平成21年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

― 危機の克服と持続的回復への展望―

平成21年7月

内閣府


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第2節 賃金・所得格差と再分配効果

 第1節で見たとおり、非正規雇用の増加を中心とした労働市場の構造変化が進んできたなかで、最近では景気悪化に伴い大幅な雇用調整のおそれが生じている。こうした中、社会保障制度や税制を通じた所得再分配機能がどう発揮されるかが重要な論点となっている。
 本節では、第一に、最初に賃金の格差、次に家計の所得格差の最近の動向とその要因について概観する。第二に、景気変動が所得格差にどのような影響を与えるかを議論する。最後に、現在の社会保障や税制が所得再分配機能を通じ所得格差をどの程度緩和しているのか、少子高齢化や各種の制度改正が所得再分配機能にどのように影響を与えたかを考察する。


1 賃金・所得格差の現状

 以下では、一人当たり賃金の格差、家計所得の格差について、それぞれ近年の変化を確認する。

(1)賃金格差

 前節でも見たとおり、非正規雇用の増加を中心とする労働市場の構造変化を通じ、我が国の労働所得(賃金)の分配構造がどのように変わってきたかを概観する。

●労働所得の格差は緩やかに拡大
 本章第1節で非正規雇用者に焦点を当てて賃金分布を議論したが、我が国の労働所得の分布を「就業構造基本調査」で97年から5年刻みで見ると、労働所得が年間300万円未満の各層は増加している一方、300万円以上では、1,500万円を越える層を除けば、全ての層において減少している。このような中で賃金格差はどのように変化しているだろうか。
 賃金や所得の格差を数量化して把握する場合の代表的な尺度として、「ジニ係数」がある。ジニ係数とは、所得が完全に平等となっている状態に比べ、現状の分配がどの程度偏っているかを示した指標であり、数値が1に近づくほど不平等度が高いとされる8
 このジニ係数を、我が国の労働所得について計算してみると、いくつかの傾向が見られる。第一に、我が国の労働所得で計算したジニ係数は87年以降、緩やかではあるものの一貫して上昇している。第二に、97年から2002年にかけての急激な上昇に比べると2002年から2007年にかけてのジニ係数の上昇幅は比較的緩やかであるが、これは景気回復が続くなかで、非正規雇用者の給与水準がある程度高まったためと考えられる9。第三に、年齢別に見ると、20〜24歳を除くすべての層で97年以降、労働所得のジニ係数は上昇しており、格差が拡大していることが分かる。
 第3−2−1図

●労働所得の格差の主因は非正規化
 労働所得の格差拡大要因を確認するために、「平均対数偏差」(MLD)10によって労働所得の格差要因を寄与別に分解してみよう。MLDは、ジニ係数と同様に所得分布の格差を把握する指標であるが、定義上、ジニ係数と異なり要因分解を行いやすいという性格を持っている。ここでは、MLDの変動を正規・非正規雇用者グループごとに分解し、賃金格差の変化の要因を非正規雇用者増加などの構造変化、グループ間の格差の拡大(正規雇用者と非正規雇用者の間の賃金格差の拡大)、グループ内での格差の拡大(正規や非正規雇用者どうしでの賃金格差の拡大)の3要因に分解を試みた。
 第一に、MLD全体の動きを確認すると、2002年以降の動きがさらに緩やかになっているものの、87年以降緩やかな上昇傾向で推移しており、先ほど見たジニ係数の推移とおおむね同じ動きをしている。第二に、要因分解した結果を見ると、97年から2002年にかけては、非正規雇用の増加(構造変化)が大きく、グループ間賃金格差の縮小の程度を大きく上回ったため、格差が拡大する結果となったことが分かる。第三に、2002年から2007年にかけては、景気回復が背景となったと考えられるがグループ間の賃金格差は格差縮小に寄与したことに加え、構造変化要因は小さくなったため、全体として、格差の拡大が緩やかになった。ここから、両期間において、構造変化要因、すなわち非正規雇用比率の上昇は賃金格差の拡大に寄与していることが分かり、非正規雇用者の増加が労働所得の格差拡大の主因となっていることが理解できる。こうした動きは、前節で見た労働市場の二極化の動きともある程度整合的であると考えられる。
 第3−2−2図

(2)家計の所得格差

 以上は一人当たりの賃金格差であるが、次に、一世帯当たりの家計所得の格差を見よう。いくつかの統計をもとに時系列的な変化を振り返るとともに、その基本的な原因を確認しておく。

●家計所得の格差も拡大傾向
 一人当たり賃金の格差は非正規雇用者の増加を背景に拡大しているが、これを受けて、家計ごとの所得格差はどのようになっているだろうか。
 我が国の所得格差は長期的に見ると上昇傾向にある(第3−2−3図)。実際に、我が国の家計所得を示す各種統計(「全国消費実態調査」(二人以上世帯)、「国民生活基礎調査」、「所得再分配調査」(当初所得及び再分配所得))から、家計単位のジニ係数を計算すると、水準は異なるものの、80年代以降、所得格差は緩やかな拡大傾向で推移している。
 こうしたジニ係数の水準の違いには、それぞれの統計の性質が反映されていることには留意する必要がある。「所得再分配調査」(当初所得)のジニ係数が最も高く、「国民生活基礎調査」、「所得再分配調査」(再分配所得)、「全国消費実態調査」のジニ係数が順次続く。これには各統計の調査目的やサンプリング方法11、所得の集計範囲の違いが影響している。なお、「所得再分配調査」において、当初所得は税・社会保障によって再分配が行われる前の所得であり、再分配所得と比べてジニ係数が高くなるのは当然である。問題は再分配の効果がどう推移しているかであるが、この点は後述する。
 ジニ係数で見た格差の動きの背後では、世帯の所得分布の形が変化している。「国民生活基礎調査」を用いて、世帯の所得分布が95年以降どのように変化したか確認してみよう(第3−2−4図)。第一に、年間の所得が500万円よりも少ない世帯の割合は上昇しており、特に100万円から300万円に位置する世帯で上昇が著しい。第二に、世帯の年間所得が500万円以上の所得を得る世帯の割合は低下しており、特に700万円から800万円にかけての所得層で低下が大きい。世帯の所得で見ても、比較的高額の年収を得ていた世帯が減少し、100万円から300万円といった相対的に低所得の世帯が増加していることが分かる。

●家計の所得格差の主な変動要因は高齢化
 我が国の家計所得の格差拡大を招いている主因は何か。前掲の「所得再分配調査」による当初所得と再分配後のジニ係数を見ても、当初所得と再分配後の所得でそのジニ係数の差は年を追うごとに拡大していることから、再分配によるジニ係数の改善幅は拡大していることが分かる。
 労働所得についてMLDによる寄与度分解を行ったときと同様に、総務省「全国消費実態調査」を用い、世帯所得につき、年齢階層別に分解してみよう(第3−2−5図)。ここでは、年齢構成の変化(人口動態効果、特に高齢化の効果)、同一年齢階層内部の格差の変化、異なる年齢階層間の格差の変化の3要因への分解を行っている。
 その結果を見ると、第一に、89年以降、同一年齢階層内の格差の変化は常に全体の格差を縮小させる方向に働いており、年齢階層内の所得格差は縮小していることが分かる。第二に、異なる年齢階層間の格差は当初格差拡大に効いていたが、94年以降は格差縮小に働くようになった。第三に、年齢構成の変化、すなわち高齢化等は常に格差を拡大する方向に働いており、その程度も大きいことが分かる。こうした分解による分析の結果は区分の分類方法などによって左右されることからある程度幅を持って見る必要があるが、高齢層は他の所得階層と比べ所得格差が大きいため、高齢化がすう勢的に我が国の所得格差を広げてきた主因として働いたことは間違いないと思われる。
 なお、2004年以降の動きを見るために、総務省「家計調査」によって、同様の分析を行ったところ、2004年から2008年にかけて、2004年までの動きと同様に、年齢構成の変化は格差を拡大する方向に、同一年齢階層内部の格差の変化は格差を縮小するように働いている。一方、異なる年齢階層の格差の変化は再度格差拡大に働いている12。こうしたことから、全体としてのMLDはおおむね横ばいで推移する結果13となっている。


2 景気後退と所得格差

 ここでは、先ほどの所得格差の現状の議論を受け、景気循環が格差に与える影響について見よう。その際、失業による所得喪失は重大な格差拡大要因となると予想されるので、この点についてやや詳しく分析する。

(1)景気循環と家計の所得格差の変動

 最初に、家計の所得格差が景気循環局面ごとにどのような動きをしてきたかを検証する。毎年のデータが必要なため、「家計調査」に基づく分析が中心となる。

●過去2回の景気循環では所得格差も循環的に変動
 総務省「家計調査」を用い、等価所得14(二人以上の世帯のうち勤労者世帯、経常収入)で測った五分位別の平均値の比がどのようになっているか見てみよう。ここでは、最も所得の高い上位20%の層を第V五分位、そこから順に中間層を第III五分位、最も所得の少ない下位20%の層を第I五分位としている。その上で、それぞれの平均的な所得につき、高所得者層と中間層である第V五分位と第III五分位の比、中間層と低所得者層である第III五分位と第I五分位の比をとっている。その結果、90年代後半以降に着目すると、次のような特徴が分かる(第3−2−6図)。
 第一に、90年代後半以降は、いずれの系列も上昇トレンドにあり、格差が拡大傾向であったことを示している。この上昇トレンド自体は、前述のように、景気とは関係のない人口動態要因等により生じていると考えられる。そこで、景気循環局面との関係を見るには、この傾きの変化に着目する必要がある。
 第二に、第V分位と第III分位の所得比は、94〜97年の景気拡張局面、99〜2000年の拡張局局面、2002〜2007年の拡張局面のいずれにおいても、後半に傾きが急になっている。これは、拡張局面の後半に企業収益が十分に増加した段階で、高所得層の収入増が加速する傾向を反映している可能性がある15
 第三に、第III分位と第I分位の所得比では、はっきりとした傾きの変化は見られず、94〜97年、99年〜2000年の拡張局面において、むしろ所得比が低下する局面が優勢であった。これは、景気回復に伴って低所得層の稼得機会が好転したことを反映している可能性がある。

●2002〜2007年の景気拡張局面での低所得者層の所得の立ち上がりは遅延
 このように、最近は景気局面に対応した所得格差の循環がある程度観察できる。ただし、2002〜2007年の拡張局面については、その前の拡張局面と違い、第III分位と第I分位の所得比は前半は上昇し、後半は横ばいとなった。その事情をやや詳しく調べてみよう(第3−2−7図)。
 2002年から5年にわたって続いた景気回復の特徴は、賃金の上昇が伸び悩んだことである。実際、各所得分位の等価所得(総世帯のうち勤労者世帯、経常収入)の動きを見ると、拡張局面入り後も2006年の前後までは減少を続けており、その後、ようやく増加に転じた。ただし、その程度やタイミングについては、所得階層ごとに差が見られる。特に低所得層に位置する第I、第II分位は落ち込み方も大きく所得の回復も緩やかであったことが分かる。最も低所得である第I分位では、回復も随分遅れ、回復のピークに達する前に景気の局面は山(2007年10月)を過ぎてしまった。
 景気が回復すると、まず上位所得層で所得増加が生じ、それが次第に下位にも波及してくるという仮説がある。いわゆるトリクルダウン現象である。しかし、2002年からの拡張局面では、こうした現象は生じず、低所得層にとってはとりわけ「実感できない」景気回復であったといえよう。

(2)失業と賃金格差

 以上の分析は「家計調査」によったもので、勤労者世帯であることから世帯主が失業者のサンプルは含まれていない。したがって、失業に伴う所得格差の拡大が過小評価されている。ここでは、失業が所得格差にどの程度影響するかを考えよう。

●相対的貧困率は失業率の動きに影響を受ける可能性
 失業によって先鋭に生ずる問題が「貧困」である。ここでは、国際比較でしばしば用いられる概念である「相対的貧困率」を計測してみよう。相対的貧困とは、全世帯の所得の中央値の一定割合の水準の所得を得られない層を貧困層と定義づけるものであり、具体的には、ここでは中央値の40%の所得を得られない家計を貧困層とする。生存に必要な最低限の生活水準を維持する所得を前提とし、その所得を下回ることを貧困と定義する「絶対的貧困」の概念と対をなしている。
 データとしては、失業者をある程度カバーしていると見られる「国民生活基礎調査」の年間所得金額の等価所得を用いる。その結果を失業率と並べて見ると、以下のような点に気づく(第3−2−8図)。
 第一に、貧困率はすう勢的に上昇している。集計データに基づいて簡易な計算をしたため、毎年の振れはあるが、基調は明らかに上向いている。これは、ジニ係数の場合と同じである。所得に着目したものであるがゆえに、高齢化の進展等によって相対的に所得の低い層が増加し、このような上昇トレンドを生んだものと考えられる。
 第二に、失業率の動きと同様の動きを示す局面がある。90年代後半から2002年頃まで失業率は急上昇しているが、貧困率もこの時期の上昇テンポは急激である。一方、バブル期や2003年以降は失業率が低下していた。貧困率は、これらの時期は比較的落ち着いた動きをしている。
 概括的な観察ではあるが、失業率と相対的貧困率との一定の関係が推測される結果であるといえよう。

●失業を加味した賃金格差は2002年から2007年にかけて縮小
 では、失業率の上昇は所得格差にどの程度影響するのだろうか。こうした効果を直接捉えることは難しいため、賃金格差のデータをもとに、失業を加味した格差を推計することでこの問題にアプローチしよう。
 最初に、5年ごとにデータのある「就業構造基本調査」に基づく労働所得の格差を考える。これは、すでに見たように、87年以降、緩やかな上昇を示している。特に、97〜2002年は急激に上昇し、その後2007年にかけて再び上昇テンポが緩やかになった。この賃金データに失業者の労働所得をゼロとして加え、ジニ係数を計算しよう。この方法では、労働所得ゼロの者が加わることで、必ずジニ係数の水準は上昇する。問題は、その程度とジニ係数の時系列的な変化への影響である(第3−2−9図(1))。
 結果を見ると、失業者を含むジニ係数は97〜2002年には失業者を含まないジニ係数よりさらに急激な上昇を示している。これは、この時期に失業率が大幅に高まったことに対応している。一方、2002〜2007年の景気拡張局面では、雇用者だけのジニ係数とは反対に低下している。このことから、失業者を加味して格差を考えると、景気回復に伴う失業率の低下が格差を縮小させたとの見方も可能である。
 次に、MLDに基づいて格差の変動への失業の寄与を調べよう(第3−2−9図(2))。ここでは、1年以上の長期失業を考慮し、正規雇用者、非正規雇用者、長期失業者という3グループを考え、グループ内、グループ間及び動態効果(グループ間移動に伴う効果)に寄与度分解を行う。これによると、正規・非正規の2グループへの分解時には格差拡大方向に効いていた動態効果が、失業者を考慮すると符号が逆転し、格差が縮小する方向に働くようになっている。そうして、この効果が全体の格差を縮小させた主因となっていることが分かる。これは、長期失業していた者が就職に成功し、所得を得るようになったことで、グループ間の移動が生じて格差の縮小につながったことを意味する。

●失業の増加は中長期な賃金格差にも影響する可能性
 失業はこれまで検討してきたような短期的な賃金格差のみならず、中長期的な賃金格差にも悪影響を及ぼす可能性がある。これは、失業が長期にわたる場合、それによって人的資本(企業特殊的な人的資本を含む)が損耗し、さらなる雇用可能性の低下や再就業したときの賃金の低下といった現象につながりやすいからである。
 ここでは、失業によってキャリアが中断した場合の生涯賃金に及ぼす影響を試算してみよう(第3−2−10図)。一般に、勤続年数が長くなると賃金は上昇する。一旦失業して再就職した場合は、経験を積んでいても平均的にはやや低めの賃金水準から再スタートすることになる。まず、基準ケースとして、高卒で正社員となった男性の賃金プロファイルをパターン1としよう。この男性が30歳で1年間失業し、再び正社員として就職するとした場合の賃金プロファイルがパターン2である。パターン2は、パターン1と比べて生涯賃金で6000万円程度低くなる。同様の試算を、失業時の年齢と再就職後の雇用形態の違いで何通りか行ったのが、パターン3〜5である。
 ただし、以上の試算では、失業に伴う退職手当は考慮していない。また、就業経験のある失業者は、未経験者と比べて再就職した場合の賃金が高くなる可能性もある。しかしながら、長期の失業によって人的資本の損耗が生ずる限り、労働者本人の期待生涯所得を減少させ、マクロ的な賃金格差を拡大させる懸念があることは確かであろう。
 なお、長期失業は、労働者個人の生涯所得や経済的格差といった点のみならず、人的資本の毀損を通じ、中長期的な成長率を低下させることにも注意する必要がある。こうした観点から、多くの国が職業訓練と就労支援を組み合わせた施策を推進しており、我が国においても、2009年度補正予算において、「緊急人材育成・就職支援基金」を創設し、職業訓練、再就職などへの総合的な支援を拡充していくこととしている。


3 税・社会保障による所得再分配

 これから先は、これまでの議論で先送りをしてきた所得再分配効果を点検する。すなわち、再分配効果について時系列的な推移、国際比較を行うほか、世代間の再分配効果に着目した検討も行う。

(1)所得再分配の格差縮小効果

 まず、我が国における税・社会保障による所得再分配効果の変化を、家計所得について概観する。次に、OECDによる国際比較研究を参照する形で、我が国の再分配効果の国際的な位置づけを確認する。

●格差縮小のため重要性増す所得再分配
 これまで見てきたとおり、高齢化等の影響で、再分配前の家計所得によるジニ係数は上昇しており、当初所得における所得格差は拡大傾向で推移している(第3−2−11図(1))。特に、「所得再分配調査」に基づく当初所得のジニ係数は、90年代後半以降、急速に上昇している。一方、同調査での再分配所得、すなわち税・社会保障(医療等の現物給付を含む)による再分配後の所得のジニ係数は緩やかにしか上昇していない。この差は、所得再分配効果が強まったことで説明される。
 では、こうした所得再分配効果は、どのような原因によるものだろうか。ジニ係数の改善度を社会保障による部分と税による部分に分けてみよう。なお、社会保障費も一部は税収から賄われるため、厳密には再分配効果を税と社会保障に分けることは難しいが、ここではそうした側面は考慮しないこととする。結果は、社会保障による改善度が高まっているのに対し、税による改善度が低下している(第3−2−11図(2))。その背景として、以下の諸点が指摘できる。
 第一に、社会保障については、高齢化の影響、すなわち単純に高齢者が増加したことによって年金、医療などの給付が増加したことが大きい。また、制度改正等により保険料が上昇してきたことなども再分配効果を高める方向に作用したと考えられる。
 第二に、税については、所得税負担軽減の一環として行われた所得税の最高税率の引き下げや税率のフラット化など、近年の税制改正の影響などによって、その再分配機能が低下したためと考えられる(第3−2−11図(3))。例えば、所得税では、88年(昭和63年)改正において、所得税における最高税率の引下げ(5,000万円以上の所得に対し税率60%から、2,000万円以上の所得に対して税率50%に)が実施され、住民税と合わせた最高税率はそれまでの76%から65%に低下した。さらに99年(平成11年)にも最高税率に引き下げ(所得税は1,800万円以上の所得に対して37%)が行われ、住民税と合わせて最高税率は50%となっている。これらの年の前後に、税による所得再分配効果が低下する傾向が見られる。なお、2006年(平成18年)の税制改正では、所得税の住民税への一部移譲が行われたため、所得税の最高税率は40%に引き上げられたが、住民税を合わせた最高税率は50%で変わっていない。

●我が国の所得再分配効果は国際的には低め
 次に、我が国の所得格差と再分配効果について、国際的な位置づけを確認しよう。OECD加盟国の中で再分配前と再分配後のジニ係数の水準16を比べると、以下の諸点が明らかになる(第3−2−12図)。
 第一に、再分配前所得で見ると、上位にイタリア、ドイツ、フランスなどの大陸欧州諸国があり、続いてアングロサクソン諸国が続き、我が国はその次に位置し、OECD平均をやや下回る程度である。我が国よりも小さいジニ係数となっているのは、北欧諸国など欧州の小国や韓国である。
 第二に、再分配後の所得で見ると、所得格差が大きいのは、南欧、東欧諸国に続き、アングロサクソン諸国となっている。その次に我が国は位置し、OECD平均をやや上回った水準である。OECD平均よりも格差が小さいのは、韓国、続いて西欧や北欧の諸国となっている。
 ここから、国際的に見ると、我が国の所得格差は再分配前では比較的小さいが、再分配後は相対的に格差が大きい状態となっており、再分配効果はそれほど強くないことが分かる。実際、再分配効果の大きさをジニ係数の改善幅で諸外国と比較すると、年を経るにしたがい強まってはいるものの、英国やカナダなどアングロサクソン諸国と同程度であり、OECDベースのデータで見る限り、我が国の所得再分配機能は高いものではないことが分かる。国民負担率や、社会保障給付の対GDP比率が相対的に低いことが背景の一つとして考えられよう。

●社会保障を通じた再分配の強まりは先進国共通の特徴
 では、このような再分配効果のうち、税による部分と公的移転による部分については、我が国は国際的にどのような位置にあるのか見てみよう。なお、ここで扱う公的移転は、社会保障による現金給付にほぼ等しい概念であり、保育や医療、介護といった現物給付は含まれていない(第3−2−13図)。
 第一に、公的移転による再分配効果については、我が国はOECD加盟国の中では小さいグループに入る。スウェーデン、ベルギー、デンマークなどが上位を占めており、アメリカと韓国は公的移転による再分配効果が日本より小さい。
 第二に、税による再分配効果の大きさを見ると、我が国はOECD加盟国の中で最も小さい。韓国がこれに次ぐが、それ以外の国は効果の相対的に小さい国でも日韓と比べれば遥かに高い水準にある。
 第三に、どの国でも公的移転による再分配効果が、税によるそれを上回っている。OECD平均では、前者が後者の約2.5倍に達している。先進国ではどこでも高齢化のために社会保障による再分配が進んでいるといえよう。我が国は、税による再分配効果が極めて小さいため、相対的に公的移転に対する依存度が高くなっている。

●我が国の相対的貧困率は上昇傾向
 ここで、再分配後の所得の相対的貧困率についても、OECD加盟国の中での我が国の位置を見ておきたい。なお、OECDによる国際比較では、中央値の50%の所得を得られない家計を貧困層としている。その結果を見ると、以下のような点が特徴的である(第3−2−14図)。
 第一に、我が国家計の再分配所得に関する相対的貧困率は、2000年代半ばで15%程度となっている。この比率は2000年前後までは上昇が続いていたが、2000年代半ばにかけてやや低下した。G7諸国で時系列の推移を比べると、英国、フランスでは漸減傾向となっている。これに対し、アメリカは横ばい圏内の動き、ドイツは一貫して上昇が続いている。このように、再分配所得の貧困率の動きは一様ではなく、社会保障制度等の再分配制度の差や世帯構成、高齢化の進展度合いなどが反映されていると考えられる。
 第二に、国際的に水準を比較しても、我が国の相対的貧困率は、韓国、アイルランドなどと同程度で、アメリカ、メキシコ等の最も貧困率が高いグループに次ぐグループに属し、OECD加盟国の中でも相当程度高い水準にある。これはドイツやフランスといった大陸欧州諸国よりも遥かに高く、労働市場の分類ではアメリカに近かった英国やオーストラリアよりも高い。我が国は相対的に高齢化が進展しており、相対的貧困率を高める一つの要因となっていると考えられる。
 ただし、使用する統計によってその水準は異なってくるため、相当の幅をもって解釈しなければならない。OECDによる国際比較研究においては、我が国に関するデータは「国民生活基礎調査」が用いられており、ジニ係数や再分配効果が大きくなりやすいことに注意が必要である。

●給付と負担に占める低所得層のウエイトで見ても所得再分配効果は低い
 我が国の所得再分配の状況を示すもう一つの指標として、年齢と関係なく、一定の社会保障給付や税・社会保険料負担について、低所得層のウエイトを他のOECD加盟国と比べてみよう。具体的には、低所得層として、所得の下位20%層に絞り、間接税を除く税・社会保険料負担全体に占めるこの層の負担額の割合(負担割合)と、公的移転給付全体に占めるこの層への給付額の割合(給付割合)について、各国における2000年前後の変化をそれぞれ見てみる(第3−2−15図)。
 第一に、我が国では、低所得層の負担割合は低下しているものの、各国と比較して相対的に高い位置にある。第二に、低所得層への給付割合については、我が国は、高齢化の影響があるにもかかわらず、微増にとどまっており、比較的低い位置にあることが分かる。これは、我が国における所得再分配効果が、各国と比較して大きくないことの要因の一つであると考えられる。
 ただし、この議論では、受益面では医療・介護・保育サービスといった現物給付、負担面では間接税が考慮されていない17ことや、国により大きく異なる給付と負担の規模の大小関係により所得再分配効果が変化することには留意が必要であろう。

(2)世代間の所得再分配効果

 高齢化に伴う社会保障費の増加が我が国の所得再分配の大半を占めているとすれば、再分配効果のほとんどが高齢者の所得改善によるものである可能性が指摘できよう。この点について、やや詳しく解明していこう。

●高齢者以外の年齢層では所得分配後も格差はほとんど変化せず
 まず、年齢別に所得再分配の動向を確認できるよう、5歳刻みの年齢階級別に当初所得と再分配所得のジニ係数を示し、所得再分配によりどの程度ジニ係数が改善されているかを計算した。それによれば、次のようなことが分かる(第3−2−16図)。
 第一に、当初所得のジニ係数は20歳代では若干高いものの、30歳代後半を底として、それ以降は緩やかに上昇する。特に、多くの人が退職すると見られる60歳代以降急激に上昇する。これは退職によって賃金所得を失い年金生活になる者と働き続ける者の間に所得格差が発生することに加え、それまでの資産の蓄積に基づく財産収入等も含めた所得格差が大きくなるためと考えられる。
 第二に、再分配後は世代間でもおおむね平坦なジニ係数を実現している。前述のMLDによる分析でも、同一の年齢層での格差の縮小は全体の格差に対し常にマイナスに効いていたが、そうした動きと整合的である。その結果、高齢者のジニ係数改善は極めて大きいが、現役世代のジニ係数改善はわずかでしかないことが分かる。
 結局、我が国の所得再分配は高齢者層に対してしか働いておらず、若年から中年といった現役世代においてはほとんど再分配が行われていないことが分かる。

●年齢階層内での所得再分配はほとんど機能せず
 こうした再分配が、どのような移転によって実現されたのか、年齢階層に分解して見てみよう。このとき、年齢階層間の所得移転が生じることで、年齢階層内の格差も変化することに留意が必要になる。具体的には、MLDの変化幅を「年齢階層間効果」「純粋な年齢階層内効果」「年齢階層間の所得移転分」に分解することとした18。ここで、「年齢階層間効果」とは、各年齢層の平均所得の増加が階層間の格差を縮小する効果である。また、「年齢階層間の所得移転分」とは、各年齢層の中における平均的な所得の増加による年齢階層内の格差縮小効果である。結果は、以下のとおりである(第3−2−17図)。
 第一に、「年齢階層間の所得移転分」が急増して、所得再分配の大部分を占めていることが分かる。これは、年金による移転が大規模に発生していることを示している。
 第二に、その次に効いているのが「年齢階層間効果」である。
 第三に、「純粋な年齢階層内効果」による所得分配は年々弱まってきたが、2004年にはプラスとなった。これは、年齢階層内での所得再分配はほとんど行われておらず、むしろ逆進的になったことを示している。
 年齢階層別にこの動きを見てみると、特に2004年では、60歳以上の「純粋な年齢階層内効果」はプラスとなっており、60歳以上の世帯で所得再分配機能が逆進的に働いていることが示唆されている。これは、高齢者所得の大部分を占める年金・医療等の社会保障給付に対しては、年齢階層内の格差が生じていても所得再分配機能が発現しないためと考えられる。所得再分配の効果が高齢者に偏っていることとあわせ、所得再分配機能が働く範囲が限定的になっている可能性がある。

●社会保障や既往の税制による再分配効果は低下
 ここで、これまでの税制や社会保障制度の改革がどの程度の格差の変化に寄与してきたか、確認するためのシミュレーション分析を行うこととする。これは、90年の税制・社会保障制度を反映した旧制度と現行(2005年)の税制・社会保障制度をそれぞれモデル化した上で、89年から2004年までのジニ係数を仮定的に計算したものである。さらに、両者のジニ係数の差について、その寄与を社会保障負担と税負担の寄与によるものにそれぞれ分解した。ここから以下のようなことが分かる(第3−2−18図)。
 第一に、旧制度によるジニ係数は、現行制度によるジニ係数を一貫して下回っていることから、旧制度による再分配効果の方がより強く働いていたことが分かる19。また、再分配効果によるジニ係数の改善度を社会保障による部分と税による部分に分けた場合のそれぞれの改善度の差から、社会保障制度の方が大きく全体の改善度の差に寄与していることが分かる。
 第二に、年を経るにしたがい、旧制度と現行制度のジニ係数の差は縮まってきていることが分かる。その寄与の大きさを見ると、社会保障負担の変化の方が大きいものの、税負担の寄与もまた縮小しており、高齢化によって社会保障や税制による負担は漸減し、税制による再分配も含め、その所得再分配機能が弱まってきていることが分かる。
 このようなモデル家計における再分配シミュレーションはいくつかの仮定を置いて計算するものであり、その結果については十分幅をもって解釈するべきものであるが、ここから以下のような議論が可能であろう。
 第一に、これまでも述べたとおり、急速な高齢化に対処していかなければならない社会保障の再分配機能は引き続き重要である。一方、最高税率の引下げが経済活性化を目的に行われてきたことからも、最高税率の引上げなど、税制の中で再分配機能を発揮することには限界がある。そうした状況を踏まえても、現役世代に関し再分配が必要な場合には、税制による再分配のあり方を検討せざるを得ないことが分かる。
 第二に、現役世代に対する所得再分配の観点からは、例えば、アメリカの勤労所得税額控除(EITC)や英国の児童税額控除(CTC)など、諸外国において子育て支援や就労促進の目的で導入されているいわゆる「給付付き税額控除」が参考になる。「基本方針 2009」においても、子育て等に配慮した低所得者支援策(給付付き税額控除等)について、財源確保方策とあわせ、制度設計の論点を含めて検討することとされており、所得再分配の観点からも、真剣に議論していく必要があろう。実際、先行研究20においても、我が国の現在の所得分布や年齢分布を前提としたシミュレーションを行い、給付付き税額控除を導入することによって、現役世代を含む低所得者層の負担軽減が図られることを示したものが見られる。
 他方、同制度については、アメリカにおいてもその運営に当たり、過誤支給、不正受給が大量に生じていることにも留意すべきである。現実の制度運営に当たっては、生活保護など既存の給付制度との整合性や、課税最低限以下の低所得者を含めた正確な所得把握といった大きな課題があることも事実であり、こうした点も含めた検討が行われる必要があろう。


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