを示唆している。業種別の投入構造(2010年の簡易延長産業連関表)を比べると、素材業種の国内生産に占める同業種からの投入は49%程度である一方、加工業種の素材業種からの投入は15%程度であり、同業種からの投入は33%程度である(第1-2-2図(1))。こうした投入比率の違いが、素材業種から加工業種への転嫁率が低くなる理由である。

他方、サービスも含めた中間投入比率という点においては、素材業種が64%であるのに対し、加工業種も66%と大差はない。そこで、仕入価格の変化が販売価格に転嫁される一般的な程度についても違いの有無を検討する。日本銀行「全国企業短期観測調査(短観)」における製品の販売価格判断DIと仕入価格判断DIの関係を業種毎に比べると、素材業種では両判断の動きがおおむね等しい(第1-2-2図(2))。例えば、鉄鋼業では、仕入価格判断DIが1単位変化する場合、販売価格判断DIは1.2単位変化する。同様に石油・石炭業は0.9、化学業では0.8と投入価格判断の変化を販売価格判断の変化に転嫁する程度が大きい。

加工業種では、仕入価格判断DIの変化に対する販売価格判断DIの変化が若干ではあるが小さい。食料品業は0.73、輸送用機械業は0.76、電気機械業は0.70である(第1-2-2図(3))。販売価格への転嫁率は、先に示した投入構造以外にも競争環境等の要因によって決まると考えられるが、最終消費財に近い業種での転嫁率が低いことは消費者物価の変化が小さい一因であろう13

(2)緩やかな下落が続く消費者物価

消費者物価の下落には耐久消費財が大きく寄与

次に、消費者物価について、生鮮食品を除く総合(いわゆるコア)や石油製品・その他特殊要因を除く総合(いわゆるコアコア)の動きをみていく。コアの動きをエネルギー、耐久消費財、その他の財、そしてサービスに分解すると、耐久消費財が継続的に下落に寄与する一方、エネルギーは、2009年頃のリーマンショック後の落ち込みを除くと、上昇に寄与し続けている(第1-2-3図(1))。ただし、耐久消費財の下落幅はこのところ縮小している。この背景には、一部の品目において出回る商品の変化が指数に反映された影響もある14

次に、いわゆるコアコアで品目寄与を細かく分析すると、傷害保険料の上昇により公共料金が2010年後半から上昇に寄与するようになった。食料の寄与は2010年年央から下落幅の縮小に転じ、コアでみたように、耐久消費財は、程度こそ小さくなりつつあるものの、持続的に下落へ寄与している(第1-2-3図(2))。我が国経済は、物価が持続的に下落するという意味において、緩やかなデフレ状況にあるが、前年比の下落幅は縮小傾向にある15

コラム1-3 デフレ判断について

我が国が「持続的な物価下落という意味でのデフレ状況」にあると月例経済報告に記載されたのは、2001年のことである。当時は、論者によってデフレの定義も様々であったが、循環的に拡張局面に入った後においても、物価の持続的下落は観察されることから、景気と物価の基調は必ずしも一意に対応するとは限らないことも次第に知られてきた。

そこで、BIS(1999)やIMF(1999)が景気判断とは切り離して「少なくとも2年間の継続的な物価下落」をデフレと定義していることも踏まえ、月例経済報告では、1999年から2年以上に渡り物価下落が続いていた我が国はデフレにあると判断した16。こうした記述は2006年年央まで続いたが、その後は特殊要因を除くとゼロ近傍での推移となったことから、デフレとは記載せず、物価動向の説明にとどめていた。

その後、2009年11月になり、再び物価の持続的な下落が続いていることから、デフレ状況にあるとの判断を行った。二度目の判断に際しては、国際機関の「2年」という期間は経っていなかった。しかし、政府としては、指標の状況などから物価の基調的な方向が確認できるのであれば、必ずしも「2年」の経過を待つ必要はないと考え、物価下落が半年程度続いていたこと、需給ギャップも大幅なマイナスであったこと等から、デフレ状況とみなしたという経緯がある(コラム1-3表)。

なお、月例経済報告では、様々な物価関連指標の動きを総合的に勘案して判断しているが、その際、消費者物価指数については、基調的な物価動向を把握する観点から、各種のいわゆるコア指標も判断材料として用いている。

最近の期待物価はゼロ近傍で横ばい

次に人々の期待物価の動きを見てみよう。期待物価を表わす指標は幾つかあるが、まず、消費者の期待と関係の深い購入頻度別に分解した消費者物価指数は、年間の購入頻度が9.0回以上の品目を中心に、前年比で上昇に寄与している(第1-2-4図(1))。年間購入頻度が9.0~15.0回未満の品目(月1回程度購入する品目)には国産米等、15.0回以上の品目(頻繁に購入する品目)には食パン等が含まれる。こうした身近な品目の価格動向は、人々の期待物価上昇に影響するものと思われる。事実、内閣府の「消費動向調査」から試算される期待物価上昇率と購入頻度の高い財の消費者物価上昇率を重ねると、おおむね対応している(第1-2-4図(2))。具体的な相関係数を求めると、頻繁に購入する品目(月に15回以上)の価格上昇率と期待物価上昇率は、0.75と高い値を示す。

家計・消費者の期待物価上昇率以外にも企業や専門家であるエコノミスト、市場参加者が抱く期待物価上昇率がある。企業の期待物価上昇率は、おおむね消費者の期待物価上昇率と並行して動くが、リーマンショック後の持ち直しは、2010年にマイナス圏内のまま横ばいへと転じたままである(第1-2-4図(3))。また、エコノミストに聞いた1年後の消費者物価上昇率の予測値は、消費者や企業の期待物価上昇率と比べて振幅が小さく、最近ではゼロ近傍で推移している。一方、物価連動債と固定クーポンの国債利回りから得られるブレーク・イーブン・インフレ率(BEI:Break Even Inflation Rate)は、市場参加者の期待インフレ率に対応するとされるが、これは2012年に入りプラス圏へ浮上してきた。こうした動きについては、社会保障と税の一体改革において検討されている消費税税率の引上げを反映した取引結果との見方もある。ただし、物価連動債は流動性が低いことが指摘されていることから、BEIの解釈については留意が必要とも言われている。

縮小が見られる需給ギャップ

消費者物価上昇率の下落幅が縮小している背景としては、大震災により横ばいの動きとなっていた需給(GDP)ギャップが改善していることがあげられる(第1-2-5図(1))。大震災の影響によって生じた供給制約が緩和していく過程では、潜在成長率も高めになることから、需要が伸びているにもかかわらず、需給ギャップがあまり改善しない結果となっていた。ただし、こうした供給側の伸長は2011年第4四半期でおおむね完了したと見込まれる中、2012年第1四半期は、需要の伸びが高かったこともあいまって、以前よりもギャップが縮小することとなった。

こうした需給ギャップとインフレ率(消費者物価ベース)の関係(いわゆるフィリップス曲線)を期待インフレ率も勘案して推計すると、3四半期程度のラグを伴って、需給ギャップの縮小とともにインフレ率は高まり、また、期待インフレ率の水準によってフィリップス曲線が上下にシフトする関係が描ける。すなわち、需給ギャップが改善すればインフレ率は当然高まるが、同じ需給ギャップ水準であっても、期待インフレ率が1%から2%になれば、0.4%程度高いインフレ率の経路に経済が移行することが示唆される(第1-2-5図(2))17

交易条件や原油価格の変化により、インフレ率と需給ギャップの関係は変化

上述の期待インフレ率は、過去の期待インフレ率や実際に観測されたインフレ率、また、同時点で生じる様々な外生的要因によっても形成される。この外生的要因として、例えば、交易条件(輸出価格/輸入価格)の変化を導入した場合も図示している(前掲第1-2-5図(3))。交易条件の定義から、輸入価格が2倍になると交易条件指数は半分になるが、これは輸出価格が一定の場合、同量の輸入をするために2倍の輸出量が必要になることを意味し、輸入単位で測った輸出の単位価値が半分になったことと同じである。また、輸出品は国内の生産品であるから、輸入品で測った生産品の価値、生産性が低下していることを意味し、交易条件の変化は生産性ショックでもある。生産性ショックは、ある程度の時間をみれば、賃金や企業収益を通じて需要側にも影響すると考えられるため、ここでは交易条件の変化が需給ギャップとは独立してインフレ率や期待インフレ率に影響すると仮定した推定をおこなった。その結果、交易条件の悪化は期待インフレ率を経由した間接的なルートと輸入物価や企業物価を経由した現実のインフレ率への直接的なルートを通じて、需給ギャップ水準が変化しない場合であってもインフレ率を高めることが示唆されている。

また、交易条件が悪化する代表例としては、原油等の価格高騰がある。交易条件の代わりに石油製品の輸入物価を直接用いた結果でも、同じ需給ギャップ水準に対応するインフレ率及び期待インフレ率が同様に変化することが示唆される(第1-2-6図(1)及び(2))。過去の消費者物価指数の動きをこれらの要因で分解すると、第一に、需給ギャップは80年代にもマイナス寄与に転じたことがあるが、期待インフレ要因を始めとした他の要因により相殺されていた、第二に、石油製品はこれまでも押上げ要因となってきたが、均すと上昇率への影響は大きくないことが分かる(第1-2-6図(3))。

こうした需給ギャップの改善ではないインフレ率の上昇は、それ自体は一過性のものであり、新たな価格体系への移行が終わればインフレ率と需給ギャップの関係は元に戻るとみられる。石油製品高騰の試算からは、50%の価格高騰が1年間続いた場合、最大で1.3%程度のインフレ率上昇が発生するが、その後は逓減していき、4四半期後には0.5%、21四半期後の違いはおおむねゼロになる(第1-2-6図(4))。こうした物価変動については、新たな生産性と価格水準に対応した賃金等の変化にも依存するが、交易条件の悪化や原油価格の高騰に対して金融政策が総需要を過度に抑制しないことも重要である。

(3)CPI構成品目のミクロな影響

耐久消費財価格の下落はテレビが大きく寄与

さて、消費者物価の主たる下落要因は需給ギャップであるが、消費者物価に占める個別品目における固有の影響もある。財別にみた際にマイナスへと寄与している耐久消費財は、例えば、教養娯楽用や家庭用などの構成割合はそれぞれ1.7%と1.2%であり、耐久消費財全体でも6.6%程度と大きくない。しかし、この分類に含まれる個別商品価格の変化率を分布図に示すと、二つの特徴が表れる。一つは、リーマンショックの後に最頻値の山が低下すると同時にマイナス側へ移動したことである。もう一つは、分布のすそ野の左端にあたる-5%以上の階級に集中している品目の存在である(第1-2-7図(1))。これは、ノート型パソコンとテレビであり、中でもテレビの下落率が大きい。そこで、消費者物価(コアコア)に対するテレビ単体の前年比寄与を求めると、2010年12月以前(2005年基準)に比べ、2011年1月以降(2010年基準)はその寄与度が大幅に拡大していることが分かる(第1-2-7図(2))。これには幾つかの要因が関係しているが、2009年から2010年に家電エコポイント制度や地上デジタル放送への移行に伴う需要増加が発生し、2010年基準改定の消費者物価に占めるテレビのウエイトが高まった影響もその一つである。実際、消費者物価指数のウエイトを算出する際の基礎となる家計調査においては、テレビの支出額は2010年にピークを迎えており、その水準は2005年時点の3倍弱である。消費者物価指数を固定基準で評価する限り、次回の2015年改定までテレビの影響は高めに推移していくことになる。しかし、こうした技術的な要因だけでなく、実際にテレビの価格下落が大きかったことも指摘できる。

テレビ価格の下落には在庫増と供給過剰も要因

では、テレビ価格は何故これほど下落したのかという点について需給両面から確認すると、まず、2009年中は需要の増加率が出荷の増加率を若干上回っていた結果、在庫増加率はマイナス傾向であったが、2010年になると、需要の増加率が鈍化する中で供給の増加率はあまり変わらず、第2~3四半期にかけて在庫増加率が一気に高まった。これは、エコポイント半減を控えた駆け込み需要に向けた意図的な在庫積み増しとみられる。実際、2010年の第4四半期には需要の急増が発生し、在庫増加率は急落した。しかし、需要の増加率がゼロ近傍に急落した2011年前半においても、出荷の増加率は中々低下せず、再び在庫増加率が高まった。2011年年央以降、ようやく需給双方の伸び率がバランスするようになり、在庫増加率も減少に転じた(第1-2-8図(1))。

他方、価格の動きについては、まず、テレビ価格は常に下落傾向にあることから、技術進歩や規模の経済性といった生産段階における生産性上昇や小売店の大規模化といった流通段階における効率性上昇等、需給とは別の要因による低下要因があったと推察される18。こうしたトレンド要因を除くと、在庫変動が価格変動に先んじて生じるという関係も観察される(第1-2-8図(2))。したがって、テレビ価格は、供給価格が低下するような技術進歩や量産による規模の経済性が持続的な下落要因となる中、需給動向を反映した価格調整も行われていたとみられる。その際、二つの派生的な価格下落の背景についても付言することが適当である。第一に、我が国のCPIで観察するテレビ価格は、32型という主要商品の価格であり、それが他の規格品の価格動向によって影響されるという点である。例えば、40型未満という主要商品の属する価格帯と少し上の40型以上という規格品の価格帯の動向を見ると、特に2011年後半以降、40型以上の規格品の価格変化に対して40型未満の規格品の価格変化が下振れするように動いている。これは、大型テレビの価格が緩めば、競争が激しい標準規格の価格も緩みやすい可能性を示唆している(第1-2-8図(3))。

下落傾向が続いてきた家賃

ミクロの動きが物価全体の動きに反映しているもう一つの例が家賃である。消費者物価の家賃指数は、家賃の改定頻度が低く、そして空室率の高さに見られる供給超過を背景に下落を続けてきたが、新規賃貸料には下げ止まりの動きが見られる。家賃は賃金の影響を受けにくいため、賃貸市場固有の動向が重要であり、その需給対策については、デフレ脱却に向けた構造対策としての期待が高い。なお、日米の物価上昇率の差には家賃の寄与も大きく、両国の空室率の差を反映していると見られる。ただし、日米ともに家賃に占める帰属家賃のウエイトが高く、見かけ上その寄与が大きく見えていることに注意が必要である19

(4)資産価格の動向と一般物価

一般物価の持続的下落が続く中、土地などの資産価格も下落している。資産価格は将来の経済活動についての予想を反映するとされている。以下では、資産価格の動きを取り上げ、物価等への影響を見る。

資産価格は過去20年で大幅下落

80年代後半のいわゆる「バブル期」には、株価も地価も急上昇したが、株価は89年、地価は91年をピークに下落へと転じた。株価については、その後に循環的な動きが見られるものの、地価は持続的に下落しており、2011年には80年代前半の水準、ピークの4割程度しかない(第1-2-9図(1)及び(2))。両者の価額については、株式時価総額が名目GDP比で0.6倍程度、土地資産額は2.5倍程度となっている。株式時価総額は、89年のピークにおいても名目GDP比1.2倍程度であり、その後の景気変動によって、2007年には1.0倍を超えたが、土地資産額の名目GDP比については、2005年以降に下げ止まりの動きが見られたものの、2010年には再び下落に転じている(第1-2-9図(3))。

地価下落と賃料の下落

こうした地価の下落と同時に、事務所賃料等も下落傾向を示している。原理的には、賃料が需給から決定され、それが期待収益率として資産価格に反映される。そこで、オフィスや賃貸住宅の新規契約賃料を指数化したオフィス賃料指数と共同住宅賃料指数(ともに全国賃料統計)を見ると、共同住宅賃料では顕著ではないものの、2000年代後半におけるオフィス賃料は公示地価に先行して動いており、理論的な順序で資産価格が形成されていることがうかがえる(第1-2-10図)。これらの賃料指数は新規契約分であるから、限界的な賃料の動きを表わしており、これによって長期の期待収益が形成され、地価動向へとつながっている。他方、同一契約を継続調査している企業向けサービス価格指数の事務所賃料や消費者物価指数の持ち家の帰属家賃を除く家賃は、賃料統計の指数よりも緩やかに変化している。これは、複数年契約が一般的なオフィス賃貸や改定頻度の低い家賃の場合、新規賃料の上昇が既契約全体へ浸透するまで一定の時間を要することを示している。オフィス賃料指数を限界賃料とすれば、これは平均賃料に相当する指数といえる。こうした賃料指数と地価の関係からは、データ期間が短いために統計的な分析には馴染まないものの、限界的な賃料が先に動き、多少の遅れを伴って地価が変化していることが分かる。そして、平均賃料はさらに遅れる動きをみせている。

資産価格の上昇は消費者物価にプラスの効果

こうした限界賃料によって影響を受ける地価の変動が、資産効果等を経由して、さらに一般物価へと波及する程度を計測した。その結果、公示価格の前年比に6%ポイント程度(1標準偏差)のショックを与えると、消費者物価は1%ポイント程度変化することが分かった(第1-2-11図)。消費者物価への影響は、幅をもって見る必要があるものの、2~4年目に現れることも示唆されており、ゼロ近傍の消費者物価がプラスに転じる可能性はあると思われる。

デフレの背景には需給ギャップや期待など

以上の検討をまとめると、現実のインフレ率と期待インフレ率や需給ギャップの関係からは、期待インフレ率が1%の時に需給ギャップを解消した場合、インフレ率は0.8%程度となる。また、同じ需給ギャップであれば、1%の期待インフレ率の高まりが、インフレ率を0.4%高めることが期待される。また、原油価格やそれを含めた交易条件に変化が生じた場合は、現実と期待双方のインフレ率と需給ギャップの関係が一時的にシフトする。その程度は、原油価格が50%上昇した水準でとどまる場合、期待インフレ率が最大で1.8%、現実のインフレ率も最大で1.3%程度シフトする。また、地価と物価の関係については、基本的に賃料等の高まりが収益率の上昇を通じて地価を上昇させ、地価の上昇は資産価値の増加に転じることで一般物価に連動する。公示地価と一般物価にGDPや失業率といったマクロ変数の動きからのフィードバックを勘案した分析は、地価の上昇が消費者物価を押し上げる可能性を示している。

2 デフレ下の賃金動向

前節では、雇用動向や雇用形態の動きについて統計的な推移を確認したが、ここではデフレを巡る議論を踏まえた上で賃金動向を振り返り、その特徴的な動きを整理していく。

(1)最近の賃金動向

賃金調整は特別給与が中心だが、定期給与はパート比率の上昇により依然下押し

2000年以降の動きを見ると、現金給与総額の変動は特別給与によるところが大きい。続いて、定期給与の内数である所定内給与の変動となっている。例えば、2009年第4四半期の現金給与総額は、リーマンショック等の影響により、前年同期比4.2%の減少となったが、このうち3.1%分は特別給与の減少、残りの1.2%は定期給与の減少であった(第1-2-12図(1))。特別給与は、企業利益の変動に連動する程度が大きいため、景気の影響を受けやすいが、定期給与はより固定性の高い賃金であり、ある程度は構造的な要因によって動いている。そこで、所定内給与が大部分を占める定期給与について、その動きを一般労働者の給与、パートタイム労働者の給与、そして両者の人員比率(パート比率)に分解すると、以前より減少寄与が弱まっているものの、最近においてもパート比率の高まりによって、平均的な定期給与が下押しされている(第1-2-12図(2))。

製造業の賃金は景気に反応して回復したものの、非製造業は低迷

こうした賃金の動きを製造業及び非製造業に分けると、2000年以降の賃金の減少傾向は非製造業によってもたらされていることが分かる。まず、1人当たり定期給与の動きについては、2011年における輸出関連製造業(輸送用機械器具)及び製造業全体のいずれにおいても、2000年比でプラスの水準に位置する一方、非製造業の水準は13%減少している(第1-2-13図(1))。これには短時間労働者やパートタイム労働者が増加する構成変化によって生じた下落が含まれている。そこで、時給換算すると、非製造業の賃金減少は7%程度に縮小し、1人当たり労働時間の変化が押し下げていることが確認できる。製造業においても同様の効果が確認できる(第1-2-13図(2))。

特別給与については、輸出関連製造業は、リーマンショックの落ち込み方が製造業全体よりも急角度であったが、回復経路に大きな差はない(第1-2-13図(3))。水準は2000年よりも3%程度下に位置しているが、両者とも持ち直している。他方、非製造業においては、2004年までの4年間で15%程度の落ち込みをみせた後に、2006年まで横ばい圏内で推移し、その後は再び減少を続けている。

産業別雇用シェアの変化はあまり賃金に影響しない

こうした製造業と非製造業の間における賃金動向の違いには、それぞれの直面する財サービス市場の状況が影響しているとしても、賃金水準の大きく異なる非正規雇用比率が高まったことが、特別給与(ボーナス)等に表れている(前掲第1-1-29図)。他方、一般労働者のうち、相対的に賃金の低い業種で働く者が増えることにより生じる産業別雇用シェアの変化によって平均賃金が押し下げられている可能性もある。この点について、2001年以降の賃金変化を各産業内における賃金の変化と産業別雇用シェアの変化に分解したところ、雇用シェアの変化が賃金に与える影響はプラスにもマイナスにも出る上に、その寄与は限定的である(第1-2-14図)。こうしたことから、一般労働者に関しては、産業別雇用シェアの変化が平均賃金を押し下げている要因ではなさそうである。

雇用者の高齢化により賃金構造は変化

賃金の動きに対しては、高齢化の進展も様々な影響を与えている。雇用者の年齢別人員構成の変化や退職年齢の引上げは、労働者(一般労働者及び短時間労働者)の賃金プロファイル(定期給与の年齢階層別変化)の形状に影響する。まず、2001年と2011年で比較すると、三つの変化が指摘できる(第1-2-15図(1))。まず、賃金プロファイルの下方シフトが生じている。これは、非正規又は短時間(パート)労働者の増加(全労働者数に占める短時間労働者比率は15%から23%へ上昇)による平均の低下であり、全ての年齢階級で生じている。次に、20歳台後半から30歳台後半における賃金プロファイルのフラット化が見られる。最後に、賃金のピーク年齢が50歳台前半から40歳台後半に前倒しされている。

次に、年齢階級毎の勤続年数の動きについては、20歳台後半から60歳手前までの階層において、平均して1.3年程の短縮化が見られる。これは離転職頻度の上昇や就学期間の長期化に伴う就業年齢の高齢化が関係していよう。他方、60~64歳の年齢階級における勤続年数は1.5年程度伸びており、年金支給年齢の段階的引上げに伴う2006年の高年齢者雇用安定法の制度改正によって促進された定年延長や再雇用制度が定着したことによる効果も含まれるとみられる(第1-2-15図(2))。

これらの動きは、年齢階級別の賃金総額割合に影響を与えている。2001年から2011年の10年間で、全労働者の賃金総額は-9.4%の減少であり、うち、賃金要因は-9.3%である。賃金要因がプラスに働く年齢階級はない中、若年層の賃金シェアは、年齢構成要因によっても減っている。他方、60歳台前半及び65歳以上の年齢階級では、雇用者数の増加を反映した年齢構成要因により賃金シェアが伸びている(第1-2-15図(3))。

なお、一般労働者と短時間労働者の賃金(時給ベース)格差と勤続年数格差を見ると、60歳未満の年齢階級区分では、40歳台後半を格差の最大点にして賃金格差も勤続年数格差も拡大し、その後は60歳台前半に向けて縮小していく(第1-2-15図(4))。こうした動きは一般労働者が勤続年数に応じて賃金が上がるのに対し、短時間労働者は勤続年数に応じた賃金の上昇がほとんどないことを反映している。また、60歳を超えると、25~34歳と同程度の水準でいずれの格差も横ばいとなるが、これは、退職によって年功加算分が剥落するためとみられる。

(2)サービス業における賃金と物価の関係

上の分析では、サービス業を含む非製造業における一人当たり平均賃金が製造業に比べて伸び悩んでおり、この差が時給換算の平均賃金で比べると縮小することから、その背景にパート労働の増加があることを指摘した20。ここでは、我が国のサービス業における賃金決定の特性について、物価と賃金の関係に焦点を当てながら検討する。

アメリカやEUと比べ、サービス業における我が国の物価と賃金の連動性は弱い

サービス業においては、価格はゼロ近傍で推移してほとんど変動しない一方、賃金は変動していることが知られている。そこで、サービス業における時間当たり賃金と当該部門の産出物価であるCPIのサービス品目価格の関係を見る。まず、アメリカやEUのサービス業では、賃金も物価もプラスの範囲で振幅している一方、我が国の場合はゼロを挟んで振幅している(第1-2-16図(1))。次に、両者がどの程度連動しているかという点について、物価の賃金弾性値(5年移動平均)を求めると、我が国の一般労働者の賃金については、アメリカやEUに比べて小さい(第1-2-16図(2))。ただし、2009年(2004年以降のデータ)以降の推計値は次第に上昇し、最近は0.3前後である。また、パートタイム労働者の賃金については、おおむね0.5前後で推移しており、EUの0.6程度を若干下回るところに位置する。サービス業は労働投入比率が高く、賃金動向が販売価格に与える影響は大きいと見られるが、2000年代のデータからは、我が国の一般労働者の賃金から物価への圧力が弱かったこと、そして、近年は大きくなりつつあることがうかがえる。

ところで、日本において賃金から物価への波及が相対的に弱いことの背景には、人件費の固定費的な要素が大きいことが考えられる。実際、固定費的な要素が小さいパートタイム労働者に限って時給の動きを見ると、サービス物価との連動性が明確となる。大震災以降、パートタイム労働者の時給が前年比プラスで推移していることを踏まえると、今後、物価への波及が進んでいくことが期待される(第1-2-16図(3))。

(3)賃金の調整力

時間当たり名目賃金の名目GDP弾性値は0.2程度

景気変動に対する雇用者報酬の調整は、時間当たり賃金、労働時間、雇用者数を通じて行われる。名目GDPの変動に対するこれら三要素の変動程度について、名目GDP弾性値(12四半期移動平均のローリング推計値)で確認すると、2000年代年央に不安定な動きをみせている。0.5前後で推移していた労働時間の名目GDP弾性値が第14循環の拡張局面中盤に向けて1前後へと高まり、また、同拡張局面の後半では、雇用者数の弾性値も0.1~0.2から0.3前後へと高まった。こうした実質的な労働投入量が名目GDPに対して感応的に変化する一方、名目の時間当たり賃金の弾性値は緩やかな低下傾向を示している(第1-2-17図)。一つの景気循環を均すと、名目GDPに対する労働時間の弾性値は0.5程度、時間当たり賃金の弾性値は0.2程度、雇用者数の弾性値は0.1程度である。2012年第1四半期では、労働時間や雇用者数の弾性値が低下する一方、賃金の弾性値には上向きの動きが見られる。

時間当たり実質賃金と労働生産性の関係は2000年代年央以降変化

時間当たり賃金が名目GDPに連動して変化しにくくなった背景を探るため、実質賃金と物価の動きに分解して動きを確認する。名目賃金上昇率は定義的に実質賃金上昇率とインフレ率の和であり、実質賃金は、基本的には労働生産性を反映したものとなると考えられる。そこで、家計消費デフレーターで実質化した時間当たり賃金上昇率と時間当たり労働生産性上昇率の関係を時系列で確認すると、期間によって、労働生産性によって実質賃金が説明される程度は異なっている。2001年以前のデータでは、両者の間にプラスの関係が見られるものの、その後になると、両者の傾きが逆転(労働生産性が上昇すれば賃金が下落)している(第1-2-18図)。こうした背景には、労働分配率が低下していたこともあり、労働分配率を一定に維持する賃金上昇率が実現されなかったとみられる21。2000年代年央は労働生産性の変化に見合った実質賃金の上昇が発生せず、生産性上昇の果実を労働者が十分に享受できなかった可能性もある。

3 デフレと金融政策

これまで、デフレとその背景にある期待や需給ギャップの動きに加え、物価と深くつながっている賃金の動きを見てきたが、ここでは、デフレ状況下において採られた金融政策について概観し、それらの効果等について検討していく。

(1)金融政策の動向

金融政策は緩和措置を拡大

リーマンショック以降、日本銀行は誘導金利をゼロ近傍まで下げ、2年以上に渡って固定金利オペや包括的な金融緩和策の実施を続けている(第1-2-19表)。

例えば、2009年12月からは日銀適格の担保を基に3か月物の貸出を誘導目標水準で行う固定金利オペを導入した。2010年8月には6か月物も導入し、かつ、融資枠は当初の10兆円程度から3度に渡る拡大により、2011年8月時点には35兆円程度となった。2012年4月には6か月物が5兆円程度減額され、4月時点の融資枠は30兆円程度となっている。

また、2010年10月には、「包括的な金融緩和政策」として、1)金利誘導目標22を0~0.1%に引き下げ、2)「中長期的な物価安定の理解」23に基づき、「物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく」として時間軸を明確化、3)多様な金融資産の買入れと固定金利方式・共通担保資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置として、バランスシート上に後述する基金を創設、の三点を決定した。これらの措置の狙いは、長めの市場金利の低下と各種リスクプレミアムの縮小を促進することであり、足下は実質的にゼロ金利であるものの、やや長めの金利の低下を促すという趣旨であると解される。

また、2012年2月14日には、資産買入等の基金を10兆円程度増額するとともに、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途」とする「中長期的な物価安定の目途」を示し、当面、消費者物価指数の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していくことを決定した。後に示すように、こうした物価安定の数値表現の明確化には、一定の金融緩和効果が見られた。

資産買入枠の拡大とともに買入残高も増加

さて、上記の3)の資産買入等の基金については、当初は5兆円程度の資産買入規模を5度に渡って拡大し、現在では40兆円程度となっている。様々なタイプの資産を中央銀行自ら購入することで、リスクプレミアムの低減と流動性の供給により市場の安定を意図している。具体的には、長期国債、国庫短期証券、民間のコマーシャルペーパーや社債、さらにはETFやREIT等、各々に上限額が設定されているが、長期国債の買入枠は、2012年末までに24兆円程度、13年6月末までに29兆円程度と大きい。上限まで買入れるという条件からは、2012年末までは月当たり約2.1兆円、13年初めから6月末までは約1.0兆円のペースで長期国債の買入れを行うこととなる24第1-2-20図)。

資産増加に対応して負債も増加

資産側に基金を設定してバランスシートを拡大した効果は負債側にも表れており、2009年以降、マネタリーベースが高めの伸びとなっている(第1-2-21図(1))。大震災直後には日本銀行が金融システム安定化の観点から大量の資金供給を行ったことから20%近い伸び率となったが、その後は震災前の動きに戻っている。一方、マネーストック(M3)は緩やかな増加傾向が続いている。マネタリーベースとマネーストックの比である貨幣乗数は、2009年のリーマンショック以降、積極的なマネタリーベースの伸びに対してマネーストックの伸びが緩やかであったことから低下傾向が続いている(第1-2-21図(2))。これを現金預金比率、準備預金比率の変化に分解すると、低下傾向は金融部門における準備/預金比率の低下(預金の増加)によって生じていることが分かる。ただし、2011年5月以降は当座預金の寄与が低下することでマネタリーベースの伸びが鈍化する一方、マネーストックはあまり変化していないことから、貨幣乗数は下げ止まっている(第1-2-21図(3))。

(2)金融政策によるデフレ対応

資金繰りは緩和気味に推移したが、金融環境は改善せず

過去10年程度の金融環境について、実質実効為替レートと実質短期金利の加重和により緩和程度を表現した指数(MCI)でみると、2000年から2008年のリーマンショックまでの間は緩和基調が続いていた(第1-2-22図(1))。これは、専ら実質実効為替レートの下落によって実現していたため、その後に生じた為替の反転とともに、基調は引締方向へと変化した。2009年からは、強まるデフレの影響により、国内要因である実質短期金利も引締めに寄与することになった。

こうした中、企業側の資金繰り判断DIは2008年から急速に悪化したものの、2009年第1四半期を底として反転した(第1-2-22図(2))。相対する銀行側の貸出運営スタンスDIについては、2005年前後から引き締め基調に転じていたが、2008年第4四半期を底に緩和方向へと反転している(第1-2-22図(3))。リーマンショック後に銀行の貸出スタンスが緩和に転じ、その後に企業の資金繰り判断も反転した背景には、当時の景気対策に含まれる資金繰りや銀行貸出に関する特例措置の導入、また、日本銀行による短期金融市場等への追加的な流動性供給措置などがあったとみられる。

このように企業や銀行の主観的な判断では改善への動きが見られるものの、MCIで表す定量的な金融環境の厳しさに変化はみられなかった。そこで、MCIで用いた実質短期金利の水準を貯蓄や投資といった実物市場で成立すると考えられる「自然利子率」と比較してみよう。ただし、「自然利子率」として、ここでは「潜在成長率」を用いることとする。先の景気拡張局面においては実質金利が潜在成長率より低かったものの、2009年第2四半期から2011年第1四半期までは、実質金利が潜在成長率よりも高い水準に止まっている(第1-2-22図(4))。企業の日々の資金繰りについては、様々な政策措置もあって何とか対応が可能であった面はあるが、投資や消費といった実物取引をおこなう企業や家計にとっては、現金の価値が高いという意味で負担感があったとみられる。

物価安定の数値表現の明確化に対しては金融各市場が反応した可能性

こうした状況の下、日本銀行は、先に触れたような一連の政策により、流動性の供給を通じて緩和的な金融環境の実現に取り組んできた。これら一連の措置はデフレ対策と短期市場における流動性供給策の両面を含んでいるが、これらが金融市場に与える影響を見てみよう。

まず、2012年の2月14日の政策決定を例に評価する。決定前後の国債金利の動きを見ると、決定公表以降の5年債は3~4ベーシスポイント低下した。10年債でも若干の低下が生じていたが、20年債になると効果は判然としない(第1-2-23図(1))。為替レートについては、公表日(2月14日)までの5営業日(2月7日~2月13日)の間に、対ドルで1.1%の円安が進行していたが、公表後の5営業日(2月13日~2月21日)では、対ドルで2.8%の円安が進行した。また、取引高は大幅に増加した(第1-2-23図(2))。なお、株価は1月中旬から上昇傾向となっていた中で、決定公表後の上昇は大幅なものとなった。この時の金融緩和が市場に与える影響は、結果としてみれば、それ以前からのマーケットの流れにタイムリーに乗って、その動きを後押しした面があったともいえよう。

さらに対象を広げて、過去16回の金融政策の変更・決定に対する債券市場、株式市場、そして、外国為替市場の反応を整理すると、

1)5年国債の金利低下は8回。うち、前5営業日よりも下がったのは6回、

2)10年国債の金利は7回。うち、前5営業日よりも下がったのは5回、

3)日経平均上昇は13回。うち、前5営業日よりも上げたのは6回、

4)円安(対米ドル)は8回。うち、前5営業日よりも減価したのは5回、

5)円安(対豪ドル)は11回。うち、前5営業日よりも減価したのは8回、

となっている。

さらに、変化の方向が想定通りか否か、変化が5日間前以降の変化よりも大きいか否か、の二点について、0と1で0~10のスコアに変換すると、政策の効果は、平均4.8、標準誤差2.5となる。二つ以上の異なる市場を大きく動かした例は、スコアの大きい順に以下の5回である。

1)10点(3市場5変数の全てが満たされる)は1回(2012/2/14)

2)7点(3市場は満たす)は1回(2009/12/18)

3、4)7点(2市場を満たす)は2回(2008/12/19、2009/12/1)

5)6点(2市場を満たす)は1回(2011/4/28)。

上位2例は、「物価安定の目途」の導入、「物価安定の理解」の明確化といった物価安定の数値表現に関する決定であり、それらに続く事例は、誘導目標引下げ(0.2%ポイント)と長期国債の買入れ増額、固定金利オペの導入、大震災後の資金供給導入の決定である。

まとめると、先行きの金利や物価に関する期待に働きかける物価安定の数値表現に関する変更があった決定の際には、債券、株式、外国為替の3市場が同時に反応している。なお、20日後の結果は、1)は引き続き10点、2)は5点、3)は3点となっている。時間変化とともに他の事象が市場に影響してくるため、結果を維持するのは難しいが、2012年2月14日の措置は、長く効果が残存していると指摘できる(第1-2-23図(3)(4))。こうした簡便な事象比較からは、先に例示したような期待に働きかけることの重要性が改めて指摘される。

国により異なる金融緩和の方法と目的

リーマンショック後には、主要国地域の中央銀行がマネタリーベースを増加させたが、その動機は各中央銀行により異なり、また時と共に変化している(第1-2-24図)。アメリカFRBの場合、2008年から2009年にかけて行われた各種資産の買取りの主たる狙いは、市場機能支援策として中央銀行のバランスシートを利用するというものであった。2010年11月には、経済見通しの不確実さや期待インフレ率の低下を踏まえ、中長期国債の買取り(いわゆるQE2)を決定した。その後、2011年9月には、6~30年の国債を購入して3年以下の国債を売却するという満期構成の変化を利用した長期金利の引下げを狙った措置を講じた。他方、欧州中央銀行(ECB)は、銀行システムの安定化を念頭に置いて、流動性供給を目的とした債券(カバード・ボンド)購入を2009年6月から1年間実施し、2011年に拡大・再開した。イングランド銀行(BOE)は、中期のインフレ目標の達成を念頭において、2009年3月に資産買取りを開始し、以降、購入枠を拡大している。こうしたバランスシートを利用した量的緩和措置の結果、マネタリーベースは3.8倍(2007年=100)以上に拡大している。

我が国の場合、先に整理したとおりの様々な措置を講じており、中には個別市場におけるリスクプレミアムの軽減を狙った措置もあるが、基本的なスタンスとしては、FRBが満期構成の変化を利用した措置で意図していたことと同様に、長めの金利水準を引き下げることを狙いとしている。

政策金利のゼロ制約

こうした長めの金利の引下げを狙った措置が取られる中、90年代半ば以降、我が国では、マネタリーベースと名目GDP(又は物価指標)の間に見られる関係が消失していることに注意が必要である。まず、マネタリーベースとGDPの間には取引のためにお金が必要であるという取引動機に基づくプラスの関係がある。しかし、95年第3四半期以降、GDPはそれほど増加しない中でマネタリーベースが大幅に増加している(第1-2-25図(1))。これは、取引動機以外の要因で貨幣に対する需要が大幅に増加したことを示しており、主な要因は金利である。マネタリーベースと金利の間にはマイナスの関係がある。金利が低下すれば、流動性に勝るが金利が付かない現金を保有するコストが低下することから、貨幣に対する需要が増えるということである。マネタリーベースの金利に対する弾性値を計測すると、95年第3四半期以降にそれ以前の2倍程度になっている。また、現金預金比率は、金利の低下に伴って上昇するとみられるが、同様に金利弾性値を計測すると、95年第3四半期以前は-0.08、その後は-0.09である(第1-2-25図(2))25。ただし、実際に金利がゼロになれば貨幣需要は無限大になるし、また、ほとんどゼロ金利であった時期には貨幣需要が大きくシフトしていたことが示されている。

なお、ゼロ金利下では、貨幣需要が限りなく大きくなる「流動性の罠」状態になり、有効需要を刺激できないという先行研究もある26。「流動性の罠」においては、中央銀行がいくら大量のマネタリーベースを供給しても、それは貨幣に対する膨大な需要に吸収されてしまい、人々の資産選択行動や消費・投資行動に影響を与えなくなってしまう。金融政策の実施という観点からは、短期金利がゼロとなると貨幣と国債との代替性が高まることから、マネタリーベースと国債を交換する公開市場操作の影響が低減すると考えられる。

金利ゼロ近傍での金融政策

まず、量的な拡大の景気刺激効果について一般的に整理すると、先の推計において、金利がゼロ近傍で推移する時期の金利弾力性が2倍程度で止まっていることからすれば、完全にゼロ金利でなければ、わずかであるが資産市場を刺激する効果はゼロではない。また、残存期間が長い国債やリスクがある資産を対象とした公開市場操作は短期金利がゼロであっても効果を持つ。長めの金利やリスクプレミアムを低下させることができれば、設備投資など長期の期待に基づく経済活動に影響を与えることができる。

また、ゼロ金利の近傍では、期待に働きかけることが重視される。将来の金利水準が低水準にとどまるという期待や将来の物価水準が高まるという期待を生じさせることによって、結果として実質金利を低下させることによって需要を喚起するというメカニズムを起動させることが理論的には考えられる。金融緩和の資産ポートフォリオを経由した効果は、資産価格を刺激することにより期待に働きかけることにもつながり得る。こうした効果が生じやすい市場としては、外国為替市場が考えられる。金融政策が為替市場を経由して波及する例としては、リーマンショック後におけるアメリカの相対的に積極的な金融緩和・信用供給が相対的なドル安につながったとの指摘もある。為替レートは、短期的にはランダムな動きをするものの、ある程度の期間を均してみれば、金利や物価といった経済情勢の相対的な動きで決定されると考えられる。この点を円ドルレート関数の推計によって確認してみよう。円ドルレートの説明要因としては、様々な組み合わせが考えられるが、リーマンショック後に生じている円高方向への動きが、貿易財の相対価格比や実質金利格差の変化等と有意に関係していることが分かる(付注1-8)。結果は幅をもって解釈する必要があり、また、為替の動向には、グローバルな投資家のリスク選好の変化等様々な要因が働き得るが、金融政策も外国為替市場に影響するという可能性が示唆される(第1-2-26図27

(3)デフレ脱却への道筋とその後

需給ギャップと期待物価から得られる金利水準はいまだマイナス

現在のところ、我が国経済は依然として緩やかなデフレ状況にある。これまでの経験から明らかなことは、90年代以降の我が国で観測される物価上昇率がゼロに近すぎるためにデフレに陥りやすく、一旦デフレに陥り、ゼロ金利制約に直面すると、伝統的な金融政策のマクロ経済調整機能が十分働かなくなることから、結果として実体経済に悪影響を及ぼしているということである。金利を含めた価格により需給調整がなされるよう経済を運営することは、効率的な資源配分を実現するための必要条件である。

こうした観点からも、現下のゼロ金利がいつ解除され得るかという点は関心の高いところである。日本銀行は、「中長期的な物価安定の目途」に基づき、当面、消費者物価上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、強力に金融緩和を推進していくとしているが、テイラー・ルールに仮定的な目標インフレ率を置いた下で得られるコールレートの動きからは、リーマンショック以降、需給面での改善が緩やかであること等から、最適なレートがマイナスの範囲にある状況は続いている(第1-2-27図)。

前回の利上げはおおむねテイラー・ルールに沿ったものだが物価は弱い動き

実際の金融政策はテイラー・ルールのように単純明快ではないと思われるが、前回(2006年)の金利引上げ時期の動きを確認してみると、目標インフレ率が1%の場合であれば、テイラー・ルールからは、2005年からゼロ金利解除のシグナルが出ており、2006年年央には0.5%程度への利上げが示唆されていた。他方、目標インフレ率が2%の場合であれば、いまだゼロ金利を維持するシグナルになっていた(前掲第1-2-27図)。こうした中、日本銀行の金利引上げに到った背景としては、以下のように説明されている。

【2006年7月14日】

「これまで長期にわたりゼロ金利を維持してきたが、経済・物価情勢が着実に改善していることから、金融政策面からの刺激効果は次第に強まってきている。このような状況の下で、これまでの政策金利水準を維持し続けると、結果として、将来、経済・物価が大きく変動する可能性がある。日本銀行としては、新たな金融政策運営の枠組みにおける2つの「柱」による点検を踏まえた上で、経済・物価が今後とも望ましい経路を辿っていくためには、この際金利水準の調整を行うことが適当」28

【2007年2月21日】

「仮に低金利が経済・物価情勢と離れて長く継続するという期待が定着するような場合には、行き過ぎた金融・経済活動を通じて資金の流れや資源配分に歪みが生じ、息の長い成長が阻害される可能性がある。日本銀行としては、2つの「柱」による点検を踏まえた上で、経済・物価が今後とも望ましい経路を辿っていくためには、この際金利水準の調整を行うことが適当」29

他方、当時のマクロ環境について、1)市場動向、2)景気動向指数、3)消費者マインド、4)物価、5)銀行融資、の各側面から振り返ると、まず、市場動向については、日経平均が大きく変動する月はあったものの、基調としては株高と円安であった(第1-2-28図(1))。また、景気動向指数は先行指数には弱い動きが見られたものの、一致指数の緩やかな上昇が続いていた(第1-2-28図(2))。他方、消費者マインドは2006年3月をピークに低下傾向が見られた(第1-2-28図(3))。こうした中、消費者物価については、いわゆるコアコアはマイナス圏内の動きとなっており、それ以外の系列もおおむねゼロ近傍で推移していた(第1-2-28図(4))。最後に、銀行融資は2006年以降プラスに転じており、特に不動産向け融資が増加に寄与していたが、顕著な増加は2007年の前半で一服した(第1-2-29図30

以上をまとめると、景気という面では拡大が感じられる指標が多いものの、物価については「デフレから脱却した」とはいえない状況にあったと指摘することができる。また、金利引上げの理由としては、低金利の副作用として行き過ぎた金融・経済活動を通じた資金の流れや資源配分への歪みを挙げていたが、この典型例は資産価格のバブルであるとみられる。金融緩和が長期に継続するという期待が強まると、人々が将来に対して過度に楽観的になり、また、銀行も過度に貸出を増やすなどして、資産価格が過度に上昇するリスクは当然ある。こうした先行きに生じ得るバブル発生のリスクとデフレに逆戻りする足下のリスクをどのように組み合わせるかという点については、これまでの経験を踏まえた慎重な対応が期待される。

また、日本銀行の金利引上げに関する説明文には記されていないが、当時、ゼロ金利を持続させることを巡っては、生産性の低い企業や部門を延命させることになり、結果として我が国の成長力を阻害するとの議論が見られた。ゼロ金利を背景とした銀行の追い貸し等によって、撤退すべき企業が残留して投資や雇用にマイナスということである31。ただし、銀行の追い貸しが望ましくないということと、低金利の持続とは別の話である。金利を低水準にとどめているのは、大きな負の需要ショックが生じて、金融緩和によって経済を下支えすることが必要不可欠だからである。景気刺激に必要な以上に金利を低下させると低生産性企業を延命させることになろうが、本来行われるべき経済活動と整合的な自然利子率に応じて金利を低下させることはむしろ必要なことである。現在、ゼロ金利下にあり、むしろ必要なだけ金利を低下させることができない状況であると考えられる。

金利上昇の際は分配が変化

こうした状況ではあるが、一般的に金利水準の回復は、利払いを通じた各経済主体間での所得移転が今よりも顕在化することを意味する(第1-2-30図)。1981~2011年の経済主体別純利子支払額、受取及び支払の実効金利の推移を見ると、例えば、家計(個人企業を含む)の受取金利は91年の6.5%をピークに低下を続け、2011年は0.6%であった。他方、家計の支払金利はデータ開始年である81年の9.5%がピークとなっており、いわゆるバブル期以降は低下を続け、2011年は3.4%であった。受取金利に比べると支払金利の動きは緩やかであるが、これは、家計の借入れ側の大宗が住宅ローン等の長期かつ固定性の高い契約となっている一方、預入れ側の金利は相対的に短い期間のものが多いため、比較的早く低金利の効果が表れたことにもよる。この点は、金利上昇局面では逆に働く。反対に、政府は支払金利の低下による恩恵から利払費を圧縮してきたが、発行残高の大きさにかんがみれば、今後の利払費の増加テンポは加速すると見込まれる。

また、金利の受払いの変化だけでなく、金利上昇は国債価格の下落を意味することから、保有者の一時的な評価損について懸念する向きもある。こうした債券は期末まで保有すれば元本は償還されるため、期中の時価評価損を過大評価することは適切ではないが、現状、銀行等の国債保有残高(167兆円程度)について、1%ポイントの機械的な金利上昇が与える評価損を求めると、-6.5兆円程度、自己資本比率ベースでは2%ポイント程度のリスク量である32


(13) 類似テーマの分析例としては、内閣府(2009)が産業連関表を用いた分析の中で、中間投入に占める輸入財比率の低さが原因と指摘している。内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2011)では、統計的な物価指数相互の感応度分析を行い、80年代には1%の輸入物価の動きに対して消費者物価が0.05%ポイント程度動いていたが、2000年代になると、0.01%ポイントと5分の1程度になっていることを指摘している。
(14) 2012年2月にテレビの基本銘柄の改正が行われ、「液晶テレビ、32V型、ハイビジョン対応パネル、LEDバックライト搭載、特殊機能付きは除く」から「液晶テレビ、32V型、地上デジタルチューナー2基内蔵、ハイビジョン対応パネル、LEDバックライト搭載,特殊機能付きは除く」へと変更された。
(15) 消費者物価の基調をコアコアで見ると、前年比マイナスが続く一方、総合については前年比プラスで、コアについては前年比ゼロ近傍で推移している(2012年5月時点)。
(16) こうした経緯や定義については、岡本(2001)を参照。
(17) 期待インフレ率の形成要因については、様々な見方があるものの、ここでは適応的な期待と外生的な変化を前提に定式化している。現実インフレ率は、1)過去の期待インフレ率、2)過去の需給ギャップ、3)過去の外生的な変化、によって決定され、同時期の期待インフレ率は、1)過去の現実インフレ率、2)過去の期待インフレ率、3)同時点での外生的な変化、によって決定される。
(18) 「商業統計」によると、電気機械器具小売業の一人当たり売場面積は、2002年から2007年の間に24.4%増加した。
(19) 詳細については、市橋・長谷川(2012)を参照。
(20) 時給換算しても格差が残る部分に非正規雇用の増加が影響しているとみられる。
(21) なお、雇用者比率変化を加味した上で労働分配率を一定にする賃金上昇率(理論値・家計最終消費支出デフレーターで実質化)と、実際の賃金上昇率を比較してみると、足下ではばらつきがみられるものの、1999年から2007年にかけてはいずれも実際の上昇率が理論値を下回っている。
(22) 無担保コールレート(オーバーナイト物)。
(23) 日本銀行は、2010年10月時点において、「中長期的な物価安定の理解」について「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」としていた。
(24) なお、日本銀行は上記の基金とは別に、年間21.6兆円(月当たり1.8兆円)の長期国債を買入れており、これを合わせると2012年末までは月当たり約3.9兆円、13年初めから6月末までは約2.8兆円の長期国債を買入れることとなる。
(25) なお、いずれの推計パラメーターも1%水準で統計的有意となった。また、金利とマネタリーベース又は現金預金比率について共和分検定をおこなったが、5%水準で統計的有意とはならなかった。
(26) 例えば、貞廣(2005)。
(27) 為替レート関数の定式化や背景等については付注1-8を参照。
(28) 日本銀行(2006)。
(29) 日本銀行(2007)。
(30) こうした融資行動の背景には、一部の不動産価格高騰に対する規制当局の対応が影響しているとみられる(http://www.fsa.go.jp/news/18/20061226-7.html別ウィンドウで開きます)。
(31) 例えば、Caballero, Hoshi, and Kashyap(2006)。
(32) 試算に当たっては、銀行等の保有する国債の平均残存期間を4年と想定した。日本銀行(2012)の試算では、金利が1%ポイント上方にパラレルシフトする場合に発生する債券の時価損失額は、6.4兆円程度となっている。
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