第2章 新たな「開国」とイノベーション 第2節

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第2節 グローバル化の国内経済への影響

我が国は、貿易や投資に関しては、経済規模を勘案しても国際的に高い水準にあるとはいえず、拡大の余地が十分あることが分かった。前節の分析では、そのための処方箋として、FTA等の締結促進などが浮上したが、そもそもなぜ一層の「開国」が必要なのだろうか。しばしば聞かれる理由は、「日本は人口が減るので、海外の需要に頼らざるを得ない」というものである。果たして、それで十分であろうか。「開国」にはデメリットもあるのではないだろうか。ここでは、改めて「開国」することの意義を考えるため、グローバル化が国内経済へ及ぼす影響を3つの視点から整理する。具体的には、国内の所得分配への影響や投資収益の還流、国内での産業調整や生産性への影響、資源価格や金融資本市場を通じた影響について検討する。

1 海外の経済成長の取り込み

新興国等を含め海外経済の成長に対して、輸出や投資を一層拡大させることで、国内での所得の増加が期待される。ここでは、まず、企業活動に着目して、輸出と現地法人の売上からなる海外売上高比率の上昇が及ぼす影響を調べるとともに、マクロ的な観点から投資収益の国内還流の状況について確認しておく。

(1)企業活動のグローバル化と所得分配

海外売上高比率が高まって需要の期待成長率が改善すれば、輸出や海外投資からの収益を先取りする形で国内での支出や賃金等への支払いが増加する可能性も出てくる。しかしながら、他方で、海外売上高比率の上昇等に代表される企業活動のグローバル化が、人件費の抑制につながり、労働分配率、ひいては賃金を低下させるという懸念も存在する。こうした論点について検討しよう。

(企業の需要見通しの改善には海外売上高比率の上昇が鍵)

リーマンショック後の持ち直し局面において、設備投資や雇用の回復が力強さを欠いたことの背景の一つとして、企業の中期的な成長期待の低さが挙げられる。中期的な成長期待の低さはそれまでの成長実績の低さの影響を受けている面もあるが、我が国の場合、これに加えて将来的な人口の減少による内需へのマイナス効果が指摘されることが多い。それゆえに我が国企業は海外需要の取り込みに活路を見いだそうとしてきたのであり、その戦略に成功の見込みがある企業は期待成長率も高くなると考えられる。

海外需要、特に成長著しい新興国の需要の取込みを勘案すると、我が国企業が直面する需要の期待成長率は、我が国のGDPの期待成長率を上回るはずである。そこで、「企業行動に関するアンケート調査」の結果から今後5年間についての「業界の需要見通し」と「経済見通し」を比べてみたところ、予想に反して、2000年代においては一貫して需要見通しが経済見通しを下回っている(第2-2-1図)。この要因としては、回答企業には非製造業、とりわけ卸小売、不動産など内需に影響されやすい業種が社数ベースで多いことが考えられる。実際、非製造業では製造業と比べて需要見通しが経済見通しを大幅に下回っている。一方、製造業のうち加工型では、需要見通しが経済見通しを上回っており、海外需要への期待が反映されていると考えられる。

次に、2000年代における「企業行動に関するアンケート調査」の個票等を用いて、海外売上高比率が企業(製造業)の需要見通しにどのような影響を及ぼすかを調べた。その結果、加工型、素材型のいずれについても、海外売上高比率が高い企業ほど需要見通しが高くなるという関係が確認された。海外売上高比率が10%高いと需要見通しが0.2%程度改善するという関係であるが、製造業の需要成長率が平均1%強であることを踏まえると、海外売上高比率の引上げは大きな影響を持つといえよう。なお、この分析によれば、1年後の想定為替レート(対ドル円レート)が採算為替レート対比で10円円高になると、需要見通しが0.15%程度低下するという関係も明らかとなった。企業の期待成長率を高めるためには、輸出や海外生産の拡大を通じて海外売上高を増加させることが鍵となるが、同時に、為替レートが安定的に推移することも重要である。

(企業活動のグローバル化は従業員への利益配分を抑制)

企業活動のグローバル化は様々な側面で進展しているが、ここでは、実体面での指標として海外売上高比率、資金調達ないしコーポレートガバナンス面での指標として外国人持株比率を取り上げる。海外売上高比率、外国人持株比率とも、すう勢的には上昇基調にあるといえるが、前者は2000年代を通じてほぼ単調に上昇してきたのに対し、後者は2001年のITバブル崩壊時、及び2007年~2008年のリーマンショック前後には低下が見られたことに注意が必要である。なお、海外売上は輸出のほか現地生産分を含み、売上げの源泉がどちらかによって所得分配に対する影響が異なる可能性があるが、一般的には輸出のウエイトが高い傾向が指摘できる。

企業が収益をどこに重点的に分配しようとしているかは、内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」により参照が可能である(第2-2-2図(1))。同調査では、利益配分のスタンスとして、「従業員への配分」を含めた10項目の中から、複数回答で3項目まで選択させる質問を設けている(2006年以降、調査自体は年4回だがこの設問は各年10-12月期のみ)。2010年の調査においては、大企業では「内部留保」「設備投資」「株主への還元」がいずれも5割以上と多く、「従業員への還元」は2割強である。時系列的には、2009年、2010年と「従業員への還元」が増加しているが、特に2009年については収益環境の悪化によって「設備投資」「株主への配分」を減らさざるを得ず、結果として「従業員への配分」が増えた可能性もある。一方、製造業、非製造業で分けると、製造業では2008年から急速に当該回答が増加したのに対し、非製造業では安定した推移を示している。

そこで、製造業に関して2010年調査の個票を用い、海外売上高比率や外国人持株比率によって利益配分のスタンスが異なるのかどうかを調べてみた。具体的には、回答企業を海外売上高比率等が平均以上のグループと平均未満のグループに分け、それぞれの中で「従業員への還元」を選択した割合を集計した(第2-2-2図(2))。その結果、海外売上高比率、外国人持株比率のいずれについても、平均以上のグループでは「従業員への還元」を選択した割合が少ないことが分かった。このことから、企業行動のグローバル化が進むにつれ、貿易に伴う海外との競争圧力の高まりや外国人投資家によるガバナンスの強化などを通じ、賃金等への相対的な分配が弱まる可能性が示唆される。

  1. なお、「従業員への配分」を選ぶ企業は規模が小さいほど増加する。中堅企業では「内部留保」「設備投資」に次いで3番目、中小企業では「内部留保」に次いで2番目に当該項目の選択が多い。

(企業活動のグローバル化は労働分配率を押し下げるが賃金にはプラスの効果)

以上は企業の意識についての調査を基にした推論であるが、次に、実際の労働分配率や賃金との関係を直接調べてみよう。上記の分析結果を踏まえると、企業活動のグローバル化は労働分配率を押し下げる方向に働くことが予想される。問題はそうした効果が最近になって強まっているかどうか、賃金の動きにまで影響を及ぼしているかどうかである。上場企業のパネルデータを基に、こうした点を検討する。

労働分配率については、景気後退局面では上昇するという性質があるため、日銀短観の業況判断DI(業種別)を用いて景気循環要因を除去しつつ、海外売上高比率、外国人持株比率との関係を分析した(第2-2-3図(1))。その結果は、2000年代前半は、いずれの要因も、予想されたように分配率の押し下げに寄与するのに対し、後半には海外売上高比率の効果が検出されないというものであった。一つの解釈として、生産工程の海外シフトは前半に一巡し、後半には海外売上のうち輸出による部分が増加したため、国内での分配率への影響が見えにくくなったことが考えられる。

次に、海外売上高比率等の賃金への影響を分析しよう。賃金水準については、収益環境が改善すれば増加することが考えられるため、売上高経常利益率によってその効果を吸収しておく。分析の結果は、前半については海外売上高比率、外国人持株比率の両方、後半については外国人持株比率のみが賃金の押上げに寄与している(第2-2-3図(2))。前半について、海外売上高比率等の上昇は分配率の低下に働いたが、付加価値全体を押し上げることで、賃金水準を押し上げる結果になったと考えられる。

以上から、企業活動のグローバル化は労働分配率の押下げに働く局面もあったが、一方で、海外需要の獲得やガバナンス強化による効率改善などを通じて、分配の原資を拡大して賃金の改善をもたらしたという側面があることが分かった。

  1. 後半には外国人持株比率の効果が大きくなっているが、この期間では同比率は低下しているため、分配率を上昇させる方向に寄与している。
  2. 宮島・新田(2011)では、外国人持株比率の上昇が、経営のガバナンス強化を通じ、企業パフォーマンスを有意に引上げていたことが示されている。

(2)海外投資収益の還流

グローバル化の果実には、海外投資収益が含まれる。我が国の投資収益については、そもそも他の先進国と比べて収益率が低いのではないか、得られた収益は現地での再投資に回され、国内に還流していないのではないか、との指摘もなされている。こうした論点について検討する。

(我が国の投資収益のシェアはアメリカやユーロ圏と比較した場合には低い水準)

2000年代においては、リーマンショックによる一時的な停滞局面を除くと、国際的な資金移動が活発化し、様々な形の金融資産・負債が蓄積した。その結果、そこから得られる投資収益も急速な拡大が見られた(第2-2-4図(1))。こうした流れにおいて、存在感を増したのが第一に欧米諸国、第二に中国その他の新興国である。前者のグループは、受取、支払を両建てで急速に膨張させたが、リーマンショック後は大幅な縮小を経験した。これに対し、後者のグループは、中国では受取、その他の新興国では支払が増加し、リーマンショック後の落ち込みも相対的に小さかった。この間、我が国は受取がほとんどであったが、世界全体に占めるシェアは小さいまま推移した。

しかしながら、金額(円ベース)では、我が国の受け取った投資収益は、2000年の10兆円程度から2007年には23兆円程度に達し、その後は減少に転じたものの2010年時点でも15兆円程度の水準であった(第2-2-4図(2))。その大部分は米国債等の証券投資から得られる収益であり、2007年までの投資収益の拡大の主たる要因もその増加であった。もっとも、直接投資収益も着実に増加しており、2001~2007年までの伸び率は高く、その後の減少も小幅にとどまっている。結果として、2010年時点では直接投資収益が受取収益全体の2割程度を占めるようになっている。

このような直接投資収益の動きの背景には、2005年から2007年にかけての円安進行、対外直接投資の残高増加があるが、特に中国などのアジア向け投資の増加が重要である(第2-2-4図(3))。アジア向け投資が全体に占める割合はそれほど大きくないが、収益率が高く、かつ安定しているため、そこから得られる投資収益は2009年には全体の1/3を超えるようになっている(第2-2-4図(4))。また、最近では北米、欧州、アジア以外の「その他」の割合が高まっており、資源国への投資が収益を上げつつあることが示唆される。

(直接投資比率を高めることで投資収益率の改善が可能)

以上のように、我が国の対外投資収益は世界の中でのシェアは目立たないが、一方で、年間の金額は15兆円程度に達しており、我が国にとって重要な所得の源泉であることは間違いない。その結果、投資収益の支払等を控除した所得収支は2010年で約12兆円であり、同年の貿易・サービス収支6.5兆円を大幅に上回っている。

そこで、海外の成長の取り込みという観点からは、一定の投資残高に対し、いかに効率的に収益が得られるかが求められる。しばしば、我が国の対外投資収益率は米欧に比べると低いといわれるが、そうだろうか。実は、最近では、前述のようなアジア向け、資源国向けの投資の増加もあって、我が国の投資収益率はかつてより高まってきている。その結果、OECD諸国の中では中位から上位のグループに入っている。ここでは、2000年代の平均的な投資収益率について、その国による違いを説明する要因を分析してみよう。

一般に、リスクの高い資産に投資しなければ、平均して高いリターンは得られないといわれている。対外投資においては、直接投資のリスクが相対的に高いと考えられる。実際、我が国でも、統計が遡れる90年代半ば以降からの長期間で平均すると直接投資は証券投資の収益率を上回っている(第2-2-5図(1))。そこで、投資残高に占める直接投資の比率をリスクの指標として、収益率との関係を分析した(第2-2-5図(2))。予想されたとおり、右上がりの関係が検出され、カナダやスウェーデンなどの直接投資の多い国の収益率が高くなっている。我が国は傾向線よりやや上に位置し、直接投資比率が低い割には良好な収益率を得ている。今後は、適切な案件を発掘した上で、直接投資比率を高めることができれば、平均収益率を改善する余地があると考えられる。

(配当として国内に還流される割合は上昇)

対外直接投資の収益については、現地での再投資に回る部分と、配当として国内に還流する部分に分けることができる。近年においては、この配当として国内に還流する部分をいかに拡大するかが課題とされてきた面がある。すなわち、海外で稼いだ収益を元手として国内の設備投資の拡大を図るべきだという主張である。もっとも、マクロ的には国内企業のキャッシュフローは潤沢であり、設備投資はその範囲内に収まっていたので、海外投資収益の還流は投資性向の上昇に結びつきにくい状況にあったことには注意が必要である。

それでは、実際には海外投資収益からの配当は増加してきたのだろうか(第2-2-6図(1))。前述のように、2000年代において我が国の直接投資収益は大きく増加した。その内訳を再投資収益と配当金に分けると、もともとは配当金の割合が高かったものの、現地での旺盛な投資需要に応える形で次第に再投資に回る分が増加し、2008年には両者がほぼ半分ずつを占めるようになった。しかし、2009年になると直接投資収益全体が減少するなかで、配当金の割合が大幅に高まった。これは、リーマンショック後における海外での投資機会の縮小に加え、2009年度税制改正による外国子会社配当益金不算入制度が影響している可能性がある。この傾向は2010年には一層顕著になり、直接投資収益の大部分が配当として還流している。

ところで、アメリカなどと比べても、我が国においては配当金の国内還流が少ないという指摘もあった。前述のように、我が国では直接投資残高そのものが依然として低水準であり、結果として配当金の金額も大きいとはいえない。しかし、直接投資収益に対する配当金の割合(配当性向)に着目すれば、様相は異なってくる。主要国について、直接投資収益に対する配当性向金を2003~2007年の平均、世界的に景気が悪化し投資機会が縮小した2008年~2009年の平均に分けて調べてみよう(第2-2-6図(2))。いずれの期間についても、我が国は6割程度であり、配当性向が高めのグループに属することが分かる。したがって、少なくとも直接投資収益の国内還流が不十分との指摘は当たらないといえよう。

コラム2-3 海外生産拡大の意向が雇用見通しに及ぼす影響

本文では、海外売上高比率(海外売上高=輸出+海外生産-逆輸入)と期待成長率、所得分配の関係に着目したが、ここでは海外生産比率の雇用への影響を調べてみよう。海外生産の拡大が国内空洞化、ひいては雇用喪失につながるという懸念があるが、実際にそうだろうか(コラム2-3図)。

内閣府「企業行動に関するアンケート調査」によれば、雇用過剰感が現在と同程度であった2003年度調査では、海外生産比率を増加させる意向の企業は、横ばい又は減少させる意向の企業に比べ雇用見通しのマイナス幅が大きかった。業種別では逆輸入比率(海外生産高に占める日本向け輸出比率)が高かった素材型でその傾向が顕著である。コスト削減に迫られた企業が生産拠点を人件費の安い海外に移すケースが多かったことが、雇用見通しへのマイナス効果をもたらしたと考えられる。

一方、2010年度調査の結果では、海外生産比率を増加させる意向の企業は、横ばい又は減少させる意向の企業に比べ雇用見通しのプラス幅が大きくなっている。業種別では逆輸入比率を大きく低下させた素材型産業でそういった傾向が顕著である。2003年当時と違って、最近では旺盛な海外需要の伸びに対応するため海外に生産拠点を設ける企業が増え、海外生産拠点の補完的な役割を果たすような本社機能の拡充に伴い、雇用見通しが明るくなった可能性がある。

2 グローバル化と生産性

海外の成長を輸出代金や投資収益の形で取り込んで所得が増えたとしても、それを国内で効率的に活用しなければ持続的な成長にはつながらない。したがって、さらなる「開国」をすることで生産性を向上させることが、中長期的な観点からは重要である。以下では、貿易や対内直接投資と生産性の関係を考えよう。

(1)貿易の拡大と生産性

グローバル化への対応を進めることにより、対外開放度は高まっていく。では、貿易開放度を高めることは、生産性の上昇をもたらすのだろうか。また、それはどのようなメカニズムからであろうか。マクロ的な観点からの貿易と生産性の関係を明らかにした上で、貿易自由化を通じた生産性向上に当たっての課題を述べる。

(貿易開放度の高まりは生産性上昇率の改善に寄与)

一般に、海外に門戸を開き貿易が盛んになれば、中長期的な経済成長にプラスの効果があるとされている。その経路としては、いくつかの可能性が考えられる。第一は、輸入の拡大で国内生産のための材料や機械設備の選択肢が広がり、効率化につながるという経路である。第二は、海外からの輸入品に体化された技術を学習し、自国の生産技術の向上につながるという経路である。第三に、内外の市場での外国製品との競争を通じて、国内の個別企業の効率改善や、産業間・企業間の資源の再配置による経済全体としての生産性の向上につながるという経路である。いずれの経路についても、直接的には貿易に携わらない産業・企業に対しても間接的な波及があり得る点が重要である。

このように考えると、貿易の経済成長に対する効果を検討するに当たっては、技術進歩などを含む全要素生産性(TFP)に着目するのが適切である。具体的には、OECDのデータを用いて、貿易開放度とTFP上昇率の関係を調べてみよう。もちろん、生産性は貿易開放度以外の要因によっても変動する。ここでは、高齢化率と研究開発費比率を選んで生産性の説明要因に加えた(第2-2-7図)。

結果を見ると、予想されたとおり、貿易開放度が高まるほどTFP上昇率が高まるという関係が観察される。もちろん、貿易開放度も関係国の様々な経済主体の活動の結果であり、生産性への一方的な因果関係が想定できるわけではない。しかし、貿易障壁が緩和されるなどの制度的、政策的な変化があると、それが貿易開放度の上昇を通じて生産性上昇率の改善につながる効果に加え、国内での競争強化などによって生産性への直接的なプラス効果が生ずる可能性も指摘できる

  1. 貿易開放度と経済成長の関係についての先行研究のサーベイは、Alesina, Spolaore and Wacziarg(2005),Rodrik and Rodriguez(2000)等を参照。そこでは、様々な実証研究で得られている結果を検討すると、開放度を示す指標が成長に及ぼす効果はプラスかゼロであって、少なくともマイナスのものはないとしている。

(自由貿易協定の本質的なメリットは生産性の上昇)

このように、貿易開放度をさらに高めることができれば、マクロ的な生産性の上昇に寄与する可能性があるが、第1節で分析したように、貿易開放度を高めるための有力な手段としてFTA等への積極的参加が挙げられる。近年におけるTPPへの参加検討へ向けた議論において、韓国などがFTA参加を拡大するなかで、そこから生ずる貿易転換効果の回避、我が国からの輸出の拡大がメリットとして強調される。この点は重要なメリットではあるが、中長期的な成長という観点でより本質的なFTA参加のメリットは、貿易の障壁が低くなることで、前記のように、輸入の選択肢の拡大や競争を通じた資源の再配置などが生じ、生産性の向上、ひいては消費者メリットの拡大をもたらすことである。

そうだとすれば、FTA参加のデメリットとして受け取られがちな輸入の増加や企業間・産業間の資源の再配置は、実はメリットを実現するための条件ということになる。輸入が増えて「国際競争に負ける」のではなく、輸出と輸入が両建てで増えて「豊かさの競争に勝つ」のである。もっとも、個々の企業、産業ではメリット、デメリットの現れ方が異なるため、調整を容易にするための政策対応が必要な場合もあると考えられる。

FTA等のメリットの受け止めが産業によって違うことは、内閣府「企業経営に関する調査」の結果からも確認できる(第2-2-8図)。同調査では、「TPPやEPA等の貿易自由化を進めることが利益につながるか」を聞いており、全体としては肯定的な回答が多い。しかし、産業別では、加工型、素材型製造業で「業績に拡大につながる」との回答が6割程度を占めるのに対し、その他製造業では4割弱、非製造業では3割程度である。また、企業規模別では、規模が大きい企業ほど「業績の拡大につながる」との回答が多くなっている。

(農業については生産性向上等が課題)

FTA等への参加により、大きな影響を受けると考えられる業種の一つに農業がある。貿易障壁の中でも象徴的なものが関税率の高さであるが、我が国は鉱工業品の平均関税率(単純平均)は2.5%と国際的には最低水準にあり、これ以上の引下げの余地は乏しい。これに対し、農産品の平均関税率は単純平均では21.0%、貿易加重平均でも12.5%と高く、FTA等の交渉に当たってはその扱いが問題になる。これまでに我が国が締結したFTA等は、アメリカや韓国の場合などと比べ、農産物を中心に自由化の例外が多かったが、一般論としては、関税率を含めた自由化を広範囲に行い、両国にとって貿易からできるだけ大きなメリットを得られる状況が望ましい。

一方で、自由化に伴う産業調整の結果、我が国における農業に重大な悪影響が及ぶのであれば問題である。食料安全保障の観点から、様々な供給ルート確保の一環として、国内供給能力のある程度の維持が求められる。また、今回の震災で、農業が大きな打撃を受けたことも踏まえなければならない。ただし、我が国では、専業農家の減少、担い手の高齢化などを背景に農業基盤がすう勢的に脆弱化してきている。したがって、貿易自由化の有無にかかわらず、生産性の向上を通じた農業再生が急務である。具体的にいえば、農地の集積による土地生産性の向上、バイオ産業や食品流通業などを含めた連携の下での高付加価値型の農産物の開発や市場開拓などが課題となっている。

輸出については、土地の制約や人件費の高さなどもあり、我が国の農産物の競争力は現状では極めて弱い。農産物全体のほか、FAOによる果物・野菜、肉類といった8分類のいずれも、輸入に対して輸出はほとんどなく、貿易特化指数(輸出入合計に対する純輸出の割合)がマイナス1に近い(第2-2-9図(1))。しかし、同じように農産物全体としては競争力の弱い韓国やノルウェーなどでは、特化指数が-0.5程度(輸出が輸入の1/3程度)、あるいはそれを上回る品目が存在する。また、農産物の輸出競争力にとって土地の広さは有利な条件ではあるが、農業人口当たりの農用地面積が小さくとも農産物の貿易特化指数がゼロ近傍、あるいはプラスの国は少なくない(第2-2-9図(2))。こうした事例を踏まえると、我が国には、農産物の輸出競争力を向上させる余地はあり得る。

ただし、今回の原子力災害を受け、海外において日本産食品の輸入規制を強化する動きが見られ、大きな影響が懸念される。こうした動きに対して粘り強く緩和を求めるとともに、日本産食品のイメージを回復し、改めて安全性をアピールし、農産物の輸出を立て直していくことが必要と考えられる。

  1. 平均関税率はWTO“World Tariff Profiles 2010” による。なお、主要国の平均関税率は、単純平均では、鉱工業品、農産品の順に、それぞれ、アメリカ3.3%、4.7%、EU4.0%、13.5%、韓国6.6%、48.6%。貿易加重平均では、鉱工業品、農産物の順に、それぞれ、アメリカ1.9%、4.1%、EU2.4%、9.8%、韓国3.3%、119.8%。

(2)対内直接投資の拡大と生産性

貿易と並んで、海外との投資関係の拡大も国内経済に潜在的なメリットをもたらすが、特に重要なのは対内直接投資であろう。第1節で分析したように、我が国の対内投資受入は、経済規模を勘案しても少なく、そのため、生産性への影響があったとしてもマクロ的に識別できるほどのものではないと考えられる。以下では、潜在的な生産性への影響を論ずるとともに、対日投資促進へ向けた課題を検討する。

(外資系企業の高い収益性は国内の生産性へのプラスの波及効果を示唆)

貿易以外にも、例えば、直接投資の増加が経済成長につながる可能性が考えられる。前述のような海外からの技術の学習や内外市場での外国企業との競争という効果では、特に対内直接投資が有効ではないかと考えられる。対内直接投資の増加が受入国企業の生産性上昇をもたらす蓋然性については、以下のような観察から示唆される。

経済産業省「外資系企業動向調査」によれば、外資系企業の収益率は日本企業と比べて総じて高めである(第2-2-10図(1))。2002年度~2007年度の間、外資系企業の売上高経常利益率は5%台で推移したのに対し、全法人企業のそれは2~3%台にとどまっていた。2008年度はリーマンショックの影響で特に外資系企業の利益率が大きく落ち込んだが、依然として全法人企業の平均を上回っていた。

また、2007年時点でのOECD諸国の対内直接投資の収益率を見ると、我が国は10%を超える高い水準である(第2-2-10図(2))。この水準を超える国はルクセンブルク、アイルランドなどの小国だけであり、G7などの主要国では我が国より低い状況にある。我が国の対外直接投資の収益率は8%台であるので、これよりも高い。我が国は国際的に見て対内直接投資のGDP比が小さく、限られた外国企業だけが参入しているともいえる。そのため、日本市場に参入できた企業は独占的な利益(レント)を得ているか、あるいは、もともと生産性が極めて高かった可能性がある。もし後者であれば、対内直接投資の拡大による潜在的メリットは非常に大きいということができよう。

(非製造業の生産性向上における対内直接投資の潜在的役割)

財の貿易では、間接的にしか競争促進、あるいは生産性のスピルオーバー効果が働かない分野が非製造業である。そこで、グローバル化のメリットを非製造業の生産性にも及ぼそうとするならば、同分野での貿易や対内直接投資の拡大が潜在的に有力な方策となり得る。

我が国では、近年、非製造業の生産性が伸び悩んだことがしばしば指摘される。実際、2000年~2007年のデータによれば、全要素生産性の伸びが製造業と比べて著しく低いことが確認できる(第2-2-11図(1))。サービスの質の計測が困難であるため、こうした数字は幅をもって見る必要があるが、その他の主要な国と比べても低めとなっている。その背景として、金融業や不動産業ではバブルの後遺症が長引いたことがあるが、それ以外に、公的規制の問題、IT化や研究開発の遅れ(より広くは後述の無形資産の不足)、集積のメリットの不足など様々な要因が分野に応じて思い浮かぶ。その中の一つとして、我が国の非製造業がグローバルな競争に晒される場面があまりなかったことも指摘できよう。

まず、我が国では、前述のように、サービス貿易の対外開放度が著しく低い。したがって、貿易を通ずる非製造業の効率改善は弱いと考えられる。そこで、対内直接投資であるが、同ストックに占めるサービス分野の割合は6割弱であり、OECD諸国の中でも低い部類に属する(第2-2-11図(2))。我が国では対内直接投資全体の規模が非常に小さいが、その中でのサービスの割合も低いので、対内直接投資を通じた非製造業の生産性への影響も小さくならざるをえない。こうした観点からも、対内直接投資の活性化が急務であるといえよう。

(直接投資に対する障壁はOECD諸国の中では高め)

第1節の分析では、直接投資の規模に影響を及ぼす要因として、経済規模や地理的、文化的要因に加え、自由貿易協定の締結の有無が挙げられた。FTA等は、貿易の拡大を通じて間接的に投資を拡大させるほか、様々な投資自由化・促進措置が盛り込まれることから、こうした結果が得られたと考えられる。もちろん、FTA等への参加とは別に、独自の政策対応を進める余地も十分あり、現に我が国は対日投資の促進を図ってきた。「平成22年度年次経済財政報告」でも分析したように、投資の少なさには規制・制度による面と、経済構造に根差した部分があり、官民を挙げた取組が必要である。

直接投資に対する障壁の高さは、OECDのFDI(対外直接投資)制限指標により国際比較をすることができる(第2-2-12図)。その最新のデータによれば、我が国はG7の中では最も点数が高く、制限が強い(OECD諸国中ではアイスランドに次いで2番目)。同指標は、外国人による持株制限、適格審査・認可、役員に関する制限、支店開設や土地取得などの制限といった項目から構成されるが、我が国は農林水産業、運輸業等での持株制限が点数を高める原因となっている。OECDの分析によれば、この指標が高い国ほど対内直接投資のGDP比が小さいという傾向が観察される10

経済構造に根差した部分としては、専門的人材の確保の難しさや、日本企業の経営権取得の難しさなどが指摘されている。ここでは、M&Aに対する日本企業の意識を確認しておこう。内閣府「企業経営に関する調査」によれば、自社が国内企業による友好的M&Aの対象となった場合、約4割の企業が「上場企業である以上当然」と受け止めるのに対し、約25%が「弊害が大きいため、極力回避したい」と考えている。一方、同じ友好的M&Aであっても、外資系企業による場合には、「当然」「回避したい」がいずれも3割程度であり、外資に対する回避姿勢が示されている。

  1. OECDのFDI制限指標の解説はKalinova, Palerm and Thomsen(2010)を参照。

3 資源価格・金融資本市場を通じた影響

昨今の世界経済の動きの中で、我が国への影響という点では、資源価格の高騰や急激な為替レートの変動、あるいは海外発の金融危機の伝播などは常に警戒が必要な現象である。ただし、これらは必ずしも我が国が対外開放を進めたがゆえに生じた問題とは限らない。その意味では、更なる「開国」を進めるか否かによらず対応が必要であるが、実態の把握と適切な対応を準備することで、グローバル化への懸念の払拭に資するものといえよう。

(1)交易条件と所得流出

新興国等の需要増加や投資・投機資金の流入を背景に資源価格がさらに上昇するリスクは常に念頭に置いておく必要がある。資源価格の高騰は、世界経済にとっても景気後退リスクを高めるが、特に我が国については、交易条件の悪化、所得の海外流出を通じたマイナスの影響が強く意識されている。そこで以下では、資源価格の上昇に伴い我が国の交易条件が大きく悪化するのはなぜか、それは景気にとってどう影響するのかを改めて検討する。

(我が国では資源の輸入依存度の高さが交易条件悪化の第一の背景)

最初に、2000年~2009年の間に各国の交易条件がどう変化したのかを確認しよう(第2-2-13図(1))。この間、資源価格には長期にわたる上昇と最後の局面での下落が見られたが、全体としては上昇傾向であった。したがって、資源輸出国では交易条件が改善、輸入国では悪化したと予想される。ここでは、先進国、開発途上国からいくつかの国を選んで示しているが、確かに、典型的な資源輸出国であるカナダは交易条件を大きく改善している。反対に、我が国の交易条件は韓国などとともに大きく悪化している。ブラジルは鉄鉱石などの資源輸出国ではあるが、一方で原油を輸入しており、結果として交易条件が悪化したものと考えられる。

天然資源の貿易構造と交易条件の変化の関係を明示的に調べるため、横軸に「資源感応度」、縦軸に交易条件の変化をプロットしてみよう(第2-2-13図(2))。ここで、「資源感応度」(resource sensitivity)とは、輸出に占める資源輸出の割合から、輸入に占める資源輸入の割合を控除したものとして定義され、一般に資源輸出国といわれる国ではこれがプラスの大きな値をとる。結果を見ると、カナダは右上、日本や韓国は左下に位置し、これらの国では資源感応度と交易条件の変化には明確な関係があるように見える。しかし、それ以外の国では資源感応度が小幅なマイナスを示す場合が多い一方、交易条件の変化は符号を含めてまちまちである。

このことは、交易条件の変化は資源の貿易構造だけに着目するのでは十分な理解ができないことを示している。交易条件の変化を輸出価格、輸入価格それぞれの変化に分解すると、輸入価格の上昇率が高いほど輸出価格の上昇率が高い傾向が見られる。両者のバランスが崩れて輸入価格の上昇の効果が強く現れているのが日本や韓国であるが、フィンランドやスウェーデン、シンガポールも程度の差はあれ同じような形になっている。これらの国は資源感応度のマイナス幅は小さいため、むしろ資源以外の品目の輸出構造に交易条件悪化の原因があると見られる。

(我が国の交易条件悪化のもう一つの背景にICやパソコンの輸出シェアの高さ)

そこで、交易条件が大きく悪化した国の輸出構造にはどのような特徴があるかを調べよう。比較対象としては、交易条件がほとんど変化しなかった先進国であるオランダ、我が国と似た非資源型の工業大国であるドイツを取り上げる(第2-2-14図)。

これらの国の輸出構成では機械類が多いが、特に注目すべきは価格下落が激しい電気機械、一般機械のうちパソコン関連である。我が国と北欧の2か国では、2000年時点の電気機械のシェアが2割を超えていた。そのうちフィンランドでは3割に近い状況であった。これに対し、ドイツ、オランダでは2割を下回っていた。電気機械の内訳を見ると、我が国とオランダではIC、北欧2か国では携帯電話等が中心であり、ドイツはICがやや多いものの多様化していた。

一般機械が多いのも我が国の特徴で、2000年時点で2割強であった。ドイツも一般機械は2割程度のシェアであった。これに対し、スウェーデン、オランダではやや少なく、フィンランドでは1割程度となっていた。一般機械のうちパソコン、パソコン等の部分品が多かった国は、日本とオランダであった。スウェーデンの一般機械はターボジェット、ディーゼルエンジンなど、フィンランドでは紙業用製造機械などが多く、パソコンは目立ったシェアを占めていない。

以上の観察を総合すると、輸出価格が上昇しなかった日本、伸び悩んだ北欧2か国に共通する特徴は、2000年時点で輸出に占めるICや携帯電話などの電気機械のシェアが高かったこと、我が国ではこれに加えてパソコン関連のシェアが高かったことである。これらの財では技術進歩によって急速に価格が下落したため、全体として輸出価格を下押しすることになったと考えられる。2000年代において、我が国は資源感応度のマイナス幅の大きさに加え、輸出構成面も交易条件に不利に働いたことが分かる。

(交易利得の増加は実質所得の増加を通じて民間最終消費の拡大に寄与)

我が国は資源の輸入依存度の高さ(より厳密には資源感応度のマイナス幅の大きさ)、電気機械等に偏った輸出構造などから、2000年代における交易条件の悪化が顕著であったことが分かった。交易条件の悪化は海外への所得流出をもたらし、結果として景気の下押しにつながると考えられるが、そのようなメカニズムは実際に働いているのだろうか。この点について、交易条件の変化の内需(個人消費)への影響、輸出の増加との関係を調べることで検討してみよう。

内需との関係については、OECD諸国の2001年から2009年までのデータを基に、実質民間最終消費の前年比と、交易利得の変化(実質GDP比)との関係を確認した(第2-2-15図(1))。ただし、個人消費は景気循環の影響を大きく受けると考えられることから、ここでは、個人消費の大部分はGDPに連動し、GDPの変動では説明できない部分が交易利得の変動の影響を受けるものと想定した。分析の結果は、予想されたとおり、バラツキは大きいものの、交易利得の増減と実質GDP成長率に連動する部分を除いた実質民間消費支出の変動との間には正の相関関係が存在することが分かる。

一方、資源輸入国の交易条件が悪化するような局面では、資源輸出国を始めとして世界経済の成長が高めとなっている場合が多いことから、多くの国では輸出の増加率が高まり、結果として交易条件の悪化による景気の下押し圧力を緩和、あるいは相殺する面もある。特に、電気機械のように技術進歩による価格下落が激しい輸出品については、その分数量の増加も急速となり、実質輸出の伸びが高めとなると予想される。そこで、2000年~2007年、2000年~2009年について交易条件の変化と実質輸出の増加率をプロットすると、おおむね右下がりの関係が観察され、このようなメカニズムが働いている可能性が示唆される(第2-2-15図(2))。

以上のように、交易条件の悪化は個人消費にマイナスに働く一方、資源輸出国等の支出増や輸出価格下落の効果により実質輸出を増加させることも考えられる。これが、内需不振、外需主導という我が国の体質につながった可能性はあろう。ただし、交易条件の悪化は少なくとも確実に所得流出をもたらすのに対し、実質輸出の増加は輸出相手国の反応に依存する面が強く不確実であることから、実質輸出へのプラス効果に過度に期待することはできない。いずれにせよ、交易条件の悪化リスクに対しては、資源効率の改善と非価格競争力の強化が基本的な対応であることはいうまでもない。

(2)金融資本市場の急激な変動の影響

急激な円高は景気にマイナスの影響を及ぼす。そうした円高の景気下押し効果は、一般に、輸出依存度が高い国ほど大きくなることが知られている。一層の「開国」を推し進めるなかで、為替レートの急激な変動は引き続き注意すべきリスクである。また、リーマンショック時に顕現化した、海外発の金融危機に対して国内金融システムをいかに守るかという点も課題である。こうした問題意識から、ここでは円高の動きが雇用の見通しに与える影響と、金融面におけるリスクへの備えについて検討する。

(想定為替レートの円高修正は、雇用過剰感の上昇や新卒採用の抑制につながる)

円高の動きが続いた場合の国内雇用への影響のルートとして、先行きの不透明感などから、企業の雇用に対する態度が消極的となることが考えられる。この点を調べるために、以下では、日銀短観における想定為替レートと、企業の雇用過剰感、新卒採用計画、さらには今後3年間の雇用見通しとの関係を明らかにしよう(第2-2-16図)。

円高がある程度続き、企業収益や輸出の先行きが懸念されるようになると、雇用に関連して最初に影響が生じる可能性があるのは雇用過剰感である。そこで、想定為替レートが雇用判断DIに影響を及ぼすかどうかを調べてみよう。ただし、雇用判断DIが当該業種における景況感一般によって影響を受ける部分は除いて考える。分析の結果は、製造業では想定為替レートが円高方向に動くと雇用過剰感が高まるが、非製造業ではそうした関係は明確には見られなかった。非製造業では直接的には円高でメリットを受ける業種も少なくないため、関係が見られなかったと考えられる。なお、同様の分析を雇用過剰感ではなく雇用者数で行うと、製造業でも影響は検出されなかった。これは、円高が定着しそうだと考える企業は、実際の雇用に手を付けるのではなく、生産の調整を行い、結果として雇用に過剰感が生ずるためと推察される。

もっとも、過剰感が高まるだけで将来の雇用者数にまったく影響しないのも不自然である。この点を確認するため、製造業について、想定為替レートと新卒採用計画の関係を調べてみたところ、想定為替レートが1円円安(円高)となると、新卒採用計画が前年度比で1%程度増加(減少)することが分かった。現在の雇用者を削減するとなると調整コストは大きいが、新卒採用の修正はほとんどコストがかからないため、為替レートの想定に応じて柔軟に修正する様子が理解できる。

(海外売上高比率を高めても円高の雇用見通しへの影響は拡大せず)

次に、より長い期間の為替レートの展望が雇用に与える影響を見るため、将来の為替レートの見込みと3年後の雇用見通しの関係を、クロスセクションデータを用いて調べてみよう。ここでは、製造業の中での加工型と素材型の違い、海外売上高比率の大きさによる影響の違いについても検討する(第2-2-17図)。

まず1年後の想定為替レートと現在の採算為替レートとの差(以下、「為替レート見込み」という。)と3年後の雇用見通しとの関係を製造業で確認すると、円高の為替レート見込みは雇用見通しにマイナスの影響を及ぼすことが分かる。これを加工型の企業と素材型の企業に分けて見ると、加工型では為替レートの影響が大きくなる一方、素材型では明確な関係が認められなくなる。これは、加工型の企業は、素材型に比べ、生産額に占める輸出の割合が高く、円高のマイナスの影響を受けやすいことが理由と考えられる。

また、輸出を伸ばしグローバル化を進めることは、より為替レートの影響を受けやすい経済体質になってしまうという批判もある。このことを確認するため2010年度の「企業行動に関するアンケート調査」を用いて、海外売上高比率が中央値よりも高い企業と低い企業に分けて、為替レート見込みと雇用見通しの関係を調べてみよう。まず、全回答企業で見ると、円安予想の企業の方が、円高予想の企業に比べ雇用見通しが高い結果となっており、前の分析と整合的な結果であった。次に円高を予想している企業について、海外売上高比率が中央値よりも高い企業と低い企業に分けて雇用見通しの違いを見ると、海外売上高比率が低い企業の雇用見通しはマイナスであるのに対し、海外売上高比率が高い企業の雇用見通しはプラスとなっている。この分析結果からは、輸出を伸ばし海外売上高比率を高めることは、必ずしも為替レートの悪影響を受けやすい結果につながるわけではなく、むしろ為替レートの悪影響をカバーし得ることが分かる。

以上から、円高基調の定着は想定為替レートにおける円高予想の強まりを通じ、将来の雇用見通しに悪影響を及ぼす可能性があるということ、他方で海外売上高比率を高め、より一層のグローバル化を進めることは、必ずしも円高による悪影響を拡大させることにはならないことが示唆される。

(金融機関の自己資本増強等を通じた金融システムの安定性確保が課題)

2008年のリーマンショックは、金融面を通してグローバルに実体経済を含め大きな影響を与えたことが記憶に新しい。これを受けG20サミット11において再発防止の議論がなされ、そこで合意・了承された内容を基に、バーゼル銀行監督委員会が、銀行の自己資本と流動性に係る国際的な基準の詳細を示す基準(以下、「新BIS規制」)を取りまとめた。具体的には、普通株等Tier112(コアTier1)導入など自己資本規制が強化されたことに加え、流動性カバレッジ比率13の導入など流動性規制も強化されたことが特徴である。この新BIS規制は、2013年から2019年までの期間に段階的に導入される予定である。ここでは、新BIS規制の自己資本基準をメルクマールとして、我が国金融機関における金融リスクへの対応力の状況を把握しておきたい(第2-2-18図)。

まず我が国、アメリカ及び欧州の主要行における普通株等Tier1比率について確認する。それによれば、我が国において2009年時点では普通株等Tier1比率(含む資本バッファー14)の最終的な所要値(7%)に達していなかったが、2010年時点では資本増強等が進められたことから所要値を大きく上回っている。アメリカ、欧州についても同様である。ただし、普通株等Tier1の計算方法に一部裁量の余地があることから、こうした結果は幅を持って見る必要がある。

これは国際業務を行っている主要行に絞った結果である。この種の議論では、むしろ、それ以外の幅広い範囲の銀行における自己資本の分布状況がしばしば問題となる。ここでは、地方銀行(第二地方銀行を含む)における通常のTier1比率を用いて、この点の確認を行った。その際、現時点では国内業務を行う銀行に求めるTier1比率の基準は未定であることから、やや厳しめになる可能性もあるが、国際業務を行う銀行に求めるTier1比率を基準として用いた。その結果、2013年から2019年にかけて段階的に強化される新BIS基準のうち、開始時点基準(2013年:4.5%)はほとんどの銀行が満たしているが、最終的な基準(2019年:8.5%、含む資本バッファー)となると4割以上が満たしていないことが分かる。

国際業務を行う主要行については、自己資本増強等を通じてリスクへの対応がある程度進んでいる。しかし、その他の銀行の中には経営体力の差が大きいこともあり、現時点ではリスクへの対応力が十分でない銀行も存在する。内外の金融資本市場の連動性が高まるなかで、こうした銀行の資本の充実も含め、金融システムの安定性の確保を図っていくことが重要である。

  1. 2009年9月のG20ピッツバーグ・サミットにおいて、「金融システムの強化」を図るため、国際的に合意されたルールを2010年末までに策定することにコミットした。
  2. 主に普通株、内部留保で構成する自己資本。優先株、繰延税金資産等を含めることができる通常のTier1に比べ、より資本の条件が厳しくなっている。
  3. 保有する適格流動資産(現金、国債等、ストレス下でも市場から流動性を調達できる資産)の、一定期間(30日間)に必要となる流動性に対する割合。
  4. 資本バッファーとは、Tier1比率、普通株等Tier1比率に対する所要値に上乗せして、ストレス時に取崩し可能な資本の保有を求めるもの。資本バッファーが基準(2019年時点で自己資本に対して2.5%以上)を下回る場合、配当、賞与等の社外流出に制限が課される。
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