平成17年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

-改革なくして成長なしV-

平成17年7月

内閣府


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第1節 小さな政府とは

1 政府の大きさについて

 「小さな政府」という言葉は、一般には、政府支出の規模や国民負担の大きさといった財政規模に着目して使われることが多いが、公的規制の強さや公的企業が経済に占める大きさなどに着目した使われ方をされる場合もある。こうした2つの側面に即して、政府の大きさに関する我が国の状況についてみると、以下のような特徴がある。

(1)政府支出・負担面からみた政府の大きさ

●政府支出・国民負担の規模の国際比較
 政府支出の規模ということでは先進国の中でも日本は比較的「小さな政府」である。OECDの統計でみると、国・地方・社会保障基金を合わせた一般政府の支出規模(2004年)は、我が国ではGDP比約37%であり、アメリカの約36%よりも高いものの、ユーロ圏平均の約49%やOECD諸国平均の約41%と比べると低い水準にある(第2−1−1図)。支出の内容については、我が国では公共投資等を含む経済・公共の比重が他の国と比べてやや高いものの、防衛・治安など一般公共サービス、保健・社会保障などは比較的小さい(付表2−1)。
 国民負担の大きさについて、租税・社会保険料負担を国民所得で除した国民負担率でみると、我が国は約36%(2005年度)である。ただし、財政赤字を将来負担としてとらえ、国民負担率に財政赤字分を加えた潜在的な国民負担率を計算すると、我が国は国民所得比で9%近い財政赤字を抱えていることもあって約45%(2005年度)に達している。これは、フランスの約68%(2002年)やスウェーデンの約71%(2002年)と比べると低いが、アメリカの約38%(2002年)と比べると高い(第2−1−2図)。我が国では、GDP比で150%程度にのぼる公的債務を抱えていることに加え、少子高齢化の進展等によって政府の支出規模及び国民負担が今後増大していくことが見込まれており、このままの政策を継続した場合、支出・負担といった面では、今後「大きな」政府に向かうことが予想される。

●政府支出規模の決定要因
 政府支出の規模が増大するのは、一般に、福祉国家化により、政府移転支出や社会保障支出の増加を通じて、政府の再分配機能が拡大していることが背景にある。特に、高齢化の進展や構造的な失業率の上昇は、社会保障制度の整備とあいまって、政府支出の規模の拡大に大きく寄与してきたと考えられる。そこで、長期的なデータの入手が可能なOECDの20カ国について、一般政府支出の規模を、各国の高齢者比率、失業率で回帰すると、ともに有意に政府支出規模の拡大に寄与している(付注2−1)。日本と他のOECD諸国を比べると、日本については、高齢化の要因はそれなりに大きいものの、失業率の変化の寄与は他のOECD諸国に比べると小さい(第2−1−3図)。こうした高齢化や失業率の変化による要因を取り除いた残差部分についても、各国の大きさには顕著な差があり、アメリカや日本は比較的小さい方に属する一方、欧州諸国は比較的大きい。これは、政府支出の規模には、単に高齢化や失業率の状況だけでは説明できない部分が大きいことを示していると考えられる。政府支出の拡大についての研究例によると、政治体制やその構造によって公共財が過剰供給になる場合があること、政府部門の硬直性やその意思決定の不可逆性が政府支出の漸増につながること、国際競争圧力が国内の失業増加等を通じて財政支出拡大を求める圧力につながる場合があること等が示されている1

(2)公的規制面からみた政府の大きさ

●規制による官製市場が経済に占める比重
 政府の大きさに関して、政府が社会・経済に及ぼす影響度が注目される場合がある。政府は、産業に対して、公正な競争条件の整備、消費者の安全・健康の確保、環境保全、災害防止等の観点から、経済活動に一定の基準や制限を設けているほか、参入者の資格や数、生産数量や価格等を規制している。こうした政府による経済活動への介入が過度に大きい場合には、市場に歪みが生じ、効率的かつ適切な資源の配分が妨げられる。そこで、産業に対するこうした規制の状況をみるために、産業連関表を基にして、各分野の事業部門のうち規制を受ける部門に係る付加価値額が当該分野の付加価値額の合計に占めるウェイト(規制ウェイト)を計算し、1995年と2000年の状況の違いをみた(1995年の分析は総務庁(2000)を参照)。この試算によると、建設及び金融・保険の規制ウェイトが100%となっているほか、運輸、通信・放送、電力・ガス・水道の規制ウェイトも70%台後半から90%台と高めになっており、1995年と2000年であまり変化がみられない(第2−1−4表)。これは、これらの分野では規制緩和によって個別規制の程度は縮小しているものの、業全体としては公正な競争条件の確保や安全等のために引き続き規制が維持されているためである。他方、製造業やサービス業については、多種多様な業種が属しており、特段の事業規制を受けない業種も相当数存在するため比較的規制ウェイトが小さい。経済全体でみると、規制産業の占める割合は2000年時点で約33%であり、1995年の約34%から若干ながら低下がみられるものの、それほど大きな変化はみられない。

●規制の強さの変化
 以上のような業法の有無による規制分野の試算の方法では、必ずしも十分に規制の変化を反映できない面があることは否めない。実際、1990年代後半から現在に至るまでに、需給調整のための参入規制の多くが撤廃され、電気通信や電力等のネットワーク産業でも新規参入の促進と価格設定の弾力化が行われてきた。こうした規制状況の質的な変化を定量的にとらえる試みとして、OECDでは加盟国の製品市場規制指標(Product Market Regulation Indicators)を計算し、公表している(第2−1−5図)。製品市場規制指標は、OECD加盟国政府の担当者に対するアンケート調査の結果に基づき、それをOECD事務局が客観的な情報やデータを用いてさらに加工することによって計算される。指標は、大きく分けて、「政府関与」、「起業家に対する障壁」、「貿易・投資に対する障壁」の3つの分野についての規制の強さを、様々な評価項目への該当件数によって数量的に表しており、数字が大きいほど規制が強いことを示している2
 この指標によると、日本については、1998年から2003年の間に、全体的な規制の強さは1.9から1.3へと低下しており、着実に規制が緩和される方向にあることが示されている。また、OECD内における相対的な日本の規制の強さも低下している。日本について分野別に規制の強さをみると、最も規制の強さが低下しているのは起業家に対する規制であり、その内訳をさらに細かくみると、許認可のシステム、規則・手続の明示化・簡素化といった項目で大きく改善がみられる。また、貿易・投資の障壁についても、差別的待遇の改善等を中心に改善がみられるほか、政府関与についても、価格規制や規制手段の運用等の面で改善がみられる(付表2−2)。


2 政府の大きさと経済活動への影響

●政府支出・国民負担の大きさと経済活動
 政府支出や国民負担の大きさは、どのように経済活動に影響を及ぼすだろうか。理論的には、政府の肥大化が成長率を低めるとする説には、(i)公的部門では競争原理が働きにくいため民間に比べ活動が非効率になりやすい、(ii)歪みのある課税等が資本蓄積や労働供給等に対しマイナスの影響を与える、(iii)所得再分配の拡大に伴う経済的な損失(モラル・ハザードや既得権益の拡大)が無視できないといったものがある。他方、政府の適切な介入により市場の失敗や経済の外部性が是正され民間の経済活動が活発になるという見方や、理論的に国民負担率と経済成長率の間には明確な関係はみられないとする見方もある。
 こうした政府の規模と経済パフォーマンスの関係を調べるために、先行研究にならって、OECD諸国の1988年から2003年までのパネル・データを用いて推計を行った3第2−1−6表)。単純に、政府支出の大きさと実質GDP成長率との単回帰を行うと、政府支出の大きさと実質成長率との間には負の関係がみられる(ケース1)。ただし、こうした単回帰分析では、通常、経済成長率に影響を与えると考えられている主要な説明変数が推計式に含まれていないため、それによって推計結果がバイアスを持つ可能性がある。そこで、成長率に影響を与える要因として、一人当たり実質所得水準(所得水準の低い国ほど成長率が高いというキャッチアップ効果を想定)、経済の開放度を表す指標として輸出入額のGDP比(開放度が高いと海外との競争や製品に体化された新技術の流入により成長率は高まる)、高齢化率(65歳以上人口の割合)を想定し、これらの変数を推計に加えた上で、政府支出と経済成長率の相関関係を再推計した4。推計結果については、いずれのケースでも、政府支出の大きさと実質経済成長率は負の関係にあることが示されている(ケース2、3)。また、政府支出を構成する項目のうち政府消費支出と政府固定資本形成を取り出して別々に効果を推計すると、前者は成長率にマイナスの影響を持つ一方、後者の影響は統計的にはみられなかった(ケース4)5
 また、逆に政府支出の規模を削減した場合には、中期的には実質成長率にプラスの影響が出るとの研究もある。内閣府の日本経済中長期展望モデル(MarkI)のシミュレーションによると、社会保障の給付・負担の削減は、当初、若年者に比べ消費性向の高い高齢者の可処分所得を低下させるため、消費を減少させマクロ経済の成長率を押し下げる6。しかし、その後は、年金給付が削減された高齢者の労働参加率が高まるとともに、企業による社会保障雇主負担の軽減が設備投資を増加させ、中長期的には実質成長率を押上げる方向に働くとの結果となっている。
 以上のような推計結果については、ある程度幅を持ってみる必要があり、また、モデルの設定等により、その結果が異なる可能性もあることに留意する必要がある。

●公的部門による資源配分の歪みと経済活動への影響
 政府の規模と経済との関係を考える際に重要なもう一つの視点は、公的部門による資源配分の歪みがどれくらい大きいかということである。例えば、政府や公的企業が経済活動に占める割合が大きくなり過ぎると、公的部門が経済資源を奪う割には、それが効率的に活用されず、経済全体の生産性が低下する可能性がある。また、政府による規制が市場での競争を制限し、民間経済の活力を奪っている場合などには、政府の存在によって経済パフォーマンスは悪化すると考えられる。加えて、政府が課す税や社会保障負担等が、労働供給のインセンティブを低下させたり、企業の最適な投資・生産活動のインセンティブを阻害するような場合には、やはり大きな政府によって経済活動は影響を受けると考えられる。
 例えば、OECDの研究では、政府の競争抑制的な規制は経済全体の全要素生産性を抑制する効果がある一方、規制緩和や民営化の進展は生産性を上昇させる可能性があることを示している7第2−1−7図付表2−3)。これは、本来、市場における競争は、企業のX非効率(競争圧力が弱かったり企業が利潤最大化からかい離した状況に置かれた場合に発生する様々な非効率性の総称)を改善するとともに、競争によって企業の費用削減・経営努力を引き出し、さらには競争相手の先を越して新技術を導入しようというインセンティブをもたらすことにより、中長期的な効率改善にもつながるものであるためである。また、民営化によって企業の所有権を官から民に移すことにより、より直接的な利害関係を持つ株主による企業活動の監視が強まり、結果として企業の効率性が上昇するという効果も期待される。
 また、1980〜90年代のOECD諸国を対象とした既存の分析8によると、総労働コストに対する個人所得税と社会保険料負担の比率を表す「税・社会保険料のくさび(Tax wedge)」が大きくなると、構造失業率が高まる可能性が示唆されている。これは、企業の労働需要が一定であるとしたときに、税・社会保険料のくさびが、失業保険給付、雇用保護規定、最低賃金制、賃金交渉の方式等と並んで、賃金設定曲線を押上げ(企業にとって雇い入れの費用が高まる)、それによって構造失業率(OECDの分析ではインフレを加速しない失業率(NAIRU)を想定)を上昇させる効果を持つとの仮説に基づくものである9
 なお、日本については、現在も税・社会保険料のくさびはOECD諸国の中でも低い水準にあるが、1994年から2004年までの過去10年間で、5%ポイント程度上昇している(第2−1−8表)。


3 政府の大きさに関する国民意識

●今後上昇が見込まれる国民負担
 急速な少子高齢化が進展する中で、政策的な変更がなければ、年金・医療・介護などを合わせた社会保障の給付と負担の規模は今後経済成長率を上回って増大していく可能性が高い。例えば、「社会保障の給付と負担の見通し」(厚生労働省2004年)によると、社会保障にかかる国民負担は、2004年度の78兆円(対国民所得21.5%)から2025年度には155兆円(対国民所得比29.5%)となることが見込まれている。「平成17年度予算の編成等に関する建議」(財政制度等審議会2004年11月)の試算では、将来的な国民負担全体の規模についての一つの目安として、仮に社会保障以外の部分にかかる租税負担と財政赤字が今後も現在の水準(対国民所得比約26.5%)にとどまったと仮定して潜在的国民負担率を計算すると、2004年度の40%台半ばから2025年度には約56%に上昇するとしている(第2−1−9図)。

コラム2 「日本21世紀ビジョン」試算にみる2030年における政府の大きさ
 経済財政諮問会議では、専門調査会を設けて、構造改革により実現される今後四半世紀(2030年)の「この国のかたち」を明らかにするため、「日本21世紀ビジョン」を2005年4月に取りまとめた。「日本21世紀ビジョン」では、経済財政展望、競争力、生活・地域、グローバル化といった広範な課題について将来の姿を示しているが、経済財政展望ワーキング・グループの参考試算として、2030年までの財政再建の姿についてのシミュレーション結果が示されている。
 同試算では、「改革と展望」参考試算で示された歳出削減を通じて、2010年代初頭に基礎的財政収支の黒字化が達成された後の財政運営の姿として、多様な選択肢の中から2つのケースを設定して試算を行っている(※)。一つは、「歳出抑制ケース」で、2010年代初頭以降、利払いを除く歳出規模を経済規模に対して一定に保つよう削減する場合である。もう一つの選択肢は、歳出面で2010年代初頭の行政サービス水準を維持しつつ、歳出抑制ケースと同程度の基礎的財政収支の黒字を達成するために、国民負担の増加を求める場合である。この2つのケースに加えて、参考ケースとして、「改革と展望」の参考試算によらず、2007年度以降、歳出改革が行われない場合も想定されている。
 試算の結果は、コラム表2のとおりであり、このうち、2030年における潜在的国民負担率(対国民所得比)に注目すると、「歳出抑制ケース」では44%程度、「歳出維持・国民負担増ケース」では50%程度、「財政放置ケース」では58%程度に達すると見込まれている。しかし、今後政府において議論される2007年度以降の財政収支改善努力の内容によっては、2030年度の一般政府支出及び潜在的国民負担率の水準がコラム表2に示された数値よりも高まる可能性があることに留意する必要がある。
 ※なお、試算の前提については、経済財政展望ワーキング・グループ吉田和男主査が多様な選択肢の中から2つのケースを設定した。

コラム表2 2030年の財政の姿


●潜在的国民負担率についての国民の意識
 日本が、公共サービスの水準と負担のバランスに関して、米国型の「小さな政府」を目指すのか、欧州型の「大きな政府」を許容するのかは、最終的には国民の選択によるものである。そこで、2005年3月に、無作為抽出による全国2000世帯(実際に回収された調査票は1118世帯)を対象に国民負担に関する意識調査を実施し、国民がどの程度の負担を適当と考えているか、それを達成するために必要な公共サービスの取捨選択をどのように考えているかといった点を調べた。
 まず、回答者に対して潜在的国民負担率の定義などについて説明した上で、現在の水準が約45%に達していることについて知っているかどうかを尋ねたところ、回答者の16.9%が知っている、82.9%が知らないとの答えであった(第2−1−10図)。また、将来的に、潜在的国民負担率が50%台後半まで上昇していく可能性があることについても、回答者の17.7%が知っている、81.8%が知らないとの答えであり、ほぼ現状についての認知度と同様であった。また、政府が潜在的な国民負担率を約50%に抑制することを目途としている10ことについて適当であるかどうかを尋ねたところ、「小さすぎる」「適当である」との回答よりも、「大き過ぎる」との回答が多かった。

●コンジョイント分析による公共サービスの選好度と潜在的国民負担率の推計
 以上の結果からすると、国民の意識としては、潜在的国民負担率でみた場合、政府が目途とする負担率50%よりもさらに小さな政府を望んでいるということになるが、他方で、こうした単純な質問形式では、潜在的な国民負担率を50%以下に抑制することに伴う受益面の減少(例えば社会保障給付の削減や公共サービスの削減)を回答者が考慮していないため、どうしても低めの結果が出る可能性が高い。そこで、コンジョイント分析の手法(アンケート調査の中で被験者に擬似的に負担の意志決定をしてもらうことにより評価する手法)を用い、回答者に社会保障給付や公共サービスの水準とそれを実現するために必要な潜在的国民負担率について、幾つかの選択肢の中から最も望ましい組合せを選択してもらうことにより、国民の受益(社会保障給付や公共サービスの水準)と負担をリンクさせた上で、国民がどのような政策を選好するかを調べた11
 具体的な調査方法としては、2025年において、現状の政策を維持した場合には潜在的国民負担率が56%に達するという想定を基本シナリオとした上で、その対案として、様々なパターンの政府支出の削減(増加)からなる政策案を3つ示し、どれが望ましいかを聞いた(付注2−2)。その際、政府支出の内容を、(i)年金・医療・介護等の社会保障給付、(ii)教育・防衛・警察等の公共サービス、(iii)道路・防災施設・公園建設等の公共事業に分けた上で、それぞれの支出項目について異なる削減(増加)幅からなる組合せを一つの政策の選択肢とした。例えば、現状維持案に対抗する選択肢として、社会保障給付は現状制度を維持するが、一般公共サービスは3割削減、公共事業は2割削減するといった支出抑制策の組合せを一つの政策案として回答者に選好を聞いた。潜在的国民負担率については、回答者が選択した政策案によって実現される2025年時点の潜在的国民負担率がそれぞれの選択肢の中に示されており、回答者は、支出削減案の内容とそれによって実現される負担率とを勘案しながら、自分の望む選択肢を選べるようになっている。

●効用関数の推計結果
 アンケート調査の個票を用いて、潜在的国民負担率と各支出項目に関する回答者の効用関数を推計した(第2−1−11表)。推計結果では、社会保障給付については係数がプラスで有意となり、社会保障給付が増加すると回答者の効用(満足)もある程度増加することが示されている。他方、公共事業については係数がマイナスで有意となり、その削減が回答者の効用を増加させる方向に働くことが示されている。警察・防衛といった一般的な公共サービスについては、係数がゼロと有意に異ならないとの推計結果になっており、その増減が効用に大きな影響を与えないことが示されている。また、潜在的国民負担率が上昇すると、回答者の効用は低下することが示されている。なお、アンケート調査では、回答者は4つの選択肢から望ましい政策を一つ選択するというプロセスを8回繰り返すことになっているが、選択肢の順番についてのダミー変数はいずれもゼロ近傍であり、特定の選択肢が好まれるというバイアスはなく(例えば常に先頭の選択肢が選ばれるといった傾向はない)、回答者は質問の内容を吟味して自分の選好に基づいて回答を行ったものと考えられる。

●社会保障給付に対する負担意志率
 この推計された効用関数に基づいて、社会保障給付を1%増加させることに対して、何%まで国民負担率が増加しても構わないかという「負担意志率」を計算すると、回答者全体では0.24%となった(第2−1−12表)。やや技術的に言うと、これは、推計された効用関数上において、社会保障給付の1%増加による効用の増加をちょうど打ち消すだけの潜在的国民負担率の増加幅を求めると0.24%となるということである。ちなみに、調査で示された負担意志0.24%を国民所得額に乗じて金額ベースに直すと、期せずしてほぼ社会保障給付の1%に相当する金額となる12。このことは、社会保障給付と負担を同額増加させた場合には、前者の効用の増加を後者の効用低下が相殺し、国民の効用は以前と変わらないことになる。
 ただし、以上の負担意志率の推計結果は回答者全体の平均的な姿であり、年齢階層別にみると大きな差があることに注意する必要がある。具体的には、20歳代では負担意志率は0.15%とかなり低く、逆に、年金等の社会保障の受益を既に受けている(あるいはすぐに受けることになる)60歳以上では0.34%と高い水準になっている。このことは、将来の社会保障負担が大きくなる若年世代ほど負担意志が低いということであり、社会保障制度の設計上、受益と負担に関する世代間格差の問題に対応することが重要であることを示していると考えられる。その中間の年齢層の負担意志率については、20歳代と60歳以上の中間的な値となっているが、50歳代が比較的低い水準にあるのは、ライフ・ステージ別の分類でみたときに、長子が中学生・高校生である世帯では教育費負担の重さから負担意志率が低くなっていることからすると、そうした子育て最終段階にある世帯が50歳代に多いことを反映しているものと考えられる。また、都市規模別にみると、大都市では、中小都市や町村と比べて負担意志が高いが、これは大都市では比較的所得水準が高いことを反映していると考えられる。

●公共事業についての選好
 公共事業については、既に述べたように、それを削減した方が回答者の効用が高まるとの結果になっているが、それを都市規模別でみると、大都市では、中小都市や町村と比べてそうした傾向が強くみられる。また、地域別にみると、総じて一人当たり公共事業費の少ない地域ほど、公共事業削減による効用の増加が大きいことが示唆される(第2−1−13図)。

●政策支持率のシミュレーション
 次に、推計された効用関数のパラメータを用いたシミュレーションにより、幾つかの代替的な政策オプション間の想定される支持率の違い(各政策から得られる効用の相対的な違い)を試算した。まず、基準シナリオとして、現行制度の下で想定される社会保障給付費の伸びによって、他の支出の対GDP比を現状で横ばいとしたとしても2025年時点の潜在的国民負担率が56%程度まで上昇するケースを考えた(政策案3:支出・負担拡大ケース)。これに対する代替案として、潜在的国民負担率を2025年までの間、政府が目途とする50%程度に抑える案を2つ考えた。具体的には、基準シナリオと比べて社会保障給付のみを低下させることにより負担率を50%とする案(政策案1)、基準シナリオと比べて社会保障給付と公共事業費を双方とも低下させることで負担率を50%とする案(政策案2)である。これら3つの選択肢に対する回答者の支持率の理論値を計算すると、最も高い支持を受けるのは政策案2(社会保障・公共事業とも削減)となる(第2−1−14表)。これは、社会保障給付の削減が効用を低下させるものの、公共事業の削減と潜在的国民負担率の低下が効用を増加させるためである。社会保障給付のみを低下させた政策案1については、負担率の低下による効用の増大と、社会保障給付の低下による効用の減少がほぼ均衡しているため、政策案3(支出・負担拡大)とほぼ同じ支持率となる。また、回答者の属性別に、3つの政策案に対する支持率の違いをみると、以下のような特徴がみられる。
 (i)男女ともに、政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率が最も高いが、女性の場合、政策案1(社会保障のみ削減)よりも政策案3(支出・負担拡大)の方が支持率が高い。これは、男性よりも女性の方が社会保障給付の増加による効用の増加が大きいことを反映している。
 (ii)年齢別にみても、政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率がどの年齢層でも最も高いが、20歳代では、政策案1(社会保障のみ削減)の方が政策案3(支出・負担拡大)よりも高い支持を得ている。これは、既にみたように、20歳代における社会保障の負担意志率が低いため、社会保障給付削減による効用の減少よりも潜在的国民負担率低下による効用の増加の方が大きいためである。逆に、60歳代以上では、政策案1(社会保障のみ削減)よりも政策案3(支出・負担拡大)の支持率が圧倒的に高い。ライフ・ステージ別にみても、政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率がいずれも高いが、子育てにかかる費用負担が相対的に大きな時期にあるほど、政策案3(支出・負担拡大)の支持率が低く、政策案2の支持率が高い傾向がみられる。
 (iii)都市規模別にみると、大都市圏の方が中小都市と比べて相対的に政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率が高く、政策案1(社会保障給付のみ削減)の支持率が低い。これは、大都市圏で、公共事業削減による効用増加が大きく、かつ社会保障給付削減による効用減少も大きいためである。地域別にみると、政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率が北海道、東北で50%を割っているが、これは、両地域で公共事業削減による効用増加の程度が低く、かつ社会保障給付減少による効用の低下も大きいためである。その他の地域では、政策案2(社会保障・公共事業とも削減)の支持率は50%を上回っている。

●分析結果のまとめ
 以上のような調査結果とそれに基づく分析をまとめると、次のようになる。
 第一に、国民は社会保障給付のように自らへの受益の帰着が明らかなものについては、それなりの負担意志をもっているものの、そうでない政府支出については、負担意志を持ちにくいという面がある。また、場合によっては、国民が切迫した必要性を感じていない政府支出を削減することが、国民の効用を引き上げることにもなる。このことは、国民の理解を得るためには、歳出の内容について、国民にとってそれが真に必要なものであることを証明する努力が必要であるとともに、国民が必要とするものとそうでないものとのメリハリを大胆につける必要があることを示している。
 ただし、財政収支が大幅な赤字となっている現状では、各人が負担意志を持っているかどうかということと、政府支出を増加させるべきかどうかということとは別の問題である。
 第二に、以上の結果から、望ましい国民負担の水準については、政府支出の内容如何によって大きく異なる可能性がある。同じ潜在的国民負担率にある場合でも、国民に直接受益が及ぶような支出の割合が高く、そうでない支出の割合が低いほど、国民の効用は高いことが示されている。したがって、必要性の低い政府支出を削減することで潜在的国民負担率を引き下げることができれば、国民の効用は大きく改善する可能性がある。ただし、ここでの分析結果からは、潜在的国民負担率の絶対的な水準がどの程度であれば国民の効用が最も高いかは導くことはできない。これは、社会保障給付が増加しても、負担の増加がそれと同額であれば、国民の効用水準はほとんど変わらないためである13。ただし、年齢別にみると、社会保障給付の増大とそれに伴う負担増は、若年層の効用水準を大きく低下させる点には注意が必要である。
 第三に、国民の負担意志率は、年齢や各家庭がどのようなライフ・ステージにあるのか、例えば、子供がどのような教育段階にあるかといった状況によっても大きく異なる。このため、財政構造改革を進める上で幅広い国民の支持を得るためには、世代間格差や教育費負担等の状況にも配慮が必要となろう。また、社会保障の負担意志率が高齢層で高いということは、社会保障負担について、高齢者の同世代内において相互扶助を行うことの意義については理解を得やすいと考えられる。
 なお、以上のような分析結果については、設問の仕方やその説明等によって回答結果が影響を受ける可能性もあることから、一定の幅をもってみるべきものであることに留意する必要がある14


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