第3節 財政・金融政策の展開
1 財政政策のマクロ経済的影響
● 財政構造改革の考え方
我が国の財政は、国と地方の長期債務残高の合計が2002年度末には約700兆円、名目GDP比で約140%にも達しており、また、毎年大幅なプライマリー・バランス(基礎的財政収支。「借入を除く税収等の歳入」から「過去の借金に対する元利払いを除いた歳出」を差し引いた財政収支)赤字を計上するなど、極めて厳しい状況となっている。
このため、政府は、中期的な財政運営に当たっては、本年1月に閣議決定された「改革と展望―2002年度改定」において、2006年度まで政府部門の大きさ(一般政府の支出規模のGDP比)が2002年度の水準を上回らない程度にすることを目指すこと、民間需要主導の経済成長の実現と財政収支改善努力を通じ、2010年代初頭のプライマリー・バランスの黒字化、といった中期的な財政目標を設定している。
● 国の予算の推移
歳出改革の結果を国の一般会計予算(当初)でみると、政策的経費に充てられる一般歳出は、2001年度の48.7兆円から、2002年度には47.5兆円(前年度比2.3%減)、2003年度には47.6兆円(同0.1%増)と抑制されてきている。また、国債費や地方交付税等を含めた一般会計歳出の総額でも、2001年度の82.7兆円から2002年度には81.2兆円(同1.7%減)、2003年度には81.8兆円(同0.7%増)となっている(43)。
しかし、このような歳出削減努力を払っているにもかかわらず、税収が減少を続けているため、公債発行額は増加を続けている。公債発行額は、2001年度の28.3兆円から、2003年度には36.4兆円にまで増加し、公債依存度も44.6%に達している。
● 国の予算:一般会計と特別会計
このような歳出改革は、歳出の内訳にどのような影響を及ぼしているのだろうか。以下では、2002年度と2003年度の一般会計予算と特別会計予算についてみることにしよう。
まず、特別会計の規模と一般会計の規模を比較するために、両者の金額の比率(特別会計÷一般会計)をみると、70年代から80年代後半までおおむね2~3倍の間で推移していたが、90年代を通じて上昇し、2003年度は4.5倍(特別会計369兆円、一般会計82兆円)に達した(第1-3-1図)。こうした上昇は、特別会計の規模の増大によるものだが、内訳として特に大きいのは、国債整理基金特別会計(158兆円)と交付税及び譲与税配付金特別会計(67兆円)である。なお、一般会計と特別会計を合わせた純計額(会計間重複などを調整した数字)では、2001年度をピークに減少してきている。
● 国の一般会計
次に、一般会計と特別会計のそれぞれについて、その内訳の増減をみていくことにしよう。その際、「経済性質別分類」(44)を用いることにする。ここでは、歳出を、(i)資本形成、(ii)経常支出、(iii)移転支出、(iv)その他、の4つに大別することとする(第1-3-2表)。
「資本形成」は、主に公共投資からなる。「経常支出」は、雇用者報酬(公務員給与)等である。「移転支出」は、国から地方への経常補助金、社会扶助給付(生活保護費等)等である。ここでは、いずれも国による事業だけでなく、地方への移転分も含めている。「その他」は、会計間の重複などである。以下、それぞれについてみてみよう。
(i)「資本形成」をみてみると、近年は減少傾向にある。内容をみると、地方自治体向けの補助金が一貫して減っている(下水道事業、農業集落排水事業、廃棄物処理施設整備など)(45)。
(ii)「経常支出」は、2002年度に微増した後、2003年度は減少した。これは、義務教育に関する国と地方の役割分担を見直し、地方の自由度を大幅に拡大する観点から、負担対象経費の限定を行った結果、義務教育費国庫負担金が1割近く減少(▲2,557億円)したことなどによるものである。
(iii)「移転支出」が2003年度に増加したのは、主に、「経常補助金」の増加によるものである。このほか、「社会扶助給付」が2003年度に微増したのは、生活保護費負担金(+1,380億円)が増加したことなどによる影響である。
(iv)「その他」の大部分は「会計間重複」であり、特別会計への繰入れが大部分を占める(会計間重複全体の85%程度、一般会計全体に対しても7割近くを占める。増減の背景は次項「国の特別会計」参照)。「会計間重複」以外で2002年度に大幅に減少しているのは、政府諸機関の整理統廃合や独立行政法人化に伴い、出資金を引き揚げたことなどによるものである(46)。
● 国の特別会計
次に、特別会計についてみてみよう。特別会計の歳出は、2002年度に増加した後、2003年度に減少したが、その背景をみると、以下のとおりである(前掲第1-3-2表)。
(i)「資本形成」については抑制傾向にある。治水特別会計(ダム建設、砂防、河川改修等)や港湾整備特別会計(港湾改修等)で2年連続の減少となった(47)。その他の特別会計もおおむね抑制傾向であったが、道路整備特別会計では2003年度に増加した。これは、高速自動車国道建設費(48)、交通連携推進事業等が増加したことによるものである(第1-3-3表)。
(ii)「経常支出」は漸減傾向にある。2002年度には、診療報酬引下げ(4月)と高齢者医療における患者自己負担比率の引上げ(10月)が行われ、2003年度にも、医療費の自己負担比率が引き上げられたことから政府負担分が軽減され、厚生保険特別会計で保険給付費(2002年度▲2,055億円、2003年度▲2,504億円)が減少した。
(iii)「移転支出」のうち、「経常補助金」は横ばい圏内の動きであるが、「現金社会保障給付」は増加傾向にある。これは、高齢化の進行を映じて、厚生保険特別会計と国民年金特別会計で、2年連続の増加となったためである。厚生保険特別会計では保険給付費(2002年度+6,914億円、2003年度+3,032億円)、国民年金特別会計では基礎年金給付費(2002年度+1.0兆円、2003年度+8,520億円)の増加が影響している。
(iv)「その他」は、2002年度に増加した後、2003年度に大きく減少した。一貫して増加要因として寄与しているのが、国債整理基金特別会計(国債発行増に伴う債務償還費)である。一方、下押し要因として寄与しているのが、財政融資資金特別会計(財投改革に伴い貸付原資である財政融資資金を段階的に縮小<2002年度▲9.5兆円、2003年度▲4.3兆円>)や、道路整備特別会計(特殊法人等整理合理化計画に基づき日本道路公団への出資金の非計上<2002年度▲3,048億円>、民営化に関する当面の措置として本州四国連絡橋公団の有利子債務の一部(1.3兆円)を切り離すことに併せ、貸付金を非計上<2003年度▲1,800億円>など)である。さらに2003年度には、日本郵政公社の発足(2003年4月)に伴い郵政3事業特別会計の廃止が影響している(▲37.6兆円)。
以上のことから、次のような傾向を読み取れる。
第1に、一般会計と特別会計は、いずれも歳出が抑制されていることである。その中には、行政改革(特殊法人等整理合理化計画に基づく政府諸機関の整理統合や独立行政法人化、日本郵政公社の発足)の影響も含まれている。
第2に、歳出の減少には、資本形成が減少していることが大きく寄与している。もっとも、ほとんどの事業が減少しているなかで、道路整備特別会計においては、道路関係4公団民営化後の新会社による整備の補完措置として導入される新たな直轄方式による高速自動車国道建設費の増加や、交通連携推進事業の増加等の影響により増えている。
第3に、歳出のうち、経常支出が減少しているのは、医療制度改革等によるものである。
第4に、歳出のうち、移転支出は増加している。これは社会保障関連の支出等が増加要因として作用していることが大きい。
第5に、「その他」では国債整理基金特別会計の債務償還費等の増加傾向が大きく影響している。
財政状況は厳しい状態が続いている。このため、今後とも、持続可能な財政の実現を図ることは必要である。本年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」においても、平成16年度予算における基本的考え方として、国債発行額を極力抑制するなどの歳出改革路線の堅持と財政の持続可能性の確保、民間の潜在力を最大限引き出す施策を重視するなどの重点化、物価動向、行政サービスの簡素化・効率化を織り込んだ歳出抑制等予算配分の大胆なメリハリ付けを図っていくことが示されたところである。マクロ経済への影響にも留意しつつ、財政構造改革を着実に進めていくことが重要である。
● 一般政府の財政支出は横ばい
次に、こうした財政構造改革の下で、財政政策はどのようなマクロ的影響を及ぼしてきたのかをみてみよう。このことを検討するにあたっては、上記のような国の予算ベースの数値だけでは十分ではない。当初予算ベースの数値は、繰越しや補正予算等を含んでいない。また、社会保障基金の影響も勘案していない。さらに地方政府の支出も考慮する必要がある。そこで、これらの点を考慮して、一般政府ベース(国、地方、社会保障基金の合計)で、財政政策のマクロ的影響を検討することにしたい。
一般政府ベースでの財政支出の動向をみると(第1-3-4図)、財政支出の総額は、90年代を通じて増加傾向で推移した後、99~2001年度は横ばいとなっている。財政支出の中でもそれ自身が最終需要の一部となっている公的固定資本形成と政府最終消費支出の動きをみると、まず政府最終消費支出は、高齢化の進展に伴う医療・介護給付の増加等を背景に増加傾向にある。一方、公的固定資本形成は99年度以降減少している。GDPに占める日本の公的固定資本形成の比率は高く、90年代に景気対策のために累次の財政出動が行われた結果、更に高止まりしていた。政府は、財政構造改革の下で公共事業の削減を図っており、2003年度当初予算でも公共事業関係費を前年度比3.9%削減している。
こうしたことから、公的固定資本形成と政府最終消費支出を合わせた公的需要は、ほぼ横ばいの動きとなっている(49)。この結果、公的需要のGDP成長率への寄与度も2001年度0.0%ポイント、2002年度マイナス0.1%ポイント、とほぼゼロの状態が続いており、2003年度も政府経済見通しによれば0.0%となる見込みである。
● 税収要因から、財政収入は減少
次に一般政府の収入をみてみよう(第1-3-5図)。
まず、税収についてみると、2001年度は特殊要因(郵貯が集中的に満期を迎えたことに伴う税収増(50))の寄与が縮小したほか、課税対象となる所得が縮小したこと等を背景に、税収は減少した。2002年度についても、名目GDPが減少するなかで、国の一般会計ベースの税収は約4兆円減少しており、一般政府で見た税収も減少したとみられる。2003年度の国の一般会計予算でも、名目GDPの減少や研究開発・設備投資減税の集中・重点化を始めとする減税措置により法人税、所得税を中心に2002年度当初予算対比で5兆円程度の税収減を見込んでいる。
社会保障負担については、2001年度は、介護保険の本格的な導入と雇用保険料の引き上げによって保険料の払込みが増加したことから、前年度比2.0%(約1兆円)の増加となった。2002年度についても、社会保障負担は1.0%(約0.5兆円)程度増加したものとみられる。2003年度も、健康保険料の総報酬制が導入されたため、社会保障負担は1.5%(約0.8兆円)程度増加する見込みである。
収入合計でみると、2001年度は税収が減少したものの、社会保障負担が増加したことから、全体ではほぼ横ばいとなった。2002年度は、社会保障負担が増えたものの税収が減少したため、全体の収入も横ばいないしやや減少したとみられる。2003年度についても、ほぼ同様の動きが見込まれる。
● 財政赤字は拡大
以上の結果、一般政府の財政赤字は2000年度の34兆円(名目GDP比6.6%)の後、2001年度も33兆円(同6.6%)とほぼ横ばいで推移した。これは、社会保障給付の増加と政府消費の増加が財政赤字拡大要因として寄与したが、公的固定資本形成の減少と社会保障負担の増加が赤字縮小要因として寄与したためである。なお、試算によれば、2002年度はわずかに赤字幅を拡大するものと見込まれる(第1-3-6図)。
ところで、財政赤字の変動は、循環的収支(景気の循環によって変動する財政収支)と、構造的収支(循環的収支を除いた財政収支)に分けられる(第1-3-7図)。
それによると、2001年度は、引き続き高水準にある構造的赤字は2000年度に比べて若干減少した一方、循環的赤字は税収の減少から拡大した。2002年度は、構造的赤字は若干拡大したが、循環的赤字はほぼ横ばいとなった。
● 財政政策のマクロ的影響
以上のように、財政支出がほぼ横ばいで推移する一方、収入が弱含んでおり、財政赤字は若干拡大している。したがって、一般政府ベースの財政政策のマクロ経済への直接的な影響について考えると、歳出改革の下でも、マイナスの影響を及ぼしているわけではないと考えられる。
また、経済及び財政の状況によっては、財政再建がむしろ民間消費等にプラスの影響(非ケインズ効果(51))を持ち得ることにも留意する必要がある。
2 量的緩和政策の効果
日本銀行は、2001年3月に量的緩和政策を採用して以来、徐々に日銀当座預金残高の目標を引き上げてきた。その結果、マネタリーベースは高い伸びを示しているが、マネーサプライの高い伸びに結び付いていない。ここでは、量的緩和政策の内容を確認した後、量的金融指標の動向を概観し、量的緩和政策の効果について検討することにしよう。
● 量的緩和政策
日本銀行は、2001年3月19日の金融政策決定会合において、いわゆる「量的緩和政策」を採用した(第1-3-8表)。このうち、量的緩和政策に特有な内容は、大きく二つの部分からなる。
第1に、金融市場調節における主たる操作目標を、これまでの無担保コールレート(オーバーナイト物)から銀行等が日本銀行に預ける日銀当座預金残高に変更することである。
第2に、日銀当座預金を円滑に供給する上で必要と判断される場合には、銀行券発行残高を上限に、長期国債の買入れを増額するということである。
これは、それまでの累次の金融緩和政策によって短期市場金利が実質的にゼロとなるなかで、ゼロ金利下における一層の金融緩和効果を狙ったものである。また、こうした新しい金融調節方針を、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することとした。こうして、新しい金融調節方針の継続期間を明確にし、将来の金融緩和にコミットすることで、長期金利の低下を図るとともに、人々のデフレ予想の是正に貢献することが期待された。こうした効果は「時間軸効果」と呼ばれている。
当初、日銀当座預金残高の目標は5兆円程度に設定されたが、その後、次第に引き上げられ、2003年8月時点では27~30兆円程度となっている。また、長期国債の買入額も、当初の月4千億円ペースから増額され、2003年8月時点では月1兆2千億円ペースとなっている(52)。
● マネタリーベースは高い伸び
量的緩和政策の採用を受けて、マネタリーベース(日銀当座預金+流通現金)は大幅に増加した(第1-3-9図)。量的緩和政策の採用直前の時点である2001年2月において前年比3.4%であったものが、2002年4月には36.3%にまで達した(53)。その後、伸びは低下したが、2003年8月時点でも20.5%の高い伸びを示している。
● マネーサプライは低い伸びにとどまる
マネタリーベースが増加すれば、通常はマネーサプライも増加することが期待される。しかし、量的緩和政策の採用後も、マネーサプライの伸びは低い水準にとどまっている。
マネーサプライ(M2+CD)の動向をみると、2001年3月に2.5%で増加していたものが、2002年7~9月期まで伸びをわずかながら高めた(前掲第1-3-9図)。しかし、2002年10~12月期以降、伸びが鈍化しており、2003年7月時点で1.8%にまで低下している。
マネーサプライの変動要因を資金循環統計でみると、プラス要因として、海外部門の資金不足(経常黒字)と財政の資金不足(財政赤字)が挙げられる。他方、マイナス要因としては、民間金融機関からの借入減少と金融部門の資金余剰が挙げられる。両者の合計は、プラスとなっているが、そのプラス幅は2002年以降、縮小傾向にある(第1-3-10図)。
2001年以降のマネーサプライの変動には、「その他預貯金(郵便貯金等、マネーサプライの対象外の金融機関への預貯金)」や「現預金以外の資産(有価証券等)」との間の資金シフトの影響が大きく影響している。「その他預貯金」に関連しては、大量に満期を迎えた郵便貯金からの資金流入が2001年第1四半期以降にみられたが、2002年第4四半期には一巡した。また、「現預金以外の資産」に関連しては、2001年第4四半期から2002年前半にかけてエンロンの破綻の関係で投資信託の解約が増加し、それによる資金流入がみられたが、その影響も2002年第4四半期には落ち着いてきている。このような資金シフトの影響を除くと、マネーサプライの伸び率は2000年以降、横ばいないし低下基調を続けている。
● 貨幣乗数の低下
マネタリーベースの伸びが高まっているにもかかわらず、マネーサプライの伸びに大きな変化がみられないということは、貨幣乗数(マネーサプライ/マネタリーベース)が低下していることを意味している。実際、2001年初以降、すう勢的に低下を続けている(前掲第1-3-9図)。
貨幣乗数の低下をもたらしている要因をみると、日銀当座預金/銀行預金比率と現金/銀行預金比率が上昇していることが寄与していることが分かる(第1-3-11図)。これらの要因のうち、日銀当座預金/銀行預金比率の上昇は、日銀当座預金残高目標が短期間に引き上げられてきたこともあって、それに見合った銀行預金の増加につながっていないことを示している。これに対して、後者は、低金利やペイオフの部分的な解禁などを背景に銀行預金に比して現金が選好されていることを示している。このような動きが強まると、信用創造過程から漏れる部分が多くなることを意味するので、マネーサプライの増加はそれだけ抑制されることになる。
● 貨幣の流通速度も低下
マネーサプライの伸びが低くても、それが経済活動に結び付いていれば、限定的ながら金融政策の効果は認められることになる。この点を検証するために、貨幣の流通速度(名目GDP/マネーサプライ)をみてみよう(第1-3-12図)。これによると、貨幣の流通速度は、1990年代に入ってからもおおむね横ばいで推移してきたが、1998年以降は低下傾向を示している。量的緩和政策が採用された2001年3月以降も、この傾向には変化がみられない。
貨幣の流通速度が低下していることは、(i)金融システム不安や2000年問題等の影響で経済活動とは直接関係のない貨幣需要が増加したこと、(ii)それ自身最終需要を構成し、経済活動全体への波及効果も大きい設備投資向け貸出が減少していること、を反映していると考えられる。
● 量的緩和政策で期待された効果
貨幣乗数や貨幣の流通速度が低下していることは、量的緩和政策に効果はないことを意味しているのだろうか。この点の検討を、量的緩和政策に期待されていた効果の経路を確認するところからはじめよう。
量的緩和政策に特有な効果として期待されているのは、ポートフォリオ・リバランス効果と呼ばれているものである。これは、日本銀行が市場に潤沢な資金を供給することにより、金融機関に安全であるが利息を生まない日銀当座預金が積み上がると、金融機関が、よりリスクはあるがリターンも期待できる有利な運用先を求めてポートフォリオ(資産の組合せ)の再構成を行うということを期待するものである。この結果、貸出が増加に向かえば、設備投資などが促進されることになり、外債の購入等が進めば、円安をもたらすことを通じて、輸出が促進されることになる。
以下では、このポートフォリオ・リバランス効果に着目して、量的緩和の効果を評価することにしよう。
● 量的緩和政策の現在までの効果
まず、銀行のポートフォリオ(資産構成)についてみると、2001年3月から2003年3月にかけて、国内銀行の総資産は約20兆円減少した(第1-3-13図)。この内訳を見ると、リスクの高い企業向け貸出は51.3%から47.9%に低下、株式も5.0%から2.5%に低下している。これに対して、個人向け貸出(主として住宅ローン)は10.4%から11.7%に上昇、対外証券投資も1.8%から2.1%に上昇している。しかし、同時に、国債は、11.5%から13.4%に上昇、現金・預金残高も3.8%から5.1%に上昇している(54)。したがって、量的緩和政策の採用以前と比べて、銀行のリスク資産のウエイトが高まったとは必ずしもいえない。
また、対外証券投資の動向をみると、2001年度以降、本邦からの対外証券投資は買い越しの傾向にある(第1-3-14図)。主体別にみると、最も寄与度の高い一般政府は、円売りドル買い介入等による外貨準備の運用で外債等を保有していると考えられる。銀行等も、2002年4~6月期以降に増加幅を拡大させているが、これは、相対的に高い海外金利で運用して利子収入を得るためと考えられる。ただし、銀行等の外債投資は、大宗が為替リスクをヘッジしていると考えられる。
こうしたなかで、マネタリーベースの為替レートへの影響を検証してみると、90年代以降の期間を通して、マネタリーベースの増加が円安をもたらす効果が認められる(詳細は、付注1-7参照)。ただし、99年のゼロ金利政策や2001年の量的緩和政策の採用以降については、頑健な結果が得られない(55)。これには、98年の金融システム不安や2001年9月の米国同時多発テロ事件、2003年のイラク戦争等が外国為替市場に影響を及ぼしたことが影響している可能性もある。
● 量的緩和政策の効果が明確にみられない理由
量的緩和政策に期待された効果がなぜ十分に発揮されていないのだろうか。その理由としては、次のことが考えられる。
第1に、金融機関は、多額の不良債権を抱え、リスク許容力が低下したため、新たなリスクをとることに慎重になっていることがある。また、過剰債務を抱えた企業を中心に信用リスクが上昇し、しかも最近までリスクに見合った金利の設定ができない状況にあったので、金融機関には貸出を増加させるインセンティブはなかった。金融機関は、それに代わって、リスクの低い国債を大量に購入することになった。貸出の減少は、貨幣の流通速度を低下させることにもなったと考えられる。
第2に、量的緩和政策が採用されて以降の期間は、銀行等の流動性需要が多かった時期でもあり、このことが量的緩和政策の効果を相殺したことである。例えば、2001年1月には大型企業倒産や米国同時多発テロ事件が発生するとともに、2002年4月には、一部大手行のシステム・トラブルの発生や流動性預金を除く定期性預金等の全額保護の特例措置の解除(ペイオフの部分解禁)等があり、銀行にとって流動性に対する選好が高まった時期であった。このことは、貨幣乗数を低下させることになったと考えられる。
● 今後の対応のあり方
以上のように、量的緩和政策に特有な効果であるポートフォリオ・リバランス効果が、当初期待された効果をこれまで十分発揮し得ていないなかで、今後の金融政策はどのような方向性を目指すべきあろうか。
量的緩和政策によるポートフォリオ・リバランス効果とは、日銀当座預金残高を操作目標とすることによって、一次的には銀行のポートフォリオに影響を及ぼそうとするものであった。しかし、銀行部門は不良債権問題を抱えていることもあり、これまで銀行による貸出増加やリスク資産の購入を十分促すには至っていないと考えられる。
したがって、政府は、不良債権処理を促進し、一刻も早く間接金融の正常化を図るなど、構造改革を通じて民間需要が持続的に創出される環境を整備する必要がある。日本銀行においても、実効性ある金融政策運営を行うことが期待される。政府の不良債権問題への取組については第2章で改めて述べるが、日本銀行においても、2003年7月末には、資産担保証券市場を通じた企業金融活性化により金融緩和の波及メカニズム強化のための措置を講じており(56)、こうした対応は引き続き推進される必要があろう。
なお、近年、銀行は、リスク許容力の低下により、貸出の増加ではなくリスクの低い国債の購入に向かっており、これまでの量的緩和による民間非金融部門へに波及効果は限定的なものにとどまっていた可能性がある(前掲第1-3-13図)。こうしたことから、日本銀行においては、量的緩和をより効果的なものとするため、これまでの政策の実効性を高める努力を続けるとともに、どのような金融資産をどのような経済主体から購入するのが適切かといった点や、期待形成にどのように働きかけるかといった点も含め、さらに実効性ある金融政策が検討・実施される必要があろう。