第2章 新たな「開国」とイノベーション 第3節

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第3節 グローバルな知識経済化への対応

前節では、貿易や投資などの面での一層の「開国」が国内経済に及ぼす影響を論じたが、中長期的な観点から本質的なメリットとして考えられるのは、生産性の向上であった。しかし、「開国」による生産性の上昇が、単なる雇用の削減による労働生産性の上昇に終わるのであれば縮小均衡に陥る。従来の製品やサービス、市場や生産の仕組みなどに対し、新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出すこと、すなわちイノベーションを通じた生産性の向上こそが、新興国の台頭、知識経済化が進むなかで、我が国に求められている。こうした問題意識から、我が国の貿易構造の進化を諸外国との対比で評価するとともに、研究開発その他の無形資産を巡る課題の抽出を試みる。

1 貿易構造の進化

新興国の台頭や知識経済化の流れは、先進国の貿易構造に大きな影響を及ぼしつつあると考えられるが、そうしたなかで我が国の位置付けはどう変化しているのだろうか。ここでは、我が国において高所得国型の貿易構造へのシフト、あるいは知識集約的な財・サービスへのシフトが生じているのかどうかを中心に検討する。

(1)所得水準と貿易構造

貿易構造の変化についての基本的な見方として、経済発展とそれに伴う所得・賃金水準の向上が素原材料から機械機器等の高度な製品へと比較優位を進化させるというものがある。しかしながら、レオンチェフパラドックス15を想起するまでもなく、これは必ずしも自明なことではない。以下では、「所得の高い国が多く輸出している財、サービスは何か」を整理した上で、我が国を含む主要国の輸出構造の変化の特徴を考えてみよう。

  1. 資本に比較優位を持つと考えられるアメリカが、輸出において資本集約的な財より労働集約的な財の方が多かったという逆説。国ごとの労働力の異質性や、技術水準の違いなどが逆説の要因として考えられる。

(我が国では化学関連、鉄鋼など原料別製品の輸出シェアが上昇)

我が国の輸出の主力はいうまでもなく電気機械や輸送用機器であり、2000年代を通じてそれらの輸出の増加が景気をけん引したことは記憶に新しい。それでは、その結果、こうした機械類の輸出に占めるシェアは一段と高まっているのだろうか。また、他の先進国では同じような傾向が見られるのだろうか。この点について、財輸出の品目別シェアを大括りの分類で見ることで調べてみよう(第2-3-1図)。

我が国の財輸出においては、予想されたように、機械及び輸送用機器が6~7割程度と圧倒的なシェアを占めている。これに次ぐのが鉄鋼などの原料別製品、化学関連製品であるが、これらを合わせても2割程度にしかならない。過去からの変化に着目すると、2009年はリーマンショック後の自動車等の輸出激減の影響に注意が必要であるが、その点を割り引いたとしても、機械及び輸送用機器のシェアは緩やかな低下傾向となっている。逆に、原料別製品や化学関連製品のシェアはわずかながら高まっている。我が国を除くOECD諸国の平均的な輸出構成では、機械及び輸送用機器のシェアは3割程度であり、大分類で見て多様な種類の財が輸出されていることが分かる。原料別製品や化学関連製品はもちろん、鉱物性燃料、食料及び家畜なども無視し得ないシェアを占めている。時系列的には、機械等のシェアはほとんど変化していない一方、化学関連や鉱物性燃料が上昇、原料別製品、雑製品等が低下する形となっている。

以上の観察から、我が国の輸出は他のOECD諸国の平均と比べると機械等に偏っているが、共通する特徴として、化学関連のシェアが上昇傾向にあることが分かった。このほか、我が国では原料別製品、他のOECD諸国では鉱物性燃料などがシェアを高めている。一方、機械等は我が国ではシェアが低下、他のOECD諸国でも横ばい圏内である。こうした動きを説明する要因として、まず考えられるのは価格の変動である。すなわち、この間、原油等の資源価格が上昇した半面、技術進歩によって電気機械等の価格が相対的に下落したことが名目ベースの輸出品目のシェアを変化させた面が大きい。しかしながら、リーマンショック後の資源価格の下落にもかかわらず化学の関連のシェアが上昇していることなど、必ずしも価格面だけでは説明できない動きがあることにも注目すべきである。

(韓国や中国の財の輸出構造は大括りの産業分類ではいまや高所得国型)

以上は先進国の中での比較であるが、次に、開発途上国を含めた幅広い国の輸出構造を分析し、その中での我が国の位置づけと変化を調べよう。そのため、まず、「所得の高い国が多く輸出している財は何か」を捉える指標として、「輸出品目の所得要素」(PRODY指標)を算出する(第2-3-2図(1))。次に、こうして得られた指標を、各国の輸出ウエイトで平均することで、その国の「輸出の所得要素」(EXPY指標)を算出する16第2-3-2図(2))。この指標を見ることで、各国の輸出構成が高所得国型にどの程度近づいているかを調べることができる。

「輸出品目の所得要素」を算出する際の「所得」としては、我が国を100としたときの一人当たり実質GDP(購買力平価ベース)を用いる。なお、開発途上国まで含めると世界の平均的な一人当たり所得は我が国と比べてかなり低くなるため、指標の値はいずれも100を下回ることになる。試算結果を見ると、当然ながら機械及び輸送用機器の所得要素が一貫して高く、高所得国から多く輸出されていることが分かる17。また、食料や原材料などは所得要素が低く、低所得国の典型的な輸出品目である。鉱物性燃料は所得要素が比較的高いが、これは、資源輸出国はそれゆえに所得が高くなるという因果関係も反映していると見られる。一方、医薬品を含む化学関連はすう勢的に所得要素が高まっており、高所得国の新たな得意分野になっていることが分かる18

これを基に主要国の「輸出の所得要素」を求めると、我が国の「所得要素」は極めて高く、「高所得型」の輸出構造であることが確認される。先に見たように、我が国の輸出品目は機械類に偏っているが、開発途上国も含めると機械類は高所得国が得意とする典型的な分野だからである。しかしながら、時系列的な変化に着目すると、他の主要国の輸出の所得要素も我が国の水準に近づいていることが分かる。特に、韓国は2000年代には我が国とほとんど同水準に達している。また、中国のキャッチアップは急速で、最近ではドイツに並ぶ水準となっている。したがって、財について大括りの産業分類で見た場合、中国や韓国の輸出構造はすでに「高所得国型」であり、我が国としては別の面での特徴を見出していく必要があるということになろう。

  1. PRODY、EXPY両指標については、Hausmann, Hwang and Rodrik(2005)参照。
  2. 機械類の中では、金属加工機械、その他一般機械等の所得要素が特に高い(高所得国が多く輸出している)。
  3. 化学の中で所得要素の高い品目は、医薬品、その他プラスチック(チューブ、フィルム等)などである。このうち医薬品はホルモン、血清・ワクチン等を中心に2000年代に一段と所得要素を高めている。

(サービス貿易が「高所得国型」である度合いでは我が国は中程度)

我が国は財に関しては「高所得国型」の輸出構造であるが、韓国にはキャッチアップされ、中国が急速に追い上げるなど、機械類に強いというだけで目立った特徴を失いつつある。それでは、我が国の貿易構造はサービス分野ではどう位置づけられるのだろうか。ここでは、「輸出品目の所得要素」が特に高いサービスを選び、それらの比較優位を調べることとする(第2-3-3図)。

2008年の時点で「所得要素」が特に高いサービスは、上から順に、金融サービス、特許等使用料、コンピューター・情報関連サービスである。これらを「高所得国型サービス」と呼ぼう。その上で、G7及び韓国、中国、インドについて「高所得国型サービス」の貿易特化指数を求めた。貿易特化指数とは、純輸出を輸出と輸入の合計で除したものであり、大きいほどその品目に比較優位があるということになる。結果は、インドが最も大きく、英国、アメリカがこれに次ぐ姿となった。我が国はこれらの諸国の中では中程度であり、サービス貿易の規模はGDP比で小さいものの、その構成はどちらかというと高所得型になっている。一方、韓国、中国はこれらのサービスでは輸入超過であり、財の輸出で見られたような貿易構造のキャッチアップは生じていない。

この分析でインドが「高所得型」サービス輸出国となったのは、コンピューター・情報関連サービスの輸出に強みを持っているからである。先進国企業がソフトウェア制作等のアウトソーシング先としてインドを選択している状況を反映したものである。また、英国は金融サービス中心であり、アメリカは特許使用料等の輸出シェアが比較的多い。我が国は特許使用料等にはかなりの強みを持つが、その他の分野では競争力が乏しく、結果として貿易特化指数がプラスながら低めの値となったと考えられる。

(2)貿易構造の知識集約化

一般に、経済発展に伴って資本が蓄積され、諸外国と比べて国内の資本集約度が高まると、輸出品も労働集約財から資本集約財へとシフトすることが考えられる。それでは、資本集約化が進んだその先には何があるのだろうか。一つの答が知識集約化であり、それに伴う知識集約財の輸出の増加である。この点について、研究開発やブランド、創造性といった側面に着目して検討しよう。

(我が国の研究開発集約財に対する比較優位は低下)

最初に、研究開発(R&D)集約的な業種について調べよう。その方法として、ここでは、研究開発費が総固定資本形成に占める割合が高い業種を選ぶこととする。基にしたデータは、日本、アメリカ、ドイツのものである。その結果、上位3業種(29業種中)は、医薬品、医療機器・光学機器等、鉄道関連機器等となるが、これらの業種が生産、輸出する財を典型的な「R&D集約財」とみなすことができる。

それでは、こうして定義したR&D集約財に比較優位を持つ国はどこだろうか。OECD諸国のうち相対的に所得水準の高い20か国について、R&D集約財の貿易特化指数を比較してみた(第2-3-4図)。その結果は、2000年、2009年とも、アイルランド、デンマーク、スイス、スウェーデンといった諸国が上位に並んでいる。我が国も2000年時点では特化指数がプラスで比較的上位に位置し、R&D集約財に一定の競争力があることが分かる。しかし、2009年には輸入超過になっており、新型インフルエンザの流行で医薬品の輸入が急増したことの影響を勘案する必要はあるが、比較優位が低下した可能性がある。

以上は「R&D集約財」を上位3業種に絞った結果であるが、このほかにも研究開発に重点を置いている業種は少なくない。例えば、上位3業種に続く業種としては、事務用機器等、航空機類、その他輸送用機器などが挙げられる。このような業種に範囲を広げれば、我が国のR&D集約財に対する貿易特化指数は高くなると考えられる。ただし、我が国が高い輸出競争力を持つとされる自動車等は、研究開発費比率では29業種中9番目であり、その膨大な設備投資に比べると研究開発費はそれほど大きくない点にも注意が必要である。

(我が国はマーケティング主導型財の輸出割合は低め)

次に、ブランドが重視される財について考える。ブランドを構築するには、質の高い製品を生産して市場の信認を得ることが基本ではあるが、積極的なブランド戦略にとっては広告に代表されるマーケティングの活用が有効である19。そこで、売上高に占める広告費の割合が高い業種がブランドの構築に特に熱心であると想定しよう。この方法で選ばれた上位3業種は、革製品等、家具類、アパレルであり、これらが生産、輸出する財をマーケティング主導型財と定義する。なお、これらに続いて広告費割合の高い業種は、印刷関連、繊維製品、コンピューター・電子機器となっている。

ここで注意が必要なことは、大部分の先進国について上記のように定義されたマーケティング主導型財の輸出特化指数を算出すると、マイナス、すなわち輸入超過となることである。その理由は、革製品や家具、アパレルといった商品は、実際には中国等の新興国、開発途上国で生産され、そこから先進国に輸出されるケースが多いためである。こうしたケースでは、新興国等が先進国ブランドの商品を現地生産している場合もあるが、普及品が圧倒的に多いと考えられ、本来の意味でのマーケティング主導型財ということはできない。このような問題を回避するためには、比較的所得の高いOECD諸国に限定した上で、貿易特化指数ではなく、輸出に占めるマーケティング主導型財の割合に着目する必要がある(第2-3-5図)。

その結果を見ると、イタリア、デンマーク、スペインなどが上位に位置し、高所得先進国の中でもブランド力を競争の源泉とする財に強みがあることが分かる。これに対し、我が国は下位にあり、この分野では比較優位に乏しいことが推察される。2000年、2009年のいずれの時点でも、こうした傾向は変わらない。ただし、広告費割合の高い業種の6番目にコンピューター・電子機器があり、マーケティング主導型財の範囲をより広く捉えるならば、ここまで極端な結果にはならないと考えられる。

  1. マーケティングは、価値を創造、伝達し、顧客に届ける活動であり、研究開発と同様に知的なインプットが多い(知的集約的)と考えられる。

(我が国の創造的サービスの輸出シェアはわずか)

サービス貿易においては、前述のような「高所得国型」の品目(金融サービス、特許等使用料、コンピューター・情報関連サービス)はいずれも知識集約的であることが推察される。その意味では、我が国は特許等使用料に強みがあるが、それ以外では弱く、全体として中程度に知識集約的であるということができる。ここでは、こうした見方に加えて、「創造的サービス」の概念を用いてサービス輸出の知識集約化を計測してみよう。

UNCTADによれば、「創造的サービス」には広告・市場調査・世論調査、研究開発、建築・エンジニアリング・その他の技術サービス、対個人・文化・娯楽サービス、視聴覚・同関連サービスなどが含まれる。これらは、知的な活動を投入して新たな価値を生み出す活動であるという点で共通の特徴を持っていると考えられる。そこで、比較的所得の高いOECD諸国について、「創造的サービス」が輸出に占める割合を見てみよう。ただし、UNCTADのデータベースでは欠損値が多いため、主要国のデータが比較的揃う対個人・文化・娯楽サービス、視聴覚・同関連サービスに限定して検討する(第2-3-6図)。

対個人・文化・娯楽サービス、視聴覚・同関連サービスともに、総じて見るとサービス輸出全体に占める割合は非常に小さい。そうしたなかで、前者ではカナダ、アメリカ、オーストラリア、後者ではカナダ、アメリカ、英国で相対的に割合が高くなっている。これらの諸国はいずれも英語圏であり、文化的、あるいは視聴覚的なサービスの貿易に対する障壁が低いことが考えられる。これに対し、我が国は極端に低い値となっているほか、ドイツでも低めとなっており、言語的に孤立していることがハンディとなっている可能性がある。ただし、ノルウェーやイタリアが中位に位置するなど、それだけでは説明できない部分もあり、今後のこの分野での我が国の可能性についても悲観的に考えるべきではなかろう。

2 グローバル化と研究開発

前述のような貿易構造の進化、それに伴う国内産業の高度化を支える要素で、最も重要なものの一つが技術の進歩である。科学技術には程度の差はあれ、対価なしに他国へスピルオーバーする性質があり、「開国」自体がそうしたメリットの獲得機会を拡大する側面もある。一方で、知識経済化を巡る世界的な競争の激化もあり、各企業が自ら研究開発を進める意義も引き続き大きい。こうした取組に加え、昨今、注目を浴びているのが海外との連携を含めたオープンイノベーションである。そこで、我が国企業の研究開発について、国際的な連携に関する課題を考えよう。

(1)研究開発の効率性と技術の国際連携

第1節で概観したが、先進各国はイノベーション活動にしのぎを削っているが、その成果を効率的に獲得するためにグローバルな連携が進んでいる。こうしたなかで、我が国は技術面での国際化が遅れているとの指摘があるが、実際にはどうなっているのだろうか。以下では、研究開発効率と技術の国際的連携の関係を見た上で、諸外国と対比した我が国の位置付けを確認する。

(我が国の研究開発の効率性は低下)

我が国の民間企業が研究開発費を多く支出していることはよく知られており、2008年時点でGDP比2.7%に達し20、アメリカやEU平均を上回っている。しかしながら、このような高水準の研究開発支出が十分な成果につながっているかどうかは別問題である。研究開発の成果は、まず特許件数に現れる可能性があるが、単純な特許件数というより質の高い特許を保有できるかが重要である。その「質」は、経済効果という点では付加価値の増加に寄与したかどうかで測るべきである。このように考えると、結局は、研究開発費の大きさに対応して付加価値がどの程度となったかを調べればよい。

こうした考え方を基に、主要国について、過去における研究開発費の支出の累積に対する現在の企業部門の付加価値で定義される「研究開発効率」を試算してみよう(第2-3-7図(1))。その結果、我が国の効率はすう勢的に低下し、最近では主要国の中でも特に低い水準にあることが分かる。長期的には、英国以外は総じて低下傾向であるが、我が国と比べると相対的に安定していると見ることもできる。

我が国における研究開発効率の低下には、研究開発自体の在り方の問題というより、バブル崩壊後の経済成長率の低下の背景となっている多様な要因が影響している可能性がある。そうした点を留保した上での仮説であるが、イノベーションの方法がグローバル化の成果を十分に取り入れていないという課題もあるのではないかと考えられる。すなわち、技術の「自前主義」に陥らず、不得意な技術は企業の外部、とりわけ海外の先進企業等から調達することで、効率化できる余地があると考えられる。例えば、「海外で発明された特許の保有割合」が高い国は研究開発効率が高い場合が多いことは、こうした仮説が妥当している可能性を示しているといえよう(第2-3-7図(2))。

  1. 公的部門による支出分を含めるとGDPの3.4%。

(特許保有のグローバル化は低調)

日本の技術が世界の最先端を走っているとすれば、効率が多少悪いとしても、あえて海外特許を保有する必要はないとの見方もできる。しかし、実際には分野によっては海外の方に優位がある場合も多いはずである。また、もし日本の技術に最先端で商業価値の高いものが多いならば、海外企業による日本の特許の保有が多くなってもよいが、事実はそうなっていない。すなわち、海外特許の国内保有、国内特許の海外保有ともに、我が国は諸外国と比べて低調である。その背景について、直接投資との関連で考えてみよう。

特許の保有を通じた国際的な技術連携は企業にとって重大な選択であり、まったく関係のない企業間よりも、資本提携などの形で一定の関係のある企業間で行われやすいと考えられる。代表的な例として、海外子会社が行った発明を親会社が保有するケースが想定される。そうだとすれば、対外直接投資のストックが積み上がるにつれ、こうした形での海外特許の保有が増加することが見込まれる。そこで、海外特許の国内保有割合に対しては対外直接投資残高のGDP比、国内特許の海外保有割合には対内直接投資残高のGDP比を対比させながら図示した(第2-3-8図)。

結果を見ると、いずれの組合せについても正の相関が認められ、上記のような推測が妥当性を持つことが示唆される。また、我が国はいずれの図においても傾向線より下に位置する。すなわち、我が国の特許面でのグローバル化は投資開放度から推測されるよりも遅れた形となっている。我が国企業の研究開発は「自前主義」といわれることが多いが、海外との交流の乏しさという意味でも「自前主義」が貫徹されているといえよう。

(企業間の技術提携や科学論文の国際的な共著でも低調)

技術面での国際連携は、海外特許の保有という形のほかにも考えられる。ここでは、二つの指標を取り上げよう(第2-3-9図)。一つは、企業間の技術移転や共同研究などの幅広い技術の提携、もう一つは、基礎研究を含めた科学研究における連携を示す指標として、第1節で全体的傾向を見た科学論文における共著である。

まず、企業間の新規の技術提携件数であるが、この指標は内外の提携を区別はしていない。例えば、「アメリカ企業」とあるのは、アメリカ企業(本社がアメリカにある企業)どうしの提携と、アメリカ企業と海外企業との提携の両方を含んでいる。その意味では、広くオープンイノベーションの度合いを示している。この指標の推移からは、日米欧の企業の動向が大きく異なっているのが分かる。アメリカ企業は過去30年近くにわたって新規の技術提携を増加させてきた。欧州企業の提携は90年代にはいったん停滞したが、2000年代になると大きく伸びてきた。我が国でも、2000年代には緩やかな増加傾向が見られるが、長期的な基調としては横ばい圏内となっている。

科学論文の国際的な共著については、欧州勢の活動が目立っている。フランス、ドイツ、英国などで論文の半分程度が国際的な共著である。これに対し、アメリカは3割程度とやや低めである。一方、我が国はさらに低く、中国とほぼ同水準の25%程度となっている。欧州は域内各国の地理的な近接性が共著を盛んにしているのに対し、アメリカは国内の研究資源に十分な厚みがあり国際連携の必要性が薄いと考えられる。研究者数などの研究資源では我が国も一定の厚みを持っているが、科学研究における国際的連携にはさらに拡大の余地がありそうである。

コラム2-4 ISO幹事国の配分状況

研究開発投資の効率改善という観点から、しばしば指摘される課題の一つに、国際標準化に対する戦略的な対応がある。WTO加盟国では、政府調達基準を作成する際、原則として国際規格を基礎とすることが義務付けられており、その設定において主導権を握ることで、自国の研究開発の結果が市場での成果に結びつきやすくなる。

それでは、国際標準の設定に関して、我が国はどの程度の主導権を発揮できているのだろうか。国際標準を巡る交渉は様々な領域、方式で進められており、各国のパフォーマンスを総合的に把握することは難しいが、ここでは代表的な国際標準化機関であるISO(国際標準化機構)における国際幹事引受数のシェアを見ることで、同機関でのプレゼンスについて確認する(コラム2-4図)。国際幹事国は各技術分野の標準化作業において、会議資料やドラフト作成等を担う事務局としての役割を果たす。よって国際幹事を引き受けることは、標準化のための規格策定における議論において、主導権を発揮することにつながると考えられ、そのシェアはISOにおけるプレゼンスを示す指標として利用できると考えられる。

それによれば、2000年、2011年とも、ドイツとアメリカが圧倒的な強さを示している。その後、英国、フランスと欧州勢が続いている。欧州については、幹事国シェアが高いことに加え、規格決定等の投票時には欧州各国で協調することが多く、その意向が結果に反映されやすいとの指摘もある。一方、我が国は2000年時点では4%弱と低いシェアであったが、2011年には8%弱にまで急速にシェアを高め、英仏に次ぐ5位となっている。2006年に「国際標準化戦略目標」を掲げ、国際標準化活動への取組を強化したことが成果として現れつつあるといえよう。なお、この間、中国のプレゼンスが急速に高まっている点も注目される。

(2)我が国企業におけるイノベーションの国際連携の実態

我が国企業は全体として見ると、技術面での国際連携が相対的に遅れているが、一方で海外進出に積極的な企業は増えており、そうした企業を中心に海外企業と共同研究開発などが進んでいる可能性がある。そこで、海外進出に積極的な企業に焦点を当て、イノベーションのグローバル化がどの程度進みつつあるかを調べてみよう。

(海外進出企業で高いイノベーション実現率)

ここでは、文部科学省「全国イノベーション調査」(第2回、2010年)を用いて、企業活動のグローバル化がイノベーションに好影響を及ぼしていることを確認し、その背景について、海外との共同イノベーション活動の状況を明らかにすることで考えてみたい(第2-3-10図)。同調査では、国際的な基準(オスロマニュアル)に基づいて、企業のイノベーション活動を「革新的な製品・サービス又は業務の改善を目的としたプロセスの開発に必要とされる設計、研究開発、市場調査などの取組」と定義している。

企業活動のグローバル化の効果は、海外進出の有無によるイノベーション実現率を見ることで把握できる。イノベーション実現率は製造業で高いなど業種によりバラツキが大きい。そこで、業種別の実現率を、海外進出をしている企業としていない企業のグループに分けると、ほとんどすべての業種について、前者の実現率が後者を上回ることが分かる。ただし、イノベーションに積極的で生産性が高い企業が海外に進出しやすいという逆の因果関係が働いている面も十分考えられる。なお、同調査では、回答企業の半数がイノベーション活動を「実施」しており、その大部分がイノベーションを「実現」している。したがって、「イノベーションの実現率」は「実施率」とほとんど同義であり、海外進出企業はイノベーションを積極的に行っていると読み替えることができる。

一方、自社以外の組織との共同イノベーション活動の相手方として多いのは、国内外を問わず、顧客又はクライアント、供給業者である。いずれの場合も相手方は国内企業が多いが、顧客又はクライアントでは相対的に海外も少なくない。すなわち、海外との共同イノベーションで多いと考えられるパターンは、海外の販売先との連携である。これに対し、大学やコンサルティング、研究機関などは、そもそも共同イノベーションの相手となる割合も高くないが、国際提携の割合は特に低い。こうした事実を前述の結果と合わせて考えると、海外に進出した企業はその販売先との共同イノベーション活動に入りやすく、それがイノベーションの実現率を高めている可能性もあろう。

(外資系企業との共同研究を重視する企業が増加)

我が国企業においても、海外との連携を含め、自社以外の組織との共同イノベーションを一定程度実施していることが分かった。次に、共同研究等に対する重要性が高まっているのかについてやや詳しく調べてみよう。ここでは、内閣府「企業経営に関する意識調査」の結果を基に、全サンプルと海外進出に積極的な企業だけを取り出したサンプルとについて、共同研究等に対する意識を集計する(第2-3-11図)。

その結果、第一に分かる点は、国内外を問わず、5年前と比べると現在は共同研究等に対する重要性が高まったと見ていることである。全サンプルの集計結果に着目すると、国内企業との共同開発、外資系企業との共同開発、海外拠点での研究開発のいずれについても、現在重要と考える企業の割合は5年前の2倍前後となっている。特に、外資系企業との共同研究が重要になったと考える企業の割合は、5年前と比べて現在では2倍を大きく上回っており、国内企業との研究開発の約半分に達している。

海外進出に積極的と回答した企業に絞ると、共同研究の重要性が一層強く感じられている。当然予想されるように、こうした企業では、外資系企業との共同開発、海外拠点での研究開発が重要と考える割合が全サンプルと比べて顕著に高い。海外拠点での研究開発では、特に、「非常に重要」との回答が現在時点では1割を超えている。ところで、こうした回答に関しても、海外に進出する企業はもともと研究開発集約的で共同開発にも積極的な企業が多いというバイアスが存在する可能性がある。確かに、これらの企業は全サンプルとの対比で、国内企業との共同開発を重要と考える割合が高い。しかし、その差は大きなものではなく、5年前については差がないことから、そうしたバイアスは小さいと考えられる。

3 無形資産の重要性

国際的に見ると、我が国企業の研究開発費の規模は大きいが、その反面、効率性を高める余地が残っており、技術面での国際連携が課題であることを示した。しかし、生産性を高める効果のある活動は、研究開発に限定されるものではない。ブランドの構築21、経営組織の改善、さらには教育訓練による人材の質向上なども広い意味でのイノベーション活動に含めて考えることができる22。知識経済化が進む今日では、有形資産のほかに、こうした活動が蓄積された「無形資産」の重要性が国際競争場裏においても増している。以下では、「無形資産」の現状から、我が国経済の課題を抽出してみよう。

  1. ブランドの構築に関し、オスロマニュアルでは、基本的には新たなマーケティング活動手法の開発のみがイノベーション活動に含まれるとしている。しかし、ブランドの構築が商品に対するイメージや機能に関する情報を付加し、あるいは販路を開拓することなどを通じ、新たな価値を生み出すという点に着目すれば、一種のイノベーション活動と考えることができる。
  2. 研究開発以外の項目を含む無形資産ストックの蓄積がマクロ的な労働生産性の上昇につながることを実証的に示した研究として、Roth and Thum(2011)がある。同研究では、Innodriveプロジェクト(後述)の無形資産ストックを含む欧州諸国のパネルデータを用いている。

(1)無形資産投資の推計

無形資産をマクロ的に捉えることは、基礎データの制約から容易ではないが、近年の無形資産に対する世界的な注目の高まりもあって、先進各国で様々な推計が試みられるようになっている23。ここでは、先行研究の成果を踏まえ、我が国における無形資産投資を推計するとともに、諸外国との比較を行う。

  1. 我が国の無形資産の推計事例(政府部門を含む)は、Fukao, Miyagawa, Mukai, Shinoda and Tonogi(2008),宮川・金(2010)等を参照。ここでの推計は、基本的にはこれらの方法に準拠した上で、国際比較を意識して民間企業だけを抽出するとともに、一部推計項目の追加や推計期間の延長を行っている。

(我が国企業の無形資産投資は付加価値の1割強)

研究開発などのイノベーション活動に必要な経費の多くは、人件費や委託費などの形で支出され、通常は中間消費として扱われる。しかし、これらの支出の効果は、形のある設備投資と同様に、時間をかけて生産力として顕在化する。そこで、設備投資のフローが蓄積されて有形固定資産というストックが形成されるのと同様に、研究開発費などのフローが蓄積されて無形資産が形成されると考えることができる。

無形資産の範囲については、ここでは、アメリカにおける代表的な研究で、その後の様々な試算が準拠しているCorrado, Hulten and Sichel の一連の研究24(以下、CHS)に基づき、企業部門を対象とし、「情報化資産(computerized information)」「革新的資産(innovative property)」「経済的競争能力(economic competencies)」の三つに大別する(第2-3-12図(1))。「情報化資産」は、ソフトウェア、データベースが該当し、その一部は既存の「国民経済計算」でも資本ストックとして計上されている。「革新的資産」は、(自然科学的な)研究開発ストックのほか、鉱物資源探査、著作権・ライセンス、その他の製品開発・デザイン・研究のストックなどが含まれる。「経済的競争能力」は、ブランド資産(マーケティング関連支出25のストック)、企業特殊的人的資本、組織構造(組織改革のストック)などをカバーする。

これらの無形資産について、まず、フローの投資額を推計しよう(第2-3-12図(2)(3))。その結果、名目、実質のいずれでも、2007年時点で民間企業部門の(伝統的な)付加価値(GDP)の1割強を占めていることが分かる26。その特徴は次のとおりである。第一に、2007年時点の内訳では「革新的資産」への投資が過半を占め、残りがほぼ半分ずつで「情報化資産」「経済的競争能力」への投資である。第二に、80年代以降、2000年頃までの伸びを主導したのは「情報化資産」への投資であった。第三に、80年代以降の推移を見ると、名目では無形資産投資のGDP比は一貫して上昇傾向にあるが、実質では2000年代に入って横ばいとなっている。

以上で推計した投資額から減価償却分を控除した上で累計すると、無形資産ストックが得られる(第2-3-12図(4))。ただし、推計技術上の理由から、90年以降の結果のみを示している。それによれば、2007年時点で実質ベースでは民間企業のGDPの36%程度(2000年価格で190兆円強)となった。その内訳は、フローで見る以上に「革新的資産」のウエイトが高くなっている。また、フローの場合と同様に、2000年代に入るとストックのGDP比は頭打ちとなっている。

  1. Corrado, Hulten and Sichel(2005),同(2006),同(2009)。推計対象は農業を除く企業部門。
  2. 広告宣伝費、市場調査費など。ただし、市場調査費はブランド資産のための支出とは区別して整理する考え方もある。
  3. 無形資産の形成のための支出を投資とみなすと、その分だけ付加価値が増加するので、本来はGDP概念も見直す必要があるが、便宜的に通常の民間企業GDPを用いた。なお、2007年時点の民間企業部門の名目GDPは約472兆円(日本全体のGDP約516兆円の9割強を占める)。

(有形資産投資を依然下回る我が国の無形資産投資)

名目ベースでは無形資産投資のGDP比が上昇傾向にあることが分かったが、有形資産投資と比べたときの規模、推移はどう評価されるだろうか。無形資産、有形資産への投資の付加価値に対する割合(いずれも民間企業部門)について、先行研究に基づくアメリカの推計結果(CHS)との対比も交えつつ検討する(第2-3-13図)。

まず明らかなことは、有形資産投資が長期的に伸び悩んでいるのに対し、無形資産投資は着実に増加している点が、日米共通の特徴である。いずれの国でも企業の投資活動において無形資産が重視されてきたといえよう。ただし、我が国では依然として有形資産投資のウエイトが高いのに対し、アメリカでは2000年にほぼ同水準となった後は無形資産が有形資産を上回る形となっている。ITバブル崩壊の影響が有形資産投資を大きく落ち込ませたという点は割り引く必要があるが、それ以前の90年代において、アメリカでは、ソフトウェア投資や企業の組織改革が急速に進んだことが背景にある。アメリカ企業のこうした投資行動が、情報技術の発達を生産性上昇に結び付けたことはよく知られている。

もう一つの特徴は、両国とも、有形資産投資が大きく変動しているのに対し、無形資産投資の動きは比較的安定していることである。この事実については、二つの要因が考えられる。一つは、有形資産は景気変動などを受けて調整の対象となりやすいが、無形資産はより長期的な視野からその重要性が認識されており、そのための投資に短期的な変動が生じなかったという可能性である27。もう一つは、有形資産は帳簿上や生産現場で十分把握されており、「設備過剰感」などの形で最適水準とのかい離が認識されやすいのに対し、無形資産はその稼働状況、場合によっては存在自体の把握も難しく、機動的な調整ができていない可能性である。「計測できないものは管理できない」というが、後者の可能性も十分考えられ、その意味でも無形資産の計測の重要性が示唆される。

  1. 加えて、研究者の人件費が固定的な点がしばしば指摘される。

(我が国は研究開発投資が多い反面、経済的競争能力への投資が少ない)

無形資産投資の内訳を比べることで、各国の強み、弱みが明らかになる。日米など主要国間での比較はこれまでも行われてきたが、ここでは、最近、EUのプロジェクト28で多数の加盟国の無形資産投資が推計されたので、その結果も併せて参照しながら、我が国の特徴を確認したい(第2-3-14図)。EUのプロジェクトでも、無形資産の概念は基本的にCHSに準拠している。推計方法の詳細やデータソースの違いなどから厳密な国際比較はできないが、大まかな傾向を把握することは可能と思われる(いずれも名目ベース)。

情報化資産への投資は、我が国や北欧諸国で割合が高い。しばしば、アメリカと比べると我が国のIT化は遅れたといわれるが、EU平均のみならずアメリカより割合が高いのは、ソフトウェア投資が受注ソフトウェア中心であることを反映していると見られる。アメリカではパッケージソフト中心で、ソフトに合わせて組織改革が進んだ一方、我が国では既存組織を変えずに各社特注のソフト導入が一般的だったとの通説を踏まえると、情報化資産が多い分、後述するように経済的競争能力への投資が少なくなっている可能性もある。

革新的資産への投資も、我が国で特に割合が高く、北欧諸国と大陸欧州諸国がこれに次ぐ。革新的資産の主要な部分は研究開発であり、民間企業の研究開発費比率が高い国で革新的資産の割合が高いと考えられる。すなわち、研究開発はハイテク製造業で集中的に実施されるので、日本のほか、こうした製造業に強みを持つフィンランド、スウェーデンを含む北欧諸国や、ドイツを含む大陸欧州諸国で革新的資産への投資が多めとなっている。

経済的競争能力は、上記の結果の裏返しで、我が国における割合の低さが際立っている。逆に、英国等、オーストラリア、アメリカといったアングロサクソン諸国で、経済的競争能力の割合が高い。この部分の大きさをGDP比で比べた場合も、このアングロサクソン諸国の水準が高く、我が国はEU平均とほぼ同程度である。アメリカや英国では組織改革への投資が多いことが知られており、そのことが我が国やEU平均との差をもたらしていると考えられる29。研究開発の効率性改善やレガシーシステム(時代遅れのコンピュータシステム)の見直しが我が国企業の課題であるとすれば、組織改革への資源割当てを拡大していくことも選択肢の一つであろう。

  1. Innodriveプロジェクト。EU25か国+ノルウェーの無形資産の推計とその経済成長への寄与についての分析を目的としている。http://www.innodrive.org参照。
  2. 組織改革への投資のうち自社生産分に関しては、各国ともCHSに準拠し、役員報酬の20%相当という強い仮定を置いて推計している。したがって、この部分の推計値については特に幅をもって見る必要がある。しかし、この部分を除いて外注部分だけを考えたとしても、経営コンサルティング業の市場規模の差(2010年の市場規模の調査例として、アメリカは1600億ドル強、日本は約3000億円。アメリカはIBISWorld、日本はIDC Japanによる)から推測して、我が国の組織改革への投資はアメリカと比べて著しく小さいことが推察される。

(2)グローバル化と無形資産

グローバルな知識集約化が進行中であるならば、株主構成や売上がグローバル化している企業では無形資産投資に積極的であり、また、シェアや収益の確保にとって無形資産が一層重要な存在となっている可能性がある。そこで、ここでは企業レベルのデータから名目無形資産投資(あるいはストック)を推計し、業種別の特徴や株式保有構造の影響を調べるとともに、海外売上高比率と無形資産投資の生み出す価値との関係を分析する。

(加工型・その他製造業で無形資産の割合が高め)

企業レベルの無形資産投資は、データの制約から、前記のマクロ的な推計のように網羅的な項目について行うことは難しい。そこで、次善の策として、先行研究30を踏まえ、財務データから得られる研究開発費、広告・宣伝費、役員報酬から無形資産投資(フロー)を推計する。ここで役員報酬は、役員の活動の一部が組織改革への投資に回ると考え、その代理変数としたものである。また、研究開発費と販売費及び一般管理費(販売管理費)の系列を積み上げることで、無形資産のストックを推計した(第2-3-15図)。なお、ストック推計のうち、ブランド資産及び組織構造については、広告・宣伝費及び役員報酬のデータの制約から、販売管理費を代理変数として用いている。

その結果、2001年度と2009年度を比べると、無形資産投資(フロー)の売上高比率は、素材型製造業で横ばいとなっているほかは、総じて上昇していることが分かる。また、無形資産ストックの総資産比率(無形資産を除く)については、各業種で上昇している。ただし、両年とも景気としては厳しい時期ながら、2009年度はリーマンショック直後であり、分母となる売上高の落ち込みが特に大きかった。したがって、2009年度へ向けた上昇の幅は割り引いて評価する必要がある。その点、ストックでは分母の総資産が毎年の景気動向の違いの影響を受けにくいので、やはり無形資産の重要性が増していることが推察される。ただし、前述のマクロ推計で実質ベースではフロー、ストックとも2000年代に頭打ちになっていたことに注意が必要である。一方、業種別の水準を比べると、加工型製造業とその他製造業で、フロー、ストックとも総じて無形資産のウエイトが高い。加工型組立業では電気機器や精密機械などで研究開発費、組織改革への投資が多く、また、その他製造業では医薬品が同様の状況にあって、無形資産投資を押上げている。非製造業では、小売、通信、サービスなどで広告・宣伝費、組織改革への投資が多いものの、運輸、建設、不動産など無形資産への投資が少ない業種も含まれ、全体としては製造業との対比で無形資産の割合がそれほど高くない。

  1. Hulten(2010)及びHulten and Hao(2008)の方法を参考にした。

(外国人持株比率等が高い企業ほど無形資産投資が活発)

無形資産投資やストックが名目ベースでは総じて存在感を増している状況が分かったが、これが我が国企業のグローバル化とどう関係しているのであろうか。最初に、株主構成の違いによる各企業の無形資産投資への影響を調べてみよう。具体的には、海外からの本邦企業への関心度を示す指標として外国人持株比率を用い、その多寡が無形資産投資と関係しているかどうかを検証する。なお、上記で観察したような業種別の無形資産投資の違いは、各業種に特有の生産技術を反映していると見られ、そうした要因は除いた効果を取り出した(第2-3-16図(1))。

ここでは、研究開発費、広告・宣伝費、及びこれらに組織改革への投資を加えた「無形資産合計」(以上3種類の合計であり、CHSで定義された無形資産全体ではないことに注意。なお、広告・宣伝費は一部のみ計上)について、それぞれの売上高比率を用いて分析を行った。結果を見ると、基本的にはいずれの区分でも、外国人持株比率が高いほど無形資産の対売上高比率が高まることが確認できた。また、その関係は、研究開発と無形資産合計では幾分強まっているものの、おおむね安定的である。国内投資家一般と比べた場合、海外投資家の視点からは、無形資産投資の重要性がより強く理解されているといえよう。

もっとも、必ずしも海外投資家の視点に限定せず、機関投資家によるコーポレートガバナンスが強化される場合も同様の効果が生ずるという仮説も考えられる。そこで、機関投資家持株比率を用いた分析を行ったところ、確かに、外国人持株比率の場合と類似した結果が得られた(第2-3-16図(2))。機関投資家には外国人も含むので解釈が難しいが、株主からの収益確保に対するプレッシャーが、その有力な手段である無形資産投資の重視につながった側面もあろう31。ただし、2009年度の広告・宣伝費を除くと、外国人と比べて機関投資家の影響はやや小さいことにも注意が必要である。

  1. 逆に、無形資産投資を重視している企業を海外投資家や機関投資家が選好しているという因果関係が存在する可能性も考えられる。例えば宮島・新田(2011)では、海外投資家は、企業規模が大きい、海外依存度が高い、好業績、負債比率が低いといった企業を選好するといった外国人のホームバイアスを確認している。

(海外売上高比率の高い企業では無形資産投資が市場に評価されやすい)

それでは、無形資産投資を積極化した企業は、企業価値が高まったと評価されるのだろうか。無形資産には潜在的には生産性を高める効果があるはずだが、実際に生産性の上昇に結び付くかどうかはリスクが高い。研究開発はもちろんだが、広告・宣伝によるブランド資産の形成、経営層のリーダーシップによる組織改革なども、リスクが高いだけでなく、経費の支出と成果の関係の把握すら容易ではない。

そこで、ここでは、企業の事業活動が総資産以上に価値を生んでいるかを市場が判断した結果である指標(トービンのq=総資産に対する株式時価総額と負債の合計の割合)を用い、無形資産投資の影響を調べることとする。具体的には、研究開発費、広告・宣伝費、これらに組織改革への投資を加えた「無形資産」合計の3項目について、それぞれの総資産比率が1標準偏差だけ増加したときの、トービンのqの変化を推計した。推計は、サンプルを海外売上高比率30%未満の企業と、30%以上の企業に分けて行った。なお、この2つのグループで、無形資産投資の総資産比率の標準偏差は同程度である(第2-3-17図)。

結果を見ると、海外売上高比率の高い企業の方が、いずれの種類の無形資産でも、それが増加したときのトービンのqの上昇幅が大きいことが分かる。海外売上高比率の低い企業では、特に研究開発費とトービンのqの関係が不明瞭である。したがって、売上面でのグローバル化が進んだ企業は、そうでない企業と比べて、無形資産投資の効果が大きいと市場に認識されていることになる。グローバル化の進展によって、無形資産の重要性が増していることが推察できよう。なお、こうした企業では、無形資産の3種類とも、それが1標準偏差だけ動いたときのトービンのqの変化幅はほぼ同じであり、どの費目に投資するかに優劣がないことも分かった。

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